●リプレイ本文
宿の大部屋の一つ。悪霊調査の為に島を訪れた刑事と傭兵達が資料を片手に卓を囲んでいた。
(「変だ」)
紙片を睨みながらアンドレアス・ラーセン(
ga6523)は胸中で呟いた。紙にはこれまでの調査結果が書かれている。
(「考えろ、考えろ、考えろ」)
ビールの追加を頼みつつ、煙草を吹かす。特に妙だと思うのはクラウディアからの話。
「‥‥クラウ、森を探索した時にあった爺さんの話、ちょいと妙だぜ」
金髪の男は考えをまとめると、卓を挟んでいる銀髪の少女を見て言った。
「え、そうかな?」
少女は首を傾げる。クラウディア・マリウス(
ga6559)だ。イタリア出身の元良家のお嬢様である。
それにデンマーク出身の元プロギタリストが言う。
「この島の人間は悪霊を信じてる‥‥キメラを知らない可能性もある‥‥が。知らないのなら『キメラだって解ったのか』とは言わない筈だ。知っているなら――」
言葉を切って相手を見据え、言う。
「――何故、恐れない? 狭い島だぞ」
キメラは霊的なものと違い、直接的な脅威だ。容易に人の命を奪う。で、あるのに、島にキメラが現れたのに恐れを見せないのは何故だ?
「‥‥そう言われてみると確かに変だね?」
クラウディアは口元に指をやりつつ首を傾げる。
「どういう事でしょう?」
緑眼の少年が問いかけた。柚井 ソラ(
ga0187)だ。
それにアンドレアスは答えて言った。
「考え得るのは一つ‥‥島民の、少なくとも一部はキメラの存在も危険性の度合いも知っていた」
「え‥‥でも、そうなると、それは」
柚井は思う。何故、そんな事を知る事が出来たのだろう? 正体は不明とされていた筈。それを知る事が出来たという事は。
アンドレアス・ラーセンは言った。
「キメラ自体、島民が仕組んだ」
場に沈黙が降りた。
各々の視線がアンドレアスの方へと向く。
「そうですね‥‥恐らくは島ぐるみ、だと私も思います」
黒髪の男がアンドレアスの意見に同意した。叢雲(
ga2494)だ。
叢雲は島の地形が描かれた地図を指先で一つ叩き、言う。
「この小さな島で全ての島民の目を盗んでの密輸は難しいでしょう――密輸が行われているのなら、ですが。しかし行われているのなら‥‥仮に全員が知らないとしても、少なくとも、一部の島民はそれを知っている筈。彼等がキメラを仕組んだのなら、それもまた同様」
その言葉にアンドレアスは頷く。
「でも、何の為にキメラを?」
鯨井昼寝(
ga0488)が答えを知りたい、というよりは確認を取るように問いかけた。
「密輸が行われているのだとしても、何故わざわざキメラを放したりしたのかしら? そもそもに島民にキメラを自由に扱えるだけの力があると思う? どうやって手にいれたの?」
「キメラの入手先に関しては――」
赤ネクタイの刑事が口を開いた。
「恐らく、BK辺りに伝手を頼めば仕入れる事も可能でしょうね。扱い方も彼等に学べる」
あれの大元は、キメラと人を戦わせて賭けを行っている場所ですからねぇ、と長谷川。そういうのはお家芸でしょう、との事。
「‥‥キメラと人を?」
叢雲がぴくりと眉を動かした。
「また出たね、その名前」
赤崎羽矢子(
gb2140)が長谷川へと視線をやった。
「鉄火場とは言うけれどさ、燐火巻き込んどいてあたしらに近付くなは無いと思うんだけど?」
「え、私?」
燐火が目を瞬かせる。
「危険性の量と必要性の問題ですね。仕事はこなさなければ傭兵はやっていけませんがぁ、BKには関わらなくても生きてゆけます」
と笑みを浮かべながら中年刑事。やはり深く話すつもりはないらしい。
「あっそ」
嘆息して赤崎。
「で、なんでキメラを放ったのかしら?」
と『有明の白い悪魔』こと阿野次 のもじ(
ga5480)が問うた。何時の間にやら凄い通り名がついている。
「恐らくは目くらましだろうな」
アンドレアスが答えて言った。
「何か、俺達っつーか警察の目から隠したい物があったんじゃねぇ?」
「なんで、わざわざキメラを? 神隠しで済ませれば良かったんじゃないの?」
「今まではそれでも良かった。でも今度のそれは隠しきれなくなった――もしかしたら、長谷川刑事の存在が圧力になってたのかもな」
アンドレアスが言う。
「例えば、だけどよ、駐在所の巡査が消えたら警察にも色々面子とかあるんじゃねぇの?」
刑事達は頷き、
「そうですねぇ、確かに、消えたのが一般市民じゃなく、警察関係者となったら、上も本腰を入れるでしょうねぇ」
本当は等しく入れなければならない筈ですがね、と長谷川。
「ついでに長谷川刑事、神隠しなんてものになったら、これを口実にってのもアレだが、あちこち探り回ろうとかは考えるよな?」
「ええ、前々から一度念入りに調査したい、とは考えてましたから」
「いや、でも、ちょっと待ってよ」
赤崎が言った。
「それってさ、つまり‥‥キメラ以前にまず巡査さんが消えたって順序にならない? 島民達が、巡査が消えた理由をキメラにしたかった――って訳でしょ? それって」
つまり、島民が。
「‥‥キメラは水棲だった。巡査は嵐の晩に消えた。キメラに襲われたのなら、嵐の晩になんでわざわざ海に近づく?」
アンドレアスは表情を消すと、紫煙を吐き出した。理由がない、と男は言う。
「もしかしたら何かがあったのかもしれないが‥‥しかし、妙な話だ。村の何処へいっても常に感じる爺さん達からの視線も、これも妙。この島は、凄く変だ」
「‥‥‥‥密輸、か」
赤崎は眉を顰めて呟く。全てがそこへ向かって収束していっているような気がする。
「‥‥やな時代だ」
それが、結論だった。
●
その日の晩、情報交換を済ませた赤崎はすぐに安藤美恵の様子を見張るべきだと主張し、鯨井と共に身を隠しつつ密かに宿を抜けだした。
島の夜。空には夏の星々と大きな月が輝いている。遠くから潮騒の声が聞こえた。
「怯えた様子が気になるんだよね」
と赤崎。
「そうね」鯨井は頷くと「確かに現状だと過去に神隠しやらで失踪した人達と一番の共通項が見られるのは彼女よ」
宇宙人が攻めて来るこの時代に神隠しも何もあったもんじゃないと思うけど、と言いつつ鯨井。
神隠しで消えた人間は挙動不審だったという、怯えていた様子だったという。安藤美恵、彼女の今の状況はそれに酷似している。
「夜が明けたら消えてたなんて勘弁だ」
と赤崎。
「それに」鯨井が言った「万が一、億が一にもこの神隠しが天狗の仕業だったり、宇宙人によるアブダクションだった場合、これはかつてないバトルチャンスよ」
拳を握って言う。あらゆる可能性は常に考慮せねばならない、と昔誰かは言ったが。
「え、いや、でも、さすがにそれはないんじゃないかなぁ」
赤崎が多少困惑しながら言う。
「だってこんな世の中だし」
「まぁ、こんな世の中だけどね」
宇宙人が攻めて来る時代だ。何が起こったところで不思議ではない。
(「でも、ま、確かに、そっちの方がまだ良いような気はする」)
と思うところではある。純朴な筈の田舎の村の人間が、同じ村に住む人間を殺害してまわっているよりかは。
二人は静寂の村内を抜け、安藤美恵の家へと向かった。村外れの一軒家、安藤宅には明りがついていた。どうやらまだ起きているらしい。
付近の茂みの中に入る。鯨井と共に見張る事しばし、動きは無い。
二時間程が経過し、時刻が深夜になった頃、家の明りが消えた。
「寝たのかしら?」
寄って来る蚊を叩きつつ鯨井。
「そろそろ良い時刻だもんね」
と同じく夏の虫に辟易しつつ赤崎。
「――いや、待った」
不意に玄関で物音が響き、その扉が開いた。一人の女が周囲の様子を窺いながら出て行く。若い女。安藤美恵だ。
美恵はいずこかへ向かって歩き出した。
(「行きましょう」)
身ぶりで合図しつつ赤崎。鯨井が頷く。二人は尾行を開始した。気付かれないよう距離を取り、物陰と闇に紛れながら後を追う。
美恵は港に向かっているようだった。
波止場、周囲が開け、見通しの良いそこに三人ばかりの男が立っていた。倉庫の陰から様子を窺う。月の光量はそれなりにあるが、距離が遠い為によく解らない。しかし、背格好から判断するに、一人は村長の灘安ではないかと思われた。
「なんて言ってる?」
「‥‥ちょっと、解らないわね」
美恵達が話をしている。覚醒し、五感を研ぎ澄ますが、二人の聴覚をしてもよく聞こえない。だが、時折届く音の端から、段々と会話が荒れて来ている事は解った。
「も‥‥し‥‥たいか!」
男の一人が怒声らしき物をあげて美恵の肩を掴んだ。悲鳴があがった。何やら揉み合っている。
赤崎と鯨井は危険を感じ素早く倉庫の陰から躍り出た。
「こんな夜更けに何をやってるの?」
声をかけ近づくと、一同の様子が解った。一人は老人、一人は壮年の男、そして一人はやはり村長の仙波灘安だった。皆、一様に驚愕を顔に浮かべている。
「あんたらは――」
「いえ、ちょっと、私事で少しありましてね」
即座に村長は笑みを浮かべると言った。
「なに、些細な事ですよ。ほら、ゼン、放せ」
ゼン、と呼ばれた男は安藤美恵から手を放す。安藤美恵は青い顔をして震えていた。
「ふぅん、ただごとではない様子だけど?」
鯨井が鋭く目を細めて村長達をみやる。
「いえ、もう解決しましたよ。なぁ、ミエ、そうだろう?」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべつつ村長は言った。安藤は頷くと「はい、お騒がせしました‥‥」と赤崎と鯨井に向かって一礼した。
「では、私達はこれで。いくぞ」
村長達は踵を返し、声をかける間もなく去って行った。
波の音が響いていた。
「‥‥大丈夫? 何があったの?」
赤崎が女に問う。
「いえ‥‥」
安藤美恵は首をふり、
「なんでも‥‥なんでも、ないんです。私は、大丈夫です、なんでも、なんでもありません」
いくら聞いても、思いつめたような表情でそう繰り返すだけだった。
●
翌日の朝。港。南の島の夏の空は、今日も青く晴れ渡っていた。
今日は本島から捜査員の増援が来るらしい。それを長谷川から聞いた叢雲と燐火は共に港まで迎えに出ていた。
「ねぇ叢雲、どんな人が来るんだい?」
燐火が片手で口を抑え、欠伸を噛み殺しながら問いかけてくる。
「さぁ、私もそこまでは聞いてなくて」
と叢雲。誰が来るかは謎である。ちょっとした雑談をしながら待つことしばし、やがて蒼い海の彼方から向かい来る白い船が見えた。
小型艇が波を割って桟橋に横づけされる。船の上には銀髪碧眼の女が立っていた。女は身軽に桟橋に上に降り立った。歳の頃は二十歳半ば程度だろうか。叢雲には見覚えのある顔だった。
「こんにちは、すいません、お待たせしました」
船、揺れるねー、などと言いつつ桟橋に降り立って彼女は笑った。
「‥‥真琴さん? 何でまた、ここに」
叢雲が軽い驚きを覚えて言う。現れたのは不知火真琴(
ga7201)だった。
「や、叢雲。それは悪霊退治の仕事を受けたので」
「いえそうではなくて」
「ん、偶々だよ」
あはっと笑って不知火は言った。
「そうですか」
頷いて叢雲。実際の所は、さて。
「‥‥‥‥お知り合い?」
何時の間にか叢雲の陰に回るようにしている燐火が問うた。
「ああ、そうだ。燐火さん、こちらは不知火真琴さん。私の幼馴染で仲間の傭兵です。無駄に元気なので、よろしくしてあげてください」
「は、はぁ」
随分ぞんざいな紹介の仕方である。
「ULT傭兵の不知火真琴です。よろしくお願いしますねっ」
にこにこと笑顔で不知火は言った。一瞬、視線が叢雲を刺したような気もするが、多分気のせいだろう。
「実際、元気でしょう」
しれっと叢雲。
「否定はしてない」
笑顔で不知火。
「ど、どうも、よろしくお願いします。私は、えぇと、西園寺燐火と言います」
ぺこりと一礼して燐火。
「あ、はい、燐火さんですね。了解です。現在の状況はどうなっていますか?」
「えぇと、現在は――不知火さんは、お話はどのあたりまで‥‥?」
恐る恐る窺うようにしながら燐火。
「基本事項と、後は島の外で把握できるあたりまで、ですね」
「そうですか、なら、今の所は――」
と燐火は今までに起こった事を不知火へと説明し始めた。
●
一方、柚井、クラウ、阿野次の三人は早朝に宿を出、昨日発見した痕跡の追加調査に出ていた。
散歩中らしき老人達と笑顔で挨拶をかわしつつ村中を抜け島中央に広がる森へと向かう。
柚井、クラウはいつも通りの格好だったが、何故か阿野次はくの一ルックであった。
「どっから出したんですか、それ」
「和風ですねー」
突っ込み(?)を入れつつ歩く少年アンド少女。
「乙女には一〇八の秘密装束があるのだよ。ニンニン」
阿野次が両手で印を結びながらそんな事を言う。やおら森を流れる川に飛び込んで濡れ鼠になっていたりする。曰く、サービスらしい。まぁ季節は夏なので、風邪はひかないだろう。むしろ暑い。
そんなこんなをやりながら森の奥まで入り、やがて昨日くぼみを発見した場所まで辿り着いた。
「確か、この辺り‥‥でしたよね?」
柚井が首を傾げつつ問う。何故か、跡が見当たらなかった。
「うん、この辺りだった筈だけど‥‥」
クラウディアも言いつつ首を傾げる。
「‥‥特に、何もないわね?」
と阿野次。足跡が、消えていた。
「‥‥足跡ってそんなすぐに消えるものでしょうか?」
柚井が言った。怪しい、と思う。
「誰かが消したのかも、黒い影とかがね。どっちに続いていたの?」
「あっちです」
クラウが島中央にそびえる山を指さして言う。
「ふむ、行ってみましょ」
阿野次は顎に手をやって一つ頷くとそう言った。
一同はその言葉に頷くと山へと向かって歩き出した。
●
叢雲と燐火と別れた不知火真琴は他のメンバーが動きやすいように、囮を意識して目に留まるように動いていた。怪しまれない程度に島の各所を巡る。
目につくのはやはりキセルを咥えた老人達だった。彼等は村内は勿論、島の要所要所にいて、のどかに散歩や談笑をしている様子だった。だが意識してみると、彼等の視線が時折、それとなく不知火へと向けられている気がする。
符丁、という言葉が脳裏をかすめる。識別の為の記号。あのキセルは、仲間内での目印なのではなかろうか? そんな気がした。
一方の叢雲はというと隠密潜行を使用し、人目を断ちながら島の西へと向かっていた。彼の周囲には人の気配は感じられなかった。つけられてはいないようだ。燐火と不知火と別れるまでは視線のようなものが感じられたが、隠密潜行を発動させ遮蔽物などを利用して動いてからは特に感じられない。
恐らくは、まいた。
(「逆を言えば」)
考える。
(「ある程度は監視されてる、って事ですよね。私の気のせいでなければ、ですが」)
胸中で呟きつつ進む。
彼は島の最西の海岸に辿り着くと、浜辺を歩き、浅瀬を越え、洞窟の入り口の位置を確認した。森の方角へと照らし合わせる。迷彩服を着用して森の中へと入り、海辺の洞窟へと繋がる洞穴がないか調査を開始した。
アンドレアスは日中、村での聞き込みを行う事にした。
(「村長の代替わりの話が気になる。前村長も行方不明だった」)
四年前ならば若い奴も知っている筈、と男は考える。村に出ると相変わらず一見では長閑な様子だった。
「四年前、ですか?」
通りすがりらしき十代後半程度の娘はアンドレアスに声をかけられると足を止め、そう言って首を傾げてみせた。
「そう、前の村長っていったいどうしたんだろう、って思ってね」
「それは‥‥そうですね、どうしたんでしょうね。いつの間にか、灘安さんになってましたね」
娘は視線を左右へと彷徨わせてから言葉を濁した。
「‥‥俺にも言えない?」
微笑を浮かべてアンドレアスは言う。美形の男に娘は一瞬くらっとしたような表情を見せたが、
「そ、そういう事ではなくて、私、本当に知らないんです。御免なさいっ」
娘は赤面しつつもそそくさと「用事があるので」と逃げるように去って行ってしまった。
他にも数人にあたってみたがこれといった成果は得られなかった。どうやら前村長に関する話はタブーであるようだ。
(「‥‥なかなか、簡単にはいかないか」)
男は一つ息を吐いた。
赤崎と鯨井は引き続き安藤美恵の監視についた。安藤は昨晩自宅に戻ってからの動きはない。しかし、
「羽矢子、あれ」
鯨井が声を潜めて言った。
赤崎が鯨井に促されて視線をやると、道の端の石に腰かけてキセルを吹かしながら談笑している老人達の姿があった。彼等もまた安藤家を見張っているように見える。赤崎達の姿には気づいているのかいないのか。
「‥‥どういう事?」
赤崎は導き出される可能性に思考を回転させる。
「目を離さないように。気付かれていなければ良し、気付かれていても牽制にはなる」
「ええ」
どうやら島側の方でも美恵を見張っているようだ。鯨井の言葉に赤崎は頷いたのだった。
柚井、クラウ、阿野次は山に入って調査を行っている。しかし山と一言に言っても広い。こんな時にこそUPC軍や警察関係に頼って人海戦術をとりたいものだが、生憎とその支援は受けられない。
山の広さに目眩がしそうになるが、それでも三人は探し続けた。
何かが、ある筈なのだ。
●
アンドレアスの聞き込みは特にこれといった成果はなかった。そこそこで切り上げて安藤美恵の監視へと合流した。アンドレアスと交代した赤崎は適当な木陰へとハンモックを吊るすと横になり、プシュッとやった缶ビールを片手にだらだらし始めた。カモフラージュではあったのだが、夏の南の島の青い空の元で飲むビールは美味かった。とても美味かった。
不知火は島の西にあるという洞窟を探索した。洞窟は深く入り組んでいた。ある程度まで奥へゆくと海水が満ちて来て通行不能になった。水の底にも通路は続いているのだろうか? 解らない。ケータイのカメラなどで撮影しつつ一通りの調査を終えるとその日は引き上げた。
叢雲、森の中に海辺の洞窟へ繋がる洞穴などがないかを調査したが、今日の調査では特にこれといった物は発見できなかった。
柚井、クラウ、阿野次はその日の夕暮、山中に洞窟を一つ発見した。
洞窟の前には男が二名立っていた。どうも、村の人間のようだ。
「おや、皆さん、こんな所でどうしたのですか?」
男はにこにこと笑って言った。
「ちょっと散歩でもしようかと思って。この島は自然が豊かで良いですね」
柚井は笑顔を返してそう答えた。
「これは、洞窟ですか?」
クラウディアが興味深そうな顔を作って問いかけた。
「はい、古くからある洞窟で」
「えぇと‥‥中に入っても?」
「すいません、ここから先は立ち入り禁止なんですよ」
男はそう言った。
「えー、なんで?」
阿野次が問いかけた。
「この洞窟は神聖な場所でして、神に供物を捧げる場所なんです。これは島の外の人にはお見せできないんですよ。申し訳ありません」
男は笑顔で、しかし有無を言わせぬ態度で言った。
「そうなの」
無理押しする事は難しそうだ。蹴散らす事は容易いが、この奥に証拠があるという確信がない。もし万が一ただ社などがあるだけなら、島にいられなくなってしまう。三人は顔を見合わせるとその場を後にした。
●
夜。各々の調査結果を一部は現場に残りつつ、一部は宿に集まってまとめた。
その翌朝、柚井と叢雲は隠密潜行を発動させて人目を避けつつ、昨日発見した洞窟へと向かった。
木々の陰に隠れつつ洞窟の入り口の前の様子を窺う。体格の良い男達が数名立っているのが見える。昨日よりも増えている。警戒は強いようだ。
「踏み込むのは、無理そうですね‥‥」
柚井が残念そうに呟いた。
「どこかで陽動して‥‥というのも、少し難しそうですね」
と叢雲。何人かは寄せられても何人かは残るだろう。上手く姿を見せずに仕留めたとしても、奥に入ってから発見される可能性は高い。袋小路ならば逃げ場はない。もしかしたらやれるかもしれないが、危険性が高かった。
「あからさまに怪しいですが‥‥」
踏み込む為の確証が欲しい。
「狙うなら、講演の時でしょうか?」
「どうでしょうか」
村人が集まるとはいっても彼等もそれに参加するだろうか? しかし、灘安は村長だ。彼はそちらに出ざるを得ないだろう、とは思う。指令の関係を考えるに村長が動けない時を狙った方が良いか、とは思う。
「そうですね‥‥そちらの方が良いかもしれません」
「はい」
叢雲と柚井は山の洞窟を後にした。
不知火は海岸の洞窟の様子を確認しに行った。ざっと探索したところ、昨日と特に変わりはないように見える。物を隠すにはうってつけの場所かもしれないが、しかし湿気が気になった。武器を常時保管するには向いてないかもしれない。しかし一時的にならば用は足せそうだった。不知火は調査を終えると安藤美恵の監視の交代へと向かった。
赤崎は仮眠を取った後、交代し海に出て釣りを行った。悪霊騒ぎのせいか周囲に人気はなかった。
「‥‥釣れないなぁ」
女太公望は蒼い海の彼方をぼんやりと眺めた。
阿野次はというと、
「ローン! 国士無双! 打撃力評価六十点ね!」
「ああ、ふりこんじまった!」
「お嬢ちゃんやるねぇ!」
カカカと老人達が笑う。
何故か島の住人達と麻雀をやっていた。どうやって取り入ったのだろう。謎である。
麻雀をやりつつそれとなく事件に関して探りを入れてみるが、緘口令がしかれているのか、精鋭(?)なのか、そこら辺りのガードは固く、男達は迂闊に情報を洩らさない。
(「‥‥あっちもあっちで引きつけてる腹なのかしら?」)
そんな事を考えつつも、二局目、山からハイを抜きとり、いらぬ柄と数字だったので捨てる。卓に小気味良い音が響いた。
アンドレアスは刑事達と共に林巡査の自宅を捜査していた。争った跡など、特に異常は見られなかったが、慶次郎は床の裏から時計の裏まで徹底的に調べ上げている。この辺りはさすがは現職の刑事、といったところか。
「警部! ラーセンさん!」
慶次郎が声をあげた。
「何かあったのか?」
招き猫の裏を調べていたアンドレアスはそれを机の上に戻すと慶次郎の方へと向かった。
慶次郎は押し入れの上の段から天井を空け、その裏へと登っている様子だった。懐中電灯を片手に封筒を持って降りて来る。
封筒の中には林巡査が書かれたと思われしメモが入っていた。
「おいおい、こいつぁ‥‥」
紙片の内容に目を通し、アンドレアスは呻き声をあげた。
内容は以下だ。
『私は林康三。九尾桐島に派遣されている唯一の警官です。もしこれを他の誰かが読んでいる時は、既に私はこの世にいないでしょう。
九尾桐島は大陸の呂幹拓と東南アジアの荘湖安に繋がりがあります。また、九尾桐島はヴァイナモネンなる親バグアの科学者とも繋がりがあるようです。
九尾桐島の住民は全て犯罪者です。例外はまだ年端もいかぬ子供のみ。首魁は仙波灘安。奴はこの島の王です。
物的な証拠はありません。しかし彼等は今また恐ろしい取引を実行に移そうとしています。ジャミング下でも使える連絡手段は全て奴等に抑えられてしまいました。私は孤立し、囲まれています。しかし、私は警官としてそれを止めなければなりません。
もしも私が敗れ去り、取引を止められなかった時は、どうかこれを読んだ貴方、警察の関係者なら、どうか、取引の完遂を阻止してください。そうでないならK県警の長谷川早雲警部か赤坂慶次郎警部補へと、どうか、お伝えください。九尾桐島はやはり黒だった、と。
奴等は武器弾薬を大陸の軍閥から東南アジアのマフィアに流し、そして人間を親バグアの科学者に売り渡そうとしています。それらの保管場所は山』
「林巡査‥‥!」
慶次郎が瞠目し、長谷川は深い息をついた。
そこには取引が行われる日も記載されていた。今日より五日後だった。
アンドレアスは踵を返す。
「何処へ」
「‥‥仙波の所へ」
「これだけでは、証拠になりません」
「けどよ、人を!」
アンドレアスの肩を長谷川が掴んだ。
「これだけでは、足りないのです。集めましょう。我々に失敗は許されない」
赤ネクタイの警部はそう言った。
●
クラウディアは周囲が監視する中、一人、安藤家を訪ねた。キセル老人や鯨井達が息を呑む中、玄関のインターホンを押した。
「貴方は‥‥」
出てきた美恵は吃驚したような顔をしてクラウディアを見た。
「何があったか、教えてくれませんか?」
少女は柔らかな物腰でそう言った。
「それは‥‥」
美恵は俯く。
「大丈夫、貴方の身は私達が守りますから。こう見えても私、実は能力者なんですよ」
えへと笑顔を浮かべて少女は言った。
「それは知っています。ULTの傭兵の方もくるとうかがってましたから‥‥」
美恵はクラウディアを見て呟き、何かを考えこんでいる様子だった。
「‥‥中へ、おあがりください」
クラウディアは安藤宅へと入った。居間へと案内されて座り、茶を出される。
「私は、別にどうなっても良いのです。ただ、あの人が‥‥生きていて、欲しい。せめて、人として」
相当に思いつめているらしい。潤んだ瞳で美恵は言った。
「あの人?」
それには答えずに美恵は言った。
「お話しします。この島で行われている全てを」
●
翌日、歌部星明による悪霊対策の講演会が開かれた。柚井は直衣姿でそれを手伝った。クラウディアや燐火と共に走りまわりあれこれ会場を整える。
「歌部さんのお話は凄く為になるので」
と柚井は前日に村長に対し、全ての島民が参加するように願い出ていた。それが表向きの理由。裏向きの理由は島民を一か所に集め調査をやりやすくする為である。灘安は「全員というのは確約できませんが、なるべく多くの人が参加するように呼びかけましょう」と答えた。
やがて会場の準備が整い、村長の灘安や大勢の村人達が集まった。言葉の通り、全てではなかった。
残りのメンバーは美恵と共に山の洞窟へと向かった。美恵は林巡査が遺したメモと同様の事を供述した。武器は山の洞窟に保管されているのだという。
洞窟の前には見張りの男達がいたが、長谷川が「証拠は揃っている」と吹いて強制捜査に踏み切った。これだけの数の熟練能力者を前にしては屈強な男達といえども手も足もでなかった。
洞窟を進むと、やがて巨大で分厚い扉が一行の前に姿を現した。慶次郎が押しても引いても体当たりしてもビクともしない頑強さだ。
「メトロニウムの扉だ。施錠されている。鍵がなければ入れないぞ」
村人の一人がせせら笑った。
叢雲は金属の筒を取り出し掲げた。眩い光が宙へと伸びた。蒼刃が一閃され、分厚い金属の扉を焼き切った。猛烈な破壊力。轟音と共に扉が崩れ落ちる。
呆然としている村人達を尻目に叢雲はしれっと言った。
「鍵? ありましたっけ?」
能力者達は奥へと踏み込み、そしてそこにうず高く積まれた木箱の山を発見した。
木箱を開く。そこにはSESアサルトライフルやスコーピオン、貫通弾などが納められていた。軍関係者や能力者でない者――許可を得ていない者がSES兵器を所持する事は禁じられている。
「島の皆さん、少しお話があるのですが、よろしいですかぁ?」
観念したようにその場に立ちつくしている男達を振り返り、長谷川がそう言った。
●
講演の最中、主犯と思われし仙波灘安は捕縛された。
「そうだよ、チューザイのハヤシサンを殺ったのは俺だ。どうにもならなくなってな」
彼は抵抗しなかった。曰く「傭兵相手に歯向かっても無駄だ」との事だ。
「ミエ、お前、裏切ったのか」
一行の中に安藤美恵の姿を認めて仙波灘安はそう言った。何の感情も浮かんでいないような表情をしていた。
「‥‥御免なさい」
彼女がそう言って目を伏せると、灘安は息を吐いた。
「馬鹿者め」
「何故、こんな事を?」
不知火が問いかけた。
「島の為だ」
灘安はそう答えた。
「密輸は、暮らしてゆく為。飢えさせたくなかった。人間は、安全の為。なんでこの島は長くキメラに襲われてなかったと思う? 取引、してたからだよ。親父が始めた。毎年、キメラからの襲撃を逃れる為に人を一人、渡していた。皆、志願して行った、表向きは、だけどな。親父が死んだのもそれさ、その年は、志願者がいなかったからな」
「怯えていたり、挙動不審だったというのは」
「自分が死ぬと解れば、急に周囲に優しくなったり、恐怖に錯乱する奴だって出る――本当は、行きたくない奴もいたのかもしれないな。誰だって死にたくはない」
灘安はそう言った。
「‥‥そんな事で豊かになって、そんな犠牲の上に平和を掴んで、それで毎日を笑って過ごせると?」
慶次郎が言った。
「取引の詳しい内容まで知ってるのは一部さ。知らなきゃ笑って生きていられる。餓鬼どもは笑ってたろ?」
「成長すれば、いつかは知るでしょう」
「死ぬよか良い」
仙波はそう言った。
かくて、仙波灘安と主だった面々は船に乗せられ本土の警察署へと移送される事になった。その中には安藤美恵も含まれていた。彼は、灘安の片腕として長く動いていたらしい。
彼女は暴れる様子も見せなかったので、船の上を自由に動いていた。その手にはしっかりと手錠がはめられていたが。
「今年は‥‥誰が、親バグアの科学者に引き渡される事になっていたの?」
出港する船。その甲板に立つ安藤美恵へと視線をやってクラウディアは問いかけた。
「‥‥灘安です」
灘安の幼馴染だという美恵は目を伏せ、そう呟いた。
「そうなの」
クラウディアは遠ざかってゆく島へと視線をやった。指に感触。我知らず胸のペンダントを握っていた。
南洋に浮かぶ、マングローブの森に包まれた美しい島。平和で豊かな島。夏の空は、今日も輝いている。
了