●リプレイ本文
一見何もない四角形の部屋に、クシィーは立っていた。
「目標視認。戦闘行動へ移行」
ORT=ヴェアデュリス(
gb2988)が小銃を抜き、無機質な声が壁に反響して返ってくる。
「その余裕ぶった発言はなかなかポイント高いね。80点をあげよう!」
(20m四方の、一見何もない部屋‥‥)
クシィーに拳銃を向ける鯨井起太(
ga0984)。行動を躊躇ったのは、八人の中で愛梨(
gb5765)だけだ。
「起太っよろしくね!」
「バグア四天王‥‥ここで逃がすわけには‥‥」
起太の援護射撃を受け、先手必勝とばかりに全身を輝かせるトリシア・トールズソン(
gb4346)と御鑑 藍(
gc1485)。愛梨の鋭い声が響いたのは、彼女らが迅雷を発動した瞬間だった。
「短剣!!」
「――!」
敵の両側を挟むように駆けた二人の体が、何かに躓いて大きく跳ねる。ニィ、と笑ったクシィーからチャクラムと雷撃が飛んで、床に転がったトリシアを刻み、藍の背を焼いた。同時、愛梨に従い訳も分からずエネルギーガンの引金を引く起太。さらに、同じく反応した月城 紗夜(
gb6417)が竜の瞳を発動し、超機械の電磁波を発生させる。光弾と電磁の渦がクシィーの左手に集束して、そこにあった短剣を弾き飛ばした。
「‥‥やってくれるじゃない」
「勘の良い者が混じっておるな。安心するが良い。この部屋にはこれ以上何も仕掛けてはおらぬ」
ミカエルの内側で引き攣った笑みを浮かべる愛梨に、クシィーは面白気に白い歯を見せて小さな肩を揺らす。彼女の両側、壁際ではトリシアと藍が苦痛の呻きを漏らし、何とか立ち上がった。その三人と、残る六人の間には、部屋を横断するように開いた穴。高速で移動する二人を躓かせた幅1m程の横長の落とし穴が、そこに姿を現していた。
クシィーの手元を注視していた愛梨は、彼女が短剣の柄を不自然に触るのを見た。踏めば落ち込む落とし穴以外にも、この部屋には何かが仕掛けられていたのかもしれない。
「年寄りくさい話し方しやがって。相応の言葉遣いってやつを教えてやるよ!」
「部下逃がす為に殿務める心意気だけは、大したものだけどね。意外と姑息で驚いた」
一連の遣り取りなど気にも留めないORTが無言でシエルクラインを掃射したのを機に、大剣を携えた来栖 祐輝(
ga8839)が落とし穴を越えて接敵する。地堂球基(
ga1094)は超機械「PB」の蓋を開けて牽制の電磁波を放ち、ダメージの大きい藍へ練成治療の淡い光を飛ばした。
噴き出した冷気が、全身甲冑に身を包んだ祐輝とORT、ミカエルを纏った愛梨に襲い掛かる。白く霜に覆われる装甲の下、三人は無理矢理に体を動かし前進を続けた。
「命をかける価値があるかどうか‥‥その身で試してみるか?」
「ほざけ。家畜ごときが思い上がりおって」
祐輝が大振りに見せかけてクシィーの気を引き、飛来したチャクラムを聖剣「ワルキューレ」で受け流す。しかし、床に落ちかけた刃が跳ね上がり赤鎧の胴部を砕いた瞬間、有線式は回収の為だけではなかったと気付き、歯噛みする。
「フン、『家畜』ね。言ってくれるじゃない。でも、あんたたちに飼い慣らされた覚えなんてないけどね」
祐輝に気が向いている敵に、愛梨が横合いから薙刀を振り下ろす。それを受けたクシィーの左腕には赤く強い光が輝き、頭部と腕部に青白い電光を纏った愛梨が、それを破らんと力を込めた。シュッと細く赤い筋が少女の肌に走り、反撃のチャクラムに装甲を斬り裂かれた愛梨が竜の翼で落とし穴とは逆方向に離脱する。雷撃が無人の床を穿ち、黒煙が上った。
「殲滅」
正面から肉薄した黒鎧。少女を覆い尽くさんばかりの巨躯が至近距離からシエルクラインを乱射し、両腕でそれを受けた敵に獅子牡丹を振り下ろす。銃弾と薬莢が床を叩く音が響き、片刃の大太刀が金髪に覆われた少女の頭を打った。強化したFFを輝かせ、それでも一瞬ぐらりと揺らぐクシィー。やや横に回った起太の援護射撃がその足元を撃ち、敵が目線を彼に向けた瞬間に、紗夜の蛍火が迫る。
「ドラグーンの月城だ、お手合わせ願おうか」
金属扉を背にする格好で敵の背後に回り込んだミカエルは淡い光を纏い、飛来したチャクラムの威力を僅かに削いだ。弾け飛ぶ装甲をそのままに、下段から逆袈裟に斬り付ける紗夜。体を四半回転させて右手の手袋でそれを防ぐクシィー。しかし、真逆から再度振り下ろされたORTの斬撃が受け止め切れない。
「見敵、必殺」
紅色を纏う獅子牡丹が、クシィーの華奢な首を薙いだ。思わず掲げた左腕と首筋にFFが発生し、ツウッと流れる鮮血に顔を歪めた少女の傷はまだ致命傷ではない。燃え盛る炎弾が二撃目を放とうとした紗夜を包み吹き飛ばし、小柄な体を素早く折った敵がORTの間合いに入り込んだ。黒鎧の膝を蹴り抜き、腕に通したままのチャクラムで硬いメトロニウムを易々と斬り裂く。
「家畜も群れれば、それなりに楽しませてくれるな。だが、その程度でワシには勝てぬ」
金属同士が擦れる音とともに黒い破片と鮮血が飛び、猛烈な炎に包まれ後退するORT。追撃を受け倒れんとするその時、仲間の危機を見て取った祐輝が不壊の盾を発動し、クシィーの前へと飛び込んだ。
「甘いな‥‥そう易々とやらせるかっ!!」
盾の紋章が輝き、祐輝の身体に吸い込まれて行く。大剣を前に出しチャクラムを弾き、しかしコロコロと軌道を変える刃を防ぎ切れない。
「ここまで来たんだから、打倒完遂は目指したい‥‥けど」
腕、腹、足と斬り刻まれ膝をつく祐輝に、後方の球基が練成治療の光を飛ばし何とか致命傷を避けた。だが、次々に傷を負っていく前衛の治療を一手に引き受ける球基の負担は大きく、とてもではないが全員をカバーすることなど出来そうになかった。ORTや祐輝、紗夜の自己回復では到底間に合わず、誰かが倒れるのも時間の問題だろう。
球基は迷った。全力で皆の傷を癒すべきか、それとも金属扉を攻撃してクシィーの気を一瞬でも逸らすべきか。
「一か、八か‥‥!」
「――!」
PBの蓋がパクンと開き、伸びた電磁波が奥の金属扉を直撃する。クシィーが一瞬振り返って扉の無事を確認したその隙に、起太の拳銃が乾いた音を立ててクシィーの真横に弾を落とし、高速機動を発動したトリシア、疾風で脚部を淡く輝かせた藍が、同時にクシィーの両側から接敵した。
「やっぱり、見た目に騙されちゃダメだね。この子、強いよ!」
「この人数を相手にしても、まだ太刀打ちできる力がある‥‥という事ですね‥‥」
二刀小太刀が閃き、掲げられた右手の手袋がそれを受け止める。しかし、藍の機械脚甲が下段で大きく円を描き、クシィーの足首を蹴り抜いた。僅かに体を揺らめかせた相手の肩に二撃目を叩き込もうとするトリシアだが、クシィーはあえて後ろに倒れ、手をついてクルリと一回転、二人の間合いから逃れ攻撃をかわす。
「これでも‥‥体捌きには自信あるよ?」
飛来したチャクラムを、素早くかわすトリシア。有線式ゆえに空中でカクンと軌道を変えたそれすらも、敏捷に動き回る彼女には全く当たらなかった。
「ほう‥‥」
自身の攻撃をかわせる者は居ないと踏んでいたクシィーが、興味深そうに彼女の動きを観察しつつ、腰の光線銃を抜く。藍は彼女とは逆方向から再び肉薄し、神秘的に輝く翠閃を振るった。白い半円の中心で長い髪がふわりと広がり、薄暗い部屋に蒼い雪粒が舞い上がる。
「今です‥‥!」
光線銃の銃身と翠閃が衝突し、ガキッと硬い音が響いた。藍の声に呼応して、動きを止めているクシィーに突撃する愛梨。トリシアもまた、大きく跳んで間合いを詰める。
雷撃を受けた藍がその場に倒れ、体を傾けたクシィーの背を愛梨の薙刀が浅く斬り裂く。トリシアの疾風迅雷が連続して閃き、一撃目は空を、二撃目はチャクラムを操る右腕を捉えた。宙を舞う赤い血にクシィーが舌打ちし、続いて迫る紗夜の蛍火を素早くかわす。薙刀を横ざまに蹴り攻撃の軌道を逸らすと、竜の翼で逃げようとした愛梨の腹に光弾を貫通させ、紗夜の直刀に脇腹を僅かに裂かれながらも、猛烈な冷気を放ち二人纏めて凍て付かせた。
そして一瞬のうちに向きを変え、立ち上がった藍へと炎弾を飛ばす。しかし、再び不壊の盾を発動した祐輝がそれを受け止め、倒れそうになる体を必死に進め、大剣を振り回した。四肢挫きの効果を乗せた聖剣がクシィーの手足を狙う。何度も空振りを繰り返し、光線銃で撃ち抜かれ、今度こそ倒れかけたその時、
「強いじゃないか。こっちこそ、楽しくなって来たよ」
何度かエネルギーガンでの武器落としに失敗した起太が、武器を拳銃に切り替えて援護射撃。祐輝の大剣がクシィーのふくらはぎを打ち、鮮血とともにカクンと膝が揺らいだ。
「小癪な!」
クシィーの放った冷気が、祐輝と起太を包み込む。祐輝は耐え切れずその場に崩れ、起太は歯を食い縛って何とか踏み止まった。
「間に合わない‥‥! でも、助けないと!」
動ける者だけでも何とかしなければ。球基の超機械が何度も輝き、紗夜や愛梨の傷を癒す。
だが、それも十分ではなかった。誰かを癒す間に、その倍以上の人間がダメージを受けていく。そんな状況下でも、球基は必死で練成治療を掛け続ける。
(近接に対して何か対応策が‥‥? 気をつけないと)
藍は、光線銃とチャクラムを構えたクシィーを注意深く観察しながら再び接敵した。ORTがシエルクラインを掃射しながら前進し、藍の攻撃に合わせて獅子牡丹を振るう。翠閃が円を描き、かわされた藍はそのままもう一回転。それを光線銃で受けられたなら、今度は素早く下段に切り替え、四肢挫きのダメージが残る脚へと脚甲を叩き込んだ。ORTの大太刀が少女の身体を袈裟懸けに斬り、桜色の唇から呻きが洩れる。
何とか踏み止まり、黒鎧の中の肉体を雷撃で撃つクシィー。重い金属音と共に倒れたORTに一瞥もくれず、迅雷を発動して離脱した藍をチャクラムで追撃しその背を斬り裂いた。崩れ落ちた藍の周囲には血の池が出来、球基の治療すら間に合わない。
愛梨、紗夜、トリシアは、次々と倒れていく前衛の姿に息を呑み、視線を交わし合った。
クシィーも既に片脚にダメージを負い、浅いとはいえ全身を血に染めている。彼女と傭兵、どちらが先に力尽きるか、といった印象だった。
「この先に、何がある?」
「階段を見たであろう? 外へと続く、な」
金属扉を刀で指した紗夜を振り向き、チャクラムを飛ばすクシィー。凄まじいスピードで放たれたそれを、紗夜は左手の指揮棒で弾いて凌ぐ。しかし、気付けば敵の姿は目の前にあった。
「ワシの気を引きたかったのであろう? 望み通りに来てやったぞ」
紗夜の蛍火が空を切り、手袋の右手がミカエルを鷲掴みにする。
メガギブライフ。力が抜けていくような感覚とともに、紗夜の胸を穿つ光線銃。
辛うじて練力が残っているのか、ミカエルを纏ったままその場に倒れる紗夜。
「今だ!」
起太のエネルギーガンが、クシィーの左手を穿った。手の甲に焼けた穴が空き、光線銃がその場に落ちる。
「強化FFがない! 今なら‥‥!?」
トリシアが疾り、手にした刃でクシィーの背を大きく斬り裂いた。振り向き、雷撃を放つ敵の眼前で回転舞。空中を駆けて再び斬り付ける。同時に、逆側から薙刀を携え装輪走行で迫る愛梨。強化時間や回数に制限があるのか、先程よりFFの防御力が各段に落ちているクシィーは、トリシアの小太刀を避け、愛梨の刃を左手でガードした瞬間、苦痛に顔を歪めた。
「おのれ‥‥鬱陶しい!!」
だらりと垂れ下がる左腕。愛梨のミカエルを、雷撃が撃ち抜く。
「愛梨!」
トリシアが叫ぶも、愛梨の体はピクリとも動かなかった。起太が「フン、やるじゃないか」と鼻を鳴らし、八人の生命線とも言える球基が、倒れた者達の命をギリギリのところで繋ぎ止める。
だが、
「成程。ウヌが邪魔であるな」
「! 避けろ!」
起太の光弾をかわし、超機動でトリシアの刃を回避したクシィーが、とうとう球基に目を付けた。猛烈な火炎が球基を襲い、背を焼かれながらも転がって避けた彼に、片脚で跳躍した敵が肉薄する。前衛一人では到底、止め切れない。
「ぐ‥‥ぅ‥‥」
起太の銃がクシィーを穿つ。しかし、敵は鮮血を散らしながらも右手で球基の首を掴み取り、覚醒が解け脱力したその体を床に叩き付けた。
追って来たトリシアの小太刀が、球基に止めを刺さんとするクシィーの右腕を捉える。ハッと振り返った敵の炎弾を紙一重で避け、勢いのままに二撃目を加えて、細く、華奢な少女の腕の骨をボキリと切断した。
「く‥‥!」
トリシアから距離を取ろうと後退したクシィーに、起太の援護射撃が撃ち込まれる。クシィーはトリシアへの攻撃を後回しに、起太へと雷撃を放った。高圧のそれを避け切れず、体をビクンと震わせ片膝を折る起太。
「負けないよ。だって、ボクに不可能はないからね」
「黙れ」
決して弱気など見せず、起太が光弾を放つ。クシィーは脇腹を撃ち抜かれ、呻き、よろめきながらも、燃え盛る火炎で彼を包み込んだ。
「起太‥‥みんな‥‥」
起太が倒れ、トリシアは絶望的な呟きを洩らす。
20m四方の部屋には、倒れて動かない七人の仲間達。立っている者は、自分しかいない。
クシィーは両腕と片脚にダメージを負い、満身創痍に近い。だが、正面からの一騎討ちで勝てる自信は無い。
「この勝負、ワシの勝ちであるな」
扉の向こうに助けを求めるべきだ。
トリシアが唾を呑み込んだ、その時だった。
「‥‥勝ち誇るのは、まだ早い」
「――!」
超機械の電磁波が、真横からクシィーを灼いた。
跳躍するトリシア。声のした方に顔を向け、大きく体勢を崩した少女目掛けて、小太刀を振り被った。
「‥‥な‥‥‥」
白い首に、致命傷が走る。
夥しい出血とともに、崩れ落ちるクシィー。
荒い息をつき、それを見つめるトリシア。
部屋の反対側で、上体を起こしていた紗夜が力尽き、倒れた。
◆◇
「早く! 崩れるよ!」
地上階から轟音が響き、地階が崩落を始めたのは、トリシアと正規軍兵士達が重傷の傭兵達を助け起こし、隠し階段へと足を踏み入れた直後だった。
「‥‥マ‥カラード‥‥A‥‥‥ゼ‥‥イド‥‥‥」
クシィーが、他の四天王の名を呼んだ気がして、トリシアは彼女を振り返る。
だが、視線の先の彼女はもう、ピクリとも動かない。
隠し階段の中には風が通り、その先が地上であることを示していた。
正規軍の能力者が探査の眼を駆使し、地下崩落の音を背後に聞きながら上って行くと、やがて、闘技場を囲む密林の中に出た。クシィーが逃がしたという部下の姿は、もう見当たらない。
「闘技場が‥‥陥落する」
密林の木々の間から、もうもうと立ち上る黒煙。
キメラ闘技場陥落の報が入ったのは、間もなくの事であった。