●リプレイ本文
「魔女っ子キメラ出てこないかにゃ‥‥」
囮役として夜の住宅街をてくてく歩きながら、野暮ったいコートに丸メガネの西村・千佳(
ga4714)が、薄暗い通りをキョロキョロと見回した。隣を行く藤田あやこ(
ga0204)は、無数に描かれた『無駄!』の文字が豪快な浴衣姿である。
――と、
『ルーゲ アテシウ キョウチョガシタアハ クタヲ〜☆』
「にゃっ、キメラ発見にゃ!」
謎の鳴き声を聞くと同時、前方に人影を発見した西村が、藤田の手を掴んで止めた。
『メーナ オヲシアーノ シタア♪』
意外と短い呪文が響き渡ったかと思うと、突然、薄闇の中から飛来した闇弾が、西村を襲う。
「闇弾‥‥避けられないにゃ!? く、【虚闇黒衣】!」
咄嗟に覚醒し、発生させた闇の衣で攻撃を受け止める西村。痺れるような衝撃と、脱力感が彼女の全身を駆け抜けた。
「奇襲ポイントへ急ぎましょう! ここは暗すぎます」
それほど街灯が多くない住宅街では、闇弾の軌道を読み辛い。藤田は、右肩に闇弾を受けながらも二発目はギリギリでかわし、西村を促して走り出す。
『エーマ オカンリ プカナンマタア☆』
いつの間にか30m程まで距離を縮めてきた赤魔女が、藤田と西村の背中目掛けて、炎弾を放った。
西村は、猫尻尾を振り回すようにして体を捻り、紙一重で避ける。藤田は、素早く横に跳んで直撃を免れたものの、左上腕に炎弾を受け、肉が焦げる痛みに歯を食い縛って耐えた。
「皆に合流するまで‥‥耐えましょう!」
「了解にゃっ!」
◆◇
「ふ、初めての依頼ですが頑張りますわよ。この私に失敗はふさわしくないですわ」
三叉路の北側路地に隠れ、奇襲班の大鳥居・麗華(
gb0839)は、バスタードソードをしっかりと握り、初陣に臨んでいた。
『キメラは、お話を聞いてくれません。つまり、全力全開で戦うということです!』
無線電波越しに結構ヤル気満々なのは、三叉路東側に隠れるキザイア・メイスン(
ga4939)。その他には、大鳥居のそばにシェリー・ローズ(
ga3501)、三叉路南側に御凪 由梨香(
ga8726)、西側に犬塚 綾音(
ga0176)とくれあ(
ga9206)がそれぞれ隠れ、魔女っ子キメラを迎え撃つ。
「さて、囮の方々待ちですわね。キメラが現れてくれるとよいですが‥‥」
と、大鳥居が無線機に視線を落とした瞬間、ザザッという雑音と共に、囮班からの通信が入った。
『キメラ発見にゃ! 合流するにゃー!』
『間もなく三叉路に入ります!』
「――っと、来ましたの!?」
「アタシが先に出るよ!」
桃薔薇の香りと花弁が舞う中、覚醒したシェリーが三叉路の中央に飛び出していく。
彼女は、わーきゃー言いながら逃げてくる西村と藤田を西側に通し、ホルスターから小銃を抜くと、
「バケモノのくせに‥‥たっぷりとお仕置しなくちゃねぇ」
三叉路北側から接近する二体の魔女っ子に向け、容赦なく乱射する。
真正面から銃撃を受けて怯む小娘を前に、妖艶に微笑むシェリー。どっちが悪者だか、わかりゃしない。
そして、三叉路中央まで二体を引き付けたシェリーは、一跳びに東側へと後退した。それを合図に、魔女っ子正面に隠れた御凪の銃が、夜の道路に銃声を轟かせる。
――その一瞬の隙に、四方から能力者たちが飛び出した。
「これまでの悪事、見逃す訳にはいかないよ! マジカル☆ウイング!」
黄色ベースのミニワンピ衣装を、白い羽根で飾った御凪。
「マジカル♪メイドがお仕置きですよっ!」
普段からそうなのか、やや露出系メイドさん風衣装のくれあ。
「魔法不良少女マジカル☆ヤンキー! 夜呂死苦♪」
蛍火片手に気合十分、赤色ヒラヒラ魔女っ子衣装に『喧嘩上等』の文字が躍る犬塚。
「ふっふっふ、日本橋を歩くオタク少女とは仮の姿‥‥。しかしその実態は‥‥! 魔法少女マジカル♪チカにゃ♪ 悪いことをする魔女っ子キメラは‥‥お仕置きにゃ♪」
野暮いコートとメガネを勢い良く脱ぎ捨て、青と白を基調にフリル多めの衣装を披露する西村。
「許せません‥‥女の子の夢を踏みにじるようなことをするキメラには、頭を冷やさせて貰います! リリカル☆傭兵戦隊!」
周りに合わせようと思っていたのに、一体どのチーム名に合わせるべきかわからなくなり、結局自分の希望戦隊名を名乗ったキザイアは、ちょっとセーラー服っぽい衣装に身を包む。
自分たち以上に怪しい集団の登場にポカーン、な魔女っ子キメラを目の前に、一同は、それぞれ好き勝手なチーム名とポーズでもって、ビシィッ、とキメた。
「‥‥って、皆さん魔法少女ノリノリですわね‥‥」
言っちゃいけないツッコミを、冷や汗混じりに口にしたのは、唯一普通な大鳥居である。
何はともあれこれで戦闘開始だな、と、彼女が剣を握り直した、その時。
「オーッホッホ!」
謎の高笑いとともに、花火が上がった。
見れば、手近なビルの屋上に上った藤田が、花火をバックに仁王立ちになっている。
「魔法の科学者エミティ※あやこ。ここに発見! 某SFの巨匠曰く、度過ぎた科学と魔法は紙一重。魔法なんて無駄〜!」
いつの間に練成治療をかけたのか、元気一杯に高笑いを響かせる藤田の姿に、大鳥居は、やや眩暈を感じて頭を押さえた。
最初に我に返ったのは、黒魔女であった。
『メーナ オヲシア‥‥!』
「悪い娘は中和しちゃうぞ」
呪文を唱えかけた黒魔女に、藤田が小銃で貫通弾を叩き込む。命中した黒魔女の身体が揺らいだ。
「射程の長さは脅威にゃー! 先に落ちるのにゃ! マジカル♪アタックにゃ!」
およそ80mの長射程は怖い。貫通弾に重心のズレた黒魔女に流し切りを使って肉薄し、西村がディガイアを振りかざす。驚異的なスピードで繰り出された一撃は、急所突きの効果をもって黒魔女の胸から脇腹を一気に切り裂き、さらにもう一薙ぎ、追い打ちをかけるように、重量のある爪が鮮血を散らした。マジカル感は薄く、そこそこ凄惨な攻撃である。
ちなみに、盛大に衣装が裂けた黒魔女が、ちょっとヤバイ状態になってはいるが、全員女性だから無問題だ。
『エーマ オカンリ プカナンマタア!』
ビルの窓から顔を出し、黒魔女目掛けて空き缶を落としてきた藤田に、赤魔女が超絶早口で炎弾を放った。闇弾が来るかと思っていた藤田だが、瞬時に頭を引っ込めて炎弾を避ける。直撃した窓ガラスが割れ、コンクリートの壁が高熱に焼け焦げた。
「余計な事はいい! 半包囲陣形でバケモノに詠唱の隙を与えないで!」
シェリーの檄が飛び、闇弾を撃とうと口を開いた黒魔女に、瞬速縮地で加速した大鳥居が迫る。
「そこまでですわ! これ以上は攻撃させませんわ!」
流し切りで黒魔女の側面に回り、背中側からその体を切り裂く。返す剣が街灯の明かりを反射して閃き、敵をかすめたが、相手はなかなか素早いらしく、命中しなかった。
「確かに可愛い顔してますわね。けど‥‥私には勝てませんわ♪」
大鳥居は、体の前後から血を流し、自分を睨みつける黒魔女に対し、挑戦的でややナルシスト気味な一言を浴びせ掛け、ふっと鼻で笑う。
『エーマ オカンリ プカナンマタア!』
大鳥居が黒魔女の相手をしている間に、赤魔女が東西に炎弾を連発した。
近距離とはいえ微妙に逸れた炎弾を、犬塚がひらりとかわす。その反対側の道路では、直撃コースでキザイアに迫る炎弾を、飛び出したシェリーが体を張って受け止めていた。
「シェリーさん!」
「‥‥っ‥こんな傷、大したことないよ!」
焼け焦げた腹から黒い煙を上げ、ちっとも大丈夫ではなさそうなシェリーが、駆け寄ろうとするキザイアを、片手で制す。
体勢を崩したシェリーをチラリと一瞥し、赤魔女が体の向きを変え、犬塚と対峙した。西村が黒魔女を相手にしている以上、西側に残るは犬塚とくれあの二人のみ。
『‥‥っ!』
完全に犬塚だけを見て呪文を唱えようとした赤魔女の脚に、くれあの放った矢が突き刺さり、貫通する。
「弓って魔法少女っぽくないですか?」
まさか自分の射程外から弓を撃てる者がいたとは思わなかったのか、憎々しげに振り向く赤魔女に向け、くれあは、えへ、と笑って見せた。
「魔女っ子や魔法少女の何たるかを教えてあげますよ〜♪ バグアが、正義のヒロインに扮しようなんて100万年早いのです!」
「さ、遊びの時間は終わりだよ!」
人語が通じないとかそういう問題は別として、100万年とか気の遠い事を言われて怯んだ様子の赤魔女に、真っ赤に変色した髪をなびかせ、犬塚が真正面から斬りかかる。
キィン、と硬い音がしてステッキが飛んだ――かと思ったが、赤魔女は意外にしぶとく、ステッキを落とさなかった。
さらに、ガードしようと上げた左腕を容赦なく斬り飛ばした犬塚は、続いて、赤魔女の肩から袈裟がけに刀を振り下ろす。
「あたしたちに喧嘩売っておいて、タダで済むと思ってんのかい?」
大きく後退し、先のない手首を右手で抱えるようにして立つ赤魔女に、犬塚は、不敵な笑みを浮かべてそう吐き捨てた。
『メーナ オヲシアーノ シタア!』
アナウンサーの早口訓練顔負けの速さで呪文を唱えた黒魔女が、三方向に連続して闇弾を放つ。
真横から黒魔女を包囲していた大鳥居が避け損ね、闇弾を喰らって崩れ落ちる。最も遠くのくれあを狙った一発は、ちょうどビルから降りてきた藤田が、盾となって受け止めた。そして、御凪は、逆に黒魔女に肉薄することで闇弾の軌道から逃れるという、大胆な手を使って成功を収める。
「大鳥居さん、シェリーさん! 今、治します!」
後列のキザイアがスパークマシンαを天に向け、自分を取り巻くものと同じ薄桃色の光を発生させると、腕を振り下ろして前方へ向けた。
ふわふわとした淡い光は、真っ黒に焦げたシェリーの傷を癒し、地面に倒れた大鳥居の体に、温かな活気を漲らせる。
続けて、キザイアはスパークマシンαの先端を黒魔女へと向け、電撃を放った。
「ライトニング・ブレイカー!!」
必殺技ちっくな電撃が渦巻き、黒魔女の体を包み込む。
そして、同じくスパークマシンαを構えた藤田が、黒魔女の前に立ち塞がる御凪に練成強化を掛けた。赤い光が収束し、
金属爪が光り輝くのを見て取ると、藤田は、浴衣の裾を翻して、黒魔女へと向き直る。
「無駄無駄無駄無駄ァ!」
浴衣の柄と同じセリフを叫びつつ、藤田が電撃を連発した。
顔や脚を灼かれ、ふらりとたたらを踏む黒魔女に、強化された御凪の爪が迫る。
「これ以上、好き勝手はさせないよ!」
御凪の一撃が、黒魔女の喉笛を完全に掻き切り、血が飛沫いた。
「一緒に落ちるにゃー!!」
横合いから飛び出してきた西村の一撃をかわし、赤魔女は、斬り落とされた腕を抱え込んで肩で息をする。動きの鈍ったその体に西村の二撃目が叩き込まれ、赤魔女が悲鳴を上げた。
「射程が長いのであれば近距離は苦手じゃなくて?」
至近距離でも飛び道具に頼り切りの赤魔女に、剣を手にした大鳥居が鋭い突きを放つ。相手の腹と自分を剣で繋ぎ止めるような格好で、彼女は赤魔女の足を止めた。
「く、放させはしませんわ!」
『エーマ オカンリ プカナンマタア!』
剣を抜いて跳躍し、後ろに転がった大鳥居の右足に、炎弾が直撃した。彼女は、牙が刺さるんじゃないかと思うほど前歯で唇を噛み、なんとか上体を起こす。
続けて発生した炎弾を西村が避けたのを見て取ると、赤魔女は、ふらつく足で後退した。
「逃がすもんか!」
すかさず犬塚が躍り出て、背後から赤魔女を斬りつける。
そして、前のめりに倒れかけた赤魔女を見て好機と受け取り、くれあが前列へと駆け込んできた。
「この距離なら逃げられませんよね?」
両断剣に強化された弓が、この一撃のためにとっておいた弾頭矢を番えられ、赤く輝く。
「必殺必中! マジカル☆アローッ!」
くれあが叫び、マジカル感を込めて火薬が炸裂する。
胸に咲いた火薬の花に肉片を飛び散らせ、赤魔女は、とうとうその場に膝をついた。
「これで終わりよバケモノ! ローズレクイエム!」
バッ、と薔薇の花弁が舞い散り、シェリーの必殺技が赤魔女を襲う。
豪破斬撃で強化されたヴィアが一瞬輝き、急所突きの一撃が、赤魔女の胸を背中から刺し貫いた。
「ふふっ、不様だねぇ」
またもやどっちが悪者だかわからない言葉を吐き、地面に倒れた赤魔女の頬を、ガシッ、とロングブーツで踏みつけるシェリー。とても満足そうで何よりである。
「大丈夫ですか? 痛そうですね‥‥」
キザイアに練成治療をかけてもらった大鳥居が立ち上がり、ついでに、最初に喰らった闇弾のダメージが抜けない西村もまた、彼女に治療してもらって元気を取り戻した。
「こういうアイテムは今後も魔法少女やるなら必須よね」
と、ドサクサまぎれにステッキを回収しようとしたくれあが、赤魔女の手を開いて見て、ビックリする。取り落とさなかったのも納得で、なんと、ステッキは魔女っ子たちの手首と一体化した、体の一部であったらしい。
「僕達こそ真の魔法少女にゃ! 君たちが名乗るには100年早かったにゃね♪ それじゃあ勝利のポーズ☆」
また100年とか気の遠いことを言いながら、西村が皆を見回す。
「マジカル☆シスターズにお任せですっ♪」
割と皆バラバラなキメポーズを、ビシィッ、とキメて、唯一決め台詞を考えていたくれあの声が木霊した――。
◆◇
「ハぁい☆カメラ小僧かも〜ん♪」
厚化粧という名の女の魔法とセーラー服で変身した藤田が、煌びやかな夜の日本橋を練り歩く。
「うにゃ、なんでばれたにゃ!? ‥‥って、服変えるの忘れてたにゃー」
「えぇっ!? こんなのまで有るの?」
初歩的な失敗により、日本橋の皆さんに囲まれている西村の横では、ホビーショップで自分そっくりなボンテージフィギュア(特撮モノの悪役女司令官)を発見し、『女王様の下僕』を名乗るアブナイ人たちに迫られて、シェリーがピンチを迎えていた。
「‥‥これが日本橋ですの? 何か不思議な空間ですわ‥‥」
「美味しいお好み焼き、どこでしょうね?」
「あ、わかりました♪ あの角ですよ、きっと」
その光景を呆然と見つめ、呟く大鳥居に、さほど動揺も見せずにグルメマップとにらめっこの御凪とくれあ。
「すみません! あたし、アニメショップ梯子、行ってきます!」
いきなりダッシュで裏路地へと消えていったのはキザイアである。彼女は、幻の『リリカル魔砲少女・設定資料集』を捜すという、大事な使命を負っているのだ。
そんな一行を後ろから見つめ、マジカル☆ヤンキーこと犬塚は、ヤレヤレと首を振り、肩を竦めた。
「全く‥‥みんなノリノリだねぇ」
こうして、大ハシャギの魔女っ子一行は、夜が明けるまで日本橋の街を騒がせたのであった――。