タイトル:【JB】STOP THE☆大将マスター:桃谷 かな
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 28 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/08/07 21:36 |
●オープニング本文
6月は、幸せな恋人達にとって特別な意味を持つ月である。それは、恋人達が地球を守る能力者であっても変わる事はない。しかし。
「‥‥つまり、6月の結婚式は禁止、と言う訳かな?」
UPC管理局からの通達を、カプロイア伯爵は読み返した。正確には、LHからの呼び出しに3時間以内で応えられる場所で行うべし、との事だ。たかが式典、されど式典。実働は2000人以下の状況で、結婚式1組で50人の能力者が動くと考えればバカにならない。
「縁起物ですから。良い日取りに集中して行われると、LHの即応能力は大きく落ちると思われます」
「仕方が無いのは理解した。しかし、LHに式場などあっただろうか?」
ホールの類は無くは無い。しかし、足りるはずも無いと秘書は言う。
「LHから3時間以内、か‥‥ふむ」
今一度、文面を読み直す伯爵。LHの予定停泊位置から程近い無人島が差し押さえられたのは、暫く後の事だった。
「何も無い場所だがね。建物は急いで手配したまえ。交渉が上手くいけば、移築も視野に入れるように。利用者の意見も聞いて、だね」
「‥‥それ以前に、安全を確認すべきかと」
何かの間違いでキメラがいないとも限らない。これから忙しくなりそうだ、と言いながらも伯爵は常より楽しそうだった。
◆◇
結婚するカップルのために、どこぞの伯爵が有り余る金を湯水のように遣って式場となる島を買った――そんな噂が流れた。
そしてここに、一組の貧乏カップルがいた。UPC北中央軍の准尉と、その彼女である。
結婚式を挙げたいという願いはあれど、どこぞの伯爵と違って金が追い付いてこない可哀想な子たちであった。
彼らは噂を聞き付け、ぜひともその島を使わせてほしいと願い出る。
その島は元々無人島で、伯爵の手に渡ったとはいえ、まだ何も出来上がっていない、安全も確認されていないような状態である。当然、伯爵の代理人から届いた返事はノーだった。
だが、これから沢山のカップル達が巣立って行くであろう島で、真っ先に式を挙げるという野望は、彼らの中で何かを燃え上がらせた。
そして、何度も何度も交渉を重ね、彼らはようやく、島で結婚式を挙げる許可を得た。
何もない島だが、島の真ん中に位置する湖のほとりは、ささやかな屋外ウェディングを執り行うには最適であった。
テストケースとして式を挙げることになった彼らは、早速友人や上司に招待状を送り、来るべき日を待ったのである。
彼らはこの時、気付いていなかった。
招待状の端に書いた、「お友達とご一緒の参列も歓迎いたします」の文字に秘められた、その危険性に。
結婚式当日。
島の入江には、眼光鋭い女が一人、クリームイエローのワンピースに身を包んで立っていた。
一体誰の友人としてやって来たのだろうか。
それとも、ただ単に、どこぞの伯爵の道楽に苦言を呈しに来たのだろうか。
「全く、日差しが強すぎるな‥‥」
年齢的にも紫外線が気になるその女は、UPC中央軍大将、ヴェレッタ・オリム。
まさかのオリム来襲の知らせを聞いた花嫁は、恐怖と精神的ショックから、顔面蒼白で失神寸前であった。
彼女は士官学校時代、たまたま視察に来ていたオリムの前でミスを犯し、『オリムの説教部屋』送りになったトラウマ持ちだったのだ。
このままでは、花嫁が病院送りになってしまう。
慌てた新郎は、参列者としてやって来た知り合いのヴィンセント・南波大尉を捕まえ、なんとか式が終わるまでオリム大将を足止めしてくれと頼み込む。
だが、年若い大尉一人では、顔面に重装甲を持つオリム大将に対抗させるに心許ない。
そこで彼が目をつけたのが、島の安全確認に雇われていた、ULTの傭兵達であった――。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
●依頼内容
・島の真ん中で結婚式を挙げているカップルに、オリム大将を接近させないよう足止めしてください。
・結婚式は、あと2時間で終わります。その間、オリム大将の接近を阻止できれば任務完遂です。
・ついでに、島内に変なキメラや危険がないか確認し、カプロイア伯爵に報告して下さい。
●リプレイ本文
オリム来襲、直ちに足止めせよ――無線を通じて告げられた危険すぎる指令に、25人の傭兵達の反応は様々であった。
「アハハ‥‥問題発生です。花嫁さんも災難ですね」
無線片手に、友人のナレイン・フェルドと力無い笑みを交わす美環 響。
「いや‥‥この島で結婚式を挙げようとするカップルが居る以上、危険性は排除しておかなくてはならないからな。しっかりと調査する事にしよう」
割と冷静に、元々の依頼を優先する榊 兵衛。
「あ、あの大将相手に2時間の時間稼ぎか‥‥ううう、怖いなぁ‥」
早くも生命の危機すら感じて震え上がる砕牙 九郎。
「うあ、オリム大将? 生き神様とか都市伝説とか新たな不沈艦とか言われてる‥‥蹂躙されない様頑張るしかないわね」
早速、戦闘準備に入る百地・悠季。
「パンフ制作の協力者に大将が!? ――違う? 足止め? え? なにそれこわい」
普通に勘違いした後、普通にビビる森里・氷雨。
そして――
「頑張ってくださいね? 上手く行くように応援してます」
「翠さん‥武運を祈らせていただきますよぉ」
クラーク・エアハルト、ヨネモトタケシの激励が聞こえているのかいないのか。
どこぞの神に感謝しながら悶える翠の肥満の姿があった。
オリムが森に入って少し。最初に彼女と遭遇したのは、クラウディアであった。
「あの、おばさんっ!」
「お、おb‥‥っ」
勇気がありすぎる少女の呼び掛けに、初っ端からオリムのこめかみが引き攣る。
「はわ、えと、お姉さん。ちょっと道が分らなくなっちゃったのです‥‥」
「なんだ、迷子か?」
泣きそうな顔で演技するクラウディア。入江の方向を教えて欲しい、でもヘビがいたから一人では怖い、と、上目遣いで訴えた。
「入江ならそこだが‥‥まあ仕方ないな」
まんまと騙されて入江へUターンするオリム。これがギャグ漫画なら、我慢できずに「ニシシ」とか言ってバレてフルボッコが王道だが、クラウディアは見事に入江まで迷子を演じ続け、礼を言って別れた。
「全く、保護者はおらんのか保護者は」
『ハインさん、現在の状況とゲストの動きは?』
クラーク・エアハルトから、大将観測班へと無線が飛んだ。
『目標は入江を移動中‥‥何か寒気がしますが気のせいでしょう。ゲストは佐藤様が誘導する予定です』
『こちら辻村。間もなく目標は『彼』と接触する。さぁ、彼の想いは届くのだろうか?』
隠密潜行、茂み、双眼鏡など、思い付く限りの手段を用いて陰ながらオリムを見つめるのは、ハイン・ヴィーグリーズと辻村 仁。
そんなこととも知らず、入江を進むオリム大将。
「お会いできて光栄です大将」
スッと差し出された日傘に顔を上げれば、そこには翠の肥満が立っていた。
日傘の柄にマジックで『佐藤』と書いてあるのは、見なかったことにするのが優しさだろう。
「僕は翠の肥満。依頼により参列者のエスコートを任されています」
「ほう」
饒舌に喋る彼を見据え、訝しげに目を細めるオリム。警戒心と猜疑心と化粧だけは厚めらしい。
「とても素敵なワンピースだ。眩しいd」
「オリム大将!?」
と、そこへいきなり割り込んできた者がいた。
「この島はまだ安全性が完全には確認されてはいません。一兵卒ならまだしも貴方が護衛も無しに歩かれては‥‥」
ツィレル・トネリカリフである。
『おっと‥‥、ここでハプニング発生です』
『まさかのトライアングル状態だ。任務開始10分で波乱の予感――か』
ハインと辻村の実況が島中を駆け巡る。
「‥‥まあいい、たかだか20分の距離だ。好きにしろ」
まさかここから2時間足止めされる予定とも知らず、オリムは目の前の二人にそう言い放つと、スタスタと森の小路へ歩を進めて行った。
(「ううう‥‥もう来るのかよ‥‥」)
小路の先で迎撃準備をしていた九郎は、思わず笑い出した膝を押さえるのに必死である。
「あの眼光に耐えられるか‥‥い、生きて帰れるかなぁ。うう‥‥腹痛ぇ」
プレッシャーのあまり神経性の腹痛を起こして座り込む九郎。もはや彼の精神は風前の灯火――いや、装甲車の前の水風船か何かだ。それでもなお、通行止め看板の隅に『ここから先 厚化粧の方 通行止め』などと書き始めるのだから、分からないものである。
「バレンタインの時は忙しい中で返答をいただき、ありがとうございました」
「あの手紙の主はお前か? よく検閲が入らず私の元に届いたものだ――ん?」
九郎が通行止め看板を立て終わった頃、ツィレルに先導されたオリムがそれに気付き、足を止めた。
「砕牙か? 久しいな。こんな所で何をしている」
突如として立ち塞がった看板に、オリムは、瞼開けてんだか閉じてんだかわからんぐらい化粧の濃い目で九郎を睨む。
キリリと痛む九郎の大腸。
「うぅ。お久しぶりです大将‥‥。こ、この看板の通り舗装工事中となっておりますので‥‥」
そう言って、九郎は震える指で看板の『隅』を指差した。
「成程。看板の通りか」
「そ、そうです、看板の――う!?」
『隅』に書かれた一文。オリムの目に殺意が灯る。
二分後。
「ほほへひかせへーーーーーーッッ!!!(トイレ行かせてーーッ)」
オリムの立ち去った後の小路では、そこら辺のツタでグルグル巻きにされた九郎が、急降下中のお腹を抱えて人生の危機を迎えていた。
「伯爵とは面識がありまして。優先的に依頼を受けるようにしているのですよ」
さり気に湖から遠い方へと誘導しながら話し続けるツィレルに、オリムは時々相槌を打ちながら視線を向けていた。
翠の肥満はというと、彼女の頭上に日傘を掲げたまま、黙して付いて来ている。まあ、微妙に何時でもツィレルを殺れる位置に付いている気がするのだが、あまり気にしないで頂きたい。
「伯爵の今回の企画については、どうお考えで?」
ツィレルの問いに、オリムは肩を竦めて口を開く。
「賛成も反対もせん。伯爵も、他人の世話をしてる暇があるなら、自分の心配をしたらどうかと思うがな」
いい加減『お取り置き』などという言い訳も苦しい年齢の女が、この言い草。大きなお世話である。
「成程。‥‥それはそれとして、大将。北米軍が採用する機体、実際の所はどっちの声が優勢なんでしょうか。私個人には縁の無い機体ですが、KV好きとしては気になってましてね」
「軍内部の事を、私が口にすると思うか?」
ツィレルの質問を切欠に、話題は昨今のナイトフォーゲル事情に移る。
そして、そのまま森の中を歩くことしばし。ガサリ、と茂みが鳴り、何やら軍服姿の女が前方に現れた。
「ええっと、すみません。ちょっとお尋ねしたいことが」
「ULTの傭兵か。砕牙といいこの二人といい、今日は傭兵によく会う日だ。――伯爵に雇われたのか?」
「う‥‥っ?」
新米士官の振りをして時間を稼ごうと思った悠季。軍服についた徽章のせいで一瞬で傭兵と見抜かれ、冷や汗を垂らす。
「え、ええ、まあ‥‥し、島の安全確認というか‥‥ははは‥‥」
しどろもどろで乾いた笑いを洩らす彼女に、オリムは「なるほど、まあ必要なことだな」と一つ頷いてみせた。
悠季は気を取り直し、泳ぎそうになる目を必死に大将の濃い顔面に固定する。目らへんの威圧感がハンパない。
「あの、友人を探してるんですが。見ませんでしたか? 銀髪の女の子で、星のペンダントの‥‥」
「‥‥ああ、さっき入江に置いてきた子かもしれん。あれも傭兵だったのか?」
「え‥‥あ、いや‥‥とにかくありがとうございます! きっとその子ね! お引き留めしてすみません!」
そろそろ心臓が悲鳴を上げそうなので、悠季は早々に戦線を離脱することにした。
ペコペコ礼をして見送る彼女に、オリムはワンピースの裾を翻し、首を傾げながら去っていく。
「は、ああぁ〜〜〜〜」
溜息をつき、胸を撫で下ろす悠季。
とりあえずクラウを探しに行って、その後は、自分達が式場とするかもしれないこの島を下見して――
「おい、早く行け! 相手がいつまでも入江に留まっているとは限らんだろう!」
「は、はいいぃぃっっ!!」
背後から飛んできたオリムの声に、脱兎の如くその場を後にしたのであった。
一方その頃、式場では。
『参列者のみなさーん! 足元に注意して、順番にお席までお願いしまーす!』
オリムを除く一般参列者たちが、メガホン片手の佐藤 潤の誘導で席に着いていく。
「えっと、これ、バブルシャワー用のセットです。皆さん、これでお祝いしてあげてねっ!」
悠季が探しているはずのクラウディアは、ここにいた。ライスシャワー代わりのシャボン玉セットを参列者に渡す手伝いをしているようである。
そして、式場の一角にはテントが張られており、新郎新婦の控え室となっていた。
「‥‥一体どんなトラウマがあったのかは知らないし、大将にどのような意図があってここに来たのかは知らない。だが少なくとも、式典を目的に来たのだろう」
「うん、脅かしに来たわけじゃないと思う。だから、式の後にでもヴェレッタと会ってみない?」
純白のテントの中では、純白のドレスとモーニングに包まれた顔面真っ白の新郎新婦を前に、御巫 雫と空閑 ハバキの二人が説得を試みていた。
「あ、会う‥‥? あああ会うって会うってあううううううう!?」
「あああっ!? ごめん落ち着いてーっ!!」
いきなり取り乱して卒倒しかけた花嫁を、慌てて支えるハバキ。花嫁の精神状態はギリギリだ。
雫は、ハッと息を吐くと、そんな彼女にゆっくり語りかける。
「愛情の反対は憎悪ではない。‥‥無関心である事だ。何やら説教を受けたと聞くが、だが、それは愛情があってこそ。‥‥愛されていたと、私は思うがな」
「‥‥愛? 愛ですって? 偶々視察に来ていただけの人が私に愛? 愛って何? 愛って何なのあいあいあいあいあー」
「い、いやその、大丈夫か貴様」
「あああジェニーが壊れたあああーーーーッッ!!」
どっか違う世界に逃避してしまった花嫁と、半泣きで彼女の肩を揺する新郎。思ったよりヤバイ状態の彼女たちを前に、雫は額に手を当てて唸った。
「おい、新郎」
とりあえず、ターゲットを変えてみる。
「貴様も男なら、自分の力で嫁を支えて見せるくらいの気概を見せよ。本気で愛した人なら、他人に簡単に委ねるなよ」
「自力で‥‥?」
シン、と静まり返る控え室。
そして――
「フハハハハハハハハハハハハハハ‥自力? 自力だってさあの顔面装甲車に自力だってさあはははっははははははははっははーーーー!!」
「あああ!? しっかりして花婿さんーーッ!?」
新郎も、壊れた。
しかも、でかい声で死亡フラグなワードを叫んでいる気がする。
連続でブッ壊れた新郎新婦に挟まれ、為す術もなく右往左往するハバキ。
「ええいっ! 冷静になれ貴様らぁーーッ!!」
もはや言葉すら通じないビンボーカップル相手に、雫は頭を抱えるばかりであった。
◆◇
ハイビスカスのような花が咲き乱れる花畑では、兵衛とヨネモトの二人がマップ作成に勤しんでいた。
「なるほど、さすがに伯爵が眼を付けた島だけあるな。こんな良い景色に出会えるとはな。ここで結婚式を挙げられるカップルは幸せ者だな」
「のどかですなぁ。しかし、どこに危険が潜んでいるかわからない以上、念入りな調査が必要ですねぇ」
パンフレット用に、とカメラのシャッターを切る兵衛に、ヨネモトは大きく伸びをしながら応える。
「そういえば、向こうに崖があったな。それほど高さはないが‥‥危険箇所として報告しておくか」
「そうですねぇ――むむ?」
ひらり、ひらり。
気付くと、いつの間にか二人の周囲には、無数の蝶たちが集まって来ていた。様子がおかしい。
「これは‥‥」
『こちらテルウィ・アルヴァード。島内の丘で蝶キメラを発見した!』
別班のテルウィからの無線連絡が響き渡ると同時、二人を取り囲んでいた蝶たちが一斉にその輪を狭め、襲いかかって来る。
「やはりキメラか。排除するぞ」
「もちろんですとも。我流‥‥衝波!」
兵衛の槍が唸りを上げ、ヨネモトのソニックブームが、蝶の群れを横一文字に薙ぎ払った。
島の各地でキメラの存在が確認され始めた頃、オリム一行は森を抜け、草原に足を踏み入れようとしていた。
そしてここに、群れからハブられ、人生ひと花咲かせたいと願う(?)、一匹の蝶キメラがいた。
(「げっへっへ。人間ハケーン」)
「ではオリム大将、そろそろ持ち場に戻ります。翠さん、後はよろしく」
「うむ、御苦労」
ツィレルがオリムと翠の肥満から離れ、森の中へと引き返して行く――振りをして、尾行を開始する。
思わずガッツポーズな翠の肥満と蝶キメラ。
(「あっちは二人かよ。俺様ヨユーヨユー」)
「オリム大将! 翠の肥満さん!」
(「おっと」)
と、そこへ駆けてきたのは、クラーク。蝶キメラは一瞬怯み、様子を窺った。
「この先の地点で、キメラが確認されました。現在、交戦中ですので迂回ルートを通ってください」
「何? キメラだと?」
クラークの言葉に、眉を顰めるオリム。こんなのどかな島で、物騒な話である。
「オリム大将、あちらの道を参りましょう」
「ああ。しかし、キメラというのは――」
(「よっしゃ俺はやるぜええぇぇぇぇぇーーーーッ!!!」)
唯一の女性であるオリムに突撃をかける蝶キメラ。
べし。
(「‥‥‥」)
「こいつのことか?」
蝶キメラを片手で叩き落とし、クラークに問うオリム。
「はい。この先には群れがいるようです」
(「‥‥だが甘いな! 俺様にはフォースフィールドがある! そんな攻撃効かね――」)
ぐしゃ。
(「‥‥‥」)
確かに、フォースフィールドさえあれば、一般人の攻撃など恐れるに足りない。殆どダメージを受けないからだ。
――衝撃だけは通ってしまうのが問題なのだが。
オリムの靴の下でジタバタともがく蝶キメラ。だが、数いてナンボの昆虫キメラ(弱)ごときでは、人間の体重を持ち上げることなど無理くさい。
(「‥‥‥」)
「では、自分も、キメラの対応に向かいますので失礼致します」
クラークが去り、オリムと翠の肥満もまた、草原を迂回して花畑のほうへ向かう。
(「‥‥畜生‥‥憶えてやがれ厚化粧ババア‥‥!」)
恐ろしいワードを胸の内で吐き捨てながら、ヨロヨロと身を起こす蝶キメラ。次こそはと心に決めて、羽根を広げ――
(「ッア――!?」)
ハインの遠距離狙撃に撃ち抜かれ、夢と共に儚く散った。
「これは、オリム大将。この花畑は、まだ危険ですからねぇ。迂回をお願いしますよぉ」
「何だ、ここも通れんのか? もう一時間は歩き通しだ! どうなっている、この島は!?」
「いやぁ‥‥島中心部も、まだよく調べていませんからねぇ」
花畑に着くなり、ヨネモトに行軍を止められ、オリムはそろそろ我慢の限界だった。20代の頃ほど体力も無いので、そっちの限界もあるわけだが。
「落ち着きましょう、オリム大将。安全の為です」
「むぅ‥‥」
一度は翠の肥満に宥められたものの、オリムはそれ以上キャンキャン吠えたりせず、黙って迂回路を歩き出した。
「オリム大将、この先の丘が近道と聞きました。そちらへ行かれては」
いきなり現れ、キメラ絶賛出現中の丘をプッシュしだす兵衛。
翠の肥満や観測班がいる限り、蝶キメラは彼らが始末するだろう。キメラが弱いなら、交戦しながら進んで貰った方が時間が潰れるというもの。
「‥‥貴公の行く先に幸があらん事を」
向きを変えた翠の肥満の耳元で、兵衛が囁く。燦々と照りつける太陽の下、緑髪の男は目を細め、後ろ手に手を振った。
『花畑・丘・草原・森‥‥島内各所で蝶キメラと傭兵が交戦中です。島の中心部の状況は?』
無線機片手に島内を回り、状況を確認しているクラークから、全体へ向けて通信が送られてくる。
『会場に変わった様子はありません。ゲストの誘導も完了し、式が開始されました。‥‥ところで』
結婚式の会場で待機中の潤は、そこで一旦言葉を切り、「ふふふ‥」と軽い含み笑いなど挟みながら口を開いた。
『翠の肥満さんに渡した日傘は、役に立っていますか?』
『‥‥日除けとしては良い仕事してますけど』
観測班のハインは、双眼鏡で二人を確認しつつ、むーん、と唸る。言葉を継いだのは、辻村。
『いかんせん、大将の体格が良すぎましたね‥‥』
視線の先には、日傘の下を悠然と歩く大柄ムッチムチなオリムと、日傘を差しながらも自分が入るスペースを見つけられない可哀想な翠の肥満がいた。
相合傘を狙うには、大将がデカすぎ(自主規制)――いや、日傘が小さすぎたようだ。
「――貴女とはずっとお話がしたかった。あの時の事も謝りたかったですし。まさか通信が貴女に繋がっていたとは思わず‥‥」
翠の肥満は、二人っきりのこの時を逃すまいと、日傘を占拠している大将に話し掛ける。
「でもあの激戦、気合いを入れるには叫ばずにはいられなかったんです。貴女を慕う者としては‥‥」
「お前‥‥」
見詰め合う二人。吹き抜ける南国の風に身体を火照らせ、思わず昂ぶる男心。
「白状するとあの台詞が貴女の耳に届いたのは、嬉しかっ――」
「――ああ、ロシアのアレはお前だったのか?」
そして、ぺしゃりとしぼむ男心。
(「気付かれてなかったーーーー!?」)
OとRとZな格好で項垂れた翠の肥満の瞳に涙が光る。
「悪いな。緊張が最大値に達すると、偶に、ああいう冗談を飛ばす下士官が出るのだ。それで忘れかけていた」
ちなみに、それは軍内部では最高難度のチキンレース以外の何でもない為、大抵の場合は命を懸けた罰ゲームである。
『オリム大将が、例の【唇】発言を思い出したようですね』
『それにしても、見事なorzです』
観測班の辻村とハインの無線は、この時点で徐々に雑談じみてきていた。
「はっはっは‥‥‥思い出して頂いて光栄ですよ‥‥」
むくり、と起き上がって再び日傘を掲げる翠の肥満。だが、
ずるべん。
何かを踏んで、尻からこけた。
「な、何をする!? 痛いではないか!!」
「あああぁっ!? イタズラなバナナの皮が何故か足元にッ!?」
翠の肥満の手からすっぽ抜けた日傘の先が、オリムの胸をボインと引っ掻いて地面に落ちる。
怒って詰め寄るオリム。そして、そのちょっとミミズ腫れになった胸元を見上げて弁解しながらも、日傘になりたい翠の肥満。
そしてそこへ、砂埃を上げて接近する影が一つ。
「うわあああーーーん!! お姉ちゃんがいないよおーーーッ!!」
「うおおおおッ!!??」
いきなり全体重+最高加速でタックルをかましてきた白虎に撥ねられ、翠の肥満が宙を舞った。
そして着地と同時に、落とし穴に嵌る。
「ふっふっふっ‥‥」
「き、貴様の仕業かあぁぁっ!?」
穴の渕から見下ろし、キュピーンと目を光らせて邪悪な笑みを浮かべる白虎に、泥塗れの翠の肥満がバナナの皮を投げ付けながら喚いた。
「おい、大丈夫か?」
「はっ! い、いえ、大丈夫でs」
「うわ〜ん! お兄ちゃんが苛める〜」
「なッ!? 違――げふごふがふっ」
姑息にも、白虎はドロドロのバナナの皮を自ら被り、近付いて来たオリムに勢い良く飛び付いてみせる。ついでに、靴の先で砂を穴の中に蹴り込んでくる極悪っぷりだ。
『いけない。しっと団総帥が動き始めました』
『仕方ありませんね。各員、作戦を開始して下さい』
『了解! メーデー! メーデー! オリム大将が最終防衛ラインに接近! 総員! 第一種戦闘配置!』
辻村とハインの指示に応えたのは、冴城 アスカ。別にオリムはそんなに式場に近付いてないのだが、言ってみたかっただけだ。
「お姉ちゃんの結婚式に来たら迷子になっちゃた〜! うわあ〜ん!」
「何だ、また迷子か? まったく最近の親は‥‥」
オリムに抱き付いてスリスリしながら、横目で翠の肥満を見遣ってニヤリと笑う白虎。オリムはブツブツ言いながらも彼の頭のバナナの皮を取り、嘆息する。
「一緒に連れてってくれる? お姉ちゃん」
「げ。口から出まかせを――っ!?」
穴から這い出て異議を申し立てようとした翠の肥満は、オリムの視界外で100tハンマーの下に沈められた。
子供然とした態度で擦り寄ってくる白虎に、オリムは少し考える。
「まあ仕方ないな‥‥目指すところが同じなら、連れて行く他あるまい。行くぞ」
「わぁい! お姉ちゃん、ありがとうっ!」
「ううぅ‥‥どうしてこんな展開に」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる白虎。全身泥塗れの翠の肥満は、がっくりと肩を落としながらトボトボと付いて行くのであった。
「ふう‥‥さすがに疲れてきたな。もうどれ位歩いている?」
「1時間20分ほどです。そろそろ休憩は如何でしょう」
「そうだな‥‥だが、この調子では式が終わるぞ? 全く、とんだ災難だ」
丘を登る前に、オリムは手近な岩に腰を下ろして休憩することにした。
(「南海の孤島でしめやかに執り行われる華燭の典――招待状の無いVIPを怪異が阻む。居合わせた傭兵達は危急の際にも、VIPと恋人達のささやかな幸せを護るのだ!」)
だが、注意すべきものはここにも居た。
オリムの横の茂みの下に潜むは氷雨。目の前にぶら下がったエサ(下乳とか脚とかスカートの中とか)に目が眩み、背後に張った迷彩テントを放棄しての接近である。
まあ、彼の心の中の言葉通り、一応設定としては、観光パンフ用の避難訓練ビデオ撮影、ということになっていた。
(「‥‥ぐへへ」)
でろりと鼻の下を伸ばし、ファントムマスクを被って頭にぬいぐるみを着けた怪しい男が、匍匐前進で移動を開始する。
目指すは――オリムのフトモモただ一点!
「はにゃ〜ん♪」
「なっ!? なんだ貴様は!?」
彼の中では可愛いつもりなのだろうか。妙な声を上げながら脚に縋り付いてきた奇怪な男に、オリムの全身を鳥肌が覆う。
『さあ、ここで痴漢行為の発生です。オリム大将を救うのは誰でしょうか』
ハインの実況に、島内の傭兵が騒然となる。誰だその勇者は、と。
「オリム大将!? ――おわッ!?」
駆けつけようとした翠の肥満の眼前に、再び100tハンマーが振り下ろされた。その主は――白虎。
「ふふふ‥‥痴漢を撃退して活躍しようったって、そうはいかないよっ♪」
「貴様ーーッ! そこをどけぇぇーーーーッ!!」
彼らしからぬ口調で怒鳴る翠の肥満。そんなことしている間にも、殆ど痴漢と化した氷雨の手は大将のフトモモ目指して這い上がる。
「やめんかこの変態がああぁぁッッ!!!」
「ぐへへ妖怪すねこすりですはにゃ〜ん♪ げへへ――ぐぶぉッ!?」
その瞬間、オリムの脛に頬擦りしながら鼻息を荒くしていた氷雨の下半身を、口では形容し難い衝撃が襲った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
能力者といえど、蹴られたら大変痛い急所がある。まあ男性なら特に。
「ち、違‥‥コレはパンフ用の‥‥俺はキメラ役‥‥」
「死ね痴漢!!」
「◎△□☆ッ!?」
悶絶する怪しい男の股間目掛け、オリムの二撃目が炸裂した。
「オリム大将! ご無事ですか!? 早くここから離れましょう」
「ああ。一体何なのだ、こんな島にまで痴漢が出るとはな!」
口から泡を吹いて失神した氷雨を置いて、オリムはプリプリ怒りながらその場を後にするのであった。
「おっと、そっちに近づけさせるわけにはいかないな」
テルウィのスコーピオンが火を噴き、島の中心地方向へと逃走し始めた蝶キメラ達を次々と落としていく。
「テルウィさん、大分片付きましたね」
突進をかけてきた蝶をグラジオラスの一突きで串刺しにし、ファブニールが丘を見渡した。
「結婚かぁ‥‥まだ考えに浮かぶほどではないけど、良いなとは思うかな」
自分の将来を漠然と想像してウンウンと頷くファブニール。テルウィの撃ち漏らした蝶を鋭く両断し、再び気合いを入れる。
「よし! 人生の門出になるイベントだし、安全で安心して行えるよう頑張らないと――って、あれ? オリム大将?」
「何だと? 何故こっちに来るんだ。まだキメラがいるんだぞ?」
二人の視線の先には、翠の肥満と白虎を引き連れて丘を上ってくるオリムの姿があった。
『榊様の提案のようですね。時間稼ぎにと』
『翠の肥満さんの活躍を見せるには、いい機会かもしれませんよ』
無線機から聞こえてくるのは、けっこう呑気なハインと辻村の声。
「でも危ないと思うなぁ。やっぱり大将も、非能力者だし」
「そうだな。とりあえず、丘を抜けさせるか」
ファブニールの言葉にテルウィも同意し、大将一行へと駆け寄って行く。
「オリム大将、どうか僕の後ろに」
オリムの盾となり、小銃で蝶キメラを撃ち落としていく翠の肥満。白虎は、とにかくそれを妨害することに命を懸けていた。
「オリム大将! こっちです!」
「海の方へ抜けるぞ!」
駆けつけたファブニールとテルウィに先導され、一行は海岸を目指す。わらわらと集まってくる蝶達に阻まれ、兵衛の狙い通り時間は稼げた模様だが、もはやオリムの御機嫌は斜めどころか真横に近い。
「うわ、さすが無人島。まったく手入れされてなくて歩き辛い‥‥」
「まったくだな!! もう結婚式など間に合うはずが無い!! 私は休む!」
「そ、そうですよねー‥‥疲れましたよねー‥‥」
海岸の岩場を下りながらのテルウィの台詞に、過剰に棘のある口調で返すオリム。横のファブニールが思わず震え上がるぐらいの剣幕だ。
「オリ‥」
「お姉ちゃん、休憩しよっか♪」
一歩踏み出した翠の肥満を跳ね飛ばし、白虎が手近な岩を指差した。
ご機嫌取りにとファブニールが出したお菓子を摘み、大将も少し落ち着きを取り戻す。
「お、イイとこ見っけ」
「それにしても島丸ごととは・・・・でもまぁ、景色も綺麗だしLHに近いしで能力者にはもってこいか」
丹念に海岸の様子をメモしているテルウィとファブニールを眺めながら、一時の休息。
だが、それは奇怪な高笑いによって瞬時にブチ壊された。
「おーっほっほっほ!!! やっておしまい!」
「がるるるがおーーーーー」
少し先の砂浜で、南太平洋の小島に似つかわしくない、ブラックボンテージに蝶仮面&裏地が赤のマントを羽織った身長190センチの女王様が、何だかよくわからないけど獅子舞相手に命令を飛ばしていた。たぶん、ロングブーツの中は凄い蒸れ蒸れなんだろうな、と大将は思う。
「「「‥‥‥」」」
一瞬、シーン、と気まずい沈黙が海岸を支配した。
が、
「ええぃ! 獅子舞キメラ! あやつらをやっておしまい!」
「がおーーーー!!」
「う、うわ〜ん! 捕まっちゃったよ〜!!」
「くっ‥‥離れて下さいオリム大将!」
とりあえず、テルウィ、ファブニール、オリム以外の人間は、がんばって打ち合わせ通りに動くことにした。
「‥‥」
「がおおおおーーーー!!」
「お姉ちゃんには、言わないで‥‥やっと挙げられた結婚式なんだ‥ボクのために中止にさせるわけには行かない!」
「ほう」
藤田あやこ扮する獅子舞キメラ――というか獅子舞に捕らえられ、悲痛っぽい声をあげる白虎。オリムは、半眼でそれを見つめる。
「何者ですか? 名を名乗るのが礼儀でしょう」
「私は親バグア組織『ドクローン』の幹部、マスク・ド・バタフライ!」
中々オリムが名前を訊いてくれなかったので、翠の肥満が代わりに問う。マスク・ド・バタフライことアスカは、太陽光線をやたら集めて仕方が無い黒マントを翻し、高らかに名乗る。
と、そこへ、
美環 響が現れた。なんとも説明しにくい場面に登場したもんである。
「美環か。久しいな」
「お元気でしたか? 本日のオリムさんは綺麗ですね。どうされたんです?」
「がおおおーーーー」
「うわあああーーーん」
「て、手強い! これは危険です!」
「おーーっほっほっほ!!」
「結婚式に出席する予定なんだがな。どうにも障害が多く、辿り着けん」
大分、周囲の喧騒が混じってしまったが、響は何とかオリムの返事を聞き取った。
「なるほど。それで御機嫌が」
「まあな」
では、と、響が片手を大きく振る。
「こちらをどうぞ。ブーケには敵いませんが」
ぽん、と手の中に現れた小さな花束をオリムに渡し、響はにっこりと微笑んでみせた。
「――で、だ」
花束を受け取り、一息ついたオリムが、静かに立ち上がる。
「貴様ら、その茶番は何のつもりだ?」
「「「「ぅ」」」」
ドスのきいた声が、演技中の四人を打ちのめした。
「何がキメラだ! どう見ても獅子舞だろう!!」
びく、と動きを止めるあやこ。まあ言われてみれば確かにそうだ。
「お前達もグルか? 何か怪しいと思っていたが‥‥全員傭兵だな? 何を企んでいる」
白虎と翠の肥満にも詰め寄るオリム。ヤバイ、と感じた白虎が、いきなり覚醒する。
「まぁ全部嘘なんだけどねっ☆」
「あっコラ!!」
最後にいらん事を吐き捨てながら、瞬速縮地でいち早く逃走を図った白虎。だが、
「させません!」
「うわああーーっ!?」
強全てのスキルを発動させて本気の狙撃を慣行してきた翠の肥満に阻まれ、哀れ白虎は砂に足を取られて転んでしまった。
「「ご、ごめんなさーーーーい!!!!」」
その隙に、全力で逃げ出すアスカとあやこ。
「お前達! アレをツタで巻いて海に放れ!!」
テルウィとファブニールに向け、恐ろしい命令を下すオリム。
そして、戸惑う二人に代わり、今までの恨みとばかりに――プラス、自分への追及を逃れるために、さっさと白虎を縛り上げ始める翠の肥満。
「おやおや、皆さん、元気ですね」
苦笑する響の視線の先で、大きく水飛沫が上がった。
任務完遂まであと10分。
彼女は、他に類を見ないほど本気だった。
平坂 桃香。
非覚醒状態で駆け出しのスナイパーを上回る命中率な彼女の手には、クレンジングオイル入りの水鉄砲。
「もういっそ、人前には出れないような感じにしちゃえば良いんじゃない? ヤバくなったら覚醒して逃げれば良いしね!!」
「平坂、それやばくない?」
ふと見上げると、馬マスクを被った南波らしき人物が茂みを覗き込んでいた。
「平気ですってば」
南波の腕を引っ張り、隠れさせる桃香。やがて、坂を登ってくるオリム一行の姿が見えてくる。
「分厚い壁に守られた真実を白日の下に晒すが良いわー」
オリムの顔面に狙いを定め、邪悪な笑みを浮かべる桃香。
「ぶっ!?」
「オリム大将!?」
一直線に飛んだオイルは、見事に大将の眉あたりに命中。慌てて翠の肥満がハンカチを渡す。
「やった!?」
桃香は、ドキドキしながらオリムが顔を上げるのを待った。
しかし。
「誰だ!! 出て来い!!!」
激怒して向かってくるオリムの眉は、消えてなどいなかった。周辺のファンデーションが崩れた感じはするが。
「まさかアートメイク彫ってるなんてね!! 『オリム大将の素顔を拝む会、責任者:南波たい――」
「まてーい!!!」
妙な団体名を名乗ろうとした桃香を、馬マスクがぶぎゅると押し潰す。
「俺はUPC軍だぞ!? 名前出すなッッ!!!」
「嫌ですねぇ。好きな子にはイジワルしたくなっちゃう年頃なんですよ☆」
「‥‥ぇ」
ちょっと動きを止める馬。でも馬なので、表情が良く分からない。
「そうか。出て来ないのなら、引き摺り出してやる!!」
「「やべ!!!」」
ちょっとしたロマンスの雰囲気もどこへやら。オリムが迫る。
「ちょっとまったーーー!」
するといきなり、森の中から一人の少女が躍り出て、オリムの行く手を阻んだではないか。
「ここは私に任せて引いて。私が対象の対象。大将の対象を足止めしてる間に態勢を立て直すのよ」
正直、言っている意味がサッパリわからないのだが、とりあえず阿野次 のもじのお陰で二人は逃げおおせたようである。
今度は何だ、とでも言いたげなオリムの視線を受けながらも、のもじは気合を入れて覚醒する。
そして、
「オシリ〜FURIFURI〜 NONNGA NONNGA〜」
なぜか、尻を振り始めた。
さらに。
「荒ぶるのもじのポーズ!! しゃー!!」
荒ぶり始めた。
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「それではっ!」
「待て」
逃走を図ったのもじの髪を、オリムが掴んで引き倒す。
「ぬご〜。のもじ死すとも。志は死なず。同志たちよ後は頼んだ」
頼まれてもなぁ、と顔を見合わせる翠の肥満、および響。
「何なんだコイツは」
「さあ‥‥」
ふと、のもじが振り返る。
「あれ? 殴らない? もしかしてオリム大将って良い人!?」
「え?」
「ぬおー! オリム姉の部下にかける想いが言葉でなく心で伝わった!! 道案内お任せくださいサー」
もう何がなんだかわからない。オリムは、もう何が起こっても驚くまいと心に決めた。
オリムが珍獣を見るような目でのもじを眺めていると、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いっちゃーーん!!」
「おお! 同志よ!!」
「今度は空閑か‥‥」
ハイタッチで挨拶するハバキとのもじ。よく見れば、会場はもうすぐそこだ。
「ヴェレッタ、顔、怖くなってるっ。お祝いに行くんだから、スマイルスマイル☆」
「二時間も歩けばそれはな‥‥」
ハバキに口角をむにーんと上げられつつも、オリムにはもう拒む元気などない。
「あっ! ルカ! ルカも、一緒に行かなーい?」
「ハバキさん。あの、いいんですか?」
騒ぎを聞きつけてきたらしいルクレツィアを発見し、ハバキがブンブカ手を振って呼んだ。
「結婚式、もう終わりだけど見に行こうよ。で、こっちはヴェレッタ!」
「こ、こんにちは、ヴェレッタお姉さん。ところで‥ハバキさんは結婚式場の下見ですか?」
「んー。結婚は安心して暮らせる家と、子供を学校に行かせてあげれる貯えができてから‥かな」
「うふふ。じゃあ、お姉さんは、招待されての来訪ですか?」
事情を良く知らず、マッピング道具を抱えたままのルクレツィアが、単刀直入にオリムに尋ねる。
それに対し、オリムは首を横に振り、口を開く。
「いや。招待されたのは、ブラット少将だ。私は代理に過ぎん」
「お姉さんが、ブラット少将の代理?」
「ああ、私はヴェレッタ・オリム。南北中央軍の大将を務めている」
「偉い人なんですね! あ、急がないと、式が終わっちゃう!」
「ふんふふーん♪」
結婚式も終わりかけの会場で、打ち水をする大泰司 慈海。余裕かまして鼻歌など歌っているが、オリム接近の知らせに内心ドッキドキだった。
多分、バレてないと思う。オリムのチョコ胸像造った犯人が、自分だなんて。多分。
「もう、クラウったら、こんなところにいたの?」
「ごめんなさいっ! 連絡するの忘れて‥」
悠季も無事にクラウディアと巡り会えたようだ。
参列者たちは皆、料理を食べ終え、そろそろ新郎新婦退場の時間である。
「ウエディングか。私も着れる日が来るのだろうか‥」
一時は新郎新婦を叱った雫だが、やはり女の子。結婚式を見ているうちに少し羨ましくなり、今度は素直に「おめでとう」と言いに行く。
すると、思い詰めたように、新婦が口を開いた。
「‥‥雫さん、私、考えたんです。その――」
「貴様!! 何をする!!!」
会場に響き渡る怒号。その声に、新婦の顔色が変わった。
「大変申し訳ございません! お客様!!」
慈海に(わざと)水を掛けられたオリムが、とうとうブチ切れたらしい。
『新郎新婦、退場です! 皆様、拍手でお送り下さい!!』
咄嗟に潤がアナウンスを入れ、失神寸前の花嫁を抱えて新郎が歩き出した。参列者に異常を悟られぬよう、ゆっくりと。
「そのようなお姿を式場の来客者に晒すわけにはまいりません。どうぞこちらへ‥。あ、あと、これで顔をお拭きください」
と、シートタイプのメイク落としを渡す慈海。だが見破られたか、オリムはそれを握り締めたまま、踵を返す。
「もう良い! 式は終わりなんだろう!? 私は帰る!!」
烈火の如く怒ったオリムを止められる者などいない。オリムは、来た時に通った迂回路など無視して一直線に入江を目指した。
「オリム大将、落ち着きましょう」
翠の肥満の制止を振り切り、森の小道を突き進むオリム。だが、それを止めたのは、意外な人物だった。
「オリム大将! 私を覚えてらっしゃいますか?」
足場の悪い中、ドレスを引き摺って駆けてきたのは、なんと花嫁であった。彼女は、オリムの顔を見ないように目を伏せたまま、立っていた。
「‥‥。覚えていなければ来ん。代理であってもな。だが勘違いするな。ハイン――ああ、いや、ブラットのためだ」
低い声で言いながら、傭兵の前でウッカリ『少将』を付け忘れたオリムに、花嫁は、震える頭をゆっくりと下げる。
「あ、ありがとうございました! 本当に‥‥!」
搾り出すようにそう叫ぶと、花嫁は、震える脚で逃げるように戻って行った。
後に残されたのは、オリムと翠の肥満。
「‥オリム大将。今日は本当に楽しかった」
翠の肥満に、オリムの視線が向いた。
「そうか」
花嫁の背中と、翠の肥満を交互に見て、オリムは再び歩き始める。そして、翠の肥満は、こう続けた。
「常に僕達の勝利と生存に力を尽くしてくれて、ありがとう。貴女がいる限り、僕は戦えますよ。勿論、皆も」
「‥‥そうか」
早足で坂を下っていくオリム大将。
顔を伏せたままの彼女は、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。