タイトル:兜ヶ崎防衛戦マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/08 22:50

●オープニング本文


 其の村は九州にある。だが高所にある為、冷涼だった。
 冬の真っ只中であるこの時期となっては、十分過ぎる程に寒い。
 不破真治は兜ヶ崎村の小学校の校庭で焚かれている炎に手をかざしつつ息を吐いた。
「准尉、冷えますね‥‥」
 輸送分隊の隊員の一人が呟いた。
「そうだな。もっと灯油を積んでくれば良かった」
 兜ヶ崎の村はキメラとの競合地帯の山奥にあり、人口は八百人程の小さな村だ。
 戦線が後退したことにより、兜ヶ崎の村は半ば孤立した状態にあり、電力は勿論、水道まで切られている。去年の暮れには軍からの食料の供給すらも絶たれ、村人達は餓死する寸前まで追い込まれていた。
 ラストホープの八人の傭兵の活躍もあり、不破達別府基地の輸送分隊はなんとかギリギリで物資を届けることに成功し、最悪の事態は避けられたのだが。
 その輸送作戦の成功の結果、輸送分隊にラストホープの能力者をつけることが決められ、能力者達の力もあって物資の補給は滞りなく行われるようになったが、それでも村の状況は決して明るいとは言えない。
 キメラが空、山、森、あちこちから現れ村に侵入してくる為、村人達は村にあった唯一の学校に集まり、そこを砦と化して身を寄せ合い、なんとか暮らしている。
「おう、不破、空に異常はねーか?」
 オレンジ色の髪をした十二、三に見える少女が長銃を担ぎ、紙袋を片手に焚き火を囲む不破達の元へやってきた。
「櫻か。異常は‥‥ないな」
「そりゃ良かった」
 鳥居櫻はニシシと笑うと銃を地に置き、紙袋から中身を取り出して見せた。
「イモ持ってきた。焼くと美味いぞ」
「良いのか? 食料は貴重だろ」
「元はお前等が持ってきてくれたもんだもん。喰え喰え」
 不破真治は礼を言って袋を受け取ると、中からアルミホイルに包まれた数個の薩摩芋を取り出し、焚き火の付近に転がした。
「なぁ櫻、この村で今、一番必要なものはなんだ? 次は灯油や防寒品を大目に積んでこようと思うんだが」
「灯油かー、あれば嬉しいけど、でもそれより必要なのはやっぱ飯だな。保存効く奴。寒くてもなんとか生きてはいられるけど、飯は喰えないと生きていけねー」
「‥‥そうか」
「あと銃と弾くれ。猟師のおっちゃん達が手持ちのが少なくなってきたって心配してた。あ、それと超機械くれねーか。トンボ野郎にはそれが良く効くんだろ? あいつら固くって、オレの銃でも追い払うのがやっとなんだ」
「銃に弾薬に超機械か、解った。大尉にかけあってみる」
「ありがとー、頼むぜ不破っち〜」
 底抜けに明るい笑顔をみせて少女は言う。
 不破真治はその鳥居櫻の笑顔を見て、不意にやるせなくなった。
 戦死した鳥居分隊長の歳の離れた妹である彼女は、兜ヶ崎の唯一の能力者だ。見た目の通り幼く歳は十三。だが彼女の小さな肩に兜ヶ崎の村人八百人の命がかかっている。村の唯一の能力者としてたった一人でキメラと戦い続けている。
「オレ一人で戦ってる訳じゃねー、猟友会のおっちゃん達も手伝ってくれてる」
 と櫻は言うが、それでも能力者は彼女一人。キメラの攻撃を直接防ぐ為に前に立てるのは彼女しかいないのだ。
「なんで大尉はこの村の防衛に人を回してくれないんだ」
 不破真治は憤りを洩らした。分隊員達は皆、複雑な顔をしたが、それに鳥居櫻が苦笑して答えた。
「しゃーねーだろー、アッキーの一存で人をまわせる訳でもねぇだろうし」
「‥‥アッキー?」
 芋をつついていた隊員の一人が噴出した。
「村上顕家ってんだろ? 兄貴のダチの大尉。ムラカミアキイエだからアッキー」
「アッキー、素晴らしいわ。今度呼んでみましょうか」
「止めとけ止めとけ、ダルそうな顔で煙草の火ぃ押し付けられるだけだ」
 隊員達の間からくすくすと忍び笑いが洩れる。
「キメラに困ってるのは兜ヶ崎だけでもねー。それにこんなちっちぇ村だ、他に優先させなきゃならねぇ場所が沢山あるだろ。しかたねーよ」
 大人びた――大人ぶった口調で櫻は言った。
「――仕方ない。本当に、そう思っているか?」
 不破真治は真直ぐに少女の瞳を見据えて問いかけた。
 ぴくりと櫻の肩が動き、その顔から笑顔が消える。
「本当にそう思っているのか?」
「‥‥‥‥そういう事、言うから、不破っちは偶に嫌いだ」
 櫻は呻いた。
「納得できないのならそう言えば良い」
「言ってどうなるってんだよっ。言えば、何かが変わるのか? 納得するしかないじゃないか‥‥!」
「悪いが変わらん。俺達はこれで精一杯だ。だが愚痴の一つも言えないってのは辛いだろ。なんでもかんでも無理に納得なんてしなくて良いと思う。少なくとも俺達の前くらいではな。嫌なことがあるなら俺達に言えば良い、多少は気が晴れるだろう」
「‥‥うるさい、このっ、バカヤローッ!! 大きなお世話だっ! オレはなぁ、そういうウジウジしたのが大嫌いなんだッ!!」
「そらすまんかった」
 不破真治が芋からホイルを剥がしながら言った。
「すっきりしたか?」
「‥‥‥‥少し」
 かすかに赤面しながらコクリと櫻は頷いた。
「それは良かった。とりあえず喰え」
 不破真治は芋を二つに割ると櫻に差し出した。
「‥‥なぁ、あんたら、この大馬鹿野郎が隊長で疲れねーか?」
 芋を頬張りながら櫻が隊員達に問い掛ける。すると一同は勢いこんで頷いた。
「疲れる疲れる」
「ほんと、うちの准尉、空気読まない人だからさー」
「でもまぁ慣れだね、慣れ」
 隊員達が口々に言う。
「お前等、本人前にして言いたい放題だな‥‥」
 不破真治がひきつった笑みを浮かべる。
 その時だ。突如として南方よりけたたましい機械音が鳴り響いた。
「‥‥なんだ?」
「アラーム‥‥! キメラの襲撃だ!」
 櫻が叫び、銃を拾い上げて立ち上がる。
 不破真治は即座に言った。
「飛鳥、傭兵の皆を呼んできてくれ! 黒崎、お前は隊をまとめて館を守れ!」
 言って、立ち上がり腰に佩いた軍刀を抜き放つ。
「隊長は?」
「俺は南へ行く。櫻、行くぞ!」
「あいよ!」
「って、たった二人で行く気ですか?!」
 そんな無茶な! と飛鳥と呼ばれた隊員が叫ぶ。
「傭兵の皆さんを集めてからの方が」
「アラームが鳴ってるってことはそこに人がいるってことだろう。一刻を争う。そういう事だッ!」
 言い終える前に不破真治は走り出していた。鳥居櫻がそれに続く。能力者の二人は覚醒するとあっという間に彼方へと駆け去っていってしまった。
「‥‥鳥居サンの一派はどうしてこう無鉄砲な連中ばっかなんですか!」
 前分隊長を指して悪態をつく飛鳥。
 黒崎は嘆息すると。
「これこそしゃーねぇ、そういう連中だ。それより早く傭兵達に知らせてこい。もたもたしてるとあの特攻野郎ども、あっという間にくたばるぞ」
「ああ、もうっ、他の守りは任せましたよ黒崎さん!」
 飛鳥は言い残すとキメラの襲撃を傭兵達に知らせる為に走った。

●参加者一覧

メアリー・エッセンバル(ga0194
28歳・♀・GP
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
烏莉(ga3160
21歳・♂・JG
セージ(ga3997
25歳・♂・AA
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
クラウド・ストライフ(ga4846
20歳・♂・FT
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN

●リプレイ本文

「うわぁああああああああ!」
 少女が長銃を乱射した。
 兜ヶ崎の南門、坂下から四匹の大蟻が襲い来る弾丸を甲殻で弾き返し、凍土を巻き上げて迫ってくる。
「げぇ、ぜ、全然効いてねー!」
「俺が止めるッ!!」
 鉄柵の門を飛び越え一人の男が躍り出た。雄叫びをあげて突撃し軍刀を振り上げて大蟻に斬りかかる。
 かつて、この化物を電磁波の一撃と共に一刀の元に両断した剣士がいた。しかしそれは三つの技を複合した奥義と研ぎ澄まされた刀、そして剣士の力があってこそ成し得た業である。男に超機械の援護はなく、力も技も武器の威力も足りていない。
「‥‥っ!」
 男の刀は大蟻の甲殻の前に阻まれ、ろくな打撃を与えられない。
 大蟻の赤瞳が不気味に輝いた。蟻の顎から液体が放たれる、男は咄嗟に後退するも、かわしきれずに液体を腕に受けてしまう。
「くっ‥‥これは、酸かっ」
 液体は男の防具の隙間より染み込み、白い煙をあげながら皮膚を焼き焦がす。大蟻が放つ酸の前ではどんなに強固な装甲も意味がない。
 四匹の大蟻は男を遠巻きにして取り囲むと一斉に酸を浴びせかける。
 男は強酸の嵐に呑まれ、殺しきれない苦痛に絶叫をあげる。
「不破ぁあああああーっ!!」
 鳥居櫻が叫び銃を乱射するが、弾丸は命中すれども強固な装甲の前に歯が立たない。
 全身から白煙をあげながら不破真治はがくりと膝をつき、大蟻が鋏を広げ男の首元めがけて襲いかかる。
 何かが断ち切られる、鈍い音が冬の山間に響き渡った。
「不破」
 氷のような――それでいて、その底に炎を感じさせるような、そんな声が響いた。
 不破真治が苦痛に霞む目を凝らすと、漆黒の二重外套に身を包んだ青年の背があった。
「隊長が1人で向かって隊はどうする。やるなら隊を率いているときに前にでろ」
 月影・透夜(ga1806)は蟻の口蓋へと突き刺した槍を引き抜くと、素早く横手に回り込み遠心力を穂先に乗せて振り降ろした。間接の繋ぎ目を狙った一撃は狙いたがわず装甲の薄い部分に命中し、それを砕く。
 紅蓮の閃光が走った。鳴神 伊織(ga0421)が音もなく間合いを詰め月詠を振るう。赤光を纏い下段より大蟻の脚を斬り飛ばし、返す刀で落雷の如く打ち落とす。刀が上から下へと抜けると、大蟻の頭蓋がずれ、左右に割れて崩れた。弾丸すらも弾く甲殻を泥のように鮮やかに断ち切る。
「あまり無茶をしないで下さい、貴方が倒れたらこの村はどうするのですか」
 着物姿の少女は纏う光を赤から青へと変えながら不破真治にそう言った。
「俺は‥‥」
 軍刀を杖にして不破真治は立ち上がる。
「無理すんじゃねぇよ」
 クラウド・ストライフ(ga4846)が大蟻達から庇うように立つ。
「無理ではない。俺はまだ生きている!」
「相変わらずだな」
 今回もまた骨が折れそうだ、とクラウドは溜息交じりに紫煙を吐き出す。
「まぁ、まずは目の前の敵を片づけるのが先か」
 咥え煙草の傭兵は二刀を構え蟻を睨み据える。兜ヶ崎での防衛戦が始まった。

●西の女神達
 新たに現れた四人の傭兵を強敵と見て取ったか、ミュルミドゥンの二匹が左右へと別れ中央を迂回して石垣へと迫る。
「――ecco v’imprimo,soave e forte,bacio di morte‥‥」
 だがそこにも傭兵達は手を回していた。西の石垣の上から大蟻を見下ろし智久 百合歌(ga4980)が囁く。
「無粋なお客は必要ないの」
 流し目一つ、腕をかざして振り払うと共に二連の衝撃波を放つ。漆黒の烈波が大蟻を飲み込み衝撃を与えた。智久はさらに駄目押しとばかりにショットガンを構え発砲、無数の散弾が飛ぶ。
 大蟻の甲殻が穿たれ、空いた穴から体液が噴き出す。しかしそれでもこの巨大な蟻は前進を止めなかった。黒光りする六本の足で大地を抉りながら突き進む。
メアリー・エッセンバル(ga0194)は双眼鏡を用いて空を警戒していたが迫りくる気配を感じて監視を中断、迎撃にでる。
 メアリーが石垣から降り立った瞬間を狙い、大蟻は強酸を吐き出した。しかしブロンドの元庭師は迫り来る酸を首を傾けてひょいとかわす。背後で石垣が激しく音を立てて煙をあげた。
 メアリーは素早く間合いを詰めると、低い態勢から踏み込み鋼鉄の拳を突き出した。狙いは頭部、違わず命中し、鈍い衝撃が腕に伝わる。
 だが弱っているとはいえ大蟻に一撃でトドメを刺すには少しパワーが足りない。
「‥‥あれ?」
 大蟻と目が合う。強酸が飛んだ。
 反応は素早い、咄嗟に横に飛び退いて直撃を避ける、しかしかすめはしたらしく肩口から煙があがっていた。
「ふっ!」
 メアリー・エッセンバルは回避運動の流れを殺さず横に回り込むと、呼気を鋭く吐き出し勢いを乗せて拳を頭部の付け根に叩き込んだ。
付け根は比較的脆い、的確な打撃は何かを砕く確かな手ごたえを伝え、それで今度こそ大蟻は沈んだ。

●東の勇者達
「さて、すんなり終わればいいのですが」
 東の石垣を守備する宗太郎=シルエイト(ga4261)が迫りくる大蟻を見下ろして呟いた。
どこからともなく弾丸が飛来し大蟻の甲殻を穿つ。烏莉(ga3160)の射撃だ。よく整備された銃から飛び出したそれは狙い通りに大蟻の急所へと飛び、貫通式の弾丸が大蟻の装甲を突き破る。
その弾丸は確かな一撃を与えたがそれでも例によって大蟻は止まらない。
「‥‥昨今の虫さんは、よく働きますね」
 嘆息一つ。飛来する強酸。シルエイトは石垣から跳んだ。
「折角来たんだ、フルコースで迎えてやるよ! 食い切れなくても残すんじゃねぇぞ!」
 宙で覚醒し吼える。着地と同時にランスを構え練力を解き放つ。エクスプロードが赤く輝いた。
 大蟻から放たれる強酸をステップしてかわし、その勢いのまま側面に回り込む。馬上試合の騎士のごとく突進し全体重を乗せてランスの切っ先を伸ばした。
 頭と胸の間を狙ってランスは突き出されたが、大蟻もただ突っ立っている訳ではなく大槍は取り回しが難しい、少々狙いがそれた。
だがその威力は抜群だ。厚い装甲をものともせず胸甲を突き破り、体内深くに切っ先を潜りこませる。
「約束通りフルコースだ! 我流奥義・穿光!!」
 シルエイトは寸勁の要領でさらに穂先を捻じ込むと練力を全開にした。真紅の炎が大蟻の体内で膨れ上がり大爆発を巻き起こす。
 胸部が木っ端のごとく爆ぜ、大蟻の瞳から光が消えた。

●剣舞
「我は世界と共に在り、世界は我と共に在る」
 セージ(ga3997)が覚醒した。青年剣士は舞うように駆け側方より斬りかかる。源星と銘打たれた長刀が唸りをあげて大蟻に襲いかかり、一刀必殺の気迫が込められたその太刀は赤い衝撃となって強力に大蟻を打つ。
 クラウド・ストライフが正面から大蟻へと突っ込んだ。真っ向からの怒涛の二刀連撃。武器の威力と自身のパワー、練力を全開にし、大蟻の厚い装甲をもろともせず次々と斬り裂いてゆく。
 大蟻も酸を飛ばし、鋏を振るって反撃するが、その程度ではこの男達は止められない。
「ふ、俺の動きについてくるには十年早い!」
 剣の舞手が不敵に言った。大蟻は抗いきれず翻る凶刃の前に瞬く間に解体されてゆく。
「敵を断つのは、斬ると決めた心の在りよう――即ち覚悟」
 血払い一つ、剣を振って体液を払うと青年は鞘に源星を収めた。
「背負ってるものが違うってことだ」
 セージが呟き、クラウドが煙草をふかし、男達は大蟻に背を向ける。背後で大蟻が崩れ落ち、大地に体液をまき散らした。
 山間に一陣の冷風が吹き、戦いの匂いを吹き消していった。

●戦い終わって
「傭兵さん達ってすっげーな」
 腰まであるオレンジ色の髪を持つ少女がきらきらと瞳を輝かせて言っていた。
「あの化け物をあっという間に倒しちゃうんだもん、オレ全然出る幕がなかったよ!」
「俺もあれほどまでだとは思っていなかった。凄まじいな。人とは強い生き物なのだと実感させられる」
 不破真治は校内の水飲み場に腰かけて包帯を巻いていた。
「不破っちもあれぐらい強けりゃ頼りがいあるんだけどなぁ、頑張れよ」
「やかましい、俺だってなぁ一般軍人に比べれば結構なもんなんだぞ。彼等が強すぎるんだ」
 と不意に校庭の方から歓声が上がった。
 不破達がそちらへと向かうと人垣の輪の中で月影とシルエイトが一匹づつ猪を担いで立っていた。他の傭兵達もそれぞれ獲物や山菜の詰まった籠を抱えている。
 傭兵達は村の為に何か出来ることはないかと山中に入り、猟友会のメンバーと共に狩猟や山菜の採集を行っていたのだった。
「丁度、良い具合に獲物をみつけることができまして」
 と喜ぶ村人達に猪を渡しつつシルエイト。
「俺達がこの村に対してできることはこれくらいしかないからな」
 あくまでクールに言うのが月影である。
「お心遣い有難うございます皆さん、とても助かりますじゃ」
 村長が村人を代表して一同に礼を言っている。
 その光景を眺めながら不破がぽそりと呟いた。
「性善説を信じたくなる」
「有難い話だよなホント、っていうか不破っちはそれ信じてねーの?」
 なんか意外、といったふうに鳥居櫻は言った。
「俺は未熟者だが軍人だ。色々見てる」
「‥‥ふぅーん」

●帰路に立つ
 その後一晩を兜ヶ崎の村で過ごし翌朝、輸送分隊の一同は帰路へと立つことになった。
 別れ際、智久がふと思いついたように櫻の髪に手を伸ばした。智久が手をどけるとそこには花の髪飾りが添えられていた。
「戦わなくちゃいけなくても、やっぱり女の子だもの‥‥ね?」
 微笑んで言う。その笑みに少し陰りがあることに見るものが気づくかどうか。
 キメラを退治する力はあっても、八百の村人達をこの状況から助け出す力は、さすがの彼女にもない。
「あ、ありがとう‥‥オレ、大切にするよ!」
 鳥居櫻はかすかに顔を赤めからせて智久を見上げた。
「櫻ちゃんよ」
 クラウドが言った。
「あいつは生真面目でめんどくさい奴だけどあんなに人のために尽くせる男は他にいない。ただ自分を省みずにつっ込んで行く癖があるから俺らがいないときには変わりに面倒を見てやってほしい」
 その言葉に櫻は吹き出した。
「どうした?」
「いや、あいつって、何処いっても人に心配かけさせてんのな。困ったもんだよなーホント。わかった、オレが側にいる時はしっかり見てる」
 ニシシと笑って少女は言った。
「櫻‥‥お前もあんま無理すんじゃねーぞ、一人で全部を背負い込むことなんてないんだからな」
「うん、ありがとう。あんた達もあんまり無理しないようにな。
 今回はほんと助かったよ。村の皆もすっげー感謝してる。有難いんだ、オレ達のこと見捨てないでくれる人達がいてくれて、ほんと‥‥」
 櫻は一瞬泣き出しそうに表情を歪めたが、すぐに満面の笑みを浮かべていった。
「ありがとう、オレ達は生きていけるさ。寒いところでだって、あんた達が暖かさをくれたから」

●現実
「お前、櫻と何を話してたんだ?」
 車輌内に乗り込んできたクラウドに不破が問いかける。
「まぁ‥‥色々とな」
 気だるそうにクラウドは煙草を咥え、そう答えた。
「ふぅん」
 輸送分隊の大型車両は出発し、兜ヶ崎の村が遠ざかってゆく。
「‥‥しかし、この村の状況、なんとかならないのか?」
 セージが考えた末に、といった具合で言った。
「なんとかしたいとは思っている。しかし、何をどうすれば良いのか‥‥」
 と不破。
「軍の施設を村に誘致するっていうのはどう?」
 メアリーが提案した。
「軍の施設をか‥‥」
 不破が腕を組み考える。
 それに答えたのは軍曹の黒崎だった。
「無理だな。あんな場所になんの施設を造れば軍にメリットがあるんだ?」
 叩き上げ軍曹の言葉はにべもない。
「じゃあ補給に危険な陸路を使わず、空路を使うようにするっていうのはどう?」
「空だって安全じゃない。ヘリでは飛行キメラに対抗し難く、KVを使えば前線がその分手薄になる。燃料費もかかりすぎる」
「なら、村付近のキメラを掃討するだけの傭兵を集めて、一気に叩く。掃討戦するなら、無給でも私は来るからね? 私以外にも‥きっとお人好しが大勢集まるわよ」
「無給でも?」
 信じられんといったふうに驚いた様子でメアリーを見る黒崎。
「無給でも」
 メアリーは頷いた。
 黒崎はなんともいえぬ表情で彼女を見据えていたが、
「‥‥その気持はありがたい。だがこの辺りではキメラは定期的にバラまかれるんだ。一時は掃討しても半月後にはまたキメラの山だ。意味がない」
 八方塞がりである。
「いや、待った」
 不破真治が言った。
「確かに、掃討してもキメラはすぐにバラまかれる。だがこのままでは村はジリ貧だ。勝負に出る必要がある」
「勝負って‥‥どう勝負するつもりですか隊長。またぞろロクでもないことを思いついたんですかい?」
「ロクでもない? それは俺には解らんが、この状況を打破する方法なら一つ思いついた。メアリーの提案のおかげだな。ロクでもあるかどうかはお前らが判断しろ」
「‥‥その方法というのはなんですか?」
 鳴神が問いかけた。他の一同の視線も不破に集中する。隅の席で銃の手入れをしていた烏莉もちらりと視線を走らせた。
「今は言えん。実際に実行可能かどうかは細部を詰めてみなければ解らないからな。取り止めになるかもしれないもので無駄に期待や不安を抱かせるものでもないだろう。村上大尉に話を通してからだな」
「その言葉自体、期待や不安を抱かせるものだと思いますけど」
「‥‥言われてみればそれもそうか、すまんな」
 不破は何かを思いついたらしいが、道中それ以上を語ることはなかった。
 ともあれ一行は無事今回の輸送作戦を終え、別府基地へと帰還したのだった。