タイトル:破壊の残香マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/02 06:14

●オープニング本文


 『UPC北中央軍 特殊作戦部 第26特殊装備救助隊』
 通称『レスキュー犬部隊』と呼ばれるその部隊は、戦闘を目的とせず、人命救助のみを目的として設立された部隊の一つである。
 民間・非営利団体・消防救急と、レスキュー犬を使って活動する組織は数あれど、北米主力軍に属する彼らの活動範囲は、未だ安全の確認されない戦闘地域の至近にまで及ぶ。
 主な派遣先は、北米各地で日々発生するキメラやワーム被害によって破壊された町や村。
 瓦礫の山と化した被害地域に赴き、その下に囚われた生存者を捜索・救助することが、彼らに課せられた最大の任務である。


    ◇◆
 北米中部、緑に囲まれた美しい町が、突如として現れた一体のゴーレムとキメラの群れによって襲撃されるという事件が起こった。
 ゴーレムの圧倒的な破壊力は、瞬く間に町の大部分を瓦礫と変え、敏捷な猛獣型キメラが、逃げ惑う住民達に次々と襲い掛かった。
 だが、即座に出撃した正規軍の攻撃により、ゴーレムと敵戦力の大部分はほどなく撃破され、逃走を図った数頭のキメラたちもまた、町の北側に位置する湖へ追い詰められ、事態は急速に収束へと向かっていったのだった。

 後に残されたのは、町を埋め尽くす大量の瓦礫の山と、無残に食い散らされた無数の死体。
 クリスト・ファニング中尉率いるレスキュー犬部隊がその町へと派遣されたのは、襲撃の翌日のことであった。


「中尉!」
 町の中央付近にて民家跡を捜索していたクリスト中尉と、災害救助犬のセーラ。その二人に駆け寄ってきたのは、隊員のアイカ・ヨウであった。
「東部の小学校跡より、生存者3名が救出されました。捜索は続行中。隣接する中学校跡にも、数名が生き埋めになっているとのこと。応援を要請しています」
 家の壁や家財道具が山となって折り重なる上に立ち、クリスト中尉は、彼女の報告を受けて静かに頷き、口を開く。
「了解した。被害の少ない西部から、チームCと重機2台を東部に回せ」
「了解。移動を指示します」
 無線機を手にしたアイカが、町中に散らばる隊員たちに向け、彼の指示を伝える。その様子を見ながら、クリスト中尉は瓦礫の山を降り、続けてセーラも地面に下ろした。
「町の外の状況は?」
 彼の問いに、アイカは、首の後ろで纏めた黒髪を揺らして勢い良く顔を上げ、答える。
「現在、北部の湖にて正規軍がキメラの掃討作戦を続行中。町の北端には、傭兵を配置して警戒にあたらせていますが、今のところ異常ありません」
「わかった。異常があればすぐに知らせてくれ」
 彼は一言そう言い、目の前に広がる荒涼とした景色を前に大きく息を吐き出すと、足元のセーラに視線を落とした。
「‥‥まだまだ終わらないな」
 捜索が終わったら普段より沢山遊んでやらないと、と思うクリスト中尉の心中を知ってか知らずか、セーラは、ブルブルと何度か体を震わせ、彼について歩き始める。
 メインストリートの両脇に停められた重機が、うず高く積み重なったコンクリートの破片や鉄骨を、その下に埋まっているかもしれない被害者を見逃さぬように、少しずつ慎重に取り除いていく。
 セーラの吐く息遣いも、無線を飛ばすアイカの声も、全てを掻き消す轟音が支配する中、クリスト中尉は、ふと、一台のパワーショベルが作業している先に目を遣った。
「‥‥?」
 巨大なコンクリート片が取り除かれた、そのすぐ下の瓦礫が、僅かに動いているように見える。
 クリスト中尉は、パワーショベルの運転士に合図して作業を中断させると、セーラを伴ってその場に駆け寄った。
「生存者ですか!?」
 アイカが背後から歩み寄ってきた、その瞬間。
 獣の咆哮とともに、瓦礫の中から黒い煙の塊のようなものが飛び出し、目の前のパワーショベルを掠めた。
「――アイカ!!」
 セーラを連れたクリスト中尉が大きく後退し、SES搭載のアサルトライフルを構えたアイカが、大きく前へ出る。
「キメラだ!!!」
 パワーショベルの運転士が声を上げたのと、瓦礫の山を跳ね飛ばし、灰色の毛皮に覆われた二頭のキメラが姿を現したのとは、ほぼ同時であった。
 アイカの銃が連続して火を噴き、真正面から向かってきた一頭の片耳を吹き飛ばす。
 その音を聞いて、周囲で捜索にあたっていた隊員や作業員も騒ぎに気付き、次々と退避を開始した。
「撤退する! アイカ、敵の目を封じて左に入れ!」
「了解!」
 数発の銃弾をばら撒いて敵の気を引きながら、アイカは、クリスト中尉とセーラが瓦礫の間を抜け、左側の通りに入るのを確認する。
 彼女は、二頭の目が自分に向いた瞬間を狙って目を閉じると、照明銃の引き金を引いた。
 地面に着弾し、炸裂する白光の中、アイカは、目を閉じたまま、自分の左側の瓦礫の陰に転がり込む。そして、瞼の向こうの輝きが消えるのを待って立ち上がり、全速力で退避を開始した。

 背後を警戒して走りながら、彼女は、緊急時にと打ち合わせされていた伝令を飛ばすため、無線機を口に当てる。
「傭兵部隊に連絡します。町の中心部、メインストリート周辺に猛獣型キメラ二頭が出現。現場へ急行してください!」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
●依頼内容
・ゴーレムにより破壊された町の中心部に、猛獣型キメラ二頭が出現しました。殲滅してください。
・正規軍は町の外にて戦闘状態にあり、応援の要請は難しい状況です。
 また、レスキュー犬部隊を含む救助隊は、基本的に戦闘行為を行いません。順次撤退を始めています。

●参加者一覧

リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
朔月(gb1440
13歳・♀・BM
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST
エルフリーデ・ローリー(gb3060
16歳・♀・FT

●リプレイ本文

 メインストリートを通って現場付近へと急行したA班の四人は、GooDLucKを発動中のドッグ・ラブラード(gb2486)を中心に、主に目視による索敵を開始していた。
「くそっ、なんてひどい‥‥」
 路上に転がる小さな靴、持ち主を失うとともに時を止めた腕時計、破壊の残香漂うそれらのものを見つめ、翡焔・東雲(gb2615)は、怒りを露わに一言呟いた。
 瓦礫に覆われた街は冷たく静まり返り、乾いた風が舞い上げる土埃に混じるのは、吐き気を誘う鉄の香り。
 先頭を行くラウル・カミーユ(ga7242)が、無意識のうちに歩道の街路樹に片手を触れる。ふと手元を見ると、そこには、べったりとついた血の痕とともに、大量の人毛が絡み付いていた。
「今のトコ見当たらないねー」
 ラウルは、あえて何も言わずに幹から手を離すと、後ろの三人に向けて明るく声を掛ける。この町に纏わり付く澱んだ空気に呑み込まれてはいけない、という意識が、彼にはあったのだ。
 そして、そんな彼の様子を最後尾から冷たい目で見据えるのは、双子の妹、リュイン・カミーユ(ga3871)である。
(「‥‥何時の間に現れたのだ、この愚兄は」)
 町の北端で警戒任務に従事していた時には気付かなかったが、兄は、彼女の知らぬ間に、全く同じ依頼を受けていたらしい。
 妹と一緒なら当社比三倍は頑張れるらしい兄の、機嫌の良さが全身から滲み出ているかのような後ろ姿を遠い目で眺めつつ、リュインは小さく嘆息した。
「さて、何処から来るか‥‥」
 四車線と歩道から成るメインストリートの両脇のビルは無残にも崩壊し、左右に伸びる脇道のいくつかをその残骸で塞いでしまっている。
 時折後方を振り返りながら進むリュインの前を進むドッグは、道の両脇を埋め尽くす瓦礫の上や、半壊した建物の陰などを注意深く確認して回っていた。
「全て命に幸いを‥‥」
 路上の遺体はかなり回収されているものの、やはり後から発見されたものは人手が足りず、シートを掛けられた状態で歩道の隅に横たえられている。
 ドッグは、そのそばを通る度、静かに冥福を祈った。


「色々な意味で邪魔なキメラね。早めに居なくなってもらわないと」
 メインストリートからみて東側、並行して南北に走る道路の真ん中で、アズメリア・カンス(ga8233)は、左右を警戒して見ながら、そう口にした。
 B班の四人が担当する道路は、歩道なしの二車線。メインストリートに比べて狭く、路上の障害物も多い。
 アズメリアは、両側からせり出したビルの残骸の上などにも視線を遣り、上方からの襲撃に気を配っていた。
「そろそろ、キメラの出現ポイントのはずですが‥‥」
 GooDLucKに加えて探査の眼も発動させた美環 響(gb2863)が、キョロキョロと周囲を見渡しながら目を細める。
「ええと、引っ掛かってしまいましたわ。どうしましょう?」
 コンクリート片から突き出した鉄筋にお姫様なドレスを引っ掛けてガサゴソしているのは、今回が初陣の英国貴族、エルフリーデ・ローリー(gb3060)子爵であった。
 ちなみに、さすがに歩きにくいので日傘は畳んだ。日焼けは嫌だが、転ぶよりはなんぼかマシである。
 そして、その後ろを行きながら、A班へ無線連絡をしているのは、執事服に身を包んだ朔月(gb1440)だった。
「こちらB班。間もなく目標地点だが、まだキメラの気配はないぜ」
『了解です。こちらもまだ、敵の姿は見えません』
 死の臭い立ち込める静寂の中、無線機からのドッグの声が木霊する。
「集団で狩りをする動物は自然界にもおりますしね。こちらが挟撃されないよう気をつけなくては‥‥」
「既にどこかへ行ってしまってなければいいわね。町中を捜し回るほどの時間はないわ」
 エルフリーデの言葉に、アズメリアは、厳しい顔つきで片手を顎に当てた。
 キメラが歩き回っている限り、生存者の捜索は再開できない。索敵に割いた時間に比例して、死者の数も増えていくことだろう。
「相手は獣なんだろ。匂いや音に気付いて、向こうから来てくれれば楽なんだがな」
 研ぎ澄まされた視覚を駆使して敵の姿を捜し続ける響の背中を見ながら、朔月は、眉を片方だけ寄せて頬を掻いた。
「駄目ですね‥‥。何も動くものは見当たりません」
 そして、響が振り返り、ふう、と息をついて肩を落とした、その時。

 メインストリート上空に、照明銃の光が煌くのが見えた。

『耳有り発見。誘導開始。B班、北側から合流してください』
 無線機から聞こえるドッグの声に混じって、一発の銃声が響き渡った。


    ◆◇ 
 一頭目が現れたのは、メインストリート西側、半壊したアパートメントの瓦礫の陰からであった。
 ドッグが照明銃を撃ち上げたのを横目に見ながら、リュインは、フォルトゥナ・マヨールーの引き金を引いた。向い風を裂いて真っ直ぐに飛んだ銃弾が、瓦礫を避けてキメラの頭擦れ擦れの空間を通過する。
「鬼さん此方、だ――来い!」
 瓦礫の上に陣取られては、戦いにくいことこの上ない。せめてメインストリート上に誘い出そうと、銃撃に反応して動き出したキメラを挑発し、南側へと後退していくリュイン。豊かな金の髪が、その場に漂う火薬の臭いを蹴散らすかのように翻った。
 だが、崩れず残った壁と瓦礫の間を走る灰色の豹は、間合いを測るかのように小刻みに方向と位置を変え、路上に下りてくる気配がない。
「んーと、ソコはちょっと拙い‥‥カナ?」
 暗く染まった瞳で敵の姿を追い、ラウルは、即射を発動させた。
 白銀の弓身から放たれた矢が、影撃ちの効果を乗せてキメラの後肢を射抜き、さらに、目にも留まらぬ速さで次々と繰り出された三本の矢が、雨のように飛来する。
 悲鳴とも怒号ともつかぬ叫びを上げて、動きを止めたキメラが、洋弓アルファルを片手に笑うラウルを睨み、白い牙を剥いた。
「だから当社比3倍なんだってば」
 そして、血のように赤い、キメラの口の中に黒い煙のようなものが発生し、集束していく瞬間を目にしたラウルは、ふっと鼻で笑ってみせる。
「闇弾? 当たらナイと思うケド」
 吐き出された闇弾が、獣の咆哮とともにラウルへと迫る。だが、キメラの恨みが込もったそれは、大きく横に跳んだラウルを掠めることもなく飛び、遠い地面に着弾して虚しく消えた。
 一撃目をかわされたキメラは、その場に留まったまま、標的をドッグへと変えて、再び闇弾を撃ち放つ。
「可能性がある以上は‥‥」
 メインストリート中央にいたドッグは、自分が避ければ背後の瓦礫に闇弾が達するだろうことを理解していた。真正面から迫る漆黒の球を視界の中央に見ながら、彼は、両足でしっかりと地面を踏み締める。
「‥‥くっ!」
 顔を庇って上げたドッグの両腕に、闇弾が無音のまま直撃した。猛烈なだるさが全身を襲い、彼は、一瞬ふらついた右足を、寸でのところで踏み留める。 
「東雲さん! 下りて来ます!」
 リュイン、ラウルとともに南側へと後退し、キメラを誘導していた東雲のほうへとキメラが動いたのを見て、ドッグが大声で警鐘を鳴らした。
 キメラは、左右にジグザグを描きながら大小の瓦礫の上を疾走すると、路上で待ち受ける東雲目掛けて、一跳びに襲いかかる。その初撃を紙一重でかわした東雲は、獣の爪が空を切る音を耳元に聞きつつ、さらに数歩、敵を引き付けながらメインストリートの中央まで後退した。
「当たるかぁっ!」
 唸りを上げて飛び掛かってきたキメラの牙を、上体を捻って避けた東雲は、正面へ向き直る勢いを利用して、左手に構えた蛇剋を力の限り突き出した。
「もう一撃!」
 キメラの肩に潜り込ませた蛇剋を、今度は薙ぎ切るように横に払う。鮮血が舞い、東雲の髪と肌を赤く濡らした。

「――二頭目! 右です!!」

 通りを貫く響の声に、A班の四人の目が一点を向く。
 一頭目を挟み込むようにして北側から回り込んだB班がメインストリートに飛び出し、それとほぼ同時に、二頭目のキメラが、東側の瓦礫の山の上に姿を現したのだ。
 片耳のない灰色の豹が唸り、連続して二発の闇弾を撃ち放つ。
「その程度、当たらないわよ!」
 アズメリアは、前方から飛来する黒い球に向かって疾り、接触する直前で上体を倒してそれを回避した。背中の上を通過した闇弾をそのままに、彼女は、二頭目を引きつけるべく、瓦礫の山へと距離を詰める。その後ろの十字路上では、やや斜めに飛んだもう一発の球を、響が己の体を盾にして、受け止めていた。
「ぐっ‥‥! 生きている人がいるかもしれないんです‥‥着弾なんてさせませんよ!!」
 凶悪な牙を露わに、まるで猫のような声を漏らして地面に降り立った二頭目は、自分を標的に迫るリュイン、ドッグ、アズメリアの三人をその瞳に映し、大きく口を開いて跳躍する。
「小賢しい」
 そこに生まれた闇弾を避けようとはせず、むしろ大きく一歩を踏み出すリュイン。着弾の衝撃を覚悟し、両の膝に力を込める。
 だが、撃ち出された闇の球を受けたのは、彼女ではなかった。
「――!」
 横合いから飛び出したラウルが、リュインに当たるはずであった闇弾を、何の躊躇いもなく背中で受け止める。
「リュンちゃん攻撃行けっ!」
 いきなり眼前に現れた自分と同じ顔に一瞬動きを止めたリュインだったが、右に避けながらの兄の声に、薄く微笑って力強く大地を蹴った。
 瞬天速で急加速した彼女の鬼蛍が、回避の隙すらも与えずに二頭目を切り裂く。そしてさらに、急所突きを発動させた二撃目で以て、相手の左前肢を半ばから完全に斬り飛ばした。
「せめて、安らかに‥‥」
 三本足でなんとか着地し、必死にリュインから逃れようと動き回る二頭目の進路上に、ラウルの矢が容赦なく突き刺さり、その機動を制限する。たまらず瓦礫の上に登ろうと向きを変えた血塗れの豹に、全身を黒一色に染めたドッグの蛇剋が襲い掛った。
 湾曲した漆黒の刃が、逃走を図るキメラの肋骨を易々と切断し、胸腔へと入り込む。絞り出すような悲鳴を上げ、残された右の爪を振り回す相手に、ドッグは、左手に握ったハンドガンを押し付け、引き金を引いた。
「まだこの後色々とやる事があるんだから、さっさと消えてもらうわよ」
 首元を撃ち抜かれ、吹っ飛ぶかのように路上に落ちたキメラと瓦礫の間に回り込んだアズメリアが、相手が起き上がる無防備な瞬間を狙い、月詠を突き下ろす。背中から腹へと突き抜かれ、血の塊を吐いてもがくキメラから刃を抜き、彼女は、駄目押しに流し斬りを発動させ、側面から灰色の毛皮を斬り裂いた。
 溢れ出す鮮血に咽を塞がれ、声も上げられずにゆっくりと脚を折る片耳の豹。
 虚ろに見開かれた黒い瞳を、急所突きで威力を増した朔月の矢が深々と射抜いたのは、数秒の後のことであった。
「お前もいい加減諦めるんだな!」
 止めを刺した二頭目が地面に崩れ落ちるより早く、朔月はさらなる矢を番え、正面の路上で東雲と対峙していた一頭目に向けて一息に射ち放つ。
 東雲に斬り裂かれた肩を朔月の矢で穿たれ、大きく態勢を崩すキメラ。そこへ、フリフリなドレスとハイヒールのエルフリーデが、路上の障害物を避けながら突進をかけた。
「覚悟なさいませっ! バグア!」
 盾を構え、レイピアを繰り出すエルフリーデ。しかし、瞬時に撃ち出された闇弾が、体を庇う盾をすり抜け、彼女の鳩尾の辺りに着弾する。
「くっ‥‥これが‥実戦‥‥」
 ガードの知覚防御力はゼロではないが、闇弾の威力を無効化するには十分ではない。エルフリーデは、全身から冷や汗が噴き出すのを感じつつ、その場に片膝をついた。
 地面に立てた盾の向こうでは、飛び掛かっていくキメラに対し、響が拳銃を構えて応戦している。黒い銃身が火を噴き、キメラの首元から噴き出した血が、灰色の毛皮を赤黒く染めた。
「く‥‥早く終わらせなくては!」
 自分に向かって疾走してくるキメラと対峙し、なぜか拳銃をホルスターに収める響。そして、唸りを上げて跳躍した灰色の獣を、なんと、真正面から抱き止めるようにして、その腕の中に捉えたのだ。
「エルフリーデさん!」
 腕の中で暴れるキメラの爪に頬と胸元を裂かれ、響は、放り投げようと構えていたその獣を、半ば取り落とすような格好でエルフリーデの眼前に逃がす。そして、即座に走り出そうとしたキメラの進路にアズメリアが回り込み、さらに、朔月の矢がその逃げ道を塞いだ。
「‥‥父様‥‥」

『貴族たるものノーブルオブリゲーションを忘れてはならない』

 実戦の空気に挫けてしまいそうなエルフリーデの脳裏に、今は亡き父の言葉が過る。
「そうですわ‥‥わたくしは高貴なる英国貴族! その義務を果たしますわっ!」
 そして、勢い良く立ち上がったエルフリーデのレイピアが、逃げ場を失ったキメラの胸を横合いから貫いた。
 断末魔の叫びを上げ、力を失って地面に崩れ落ちる灰色の豹。
 ドッグは、血溜まりに倒れたキメラに歩み寄ると、その頭部にハンドガンを向け、静かに口を開く。
「‥‥君に幸いを‥‥」 
 痙攣するキメラの頭蓋を撃ち砕き、一発の銃弾がアスファルトに穴を穿った。
 

    ◆◇
「何か音が聞こえます。小さな音ですが、誰かいます! 生きています!」
 キメラ殲滅後、救助隊が戻るまで周囲を捜索していた一行の中で、最初に生存者らしき気配を感じ取ったのは、響だった。
「‥‥この辺カナ?」
 ラウルが瓦礫の間をのぞき込み、耳を澄ます。
 例えて言うなら、ペンか何かで金属をコツコツと叩くような、微かな音。それが、折り重なった瓦礫の下から聞こえていた。
 ペイント弾で瓦礫の上に目印を付け、クリスト中尉に無線連絡をするドッグ。キメラの墓を作ろうという彼を手伝った東雲やアズメリアにお茶を配って労うなど、気配りも忘れない。
「すぐ救援が来るから、頑張れ」
 瓦礫の隙間、何も見えない暗闇に向けて、リュインが声を掛ける。
「セーラ! 久しぶり!」
 やがて、メインストリート北側から、こちらへと向かってくるクリスト中尉とアイカ、そしてセーラの姿が見えた。
 朔月は、久々に再会したセーラに飛び付くと、その大きな体を注意深く触って傷の有無を確かめる。
「大丈夫。怪我してないよ」
 心配そうな朔月に、クリスト中尉は、笑いながらそう言った。
「うわぁ‥‥可愛いなぁホント!」
「クリスト中尉、あなた方の部隊の活動はとても意義深いことですわ。これからもお励みくださいませ」
 ドッグがセーラの頭を撫で、表情を緩ませる。しずしずと歩み寄ってきたエルフリーデがにこやかにそう告げると、クリスト中尉は、軽く会釈をしてその場を去った。
 ――セーラと共に、さらなる生存者を捜索するために。


 バグアの脅威が消え、無機質な瓦礫に覆われた町の外れには、やがて、幾つもの真新しい墓が並ぶ。
 揃いの日付が刻まれた墓石には花が添えられ、冷たく乾いた風がその花弁を儚く散らし、遠く天へと舞い上げた。