●リプレイ本文
●PM3:00
背に翼を生やした銀髪の女性が、一陣の風となってビルの側面を駆け抜けた。
「特に問題なさそうね。‥‥上からの妨害と障害物さえ無ければ」
瞬速縮地で壁登りが可能である事を再確認すると、智久 百合歌(
ga4980)は、屋上の縁に立って覚醒を解く。
「油断はしないようにしなきゃね。バグアはバグアだもの」
犬だけどね、と一言呟いて、彼女は僅かに苦笑を浮かべた。
(「マルチーズ型バグア‥だと!? おのれバグア! 卑怯な真似を‥!」)
「小さい動物は好きだけど‥‥バグアではね」
百合歌とは別のビルの屋上に立ち、スポーツ新聞を読むマルチーズの写真を握り締めながら、怒りに震える鹿島 綾(
gb4549)。その隣で地図を広げているのは、アセット・アナスタシア(
gb0694)だ。
「んー、とりあえずー? ちょこちょこ通行人がいるわけだからー、あのマンション以外にも住民はいるよねん」
探査の眼を発動させ、件のマンションを観察していた楽(
gb8064)が、口を開いた。ここからでは罠の有無などよく分からないが、非常階段や屋上出入口の位置、周辺の住民の様子は確認できる。
「前足であんな装置を作れるなんて‥‥侮れませんのっ。で、ワンちゃんはどこですの?」
軍用双眼鏡を覗いていたノーマ・ビブリオ(
gb4948)が、細長い屋上の真ん中に置かれた発射装置を発見し、むぅ、と唸った。
『おっ、やべ。ここ黒置いたらマジ終わりだな』
UPC軍の仕掛けた盗聴用の装置を通じ、ラッキーの声が聞こえてくる。
「装置まわりじゃない?」
何やら怖い顔の百地・悠季(
ga8270)が双眼鏡を使い、ラッキーの姿を探した。
『ここに白! まさかの逆転! 俺色に染めちゃうゾー☆』
「‥‥殺す。犬好きには赦し難い醜態よ」
『ひとりオセロ』に興じるマルチーズを発見し、悠季は邪悪な笑みを浮かべるのであった。
「――にしても、厄介な依頼やなぁ。人が住んどる上で戦闘やなんて」
電子煙草を咥える口からローズな香りを吐き出し、物陰で目標のマンションを眺めるキヨシ(
gb5991)。その視界には、買い物袋を抱えて周辺を歩き回る赤崎羽矢子(
gb2140)の姿があった。
(「マンションに管理人は無し。非常階段は外付けの螺旋階段‥‥鉄製か。足音が心配かもね」)
壁駆けができそうな、窓や突起物の少ない場所を頭の中でリストアップしつつ、羽矢子は早々にその場を立ち去った。
●PM8:00
作戦開始時刻。
壁登りを決行する百合歌、羽矢子、ノーマの三人は、未だマンションの植込みに身を隠したまま。
非常階段、マンション内階段、それぞれに待機した二班が、行動を開始した。
ラッキーが犬並の聴覚を有しているかもしれない、という楽の提案で、一同はギリギリまで無線機を使わず、極力足音を立てぬよう慎重に屋上を目指す。
「‥‥っ?」
マンション内の階段を進む悠季と楽が、住民らしき男性と擦れ違った。悠季の持つSMG「スコール」を目にした彼は、一瞬その場に身を固める。
「こんばんわー。ちょっと点検中ですんでー」
楽が会釈し、階段の端に寄ると、男性は逃げるように階下へと降りて行った。
「‥‥罠はないわね?」
「今んとこー? ないねん」
探査の眼を発動した楽を先頭に、二人は階上を目指す。
「「「‥‥‥」」」
一方、非常階段からの突入を担当する三人は、4階付近で初めての罠に遭遇していた。
(「ば‥‥」)
隠密潜行を発動して、先頭を行くキヨシ。その視線の先には、手摺の間に張られた一本のピアノ線。そして、
(「バレバレやないか‥‥!!」)
――頭上にブラ下げられた、巨大な金ダライ。
脱力したキヨシがピアノ線を跨いで突破し、続くアセット、綾の二人も、何やらゲンナリした表情で罠を回避する。
「――!」
直後、綾が二人の服を掴み、引き寄せた。
螺旋階段の陰に上手く隠れて屋上を見上げると、赤色のメカネコがこちらを向いているのが見える。
息を潜めること数十秒。赤ネコは、何事もなかったかのように再び巡回を始めた。
◆◇
楽と悠季が屋上出入口に到着した頃であった。
『『『『『にゃおーーーーーーーん!!!!』』』』』
「見つかったわ!!」
屋上に響き渡るネコの大合唱。悠季と楽は無線機のボリュームを上げた。
『すまん、見つかってもうた! 全速で突入するわ!!』
『了解! 5秒後に壁を登る』
キヨシと羽矢子の声を乗せ、無線が飛び交う。悠季は楽をその場に残し、屋上へ続く扉を力任せに蹴破った。
「あっ!? 出たな人間ども!!」
「来たわよ、白犬!」
ピーナッツをバラバラと散乱させ、白いマルチーズが弾かれたように装置に飛びつく。悠季はSMGの引金を引き、装置目掛けて走り込みながら弾丸をバラ撒いた。
『にゃおー‥‥ぎにゃっ!?』
「邪魔はさせへんで! こっちやネコども!!」
悠季に襲い掛ろうとした青ネコを、非常階段から飛び出してきたキヨシの銃弾が容赦なく抉る。続いて、アセットと綾が屋上に上がり、駆け出した。
「そこの犬! 絶対逃がさん!!」
怒りに燃えた綾の真デヴァステイターが火を噴き、ラッキーを襲う。だが、敵はそれを軽々とかわした。
「わはは! こーなったら逃げるが勝ち!」
打上げを早々に諦めた敵は装置に取り付き、ステアーのパーツを取ろうとガタガタ揺らし始める。
だが、
「させるかあああぁぁーーーッ!!」
「ぎゃいーーーーんッッ!!??」
突如屋上に現れた羽矢子の獣突をモロに喰らい、夜空を舞う白犬。
「イテテ‥‥はっ!?」
「逃げ場はないわよ」
べいん、とバウンドしながら床に落ちたラッキーの眼の前には――百合歌の姿。
「おのれ! このラッキー様をナメんな!!」
綾と悠季の銃撃に退路を塞がれたラッキーが跳躍し、両前脚の先に3センチほど伸びたレーザークローを振るう。百合歌はそれを刀で弾き、宙に浮いた敵に急所突きを放った。
だが、ラッキーは刃を前脚の先で受け流すと、着地と同時に再び跳躍。百合歌の右腕を深々と切り裂いた。
「犬の体でなかなかやるじゃない‥でもこれはどうかしら?」
痛みを堪え、百合歌が放つ真音獣斬。薄闇に溶けた黒い衝撃波を避け切れず、ラッキーの小さな体が床を転がる。そこをすかさず踏みつけて動きを止めようとしたのは、悠季だ。
「ふんぬっ!!」
「痛っ‥!!」
敵は、小さな体を回転させて悠季の脚を避け、右の爪でそれを引っ掻いた。一部骨が覗くほどに肉を抉り取られた悠季が膝をつき、それでも機械剣を振るう。ラッキーの背中に黒く焦げた傷がつくのを見ると、彼女は後退して活性化を発動し、自身の傷を塞ぎ始めた。
「フハハ! 当分動けまい! 俺様TUEEEEEEEEE!!!」
背中を斬られたにも関わらず、悠季に向かって勝ち誇るラッキー。
「お前は‥お前はマルチーズの可愛さを穢した。相応の報いを受けろというか黙って蹴られろ!!」
「ぎゃわんッ!!??」
流し斬りで側面に回り込んだ綾が、両断剣を発動。赤く輝く脚甲が空を裂き、ラッキーのボディに炸裂する。
発射装置に背中から叩きつけられ、視界にヒヨコとお星様がクルクル回った。
「こんな装置、壊してしまいますのっ! えいっ、えいっ!」
その横では、ハミングバードを手にしたノーマが、ステアーのパーツを取り出そうと発射装置の破壊に勤しんでいた。容赦ない破壊音を聞いて、朦朧とする頭で振り向くラッキー。
「むにゃむにゃ‥‥はっ!?」
「取れませんのっ! こうなったら斧ですわ!」
「ちょ、やめっ、ぎゃーーーーー!?」
「えーーいっ!!」
抜刀・瞬で、全長4m超えのベオウルフを一瞬にして抜くという離れ業を見せたノーマ。全身の毛を逆立たせて悲鳴を上げるラッキーの眼の前で、巨大な斧の二連撃が装置を叩き潰した。
「取れましたの!! きゃっ、ネコちゃん!」
狙いは定めていたのか、ノーマの斧はステアーのパーツまで破壊してはいなかった。飛び掛かってきた黄ネコとの戦闘に突入した彼女と見つつ、ハッハッと犬らしい息をついて胸を撫で下ろすラッキー。
だが、その眼前にゆらりと立ち塞がったのは――羽矢子であった。足元のマルチーズを見下ろし、いきなりステアーのパーツにエナジーガンを向ける。
「中々やるじゃない。もう少し遊んでたいけど、仕事もしなきゃいけないんだ」
「ぎゃあああああッ!!??」
「まあ冗談だけどね」
慌ててパーツに跳び付こうとしたラッキーを、羽矢子のハミングバードが横薙ぎに斬り裂いた。彼女は手首を返して獣突を発動すると、ラッキーの体をパーツの傍から吹っ飛ばす。
「ち‥‥畜生‥! こーなったら‥!」
綾と百合歌、悠季の包囲網の真中に投げ出され、白犬はムクリと起き上がると‥‥
「俺のこの手が光――」
「はいはい、みなまで言わないでね」
「‥‥‥」
黄金に輝く右手を掲げてヤバい決め台詞を吐こうとしたラッキーを、両断剣付きの銃弾で冷静に止める悠季。仕方がないので、ラッキーは無言のまま綾へと飛び掛かっていった。
「必殺! 神輝拳ァァァ!!」
読み方は自由なラッキーの必殺拳が、眩い光とともに綾へと迫る。
「――!」
真正面からカウンターを狙った綾だったが、その思わぬ疾さに敵を見失う。気付いた時には、脇腹に重く熱い痛みを感じていた。
綾は息を呑んで耐えると、自分の腹付近にいる物体を肘で叩き落とし、両断剣とスマッシュを発動。
空中に浮いたままのラッキーを、まるでサッカボールのように蹴り飛ばした。
「ぎゃいーーーーーーんッッ!!!!」
「まだ終わらないわよ」
夜空を飛び、屋上から落ちそうになった白犬を、今度は百合歌の鬼蛍が野球ボールの如く地面に叩き落とす。さらに、悠季に尻を撃たれて飛び上がったソレを待ち構えていたのは、羽矢子による怒涛の八連撃。
「きゅう‥‥」
多少反撃してみたものの、最終的に幹竹割りまで決められ、ボロ雑巾の如く床にノビる白犬。
「ちょっと可愛かったけど、さよなら」
そして、とうとう――百合歌の銃口が、ラッキーに向けられた。
『あ、夜分遅くにすんませーん、アンテナの点検、遅くなってしまって、お騒がせしてますー』
『嘘! 犬と猫の悲鳴が聞こえたわよ!』
『あー、ちょっとー? 凶暴なノラが入り込んでるみたいでー? 入っちゃ危険ですー』
『銃声もしたぜ? おい、警察呼んだ方がよくね?』
マンション内部が騒がしい。良く見れば、周囲の建物の窓や地上から様子を窺っている者もいるようだ。
出入口の中に残った楽が抑えているものの、長くは保ちそうになかった。
「さっさと終わらせな、動物愛護団体が飛び込んできそうな勢いや‥‥」
「バグアだって説明しても‥すぐ信じてくれないかもしれないね」
メカ猫キメラ担当のキヨシとアセットが、扉の向こうで奮闘する楽を心中で応援しつつ、銃口で猫キメラを追う。
「すばしっこい‥苦手な相手だね」
ジグザグの軌跡を描いて駆ける白ネコ目掛け、アセットの散弾が炸裂した。装甲の一部が剥がれ、乾いた音を立てる。
「命中させて逃がさない‥とにかく足止めするよ」
回避できないと悟った白ネコが、アセットを標的に真っ直ぐ向かってくる。散弾を真正面から浴び、外殻の殆どを失いながらも、捨て身で前脚を振り上げ跳躍した。
――だが、届かない。
一瞬早く引金を引いたアセットの眼の前で、白ネコの下半身が吹き飛んだ。
「残念やったな、ここは通行止めや」
牙を剥いて突進してきた黒ネコを銃把で打ち払い、地に伏したそれを正確に撃ち抜くキヨシ。ノーマに襲い掛かる黄ネコを見つけた彼は、即座に狙撃眼を発動してアサルトライフルの連射を浴びせた。
「にゃおーーーん!!」
「い‥っ!」
一瞬の隙を突き、赤ネコがアセットの腕に爪を立てる。アセットはそれを振り払い、バックステップで距離を取った。
「これで終いや!」
キヨシの銃弾が、屋上の床とともに赤ネコを穿つ。悲鳴を上げてのたうち回る敵を、アセットは落ち着いた表情で狙い定めた。
「もう宴は終わり‥これで仕留める。仕留めてみせる‥‥!」
夜空に響く銃声。メカ猫キメラの断末魔が、ロスの街に木霊した――。
「お前の敗因はたった一つ。たった一つのシンプルな答えだ。『お前はリーチが無さ過ぎた』」
的確すぎる綾の指摘が、ラッキーの心に突き刺さる。
「うっ‥‥うう‥‥」
百合歌が銃を向けた先で、白犬の涙が屋上を濡らした。
「命乞いは聞かないよ」
下を向いたまま泣くラッキーに、冷たく言い放つ羽矢子。すると、ラッキーは顔を上げ、
「わかるんか!? お前らにわかるんか俺の気持ちがっ!?」
急に関西弁になった。
「極東ロシアで死にかけて! 見つけたヨリシロが愛玩犬や‥! やっと生き延びた思たら、バークレー派やった俺に帰る場所なんかあらへん! ‥‥人間の残飯漁りながら、ようやくリリア様に拾われて‥‥」
フルフルと肩を震わせながら、長くて重い話を語る犬。
「そ、そしたら‥‥毎日出される飯がドッグフードや! なあ、俺イジメられてるんか!? この上人間になんか負けたら俺は伝説の負け犬やないかうわあぁぁぁん!!」
わんわん泣き喚くマルチーズ。
だが、どんな外見でもバグアはバグアだ。百合歌は、ふぅ、と息をつくと、引金を引いた。
「ギャインッ!!!」
「悪いが、俺はお前を許す気になれない」
ギリギリ急所を避けたラッキーに、今度は綾の銃口が向く。
「畜生‥‥!」
ギュッと奥歯を噛み締め、銃弾をかわしながら走り出すラッキー。
だが、屋上の端に来たところで、瞬速縮地で先回りした百合歌が立ち塞がった。
「見逃すわけにはいかないのよ」
「バグアをナメんなあああああ!!!」
「えっ‥‥!?」
跳躍したラッキーが、鬼蛍を爪で弾いて百合歌に飛び付く。
一人と一匹の身体は、そのまま屋上の縁から外へと倒れ込み、空を飛んだ。
「キャーーーーーーッッ!!」
百合歌の悲鳴と、激突音が響き渡る。
「百合歌!!」
「百合歌さん!!」
悠季とノーマが屋上の縁に飛びつき、地上を見下ろした。
マンションの植込みを破壊し、仰向けに倒れた百合歌。
それでも自力で立ち上がり、騒ぎに集まってきた周辺住民の輪の中で、「大丈夫です」と片手を振っているのが見えた。
「バグアは!?」
そして、慌てて周囲を見回した羽矢子が、全速力で逃走していく白い物体を発見する。
「そこの白犬! 次の機会は覚えてなさいよ!」
「わはははは! 戦略的撤退ーーー!!!」
悠季の怒りを背中に受け、白犬バグア・ラッキーは、ロスの街へと消えていった。
こうして、傭兵達はステアーのパーツ回収に成功。
住民達は一時パニックに陥りかけたものの、彼らの対応は警察とUPC軍が引き受けた。
傭兵達は、無事に任務を完了して帰路についたのであった。