●リプレイ本文
雲一つない空に、青い海。
色とりどりのテープが舞う中、豪華客船『天舞』は神戸港を出港し、白い波をあげて瀬戸内海を進む。
「豪華客船の護衛? そういえば、乗った事なかったわ。船内広そうね?」
「神森さん‥‥どこか行きたい所でも?」
展望デッキ近くの船内MAP前で、一人呟いている神森 静(
ga5165)を來島・榊(
gb0098)が見つけたのは、出港からしばらく経ってからのことであった。
「そうね、まず、非常口や船内の配置を確認して回るわ。それから‥‥スパに行こうかしら。來島さんは?」
「私も様子見を兼ねて、色々回ろうと思う」
そんな二人の前を、100均で売ってそうな水着袋を振り回しながら、八幡 九重(
gb1574)が通りかかる。プールに向かう風でもなく、どうやら、彼女も船内物色中の模様だ。
「楽しそうね。私たちも、日常を忘れて楽しみましょう」
「そうだな」
その頃、神森たちと同じく船内を散策していたラウル・カミーユ(
ga7242)は、カフェ前のゴミ箱にて、藤田あやこ(
ga0204)と遭遇していた。
「‥‥何してるのカナー?」
「テロの兆候があるかもしれませんし」
セーラー服でゴミ箱を覗き込みまくる24歳・藤田の姿に、きっちりスーツ姿のラウルは、ゴミを入れかけた手を静止させたまま、うーん、と唸る。
「念には念を。船内の死角も捜索したほうがいいですね」
「そっか‥‥がんばってネ?」
とりあえずゴミは捨て、ラウルは、藤田から離れて土産物屋へと向かった。
「んー、やっぱペナントかキーホルダー♪」
妹と居候先の兄妹、そして友人の某人気ラジオDJへのお土産にと、『俺の天舞!』と毛筆で書かれたペナント類を籠に入れる。
すると、ドレッシーなワンピースのOLさん風年上美女が二人、声を掛けてきた。
「それ買うん〜? めっちゃセンスありますねぇ」
「あのぉ、一人やったら、一緒に回りません? 今からシアターで新作の映画やるし、よかったら」
いわゆる逆ナンである。
ラウルは、しばらく考えた後、明るく笑顔を返すと、
「いいよー。でも飲酒と着替えはNGだからネ?」
――日常はひとまず忘れて、ナンパされてみた。
「‥‥こんなもの使うことがない旅になりますように」
銃を入れるよう貸与されたヴィオラケースを脇に置き、淡雪(
ga9694)は、プールの縁に座って足を水に着けた。同室のハルトマン(
ga6603)としばらく歓談した後、船内散策中に見つけたプールに惹かれてやって来たものの、彼女には、気になる事が一点。
「牛乳飲んで運動してるもん‥‥」
やや足りない感のある胸についてである。
そして、煌くプールの水面に、ラッコのように浮かぶ物体が一つ。
「いやぁ、涼しくていいやねココは。快適だぜぃ」
八幡であった。
「あー平和だぜぃ‥‥何か今のボク、オッサンっぽくね?」
「平和は良いことなのです。何もないのが一番なのですよ〜」
ラッコもどきの横を楽しげに泳ぎ、水飛沫をあげながら、ハルトマンが通り過ぎて行く。
「う〜ん♪ 今年の初泳ぎですね!」
「やあ、リア。‥‥とてもよくお似合いです。お綺麗ですよ」
プールサイドのパラソルの下では、ビキニ姿の赤宮 リア(
ga9958)が、日焼け止めを塗っていた。その隣には、親友のジェイ・ガーランド(
ga9899)の姿もあった。
「すみません、手が届かなくて。塗ってもらえませんか?」
「ああ、構いませんよ。後ろを向いてください」
赤宮の背中にジェイが素手で日焼け止めを塗るという羨ましい光景に、周囲の一部男子の視線が集中した。
◆◇
日も翳り始めた午後6時、赤宮は、夏らしく朝顔の浴衣に着替え、ジェイとともに土産物屋を見て回っていた。
その途中、ガラス張りのスポーツジム内に、ハルトマンの姿を見つけて立ち止まる。
「ハルトマンさん、今からお食事いかがですか?」
赤宮が声を掛けると、Tシャツにスパッツで子供用エアロバイクを漕ぎまくっていたハルトマンが、真っ赤に上気した顔で振り返った。
「了解なのです。では、さっとシャワーを浴びてから合流するのですよ」
彼女は、にぱっ、と笑ってエアロバイクから飛び降り、額の汗を拭きながら、ダッシュでシャワー室へと走っていった。
豪奢なシャンデリアが輝くメインダイニングは、早めのディナーを楽しむ人々で大いに賑わっていた。その中に、綾野 断真(
ga6621)の姿を見つけ、二人は同じ席に着くことにする。
「浴衣ですか。風流ですね」
綾野に褒められ、赤宮は、はにかんだように微笑んで会釈を返した。
「あら。隣、よろしいかしら?」
「私も、いいかな?」
スパ帰りだろうか、ほんのり石鹸の香りを漂わせ、薄茶色のワンピースを身に纏った神森と、白地に金銀糸の刺繍のシックなチャイナドレス姿の來島が、同じテーブルに合流する。すると、シャワーで汗を流したハルトマンと、ちょっと大人っぽい紺のドレスの淡雪もまた、彼らを見つけて席に着いた。
自称スイーツマニアな淡雪は、フランス料理のコースメニューよりも、デザートメニューを手に取り、小首を傾げてしばらく悩む。
「私は‥‥シェフのおすすめコースと、あと、追加で『スフレ・オ・ショコラ』も食べちゃいます」
「では私もそちらのコースに致します。アルコールはまだ暫く、我慢で御座いますね」
本日のシェフのおすすめコースは、『神戸牛の網焼きワサビ風味』をメインに、瀬戸内海の新鮮な魚介類をふんだんに使った全6品(パンとドリンク付)である。
「わ、ジェイさん、すごくおいしそうですね! 彩りもきれい!」
そして、運ばれてきた前菜、『タコと野菜のバジルソース』を見て、赤宮は顔を輝かせた。
「タコがプリップリなのです〜」
「本当、美味しいわ」
「夕日も見えるしね。なかなかじゃないか」
メインダイニングの窓から見える太陽は鮮やかなオレンジ色に輝き、優雅な音楽が時を忘れさせる。
一同は、空を赤く染め上げる美しい夕日を、豪華な料理とともに、しばし楽しんだのだった。
一方その頃、お姉さんたちと別れて展望デッキに出たラウルは、再び藤田と邂逅していた。
「よく会うナー‥‥」
とりあえず喫煙スペースに座って煙草に火を点け、夕焼けに染まる水平線を眺める。
「修学旅行で行きたかった神戸‥‥バグアのせいで‥‥」
涙ぐむ藤田の台詞に、だからセーラー服か、と、ラウルは、ようやく合点がいった。
「私の青春‥‥はっ! 演歌の神様が降臨しました〜」
夕日に向かってオレンジペコ片手に青春を振り返っていたかと思うと、突然顔を輝かせ、何やら五線譜を書き始める藤田。
ラウルは、忙しい人だなー、と内心思いつつ、煙草の煙をゆっくりと吐き出した。
と、唐突に、藤田が彼の姿に気付き、顔を上げる。
「あ、カラオケやるんでしょ? いい曲が出来そうよ」
「あー、僕は、聞き専盛上げ専だと思うケドねー」
とてもスローペースなフレーズを口ずさんで楽しそうな藤田を残し、煙草を吸い終わったラウルは、デッキを後にした。
◆◇
「今晩わ。超音速の歌姫こと藤田あやこです。最近は映画の歌等も書いてます。皆さんもご一緒に‥‥傭兵のブルース」
急なことでアカペラだが、立派に自作の歌を歌い切る藤田。
続いて赤宮が、アニメ『萌えっ子魔女★ぷりてぃマキちゃん♪』OPを歌い、淡雪が人気アイドルの最新曲を歌い上げると、もうカラオケ大会は大盛り上がりである。
「リアさん、もし宜しければ、ご一緒に如何ですか?」
「もちろんです。一緒に歌いましょうー」
洋楽ロックを歌い終わったジェイが、マイクを持ったまま赤宮を誘い、バラード系のデュエットソングをしっとりと歌う。
「夏のぉー海からー!」
「私は聞き役に回りますよ。若い人に任せます」
さっきまで聞き役だった割に、ちょっと懐かしのロックバンドの歌を力任せに熱唱している八幡の歌は、何というか、それなりだ。上手くも下手でもない。それに対し、聞き役に徹するつもりの綾野は、自分に回ってきたマイクを、隣のラウルにイキナリ渡した。
「え! 僕?」
「折角ですから、一曲歌ってみては?」
「私も聞きたいです。よかったら、曲入れますよ」
綾野と淡雪に勧められ、どうも逃げられなくなったラウルは、しばし考えてから曲番号を伝え、いきなり、腰を思いっきり振りつつ、洋楽のトランスバージョンを空耳歌詞全開で歌い始めた。全体的に、歌詞がヤバイ。
が、
「あー! ボクも歌う!」
中毒性抜群な歌と踊りに、八幡が思わず参戦する。
こうしてカラオケ大会は、3時間歌いっぱなしの踊りっぱなしという、異様な盛り上がりを見せたのだった――。
「わあ、本当に弾かせていただけるんですか?」
カラオケが終わり、淡雪とジェイ、藤田の3人は、ピアノラウンジへとやって来た。
ピアニストのお姉さんに、ピアノを弾いても良いと許可を貰い、淡雪は、嬉しそうにジャズ系の曲を弾き始める。
「お上手ですね。心が洗われるようで御座います」
ジェイの賞賛に淡雪が頬を赤らめて微笑むと、隣にいた藤田が、指をぽきぽきと鳴らしつつ、ピアノの前に座った。
「じゃあ私も弾かせて貰っていいでしょうか? 何かリクエストはありますか?」
「そうですね、藤田さんの一番好きな曲がいいです」
淡雪のリクエストに応え、藤田は、白い鍵盤の上に指を滑らせた。
スーツに着替え、バーでノンアルコールカクテルなど飲みつつ、インテリアやバーテンの動きなど、勉強を兼ねて休憩していた綾野は、警戒時間10分前に自室へと戻った。
「たっつん、お帰りー♪」
遅い夕食を終え、先に部屋に戻っていたラウルに声を掛けられて、綾野は、自分のベッドに腰を下ろす。
「同じ任務に入るのは初めてですね。何かあった時は、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそヨロシク」
その後、警報は一度だけ鳴ったが、特別な指示が出る間もなく解除される。
天舞の初航海は、概ね順調のようであった。
◆◇
「たまには、1人でも良いかも、しれないわね?」
警戒時間が終わると、神森は一人でバーへと向かい、のんびりとカクテルを楽しんでいた。
しかし、何やら「あちらのお客様からです」的なカクテルが沢山彼女のもとへ届くので、やや酔ってしまっている。
「でも、なんで、こんなに、お誘いくるのかしら?」
それは彼女の、ショールと黒いドレスとその深いスリットに原因があるような気がしないでもない。
「少し酔いを醒まそうかしら‥‥」
神森は、スリットを気にするでもなくハイチェアから降り、ゆっくりと展望デッキへ向かった。
展望デッキでは、警備終了後の打ち上げが行われていた。
「一時間の仕事でしたが、皆様お疲れ様でした」
ジェイの言葉に、皆グラスを持って乾杯を交わす。
ちなみに、
(「やっぱボクは飲んじゃダメだよなぁ。‥‥いや、ちょっとくらいならバレないかもだぜ」)
などという八幡の考えはとっくに見抜かれ、彼女の飲み物はオレンジジュースである。
「桃のタルト、とってもおいしいですよ」
「本当ですねー♪ 巨峰のゼリーも美味しいです」
淡雪と赤宮は、テーブルに並べられた様々なスイーツを前に、目移りしまくっている。
「何事もなく過ぎて、何よりでしたね。お酒も解禁ですし、ゆっくり楽しみましょう」
新鮮な海の幸を使ったフライや和え物をつまみ、綾野は、手にしたグラスに口をつけた。
ピアノラウンジで一人、シリアスな影を背負いつつアイリッシュウィスキーを呑んでいるのは、最近妹に彼氏ができて寂しい男、ラウルであった。
妹の幸せは喜ぶべきなのだろうが――微妙な心境である。
「たまには、こーゆーのもヨイかなー‥‥」
呟き、ふと横を見ると、いつの間にか展望ラウンジから移動してきた綾野がそこにいた。
「お邪魔しても構いませんか?」
ソルティードッグを注文し、綾野は、ラウルに一言尋ねる。
ラウルは、グラスに口をつけたまま少し間を置き、静かに頷いてみせた。
◆◇
「疲れが取れるわ、このごろハ−ドだったし」
「神森さん、私、そろそろ上がりますね」
ハーブを浮かべた湯船に浸かり、至福の時を過ごす神森に声をかけ、赤宮はスパを後にした。
髪を乾かし、展望デッキに出た彼女は、ラウルと綾野の姿を見つけて駆け寄る。
「わあー! 素敵ですね!」
「うん、キレイ。来て良かったネ?」
海にたなびく霧を赤く染め、東の空から太陽が昇る。
まるで天上の景色のような濃霧を掻き分け、白亜の客船がゆっくりと進んでいく。
「素晴らしい景色ですね。貴重な体験ができました」
その美しい光景に、三人は、しばし時間を忘れてデッキに立ち尽くしていた。
「では、おやすみなさい」
「オヤスミー♪」
早めの朝食を終えた綾野とラウルが、起きてきたジェイと神森、來島に一言挨拶し、カフェを後にする。
「おはようございます、リア。この後ですが、ゲームコーナーで軽く対戦でもしましょうか?」
「はい。先日のKVシミュレーターに比べたら、こんなゲームなんて簡単ですよ♪」
焼き立てパンと洋食ビュッフェの朝食を食べながら、ジェイと赤宮は、本日の予定を話し合う。
「あら、來島さんは、これからジムかしら?」
いつものチャイナドレスに身を包んだ神森が、スポーツウェアを着てタオルを持った來島に声を掛けた。
「ちょっと一汗かきたくて。あと、プールもね」
オムレツにカリカリベーコン、サラダにスープと、全30品以上もあるビュッフェは、どれも絶品。
静謐な朝の空気漂うオープンデッキでの朝食を楽しんだ四人は、まだまだ遊び足りない様子で、各々船内へと散って行ったのだった。
◆◇
(「‥こういう時、ナンパだなんだと鬱陶しい事に縁の無い外見で良かったと本気で思うな。実際」)
プールに浮かび、太陽をほぼ真上に見ながら、來島はふと、そんな事を考えた。
実際には、プールに人が少ないというのがナンパされない原因なのだろうが、彼女はそこまで気付いていない模様である。
『お客様にお知らせいたします。当客船は、あと2時間ほどで帰港いたします。尚、船内施設につきましては、帰港いたしますまで営業しておりますので‥‥』
船内アナウンスが流れ、周囲の客が少しずつ帰る準備を始めた。
ふと、階上のデッキを見ると、ジェイと赤宮がベンチに座って雑談しているのが目に入り、來島は、軽く手を振る。
二人が手を振り返したのを見て、來島は、プールの底に足をついて、うーん、と伸びをした。
「たまには、羽根を伸ばすのも悪くないな」
キラキラと輝く水面に、空を舞う海鳥の羽根がフワリと浮かび、優しい潮風が濡れた髪を撫でる。
真夏の海に浮かぶ海上のリゾート・豪華客船『天舞』は、多くの人々の夢を乗せ、無事に神戸港へと帰港した。