●リプレイ本文
日の出。遠く水平線が茜色に染まる頃。
陸戦班の高坂聖から空戦班への通信が途絶え始めた。
「指向性は無しですか‥‥?」
「三方向から同時に攻めるまでよ。何にせよ頭痛の種は早めに取り除くに限るわ」
「楔を打ち込み、貫くのはいつものボクのスタイルですから。大丈夫、この壁、貫いてみせますわ」
歯噛みする赤宮 リア(
ga9958)に、皇 千糸(
ga0843)とソーニャ(
gb5824)が強い口調で返す。
「南波より全機へ。レーダーに敵影。12時に7機」
「敵はお任せを‥! 皆さんは装置の方をお願いします!!」
リアが叫ぶ。そして、6機が空のある一点を越えた時――耐え難い頭痛が能力者達に襲い掛かった。
「3機だけでも突破させるで。FRの奇襲に気ィつけや!」
リアの『熾天姫』、烏谷・小町(
gb0765)のディアブロが前列に躍り出て、千糸と熊谷真帆(
ga3826)、ソーニャは下降を始める。敵HWは中型3機に小型が4機。
「K−02! ――避けろ!!」
ヴィンセント・南波(gz0129)の声。HWのミサイルコンテナが一斉に開き、無数の小型ミサイルが夜明けの空に解き放たれる。
「この程度‥‥蚊柱に突っ込んだようなものよ」
「戦場の風紀委員真帆ちゃん参上。バグアの不法占拠は許さないです!」
膨れ上がる爆炎と黒煙を突き破り、千糸機と真帆機が正面の小型2機に迫った。
空戦班には、強固な装甲、もしくは突出した回避性能を持つ機体が揃う。3500発のミサイルを浴びても、彼女らの機体に致命的傷は無かった。
真帆機のスナイパーライフルから左右に発射された2発の弾丸が、敵機をその場に釘付けにする。そして、一瞬静止したそれに千糸機が螺旋弾頭ミサイルを撃ち込み、爆散させた。
「こんな頭痛、なんでもありませんわ」
ソーニャ機は小型にUK−10AAEMを放つと、そのまま前進して擦れ違い様にレーザー砲を浴びせる。
「ごめんなさい、急いでますので」
攻撃は容易くかわされたが、ソーニャの機体は思惑通りHW群を突破し、千糸と真帆を伴って基地へと急行する。
「追わせませんよ!」
「雑魚はさっさと道開けやー!」
飛び来る火線を浴びながら、リア機と小町機、そして南波機が、基地へ向かった3機を追わせまいと敵群に突進する。
レーザー砲が閃き、かわした先の空でスラスターライフルの連射を受けた小型が、3機を抑え切れず地に墜ちた。
香住の入江を、2機のアルバトロスが静かに航行していた。
「アースクエイク‥‥泳いでくるとはね」
赤崎羽矢子(
gb2140)が見つめる海の中、凶悪な刃を生やした蟲が真っ直ぐに向かって来る。
「隠れるべきか――いや、もう見つかってる」
ガウスガンを構え、ヒューイ・焔(
ga8434)は羽矢子機へと迫る蟲に照準を合わせる。
羽矢子機が僅かに左へ動き、陸戦用のハイ・ディフェンダーを振るってEQの刃を弾いた。一瞬の隙を突いて引金を引いたヒューイの視線の先で、銃弾が蟲の表皮を抉り、体液が海に溶ける。
「く――っ! ジャミングさえなければEQぐらい、何てことないのに!」
頭部を振り回して攻撃を加えてくるEQに、羽矢子機の装甲が砕け散った。ヒューイの視界は頭痛にぼやけ、中々決定打を与えられない。
地上から響いてくる爆発音。迫り来た蟲の口を辛うじて回避し、機体側面を刃で切り裂かれながらも、ヒューイは再び銃を構える。
「あたしが動きを止める!」
羽矢子機が蟲の背後に回り、ハイ・ディフェンダーを振り上げた。気配に振り向く敵に斬られ、それでも力の限り振り下ろす。
「――沈め!」
撃ち放たれる銃弾。後頭部に穿たれた穴から夥しい量の体液を流し、蟲の動きが目に見えて鈍る。
「今のうちに! 基地へ急ぐよ!」
「思ったより手古摺ったか。早いとこ上陸しないとね」
2機は一直線に漁港を目指して進んだ。
海面から飛び出し、漁港に上陸する2機。わずか50m程先には、敵基地の敷地が見えた。
敵基地内北東に、4階建てほどのグレーの建造物。その屋上には、見慣れた立方のワームが3機、据え付けられている。
「あれか‥。こっちは引き受けるから、ヒューイは装置をお願い‥‥って言いたいところだけどさ。別の案、ない?」
「この状況じゃあね。装置に近付くのも、此処から狙うのも無理か。案がない事も無いけどね」
目の前の状況に、もはや可笑しさすら憶えて問う羽矢子。ヒューイは、「ミミズに丸呑みにされるのだけは御免被りたいからね」などと呟いて地殻変動計測器を地面に突き刺し、息を吐いた。
鉄製フェンスの向こう、基地の外縁沿いに、いくつかの低い建物が並んでいる。
その間には、こちらに砲口を向けるゴーレムが3機、立っていた。
「‥‥せっかく来たんだし、手ぶらで帰るのも勿体なくない?」
「じゃあ派手に。適当にブチ壊して囮になってやろうか」
怪音波の影響下では、自軍と同数のゴーレムとですら、十分に渡り合えるかわからない。ヒューイの両目が――そしてグレネードランチャーが、ゴーレムではなく”基地内の施設”へと向く。
ゴーレム達の砲が一斉に火を噴き、羽矢子のアルバトロスが猛烈な煙幕を吐き出した。
山を迂回して伸びる国道を、空薬莢が真鍮色に染めていた。
絶え間なく苛む頭痛が能力者達の判断力と集中力を削ぎ、たった1機のEQですら、彼女らの侵攻を著しく妨害する。
「ロックオンキャンセラー起動! 今です!」
バルカンを下げ、対戦車砲を構えた乾 幸香(
ga8460)のイビルアイズが、周囲の重力波に歪みを生じさせた。地面から顔を出したEQを対戦車砲の一撃で牽制し、そこへすかさず、アーサー機とシャーリー機が突撃する。
「急がなくちゃいけないんだ‥‥倒れろ!」
「雑魚に構っている暇はない‥っ!」
アーサー・L・ミスリル(
gb4072)のシュテルンがレーザー砲を放つ。EQが頭を反らせて回避した隙に、シャーリィ・アッシュ(
gb1884)の『アヴァル』がヒートディフェンダーを突き出し、その胴を串刺しにした。
動きを止める敵機。一気に接敵した幸香機が、同じくヒートディフェンダーでその表皮を灼き、切り裂く。そして次の瞬間、大地を蹴って跳躍したアーサー機がEQの頭上で両の腕を振るい、機刀「白双羽」の閃きとともに蟲の頭部が地面に落ちた。
(「刀を振り回すだけじゃ駄目なのかな。‥‥動き回って翻弄する? 色んな武器を使って隙を作る?」)
コックピット内で息をつき、機体損傷度を確認しながら考え込むアーサー。
(「この前は胸に穴開けられて危なかった。俺を待ってくれる子がいるし、もうちょっと考えんといかんなぁ」)
機体損傷40%。シャーリィ、幸香の機体も似たようなものだ。
思うように動けないこの状況では、EQ1機でもかなりの強敵となった。アーサーは己の戦い方を振り返りながら、むーん、と唸る。
3機の後ろでは、高坂の骸龍が特殊電子波長装置γを起動して、ジャミングの発生源を探っていた。
「空が動き出しましたね‥‥行きましょう」
シャーリィが低い声で合図し、4機は再び西へと進軍する。
「ゴーレム4機、小型HW1機。こちらに気付いていますね」
幸香が見つめる先には、基地の東側を護るように立つ敵機の姿。その時、海の方から爆音と激しい銃撃音が響き渡った。
『こっちに来なよ、ワームども! 基地が壊れてもいいの!?』
戦闘音に交じって、外部スピーカーの最大音量で叫ぶ羽矢子の声が聞こえる。ゴーレム4機のうち2機が浮かび上がり、海側へと飛んで行った。
高坂機を最後列に、4機が基地へとブーストをかける。ゴーレムとHWの砲火の中、シャーリィ機が発生させた幻霧を抜けて基地内へと雪崩れ込んだ。
「時間を稼ぎます。その間に捜索と破壊をお願いします!」
「いや、陸戦班全機で敵を引き付けよう。突破できない!」
地上を這うように飛ぶHWにフェザー砲を撃ち込まれながらも、ゴーレムに熱剣を振るうシャーリィ機。アーサー機は牽制の機関砲を撃ち、立ち塞がるゴーレムの胴を双刀で薙いだ。
敵は3機、その後ろにはTW3機、新兵器と思われる建物は、そのさらに後方に見えていた。攻撃も回避もままならない今、突破するには戦力が足りない。
「あの頭痛に悩まされるのは正直耐え難いですからねぇ〜。本格的に配備される前にここで使い物にならないって証明しなくちゃいけませんよね。――空戦班に望みを託して、地上の敵を引き付けましょう」
前半はのんびりと、後半は低く、幸香が言う。ロックオンキャンセラーを起動し、シャーリィ機とゴーレムの間に弾幕を張ると、一息に接敵、熱剣を繰り出して敵胸部装甲を弾き飛ばした。
ゴーレムの肩部バルカンが掃射され、至近距離で銃弾を浴びたシャーリィ機と幸香機が後退。アーサー機はゴーレムの槍の一撃を肩に受けながらも、敵機体越しに機関砲の弾をバラ撒き、TWを挑発する。
「っ‥口惜しいが、今の私ではまだ打ち合えるほどの力は無い‥。ならばせめて‥目標達成のための時間を稼ぐっ!」
機体損傷75%。シャーリィは唇を噛み、空の仲間に希望を託した。
血塗れのコックピットで、ヒューイは活性化を発動していた。
「そろそろ潮時かもね‥‥」
前列に出た羽矢子機が、ゴーレムの攻撃を機剣で受け止め、言う。
羽矢子とヒューイは、基地内のワーム格納庫3箇所を破壊し、囮となって5機のゴーレムと2機のEQを相手に戦っている。だが、もはや限界だった。
その時、羽矢子の機体目掛け、機槍を構えたゴーレムが急加速をかける。
「させるかああぁッ!!」
「ちょっと!?」
その時、羽矢子機を庇って飛び出したのは、既にボロボロのヒューイ機。
機槍に貫かれ、爆発するアルバトロス。爆風に飛ばされた羽矢子機の眼の前に、脱出ポッドが転がって来る。
「‥‥置き去りになんて、しないからね」
羽矢子は、愛機の手にヒューイの脱出ポッドを掴ませると、敵軍との距離が開いた今を逃すまいと、煙幕を発生させた。
「海戦班、撤退する! 後は頼んだよ!」
羽矢子機はブーストを起動。脱出ポッドを大事に抱え、漁港から海へと飛び込んだ。
邪魔なHWをAAMの連射で退かせた真帆機、地上に弾頭ミサイルを撃ち下ろしてTWを牽制した千糸機が、ブースト加速で敵機の合間をすり抜け、新兵器の上空に到達する。陸戦班と海戦班の奮闘の成果は、確かに空へと反映されていた。
建物の屋上に据え付けられたCWからは、パイプラインのようなものが伸びており、屋内へと続いているように見える。
「ええい、邪魔者はあっちいけ」
ソーニャ機がAAEMとレーザー砲を駆使し、HW4機を必死で引き付けている。流石の彼女らの機体にも、損傷が目立ち始めていた。
「新兵器破壊をお願いします! TWは、私が――!」
対空砲を煌かせ、発射準備に入ったTWに、陸戦班の幸香機がブーストで肉薄する。甲羅の上を銃弾が踊り、熱剣が敵機の脚を貫いた。だが、
「危ない!」
「――!?」
アーサーの叫びとともに、TWの大口径プロトン砲が幸香機へと向き、光の奔流が地上に溢れる。
最終装甲まで剥き出しにして倒れたイビルアイズを護るように、アーサー機とシャーリィ機がTWの前に出た。
「皆の努力を無駄にはできないです! CW、破壊するです!」
「ダミーの可能性もあるけど、確認するには破壊してみるしかないか‥‥早々に潰してあげるわ」
『無理じゃない?』
どこからともなく響く声。真帆と千糸は反射的に回避機動をとる。
しかし次の瞬間、2機は飛来した大型ミサイルに被弾し、激しい爆炎が巻き起こった。
「山羊座!」
ソーニャ機が急降下し、2機の間で煙幕銃を撃つ。だが、千糸機は逆に上昇して煙幕を抜け、照明銃を撃ち上げた。
煙幕をスクリーンに、一瞬だけ浮かび上がるFRの影。そこへ突入してきたのは、リア機、小町機、南波機の3機であった。
『山羊座さん‥‥これで会うのは3度目ですね! そろそろ覚えて戴けたでしょうか?』
リア機のバルカンがペイント弾を吐き出し、照明銃に気を取られていたFRの装甲に色を着ける。
『おばはん! おばはん! 光学迷彩、顔の皺消しにでも使っとけババア!』
『は‥ハァ!? 死ねクソガキ!!』
好き放題に挑発し、銃撃を仕掛けてくる小町に激昂したか、光学迷彩の解けたプリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)のFRが一瞬、赤い光を放った。
「‥‥やばい!」
FRを引き離そうと動いていた小町が、危険を悟ってラージフレアを展開したその時――無数の小型ミサイルが、3機の周囲を覆い尽くす。先程とは比べ物にならない火力で爆炎が渦巻き、3機の装甲が見る間に溶け落ちて行った。そして、離脱した先で容赦なく撃ち込まれる、FRとHW群のプロトン砲。機体損傷率が一気に跳ね上がる中、小町は、リア機に砲を放ったFR目掛けてAAMを撃ち放った。
『そんなもの‥‥!』
軽々とかわすFR。だが、リア機の放った青白い電撃の腕にその身を絡め取られ、すかさず小町機と南波機が突進して至近距離から銃弾の雨を降らせた。
『えっ‥?』
明らかに動きが変わった能力者達の機体。我に返った山羊座が地上を見下ろすと、千糸機、真帆機、ソーニャ機の攻撃を受けて破壊されたCWが目に入った。
『よそ見してるから悪いのです!』
『あら、やっぱり内部に本体があったのね』
崩れ落ちた建物の隙間から、何本ものパイプラインを持つ中枢装置のようなものが覗いている。FRは慌てたように急降下を始めた。
『行かすか!』
小町機が追い縋り、G放電装置を展開する。しかし、慣性制御で急停止したFRを捉えられず、意図せず追い越した瞬間にプロトン砲の直撃を受けた。空中で大爆発を起こしたディアブロから、脱出ポッドが射出される。
『この前よりもパワーアップしてますっ! 只では済みませんよっ!!』
空中停止したFRを狙い、リア機のDR‐2荷電粒子砲が光を放った。薄暗い空を雷光のように眩く照らし、膨大な光の渦がFRを飲み込んでいく。
「敵新兵器、破壊完了です」
全機に響く、ソーニャの声。もうもうと煙を上げる中枢装置は、各所に激しく火花を散らして炎上していた。
「南波より全機へ。任務完了、撤退しろ!」
南波の通信を受け、陸戦班のアーサー機とシャーリィ機が後退。そして、高坂の張った煙幕を壁にして変形すると、小町と幸香を回収し、コックピットの簡易補助シートに乗せて発進した。
『今は決戦の時では御座いませんわ、またの機会に』
追撃するHWの砲火を何とか回避しながら、次々と離脱していく能力者達の機体。
高威力の荷電粒子砲を浴び、外部装甲の一部を完全に溶かされたFRは、ソーニャの言葉にも反応せず、ただそれを見送っていた。
「‥‥殺してやる」
呪詛のように一言、呟きながら。