タイトル:風と砂の旅路マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/09 20:40

●オープニング本文


 大陸に広がる大砂漠。昼は万物を焼き尽くす程に暑く、夜は凍りつく程に冷える。
 砂漠は車の大敵であり、故障する事も多く、場所によっては完全に走行不能になる場合もある。
 リドワーン=ハイダル=アッドゥサリーの率いる商隊などは昔ながらにラクダを用いて砂漠を渡っている。
 しかしあまりラクダには乗らない。ラクダに乗せるのは荷物である。織物から宝石から保存の効く食物まで、商うものは様々だ。
 アッドゥサリーの商隊は一隊を十匹あまりのラクダで編成している。それぞれに御者が一人づつつき、手綱をひく。
 今回は護衛にULTから傭兵を十人雇ったようだった。
 アッドゥサリーは日避けにと白い布の衣を傭兵達に貸し出した。全身を包み込むタイプのものだ。肌の露出が大きいと、太陽光に焼かれるし、水分の蒸発も早くなってしまうからだった。
「リドワーン、目的地は何処なんだ?」
 傭兵達が問いかけると商隊の長はラクダの手綱を引きつつ肩越しに振り返った。獅子の息子リドワーン=アッドゥサリー、豊かな髭を蓄えた四十絡みの褐色の肌を持つ男である。鍛えられた体躯を、砂に塗れ擦り切れた装束に包んでいる。
 アッドゥサリーは、ぎらぎらと輝く太陽の元、風の波紋を描きつつ広がる砂丘の先を指さして言う。
「砂塵の彼方、青きオアシスの傍にその村はある。名はビシウ。K人の小さな村さ。バグアやらキメラやらで十年も前から存続が危ぶまれている。己(おれ)も何年も前から、そろそろ全滅したか、それとも逃げたか、などと思いつつ通っているが、なかなかしぶとい」
「そんな所へ行って儲かるのか?」
「ぎりぎりって所だな」
 アッドゥサリーは言った。場合によっては経費が利益を食い潰す事もあるらしい。が、持ち堪えている以上はそこへ行くのが真の商人というものだ、と砂漠の男は言う。彼なりの哲学なのだろう。
 アッドゥサリーの商隊はビシウ村を目指し黄砂広がる大砂漠を進んだ。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
ザン・エフティング(ga5141
24歳・♂・EL
みづほ(ga6115
27歳・♀・EL
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

 隊商のラクダの隣へ立ち、ザン・エフティング(ga5141)は生けとし生ける者の全てを拒む、ナフド砂漠へと視線を走らせた。もちろん、砂漠の中にも多様な生命体が生息しているが、その環境は苛酷の一言。
「砂漠の旅か。テキサスの荒野より厳しそうだな」
 彼はテキサス出身であり、砂漠には慣れっこであるが、やはり、岩砂漠と砂砂漠では勝手が違いそうだった。
「これはかなりの覚悟が必要そうね」
 にやりと笑い、鯨井昼寝(ga0488)はラクダの顔を覗き込む。
「ふふ。なかなか良い面構えしてるじゃない、このラクダ」
 ある意味つぶらな瞳で昼寝を見つめ返すラクダ。
 そんな中、今回の依頼人、アッドゥサリーが現れた。
「よく集まってくれた。我々は戦士たる諸君を歓迎する」
 集まった傭兵達を前にして、アッドゥサリーは丁寧な礼を見せた。
「長い旅になる。砂漠に不慣れな方もいるかもしれないが、我々だけでキメラに対抗するのは難しい。君達の力を、あてにさせてくれ」
 伝統的なベドウィンの服を身に纏ったアッドゥサリー。
 その装束は砂にまみれてボロボロであったが、不思議とみずぼらしくは感じなかった。そんな彼の前へ一歩歩みでて、ラシード・アル・ラハル(ga6190)はスッと右手を差し出した。
「‥‥あなたの上に平安あれ」
 とつとつと紡がれたアラビア語の挨拶に、おやと様相を崩すアッドゥサリー。
「あなたの上にも平安あれ」
 にこりと笑い返し、アル・ラハルの差し出した右手を力強く握る。
「君はどこの出身かね? 今の挨拶、にわか仕込みとも思えんが」
「‥‥ラハル家の、メフメトの息子、イブンの息子ラシード。よろしく‥‥」
 その言葉を聞けば、同族か否かまでは定かではないものの、極近い地域の出身であろう事は、アッドゥサリーには容易に想像がついた。ならば、この装束はよく似合う事だろう――そう言い、皆へ配る衣服を一着、取り上げた。
 まずアル・ラハルがその衣服を受け取った後、皆順番にそれを受け取り、袖に腕を通す。本来なら女性用と男性用では服装は違うものだが、アッドゥサリーは、傭兵達をあくまで一介の戦士として遇し、同じ衣服を宛がった。
 皆が袖を通し終えた頃、大泰司 慈海(ga0173)が顔を上げ、アッドゥサリーへと問い掛ける。
「ところで、水や食料等の必需品は、用意してもらえるのかな? 経費外なら、代金を支払わせてもらうけれど」
 元々、彼はアッドゥサリーの男気に感化されてこの依頼を引き受けた。
 報酬から経費を天引きされたとて一向に構わない心構えだ。
「それなら心配しないでくれ。必需品は我々が責任をもって準備した」
 自分の胸に手をあて、力強く頷く。
 良いのか、と問い掛ける慈海に対して、当然の義務だと応じてみせる。その他にもロープや毛布、幾許かの布も準備されている事を継げると、隊商はさっそく出発した。
 ビシウ村は隊商の到着を心待ちにしている。
 無為に時間を消費する理由は無かった。
 御者十人、傭兵十人にラクダを含めた二十人と十匹からなる隊商は、ゆっくりと砂漠へ向けて歩き始めた。



 焼け付くような灼熱地獄の中を、二人の影が駆け抜けた。
 鯨井と、不知火真琴(ga7201)の二人だ。
 砂丘の上へと駆け上る二人。フードの下に双眼鏡を持ち、周囲を見渡す。
「そこに待っている人がいるから行くだなんて、浪漫があります」
 くすりと笑みを漏らし、真琴は双眼鏡から眼を離した。
「そんな男気のある事を言われてしまっては、こちらも全力で護衛せざるを得ませんね」
「えぇ、それに、バグアの支配地域には砂漠の地域も多いしね。この経験は、今後必ず役に立つわ」
 軽くウィンクしてみせる鯨井。
 彼女としては、依頼達成は当然の事としても、今後の為、砂漠での活動における自分の実力を試したかった。砂漠とは一種の極限状態。更には敵襲を警戒せねばならぬという重圧下にある。自身の実力を推し量るには、またとない機会だった。
 二人は砂丘に登りこそしたが、なるべく姿勢を低く保っていた。高所に立って不用意に目立ってしまえば、無用にキメラを呼び込みかねないからだ。
「こちら不知火。異常無し」
 無線機から返される応答。
 叢雲(ga2494)の声だった。
「了解しました。ご苦労様です」
 何点かの確認事項をやり取りした後、叢雲は顔をあげる。
「さすがに暑いですね‥‥」
「本当に、容赦無い暑さだな」
 叢雲の溜息を隣に聞きながら、レティ・クリムゾン(ga8679)は隊商最後尾から砂漠を見渡した。頬を伝った汗を指で拭い、腰の水筒を煽った。
 それに倣い、自身も水筒を手に取りつつ、叢雲は感慨深そうな表情を見せた。
「けど、この環境で頑張る人達がいるなら、私達も頑張らないといけませんね」
「あぁ、そうだな」
 力強く頷くレティ。
 最後尾に位置する二人は、そこから隊商後方を広く見渡せるよう留意する。
 鯨井や真琴、叢雲とレティ等のように、彼等は二人一組を基本として警戒にあたっていた。叢雲の提案により、隊商は可能な限り列を詰めて前後を短く保ってはいたものの、それでも七頭程度はラクダが連なっている状態だ。
 傭兵達は先行偵察+前後左右という堅実な護衛体勢で進む事としたのだ。
「‥‥?」
 そんな中、左側の護衛に廻っていたフォル=アヴィン(ga6258)は、ふとした違和感に双眼鏡を覗き込んだ。
「どうかしたの?」
「キメラです」
 慈海に問い掛けられ、フォルは顔を上げた。
 キメラと聞いて、慈海も同じ方角へ双眼鏡を向ける。レンズの中には小さくフンコロガシが写っていた。普通のフンコロガシと同じ姿である為か、いまいち距離や大きさが掴めない。
 ただ、フンコロガシはこちらに気付いている様子も無く、こちらから離れるような方角へフンを転がしている。おそらくは、問題ないだろう。
「‥‥何だか遠近感が狂うなぁ」
「けど、とりあえず大丈夫そうですね」
 苦笑気味の慈海とフォルが、顔を合わせ、頷く。
 無線を用いて皆に連絡を入れた。
 その連絡を受け取り、みづほ(ga6115)は無線機を耳に当てたまま、隣のザンへそれをそのまま伝えた。二人は、双眼鏡の使用を交互にする事でまんべんない警戒を心掛けていた。
 包囲磁石等を用いてルートを確認しつつ、先行偵察の二人を視界の中に捉えて置けるよう、自分達の位置には常に気を配っている。先行偵察班と本隊の距離が離れすぎてしまう事は無い。
「今のところ問題なし、か」
「このまま何も無ければ良いのですね」
 ザンに笑って応じるみづほ。
 だが、アッドゥサリーの話を聞くに、砂漠の旅は過酷なものだ。このまま何事も無く終われるとは思わなかった。


●フンコロガシ、強襲!
 ぼんやりとした表情で砂漠を眺めるアル・ラハル。
 だがその横顔は、何かを深く考えているようにも見えて、複雑だった。
(父さんは、僕らは砂漠から来たって言っていた。なのに、僕は砂漠を知らない‥‥)
 ゆらゆらと空気の揺らぐ熱砂の只中、彼は白い布地の中から顔を覗かせた。
 父から聞きかじった砂漠での生き方をつらつらと思い出すうち、ふと、頬に何かが触れた。
「そんなに気張るなよっ」
「ふが?」
 そのまま頬の肉をぷにと引っ張られ、アル・ラハルは驚いて顔を引っ込めた。ニッと笑顔を見せて、緋沼 京夜(ga6138)が立っていた。
「一人じゃないんだ。二人一緒に頑張ろうぜ」
「あ‥‥うん」
 小恥ずかしそうに頬を掻き、アル・ラハルは慌てて双眼鏡を覗き込んだ。
 そんな時、腰にぶら下げた無線機から呼び出し音が鳴り響いた。素早く無線機を耳にあて、口を開く京夜。
「どうかしたか?」
「そちらにフンコロガシが向かってるわ。見える?」
 声の主は鯨井だった。
 ふと辺りを見渡すが、それらしい影は見当たらない。アル・ラハルにフンコロガシが見えないかと問い掛けると、彼は砂山をひょいと乗り越えて、改めて辺りを見渡した。
「‥‥見つけた。一直線に向かってくる」
 距離はまだかなりあるが、巨大なフンを転がしつつ、かなりの速度でこちらへ向かってきている。この速度だと程なく接触してしまうだろう。いや、あるいはこちらに気付いての襲撃かもしれない。
「こっちに一直線らしい。迎撃するぜ!」
 京夜の一言に、皆が表情を引き締める。
 皆、改めて双眼鏡で地平線を探るが、他にキメラの姿は見当たらない。となると敵はフンコロガシ一体となるのだが、アル・ラハルの言葉によれば、フンコロガシはかなり大型だ。
『大丈夫か?』
 無線機からザンの声が聞こえた。
「相手は一匹だしな。大丈夫だ」
 京夜からは自信のある返答があったし、何より傭兵達全体としては、各班で対処可能ならば、他班は更なる奇襲を警戒する方向で作戦が纏っている。彼等のやり取りを無線で聞きながら、みづほはアッドゥサリーに連絡を入れた。
 キメラ到着の報せを受けたアッドゥサリー達は既に隊列を整えたとの事で、そちらも問題無さそうだった。
「来るぞ‥‥!」
 蛍火を構え、フンコロガシの突進を待ち構える京夜。
 アル・ラハルはその背後で二丁のスコーピオンをホルスターから引き抜いた。
 砂の上を盛大に転がるフン。波打つ砂の上、転がるフンが京夜に迫ったその瞬間、彼の身体に纏わり付くオーラが揺らめいた。
 豪力発現を発動しての一撃が、フンの横合いを殴りつける。フンが乾燥していて幸いだった。
 その一撃に受け流され、軌道のそれたフンともども、フンコロガシはひっくり返る。慌てて起き上がろうとするフンコロガシだが、その柔らかなどてっぱらにスコーピオンの銃弾が注がれた。
 更には、京夜の積極的な一撃を追加され、フンコロガシはあえなく活動を停止した。
『流石だな。先を急ぐとしよう』
 無線を通じ、アッドゥサリーの前進指示が伝えられる。
 キメラは一匹一匹はさほど強力でも無さそうだが、数多くが一斉に掛かってくると手ごわそうだ――傭兵達は気を引き締めなおし、改めて双眼鏡を覗き込んだ。


●星空の下で
「こんな綺麗な空は見た事がない‥‥」
 夜間警備の為に外へ出たレティは、夜空に広がる満天の星空を前に思わず溜息を漏らした。
「‥‥おや。これは本当に凄いですね」
 後から続いてテントを出た叢雲も、夜空を見上げて素直な感嘆を口にした。
 雲すら殆ど浮かばぬ夜空。時折砂塵交じりの風に隠されるものの、夜空には美しい満月と、バグアの赤い星が輝いていた。あんな星は見たくもないと多くの傭兵は思ったが、この星空は、そんな禍々しさを打ち消してしまわんばかりに美しかった。
「生きるも自由、死ぬも自由の荒野か‥‥厳しくて、その分嘘が無いな」
 感慨深そうに呟くレティ。
 辺りを見渡せば無限に広がるかのような砂漠があり、空を見上げれば、それこそ空が無限に広がっている。
「こうした景色に包まれていると、世界の大きさと、自分の小ささを感じるな」
 叢雲は、レティのその呟きを聞いた。
「なかなか詩的ですね」
「む、そうか?」
 腰にランタンを吊り下げ、自前の調味料で味付けした軽食を手に、叢雲は歩き始めた。彼等は一時間半程度でローテーションを組んでおり、代わって慈海、フォルの二人が休憩に入る。
「そろそろ交代ですよ」
「ん、了解です。今のところ異変はありません」
 コートの砂を払い、フォルが立ち上がる。
「ゆっくり休んでください。食事もテントにおいてありますので、お二人でどうぞ」
「それは嬉しいね」
 息を白く曇らせて、慈海は振り返った。
「暖かい食事は明日への活力の元ですから」
 軽く手を掲げて見送り、警戒に立つレティ。叢雲はまだ交代には遠い緋沼とアル・ラハルへと軽食へと食事を持って行き、慈海とフォルはコートをはためかせ、テントの方へと歩いて戻った。
 外でばさりとコートを払い、なるべく砂を外に撒く二人。
 だが、足を踏み入れたテントの中で、慈海は自分の超機械を前にげんなりした。
「これは‥‥」
 彼は超機械を風呂敷で包み、必要が無い限り一切出さないようにしていた。事実、初日はフンコロガシの一件以外に戦いがあった訳でもなく、風呂敷からは出していない。というのに、超機械を開いてみると、あちこちに細かな砂が光っている。
「大変ですねぇ」
 思わず苦笑するフォル。
「フォルくんは大丈夫なのかい?」
 やれやれと言った風にメンテナンスに取り掛かる慈海が、ふと問い掛ける。
「俺は刀ですからね」
 そう言ってトンと鞘を立てた瞬間、彼の朱鳳はあちこちから砂を吐き出した。ざあっと音を立て、テントの中に砂塵が広がる。
 きょとんと首を傾げるフォル。
「あれ‥‥?」
「‥‥あ、解った」
 その様子を横で眺めていた慈海が、ポンと手を叩いた。
「ほら、SESが搭載されてるって事は‥‥」
 そう、空気を取り込む為のインテークがある。
 油断だったなと、思わずフォルは頭を抱えた。彼等の中には、格闘武器を使う者が多い。しかも銃や超機械を使う傭兵達と違い、多くはフォルと同じように、防塵対策を行っていなかった。
「明日からは気をつけないといけませんね」
 反省を胸に抱いて、フォルはインテークの掃除を始めた。
 とはいえ、その辺り、みづほは抜かりなかった。
 自分の獲物である長弓「黒蝶」をテントの中で一通り整備してしまい、改めて焚き火の前へと腰掛ける。長弓の整備が終わってしまった事もあるが、鯨井が早朝警戒に備えて早めに寝ている。安眠を妨害しないようにも配慮しての事だ。
 焚き火の前ではザンが腰掛け、他の御者達と地元自慢に華を咲かせていた。
 砂漠でどんな事があった、隊商の仕事をする中で何か面白い事は無かったか‥‥逆に彼等からアメリカはどんな国だ。テキサスとここはどう違うのかと問い掛けられれ、荒涼たるテキサスの大地を語った。
「そうだ、ちょっと待っててくれよ‥‥」
 口に指を当て、ピイと音を鳴らすザン。
 それは、西海岸の鳥、コンドルの飛び過ぎて行く音に似ていた。アラビア半島では決して見る事のできぬ鳥の音だった。


●旅路
 出発してから三日。
 傭兵や御者達はもちろん、アッドゥサリーの顔にも少なからず疲労の色が浮かび始めていた。
(やはり生半可な旅じゃないわね)
 汗を拭い、双眼鏡を眼にあてる鯨井。
 砂漠、特に砂砂漠では、目立った遮蔽物は少ない。だが、だからこそ、各種キメラもその擬態に工夫を凝らしているだろう――彼女はそう思って警戒に当たっていた。
 足元を警戒するあまり空への警戒が疎かになってしまわないか等、そうした細かい事にまで気を配っている。疲れはたまるが、その分夜はきちんと寝ている。長めに寝るのだから、その分しっかりと気を張った。
 もちろん、彼等は覚醒も控えて長期戦の構えだ。
 砂漠の旅は凄まじい勢いで体力を消耗させる。旅では砂地そのものよりは岩肌や道を歩く事の方が多いが、向かう先は砂漠のオアシス。必然的に砂砂漠を往く事も多く、過酷な旅となった。
 先行偵察に奔る二人は素早くキメラの動きを報じたし、連絡を受けてからの傭兵達、隊商の動きは素早かった。ここまではさしたる問題も無く進んで来た。
「あら。水筒が‥‥」
 水滴を舐めて、真琴は肩を落とした。
 その日、砂漠は特に暑かった。鯨井と自分の二人分を本隊へ取りに行こうかと考えて、だが、彼女はふと違和感を覚えた。
「‥‥?」
 地鳴りか地響きかのような音が、微かに聞こえた。
「何か、音が聞こえない?」
「音?」
 真琴に問い掛けられ、耳をすます鯨井。確かに、微かではあるが音のようなものが聞こえる。
「何か嫌な予感が‥‥」
 双眼鏡を手に辺りをぐるりと見回す真琴。
 その途中、とある一点で動きを止め、彼女は眼を丸くした。
「来るわ。砂嵐が」
 ハッとして同じ方向へ眼を走らせ、無線機を手にする鯨井。
『何だって? どちらの方角だ?』
 偵察班の言葉を元に高所へと上がり、アッドゥサリーは眼をこらす。
 猛烈な勢いの砂嵐が、彼等の方へと突き進んできていた。
『これは逃げ切れん‥‥全員、砂丘の影へ。ゴーグルや布で顔を覆え。忘れるなよ!』
 砂丘を駆け下りるアッドゥサリー。
 彼の一言を耳にして、傭兵と御者達は一斉に駆けた。だが、そうして大きな砂丘へと急ぐ間にも砂嵐は勢いを増し、まるで衝撃波か何かのような勢いで彼等の元へと迫って来た。
「来るぞ! 伏せろ!」
 大声を張り上げるアッドゥサリー。
 皆、持参した布やゴーグルで顔を保護し、砂嵐の到来と共にうつ伏せになった。
「アル、こっちへ!」
 京夜は長身を生かし、小柄なアル・ラハルをほぼ抱え込んだ。何と言ったって、50cm近い身長差がある。自分が砂に打たれる覚悟さえあれば、砂嵐から彼を庇うのは造作も無い事だった。
 天地が引っくり返ったかのような砂嵐が、隊商を包む。
 いくら砂丘の裏へ隠れたとはいえ、たまったものではなかった。どれぐらいの時間、彼等はじっと耐えていただろう。とても長く感じたが、砂嵐の速度を考えるに、それほど長くは無かった筈だ。
 砂嵐が過ぎ去って辺りに静寂が戻ると、一人、また一人と砂まみれの顔を起こした。
『‥‥全員無事か?』
 口の砂をペッペと吐き捨てながら、アッドゥサリーは無線機へ問い掛ける。
 一人の欠けも無い。
 ただ、服や荷物の隙間という隙間全てに砂が入り込み、傭兵から御者達まで、皆心底げんなりとした顔を見せた。


 砂嵐が過ぎ去ってほぼ一刻。
(しかし、暑いなぁ)
 空を見上げていた視線を、足元へ落とす慈海。
 砂漠と言えば、映画等で見てきた悠久の浪漫を感じもするのだが、中々どうして、現実は過酷だ。何よりまず、暑いったらありはしないし、あんな砂嵐に見舞われた後ともなると、オリエンタリズムを感じる暇も無い。
「うん?」
 そんな中、彼はふと足を止めた。
 フォルが彼に気付いて、どうしたのかと問い掛ける。
「ちょぉっと、待ってね」
 そう呟きながら袖へ手をやり、小石を握る慈海。彼の言葉に、皆、何かあったかと足を止めた。数歩歩み出て、砂漠の真ん中目掛けて小石を投げる慈海。小石が、トンと砂地に乗った。
「‥‥」
 その様子をじっと眺めるみずほ。
 砂の流れ等に、不審そうな点は見当たりそうに無い。だが――
「神経質すぎるさ。砂地獄ってのぁ普通‥‥」
 彼女の思考を打ち破り、御者の一人が小石へ歩み寄った。
「待て、不用意に――」
 ザンが言うよりも早く、砂が辺りへと巻き上げられた。
 地鳴りのような音と共に小石の辺りから大量の砂が吐き出され、彼等は思わず眼を閉じ、顔を布で覆った。
「うわぁ!?」
 だが、小石へと近付いていた御者はたまらなかった。驚きの余り手を離してしまい、ラクダは恐慌状態となって暴れだす。
 他のラクダに被害が及びかねず、ザンは、慌ててこれを抑えた。
 御者は砂を受けて二歩、三歩と後退するが、後退した彼の足元でが突如として砂が崩れ、一点に向かって流れる。突然の事に能動的行動が取れぬまま尻餅を付き、流されていく御者。
「手を!」
 身を乗り出し、みづほが手を差し出すが、あと一歩のところで届かない。
「ザン君、頼んだわ」
「任せろ!」
 自分の手首に手錠を嵌め、繋がれたロープを投げるみづほ。
 そのロープをザンが握り締めた直後、彼女は軽く地を蹴り、戸惑い無く砂地獄へと飛び込んだ。これが、ただの砂地獄ではない事が、容易に想像できたからだ。
 勢いよく流れ行く砂。その終着点から再び砂が吹き上げられ、それは姿を現した。
 巨大な蟻地獄だ。
 どうやら、ただのあり地獄とは違い、極めて高度に砂へ擬態できるらしい。事実、今、突然に砂地を巻き上げて崩してみせた。これは明白だ。
「や、やめろ、来るな!」
 恐怖におびえ、もがく御者。
 巨大な顎が鋏のように振るわれ、御者の足元でガチガチと音を鳴らす。
 もう間に合わない。御者の乗る砂が一段と大きく崩れる――その瞬間、みづほの手が御者の首襟を掴んだ。
「くっ、良いわ、引き上げて!」
 勢いよく振るわれた顎が空を切り、脱げてしまった御者の靴を粉砕する。
 獲物を逃したと知ったキメラは怒り狂い、より多くの砂を巻き込み、二人に迫る。豪力発現を発動したザンとフォルが、一斉にロープを引き上げた。みづほと御者の二人が持ち上げられる。
 それでもなお追いすがろうとした蟻地獄だが、しかし、大口を開いたところに慈海からの電磁波攻撃をくらい、砂を巻き上げながら砂底へと消えていった。
「‥‥ふぅ」
 小さく溜息を漏らし、砂埃を払うみづほ。
「有難う、彼の命を救ってくれて。己からも礼を言わせてもらう」
 駆けつけたアッドゥサリーが眼を伏せ、胸に手をあてて頭を下げた。
 彼は無用心な御者を叱り付ながらも、蟻地獄から離れるよう号令を下し、急いで隊商を移動させたのだった。


●群。
 遂に最後の夜が訪れた。
 アッドゥサリーによれば、明日の夕方頃にはビシウ村に到着すると言う。
「うん‥‥これでよし、と」
 銃を組み直し、満足そうに頷くレティ。
 四日目の夜ともなれば砂掃除に慣れたもので、また、二日目からはインテークを気遣って格闘武器等にも布を巻いていた事もあり、彼等は手早く整備を済ませる事が出来た。
 あとは、ゆっくりと休むまでだ。
 皆のまだ起きているうちにと、レティはピザの材料に手をつけた。
 一方、相変わらず夜は寒く、警戒班の傭兵達はコートの襟元をしっかりと抑え、息を白く染めながら事に臨んでいた。
「‥‥」
 アル・ラハルは、自分の型に降りかかった砂を手で払い、辺りを見回した。
 生まれ故郷の近くを旅できたからと言って、彼は、単純に嬉しいさばかりを感じる事も出来なかった。ビシウ村は砂漠のオアシスにぽつんと孤立している。アッドゥサリー率いる隊商にしてもそうだが、彼等は皆、バグアとの最前線で必死に生きている。
 一方で自分はどうだ。
 そんな同胞を捨て置いてラスト・ホープで安穏としている。本当にそれで良いのだろうかと、少し後ろめたかった。
「これで、良いのかな‥‥」
「ラース!」
「わっ!」
 突然頭におかれた手に、アル・ラハルはびくりと跳ね上がった。
 京夜はそんな様子も意に介さぬ風で、そのままくしゃくしゃと撫で、大きな腕でがばっと抱きかかえた。少しどころか、かなり砂がまみれで、抱きつくつと眼に砂が入った。
「大丈夫だ、俺はどこにも行かない。平和を取り戻して、家族皆で帰って来ような?」
「‥‥うん」
 寒そうだから俺のコートにでも入ると良い、と、そのまま二人羽織状態になる京夜。
 もちろん、警戒を怠る訳には行かなかった。


 砂丘の上へひょいと顔を出し、鯨井は眼下のテントへ眼をやった。
 寝るにはまだ早い。
 彼女は真琴と共に、砂丘の縁を辿るように歩いていた。
「相変わらず、寒いなんてもんじゃないわね。うう‥‥」
 ぶるる、と身体を震わせる鯨井。
 中央におかれた焚き火とテントは、可能な限り光を漏らさぬよう配置を工夫している。とはいえ、この砂漠が只中においては、隠しても隠しきれるものではない。
「‥‥来たわね」
「どこ?」
 ハッとして、真琴は息を飲んだ。
 やはり、と言うべきか、睨んだとおり、蠍は夜行性だった。砂肌に良く似た身体を走らせ、砂丘の上で尻尾を揺らしている。
「皆気をつけて、蠍型キメラが来る」
 その一言が、戦いの合図だ。
 御者達は自衛用の武器を手に一箇所へ集まり、傭兵達はそれぞれの得物を手に覚醒する。砂丘を乗り越えて辺りへ視線を走らせた頃には、甲羅同士の擦れる不快な音が不気味に響いていた。
 彼等傭兵の姿勢を見て、蠍は発見された事を悟ったのだろう。じわじわと移動していた蠍は、弾かれるように地を駆けた。
「来るぞ!」
 S−01を手に吼えるザン。
 2,3回引き金を引いて尾を狙うと、そのまま蛍火を構えて地を蹴った。
 狙うは、尻尾。実物の蠍に近いキメラだとすれば、おそらく、その尾には毒がある筈だと彼等は判断した。
 近付かせまいと蠍が鋏を振るうが、彼はそれを難なく受け流した。そのままの流れで、蠍の右側へと回り込む。気を取られた蠍の顔めがけ、矢が飛んだ。みづほのものだった。顔に痣を浮かび上がらせた彼女は、ザンとは反対に左側へと位置をとり、蠍を牽制する。
 だが、彼女の攻撃は中々致命傷たりえなかった。
 やはり、蠍の甲羅はかなり分厚いのか。
「脇が留守だぜ!」
 それでも、彼女の牽制は有効だった。あまりおつむは宜しく無いのか、蠍は露骨に矢を払い、みづほへと向かう。その脇へ飛び込んでの、エフティングの一閃。
 甲羅と甲羅の隙間を狙った横薙ぎが、蠍の尾を切り付ける。
「くっ、弾かれたか!?」
 鈍い音がして、蠍の尾が揺れる。
 或いは尾を反らせ、彼の斬撃を受け流したのかもしれない。
「ソレなら‥‥!」
 超機械を掲げた慈海。
 練成弱体を発動させると同時に、ペアのフォルへ向けて練成強化を発動させる。
 通常の斬撃が通用しないとあれば、スキルを発動するか、サイエンティストの援護、あるいはその両方によって威力を高めるしかない。
 蠍へ切りかかり、急所突きを発動させるフォル。
「このぐらいで!」
 パリィングダガーの脇をすり抜け、その肩に鋏が叩きつけられたが、彼は勢いを殺すことなく尾へと迫り、一刀の元に刎ね飛ばした。不気味な色の体液が、辺りへと飛び散り、砂へ落ちた体液が酸のように蒸発する。
 呻き、やたらめったらに鋏を振り回す蠍。
 そんな蠍の頭部へSMGの弾丸が叩き込まれ、蠍は動きを止めた。
 強弾撃を発動した叢雲の攻撃だった。
 更にはペイントがべっとりと顔に広がり、蠍は完全に前後不覚と化した。ペイント弾を放ったレティがステップで飛びずさると、今まで彼女が居た空間に強力な酸がばら撒かれる。
「今だ!」
 視界を潰されてされてぐらりと揺れた蠍目掛け、真琴が飛んだ。
 砂を巻き上げる瞬天速。グラップラーらしい素早い動きで懐にもぐりこむと、酸を吐く為に広げられていた大口目掛けて夏落を突き立て、蠍の頭部を内から切り裂いた。
 完全に頭部を破壊され、恐ろしげな悲鳴をあげ、キメラは地に伏した。


「獅子の息子リドワーンよ、よくぞ来て下すった」
 村へと到着した彼等の隊商を、族長が満面の笑みで迎えた。
 割に合わない事は解りきっているのに、構わずこんな村にまで足を運ぶアッドゥサリーを、そして危険な道中を護衛した傭兵達を、村人は精一杯の誠意で歓待した。
「有難う、アッドゥサリー。良い経験をさせてもらったわ」
「僕‥‥この旅で。沢山の事、判ったと思う‥‥ありがとう」
 鯨井やアル・ラハルが、アッドゥサリーの隣で村を見渡す。
「これでよく解ったぜ。この村へ足を運ぶ理由が」
 カウボーイハットをピンと指で弾き、ザンは頷いた。村人達がここに『生きて』いる事を見せ付けられては、今更や〜めた、なんて言える訳が無い。
「‥‥砂まみれか。シャワーを浴びたい」
 溜息混じりに荷を解くレティ。
「それなら、泉の水を。最高の水が湧き出てますよ」
「水浴びも良いけど、それよりお酒にしよう」
 村長の言葉に割り込み、隠し持ってきた日本酒を揺らす慈海。
 ただ――
「酒かぁ‥‥酒なぁ。酒は少しな?」
 何だか罪悪感を顔に浮かべながら、村人達は苦笑した。敬虔なイスラム教徒の間ではお酒はご法度だ。その事をすっかり失念していた慈海は、ショックのあまりがくりとうな垂れた。もっとも、彼等はチャイ、慈海は酒と別々のものを飲みながらも一時の歓談を愉しんだ。彼にとっては、それで十分だった。

(代筆 : 御神楽)