タイトル:【お節】ブラック数の子マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/25 02:40

●オープニング本文


 UPC本部食堂――それは、軍人、事務職員、傭兵たちのみならず、広く一般にも利用されている、一種の社員食堂である。
 そんな食堂の秩序を守り、纏め上げている人物――それが、飯田 よし江(gz0138)であった。

「いえ、ですから、無理です!」
「無理や無理やってアンタ、上に言うてもおれへんのに、やってみなわからへんやないの!」
 先生だって走り回っちゃう師走のある日、ヒョウ柄のセーターに身を包んだよし江は、UPC本部内の経理の姉さんに詰め寄っていた。
「傭兵の子らだって、今年は戦い通しやったやないの。労ってあげなアカン!」
 迫るヒョウ。タジタジで身を引く経理の姉さん。
「まあ落ち着きなさい。何の騒ぎですか」
 その様子に、偶々通り掛かったハインリッヒ・ブラット(gz0100)准将が、何事かと仲裁に入った。
「ブラット准将! はあ‥‥実は、ULTに依頼を出そう思てるんですけど、承認が下りへんのです」
「依頼? どのような依頼ですかな?」
「それが、オセチの食材集めなんですわ」
 准将を前にして、少しずつ事情を話し始めるよし江。
 戦い赴く度、傷ついて戻ってくる軍人や傭兵たちに、せめて新年くらいは明るい気持ちで迎えてほしいと、食堂でオセチを出したいのだということ。
 そして、折角作るなら、皆で協力し合って各地の食材を集め、豪華なオセチにしたいのだということも。
「なるほど。偶には、そのような催しも良いかもしれませんな。兵の士気も上がる事でしょう」
 ブラット准将は、根気良くよし江の話を聞き終えると、一つ頷いてそう口にした。
「えっ‥‥ほな‥‥!」
「わかりました。私が承認し、ULTに食材集めの依頼を出しましょう。企画書を回してください」
「ありがとうございます!」

 こうして、ブラット准将の承認のもと、UPC本部食堂より、ULTに新たな依頼がもたらされたのであった。
 『オセチの食材募集。正月グッズ提供歓迎!』


    ◆◇
「ふむ‥‥正月準備か」
 日当たりの良い執務室。革張りの椅子に腰掛けたブラット准将は、一枚の書類を手に、何やら考え込んでいた。
 先程よし江から受け取り、既に承認済みの、『オセチ大作戦』企画書である。
「食材収集とは、また変わった依頼を出したものだな」
 とはいえ、自分自身も下士官からの叩き上げ。体力溢れる若い兵たちとて、たまには息抜きやご褒美が無ければ息切れしてしまうことくらい、身に染みて理解している。
「オセチ? 東洋の正月料理か」
 企画書に添付された資料には、よし江が手書きで頑張ったオセチ、そして数多くの正月グッズのリストが書かれていた。
 それらを暫くじっくり眺め、ブラット准将は、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
 そして、おもむろに壁のスケジュール表に視線を移すと、一日だけポッカリと、何も書き込まれていない日が目に入った。
「‥‥‥うむ」
 一つ頷き、執務室を出る。
 見通しの良い廊下には、何やら忙しそうに走り回る佐官数人と、上官への報告を終えて戻っていく、一人の尉官の姿があった。
「君、少し訊きたい事があるのだが」
「准将! ハイ、何なりと」
 ブラット准将が声を掛けると、東洋風の顔立ちをしたその若い尉官は、やや身を固くして振り返った。
「東洋の正月料理について教えて欲しい。『数の子』という食材だが、一体どういうものか?」
「数の子‥‥」
 そう、ブラット准将は、自らオセチの食材収集に繰り出す気なのである。
 なぜ数の子に目をつけたかというと、答えは単純。よし江のリストの一番上にあったから、だ。
「確か、魚の卵だと聞いたことがあります。値段は少し高く、寿司ネタにもなるとか」
「なるほど。で、それは何の魚の卵なのだ?」
「自分も詳しくは‥‥申し訳ございません」
 肩を落として答える東洋風の尉官。彼は、日本ではなくモンゴル出身だった。知るわけない。
「いや、助かった。手間を取らせたな」
 困惑する尉官を見送り、ブラット准将は、窓の外を眺めて再び思案する。
(「‥‥魚の卵か。それでいて高級品‥‥」)
 わからないならわからないで数の子にこだわる必要はないのだが、他の食材も、どうせよく知らないものばかりだ。僅かでも情報の得られた数の子をターゲットと決め、ブラット准将は、ひたすら考え続けた。
 そして黙考すること15分。
(「高級な魚の卵――なるほど。あれか」)

 彼は、一つの結論に達したのであった。

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●おしごと
・キャビアを手に入れるため、ブラット准将と一緒にチョウザメキメラを捕りに行きましょう。
・ブラット准将は、本気で『数の子=キャビア』だと思っています。
 指摘するしないは自由ですが、なんと言うか、場の空気を読んで頂けると嬉しいです。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
森里・氷雨(ga8490
19歳・♂・DF
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
雨衣・エダムザ・池丸(gb2095
14歳・♀・DG
ファーリア・黒金(gb4059
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

『寒ッッ!!!』
 高速移動艇のターミナルを出た瞬間、八人は、一瞬本気で死を意識した。
 この時期のカナダ大西洋岸は、ぶっちゃけ氷点下。この上漁に出るなんて、もはや正気の沙汰とは思えない。
 ともかく、ハインリッヒ・ブラット(gz0100)を捜すため、森里・氷雨(ga8490)が持参した生写真を参考に、皆で周囲を捜索する。
「‥この人はどうして毎回外すんだろう? 魚卵といえばイクラじゃないですか!」
 写真を見つつ、氷雨が何か言っている。だが今はそれどころではない。とにかく車だ。じゃないと死んじゃう。
 ――と、吹雪の中から現れた一台のワゴンが、プー、とクラクションを鳴らしながら、一同の前で停止する。
「ULTの傭兵諸君だな? よく来てくれた。さあ、早く乗れ。中は暖かいぞ」


●ポジティブにいきましょう
 中型漁船の船室内。一応零度以上に保たれたその空間で、准将を交えて相談した末に出された結論は、

「寒いと言うから余計に寒いのだ。寒いとか言うな」
 だった。

 ともかく、准将が用意していた防寒着を着て、各々戦闘準備に入る。
「とりあえず、ブラット准将こんにちはー!」
「あ、は、はじめ、まして。准、将。皆、さん」
「初めまして、ブラット准将。准将自ら食材探しとは、珍しい事ですね」
 と、ここへきて初めて、『挨拶をする』心の余裕ができた者が現れた。
 ラウル・カミーユ(ga7242)と、雨衣・エダムザ・池丸(gb2095)、レールズ(ga5293)の三人である。
「おお、そういえば挨拶を忘れていたな。私はハインリッヒ・ブラット。皆、宜しく頼むぞ」
「アレは日本語で『カズノコ』って言うのかー。僕、いっこ賢くなったヨ!」
「うむ。私も東洋の料理には疎くてな」
 盛り上がる准将とラウル。諸外国における『間違った日本』像は、大抵こうして出来上がっていくのだろう。

 ――だが。

「‥? 数の子‥‥?」
「キ、キャビア、は、御節、の、具になる、と、数の、子‥‥? 本、当、ですか?」
 二人の会話を聞いて、レールズと雨衣の二人が、ウッカリ頭に疑問符を浮かべてしまった。
 「え?」という表情で振り返った准将とラウルの姿に、一同、焦る。
「ともあれ、御節がただでいただけるなんて、嬉しいですね! 数の子なんて、高級食材ですし!」
「美味い卵が獲れると良いな、うん」
「さあ、そろそろ始めましょう。ええ、今すぐにでも」
 初っ端から准将のプライドが崩れ去る様を見るのはあまりに忍びないので、如月・由梨(ga1805)、カララク(gb1394)、氷雨の三人は、矢継ぎ早にそう捲し立て、寸でのところで誤魔化した。みんな優しい。
「えーと。御節か〜中国の正月料理は水餃子がポピュラーなので御節みたいな綺麗なのって少ないんですよ」
 ついでに、レールズもまた空気を読み、やばいこと言っちゃった自分自身をフォローすべく、話題逸らしに必死である。
「でもキメラだなんて、ゲテモノ? (なんとなく違和感はありますが)頑張ります!」
 一部、心の声になりながらも、ファーリア・黒金(gb4059)は槍斧を取り、気合いを入れる。
「よ〜し、ビーストソウルでレッツ水中♪ いくわよ〜」
 覚悟を決めたのか、藤田あやこ(ga0204)、由梨の水中KV組が扉を開け、物凄く寒――いや、過度に涼しい外へと出て行った。


●れっつ・鮫狩り
 と、いうわけで、一同は甲板にて待機。涼しすぎて涙が出そうだ。出ても凍るけど。
 漁船の無線を操り、カララクがビーストソウル隊に通信を送る。
「漁船班よりKVへ。周辺に魚影は?」
『うるあああぁぁぁぁッッ!!!』
 聞こえてきたのは、気合い入りまくったあやこの絶叫だった。
「‥‥‥そうか。頑張れよ」
 カララクは、一言だけ返して無線機を置く。まあ、多分、このへんにサメがいるんだろうな、という事は分かった。
「釣りなんて初めてなのですが。鮫以外なら保管してお持ち帰りですね」
 リンドヴルムを纏ったファーリアが、そんなことを呟きながら、餌の魚肉をつけた竿を振り被る。
 ――が、
「手足付のチョウザメ‥泳ぐのってクロールとか――痛ーーーッッ!?」
 振り被った先で、ノホホンと海を眺めていたラウルが釣れた。
「あら? 竿が‥‥振れません! おかしいですね! 出力が足りないのでしょうか!?」
「いたいイタイ痛いファーリアーーーッ!! かかってるのソレ僕だからーーーーッ!!」
「待て! 気付け! 出力を上げるなーー!!」
 AU−KVフルパワーで竿を振らんとするファーリアに、必死の抵抗を試みるラウル。このままでは、餌として極寒の海に投げられるか、彼女に保管されてテイクアウトされちゃう可能性があるから大変だ。
 気付いた准将が慌てて止めに入り、なんとか事無きを得た。
 早くも、大惨事のニオイがプンプンである。


 一方、その頃。
 水中では、あやこと由梨のビーストソウルが、張られた網の手前で魚群相手に戦闘を開始していた。  
 陽光が射していないせいもあり、海の中は冷たく、暗い。
「水中KVのレーダー‥‥魚群くらいなら探知できるのですね」
 努めて冷静に、由梨は言った。
 そう、キメラ程度の魚群ならば、ビーストソウルのレーダーでも発見することはできる。できるのだが――
「いっそ、レーダーだけで見ていたい‥‥」
 暗い海から網を目指し、続々と姿を現した鮫キメラの群れ。、前衛は全員、スネ毛もっさりな雄鮫軍団で固められていた。海が暗くて、本当に良かった。
『うるあああぁぁぁぁッッ!!!』
 気合い一発、あやこ機が、ドォン、と盛大な衝突音を上げ、一頭の雄鮫と真正面からぶつかっていく。
 時代は今や、漢でなくともタイマンだ。男女平等万歳。 
『用事があるのは雌だけよ〜。妻子の命が惜くば卵を寄越せ。あれ?』
 あやこ機のレーザークローが煌き、胴を裂かれた雄鮫の鮮血、そしてスネ毛が、海中に大きく広がった。
『私と一緒に竜宮の舞を踊るかい』
 あやこが別の雄鮫と対峙し、挑発する。念の為言っておくが、竜宮城にビーストソウルは居ない。
「水中KVで乱獲――といきたかったところですが。数が多いですね。仕方ありません」
 水中用ディフェンダーを構え、生意気にも立ち向かってきた雄鮫を一刀の下に斬り捨てると、由梨は、網に気付いてUターンし始めた勘のいい奴らへと視線を向けた。
「必要な分だけ持ち帰ることにしましょう。あとは殲滅ですね」
 高級食材とはいえ、キメラはキメラ。逃がしておいて良いということもないだろう。
 凍てつくような冷たい海を、碧い機体が滑るように舞う。閃く刃が逃げ惑う鮫達を襲い、遠い海面に血の花が咲いた。


(「うわぁ‥‥」)
 その頃、海面に広がった鮮血とスネ毛を眺め、船上待機の一同は、皆、心の底から引いていた。
 うぃんうぃん、と規則正しい音を立て、網が巻き上げられていくのが待ち遠しいような、恐ろしいような、複雑な気分である。
 ――そして。

「来たぞ!」

(「うわぁ‥‥」)
 網と一緒にバタバタと引き上げられてきたソレらを見るなり、甲板は一気に陰鬱としたムードに包まれた。
 体長5mにも及ぶ、巨大なチョウザメ。生えた手足はあくまでも白く、雄の脛には誇らしげに茂る熱帯雨林。
「‥‥ただでさえ不思議な外見のチョウザメに手足って‥グロテスクです」
 網を抜け、むんっ、とヤル気満々でこっちを向いている(?)雄鮫を見て、レールズが苦笑しながらそう呟いた。風にそよぐスネ毛について言及しなかったのは、意図的か。
 と、そこでいきなり、
「おおっ!?」
 カララクの眼前を――そう、数センチ先を、ジャッ、という音とともに、アンジェリカのレーザークローが通過した。
『すみません‥‥』
 甲板にそびえ立つアンジェリカのスピーカーから、氷雨の申し訳なさそうな声が出力される。
『毛脛汚染が‥‥耐え切れませんでした』
「いや、問題ない。その気持ちは痛いほどわかる」
 レーザー脱毛でもしようとしたか、ウッカリ脚をもがれてガクガクブルブルな雄鮫を小脇に抱えたアンジェリカを相手に、カララクは、「もう何も言うな‥‥」と片手を上げた。
 というわけで、鮫の友釣りを始めた氷雨機をそのままに、残る六人は、甲板での戦闘を開始する。
 早くも網に絡まって人生を諦めた顔をしている数頭を除くと、大きなお腹を抱えてうずくまっている雌鮫が3頭、そして、彼女らを護らんと立ち塞がる雄鮫が5頭だ。
「まさか、准将も戦うんですか? それは楽しみです」
「何を言う。諸君らに戦わせて自分は高みの見物など、私の趣味ではないぞ」
 前に出たレールズに応えるように、准将のショットガンが火を噴き、続けて放たれた小銃の一撃とともに、雄鮫の鼻先を抉り、大きく吹き飛ばす。
「脚が生えてるからって‥‥陸上で魚が人間に勝るとは思うな!」
 レールズがパイルスピアを振るい、敵の脚を斬り飛ばす。剛毛タイプのスネ毛が舞い、バランスを崩して横に倒れるキメラを前に、紅蓮衝撃を発動させたレールズの全身が、紅い光に包まれた。
「こいつで‥‥沈め!」
『うけーーーーーッッ!』
 振り下ろされた槍先がキメラの脳天を貫き、断末魔の悲鳴が曇天の空に木霊する。
「‥‥うん、脚はヨイと思うケド」
 キャビアだけでなく、鮫肉や皮なんかも食材になるらしい。ラウルは、スネ毛を振り乱して向かってくる雄鮫の右目に、急所突きの一撃を叩き込んだ。
「鰹キメラの脚は食べられたって聞いたケド、食べたくないし! 食べたくないし!」
 大事なことなので、二回言った。ちなみに、彼が相手にしている鮫のスネ毛は、柔毛タイプである。
 右目に矢が刺さったまま、雌の前から動こうとしない雄鮫。「どうか妻子だけは‥‥!」とでも言いたげなその様子に、ラウルは思わず、ホロリと涙した。
『うけーーーーッ!?』
 が、いきなり全スキルを発動。速攻で雄鮫を甲板に沈めた。
「オセチの道は厳しいんだヨ。これもカズノコの為っ!」
 夫を惨殺された雌鮫が、完全に外道を見る目で彼を見上げ、慌てて逃げて行く。
「しかし、このキメラ‥‥バグアもキャb‥数の子を食うのか?」
 おっと危ない。言い直すところが余計に怪しいが、口を滑らせかけたのはカララクだ。
 何度も言うが、今獲っているのは、オセチ用の数の子である。
 彼は、准将から視線を逸らして誤魔化しながら、両手に構えた真デヴァステイター、そしてエネルギーガンの連射で、雄鮫の頭部をドンドコ吹っ飛ばしていった。
「あ、ソレソレ♪ 人類頑張れ適当に頑張れ☆」
 いつの間に海から上がったのか、チア服に着替えたあやこが、適当に練成強化やら練成弱体やら使った後、吹き荒ぶ風に凍傷寸前まで追い詰められ、退場していく。さすがに、この環境でその装備は、無理があったらしい。
「‥‥釣れませんし、こちらを何とかしましょうか」
 なんだか甲板が騒がしくなってきたので、氷雨もアンジェリカから降りてきた。
 甲板の隅にしゃがんでいる雌鮫を狙い、素早くその背後に滑り込むと、その白い脚目掛けて流し切りの一撃を叩き込む。そして、相手が振り向く隙すら与えず、両断剣を発動、殆ど銃口が触れる程の距離からショットガンを撃ち放った。
「5m‥‥さすがに巨大ですね。ですが、ここは通しません!」
 海に還ろうとでも思ったか、船の縁を目指した雌鮫を、リンドヴルムの装輪走行で回り込んだファーリアが、その身をもって受け止める。淡く輝く装甲にぶつかった鮫がお腹をかばうようにして倒れ、槍斧に貫かれて絶命した。
「さ、魚、の、き、急所、は、目と目の、間、と聞きまし、た」
 他に比べてちょっと寂しいスネ毛を揺らし、同じく脱走を試みた雄鮫の眼前に、竜の翼を発動させた雨衣が一瞬にして現れ、立ち塞がる。
「こ、れで、終わり、です」
 至近距離から振り下ろされた二本の斧が、雄鮫の目と目の間――つまり脳天に直撃し、頭蓋を粉砕した。
『うけーーーーッ!!』
 鮫達の最後の叫びが極寒の海を震わせる。
 舞い散るスネ毛が烈風に攫われて、遥か彼方へと飛び去った――。


●嘘はいけません
「馬鹿者ーーーーッッ!!」
 お昼の魚市場。雨衣とファーリアのAU−KVが忙しく鮫を運んでいるその横で、あやこは、いきなり准将に叱られていた。
「私に適当な事を吹き込むのは大目に見よう! だが、食物を粗末にしてどうする!」
「すみません〜‥‥」
 事の顛末は、こうである。
 皆が本物の数の子を入手すべく動いている間、あやこは、オセチやら重箱やらの解説を話して聞かせていたのだが。

 『チョウザメの卵がキャビアで乾燥させたら数の子です。わかります?』

 調子に乗ってこんな事まで吹き込んでしまったため、鵜呑みにした准将がキャビアを日干しにしようとし、魚市場の人達に物凄く驚かれてしまったのである。
 無論、その際に、キャビアが数の子ではないらしいことも、バレた。
「御節をお召し上がりになる時に気付かれるかと思いまして‥‥」
 由梨が、バツの悪そうな顔で准将を見上げ、肩を落とす。
「‥‥いや、済まない。どうやら、私に気を遣わせてしまったようだ」
 准将は平静を装い、コホン、とひとつ咳をした。内心は恐らく、穴があったら入りたいYO! 状態だろう。
「まぁ‥‥数の子よりも高級食材に化けたんですし、食堂も文句は無いでしょう」
「キャビアも数の子も筋子も産地じゃ黒・白・赤イクラ。更に偽キャビア材料は鰊魚卵だとか。大した違いではないですよ」
 さすがに可哀想になったレールズと氷雨が、なんとか准将を励まそうとフォローを入れる。
 すると、雨衣とファーリアが大きなトロ箱を引き摺り、市場の中を戻ってきた。
「え、海老、とか、色々、あり、ました」
「大漁ですよ、准将」
 捌いた鮫肉、キャビアの一部を小分けにし、皆が市場中から集めてきた沢山の海産物。
 食材がどっさり積まれたトロ箱の隅には、黄色く輝く本物の数の子の姿があった。
「食材は多いほうがいいだろう。本物も交換で手に入ったしな」
 准将の肩を、カララクがポン、と軽く叩く。
「‥‥うむ。そうだな」
 堅物で通っているブラット准将。笑いこそしないが、黄色い数の子を感慨深げに眺め、頷いた。
「諸君、今回は、私に落ち度があったにも関わらず、よく働いてくれた。‥‥礼を言おう」
「ムール貝はないの? でも、いいのよ〜皆が楽しめたら。ねー准将☆」
「キャビアはキャビアなのかー‥‥うん、でも、美味しかったらそれでいいよネ!」

 調子の良いあやこが、トロ箱を覗き込んでにこやかに笑っていた。
 パンと半熟玉子持参のラウルが、早速キャビアに手を伸ばして食事の用意をしていた。

 遠い日の記憶が、ブラットの脳裏に、ふっと甦る。
 二度と戻らない、遠い、遠い、温かな日々の記憶。

 もし、あの子が今、生きて、無事に成長していたら――と。

 そんな事を考えて――ブラットは、ただ静かに、目の前の傭兵達を見つめていた。