●リプレイ本文
インドの荒野を軍用車両とバイクが煙を巻き上げて走る。
「‥‥空に大鷲型キメラ」
激しく揺れる車両の上、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が双眼鏡で状況を偵察しながら言った。
「と‥虎? ‥か、虎縞の猫」
「虎縞の猫ぉ?」
同乗しているファルル・キーリア(
ga4815)が疑問の声をあげる。
「北欧にゃ虎いねぇですから、遠目じゃ虎も猫も分かんねぇです」
「なるほどねぇ、数は?」
佐竹 優理(
ga4607)がゆったりとした口調で問うた。
「鷲1、虎か猫2」
それにバイクで並走しているザン・エフティング(
ga5141)が言う。
「合計三匹? おいおい、聞いた話より数が増えてんじゃねぇか」
「‥‥急がなければなりませんね」
アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)が呟く。その言葉に応えるように車両は速度を上げた。
●川辺の戦い
最初に戦場に割って入ったのは聖・真琴(
ga1622)と皐月・B・マイア(
ga5514)だった。真琴がバイクを操りその背にマイアが跨っている、タンデム、二人乗りという奴だ。
横手から迫り、今まさに兵士達に飛びかからんとする大虎へとマイアが白銀の銃口を向ける。
(何時までも弱いままでいてたまるか‥‥私は、私の出来る事をする。全力でだ!)
決意と共に発砲、弾丸が飛んだ。先制の一撃が大虎の肩口に叩き込まれ、その肉を抉った。
「さぁ! 戦闘開始だっ! Its a Showtime!」
真琴は弾んだ声で言うと単車を操り大虎の鼻先をかすめるようにして駆け去り、後部からはマイアが拳銃を連射してゆく。大虎が吠え声をあげた。
少女達が大虎の注意を引いている間に、キリト・S・アイリス(
ga4536)とザンが戦場に乗り込む。
バイクを横滑りさせ土煙りをあげて止めると、それぞれ獲物を携え、ディアドラ隊と二匹の大虎との間へと降り立った。
一拍遅れて車両も到着し、傭兵達が次々に武器を携えて降車する。
「お待たせいたしました、私はアイロンと申します。これより加勢致します」
アイロン・ブラッドリーがディアドラ隊の兵士達に微笑んで言う。
「ああ、来てくれましたか! 助かります!」
ヤマトがほっとしたように息を吐いた。
「虎は彼らが何とかしてくれる。あの大鷲は私達が射落とすわ。牽制射撃をお願いね」
と運転手を小屋へと避難させつつファルル。
「中尉、まだ敵が来るかもしれないから周囲への警戒をお願い。教えてくれればこっちで対処するわ」
「了解した。四六小隊、前面は傭兵に任せて小さく固まれ! 対空弾幕を維持、周囲の警戒を怠るな!」
ディアドラはファルルの言葉に頷くと、隊へと号令を発する。
その間にも、雷が破裂するような唸り声をあげながら二匹の大虎がキリトへと飛びかかっていた。
刹那、キリトの脳裏を食い殺された恋人の姿がフラッシュバックしていった。抑えきれぬ復讐心と殺意が腹の底から膨れ上がってゆく。
キリトは無造作に蛍火を振って飛びかかってきた一匹を叩き落とした。残る一匹に肉薄されその鋭い牙が腕へと突き立てられたが、しかしその厚い装甲にものを言わせて力任せに振り払う。
「かぁああっ!!」
反撃の二刀を携えて突進し殺意を漲らせて十文字に斬り裂いた。
もう一方の虎へは佐竹が素早く駆け寄り豪破斬撃を乗せた連撃を放った。大虎は咄嗟に横に跳んだが足を狙って放たれた剣閃の一つが大虎のそれをかすめ斬り黄色の毛並みを赤く染める。
その虎をザン・エフティングが腕を白く輝かせ追撃する。着地の瞬間を狙ってショットガンを発砲、威力を増した散弾が大虎へと飛び赤い障壁を突き破ってその身を穿つ。
血を噴き出した大虎へと向かってさらにシーヴが間合いを詰め、肉厚の大剣を袈裟斬りに振るう。大虎は身を伏せて剣閃を潜り、続いて放たれた薙ぎ払いも後退して回避する、なかなか素早い。
大虎が反撃に飛びかかりシーヴの大剣がそれを受け止めた。
「っ‥‥爪ぐらい毎日切りやがれです」
鼻先まで迫った爪を押し返しながらシーブが呻く。
一方、一同が虎と格闘している間、空を旋回する大鷲も動いていた。ディアドラ隊の隊員達が放つ弾幕をものともせずに急降下し、鋭い鉤爪をかざして地上の獲物へと襲いかからんとする。
飛来する大鷲を二人のスナイパーが迎え撃った。
アイロンは銀の拳銃を空へと向けると狙いを定め発砲した。弾丸が飛び、大鷲が赤く輝き、それを突き破る。ヤマトの射撃はさっぱり当たらなかったがアイロンの腕なら問題ない。銀の傭兵は練力を解き放つと感覚を研ぎ澄まし、二丁の銃で射撃を開始する。
一方、黄金の髪を持つファルルは洋弓に矢を番え渾身の力を篭めて引き絞っていた。弓の撓る音が周囲に鳴り響く。
ファルルはフルドローの態勢から狙いを空へと向け、裂帛の呼気と共に撃ち放つ。SESの力を乗せた矢が閃光の如く飛び大鷲のフォースフィールドを突き破った。
大鷲はどてっ腹に洋弓の矢を突き立てられ、弾丸によって羽を散らされる。
思わぬ痛手を受けた大鷲は慌てて攻撃を中止し、羽をはばたかせて高空へと逃げる。およそ射撃の当たらぬ安全圏まで逃げ込むと様子を窺うように旋回しはじめた。どうやら隙を狙うつもりのようだ。
地上ではバイクから降りた真琴とマイアも駆けつけキリトの援護に加わる。
真琴は滑るように間合いを詰めると大虎へと向かって鉄爪を振り下ろし、その足の付け根を斬り裂いた。さらに身を捻りざま大虎の間接の裏を狙い澄ましてローキックを放つ。しかし、それは赤い障壁の前に弾かれてしまう。
「おっと!」
大虎が反撃に爪を振い、真琴はスウェーでそれを回避する。大虎は牙を剥いて飛びかかるが、それも横っ飛びに跳んで避ける。さらに大虎は攻撃を加えるそぶりを見せたが、
「やらせん!」
両手を輝かせたマイアが蛍火をかざして斬りかかった。虎の首筋から血しぶきが飛ぶ。マイアは素早く霞の位置に刀を構えなおすと、トドメとばかりに平突きを入れる。
だが大虎はまだ活力があった。素早く飛び退き切っ先をかわす。
しかし、
「まだ動くのか」
瞳を殺意で塗りつぶしたキリトが二刀を振りかざして詰めていた。竜巻のごとき四連斬が大虎に襲いかかる。こうも滅多斬りにされては、さしもの大虎も耐えきる事は不可能だ。全身を真っ赤に染め上げついに倒れた。
他方の虎へは佐竹が蛍火を携えて迫る。虎が振るう爪をすり抜けるようにかわすと、その左足へ裂帛の気合と共に斬りつけた。
「あまり疲れることはしたくないんだけどねぇ」
とはいえ戦場ではそんな事も言っていられない。ぼやきつつも太刀を振い、もう片方の足も斬り裂いて飛び退く。
入れ替わり、射線が空いたところをザン・エフティングが連射した。ショットガンから放たれた散弾の嵐が大虎を飲み込み次々に穿ってゆく。
「動けねぇ虎の行く末は‥‥敷物でありやがるです」
血染めの大虎へと向かってシーヴが走り、駆け抜け様に大剣を一閃させる。
大虎の身から噴水のように鮮血が迸り、次の瞬間、横倒しにどぅと倒れた。
大鷲が一声鳴き彼方の空へと飛び去っていった。
●戦後一服
「ホンットあいつらって、何もかも壊さないと気が済まないのかなぁ〜?」
戦闘後、作業小屋の中で一息いれつつ真琴が言った。小屋内にはストーブとヤカンが置かれ、その周囲に椅子が幾つかあり、一同はそれに腰かけている。
「どうなんだろうな。統率のとれていないキメラは解らないが、バグアは‥‥壊すものは選んでるんじゃないか。単に全てを破壊するだけならもっと手っ取り早い方法があるような気がする」
インド特産の茶をティーポットからコップに入れつつディアドラが自らの考えを述べる。小柄なヤマト少年がそれを一同に配ってまわっていた。その背後では佐竹が隊員達と握手して回っていたりもする、隊員達照れまくりだ。
「バグア達は何を狙ってるんですかねぇ? まぁ異星人の考えなんて、僕達に解るようなもんじゃないんでしょうけど」
とヤマト。
「ただいま」
周辺の警戒に出ていたファルルが小屋の中へと戻ってきた。
「お疲れ様です」
アイロン・ブラッドリーが微笑み慣れた手つきで茶を入れて差し出す。ファルルは礼を言ってカップを受け取ると席についた。
「よう、どうだった?」
ザン・エフティングが問いかける。
「周辺に異常はないわね。影も形もない。本当にあのまま逃げたみたいよ」
大虎を倒した後に姿を消した大鷲を指してファルルは言う。
「また戻ってこられると厄介だねぇ‥‥」
とかすかに眉をよせて佐竹。
「牽制するのではなくて、最初から撃墜させるつもりでいった方が良かったのでしょうか」
「一瞬の火力がよっぽどじゃなければ無理よ。相手の攻撃を待ってから――地上にひきつけてから攻撃すれば、もしかしたら墜とせたかもしれないけど」
「だがそれだと隊員に被害が出ていたかもしれなかったな。守りを主眼におくなら良い戦術だったと思うぞ。相手の降下を待って攻撃するにしても、キメラの中には火炎吐いたり電撃飛ばしたり飛び道具持つ連中も多い」
その場合だとそもそもに降りてこない、とディアドラ。
「今回は相手の武器は鉤爪だけっぽかったが――確実な保証があった訳でもない。まったく被害無しで撃退できたのだから、上々さ。そもそもにあれだけ傷めつけたんだ、私がキメラだったらまたやってきたいとはとても思わないね」
と笑って言う中尉である。
「あぁ、しかし、大鷲といえばさっぱり銃が当たらなかった。僕はライフルマンには向いてないのかな」
嘆息するヤマト少年。
「まー、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるっつー希望を持ちやがれです」
とフォローっぽいものを入れるのがシーヴである。
「‥‥それ、希望っていうのかなぁ?」
と、そんなこんなな話をしていると不意にマイアが言った。
「そういえば‥‥インドはミュージカルの本場と聞いた。是非一度観て見たいな‥‥自分の音楽と踊りの後学の為にも好いかもなぁ」
ぽんと両手の平を合わせると、
「あ、ディアドラ殿! どうせなら、一緒に観ないか? インドの娯楽文化を知る、またとない機会だと思うんだ」
少女はとてもキラキラしたものを瞳に浮かべてディアドラを見ている。多分きっと多大な何かを勘違いしている可能性が大だ。
「おー舞台か、最近修羅場続きだし、偶には息抜きに良いかもなぁ」
茶をすすりつつディアドラ。幸か不幸かこの中尉、誘われれば理由がない限り断らないタイプである。
「世の中‥‥知らない方が幸せなこともあるのに」
ヤマト少年が訳知り顔で嘆息し十字を切ったのだった。
一見はともかく、中身が大分アレな中尉と共に近場の街のミュージカルへ行った少女が現実と直面したかどうかは、また別のお話である。
また「作業員の皆さん。立派な橋を完成させて下さいネ☆」と真琴に励まされた作業員達が大張りきりで橋の建設を再開し、工事の遅れを取り戻したというのはラストホープのスマイル効果として工事現場の役員の記憶に刻まれることになったりもするが、それもまたこの時点では彼等の預かり知らぬところである。
ともあれ、キメラは八人の傭兵の活躍により撃退され、インドの川へかける橋の建設は無事再開された。
橋は人の往来を担い、時流を担い、即ち歴史を担う。その橋にまつわる歴史としてささやかながら彼等の足跡もここに刻まれる事となるだろう。