タイトル:【VL】死線に揺れる籠マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/03 03:53

●オープニング本文


 『Vie de letoile』。
 北米でその名を知っている者は、まだそう多くはないだろう。
 それは、主に欧州を拠点に活動している慈善団体の名称。
 各地で孤児院を運営するその団体は、フランス語で『星の命』を意味するその言葉を組織名として名乗り、戦災孤児を中心に積極的な救済活動を行っているのだという。
 
 『Vie de letoile デトロイト支部』が設立されたのは、ほんの数か月前のことだった。
 北米進出の足がかりとして、彼らは、治安状況から見ても孤児が多く、それでいて活動に支障の出ないよう、ある程度の都市機構を備えたデトロイトを選んだ。
 設立した孤児院に多くの子どもたちを受け入れ、自立した生活が送れるようになるまで献身的に世話をする――その理念と方針は、デトロイトの住民達に賞賛をもって迎えられた。

 ――そう。『住民達』には。

 UPC北中央軍は、『Vie de letoile デトロイト支部』の設立直後から、密かにその内情を捜査していた。
 この組織が恐らく隠しているであろう、『裏の顔』を。


 『Vie de letoile デトロイト支部』の担当監査官が最初に疑念を抱いたのは、その孤児院に保護された子どもたちがエミタ適性検査を受けた時のことであった。
 その時受けた報告では、一人の子どもが『適性有り』の診断を受けたはずである。
 だが、その後しばらく経っても、その子どもがエミタの移植手術を受ける様子はなかった。孤児院に状況を確認すると、「本人が手術を受けたがらない」「体調が悪い」などの返事が返ってくるのみ。
 そしてその後、もう一人の子どもが適性検査にパスすると、今度は「家出をして行方不明」と報告するなど、不審な点が多々あった。
 そんな折、欧州より、不穏な噂がUPC北中央軍へともたらされた。

 ――『Vie de letoile』は、人間の子どもを素体に、キメラを生成している――

 欧州では傭兵を雇い、組織の全貌を探らせているのだという。
 それ以降、UPC中央軍中将 ヴェレッタ・オリムは、自身が所長を務めるUPCキメラ研究所の所員を動員し、この組織の内部を探らせていた。
 そしてつい先日――重大な情報を手にしたのだった。


    ◆◇
「任務の内容を説明する」
 作戦会議室に傭兵達を集め、オリムは声を張り上げた。
「デトロイト郊外に、オフィスビルに偽装された『Vie de letoile』の地下研究施設が存在する。ここで、子どもを素体としたキメラの生成、及び新技術の研究が行われているという事は、ほぼ確定情報だ」
 正面のモニターに、4階建の小さなビルが映し出される。何も言われなければ、単なる中小企業のオフィスにしか見えない。
「我々が掴んだ情報によれば、『Vie de letoile』は、こちらの監視に気付いたようだ。間もなくこの施設と孤児院は閉鎖され、組織は北米より撤退する。それに合わせて計画されているのが――生成したキメラを一斉に放つ事による暴動。それも、フィレンツェとデトロイト、二都市での同時テロだ」
 ざわり、と、一瞬だけ僅かにざわめく傭兵達。
 オリムは表情一つ変えずに、説明を続ける。
「現在、この地下研究施設では、キメラ生成データの持ち出し作業と並行し、組織構成員が引き揚げた後に実行されるテロの準備が進められているはずだ。恐らく、一両日中には撤収するつもりだろう。フィレンツェの方も、既に欧州へ警告を送ってある」
 オリムはそこで言葉を切り、横に控えていた三人の人物を手で指した。東洋人らしき背の低い女と、赤毛の男、そして、長い金髪が特徴的な細身の女である。
「諸君らの任務は、奴らの撤収が完了する前に地下研究所を制圧し、キメラを殲滅してテロを未然に阻止することだ。この三人は、諸君らに同行し、キメラ生成に関するデータを回収するための人員。彼らの護衛も任務のうちだと思え」
 三人を再び下がらせ、オリムは、沈黙する傭兵達を見渡した。
「万が一、キメラが建物外へ流出した場合は、決して取り逃がすな。住民に被害を出すことだけは許さん。以上だ」
 傭兵達が了解したのを見て取ると、オリムは、彼らに早急な出発を促し、立ち上がった。
 それから一拍置いて、思い出したように、言う。
「孤児院に残る子どもについては、こちらで受け入れ先を探す。地下研究所内で生きた子どもを発見した場合、必ず保護しろ」


    ◆◇
 一台の赤い車が、幹線道路をデトロイトへと向かっていた。
「そういえばさ、あんた、名前を聞いてなかったわよね」
 ハンドルを握ったまま、栗色の髪の女は、助手席に座る少女に名前を尋ねた。
 十歳かそこらだろうか。美しい金の髪と紅の瞳を持つその少女は、ゴシックドレスに身を包み、まるで等身大の洋人形のように見える。ただ、全ての指に嵌めた数々の指輪が、年不相応な違和感を醸し出していた。
「――コレットだよー。プリマヴェーラ」
 楽しげに笑い、少女が答える。
 運転席のプリマヴェーラは、少し先に見えるデトロイトの街に視線を遣りながら、ふぅん、と小さく頷いて見せた。
「あんたもモノ好きね。わざわざヨーロッパから北米に、キメラの檻開けに来るなんて」
「それだけじゃないよー? これ以上資料とか持ってかれたりするのいやだしー、ちょっとニンゲンにもイタイ目みせてあげたいなーとかー」
 シートの上でピョンピョンと跳ね、コレットは、運転中のプリマヴェーラの腕をペシペシと叩きながら、そう言った。
 『Vie de letoile』は欧州において、能力者の手により二カ所の施設が停止させられ、本部ビルへの侵入という屈辱すら受けたという。今回の計画は、その報復とも言えるのかもしれない。
「言っとくけど、あたしが上から命令されてんのは、あんたの入国と出国だけよ。組織のことはあたしには関係ないし、一人でやって頂戴」
「ねー、ファームライドってもう取りに行ったー?」
「それも、あんたには関係ないのよ」
 とにかくテロとか一人でやりなさい、とコレットに釘を刺し、プリマヴェーラは、さらにアクセルを踏み込んだ――。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
エルガ・グラハム(ga4953
21歳・♀・BM
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
エメラルド・イーグル(ga8650
22歳・♀・EP
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST

●リプレイ本文

「――とにかく、退路と安全確保を優先だ。既に犠牲者が出ている以上、今更生き残りの安全は考慮しない。特殊部隊の鉄則だな」
 エルガ・グラハム(ga4953)の声がする。
「どうしました?」
 胸元の十字架に触れていると、エメラルド・イーグル(ga8650)の無感情な問いが、右の耳から脳へと侵入してくる。
 夢を見た、と、藤村 瑠亥(ga3862)は短く答えた。何の夢かは‥‥訊かれなかった。

 宅配便のトラックが、プシュ、と音を立てて停車する。
 「佑幸、キース」と、金髪の研究員が、後の二人に声を掛ける。彼女の名前は、ジェニファー・ブロウ。

「‥‥」
 なつき(ga5710)の視線を感じて、空閑 ハバキ(ga5172)は顔を上げた。
「‥‥大丈夫、ですか?」
 見透かされたような気がした。
「――大丈夫。気をつけて」
 彼に抱き寄せられたなつきの顔が、より不安の色を帯びる。

 アメリー・レオナール。欧州でVie de letoileから救出された少女。
 胸を締め付けるような痛みとともに、ハバキはアメリーの顔を思い浮かべた。

「できる事はやっておかないとね」
 アズメリア・カンス(ga8233)が、今判明している情報をまとめた紙を、確認するよう全員に促した。
「運も必要でしょう。特に、今回は」
 美環 響(gb2863)が武運を祈る。
 神に、自分に、他の誰かに? 祈る相手は、誰でも良かった。今この状況を変えられる誰かなら、誰でも。

 荷台の扉が開く。
 溢れんばかりの朝日が、傭兵達の目を眩ませる。

「子供を実験材料にするたぁ許せねぇ‥‥全力でぶっ飛ばすぞ!!」 
 怒りを露わに、砕牙 九郎(ga7366)が外へと飛び出した。
 荷台と民家の屋根の向こうに見えるのは――『Vie de letoile デトロイト支部』。


    ◆◇
 朝日に輝く丘の教会で、鐘の音が鳴った。
 フィレンツェ組と打ち合わせた時間。UPC軍が用意した、始まりの鐘。

「行くぜ!!」
 先手必勝。エルガの蹴りが通用口のドアを突き破った。
 背を護って回転し、通路の奥へアサルトライフルの弾をバラ撒く。
 予想に反してシンと静まり返ったビルの中、バラバラと薬莢が落ちる音が耳についた。
「拍子抜けだな。殆ど無人、というのは真実らしい」
 通用口を跨ぐようにして立ち、内と外とを警戒する瑠亥。正面入口側の班がビル内に侵入してきた足音を聞き、「早く行け」と、仲間を急かした。
「エルガさん! 先行しては‥‥!」
 はやる気持ちがそうさせるのか、感情の昂りか。
 付いて行こうと追う響を顧みることなく、エルガは瞬速縮地を発動し、通路の奥へと消えていく。
 追い付くことを諦め、響は、探査の眼を駆使して周辺の『違和感』を探り始めた。

 通用口の左側に階段、正面に倉庫と思しき扉、右側正面にはエレベーターとトイレ、警備員室らしき部屋。そして、エルガが消えた右側の曲がり角の先は、オフィスと正面玄関があるはずだ。

 そう広い建物ではない。曲がり角を曲がれば、すぐにハバキ達他班の姿も見えるだろう。
 壁や床に空洞音は。廊下のところどころに置かれた植木は。エレベーターに何か細工は。そのどれもが怪しく思える。
 銃を構えた響が、正面の扉を開けた。
 棚、段ボール、ゴミ袋、脚立、書類――よくある、雑然としたオフィスの倉庫。透明なパーテーションで仕切られた向こう側にも、同じように積み上げられた物が見える。
「‥‥焦ります、ね」
 違和感を探して室内を見渡す響に声を掛け、なつきは、階段室に置かれた植木類や壁を、注意深く調べ始めた。


「イヤアアアァァーーーーーッッ!!!」
 正面入口を抜け、左側のオフィスに入る。女の悲鳴が、アズメリアとエメラルドの鼓膜を震わせた。
 見れば、床に散乱した書類の上で、血を流した若い女が、銃を構えたエルガと対峙している。
「地下研究所の入口はどこだ!? キメラの貯蔵庫は!」
「あっ‥‥ひ‥ししししらない! 知りませ‥‥っ」
「ならここで何してる!」
 激しく体を震わす女。ピンクのスカートと床が、じわりと濡れた。
「しっ‥仕事でっ‥‥でも、だ、誰もいなくて! ひ‥‥っ」
「隠すとためにならないわよ。本当に知らないのね?」
 アズメリアが刀の柄に手を遣り、女を覗き込む。エメラルドが探るような眼でその様子を観察していた。
 ガタガタと震え、頭を抱えて座り込むだけの女。アズメリアは、これ以上は時間の無駄、と判断し、皆を退かせた。
「‥‥ここは普通のオフィスですね」
 エメラルドが室内を見渡し、言う。アズメリア、そして三人の研究員たちとともにオフィスを捜索するが――。
「向いの部屋に行きましょう。あなたの目が頼りよ」
「はい。‥‥鷹の目はなにものをも見逃しはしません」


 クルメタルP−38が火を噴き、監視カメラを破壊する。これで幾つ目か。
 チーン、と場違いな音がして、九郎の側面でエレベーターの扉が開いた。
「ハバキさん、何かおかしいところは?」
「‥‥全階止まってみたけど」
 首を横に振るハバキ。壊したエレベーター内の監視カメラがきちんと沈黙しているのを確認して、廊下に出る。
 右手にはガラス窓の警備員室。中に怪しい機材やボタンの類は見えず、各階の映像が順番に映し出されるモニターがある程度だ。
「あ、瑠亥と警備員」
 パッ、と画面が変わり、屋上かどこかに設置されたカメラの映像が映し出される。
 通用口の側に、血を流して失神している警備員と、傍らに立つ瑠亥の姿が確認できた。
『A〜C班。こちら瑠亥。警備員が何か知っていたようだ。‥‥気絶されたがな』
 淡々、と瑠亥が言う。
「警備員‥‥。了解だってばよ」
 九郎とハバキが顔を見合わせ、警備員室に入る。狭い室内を漁るが、出てくるのは警備マニュアルや鍵の束、あとは菓子類ばかりだ。
 突入から、既に10分。気だけが焦る。
「――この映像」
 不意に声を掛けられて振り返ると、そこにはエメラルド――A班が立っていた。
 エメラルドが、次々に切り替わる映像を見ながら、ある部分でモニターを指し示す。一階のカメラはかなり破壊されている為、砂嵐がしばらく続いた。
 どこかの倉庫の様子が映し出され、探索中の響の姿が見える。そしてまた砂嵐。
「これは一階ね。何かおかしいかしら」
 アズメリアの視線の先で、再び、倉庫に立つ響が別の角度から映し出された。
 そこから砂嵐。
 そしてまた――倉庫。

 ――そう、
 ただの倉庫に、監視カメラは三つも要らない。


    ◆◇
 階段を下りると、消毒液の臭いが鼻をついた。
 一本の、二人が余裕をもって擦れ違える程度の通路の両側に、いくつかの扉が並ぶ。
 階段を下りて左側に二つ、右側には、六つの扉が見えた。
「‥‥静かすぎるな。上の音は聞こえてないのか?」
 上階と同じく、シン、と静まり返った地下研究所。エルガは、今下りてきた階段を護りながら、訝しげに呟く。

 幾つもの棚と段ボールで迷宮と化した倉庫の奥で、響が赤外線センサーを発見した。
 その先にあった書類棚が、電子ロックの稼働式になっていた。ロックを外したのは、同行研究員。

 アズメリア、エメラルド、そして研究員たちが武器を手に、左側の二室にそれぞれ向かう。
「そんじゃ、派手に暴れてやるかぁ?」
「同感ですね!」
 九郎と響が銃口を上げ、ハバキとともに通路を駆け出した。
 電光石火の勢いで、右側の扉にそれぞれ飛び付き、それを盾にして一気に開ける。
「やっぱりいた!」
 開け放たれた三つの部屋から、いくつもの銃弾が吐き出された。
 扉の陰からショットガンを向けたハバキが、壁際の敵研究員の胸を撃ち抜く。敵の銃撃を掻い潜り、デスクの陰に隠れたもう一人に機械剣を振り下ろすと、最後の一人には散弾を浴びせ掛けた。
「あっちじゃないわ! ここは!?」
「ここも違いますか?」
 研究員を連れたA班が戻ってきて、銃声溢れる三室を注意深く覗き込む。
「ここは私がやる!」
「了解。キースと私は奥へ!」
 佑幸、という名の研究員が、エメラルドの護衛のもと、響がいる部屋へと侵入してきた。銃撃戦の中、中央の端末に取り付いて、データを抜き出しにかかる。
「私はキメラを探します!」 
 室内の敵研究員を始末した響が、再び通路へと飛び出して行った。
「逃げられると思うな!」
 通路へ逃げ出し、階段へ向かった敵研究員の腹を、エルガのアサルトライフルの弾が抉る。
「そっちの部屋! データ回収は頼んますってばよ!」
「う、うわあああ!?」
 九郎の援護を受け、アズメリアと研究員二人が一番奥の大きな部屋に入るなり、誰かの悲鳴が響き渡った。先程の端末データは自動吸い出しにし、佑幸とエメラルドもまた、三人を追ってその部屋へ入って行く。
「データの処分もテロも、そう上手くいくとは思わない事ね」
 実験室と研究室を兼ねたような――広いその室内で、エメラルドのギュイターとアズメリアの月詠が、一方的に敵を傷付け、その息の根を止めていった。

 地下研究所は次第に静けさを取り戻し、研究員たちが、手際良くメインコンピュータからデータを取り出していく。
 エルガは階段に、九郎とハバキ、響の三人が、警戒を解かぬままに通路を進む。残す扉は、あと一つ。

 その時。


   あたしの好きな 赤い籠♪
   ゆらゆら揺れて どこにいく♪

「「‥‥‥」」
 いつの間に現れたのだろう。
 最後の扉の前に、金髪に青い目の少女が座っていた。
 籐の籠を胸に抱えて、微笑みながら歌っている。
 そう、まるで――気が触れた者のように。

   何にも知らない 無知な鳥♪
   籠に揺られて  どこいくの♪

「だ、大丈夫‥‥?」
 ハバキは、警戒の色を濃くしながら、チラリと横手の部屋を見る。
 顔を出したエメラルドが、厳しい目でゴシックドレスの少女を見つめていた。

   あたしの好きな 赤い色♪
   赤い小鳥は 籠の中――

「名前は言えるか?」
 無難な質問をしながら、武器を手に恐る恐る片手を伸ばす九郎。
「コレット」
 ふっ、と――少女が立ち上がって顔を上げた。籠の中にあった手に握られているのは、電話の子機。
「コレット・レオナール」
「――え‥‥?」
 その名を聞いて、ハバキは一瞬、動きを止めた。
(「レオ、ナール‥‥?」)
「敵だ!!!」
 触れた手に赤い光を見て、九郎が身を翻す。その腹に、ナイフが二本、突き立っていた。
「キメラ――いや、強化人間ですか!?」
「もしもしー。そっちはどうー?」
 片手に子機を持ち、 響の二連射を易々とかわしながら、スピーカーホンで誰かと通話を始めるコレット。膝をついた九郎の頭上をナイフが飛び、響の肩と腰に深々と突き刺さって骨を砕く。
『多少邪魔が入っているようだが、動くのに支障はないな』
 子機から響くのは、男の声。
 レイ・エンチャントを発動したハバキの機械剣が、ひょい、と身を屈めたコレットの頭の上を通過し、続けて放たれた散弾も、踊るようなステップに翻弄されて壁に穴を穿った。
「こっちもねー。ちょーうざー」
『‥‥そっちこそ、処理はどうなったんだ?』
 吐いて捨てるようなコレットの口調に、男は僅かに沈黙してから、問う。
「えー。大事なものは持ったしー。皆死んじゃったしー。もーいいかなー」
 片手に握ったナイフを振るい、ハバキの機械剣を紙一重で避けながら、コレットが踏み込んだ。
 熱い痛みがハバキの上腹部を襲い、一瞬後には、背中を大きく裂かれて呻きを上げる。
『‥‥そうか。では、そろそろ動くとするか』
「ふーん。じゃあ、いくよー。いーち、にー‥‥」
 血を吐きながらも立ち上がり、流し斬りを発動させた九郎の光の剣が、コレットの左腕を薙いだ。
 二の腕を深く灼き裂かれ、コレットは、忌々しげに九郎を見る。
 少女の、十の指に嵌められた指輪が、パチパチと音を立てて七色の放電を始めた。
 ――そして。

「「さん」」
 
 カチ、と何かを押す音。続いて、重い何かが動く音が響く。

 収束し、増幅した虹色の電撃が、九郎を襲った。


    ◆◇
「‥‥動きがない、か」
 正面入口に陣取った瑠亥は、ビルの中と外とを交互に見つつ、ぽつりと呟いた。
 地下には無線が通じないらしく、ここからでは、中の様子が全くわからない。
『‥‥どうです、か?』
 なつきの声。
 屋上を見上げると、双眼鏡片手に周辺を索敵している彼女の姿があった。
「わからん。上手くいっているとも取れるが」
『‥‥地下の様子が分からないというのが‥‥何とも――!』
 不安気だったなつきが、何かに反応して言葉を呑み込む。
『‥‥子供?』
「子供だと‥‥?」
『隣のビルの駐車場‥‥マンホールから、金髪の――あっ』
 嫌な予感がして、瑠亥が走り出した時、屋上のなつきがアサルトライフルを発射した。
『キメラです。足止めします』
「了解した。殲滅する」
 瞬天足を発動し、瑠亥が隣のビルの敷地へと侵入する。
 頭上で鳴り響く銃声。
「‥‥これが、例のキメラか」
 目が落ち窪み、肌は爛れ、鋭い牙に口を埋め尽くされた子供が、瑠亥に向く。
 瑠亥は無言のまま、二刀を構えた。


「‥‥なっちゃん」
 ポケットから転げ落ちたお守りを、ハバキは床の上で握り締めた。
 体が、どうしようもなく寒い。
 周囲に転がる、異形と化した子供たちの死体。
 彼らは、強かった。そう――十分に傷ついた彼らを、倒せる程度には。
「だい、じょうぶ‥‥だってばよ。外の二人、仕留めて‥‥くれる」
 開いた扉の向こうには、下水道に通じる通路。
 全身に火傷を負った九郎が、朦朧とそう口にした。
「そうです‥‥よ。ほら、もう、終わります‥‥」
 せめてもの微笑みを、死にゆく子供達に向けて。
 獣のように吠えるそれに止めを刺して、響は崩れ落ちた。
 部屋に侵入してきたキメラ達を一掃したアズメリア、エメラルドが、悲痛な声を上げて三人に駆け寄った。
 階段へと向かった、最後の異形。
 エルガの衝撃波がその組織を吹き飛ばし、次の瞬間には、キメラの炎弾が彼女を襲う。
 傷を負ったエルガが吼え、銃弾の嵐がキメラを屠る。
 
 研究所は、静かになった。


 ――神様。

 ハバキは目を閉じて、祈った。
 お守りを握る。
 寒くて、眠い。

 ――アメリーを、護ってください。

 祈る相手は、誰でも良かった。


    ◆◇
 想定よりもやや時間を要したが、『Vie de letoile デトロイト支部』は、傭兵達の手によって無事制圧された。
 キメラ生成データの回収率は、予想の60%。まずまずの結果であった。
 空閑 ハバキ、砕牙 九郎、美環 響の三人は、一時危篤状態に陥るも、一命を取り留めた。
 その後、フィレンツェからもたらされた情報により、彼らが遭遇した敵は、『コレット・レオナール』という名の少女をヨリシロとしたバグアであることが判明する。
 コレットが逃走を容易にするため脱ぎ捨てたと思われるゴシックドレスは、欧州のUPC本部へと送られ、彼女の消息については、更なる調査が行われることとなった――。