●リプレイ本文
この世界にバグアという脅威が現れてから、人類はひとつではなくなった。
親バグア派、強化人間、そしてキメラ化された人間。
では、この青く美しい星にバグアさえ存在しなければ、人類は永遠にひとつでいられたのだろうか。
うっすらと白み始めた空を眺め、藤宮紅緒(
ga5157)はゆっくりと、その両手を開いた。
異形の者、人の姿をした者、そして人間――いつの間にか染み付いた血の臭いは、彼女を惑わせた。
「傭兵さんはせっせとお仕事、明日のご飯ために〜♪ あら」
基地を包む朝の空気に、陽気な歌声が響く。狐月 銀子(
gb2552)が、紅緒に気付いて肩を叩いた。
「楽しい旅行じゃないけど、よろしく頼むわね♪」
「あ‥‥はい‥‥」
小さく音楽のようなものを聞いて振り向くと、ヘッドフォンで耳を覆い、ゆっくり歩いてくる平坂 桃香(
ga1831)の姿があった。
「おはよーさーんっ♪」
「お、っとと‥‥いい朝ですねぇ」
桃香の背中に、烏谷・小町(
gb0765)が飛び付く。
「いやー、なんで兵庫での仕事は女が多いんやろ? 前から思っててんけど」
「俺の人徳」
「そういえば女性が多いですね。俺達の腕の見せ所ですか」
ヴィンセント・南波(gz0129)の戯言を完スルーして、小町とソード(
ga6675)の会話は進む。
「“鬼の居ぬ間に何とやら”‥‥確かに、この好機を逃す手は無いな」
「まぁね。ファームライドがいるといないでは、全然違うし」
煉条トヲイ(
ga0236)の独り言に、すかさず言葉を返す南波。
「――ビッグフィッシュといえば」
朝の風に髪をなびかせ、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が振り返った。
「秋の作戦で一機は潰したですが、他ルートで居やがったんですね」
昨年秋、兵庫県北部の海上に現れた大規模な敵輸送部隊。桃香、小町、シーヴ、紅緒、赤宮 リア(
ga9958)の五人は、その迎撃作戦にも参加していた。
「うん。あの時揚陸してきたのだと思うけど。増えてたらやだねー」
「それに‥‥基地の偵察となれば、あの三日月HWが現れるかもしれませんね」
南波の顔を見上げ、リアが厳しい口調で言う。
「三日月HW?」
「兵庫バグア軍の副官機みたいですねぇ。三日月エンブレムの」
何のことかと問うソードに、ヘッドフォンを外した桃香が答えた。
「わざわざ他機と区別し易くしてくれるとはな」
「自己顕示欲が強いんじゃねぇですか」
口端を僅かに上げてトヲイが呟くと、隣で聞いていたシーヴが短く返す。
「思花さんの腎臓の仇‥‥!」
友人を傷付け、重傷を負わせた相手を思い出し、空を睨むリア。
「‥‥リアって友達想いだよね」
「えっ‥‥」
不意にそんな事を言われて、リアは振り返る。
言葉の主は、軍服の袖のボタンなど留め直しながら、少しだけ彼女のほうに目を遣った。
「‥‥もし、あの時撃墜されたのが友達じゃなくて自分だったとしたら、そんなに怒ってた?」
「自分だったら‥‥ですか?」
愛機が傷付けられれば怒りも感じるが――南波が何を問いたいのか、理解しかねてリアは眉を顰める。
「どないしたん、急に?」
「いや。ちょっと訊いてみただけ」
首を傾げる小町に、南波は普段通り笑って答えた。
紅緒は、薄暗い基地に皆の姿を眺め、広げていた手を、再び握る。
「‥少しだけでも、この任務で何かが進みますように‥‥」
澄みきった朝の空気をその胸に吸い込んで、紅緒は、一歩踏み出した。
暁に染まる空を背に、九機のKVが日本海沿岸を進む。
TWの対空砲を警戒し、十分な高度をとりながら山沿いに海岸線をなぞって行った。
そして市と町の境を越えようとした時、後方を飛んでいたシーヴの岩龍が、レーダー上に敵機を捉えた。
「HWですね‥‥偵察機でしょうか」
「恐らくはな。相手にするな」
視界の中で大きくなるHWを見据え、ソードとトヲイがそう言い交わす。
彼らの言葉通り、二機のHWはこちらに気付くなり、全速力で西へと飛び去って行ってしまった。念の為、紅緒のワイバーンがIRSTを駆使し、周囲を探る。
「基地では盛大に歓迎パーティーされちゃいますよーたぶん」
あはは、と笑いながら、桃香はシートに身を沈めた。やや緊張した小町の声が、コックピットに響く。
「南波大尉、戦闘は自衛ぐらいに留めといてな。誰かさんが墜としに来そうやけど」
「ああ‥‥俺もそうだけど、シーヴと銀子も気をつけて。撮影班から墜とされるかも」
「ビッグフィッシュ浮上! タートルワーム確認! 基地の類は見当たりません!」
全機に向け、リアが高い声で警鐘を鳴らした。
佐津、と呼ばれる地区――入り江状の海に身を沈めた鯨が、ゆっくりと海上へ浮上する。ワーム発進口から吐き出される飛行キメラの群れが眼下を覆い尽くし、四機の小型HWがその間を縫って接近して来るのが見えた。
「ここはビッグフィッシュだけ? まあ、少しは調べてみないと、ね」
銀子のシュテルンは、シーヴ機、南波機と共にゆっくりと旋回して町全体を撮影しつつ、降下のタイミングを計る。
「基地まで温存も必要ですが、この数は困りますね」
「まあ、とりあえず突破口を」
ソード機、桃香機がK−02ホーミングミサイルを発射したのは、同時だった。
二機のコンテナから解き放たれた計1000発もの小型ミサイルが、大量の白煙を散らしながら雨のように降り注ぐ。
煤けたHW二機が爆煙の中を抜け出してこちらへ迫るも、桃香のソードウイング、ソードのエニセイの一撃をそれぞれ受けて弾き飛ばされる。
そして煙が流され、視界が開けると同時、九機は入り江に向かって一気に降下を開始した。キメラの間を強引に抜け、追い縋るHWにトヲイ機が螺旋ミサイルを叩き込み、小町のスラスターライフルが止めを刺す。
十分に減速した撮影班が全長500m程のビッグフィッシュの周りをぐるりと旋回し、その様子をカメラに収めた。
「ん? ‥アレは何?」
砂浜から対空砲を打ち上げる三機のTWに、直衛班のリア機と小町機、そして別方向から紅緒機がロケット弾を打ち下ろし、牽制する。その隙に何かを発見したシーヴ機が町の方へと向かい、後の者たちもそれを追った。
「研究施設‥‥か何かかしら?」
浜からすぐの小学校。先程シーヴが見つけたのは、その校庭に建てられた大きな白い建造物であった。再び速度と高度をギリギリまで落とし、銀子機もそれを撮影し始める。
その建物には窓がなく、幾つかの出入口や搬入口のようなものは見つけられたものの、全て閉まっていて中の様子はわからない。
「そろそろやな。護衛班は退路の確保頼んだで!」
もう少し調べておきたいところだが、これ以上は基地の方の偵察に支障が出る恐れがあった。
HWのプロトン砲を受け止め、紅緒機、そしてリア機がレーザー砲の連射で反撃する。護衛班が敵機とキメラを押し留めている隙に、一行は再び高度を上げ、さらに西へと離脱して行くのであった。
「ここからまた山を越えたら、香住海岸――香美町の中心街があるはずなんだけど」
「お‥大きい町なら‥‥敵も多いかも」
南波の言葉を聞き、紅緒は、周囲に目を凝らして警戒を強める。佐津からここまでの道中にもHWの襲撃を受けており、油断はできない。
「どの程度の基地を作ってやがるのか‥‥そろそろ?」
シーヴが山の向こうを見据え、呟いた。
最初に目に入ったのは、香住の入江を占拠する、800m級の大型輸送艦ビッグフィッシュ。
湾を囲んで広がる香住の町は――既に単なる海辺の町ではなくなっていた。
「思った以上にデカイ、でありやがるですね」
面積の半分以上が整地され、アスファルトやコンクリートで覆われた町。一見して基地だとわかるそれを見て、シーヴが高度を下げながら、低い声で言う。それに応えたのは、作戦開始を告げるトヲイの言葉だった。
「‥‥さて、運試しの時間だ。撮影は手早く済ませ、さっさとズラかるぞ‥!」
広大な敷地に灰色の建造物や管制塔、格納庫と思われるものが建てられ、数か所にレーダーや対空砲らしきものも見える。
基地全体の完成度は50%前後といった印象だろうか。
そして、その敷地内では、大型のライフルを構えた六機のゴーレムと五機のTWが傭兵達を待ち構えていた。さらに、湾内のビッグフィッシュ、そして基地の格納庫から、大量のキメラとHW・CW群がこちらへ向かって押し寄せてくる。
「うーわー! これは大歓迎やー」
「ほら言ったじゃないですかー。盛大な歓迎パーティーが待ってるって」
「わ、笑っている場合ではありませんよっ!」
割と呑気な小町と桃香に対し、リアは少し困惑の色を混ぜながら注意を促す。
「わかってますよー。ではこちらも盛大なクラッカーを」
「プレゼントしてあげましょう!」
能力者たちを苛む頭痛。思わず霞む視界に目を細め、桃香とソードはK−02ホーミングミサイルを発射した。
キメラ、HW、CWの群れが、大空を覆い尽くさんばかりのミサイルの嵐に衝突し、炎と煙が充満する。
「ち‥地上の敵を‥撹乱します。降下しましょう‥‥!」
紅緒のワイバーンが機動力を活かし、薄らぐ爆煙の中へ突入して行く。群がるキメラやHWの攻撃を受けながらも、九機は管制塔より低い位置までその高度を下げることに成功した。
だが、マッハ以下まで速度を下げた撮影機は、ゴーレムやTWの格好の餌食となる。紅緒機、リア機、小町機がロケット弾を地上に放って撹乱するも、飛び来る敵砲の数は中々減ろうとしなかった。
護衛班が急降下してくるHWや、邪魔なCWを迎撃する。トヲイ機の剣翼が唸り、手近なCWを二機まとめて斬り捨てた。
「これは‥‥きついわね」
対空砲火の間を擦り抜け、上空からもHWの標的にされる銀子のシュテルンは、この短時間で既に機体損傷40%。他の二機も似たようなものだ。
それでも三機は速度を上げず、管制塔、格納庫、その他建造物、さらには建設途中で内部構造が露出したワーム整備施設らしきものまで、細部に渡って撮影を続ける。
機転をきかせた桃香機が、隙を見て浜の方へと飛んで行った。このままでは、基地の撮影だけで精一杯だと判断し、ビッグフィッシュの様子を撮影しに向かったのだ。
対空砲火を少しでも治めようと、ソードが最後のK−02ホーミングミサイルの発射レバーを引く。
500発のミサイルが地上へと降り注ぎ――
「カプロイアにはこういう使い方もあるのですよ――と?」
ソードは小さく舌打ちした。盛大に膨れ上がった爆煙が基地の一部と撮影班をも包み込んでしまったのだ。
「大丈夫です。すぐ流れて‥‥」
リアが煙の中に撮影班を捜す。その時、『何か』が視えた。
「――!?」
直感的にラージフレアを展開する。無意識に真横を向かせた機体を光条が掠め、薄らぐ煙の中に見憶えのある敵機を見た。
『オイオイ、テメェら盗撮かよ? シツケがなってねーな』
「エース機や!」
暗色に塗られた機体に三日月のエンブレム。小町はそれを見るなり、全機に警鐘を鳴らした。
エース機と共に新たに現れた五機のHW、そしてCWが、既に上空に滞空している敵機に加勢し、撮影班と直衛班を狙う。
『その声は‥! 上月‥奏太!!』
『しょーがねぇなぁ赤宮。俺に構って欲しいっての?』
『ふざけた事を!』
名指しで軽口を叩かれたリアは、操縦桿を強く握り、エース機に肉薄して真上からレーザー砲を撃ち込む。未だ数多いCWのお陰で簡単にかわされてしまうが、リアの狙いはそこではなかった。
「い、今です‥‥!」
命中力の高いG放電装置。紅緒の放った電撃の網が、真横に回避したエース機を捉える。
その瞬間を狙い、リア機から撃ち放たれた荷電粒子砲の一撃が、確実にエース機の装甲を溶解させた。
『‥‥今のは中々』
突然に高度を下げる奏汰のHW。砲首を撮影班に向け、周囲のHWと共にプロトン砲を打ち下ろす。
「南波、注意しやがれ、です!」
直撃を受けたシーヴ機が、速度を増してI−01「ドゥオーモ」を発射した。100発のミサイルが集束し、しかし何もない空間で放電の嵐が起きるのを横目に、ワームの群れから離脱する。
ラージフレアを展開した小町が、機体を回転させながら目の前の中型HWを撃ち落とし、エース機に向けてAAMを放った。さらにトヲイ機のリニア砲が挟撃するかのように逆側から迫るが、真上に逃れた敵機の腹の下で擦れ違うのみ。
「ええい! 頭が痛いっ!!」
『留守を預かる副官クラスか? 流石に手強い――だが‥!』
歯噛みする小町。だがトヲイは、かわされたその先の空間へ向け、既にブーストをかけていた。僅かに反応の遅れたエース機の側面を、剣翼が切り裂く。
「PRM起動。カウントを開始、20秒で目標を捕らえなさい、銀子!」
南波のウーフーが離脱する中、銀子機は錬力を抵抗に換え、最後まで砲撃に耐えようとしていた。基地の端に立つ建造物へと少しだけ速度を上げる。
「させませんよ。エース機だろうとなんだろうと止めてみせます」
エース機と周囲のHW、そしてCW、キメラ――とにかく銀子機を狙う全ての脅威に対し、ソード機のエニセイが火を噴いた。
『そんなもんで――!』
『ただいまですよー♪』
その時、ソードの攻撃に一瞬動きを鈍らせたエース機に、高速で戻ってきた桃香の雷電が、突然斬り込んでくる。旋回して再び向かってくる桃香機。そして、プロトン砲でそれを迎撃するエース機の背に、すかさず小町のAAMが撃ち込まれ、爆炎が巻き起こった。
『またテメェらか!!』
『うっさい! 後ろも見とけ!』
エース機と小型HWの砲撃を受けつつも、小町が外部スピーカーを通して反論する。
「さあ切り上げるわよ! 煙幕を張るわ、全員にっげろ〜♪」
銀子の声と共に、シュテルンが急上昇して黒煙を吐き出す。基地と敵機、そして僚機をも覆い尽くす黒い塊を抜け、傭兵達は日本海に向けて一気にブーストを掛けた。
基地のレーダーまで調査している余裕はなかったものの、それ以外は十分に撮影できているはずだ。これ以上留まっては離脱不可能となってしまうだろう。
「あら‥‥?」
入江に眠る鯨の上空を通過した時、リアが小さく声を上げた。
ビッグフィッシュの装甲が一部溶け、煙を上げているではないか。
「〜♪」
桃香は何食わぬ顔で鼻歌など歌い、ひたすらブーストを掛け続けている。
『逃がすかよ!!』
「追ってきやがるです!」
奏汰の声が響き、シーヴの岩龍を赤光が掠めた。背後を見ると、暗色のエースHWと中型HWが向かって来ている。
だが、その追撃もそう長くは続かない。今度は紅緒機から膨れ上がった煙幕が敵機を阻み、奏汰はその中に突っ込む形になった。
『そ、それでは今日はココまでで〜‥』
『命あってこそ明日があるの、バイバイ♪』
煙幕に巻かれた相手に、紅緒と銀子の言葉が届いたか、どうか。
傭兵達は全力で日本海上空を駆け、豊岡へと帰って行くのであった。