●リプレイ本文
「――嫌なモン見てもうた。って言うたら、仏さんに失礼かもやけど」
即席バリケートの陰から、死体によって舗装された道を一瞥したクレイフェル(
ga0435)が言った。
「良い物を見たってぇ奴のがおかしいだろ」
村上顕家が皺になっている図面を広げ平坦な声で述べる。
「外門から内門までの距離は見ての通り‥‥大体30ってところか。地雷はねぇな」
一同に門までの距離等を質問された村上はそう答えた。
「フィールドは重機関砲も覆ってる。が、空間にフィールドは無い。バルコニーからの侵入を試みてたんで実証済みだ。
空間にフィールドはねぇから、上手く曲射すればバルコニーに砲を叩き込むことも出来る。
だが射手を吹っ飛ばしても重機は壊せねぇからまた新しい奴がきて撃ち始める。
砲を撃ち込み続ければある程度は抑えられるが、生憎と弾が切れた。その結果はそこに転がってる」
道を指して顕家は言った。
それにアッシュ・リーゲン(
ga3804)が尋ねる。
「つっても正面から重機とケンカはしたかねぇ、狙撃出来るポイントはねぇか?」
「狙撃が通る場所か‥‥SESライフルだと100mでもう、射程外だったか? ちょっとねぇな。ついでに普通のモンでも狙える範囲にはない」
あったら既にやってる、と村上。
「こちらの身の安全が確保されるなどという贅沢は言いません。射線が通っていれば良い」
クラーク・エアハルト(
ga4961)が言った。
「それなら、あるにはある。外壁の上だ」
村上は図面上の外壁をとんとんと指で叩く、
「というか射手に対してある程度でも射線が通る場所はそこしかねぇ。曲射出来れば話は別だが、直線に飛ぶものだと角度が足りない。バルコニーの壁に遮られる」
「‥‥という事は外壁に登るしかないということですね」
とクラーク。
「だが高さは外壁の方が低い。重機でもろに狙い撃たれるぞ。加えて言うならバルコニーの壁の陰に伏せられるとやはり当てられん」
「上等です。相手が対応するよりも早く沈めれば良い」
「なら壁端、両翼からゆけ、50程度の距離があった方がお前さん達には有利だろ」
「りょーかい。しかし、狙撃屋の仕事ってよりも西部ガンマンの仕事だなこりゃ」
アッシュが肩を竦めた。
傭兵達は細部を詰め、作戦を立てる。
手順は以下だ。
まず狙撃班のアッシュとクラーク、陽動班のクレイフェルとアグレアーブル(
ga0095)の二名がフックロープで外壁を九分まで登る。
狙撃班は合図と共に同時に外壁上に躍り出て狙撃、重機射手の無力化を狙う。その狙撃を合図にさらに陽動班の二人も外壁を乗り越え、内門を目指す。
地上正面からも智久 百合歌(
ga4980)が陽動班として内門を目指す。
智久が内門まで三分の二程度の距離を詰めたら続いてリズナ・エンフィールド(
ga0122)、月影・透夜(
ga1806)、麓みゆり(
ga2049)の内門破壊班が突入し、門を破壊するという算段だ。
「村上、手榴弾をもらえるか? 四つで良い」
月影が言った。
「手榴弾? 悪りぃがそいつはくれてやれねぇな」
「何故だ」
「無い袖はふれねぇだろ。そんなもんとっくに投げ尽くした」
「‥‥は?」
絶句する月影。
「補給事情とかが色々あってな、弾薬が少ねぇんだよ。手持ちでなんとかしてくれ。壁を越える道具くらいなら用意するからよ」
という訳で下士官から外壁に登る者にフックロープが配られる。
傭兵達もそれぞれ弾薬の受け渡しを行った。麓みゆりがアッシュとクラークに二発づつ貫通弾を渡し、アグレアーブルが智久に二発の貫通弾を渡す。
「さて‥‥それじゃ村上大尉の能力者への認識を塗り替えてあげましょうか」
リズナ・エンフィールドが軽く微笑みながら言った。
「俺の認識?」
村上はだるそうな眼を大剣を持つ少女へと向け、一瞬の間の後、クッと喉で笑った。
「ほぉ、そいつぁ大きく出たな。大した自信だ。やってみろ」
「ま、大将は一息ついて待っててくれや。一本吸っとくか?」
アッシュが煙草を差し出しつつ言う。
「お前達が戻ってきたら貰うとするよ。形見の煙草なんざ不味いに決まってる」
村上顕家はそう言った。彼は愛煙家だが隊が戦闘中は吸わないようだ。
「なるほどねぇ。んじゃ、終わらせてくんぜ」
アッシュが言って立ち上がり、傭兵達が動き出す。
「向こうが対策を練る前に決める。勝負は1度のみ。それも短時間だ。集中していくぞ」
強風に黒コートを靡かせながら月影がカデンサを携え言った。
「了解。援護は任された、纏めて面倒見るよ」
クラーク・エアハルトがライフルに弾丸をロードしてみせて言う。
「気をつけて‥‥無茶しないでね」
先行して外壁に登る者達を麓みゆりが心配そうに見上げた。
「有難うみゆりさん。バックアップはお任せを」
「危険なのは何処も同じ。此処でひとつ、片付けましょう」
と陽動班のアグレアーブル。後から突入するから安全だとは限らない。人間の反応にはタイムラグがある。物陰から飛び出して向かう際は、先頭よりも間がある分、後続の方が危険な場合も多い。
「そやな。とっととケリつけて、皆、生きて帰ろうや」
クレイフェルが片目を瞑って言った。
一同はその言葉に頷くと散り、それぞれ胸中でカウントを始める。
アグレアーブルは外壁の左に回り込むとフック付きロープを頭上に放った。鉤爪が外壁の縁にかかる。二、三度ロープを引いてかかり具合を確かめ軽やかに跳ぶ。赤髪の少女は鮮やかに壁を登っていった。九分まで登りきれば深呼吸して合図を待つ。
クレイフェル、アッシュ、クラークの三人も同様にそれぞれの位置から外壁を登る。
智久、リズナ、月影、麓の四人は外門の左右についた。
外壁の九分まで登ったアッシュはロープで体を支えながら所定の数をかぞえ終えた。自決用として忍ばせていた拳銃を取り出し空へと向ける。
引き金をひいた。
轟く銃声、瞬間、二人のスナイパーが外壁上に飛び出す。左の端と右の端。ライフルを構え、狙いをつける。親バグア兵の表情が動いた。左右のバルコニーの重機が旋回し銃口が向けられる。
銃声二つ。放たれた二つの弾丸が左右のバルコニーに立つ親バグア兵の頭蓋を打ち抜き脳漿をまき散らした。
三方から陽動班が動く。クレイフェル、アグレアーブルの二人が左右の外壁を越えて中庭に降り立ち、智久が外門を潜り正面から内門へと走る。
(「貴方達の命‥‥無駄にしない」)
屍が転がる道を瞬速縮地で右手のバルコニー目指して駆け抜けながら智久が呟いた。地に降り立ったクレイフェルとアグレアーブルが走り出しその姿がブレる。
バルコニーの奥から数人の親バグア兵が突撃銃を手に飛び出してくる。倒れた兵士の屍を踏み越えて重機に取り付き、突撃銃からフルオートで発射される弾丸がスナイパー達を襲った。荒れ狂う弾丸の嵐の中でアッシュとクラークが応射する。
「神様‥‥」
麓みゆりが呟いた。内門破壊班の三人も突入を開始する。
「気をつけて‥‥行けっ! 跳べっ!」
右手バルコニーの下へと辿りついた智久は瞬間移動したがごとき速度で突っ込んできたクレイフェルとアグレアーブルの二人の踏み台となる。組んだ手で相手の足の裏を受け、相手の跳躍に合わせて宙へと放り投げる。
クレイフェルは三階ほどもある高さまで一気に跳びあがる。曲芸師顔負けの運動能力で右のバルコニーへと回転しながら降り立つと、着地と同時に飛び出し、駆け抜けざまに真紅の鉄爪を閃かせた。
「よくも、あれだけの人の命を奪いましたね――」
突撃銃を撃っていた親バグア兵の頸動脈から噴水のごとく血が吹き出す。重機を回して破壊班へと狙いをつけようとしていた男が頭蓋を砕かれて倒れた。
間髪入れずに銃声が轟く。同じく右バルコニーへと降り立ったアグレアーブルの拳銃が目にも止まらぬ速さで三連射され、左バルコニーからクレイフェルの背を狙っていた親バグア兵達を打ち倒す。
地上では麓みゆりのSMGが内門へと向けて放たれていた。フルオートされる弾丸が鉄の扉を穿つ。しかし鉄門に対して弾丸はあまり効果があるようには見えなかった。少女は片手でサーベルを抜き放つ。
その間に月影透夜が練力を全開にして飛び込みカデンサを内門に叩きつけていた。赤い障壁を突き破り、轟音をあげて扉が歪む。
月影が一旦飛び退き、入れ替わるようにリズナが突進した。コンユンクシオを振りかざし叩きつける。深紅の輝きを纏った肉厚の大剣が命中すると凄まじい音と共に扉がひしゃげた。
だがまだ門は破れない。
右バルコニーで大爆発が巻き起こった。施設内から複数の手榴弾が投げ込まれたのだ。爆風にクレイフェルとアグレアーブルが吹き飛び宙に放り出される。二人のグラップラーは宙で体を捌きなんとか受け身をとりながら地面に着地する。
「弾はバラ撒く物では無い‥当てる物だ‥‥」
外壁上のアッシュ・リーゲンは貫通弾をスナイパーライフルに装填すると、重機の銃口を狙って発砲した。
針の穴を通すような狙撃。回転するライフル弾が重機関砲の銃口に吸い込まれてゆき、狙いすまされた弾丸は鋼鉄の砲身をぶちぬいた。
その頃には左のバルコニーが崩壊していた。智久が貫通弾を装填しショットガンでバルコニーの基部を破壊していたのだ。重機がバルコニーごと落下し地面に激突する。
それでも親バグア兵達はライフルで攻撃を試みるがクラーク・エアハルトがアサルトライフルでバルコニーの奥へと銃弾をまき散らし、攻撃する機会を与えない。
激しい攻防が続く中、鉄の扉が轟音をあげて吹き飛んだ。
破壊班の三人がついに内門を破ったのである。
それを合図に外門からUPCの兵士達が雄たけびをあげて雪崩れ込んでくる。
「くそったれが!」
バルコニーの奥から親バグア兵がその光景を見て叫び、次の瞬間、頭蓋を弾丸で撃ち抜かれて倒れた。
勝敗は、決した。
●選ぶという事は
「はい、これで大丈夫ですよ。しばらく安静にしていてくださいね」
麓みゆりが負傷した兵士へ包帯を巻きながら微笑んだ。人と人がぶつかりあえば、よほどでない限り、必ず負傷者と死者が生まれる。
「他に怪我をした人は居る? 応急手当をするわ」
救急キットを手にリズナ・エンフィールドもまた施設の庭を忙しく立ち回り負傷者の手当てをしている。
クラーク・エアハルトはカッと目を見開き宙を睨んでいる兵士の隣に膝をつくと、手を伸ばしてその眼を伏せさせた。死に顔が幾分かマシになった。
外門の向こうではクレイフェルが壁の元に座り込み、煙草を吹かしていた。紫煙の彼方に先刻見た光景が焼けつき、青年は顔を歪める。
銃声が一つ夕暮れの空へと轟いた。それは弔いの音だった。
そんな中にあっても飄々とした声は響く。
「お呼びとあらば即参上、バシッと解決。我ら傭兵屋! 俺達の働きはどうだったよ?」
アッシュが不敵な笑みを浮かべ、片手に持った煙草の箱を村上へと突きつけるようにして差し出す。
村上はそれを一瞥すると、無造作に受け取った。煙草を一本取り出し火をつける。深く煙を吸い、吐き出し、言う。
「思っていたよりもやりやがる」
アッシュは口端をあげた。村上を見据えて言う。
「今後ともご贔屓に頼んますよ、大将」
村上はふっと顔を顰めて笑うと、
「傭兵の鑑みてぇな野郎だなぁテメェは。命知らずが」
その言葉に近くで負傷者の手当てをしていた智久が立ち上がり、村上を睨みつけて言った。
「傭兵は命知らずなんかじゃないわ。命を知ってるから『守る』のよ」
村上はくたびれた目で智久をみやると、
「そいつぁ実際のところは人それぞれだろう」
智久はそれから視線を外さず、
「‥‥見飽きたと言うかもしれないけれど、覚えておいてね。流された血の紅」
村上は肩を竦めてみせた。
「うんざりだ。忘れられるもんなら、忘れちまいたいね俺は。健康に良くない」
「貴方って人は‥‥! 命を数字で考える人は大嫌い。いつか貴方がその何万分の1にカウントされ切捨てられる――アッキー」
その最後の言葉に村上は一瞬目を丸くし、そして笑い声をあげた。
「そういうもんだナァ。仕方あるまい――櫻に会ったのか」
「ええ」
「あんた、命ってぇ奴は平等だと思うかい?」
「‥‥なんですって?」
唐突な質問に智久が問い返す。
「俺は実際のところは知らんが平等だと人は言う。ならばそれを信じよう。しかし、全てを抱えて勝てるなら、そっちのが良いわな。それで勝てるというなら、勝ってみせろ。俺もあんた達には期待してる。だが、俺は俺のやり方でやる」
「‥‥‥‥」
「ま、今回はお疲れさんだ傭兵ども。また何かあったら頼もう」
村上顕家はそう言い残して去っていった。