タイトル:春夜夢如マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/27 20:18

●オープニング本文


 塵の一つだ。
 爆炎が空間を薙ぎ払う。
 炎の明りに照らされるビルの屋上に立ち、相良裕子は長弓を片手に夜空を見上げた。
「俺もお前も、所詮、地上に漂う塵の一つだ。変わりゃしねぇよ。風が吹けば、飛ばされちまうのさ」
 共に戦った兵士は血を吐きながら、そう言った。
 ――お前は、くたばるなよ。
 最後の言葉と共に渡された手榴弾を片手に持つ。相良裕子はそれのピンを口に咥えて引き抜く。月の光を背負って体長一メートルはあろうかという巨大な蝙蝠の群れが飛来し迫ってくる。投擲。爆裂。闇に火球の華が咲いた。蝙蝠の群れ、赤壁が展開する。効いちゃいない。だが衝撃は通る。数匹が吹き飛んでいった。
 それでも抜けてくる十数匹の蝙蝠を見据え、少女は長大な和弓を向け、体を平行に捌いた。弓と弦と矢を持ち、両手を掲げ、押しながら弓と弦を左右に引き開く、伸ばした左の人差し指、狙いをつけ、裂帛の呼気と共に撃ち放つ。
 音速を超えて矢が飛び、蝙蝠を打ち抜き、闇の底へと射落とす。目にも止まらぬ速さで一連の動作を繰り返す。次々と蝙蝠が落ちてゆく。だが数が多い。迫る。
 相良は射撃を止め、踵を返して走った。ビルの屋上、フェンスに向かって跳躍、柵の上面に手をつき、倒立の要領で回転しながら前方の宙へと身を躍らせる。
 夜の風を受けながら闇を落下してゆく。腰のホルスターから拳銃を取り出す。正面のビルへと向けて発砲。ワイヤー付きのアンカーが勢い良く飛びコンクリートに撃ちこまれる。落下する。鋼線が伸びきった。腕に衝撃が伝わる。耐える。上から蝙蝠が迫る。振り子のように弧を描いて身がビルへと向かってゆく。
 ビルが迫る。身を捻る。軌道がずれる。窓が見える。蹴破った。ガラスが煌きの音をあげながら破砕する。少女はビルの室内の床を勢い良く転がり、ロッカーに激突した。
 息が洩れた。痛みが走る身体を仰向けに倒す。天井が見えた。激しく息を荒げながら、彷徨う焦点を安定させようと試みる。汗が噴き出ていて、気持が悪かった。
 寝ころんだまま顔を横に倒す。砕け飛び散った硝子の破片が、月明かりを浴びて煌いていた。
「そうっ‥だ‥‥」
 相良裕子は呟いた。
「帰っ、たら、理科の、宿題、やらなきゃ‥‥」
 彼女が通う中学校の教員はなかなか厳しい。
 流れる汗もそのままに、身を起き上がらせる。窓の向こうに蝙蝠の大軍が見えた。
 室内を駆け、出口への扉に手をかける。回す。硬い手応え。開かない。鍵がかかってる。ついてない。焦る。蝙蝠の鳴き声が聞こえる。漏れそうになる息を無理やり呑み込み鍵を回す、ノブを捻る、ドアを引く、開いた。飛びこむ。扉を閉める。瞬後、物凄い音がして扉が悲鳴をあげた。懐中電灯を取り出す。点ける。
 通路の壁には罅が入っていて、赤く塗装されていた。
 曳き肉が、転がっている。
 近所のスーパーはタイムサービスでハンバーグが五割引なんだよ、という言葉が脳裏をかすめていった。吐き気がした。この全自動連想機な脳みそはなんとかならないのか、と他人事のように思う。
 後方の扉からは轟音が鳴り響いている。漏れそうになる悲鳴を歯を喰いしばって耐え、ベルトでライトを左腕に巻きつけ固定する。光源は命。確保。走る。
 階段を駆け降りる。踊り場に狼人が見えた。矢を番えて猛連射する。倒した。降りる。今度は大虎がいた。連射する。倒した。
 一階ホールに辿り着いた。外に出る。アスファルトの道の脇で、無数の炎が燃え上がっている。イヤホンからノイズが漏れた。
「こちら、コーダ。G3、応答願う」
「こちらG3、相良」
 イヤホンマイクに向かって囁く。
「無事だったか。状況はどうなっている? BK4は?」
「BK4、回収済みだよ」
「良くやった。G3は何人生き残ってる?」
「‥‥解らない。途中でキメラの群れと遭遇して、分かれたんだよ」
「今、そこには?」
「相良だけ」
「‥‥そうか。今、そちらの位置を補足した。増援を送る。ジャミングが激しい。補足の継続は困難な状況にある。その場所を動くな」
 蝙蝠の鳴き声が聞こえた。空を見上げる。十数匹。矢を連射して四匹を撃ち落とす。五匹目を狙おうとして手がぴたりと止まる。矢筒が空になっていた。
 矢の無い弓ほど無力なものはない。
「‥‥ちょっと、無理な注文みたいなんだよ」
 相良は踵を返し、出てきたビルの中へと逃げ込む。
「おい――」
 雑音、途切れた。どうやらビルの内部では通じないらしい。
 ビルの内部を無我夢中で滅茶苦茶に駆け抜ける。背後から蝙蝠が追ってくる。肺が破裂しそうだった。適当な部屋の扉を開き、飛びこむ。扉を閉める。ひゅーひゅーと喉が鳴っているのが聞こえた。
 今度は扉は叩かれなかった。振りきったのだろうか。心臓がどくどくと物凄い勢いで脈うっているのが解る。息をつきつつ、室内へと視線を走らせる。闇の中に二つの光が煌いた。ライトで照らす、黄金の瞳を持つ白虎が見えた。
 ――なんでいる? 誰かが閉じ込めたのか。ついてない。
 飛びかかってきた。横っ飛びに避ける。弓を放り捨て、腕に止めたベルトからアーミーナイフを引き抜く。
 大虎が突進してくる。爪を繰り出してきた。少女は床を破裂させる勢いで踏み込んだ。軸をずらし、突進しながら避ける。側面に回り込むと、延髄目がけてナイフを叩き込んだ。突き刺し、抉り、掻きまわし、引き抜く。血飛沫が飛んだ。何故か、涙が出てきた。大虎が崩れ落ちた。
 荒い息をつく。膝が折れた。腹部が猛烈に熱くなった。視線を落とし、ライトで照らす。制服が避けて、真っ赤に染まっていた。
 目眩がした。
「ちょっ、と‥‥ミス、しちゃった、かな」
 ぐらり、と頭が横に揺れ、視界が流れた。
 ――床に頭ぶつけたら痛そう‥‥
 そんな事を思いつつ、相良裕子は意識を手放した。

●回収命令
 九州の某街、キメラと激しい攻防を繰り広げている夜の街、その前線本部で一人の士官が傭兵達に命令をくだしていた。
「――三分ほど前、A地点においてG3小隊所属の相良裕子軍曹からの発信が途絶えた。
 彼女はBK4という名の機密ディスクを所持している。このディスクを回収すると共に、相良軍曹を救出せよ。なお、優先順位はBK4ディスクが第一である。やむを得ない場合は相良軍曹は切り捨てろ。以上」

●参加者一覧

クロード(ga0179
18歳・♀・AA
神無月 紫翠(ga0243
25歳・♂・SN
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
麓みゆり(ga2049
22歳・♀・FT
ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
忌瀬 唯(ga7204
10歳・♀・ST

●リプレイ本文

 爆炎と血風の華が咲く夜の街。闇の中で地球人類と異星からの侵略者によって生み出された者どもが激しい攻防を繰り広げていた。
「要は、BK4ディスクってのを回収して、裕子も救出して来れば良いんだな?」
 UPC軍の本陣、任務の内容を確認してノビル・ラグ(ga3704)が言った。
「‥‥しっかし、あの「破壊神」が通信途絶かよ‥‥こりゃ、褌締め直して掛かんねーとヤバそうだぜ」
「あの士官の言葉‥‥状況が切迫してるのは解るけど、やむをえない場合は切り捨てろ、ね。機械の部品じゃナイってーの、まったく」
 葵 コハル(ga3897)が不機嫌そうに言った。
「よっぽどの機密情報が詰まってんだろうな」ノビル・ラグが言う「まぁ仕方無いっちゃ仕方無いが」
 軍曹待遇されているなら軍人として扱われる義務と責任を負う。
「軍事機密なんて‥‥興味ない。人の命より、重いものなんか、ない‥‥」
 ラシード・アル・ラハル(ga6190)が呟いた。何かを言いかけた者を制すると、
「ディスクを回収して‥‥裕子も、助ける。それで‥‥いいでしょう?」
「そうだぜ、両方とれれば無問題だ。ディスクも裕子も両方回収してみせるぜ。絶対に‥‥!!」
 ノビル・ラグが決意を込めて言う。
「巨大スライムとやり合った時は世話になったからな。絶対に助けてやりたいね」
 ベーオウルフ(ga3640)が頷く。
「消息を絶った大まかな位置は解りました」
 比良坂 和泉(ga6549)の声が響いた。天幕から幾人かの傭兵が出てくる。
「地図上だと、オフィス街のあたりみたいよ」
 街の地図を借り受けた麓みゆり(ga2049)が述べる。 
「最短のルートで通常なら三十分くらいですね。私達なら全力で飛ばせば、状況にも拠ると思いますが、もう少し早くいけそうです」
 と平坂 桃香(ga1831)が言う。
「三十分‥‥」
 忌瀬 唯(ga7204)が呟いた。
「時間との勝負です。迅速かつ大胆に行きましょう」
 比良坂の言葉に一同は頷くと手早く作戦を打ち合わせる。
「それじゃさくっと行きましょーか」
 葵は爪と制服を桃香に預けると、唯の前に屈みこむ、
「あ、乗り心地は保証できないから、しっかり掴まっててね?」
「すみません‥‥」おずおずと唯がその背におぶさる「重く‥‥無いですか‥‥?」
「へーき、へーき、軽い軽い」
 よっと掛け声と覚醒し葵が立ちあがる。実際は唯自体は軽いのだが彼女が身に付けている装備が結構重かったりするが、まぁなんとかいけるだろう。
「では皆さん、行きましょうか」
 神無月 紫翠(ga0243)が言った。
「‥‥大禍時を過ぎて牛三つに至る‥‥化生の時間です‥‥気を付けて」
 窮修流の使い手クロード(ga0179)が刀を手に呟く。
 かくて十人の傭兵達は駆けだし闇の戦場へと向かった。

●業火を歌う街
 月陰にキメラ舞い蒼闇に火花が散る。106mm無反動砲が業火を謳い、鉄火と肉片は破砕の組曲を奏で上げている。ここは地獄の激戦区、天国に最も近く、最も遠い場所。
「‥‥この先は、抜けられませんねぇ」
 拳銃を片手にビルの陰から通りの向こうをみやって平坂桃香が言った。十字路ではUPC軍とキメラが死闘を繰り広げている真っ最中だ。火線が荒れ狂っている。少女は記憶を探り、事前に頭に叩き込んだ地図を呼び出した。
「迂回しましょう。こっちへ」
 一同は平坂を先頭に路地裏を縫うようにして進んでゆく。激戦の箇所は避け、小勢のキメラは蹴散らして進む。どうにか相良の反応が消えたというA地点付近まで辿り着く。
 比良坂和泉が地に落ちている蝙蝠の死骸を指して一同に言った。
「通信記録によれば、相良さんはキメラに追われて退避したようでした。光点も北へと動いて消えたという事ですし、恐らくはこちらのビルの中に‥‥」
「間違いないか?」
「十中八九」
 今のところ周囲にキメラの気配は感じられない。静寂の中、遠くから機関銃の音と砲弾が爆発する音が響いてくる。
 傭兵達は三班に分かれた。A班、平坂、葵、神無月。B班、麓、比良坂、ノビル。援護班、クロード、ベーオウルフ、ラシード、唯。
 援護班はビルの入り口の前に待機して退路を固め、A班、B班がビルの内部に足を踏み入れる。
 ライトとランタンに照らされたビルの内部は荒れ果てていた。硝子の破片が飛び散り、床はひび割れ、観葉植物の鉢が横倒しに倒れている。
「ここからが勝負‥‥一秒でも早く見つけないと‥‥」
 葵コハルが焦燥を抑え込んで呟く。A班、B班ともにまずホールで足跡や血痕などの痕跡がないかを調べた。しかしこれといった足跡は発見できなかった。A班とB班はホールから移動し手分けしてビル内の捜索を開始する。
 時は淡々と過ぎてゆく、入口を固める援護班のベーオウルフは煙草を咥え火をつけていた。煙を吸い込み、吐く。ペースが速い。あっという間に一本目を吸い終わった。入口手前に置かれていた灰皿に放りこむ。これだけ破壊の嵐が荒れ狂っている街中で、銀色のそれだけは無事に立っていた。確率的にはありえない事ではない。だがなんともいえぬ気分にさせる光景だった。
「‥‥くそっ」
 ベーオウルフは苛立たしげに吐き捨てる。
「連絡はまだ入らないのか?」
「無線は‥‥一応、使えるみたいだけど‥‥裕子を見つけたっていう報告はない‥‥ね」
 トランシーバーを片手にラシード。
「まだ‥‥捜索を開始したばかり‥‥です‥‥待ちましょう」
 クロードが言った。
「相良さん‥‥どうか‥‥無事でいて下さい‥‥‥‥」
 唯は以前一緒に戦った相良を助けたかった。祈るように呟く。
 と、不意に月の光が陰った。見上げる。無数の大蝙蝠がそこに舞っていた。
「‥‥キメラ‥‥ですっ!」
 唯が叫ぶ。大蝙蝠は月を背負うと援護班の四人に向かって急降下してきた。
「先にキメラの方がこっちを見つけやがったか!」
 ベーオウルフは舌打ちし刀を抜き放つ。クロードは月詠を抜刀するとランタンを床に置き、ラシードはホルスターから拳銃を抜き狙いをつける。
 戦いが、始まった。

●暗中血闘
 ビル内を探索するA班はしらみつぶしにビル内を捜索してゆく。暗視スコープを装着している平坂は班メンバーを先導しつつ、相良が使っていたという周波に無線機を合わせて呼びかけていた。しかし反応は無い。通じていないのか、それとも通じていても反応できないのか。
 ビル内の通路を進み扉を開く。オフィスだった。一通りの探索を終え外に出る。次の部屋に向かう。応接室のようだった。再び廊下に出る。
 進行方向、通路の曲がり角に銀の輝きが見えた。刃の切っ先だ。瞬後、三匹あまりの狼人が現れた。狼人はA班のメンバーを確認すると吼え声をあげて駆けだし、迫ってくる。
 平坂は雷光の如く拳銃を抜き放ち狙いをつけていた。中央の狼人に狙いを定めて猛連射、銃声が轟き弾丸がランタンの光の中を飛ぶ。次々と弾丸が狼人の身に突き刺さり鮮血が噴き上がった。
「これは、やりがいがある相手だな?」
 神無月は血を噴き上げながらも突進してくる狼人達を見据え呟いた。半身に構え長弓に矢を番える。弦を限界まで引き絞った。ぎりぎりと弓身のしなる音が聞こえる。
「邪魔だ。退け!!」
 裂帛の気合と共に撃ち放つ。音速を超えて矢が飛び、血まみれの狼人の胸に突き立ち打ち倒す。二匹の狼人が刀を手に廊下を突進してくる。葵コハルが迎え打った。一匹目、踏み込んできた狼人の足を砂錐の爪が取り付けられた靴で払う。もんどりを打って狼人が転倒した。二匹目、振り下ろされた刀が葵の肩を強打する。衝撃が少女の身を貫き、息が詰まった。狼が刀を引く。鮮血が舞った。激痛に怯まずジャックを打ち込む。狙いは目。鋭い爪がフォースフィールドを突き破り、狼人の瞳に突き刺さった。狼人が苦悶の咆哮をあげる。
 転倒していた狼人が立ち上がろうと上体を起こす。平坂が月詠を抜き放って駆け、切っ先を繰り出す。刃が狼人の胸へと刺さる。衝撃で再び床へと突き倒した。刃を引き抜き回転させると逆手に持ち直し突き降ろす。狼人の喉を切っ先が貫通し、そのまま床へと突き刺さった。剣によって縫い止められた狼人は血泡を口から吐き出して絶命した。
 もう一匹の狼人、葵が突き立てたジャックをさらに押し込み、脳漿へと貫通させ掻きまわして引き抜いた。狼人は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「やれやれ‥‥片が着いたみたいですね‥‥葵さん大丈夫ですか? 肩に一発もらったようですが」
 と神無月。
「‥‥へーき、かすり傷だよ」
 赤く染まった肩を抑えつつ葵が呟く。
「一応、応急手当しておきましょう。ミイラ取りがミイラになったら洒落になりませんからね。急がば回れです」
 救急セットを取り出して平坂が言う。一同は手当てを終えると再び通路の奥へと向かった。

●闇の中に
 B班、平坂と同様に暗視スコープを持つ麓もまたB班の先頭に立って先導し探索を行っていた。時折スコープを切って周囲を見回す。夜なら、もしかしたら相良も光源を持っていたかもしれないからだ。
 立ちふさがるキメラに対しては麓がS‐01を発砲し、ノビル・ラグが強弾撃で猛射した所へ、比良坂が二刀を構えて突進し突き倒して進む。数匹のキメラを撃破し、幾つかの部屋の捜索を終え何度目かの通路を曲がる。その時、麓は通路の奥でかすかな光が漏れているのに気付いた。班メンバーに呼びかけ、光源へと向かう。扉の隙間から黄色い光が漏れていた。
 扉を開く。咽返るような血色が鼻をついた。
 ノビル・ラグがアサルトライフルに括りつけたライトを向ける。血の海だった。真っ赤な床に巨大な白虎と少女が倒れている。
「‥‥裕子?」
 ノビルが膝をつき、確認する。蒼白い顔。トレードマークの眼鏡は床に転がっている。覚醒が切れて緑に戻った長髪が血に濡れている。
「裕子だ。間違いない。おい、しっかりしろ!」
 呼びかけて揺さぶる。瞳は閉じられたままだ。意識がない。
「こちらB班、相良さんを発見しました。場所は‥‥」
 麓は無線で他班へと連絡を入れつつ、相良の状態を確認する。腹部を中心に真っ赤に染まっている。傷はここだろうか? 救急セットを取り出して応急手当を開始する。ガーゼがあっという間に赤く染まっていった。
「‥‥どうですか?」
 比良坂は二刀を手に部屋の入口を守り、蘇生を行っている麓に問いかける。
「‥‥なんとか、息は、あるみたいだけど、血が、流れ過ぎてる。意識が戻らないわ‥‥‥‥」
 危険な状態だと麓みゆりは言った。

●救急
 大蝙蝠が羽を羽ばたかせ眼前に迫ってくる。
「塵殺の理由は有っても、生かして返す理由は無い」
 クロードは身を捻ると、全身の間接を連動させ、小さな動きで切っ先に勢いを乗せた。下段から斬り上げる。月の光を照り返す刃が唸り、蝙蝠の身を真っ二つに切り裂いた。
 ベーオウルフは飛来する蝙蝠に対し居合いの型で待ち受ける。間合いに捉えると抜刀様攻撃をしかけた。刀が大蝙蝠を切り裂き地に落とす。大地に落ちた蝙蝠へと向かって刀を振り上げ、振り下ろし、その身を大地と挟んで叩き斬る。
 唯は後方から構えて、超機械を空へと解き放っていた。闇を背に蒼光の電磁嵐が荒れ狂い、蝙蝠の身を爆ぜさせて撃ち落とす。
 周囲には何匹もの蝙蝠の死体が転がっていた。一匹一匹は弱いが数が多い。おまけに血の匂いを嗅ぎつけて虎までやってきていた。ラシード・アル・ラハルは道路の彼方より駆けてくる虎へと向け照明銃を取り出し構える。
「目を潰す。‥‥気をつけて!」
 仲間達に注意を飛ばす。狙いをつけ発射。閃光弾が闇を切り裂いて飛び、虎の顔面で炸裂した。閃光が夜を焼き尽くし白の世界へと染め上げる。
「食らえ‥‥ッ!」
 光が荒れ狂った後、ラシードは練力を全開にし、両手で拳銃を保持し鋭角狙撃で精密に狙いを定める。発砲。唸りをあげて弾丸が飛び、大虎の眉間をぶち抜いた。虎は額から鮮血を噴き上げてどうっと倒れる。
「あらかた‥‥片付きましたか?」
 血に濡れた刀を払いクロードが呟く。
「だが、少々派手にやりすぎたな。いつまた新手が来てもおかしく無い‥‥」
 ベーオウルフが焦燥を顕わにして言う。
「まだ‥‥相良さんは‥‥見つからないのでしょうか‥‥?」
 唯が言った。戦闘を挟んだので時間の流れがあやふやになっているが、それでもかなりの時間が過ぎている筈だ。
 ラシードは無言でトランシーバーに目を落とす。反応はない。
「‥‥二十分てところだな」
 時計に視線を走らせベーオウルフが言った。
 と、その時、不意にトランシーバーから声が洩れた。麓の声だった。曰く、相良を発見した、との事。
「‥‥急ごう」
 ラシードはその旨をメンバーに告げると知らされた場所へと急いだ。

●科学の力は偉大だ
「治療が終わるまでの時間、命を賭して此処は守る」
 ベーオウルフが言った。援護班がその部屋に辿り着いた時には全てのメンバーが終結していた。戦士達が部屋の入口を固める間に、忌瀬唯は超機械を発動させ相良に練成治療を施した。
「相良さんしっかり‥‥して下さい‥‥‥」
 少女の傷口が瞬く間に癒えてゆき、顔色も回復してゆく。
「裕子! いつまでも伸びてねーで、とっとと起きろ!」
 ノビル・ラグが言った。その言葉に少女の眉がぴくりと動く。
「うぅん‥‥ラーメンは‥‥三分」
 伸びるに反応したらしい。相変わらず脱力する奴だ。ノビル・ラグはそんな事を思った。
 やがて相良裕子は目を覚ました。
「もう大丈夫、迎えに来たから一緒に帰ろ♪ あ、水飲む?」
 葵コハルが言ってミネラルウォーターを差し出す。相良はまだ眩暈がするのかしばらくゆらゆらと視線を彷徨わせていたが、頷いてペットボトルに口をつける。
「美味しい‥‥」
 ぽつりと、そう呟いた。
「相良、気分はどうだ?」
 ベーオウルフが言った。
「気分‥‥」
 水を飲んで少し意識を落ち付かせたのか、比良坂から借り受けたコートを羽織りつつ少女は言う。
「相良は‥‥」
 茶色の瞳を一度閉じ、もう一度開く。
「相良は‥‥言葉‥‥が、出てこない気分‥‥なんだよ」額を抑え「――ああ、でも、これは、そうなんだよ」
「‥‥何が?」
 ノビル・ラグが苦笑する。訳が分からんのも相変わらずらしい。
 相良裕子は言った。
「相良は‥‥とっても幸せな気分だよ。皆、有難う、本当に。もう‥‥起きられないって、思ってた‥‥」
 そう言って泣きそうな顔で笑った。


 かくて十人の傭兵達は意識を取り戻した相良裕子と共に戦場を離脱した。ディスクは無事に本部へと引き渡され、UPC軍は街からの撤退に移ったのだった。