●リプレイ本文
●出撃前
「リアム、会うの久しぶりだね。元気だった?」
「トリシア。来てたんだ」
一人で本を読んでいたリアムに、金髪に赤い瞳の少女が駆け寄って来る。トリシア・トールズソン(gb4346)だ。その後ろには、愛梨(
gb5765)と鈍名 レイジ(
ga8428)の姿もあった。
「うん。ほら、愛梨もレイジも一緒だよ。頑張ろうねっ」
「久しぶり。あんたも傭兵になったのね、歓迎するわ」
愛梨はリアムと目が合うなり、即座にツンとした表情で腕組みしてみせる。
「あ、でも傭兵としてはあたしが先輩だから、そこんとこよろしくね、後輩。仕方ないから、今回も力を貸してあげるわ」
「人生の先輩は僕の方だろ」
「いっ、1年や2年早く生まれたぐらいで偉そうにっ!」
言い合う二人を見守っていた緋沼 京夜(ga6138)だったが、暫くして、口を開いた。
「愛梨、俺に助けを求めてまで、成功させたかった依頼だろう? 素直になれ」
「べ、別にっ、来たけりゃ来れば? って言っただけだしっ」
頬を真っ赤に染めて、京夜の言葉を全力否定する愛梨。
鋼 蒼志(
ga0165)はそんな彼らを眺め、ぽつりと呟きを漏らした。
「‥‥ふむ、ちょっとした自分探しみたいなものですかね」
それを耳に捉えたレイジが、背中を預けていた壁から離れる。傷ついた身体が、ズキリと痛んだ。
「なぁ、リアム。あんたは『あの人』に会いたいと思うか?」
プリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)の事だと解し、リアムは迷うような表情を見せる。
「自分をもっと知りたいと、そして、あの人を知りたいと、そう思うか?」
「‥‥会ってみたい。でも、その先はまだ考えてない。‥‥僕が、どうしたいのかも」
リアムの返答が、格納庫に暗く響き渡った。傭兵達の視線が、彼に集まる。
「成程。ま、何にせよ、親を追いすぎて危険な目にあわないよう気をつけてくださいね。あなたはあなたで親とは違う‥‥そう理解しているのでしょう? ‥‥同じ過ちは繰り返してほしくありませんからね」
「リアムは‥‥リアムよ」
過去に苦い経験をしたが故に厳しい、蒼志の口調。無言で頷くリアムを見つめ、愛梨は誰に向けるでもなく、呟いた。
「強くなりましょう。強くなればたのしめます。悲しくなるより、もっと強くなりましょう」
唐突にそんな事を言い出したのは、ハーモニー(
gc3384)だ。
「つまらない事は嫌いです。悔いる事も悩む事もありますが、それより強くなってたのしみましょう。さあ、今回は強くなるための第一歩です」
愛機へとマイペースに歩いていく彼女の言は、一見的外れにも思える。だが、ゾディアックである母を止めるどころか、対等に渡り合う事すら難しいリアムにとっては、考えさせられる所があった。
「そうだ! 終わったら皆で遊ぼうね!」
しみったれた話は終わりだとばかりに、夢守 ルキア(
gb9436)が両手を叩いて声を上げる。
「そうそう。綺麗な砂浜だし‥‥EQ殲滅したら、安全確認しといたほうがいいんじゃないかしら? その後は遊んでげふんげふん」
ここぞとばかりに乗って来るエリアノーラ・カーゾン(
ga9802)。仕事にかこつけたつもりが、うっかり本音を口走りかけ、咳払いで誤魔化しを図る。
「えー? EQ倒せても、すぐ砂浜で遊ぶ許可は出せないよ」
「ダメ? ああそう、そりゃそうよね‥‥」
ヴィンセント・南波(gz0129)に却下され、がっくりと肩を落とすエリアノーラ。だが、ルキアは諦めない。
「ええー? それ位ご褒美があってもいいんじゃない? いつ終わるかわからない命なんだから」
しかし、南波は許可を出さなかった。アーサー・L・ミスリル(
gb4072)も少し残念そうに、肩を竦める。
「綺麗な砂浜だな。今度こそ神戸を落ち着かせて、この砂浜を歩いてみたい」
彼は資料の中から美しい砂浜の写真を手に取り、壁際の灰皿の前で紫煙を燻らせているレイード・ブラウニング(
gb8965)の方を見た。
「これを誰でも見られる様になるなら、ミミズの一匹や二匹、相手にしてやるさ」
「一人頭で考えればそんなものか」
写真をヒラヒラさせて微笑むアーサーに、レイードは大きく伸びをしながら言った。
「ったく、こっちも多いとはいえ、よりにもよって面倒な奴が9匹か。こりゃ、気を引き締めていかないとな」
「そうだな」
レイードの言葉に頷き、そして愛機のシュテルン・Gへと視線を移すアーサー。
「――この前は逃したけど、今度はそうはいかない」
彼は浜坂の写真を見つめながら、静かに出撃の時を待っていた。
◆◇
「幸運の女神がついてるから、大丈夫!」
GooDLuckを発動したルキアの骸龍が、砂浜目掛けて地殻変化計測器を投下する。さらに、東の河口から浜を取り囲むようにしてソナーブイと計測器を設置し終えたトリシア機と京夜機からも、ルキア機へと情報が伝えられて来た。
「9体全て位置把握、6体が浜の西側より接近中。浜に着陸するなら東寄りに、今のうちだよ」
「3体の位置が東の河口に近い。エリアノーラ、レイード、そのまま少し待って」
ルキア機、そして南波機がジャミング中和を開始し、各機にEQの位置情報を送りながら指示を飛ばす。
蒼志の雷電、レイジのディスタン、ハーモニーのディアブロが素早く浜中央に着陸し、西から迫るEQ6機を迎え討つべく人型に変形した。
海側の空から着陸したのは、愛梨のグリフォンとリアムのヘルヘブン。主戦力組の3機に向かっていたEQのうち、2機が方向を逸れて彼らへと迫る。
アーサー機、そして南波機が浜に着陸し、河口付近の敵機の注意を自分達へと向けさせた。エリアノーラのリヴァイアサンと、その上空で着陸機会を待つレイードのグリフォンが浜へ侵入する隙を作る為だ。
「‥‥こんな綺麗な場所を荒らすだなんて無粋な蚯蚓ですね」
足元まで達した2機のEQが、白砂を撒き散らして目の前を塞いだ。蒼志は口端に小さく笑みを浮かべ、振り下ろされた刃を難なくかわす。
ドリル状に変形した雷電の右腕が唸りを上げ、EQの咆哮が、夏の浜辺を大きく揺るがした。
「レイジ君、ハーモニー君。回避して」
低空を旋回するルキア機からの指示に反応し、レイジ機とハーモニー機がブースト加速。飛び退るようにして位置を変えたその瞬間、足元の地面が弾け、禍々しいブレードを幾つも生やした蟲達が空を食んだ。刃の一本がハーモニー機の片脚を切り裂くが、致命傷には至らない。
「地下のミミズに中衛も後衛も関係ねぇってな。それぐらい読んでるぜ!」
レイジ機のファランクス・アテナイから生じた銃弾の嵐が、猛烈な勢いでEQの外皮を削る。
「後方だからこその意地を見せてあげます」
アグレッシブ・フォースを起動したハーモニー機が、レイジ機を狙う2機目掛け、ピアッシングキャノンの引金を引いた。蟲達の皮膚が傷つき、体液が噴き出し流れ落ちるのを視界に捉えながら、ハーモニーは更に機体を後退させた。
砲撃を受け動きの鈍った2機を前に、レイジ機がハイ・ディフェンダーを突き出す。刃がEQの体組織を貫き破り、そのまま真一文字に胴を切り裂いた。もう1機が大口を開け、ディスタンを呑み込まんと襲い来る。しかし、その攻撃が命中することは無く、頭の周囲に生えたブレードが、電磁場に護られたレイジ機の装甲を僅かに散らしただけであった。反撃の重機関砲を撃ち放ち、飛び散る体液の中を後退したレイジ機が、その銃口を蒼志機が相手取る2機へと向ける。
「中々、重いな」
超伝導アクチュエータを起動させた蒼志の雷電が、手にした機盾で敵の刃を受け止めた。盾の背後からドリルを突き出し、EQの体躯を深々と抉る。力を失い、倒れるEQ。更にもう1機の攻撃を受け止め、その体に螺旋を捩じ込むと、盾を強く押して一歩飛び退った。
追い縋るEQに、レイジ機の放った銃弾が命中する。蒼志はその一瞬の隙に機体を加速させ、ドリルを前に構えて真っ直ぐに突撃した。
「蒼き螺旋で――穿ち貫く!」
逃げる間もなく機能を停止させられた巨大な蟲が、地響きと共に崩れ落ちる。
「EQが逃げます。潜らないようにしなければ‥‥」
「させるか!」
自身の損傷も軽くない中で仲間が倒れ、2機のEQが砂の下に潜ろうとする仕草を見せた。レイジ機が重機関砲を構え、EQを押し上げるかのように、それぞれの胴から頭まで銃弾を撃ち込む。そして、その頭部にハーモニー機がスナイパーライフルの照準を合わせた。引金を引くと同時に蟲の頭が大きく弾け、再装填後の二発目が胴に風穴を空けた。
「終わりです」
低く響き渡る、スラスターライフルの唸り。蒼志機の銃口から吐き出された30発の銃弾が、EQの頭部を吹き飛ばした。
「来るわよ。しっかりやんなさいよ!」
「わかってるよ。愛梨こそ、EQが逃げたらちゃんと追ってくれよな」
海側に向かった2機を迎え討つのは、愛梨機とリアム機。狭い範囲で混戦状態に陥る事を避ける為、主戦力組とは少しだけ距離を開けている。
「2体、前から接近中。あと5秒で足元だよ」
ルキアの声が響き、2機は回避姿勢を取る。飛び退いた2機の装甲を、凶悪なブレードが大きく切り裂いた。
「二人とも、急いで体勢を立て直して」
低空からルキア機が接近し、2機のEQを狙ってピアッシングキャノンを撃ち下ろす。体液を噴き上げて頭を擡げる敵機に、体勢を整えた愛梨機がヘビーガトリングを撃ち放つ。
「ルキア! そっちを引き付けてて!」
「了解だよ」
リアムの声に応え、ルキアの骸龍が砲撃を放ちながら巧みに高度を上下させ、一方のEQの頭上を飛び回る。煩い羽虫を叩き落とさんと頭を振り回すEQ。
高速二輪モードのヘルヘブンが地を駆け、愛梨機の銃撃の合間を狙ってチャージ。重い激突音とともにEQの体躯がディフェンダーの刃に貫かれる。そして、リアム機は再度機剣を振るい、敵の体表を切り裂いた。しかし、抵抗する蟲に吹っ飛ばされてしまう。
「リアム!」
追撃しようとするEQに、愛梨が銃弾の嵐を浴びせかける。幾度となく刃が襲い掛かるも、愛梨はルキアの援護を受けながらガトリングをリロードし、撃ち続けた。そして、起き上ったリアム機もまた重機関砲を構え、十字砲火の形を取る。
「リアム。ここでヘタうってなんていられないぜ。うっすらとでも自分の道を見つけたなら、きっとそう遠くない内に‥‥『その時』が来る」
見れば、主戦力組がEQ3機を倒し、レイジ機とハーモニー機が海側に加勢して、もう一方の敵機に攻撃を開始していた。レイジに短い返事を返し、リアムは重機関砲の引金を引き続ける。
身を捩り、愛梨機を道連れにせんと大口を開けて迫るEQ。しかし、それが呑み込んだのはKVなどではなく、愛梨が撃ち込んだ榴弾であった。
炸裂したグレネードが、内部から蟲の巨体を四散させる。
「そっちが逃げる!」
1機が倒されたのを感知し、もう1機がハーモニーの銃弾を受けながらも、レイジ機のリロードの隙をついて地中に潜り込んだ。だが、地に逃げても海に逃げても、その動きは全て観測されている。
「海に逃げるよ」
「追うわ」
ルキアの指示を受けた愛梨が、すぐさまステップ・エアを起動して水上へと躍り出た。ソナーブイの情報を頼りに敵機を探し、その巨体目掛けて一気に潜水する。
発射された魚雷が目標を捉え、爆発と共に水柱が上がった。浮上したグリフォンが白い泡の中に再び潜り、そこにうっすらと見えた蟲目掛け、アサルトライフルを撃ち下ろす。
「‥‥やった!」
海底に沈み、機能を停止するEQ。愛梨はコックピットの中で、思わず安堵のため息を漏らした。
地面から生えた刃の塊が、アーサー機を横殴りに打ち付ける。しかしシュテルンは揺らぐこと無く踏み止まると、「大般若長兼」 「白双羽」の二刀を振るい、組み付いた敵機を薙ぎ払った。
「点から点へ‥‥」
3機のEQの攻撃をかわしながら、それらを迂回するように滑らかな弧を描くアーサー機。90mm連装機関砲で弾幕を形成し、自機に相手の注意を向けさせる。そこで、南波機がレーザー砲を構え、3機を順番に撃ち抜いていった。
『そら、お前の相手はこっちだ。来い!』
アーサー機と南波機に気を取られていた3機の背後から、レイードの声が響き渡る。同時に、撃ち放たれたロングレンジライフルの銃弾が2発、EQ1機の胴に穴を穿った。
「報告書読んでて、いっつも思うんだけど。対EQ戦って、モグラ叩きならぬ、ミミズ叩きよね‥」
同じくEQの背後に上陸し、強化型ショルダーキャノンを撃ち込みながら苦笑するエリアノーラ。4機による挟撃を受け、EQ3機のうち1機が、早くも砲弾に体を吹き飛ばされ、脱落する。地面から首を伸ばしブレードを叩きつけてくるEQに、エリアノーラ機は火花を散らしながら砲口を向け続けた。
「水中用兵装は分が悪いわね‥‥いいわ。1機ずつ、コツコツと」
ベヒモスの使用を諦め、向かって来るEQに砲を叩き込むエリアノーラ。レイード機がライフルを再装填し、砲弾を受け弱った敵機の腹に照準を合わせる。遠距離からの銃撃はEQの巨体を貫通し、噴き出す体液が白砂の海岸に流れ、染みていった。不利を悟ったEQは地中に潜り、逃走を開始する。
「そう簡単に、逃がしますか、っての」
即座にエリアノーラ機が川へと飛び込み、レイード機もステップ・エアを起動して、敵機を追撃し始めた。
「そっちは頼んだ! 俺はこいつを倒す!」
アーサー機が素早く身を翻し、振り下ろされたEQの頭部をかわす。衝撃に地面が揺れ、再び頭を擡げるその前に、シュテルンはPRMシステム・改を起動。
いつの間にか加勢した蒼志機が、スラスターライフルの銃撃でEQの動きを止めていた。アーサー機は十二枚の可変翼を広げて跳躍すると、左側のバーニアだけを強くふかし、機体を回転させる。
PRMの効果を乗せて威力を増した機刀が、円を描いてEQの咽元を切り裂き、沈黙させた。
「――下か!」
送信されたデータを見て、レイードは咄嗟に操縦桿を切った。
水中から飛び出してきたEQの禍々しい口がグリフォンの後肢を掠め、機体損傷を知らせるアラームが鳴り響く。
「逃すなという事なんでね。潰させて貰う!」
EQが再び水中へと逃げた直後、レイード機が潜水。そこに見えた影を狙い、ホールディングミサイルを発射した。
『逃げようとしても、無駄よ』
低い女性の声が響き、水中に姿を現したのは、エリアノーラのリヴァイアサン。
EQの尾をアクティブアーマーで受け止め、システム・インヴィディアを起動する。
振るわれた水中機槍斧「ベヒモス」が最後のEQを切り裂き、海に沈めたのは、その一瞬後の事であった。
◆◇
傭兵達の活躍により、兵庫県内のワーム戦力は全滅した。
そして、兵庫UPC軍が新温泉町の奪還を宣言したその日、兵庫県はその全域に於いて、バグアの支配から解放されたのであった。