●リプレイ本文
『お世話になりまーす!』
畳に正座をし、丁寧に礼をする篠森 あすか(
ga0126)に続いて、一同は、礼儀正しくお辞儀をしつつ、管理人のおばあちゃんと敏夫に挨拶した。
「ほな、最初は川やな。荷物は寝室に置き」
敏夫に促され、大はしゃぎの葵瑞穂(
gb0001)が、バタバタと縁側を走って行った。
「篠森さん、俺、囲炉裏って初めて見ました」
「ほんとだねー。私もだよ」
特に着替える予定もない愛輝(
ga3159)と篠森は、物珍しそうに室内を見回しながら、ゆっくりと寝室へ向かう。
ちなみに、レイアーティ(
ga7618)はというと、縁側から見える風景を、無言で、しかし興味深げに眺めていた。
「おお、あんたらは‥‥確かあん時の」
ふと、一行の中に御崎緋音(
ga8646)とラウル・カミーユ(
ga7242)の姿を見つけ、敏夫が二人を呼び止めた。
「覚えててくれたんだネ。元気そーで何よりデス!」
「井上さん、思花さん、お久しぶりです。お体も良くなったみたいですね」
「あん時は世話になったなぁ。お蔭さんで、また農業さしてもらってます」
そう言って御崎の肩を叩いた腕には、無数の傷跡が残されている。それでも、敏夫の笑顔は朗らかで、明るかった。
「思花サンは、少しぶりカナ?」
「‥‥ラウル。よく会うね」
声を掛けられ、ラウルのほうへと向き直る琳 思花(gz0087)。
「魚捕り、良かったら一緒にどう?」
「あ‥‥うん。じゃあ―――っ!?」
と、返事をしかけた思花の姿が、ラウルの前からパッと消え失せる。烏谷・小町(
gb0765)が、クリム(
gb0187)とともに、物凄い勢いで思花を連れ去って行ってしまったのだ。
「よっしゃー! 着替えや思花ーーっ!」
「琳さん、床が滑るから気をつけて」
ラウルと御崎は、ポカン、とした表情でそれを見送ったのであった。
◆◇
川辺の土手を連れ立って歩き、篠森と愛輝は、まだ青々とした稲で覆い尽くされた水田の風景を眺めていた。
「よっしゃ、捕まえたーってこれどっちやろ?」
「獲れたんだ‥‥すごいね。小さい方だし‥‥アマゴ?」
川の中では、明らかにマスではない魚を掴み上げ、差し出した烏谷に、思花が憶測の域を出ない答えを返している。
クリムはというと、二人の後ろで目を閉じ、バケツ常備で精神統一中だ。
「魚捕ったら声掛けてやー。タモ出したるさかい」
「了解デス♪」
「では私はマスを狙いましょう」
袖を捲り、スナイパーの本気を感じさせる目で魚影を追うラウル。そして、その隣では、冷静な顔だが実は楽しそうなレイアーティが、気配を消して大物を狙う。
「お魚いっぱいなの〜♪ 足下とか、流れが急な場所とかには気を付けるなの!」
「獲れたー! お? ‥‥っとっとぉ!?」
と、葵が注意したそばから、コケに足をとられたラウルが、盛大に水中へとダイブした。続いて、捕獲したマスの渾身の一撃に対処し切れなかったレイアーティもまた、同様に水飛沫を上げて転倒する。
「レイさんったら‥‥大丈夫ですか?」
「‥‥油断しました」
ビキニに身を包んだ御崎が笑いながら駆け寄ると、レイアーティは、逃した魚を見つめつつ、うーんと唸った。
そこで、ふと後ろを振り返った烏谷が、予想外の惨状に大声を上げる。
「あーっ! クリムっ、どんだけ獲るねんー!」
「‥‥え? いつの間に‥‥」
我に返ったクリムのバケツでは、山盛りの魚たちが苦しげに蠢いていた。
と、いうわけで、次は夕食と風呂の準備である。
「井上サーン、これも割るヨ?」
ラウルは、額に滲む汗を拭いつつ、敏夫の運ぶ薪をテンポよく割りまくっていた。
「ガスがないと‥‥やはり大変ですね」
持参した日本刀を使い、ちょっと間違ったやり方で薪を割っているのは、レイアーティである。
そして、二人が割った薪を集めていた愛輝を呼び、敏夫が五右衛門風呂小屋へと連れて行く。
敏夫は、愛輝に指示して風呂釜の下のカマドに針葉樹の枯葉を入れさせると、そこに火を付けた。
「どれくらいで沸くんですか?」
「30分くらいやなぁ。燃えてきたら、次は細い枝から入れるんやで」
都会育ちの愛輝は、敏夫の話を真剣に聞きながら、オレンジ色に燃えるカマドの中をじっと覗き込んでいた。
一方、土間の隅では、『子ども用包丁』を渡された葵が、思花に魚の内臓の出し方を教わっていた。
「ぬるぬるするの〜。これで全部出てるなの?」
そのすぐ前にテーブルを置き、野菜の下準備チームの烏谷は、最後のナスを手に取り、クリムに声を掛ける。
「こっちはもう終わるでー。クリムは?」
「これは‥‥難しいものだな」
彼女は、トマトを切るのに、とてもとても苦戦していた。
「あの、オクラはこんな感じでいいですか?」
「そうそう、あんま薄くなりすぎんほうがええのよ」
輪切りにしたオクラを碗に入れ、尋ねる御崎に、おばあちゃんが頷きながら答えた。
「うーん、これぐらいかな?」
あまり料理には自信のない篠森も、米砥ぎと水量調整を懸命にこなし、おばあちゃんからOKをもらう。
そこへ、外で薪割りをしていたラウルとレイアーティが戻って来て、女性陣と交代を申し出た。
間もなく、ポカポカの五右衛門風呂の完成である。
『わぁ! こうやって入るなの〜!?』
『気ーつけやー? 板外したらあかんで』
『身体洗ったら交代するねー。すごく気持ちいいよ』
体の小さな葵を入れて女3人なら、同時に入っても大丈夫――というか、入り方を本気で知らない葵を心配した烏谷と篠森が一緒に入っているため、女風呂からはとても賑やかな声が響いてきている。
「もう入ってきたんですか?」
縁側では、髪の濡れた愛輝を見つけた御崎が、彼に声を掛けていた。
彼女は、『どうせレイさんのことだから、間違った入り方してるんじゃないかなぁ?』という不安が頭から離れず、様子を見に来たのだ。
「ああ、俺は長風呂しないから」
本当は、脇腹の傷跡を隠すために一切窓を開けられず、暑かったから、という理由もあるのだが、愛輝はただそれだけ答え、口を閉ざす。
「思花サーン、このコの名前はー?」
「‥‥マリンだよ」
庭の隅では、風呂の順番を待ち中のラウルと思花が、井上家から来た猫のマリンに、猫じゃらしをチラつかせて遊んでいた。
――と、そこへ、
『‥‥成る程、日本の方が忍耐強いのは毎日これで鍛えてるんですね‥‥。私だって何のこれしき』
一体、風呂場で何の鍛錬を始めたというのか、男風呂の小屋の中から、レイアーティの謎の呟きが響く。
「‥‥‥」
御崎の不安は、概ね的中であった。
さて、囲炉裏を囲んで仲良く夕食を平らげたなら、次は夏の夜のお約束・花火大会。
「‥‥あ」
「だめなのー! もう落ちたの」
「あかんって、二人とも。もっと真ん中持たなー」
約5秒の命だった思花と葵の線香花火を見た烏谷が、甚平の袖を捲り、手本を見せるべく自分も花火を手に取った。
「レイさん、お風呂はどうでした? 板の上に乗るの、意外と難しかったんじゃ?」
「‥‥。そうでもありませんよ」
さり気に五右衛門風呂の正しい使用法を説明しつつ問う御崎に、レイアーティは、内心動揺しながらも冷静を装い、浴衣を着た彼女の肩を抱き寄せて、誤魔化してみる。
実は板の使用法が分からず、手だけで全体重を支えて浮いていたなど、一生言えない。
「ハーイ、ねずみ花火連打ー♪ いくよー!」
「うわっ! く、来るな! なぜこっちに来るんだ!」
夏着物を華麗に纏い、ねずみ花火を地に放ちまくるラウルに、逃げるクリム。投げた花火が不思議なほど、ことごとくクリム方向へと吸い寄せられている。
一方、縁側に腰掛けた篠森と愛輝の話題は、すごい長持ちな超線香花火などやりつつも、先の大規模作戦のことばかりであった。彼女らの所属する小隊は、中東に偵察に赴き、ファームライドと遭遇したうちの一隊だったのだ。
「‥‥愛輝君?」
深く話し込むうち、気付けば無言で俯いている愛輝を篠森が覗き込むと、彼は目を閉じ、眠り込んでいた。
そして、寝惚けた愛輝がゆっくり身体を倒し、彼女の膝に頭を落とす。
「‥‥膝が良い」
彼は一言そう呟くと、安心したように眠りに落ちた。
ちなみに、温泉に行ったのは、意外にも烏谷、クリム、御崎の三人だけであった。
何の躊躇いもなく露天の岩にもたれ、全裸で空を見上げるクリム、そして、ちょっと恥ずかしそうに肩まで湯に浸かる御崎、この二人は、自分たちの胸が狙われていたなど、知る由もなかった。
「うーん、温泉は乳を見やすくてええなー」
バストハンター・烏谷の登場である。
だが、彼女もまた、知らなかったのだ。
空を見上げて楽しそうなクリムが、実は、完全にのぼせて意識朦朧状態だったなどとは‥‥。
◆◇
「‥‥思花さんのご実家って、どのあたりなんですか?」
天井から張られた蚊帳の中、皆の寝息が聞こえ出した頃、御崎がそう切り出した。
問われて、思花は寝返りを打ち、彼女の方に顔を向ける。
「実家は‥‥上海の、近く」
今は疎開してるけど、と付け足し、彼女は、静かに息を吐いた。
「あの‥‥他にご兄弟って、いらっしゃるんでしょうか?」
言葉を選ぶようにして、御崎が言う。
思花はしばらく沈黙すると、再び向きを変えて仰向けになった。
「‥‥いないよ。‥‥兄さんのことが聞きたいんだね」
「‥‥すみません」
「いい人だったよ。少なくとも‥‥私には、優しかったから」
蛙の声に混じって、クリムの振る木刀の音が聞こえてくる。
嫌なことを思い出させたかと、素直に謝る御崎に対し、思花は、小さく首を横に振ってみせた。
◆◇
翌朝、畑で収穫を楽しむ一行から離れたラウルは、農道脇に供えられた花の前に立っていた。
「‥‥Amen」
静かに祈りを捧げ、畑の中へと戻る。
途中、思花と目が合い、彼は、ふっと微笑んでみせた。そして、ぽつり、と言う。
「日本ってお盆とか言う時期なんだヨネ? だから‥‥来たかったんだ」
「‥‥」
「よーし、いっぱい採ろー♪」
元気に収穫を始めたラウルと入れ違いに、御崎とレイアーティもまた、彼と同じ場所で立ち止まり、手を合わせた。
「あのトンボ、緋音君と同じ名前だそうです。綺麗ですね‥‥」
「本当‥‥きれい」
畑を横切るナツアカネを目で追いながら、二人は、のんびりと農道を歩いて行く。別の畑で、天ぷら用のシソを分けてもらえると聞いたからだ。
「井上さん、これ、このまま食べても大丈夫ですか?」
「平気や平気。齧ってみ」
朝露の光るトマトを一つもぎ取り、ハンカチで拭きながら尋ねる篠森に、敏夫が笑ってそう答えた。
「あ、美味しい!」
甘くみずみずしい味に歓声を上げる篠森を見て、「俺にも、一口下さい」と、愛輝が同じようにトマトに齧りつく。
「美味しい」
夜は眠れなかったのか、赤い目を細めて笑顔を見せる愛輝。篠森もまた、彼に笑い返してみせた。
「野菜が沢山なの〜☆ わ、すごく大きいキュウリなの〜!」
都会っ子の葵が、きゃっきゃ言いながら、採ったキュウリを皆に見せて回る。
そして、器用に野菜をもいでいた烏谷がふと隣を見ると、クリムが鋏をプルプルと震わせ、うっかり茎ではなくナス本体を切ってしまっているところだった。
「‥‥って、クリム。なんでそんなとこで切るねーん!」
「すまない‥‥なぜ皆、そんなに上手くできるんだ?」
かまへんかまへん、と敏夫に励まされつつも、ちょっと凹むクリムなのであった。
最後の体験メニューは、蕎麦打ち体験である。
蕎麦打ちの中でも重要な工程といえば、『延ばし』。3本の麺棒を使って均等に生地を延ばしていくのだが――
「おばあちゃーん! なんかムラが消えへんー!!」
「なぜ生地に穴が開くんだろう? 力加減か?」
「愛輝くーん、この3本目の麺棒をどうするんだっけ?」
「生地に巻いた2本の間の部分を延ばすんですよ」
「みんながんばれなの〜♪」
――大騒ぎであった。
一応、おばあちゃんが指導にあたっているわけなのだが、やはりそこは初心者。
烏谷のようにムラができたり、クリムのように穴が開いたり、篠森のように麺棒の使い方が呑み込めなかったり、というのも仕方がない。
男性陣は体力もそれなりにあるため、一人で作業してもなんとかなるが、うまく延びてくれない生地にお疲れ気味である。
麺棒を刀のように振り回すレイアーティに至っては、ありえないくらいに粉まみれでもあった。
「まあまあ、みなさん、初めてやのに上手やねぇ」
褒めて育てるタイプらしいおばあちゃんが、皆の作業を監督しながら、ニコニコと声を掛ける。
なにはともあれ、初心者にしては、それなりのものが出来たようである。
「美味しー! やっぱ自力で作ったゴハンは美味しいネ♪」
早速湯がいた蕎麦をすする――ことが文化的にちょっと難しくて普通に口に入れ、ラウルは、達成感一杯の声を上げる。
「おいしいの〜。天ぷらは、みずほも揚げたなの〜☆」
「確かに天ぷらも美味いな。さすがだ」
お箸を握り締め、アピールする葵の頭を、隣のクリムがヨシヨシと撫でた。
「思花、それどーや? 結構美味しない?」
「うん‥‥おいしい。初めて食べた‥‥」
ニラをおひたしにし、卵をかけたシンプルな料理。これは烏谷の提案なのだが、なかなか好評である。
「あの、レイさん‥‥美味しいですか?」
隅の方では、こっそり『アーン』をしてレイアーティとイチャつき中の御崎が、感想を求めていた。
「美味しいです。緋音君が作ったものなら、何でも」
そして、返ってきたレイアーティの言葉に、御崎は思わず頬を赤く染める。
「愛輝君、私、料理得意じゃないから‥‥教えてくれてありがとう」
「いいんです。俺も、楽しかったですから」
ごめんねー、と笑う篠森に、愛輝は、少しだけ口角を上げて、頬笑んでみせた。
その後、井上家の風呂で蕎麦粉と汗を流した一同は、4つの体験メニューを全て終え、各自自由に農村を散策することとなった。
寝不足の愛輝は、昨日に続いて篠森のそばで転寝。
御崎とレイアーティは、近くの森で森林浴。
葵は縁側に寝そべって、夏休みの絵日記を創意作成中。
ラウルは再び井上家にお邪魔して、猫のマリンとマタタビ遊び。
烏谷は思花を連れて農村内を散策し、時折、バストハンターと化していた。
一番凄かったのはクリムで、彼女は、村の猟師の山本さんに頼んで山に入り、刀で熊を狩ってきた。
狩った熊は、捌いて村のみなさんへ。牙の部分は、大切な二人の人へのお土産だ。
『お世話になりました』の挨拶は、敏夫を始め、お世話になったみなさん全員に。
総出で見送りに出てくれた近所のみなさんに手を振り、のどかな農村に別れを告げて、傭兵たちは、住み慣れたL・Hへの帰路についたのだった。