●リプレイ本文
(「くっそ、まんまと出し抜かれて‥‥不甲斐ないったらないぜ」)
鈍名 レイジ(
ga8428)は奥歯を噛み締め、土を強く蹴りながら校門を抜けた。
雪の中、空と陸で繰り広げられた戦い。もう少し早く陽動の可能性に気付いていればと、後悔の念が頭を過る。
だが今は、悔やむより先に目の前の敵を打ち倒す――彼は、メインストリートを東へとひた走った。
「このままでは‥絶対に終わらせませんから‥‥!」
フェンス越しの校庭に見える、限界まで破壊されたアンジェリカ。敵指揮官の笑い声が、耳から消えない。
怒りに頬を朱に染めて、赤宮 リア(
ga9958)は、無意識に腰の護り刀に片手を触れ、握り締めた。
烏谷・小町(
gb0765)がそれを見て、落ち着かせるように声を掛ける。
「KV戦から生身に連戦になるたぁねぇ‥‥錬力は大丈夫やろか?」
「――あ‥ハイっ。それほど錬力が減少している感じはありませんね‥‥」
ハッと我に返って答えたリアに、小町は少し笑って頷いた。「空も陸も、覚醒時間は短かったもんなぁ」と、一言だけ返して。
「琳さん。宜しく、お願いします」
アグレアーブル(
ga0095)が、静かに琳 思花(gz0087)へ声をかける。
「過去の報告書を読みました。敵側には、瞬天足のような能力を持つ強化人間がいますね」
「‥‥私は、南波から聞いただけ。‥‥そうなる前の、その人なら‥‥知ってるけど」
「元々持っていた能力ではないという意味ですね。では、グラップラー型とは限りませんか」
淡々と分析するアグレアーブル。
「上月 心は、元は非能力者。どこをどう強化されてるかは、わからないね」
思花の代わりに応えたのは、ヴィンセント・南波(gz0129)だった。アグレアーブルは一つ頷き、息を整える。
「‥‥‥」
ラウル・カミーユ(
ga7242)は、ただ黙って走り続けていた。
吐く息の先に思花を見ながら、山間の廃村で会った男の顔を思い出す。大切な人が、大切に想っていただろう相手の顔を。
――殺さないといけない。感情論でどうにかできる敵ではない。
(「思花サンには‥‥戦わせたくない相手、だな」)
割り切れない想いは口にせず、心の奥底へと追い遣った。
(「宇宙人と戦ってるのに、人間同士で戦わないといけないのか‥‥」)
アーサー・L・ミスリル(
gb4072)は、今まで、生身での出撃経験がなかった。
「初めてかぁ、緊張するな」
心中を隠して苦笑した。
「ここは、白いね」
銀色の瞳が彼に向いた。黒の少女が走りながら、川辺の塀に残った雪を手で散らす。
「黒いものが好き。何にも染まらない絶対的な色が。でもここは、白い」
レディオガール(
ga5200)の言葉に、町を見る。
町中に配置された一般兵。彼らの手には、敵を打ち倒すための武器。殺すために作られた、重くて冷たい道具。
(「俺は、何が欲しいんだろう‥‥」)
町の半ばを過ぎ、傭兵達は走るのを止めた。
間に合わなかった。東端の防衛線が突破されたのだ。
メインストリートを横切り、形成された第二の防衛線――彼らは川の南北に分かれ、兵庫UPC軍とともに敵を迎え撃つ。
「今回は、よろしくお願いしますね? 南波さん。戦力として、期待してますので、本気見せて下さいね? 後、雪は、滑ります」
ピリピリと張り詰める緊張。榊 紫苑(
ga8258)は、あえて軽く、声を掛けた。
「わかってる。配置につくぞ」
南波が答える。その表情は硬く、軍人そのものだ。
「――了解しました。銃苦手なんです。あまりあてにしないで下さいね」
紫苑は、軽口を言える空気でないことを察し、再び覚醒する。南波と顔を合わせたことはあれど、ここまで真剣な彼は、見たことがなかった。
積まれた土嚢に歩み寄り、傭兵達は、目印として伝えた腕の包帯を見せながら、防衛線に加わった。
「来るぞ!」と、そう叫んだのは、誰だったか。
暗い空の下に広がる優美な温泉街に、獣の唸り声と地鳴りが響き始める。
やがて現れたのは、川の両岸を埋め尽くす白い狼の大群。そして、浅い川の中を遡上して来る大ネズミの群れであった。
『砲撃用意! ‥‥撃てぇーーッッ!!!』
固定自動擲弾銃が次々と火を噴き、南北の道路に配置された重機関銃が12.7mm弾の嵐を巻き起こす。
土嚢に立て掛けられた無数の擲弾筒は、猛スピードで消費され使い捨てられていく。
爆発と爆風、猛烈な弾丸の連射に吹き飛ばされた前列のキメラたちの死体を、その後ろの者が踏み越えて進撃してくる。一般兵の向ける対戦車ライフルの銃弾を雨のように浴び、狼とネズミの軍団は、FFの甲斐無く次々と倒れて行った。
「さすがですね。能力者ではなくとも、正規軍は頼りになります」
砲撃を掻い潜って接近してくる数体の狼を、練成強化を受けたアグレアーブルの大口径ガトリングが薙ぎ払う。銃弾が途切れる度、思花のスパークマシンが光を放った。
リアが矢を放ち、次矢を番えるその隙を埋めて、レイジのバロックが的確に狼を撃ち抜く。塊となって押し寄せる大群を、南波のシエルクラインと一般兵の射撃が止め、突出するものを紫苑が仕留めた。
「一匹来るで!」
小町の叫びに反応し、レディオガールが玩具のような矢を放つ。目をやられて絶命する狼を巻き込み、ラウルのサブマシンガンの銃弾が、その後ろを走る狼たちに容赦なく浴びせ掛けられた。
「ココより先は通行止めだヨ」
不敵に笑い、ラウルの銃口は川の中へと向けられる。その時、
「何か来る‥‥と、り?」
東の空を向いたアーサーの目が、甲高い声で鳴きながら旋回する鳶を映した。
鳶など、この辺りでは珍しくないが――。
「違う! 呼んどるんや!」
小町の視線の先で、鳶に誘われた小さな鳥たちが、一斉に飛来して空を埋め尽くす。
『撃ち落とせ!!』
重機関銃手が防衛線を越えてくる鳥たちに銃口を向け、撃ち落としにかかる。撃ち漏らした鳥たちが勢い良く地上へと襲い来て、ライフルを持つ一般兵に群がり始めた。
「‥‥片っ端からブッた斬る! これ以上好きにさせるワケにはいかねェんだ!」
倒れ込んだ一般兵になおも襲い掛かる数羽の鳥たちを、怒りを込めたレイジの剣が薙ぎ払う。
UPC軍の重機関銃とアグレアーブルのガトリング砲が唸りを上げ、上空を旋回する小さな鳥たちを次々に叩き落とす。高度を下げて攻撃の姿勢を見せるものたちは、ラウルの張った弾幕に阻まれ、銃弾を潜り抜けて高速落下してくる個体は、リアのエネルギーガン、レディオガールの矢、紫苑の瑠璃瓶、思花のスパークマシンに仕留められて絶命していった。
「ついてこい。俺が相手してやるから」
地上に到達した鳥たちを、アーサーが引きつけては二刀のもとに斬り捨てる。一般兵を狙う個体には、瞬天足で接近した南波の爪、そして小町の大剣が勢い良く襲い掛かった。
ギャアギャアと喚き続ける鳥の群れ。それでも、武器を持つ手が震えるほどの数を落とすと、次第に撤退の姿勢を見せ始める。
「防衛線が‥‥限界です!」
防衛線を抜けようとする狼たち、そして大ネズミたちを見て、リアが悲鳴のような声を上げた。
獣たちは戦力の8割を失い、数を減らしている。このまま防衛線を維持するか、散開して各個撃破に移るか。選択を迫られていた。
『各分隊、防衛線を捨てて散開せよ!』
決断は、UPC軍が先だった。土嚢を越えてきた狼たちの向こうに、少数ながらこちらへと向かってくる虫人を見たのだ。
南西、細い路地を突進してくる虫人を、レイジのコンユンクシオが迎え撃つ。
斬れ飛んだ右腕を諦め、左の鎌を振り上げた敵に、リアの放ったアルファルの一撃が突き刺さった。
「もうこれ以上は‥‥今回こそは‥‥!」
険しい表情で呟き、リアは弓弦を引く。レイジの剣が虫人の心臓を一突きにし、その足元に現れた大ネズミもまた、リアに射抜かれて地面に伏した。
「強化人間か。一般兵の格好して紛れ込むってのもありそうで怖いぜ」
「一般兵‥‥ですか?」
剣についた青緑色の血を振い落して言ったレイジに、リアは、少し驚いたように眉をひそめる。
「捕獲に研究ってのはな‥‥少しだけ同情するぜ」
剣を手に歩き始めるレイジ。
リアは、黙って目を伏せ、その後を追った。
北東、ラウルとアーサーの二人は、虫人と狼――それも、炎を吐く白狼と対峙していた。
ラウルのシエルクラインが走り回る狼の脚を狙い、アーサーがその側面に滑り込んで流し斬りを叩き込む。さらに、強弾撃の威力を乗せたスコーピオンの銃弾がその鼻面を吹き飛ばした。
倒れる寸前に吐き出された炎弾が、至近距離からアーサーの肩口を焼く。同時に背後から振り下ろされた虫人の鎌に背中を裂かれ、彼は苦痛の中で大きく跳び退いた。
「こんな所で、しんでたまるか‥‥!」
今度はラウルに襲い掛かり、鎌を振るう虫人。アーサーは、夢中で刀を振り下ろした。
流れ込んだ錬力に赤く輝き、刃が甲殻を切り開く。ラウルのスコーピオンが虫人の頭を吹っ飛ばしたのは、ほぼ同時であった。
◆◇
「‥‥え?」
北西。メインストリートの裏手の道。
小町の腹に、穴が開いた。
小さな炎弾を吐く子ネズミ達の群れを一掃し、レディオガールはもちろん、小町も当然傷を負っていた。
けれど、こんなに痛いはずがない。
「上!」
レディオガールが影撃ちを発動し、すぐ隣の旅館の窓――二階の窓に向けて、矢を放つ。銃声がして、レディオガールの右腿から血が溢れた。
顔を上げた小町の目に、一瞬だけ、窓から屋内へと引っ込む茶色い髪の男が映る。
「来よった‥‥!」
照明銃を打ち上げ、小町は走り出した。
「自分はパスです。そこまで手が回りません」
南東。空に輝いた照明弾の光を目にして、紫苑はキッパリとそう言った。
一般兵の撃ったロケットランチャーが着弾し、狼が悲鳴を上げて地面に転がる。紫苑の天照が振り下ろされ、狼の悲鳴が更に悲痛に響き渡った。
「本当に行かないんだな?」
「今の敵排除で、限界だと思うので」
問う南波に、紫苑は揺るぎない口調で答え、頷く。
南波はそれを見て、「了解だ。俺も残る」と、再び目の前のキメラを掃討することに意識を集中させた。
「数、多いな? さすがに、うざい物は、手早く排除する」
紫苑の発動した両断剣が、唸りを上げる狼を真っ二つに切り裂いた。
『こちら2班。目標を見失った』
レディオガールからの無線通信が入ったのは、照明弾が上がって数分後のことだった。
アグレアーブルと思花が一般兵の手を借り、ようやく狼の群れを沈黙させた頃のことである。
「この状況で‥‥?」
アグレアーブルが、ポツリと呟いた。
周囲には、重火器を装備した一般兵が行き来している。そう簡単に逃げられるものだろうか。
「有難う御座います。お気をつけて」
一般兵たちに礼を言い、アグレアーブルと思花は、顔を見合わせる。
だが、次の瞬間に無線機から響いた声に、彼女らの思考は中断されることになる。
『狙撃された! 最初の位置のすぐ西側だ!』
レイジの声だった。
◆◇
レイジとリアは、それぞれ傷を負っていた。
2班の元へ向かう途中、どこからか狙撃を受けてしまったのだ。
だが、2班とは決定的に違う状況でもある。
「貴方はあの時の‥‥今度こそ逃がしはしませんよっ!」
そう、彼らは、目標と対峙していた。兵庫バグア軍副官の弟、上月 心と。
「お断りします。能力者と正面から戦う気はないですから」
UPC軍の軍服に身を包んだ心は、苦笑すら浮かべてリアを見返す。
レイジは、2班が敵を見失った事から、周辺の一般兵の中に敵が混じっていると、ほぼ確信していた。
それから探し当てたのだ。スナイパーライフルを持つ、単独行動の兵士を。
やがて、小町とレディオガール、そしてラウルとアーサーが、心の向こうから挟撃するように駆けつけて来た。
「また会ったネ――今度は逃がさないヨ」
まだ、思花は来ていない。ラウルは、一瞬そんなことを考えながら、小銃を握る。
「男性に言われても、嬉しくありませんね」
「ふざけんじゃねぇ!」
レイジが吼え、胴を狙った横凪ぎの一撃を放つが、心は、瞬時に数十メートル程を真横に移動し、それをかわす。同時に撃ち出された『何か』が、レイジの左足とリアの左腕に穴を穿った。
だが、移動した後の一瞬を狙っていたラウルの銃が、持てるスキル全てを込めて、銃弾を吐き出す。
「――っ」
肩に銃弾を受け、心が怯んだその隙を逃さず、レディオガールとアーサーが敵の左右に回り込む。
「あ‥‥」
その時、目だけを動かして左側を見た心が、ふと動きを止め、何かを言おうと口を動かした――ように見えた。
しかし、次の瞬間には、背後から突き出された小町の大剣が、その体を一気に刺し貫いていた。
「目を!!」
リアが飛び出し、叫ぶ。
叫んでしまってから、もっと気の利いた――仲間にしか分からないような合図を打ち合わせておくべきだったと後悔したが、もう後には引けない。
それは、まるでスローモーションのようだった。
感付いた敵が重心を移動したのが見えても、迷わず、頭の後ろへ閃光手榴弾を放り投げ、目を閉じる。
仲間たちもまた、近い者は瞼を閉じ、遠い者は爆心から顔を逸らした。
圧倒的な光量と炸裂音が、周囲を支配する。
瞼の向こうに感じる光が収束して行く気配を感じ、リアは目を開けてレイピアを突き出した。
手応えのないレイピア。その切先の向こうには、大剣を手に呆然と立っている小町の姿があった。
逃げられたのだ。
「‥‥そんな‥‥!」
レイピアを握り、唇を噛み締めるリア。
周囲を警戒して見回す他の者たちも、同様に、心の姿を捉える事が出来なかった。
「‥‥南波。目標捕獲失敗。‥‥引き続き、捜索とともにキメラの殲滅を行います」
「思花サン‥‥」
心がいた場所から見て、左側の路地。そこに、無線機を手にした思花とアグレアーブルの姿を見つけて、ラウルがその一方の名を口にする。
「仕方ありませんよ。相手は深手を負ってますし、とにかくキメラを片付けながら、また捜しましょう」
アーサーがリアの肩を叩き、皆に声を掛けた。キメラが残っている以上、無視するわけにもいかない。
だが――、
「‥‥なあ、思花」
不意に、大剣を構えたままの小町が、思花を呼んだ。
そして、皆の視線が向いたその先で、彼女は、血に塗れた刃を見つめ、不思議そうにこう言った。
「強化人間の血って――こんな色なん?」
「えっ‥‥?」
小町は、呆然と見ていた。
青緑色に染まった、自分の愛剣を。
◆◇
城崎温泉郷防衛戦における傭兵・UPC軍の働きはめざましく、作戦開始より3時間14分経過時点で、町内に残存するキメラ部隊の全滅を確認。
兵庫バグア軍によるUPC豊岡基地・城崎温泉郷襲撃作戦については、兵庫UPC軍が完全に此れを退ける結果となり、豊岡防衛は成功に終わった。