タイトル:ヤマト少年と荒野の戦マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/29 22:45

●オープニング本文


 黄塵吹き荒ぶ荒野の果ての果て、彼方に輝く濁流が見える。ここはインドの辺境、競合地域、バグア側勢力と地球人類側の勢力が争っている場所。
 僕はまたこの場所に帰って来たのか。もう二度と帰る事はないと思っていたのに。
「ヤマト、お前はうちの隊の出世頭だ。お前は俺達叩き上げ組の誇りだよ」
「十六で曹長で隊長か。たいしたもんだ。胸張っていけよ!」
「名残惜しいが仕方がない、ニッポンでも元気でやれよ! ディアドラ隊の精強さを向こうの連中にも見せつけてやれ!」
 昇進と転属が決まった際に、暖かく送り出してくれた仲間達のことを思い出す。
――ああ、今すぐにまわれ右して空港へ行って高飛びしたくなった。
 僕の名前は山門浩志、十六歳、UPC軍の軍曹だ――曹長じゃないのかって? 役職っていうのはね、登る事もあれば降ることも世の中にはあるんだよ‥‥
 ああ、そうとも、降格したさ! ああ、降格したさ! 降格したさ! 降格したさっ!!
 畜生、血色の鬼女、どこまでも僕を苛むのか。さよなら僕の出世コース。分に過ぎた望みだったのか。そうとも、血泥の中を這いずりまわるのが僕にはお似合いだ。まぁいいさ、どうせ、そんなオチが待ってるだろとか心のどっかで思ってた。
 でもさ‥‥それだけならまだしも、敵軍との関係を疑われてあちらでの隊を追い出されて、それでどこも引き取ってくれなくて、元いたところへ突き返されるなんて、僕のことを誇りだなんて言ってくれた皆になんて報告すれば‥‥どの面さげて顔をあわせりゃあいいんだ僕は?
 誇り、誇り、誇りか。埃の間違いじゃないか。近づいてくる陣を眺めつつそんな事を思う。
 ああ、帰りてぇ‥‥帰る? 何処にだ。
 僕に帰る場所なんて、ねぇよな、もう、何処にも。


 幕舎の中に入るとすぐになつかしい声が響いた。
「おー、ヤマト君! 久しぶりだなー!」
 昔ながらにカタカナっぽく僕を呼ぶブロンドの中尉殿――じゃなくて今は大尉だったか――は僕の背をバンバンと叩いてそう言った。
「‥‥大尉、すいません。私は」
「背も微妙に伸びたかー? 雰囲気も鋭くなってるし、見違えたぞ」
「大尉」
「いやぁ、若者は成長が早くて良いね。私なんかさぁ、もうこのくらいの年になると成長っていうより老化っていうか、実年齢はそろそろ聞かないで欲しいお年頃っていうかー」
「ディアドラ大尉」
 僕は強く言った。さすがの彼女も黙った。
「申し訳ありません‥‥私は、失敗しました。隊の名誉に泥を」
 その言葉にディアドラは言葉を返さなかった。
 遠くから車のエンジンの音が聞こえた。
 しばらくの間の後に僕の上官は口を開いた。
「昔、私がインドに行った後に村上隊に入った奴がいる」
 ディアドラは言った。
「彼が本当に若い頃は、本当に前に進むしか知らなくて、能力者で功も多かったが、失敗も多かったそうだ。彼は少尉で隊に入ったが、降格を繰り返し、尉官を剥奪された事すらあったらしい」
 どっかで聞いたような話だ。
「だが今では中尉だ。じきに大尉になるだろう。死ななければな」
 ディアドラは僕を見据えて言った。
「どっかの誰かも言ってたが、生きてさえいれば真には敗北ではないよ。君の手の中にはまだ刃がある筈だ。失敗と思うのなら功績をあげて埋め合わせれば良い、それに私は君の選択は好きだよ」
 柔らかい笑顔を浮かべて大尉は言ってくれた。やっぱり、なんだかんだで綺麗な人だった。
「‥‥有難うございます」
 頭をさげつつ僕は思った。
 今こうして微笑んでる彼女の頭の中では「山門浩志はある場面では役には立たない」と刻まれているんだろうな、と。
 酷いとは思わなかった。むしろ記憶しない指揮官は三流以下だ。
 でも、なんとなく、悔しかった。何が? 解らない。その時の僕には、よく解らなかった。
 きっと、ああ、この人は、撃ち殺せばそれが軍人として正しいと言い、撃たなければ彼女の好みの選択だと言ったのだろう。きっと嘘はついていない。そう、嘘はつかない。それが優しさか? 糞くらえ。
「‥‥ヤマト君?」
 少し不安そうな女の声。
 帰る場所なんて何処にもないのだと、僕は知っていた筈だ。
「失礼します」
 僕は礼をするとその場を後にした。

●ある日の戦場
 タンッ、タ、タタタッ、タタッ、タタタッ‥‥
 断続的に不規則に弾丸の音が廃村に鳴り響く。音で解る。あの撃ち方はディアドラだ。とても効率的な撃ち方。
 僕は廃村の中をフルオートで猛射しながら突撃した。弾数でねじ伏せる。近距離戦では精度よりも数で勝負した方が有利だと知っている。腕力がある能力者なら特にだ。
 僕は弾雨の中を前進し、親バグアの兵をなぎ倒すと遮蔽物を確保する。
「しばらく見ない間に豪快になったな!」
 ディアドラが後方からやってきて確保した塀の陰に入り、また射撃を開始する。
「男子三日会わずばっていうだろう!」
 僕は敵の動向を窺いつつ手早く弾倉を交換する。
「カツアゲして見よ! だったか?」
「金とってどーすんのさ!」
「出稼ぎして来てるかもしれないだろッ!」
「なにその可哀想な男のストーリー!」
 言いつつ再装填を終えた所で上官に対し敬語を使うのを忘れていたと気付いた。
 ‥‥まぁ、良いか、昔もあんまり使ってなかったような気もするし。
「大尉ーッ!! 東の荒野より距離三千、速度六十、キメラの群れが接近中との事ですッ!」
 無線手のガルガ上等兵が血相を変えて駆けてきて叫んだ。僕はセミオートに切り替えると彼方の敵へと向けて射撃する。
「数はッ!」
「ビッグスライム、四! 岩弾鳥、三! 馬頭鬼、一! 牛頭鬼、一!」
「あー‥‥あちらさんは、随分と景気が良いみたいだなぁ」
 のんびりとした口調でディアドラ。たぶん、焦ってる。
「ディアドラ」
「五秒くれ」
「止めてくる。その間に敵陣を落として!」
「――え? って、おいっ?! ヤマト君!?」
「昔とは違う、今の僕は使い出がある男なんだぜ!」
 言って東に向かって駆け出す。この場所はまぁ、ディアドラと皆がいればなんとかなるだろう。
 東の方は、僕一人で相手するには少し厳しそうな敵戦力だけど‥‥注意を惹きつけるくらいなら、なんとかなるんじゃないかな。多分。
 功績をあげろというならあげてみせるさ‥‥!
 後の方でなんかディアドラの怒声が聞こえたような気もしたけど、まぁ後で適当に言っておけば大丈夫だろう。

●参加者一覧

フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
皐月・B・マイア(ga5514
20歳・♀・FC
サヴィーネ=シュルツ(ga7445
17歳・♀・JG
九条・縁(ga8248
22歳・♂・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD

●リプレイ本文

「‥‥ッ?!」
 血の気が引く、というのだろうか。皐月・B・マイア(ga5514)は少年の行動にそれを覚えた。時間にすれば一瞬だが僅かながらにも愕然とする。我に返った時には彼女は既に叫んでいた。
「姉さん! 私達が行く、ここお願い!」
 ディアドラへとそう告げると同時に走り出す。荒野を駆けながら吐き捨てるように呟いた。
「‥‥くっ、あのバカッ!!」


「って、うぉい! マイア、あんたもかぁああああッ!!」
 まさか彼女まで行くとは思わなかったらしい、ディアドラが素で慌てた様子で叫んでいる。
「大尉!」そんな中、一人の女が言った「ここは、皐月の言う通り我々で抑えるが良案かと!」
 フェブ・ル・アール(ga0655)だ。元は軍曹、この規模なら戦局は読める。
「採択した! 傭兵隊から四人つれていけ! 頼むぞ!!」
 かくてまた五人の傭兵達が東へと走った。


 荒野を走る。前方、山門の姿が見えた。足を止め空に向けて銃を構えている。空に三匹の鳥、彼方に四匹のスライムと鬼人達の姿が見えた。マイアは山門よりもやや前に出て止まり銃を抜く。
「うぉ、マイアっ?! 何でここに!」
「話は後だッ! まずは片付けるぞ!」
「え」
「スライムはこっちに回せ!」声と共に新たに後方からやってきた男が靴底で地面を削りつつ止まった。九条・縁(ga8248)だ「相手が不定形生物の粘液プレイは鑑賞専門で実践は専門外だけどな!」
「新境地を開拓できるのではないでしょうか?」
 同様にやってきたラルス・フェルセン(ga5133)が九条のそれに軽口を返しつつ言う。
「いやまったく、敵が足並みを揃えて来ていたら嫌だと思っていたのですが、どうやら見事にそのようですね」
「鳥には注意にゃー! 分散されて、それぞれに飛んで抜かれると拙いぜ!」とフェブ。
「飛び道具で抑えよう」
 小銃をロードしつつサヴィーネ=シュルツ(ga7445)が言った。
「あちらの牛頭鬼は任されましたよぉ」
 最後にヨネモトタケシ(gb0843)がやって来て言った。傭兵達は軽く分担を打ち合わせる。それが終わる頃には眼前にまでキメラの群れが迫り来ていた。
 相対距離九十、岩弾鳥達の口から礫の嵐が豪速で吐き出される。狙いはマイア、ヨネモト、フェブの三名。マイアは後退して二発をかわし、一発を盾で受けた。ヨネモトは二発を抜刀様に斬り払い、一発を装甲の厚い部分に当てて止める。フェブは一発を首を振って避け、一発を刀で弾き、残りを脇腹に受けた。
 敵の攻撃を見たラルスは両腕に白光を纏わせると狙撃眼を発動させ素早く前進する。
「多少は素早いようですが数で押しますっ」
 距離七十で空へと機関銃を向けトリガーを絞る。猛烈なマズルフラッシュと共に弾丸が飛び出し岩弾鳥へと襲いかかった。岩弾鳥は素早く旋回し攻撃を避けんとする。ラルスは機動を予測し弾道を合わせる。弾丸の嵐が大鳥を呑みこみ、鮮血を吹きあげさせた。
 フェブは岩弾鳥の一匹を目がけて走り出し、サヴィーネもまた前進を開始していた。
 サヴィーネは距離を七十まで詰めるとライフルの銃底を肩に当て空へと銃口を向ける。照準の中に岩弾鳥を捉え引金をひく。焔が爆ぜ重い銃声が轟いた。跳ね上がろうとする銃身を抑え込みつつ連射。ライフル弾が錐揉みながら空を裂き、一発が外れ、一発が翼をぶち抜いた。
「皆々様‥‥閃光手榴弾行きますよぉ!」
 ヨネモトは大地へと剣を突き刺すと手榴弾を取り出しピンを抜いて投擲した。放物線を描いて手榴弾が地に落ち転がる。三十秒後に爆発する予定。剣を引き抜き走り出す。
 距離六十、ヤマトは白光を纏いバースト射撃を馬頭鬼へとかけている。馬頭鬼は大斧を盾にして弾丸を受けながら突進してくる。前進していたマイアは盾と銃を構えて足を止め、迎撃の態勢を取った。
 ヨネモトは駆けながら利き手でアーミーナイフを抜くと牛頭鬼の顔面へと向けて投擲する。牛頭鬼は斧を振って弾き飛ばした。男は間髪入れずに右で抜き打ちをかける。刀の間合いの外。一閃の光の後に空が断裂し、逆巻く衝撃波が牛頭鬼へと向かって飛ぶ。ソニックブームだ。
 鬼達の間をすり抜け敵中に踊り込んだ九条は駆けながらエネルギーガンでビッグスライム達を狙い次々に射抜いてゆく。倒すのが目的ではなく、引きつけるのが狙いだ。
 フェブもまた戦場のど真ん中に位置取ると、拳銃を空へと向け次々に標的を変えながら猛撃を仕掛けている。五連射。轟く銃声と共に左翼の岩弾鳥に一発、中央の岩弾鳥に一発、誰も攻撃していない右翼の岩弾鳥へと三発の銃弾を放つ。弾丸は鳥たちを次々に撃ち抜き、二匹の岩弾鳥から礫の反撃が返ってきた。フェブは刀を掲げて防御せんとするも礫は刀身をすり抜け次々に炸裂した。骨が嫌な音を立て、衝撃に息が詰まる。
 ソニックブームが牛頭人に炸裂し、彼の持つ大斧が鈍い音をたて、胴の表皮が破れ血飛沫が飛んだ。
「我流連技‥‥」素早く踏み込んだヨネモトは練力を全開にする「衝波連刃!」裂帛の気合と共に双刃を閃かせ上下への猛連撃を仕掛ける。唸りをあげて襲い来る刃に対し、牛頭人は素早く身を沈めて喉への薙ぎ払いを裂け、屈みながら大斧を掲げ下段攻撃を受け止める。鋼と鋼が激突し、鋭い金属音が鳴り響いた。
 牛鬼人はガードから斧を振り上げてヨネモトの刀を巻き上げつつ、伸びあがる。次の瞬間、身を捻りざま嵐のように剛閃を巻き起こした。ヨネモトは後退せずに逆に前方へと踏み込んだ。斧に威力が完全に乗る前に装甲で受け止める。轟音が連続して巻き起こった。
 ラルスは岩弾鳥と撃ち合い、反撃の礫を弾幕で粉砕し、鳥自身を蜂の巣にして撃ち落とした。サヴィーネは狙い澄まして中央の岩弾鳥へと射撃をしかけている。
 マイアは山門へと突進している馬頭鬼へと向けてエネルギーガンを構えると四連射、強烈な閃光を撃ち放った。馬頭鬼は斧で二発を斬り払ってかわし、一発を足をふってかわしたが、残りの一発に左膝を撃ち抜かれる。馬頭鬼は怒りの咆哮をあげて進路を変更しマイアへと向かってきた。
 馬頭鬼は大斧を猛然と振り上げながら大地を爆砕する勢いで踏み込み、マイアへと向かって落雷の如く振り下ろした。マイアは頭上より降って来た閃光を咄嗟に盾で受け止める。猛烈な衝撃が腕から全身を貫いてゆく。馬頭鬼が身を捻り、猛連撃を仕掛けんとする。しかし、馬頭鬼の重心が僅かに崩れた。マイアは繰り出された一撃を飛び退いて避け、続く四連撃も後退しながら盾で捌く。
 戦場の最東部ではビッグスライムが一斉に九条へと向かって殺到していた。鳥や鬼達ほどではないが動きは割と速い。二十発の酸が猛射され、動きまわる九条を追い詰めんと包囲してゆく。
「うぉおおおおお! 結婚までは処女でいたいの、だからキエロ!」
 九条はコアを狙って光線で反撃しつつ、敵の攻撃を回避せんと走っているが多方からの攻撃の全てを回避しきれるものでもない。強酸を浴びせられ、防具の隙間から浸透したそれが皮膚を焼き肉を溶かし激痛を与え始める。男の身から白い煙が噴き上がってゆく。酸の飛沫が眼球に入り、突き刺されるような痛みが脳髄を貫いていった。
「一山幾らのモブエネミーの分際で‥‥!」
 四方を取り囲まれた九条は言葉と共に血を吐いた。剣と銃を構え、片目でそれぞれの動きを追う。四匹のビッグスライムから強酸の塊りである黄金の触手が槍のように次々に伸ばされた。九条はクロムブレイドを振るって烈閃を巻き起こし、伸ばされた触手を斬り飛ばして回避してゆく。一本、二本、三本、四本、五本、六本目に腕に巻きつかれ、七本目は斬り払ったが八本目に脚を掴まれる。被弾数が加速度的に上昇し、最終的には八本あまりの触手に全身をがんじがらめにされて大地に押しつけられ身動きを封じられてしまった。染み出る酸が男の全身を焼き始める。喉に絡みつかれ、目に絡みつかれ、その奥にあるものを潰された。視界が真っ赤になり、次に黒くなった。人間の殺し方は知っているらしい。浸み込んでくる酸で呼吸が詰まった。九条は全霊を奮い起して活性化で対抗する。再生したそばから溶かされてゆくが、生き残るにはそれしかない。
 ラルスはリロードしながらSMGを猛射し、サヴィーネもライフル弾を撃ち放って中央の岩弾鳥を撃墜した。最後に残った岩弾鳥はフェブと撃ち合い、ヨネモトは牛頭鬼と斬り合いながら円運動で徐々に立ち位置を変えていっている。
 射線が通らなくなった山門は前進を開始した。マイアは銃を納め剣を抜いた。両腕に白の光を宿し、振り下ろされる斧を盾で受け流すと、その金属の柄の上から剣を押し当て、抑えつけるようにしながら刃を滑らせる。そしてそのまま一気に相手の親指を斬り落とさんと振り抜いた。鮮血が吹き出し馬頭鬼の右手の指が嫌な音を立てて折れ曲がる。
 馬頭鬼は怒りの咆哮をあげると左手一本でマイアの顔面目がけて斧を投げつけた。マイアは盾を眼前にかざして斧を受け止める。盾を空けた次の瞬間、眼前に馬頭鬼の姿はなかった。
 消えた、と思った瞬間、腹部に猛烈な衝撃を受けて、後方へと吹き飛ばされていた。僅かな浮遊感の後に、背中から大地に叩きつけられた。肺から息が漏れ、後頭部が大地にぶつかり視界が明滅した。
 盾をスクリーンにされ、地を這うような低い態勢からのショルダーチャージを受けたのだが、やられた本人には一体何が起こったのかまるで理解できなかった。
 轟音と共に猛烈な光が瞬いた。炸裂した閃光手榴弾の光を背に負ったヨネモトは、突然の爆音と光に対し動きを止めている牛頭鬼へと猛然と斬りかかる。
 五つの閃光が走り抜け、滅多斬りにされた鬼が、ついに鮮血の海に沈んだ。
 ラルスは最後の岩弾鳥を撃ち落とし、フェブは銃を納めると左の逆手で月詠の柄を握り、右の掌を柄頭にあてた。紅蓮のオーラを巻き起こし腰溜めに刃を構え、マイアへと追撃をかけんと走る馬頭鬼の背後へと迫る。合い言葉は「タマ取ったるわ」
 マイアは咳き込みながら身を起こし、山門はナイフを抜いて加速した。
 サヴィーネはアンチシペイターライフルを構えると馬頭鬼の前方よりその脚元めがけて銃弾を撃ちこんだ。馬頭鬼は飛び退いて回避する。次の瞬間、ドンッ! という音と共に馬頭鬼の腹から刃が生えてきていた。
 馬頭鬼は首を回し背後を見やる。フェブ・ル・アールが馬頭鬼の背に密着し、刃の切っ先を根本まで突き込んでいた。女の手首が返される。ごふっ、と馬頭鬼の口から鮮血が吹き出された。
 フェブは練力を全開にするとそれを横に引き切り、再度横へと一閃させた。噴水のように勢いよく血飛沫があがり、真っ二つに両断された馬頭鬼が倒れた。
 九条は全力で活性化し酸に対抗している。マイアと山門が救出に走る。マイアとヤマトは腕を白光に輝かせるとスライム達のただ中へ飛び込んで刀とナイフを振い九条をからめ取っていた触手を切断した。九条は素早く横転すると跳ね起きて脱出する。代わりにヤマトとマイアが何本かの触手に捕まったが、それも即座に九条に切断された。まぁ人数がいれば完全に抑え込まれるまではいかない。
「遅いぞ少年少女! もうちょっとで文字通り大地に還ってしまう所だったじゃないか!」
 白い煙をあげながら九条が言った。まだ少し溶けているが、既にあちこち再生している。タフな男である。
 やがて他の四人もやってきて攻撃に加わり、スライム達は瞬く間に分解されていったのだった。


「いやしくも曹たる者が無謀な突出をするとは何事か!」
 見事なまでの右ストレートが決まって山門浩志は吹き飛んだ。
「フェブさん、俺が、無謀‥‥だってぇ?」
 山門がペッと血を吐きだし、女を睨みつけながら幽鬼のように立ち上がる。
「そうとも、この選択は全然YESじゃない! 自惚れるなとは言わない。兵士としての欲求が出てきたのも良いこった! だがな、無謀は駄目だ。死んだら何も取り返せないよ。仲間だって危険に晒される。帰る場所を全部無くす気かい?」
 戦闘の後、多くの者達からの説教が飛んだのは言うまでもない。
「‥‥君の焦りは少し解る」
 サヴィーネは言った。
「功名心と焦りは戦場につきもの。さりとて、全ては命あっての物種だ。大事な物を忘れて死に急ぐなら、君はここにいるべきではない」
「‥‥じゃあ、何処にいけってんだ?」山門は暗い眼をして言った「鉄砲撃つしか知らない人間が、戦場以外に何処に? サヴィーネ=シュルツ、お前に俺の、何が解る?」
「私は――」
 サヴィーネは口を開き、そして閉じた。一体、何を言えば良いのか。
「――私に解るのは、君が焦っている事と、苦しんでいる事。そして何処でどうやって生きるか最終的には君自身の手で答えを出さなければならないという事。そして、それをも乗り越えることが出来たのなら‥‥君は、百戦百勝の名将となるよりも尚、得がたい財を手に入れることになるだろう事だ」
 少女は言った。
「死ぬな。死ぬな。生きろ。後悔だって懊悩だって、生きてなくちゃ感じることすらできない」
 彼女のその言葉は、実はかなり重いものだったのだが、少年がそれを感じる事ができたかどうか。
 かなりの時間が経ってから山門が幕舎を出た時にラルスが言った。
「お疲れ様でしたヤマト君。面倒ですね、軍隊って。でも辞めずにいるのはヤマト君なんですから、頑張って下さいね」
 その気になれば君は何処でも生きていけます――そう言って男は去って行った。
「お疲れ様」山門が自分の幕舎前までいくとそこにはマイアが立っていた「ふん、その様子だと姉さんや皆に色々言われた様だな。自業自得だザマーミロ」
 山門はマイアを見据え――そして、笑った。
「な、なんだ、ヤマト殿っ、頭でも打ったのかっ?」
 マイアはびくりとして身を退く。
「いや‥‥? 別に、マイアもお疲れ様」
 マイアは何か不気味なものを見ているような気がして不安になった。
「本当に、心配はいらないよ」
 そう言ってヤマトは苦笑してみせた。
「ただ‥‥僕は、そんなに恐ろしいものに見えるのかい?」
 少しの間の後に――マイアは言った。
「‥‥目が、偶に」
「‥‥そうか、でも、これは、もう治らないと思うなぁ」
 少年はそう言った。


 夜が更けると何故か九条が酒瓶を手に山門の幕舎にやって来て酒盛りを始めた。
「今夜は眠りたくないの」
「あの、普通にキモイんですが」
「うるせー! 粘液プレイの記憶が薄れるまで眠りたくないんだよ! なんか夢に出てきちゃいそうだろ!」
 確かにあれは普通に凄惨なものがあった。
「っていうか、正直な話どうなんよ?」
 九条は酒を飲みながら問う。
「何がです?」
「少年の話さ。自分が何になりたいのか、きちんと理解しているか?」
 少しの静寂の後に山門は言った。
「昔は、考えるまでもなかったです。なりたいものなんて、何もなかった」
「そうか」
 夜は静かに更けていった。