●リプレイ本文
「あらあら、数が多いことですね〜」
アッシェンプッツェルの操縦席に座し、フィリス・シンクレア(
ga8716)は金の髪をクルクルと指で弄りながら、前方に見える敵機の数を数え始めた。その左右、イビルアイズとスカイセイバーに搭乗する明星 那由他(
ga4081)とドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)の二人は、敵味方に踏み荒らされるサトウキビ畑を、やるせない気持ちで見つめている。
「荒野もいっぱいあるのに、わざわざ畑を選ぶなんて‥‥。人類には‥‥大事な場所もバグアにしたら‥‥伏兵のしやすいところでしかないのかな‥‥」
「勿体ない。‥‥うん勿体ないよ。こんな所が戦場なのか」
背の高いサトウキビは、キメラの目から一般兵の姿を隠し、守ってくれる。戦場に畑を選んだのはバグア軍ばかりではなく、それが余計に、彼ら二人の心に引っ掛かっていた。やはり、畑を荒らすような戦闘は気が進まない。
「だからさ。早く終わらせる」
「規模からして、あれが敵陸戦部隊の本隊でしょう。‥‥ぬからないで下さいね」
畑の至る所に潜むCWが頭痛を生じさせ、金に染まったイーリス・立花(
gb6709)の目が細められる。ドゥの言葉を継ぐようにして、イーリスはパピルサグの風防越しに敵軍を見据え、低い声で皆に念を押した。
「新しい機体、慣らすにはやはり実戦が一番ですか」
ブレイブソードを抜き放ち、機体各部の駆動を確認するヨハン・クルーゲ(
gc3635)。大規模作戦に向け新調したオウガ『NULL』のテストを兼ねて作戦に参加した彼は、真新しいコックピット内をぐるりと見回してから、再び敵機へと意識を集中する。
「これが‥‥彼等の取り戻したい‥‥故郷‥‥」
正規軍のKV部隊が動き始めたのを視界に収めながら、ウラキ(
gb4922)は、その背景たる広大な畑を見ていた。
「綺麗なところですね」
「‥‥ああ。そうだな‥‥」
ぼんやりと呟いたウラキへ、シュテルン・Gに乗る立花 零次(
gc6227)が、まるで独り言のように言葉をかける。短く応えるウラキ。
太陽と大地の恵みに育まれたサトウキビが、人と自然が手を取り合って生み出した生活の証が、そこにはあった。
この大地で命を落とした戦友のため、今ここで戦う兵士達のため、決して負けるわけにはいかない。
後列では、篠崎 美影(
ga2512)のスカイスクレイパーが正規軍KVと通信を交わし、互いの作戦と役割について最後の擦り合わせを行っていた。
「――さあ、頑張って行きましょう」
戦闘開始を告げる、美影の言葉。
押し寄せて来る有翼キメラの群れに正規軍KVが猛烈な対空砲火を浴びせ、傭兵機と敵本隊は、少しずつその距離を詰め始めた。
◆◇
イーリス機、那由他機の2機が、バーニアを吹かして大きく跳び上がる。
前列の本星型HWがジャンプ変形を試みる2機を撃ち落とそうとフェザー砲を放つも、長射程銃器を持つ他の傭兵機の集中砲火を受け妨害されてしまう。
「行きますよ。HWが釣り出されてくれれば良いのですが」
「無理だったら‥‥ヒュドラを爆撃するだけ‥‥」
やや不安定な状態で戦闘機形態に変形した2機が、加速しながら火線の上を滑って行く。それを受けて迎撃に上がって来たのは、本星小型HW2機とヒュドラ1機だ。
ヒュドラはすぐさま銀の霧を展開するが、その範囲内にわざわざ入ってやる義理は無い。イーリスは怯む事無くK−02の発射レバーを引いた。ロッテを組んで接近する2機を止めようと比較的密集していた敵機は、まるで覆い被さるようにして迫る小型ミサイルの壁から逃れ切れず、呑み込まれて行く。
そして、爆煙の中から飛び出して来た本星型2機を前に、接敵した那由他のイビルアイズがロックオンキャンセラーを起動。パイロットの目視戦闘が可能な有人機ゆえに、無人機ほどの命中率の低下は見られないが、効果が無いわけではない。那由他機は飛び来る紫光をロールでかわす。風防越しにカリの景色がくるりと回り、被弾の衝撃を感じながらもロケット弾ランチャーの引金を引く那由他。
16発のロケット弾が白い尾を曳き、2機の本星型へと吸い込まれて行く。赤く強い光がそれを弾き飛ばしたのを見て取ると、イーリス機が重機関砲を唸らせ弾幕を張り、敵の練力を削り始めた。
イーリス達が敵機3機を上空で釘付けにしている一方、地上班の突入もまた開始されていた。
「空には行かせてあげませんよ〜!」
イーリス達を迎撃すべく3機の敵機が離陸した直後、フィリスのアッシェンプッツェルが突然、急加速をかける。黒で塗られた機体が機盾槍「ヴィヴィアン」を構え、パンプチャリオッツを起動。ウラキ機の援護のもと、最後列、右翼のタロス目掛けて単騎突撃を仕掛けたのだ。
凄まじい爆発力で迫る攻撃をタロスは幅広の機剣で弾こうと動いたが、あまりの重さに受け損ね、零れた槍先が深々と腰部に突き刺さる。CWの影響か、やや浅い。すぐさまヒュドラが急行し霧の中にフィリス機を呑み込むが、予想外の突撃を受けた敵軍は隊列を乱していた。
「地殻変動計測装置搭載の機体は、所定のポイントへの設置を急いで下さい」
美影の指示に従い、ウラキ機、零次機、そして傭兵機の左右から対空砲を撃ち有翼キメラを次々と撃ち落としていた正規軍機の2機が、EQの襲来に備えて地殻変化計測器を設置する。突撃前にフィリス機が設置していったものと、美影自身の計測器も足せば、地中への備えは万全に近い状態であった。
美影は機を疾らせ、敵側面を迂回してフィリス機を援護できる位置へ移動する。タロス2機を相手にデモンズ・オブ・ラウンドと機盾槍「ヴィヴィアン」の二刀流で奮戦するフィリス機の斜め後方からガトリング砲を撃ち放ち、片方のタロスに銃弾の雨を浴びせ掛けた。1機が怯んだ隙にフィリス機が大剣を振り下ろし、タロスの機剣を弾く。ガラ空きの胴に槍先を突き込み、敵の肩砲の一撃を胸に受けながらも、槍を振り回して敵機を横に投げ飛ばした。
美影機の至近を守るのは、ドゥのスカイセイバーだ。班分けで考えるとイーリス達と組む予定ではあったが、彼自身が想定していた作戦が主にEQの対応であった事などから、空には上がっていない。
彼は、美影機の周囲を移動し、サトウキビの間に隠れていたCWを見つけては機剣を叩き込み、破壊していた。スナイパーライフルを構え、フィリス機に投げられたタロスに銃弾を撃ち込む。CWの影響が強いうちは当たりづらかったものの、ある程度自機周辺の頭痛発生源が減少すれば、狙撃も楽になる。
「無茶は禁物ですよ」
「ありがとうございます。本当に危ない時は撤退させて頂きますが、出来る限りの事はしますよ」
ウラキ機、ヨハン機とともにヒュドラを狙う零次機へと、通信を送るドゥ。重傷をおしての参加を気遣うその言葉に、零次はすぐそばの畑の中に見えたCWをマシンガンで粉砕しながら、応えた。
「ん?」
ヒュドラへとスナイパーライフルを向けて移動していたヨハン機のファランクス・ソウルが、何の前触れもなく唐突に銃弾を吐き出す。畑の中を確認してみると、そこには怪音波を発するCWが鎮座していた。
「‥‥パイロットの視界内から敵を照準するわけではないのですね」
ヨハンはひとしきり感心すると、CWを破壊してヒュドラへと向き直る。すると、前列に出てきたタロスが狙撃銃を構え、本星型のフェザー砲、ヒュドラのレーザー砲とで連携攻撃を仕掛けてきた。
零次機とウラキ機が盾や機剣を掲げ、装甲を削られながらも受け凌ぐ。出来る限り火線を掻い潜り、機敏に動き回りながら狙撃を続けるヨハン機に合わせ、2機も防御の合間に銃口をヒュドラに向け、猛烈な勢いでその装甲と、前面に生えた不気味な首を跳ね飛ばして行った。
「カリ方面よりアースクェイクが接近中です! 距離約200! 足元に注意してください!」
美影の警告を受け、EQの襲来に備える傭兵達。
零次機がPRMシステムを起動させ、命中精度を底上げする。敵機の砲火と交差して高分子レーザー砲が火を噴き、ヒュドラを穿った。光と揚力を失い畑と口付けた七つ首のワームを一瞥し、迫るEQの気配を避けて跳び退るシュテルン。
ウラキ機のツングースカと、ヨハン機のショルダーキャノンがタロスを向く。十字砲火の形で撃ち放たれたそれらが敵機を挟み込むのを見届け、2機は大きく跳んだ。
「来ます!」
次の瞬間、それぞれに回避行動をとった傭兵機、正規軍機の間の地面が八か所に渡って突き上げられ、弾け飛んだ土塊とサトウキビが舞い踊る。
「こっちも余裕はありませんが‥‥1発ぐらいなら! 退いてください!」
上空で本星型の砲撃を何とか回避しつつ、イーリス機は若干高度を下げると、正規軍機に近い4機のEQをロックオン。正規軍機が後退したのを確認し、250発のマイクロミサイルを地上へと撃ち放った。
慌てて地中に潜ろうと動くEQだが、さほど素早くもない彼らには、降り注ぐ無数のミサイルの雨を避けることなど出来ない。蟲たちは爆発の連鎖に呑まれてのたうち回り、キメラの相手を殆ど終えた正規軍機の格好の餌食となった。
地上へ注意を向けていたイーリス機の上部装甲を、ヒュドラのレーザー砲が灼き溶かす。しかし、離れず飛ぶ那由他機のロケット弾に弾き飛ばされ、旋回してきたイーリス機の螺旋ミサイルを喰らって爆散した。
「‥‥まだ‥‥強化FFがある‥‥」
那由他機とイーリス機を狙う本星型には、まだ強化FFの輝きがある。二人は連携して攻撃を加えて行くが、敵のフェザー砲によるダメージは確実に2機を蝕んでいた。
ターゲットたるEQの出現に、ドゥは美影機のそばを離れないよう注意しながら機剣「グラディウス」を構える。
「10時の方角、EQが来ます!」
美影の警告を聞き、大きく機をジャンプさせるドゥ。土塊を噴き上げ地面から現れたEQの胴に、美影機のガトリング砲が無数の穴を穿った。
「人様の畑を滅茶苦茶にするな!」
エアロダンサーを起動したスカイセイバーが、機剣を振り被る。アグレッシブトルネードで攻撃速度を増した青と白の機腕が、目の前を塞ぐEQの首を袈裟懸けに斬り裂き、さらに二度の突きを繰り出して深々と肉を抉ると、重力に任せてそのまま地面まで斬り裂こうとした。
「お‥‥っと?」
ドゥ機の足が地面に着くより前に、機剣がEQの胴に生えたブレードと噛み合い、止まる。慌てて敵の胴を蹴り機剣を抜くと、既に機能停止していた蟲がぐらりと傾ぎ、地面に倒れた。
着地と同時に、地面から突き上げて来る別のEQ。ドゥ機が呑み込まれる事は無かったが、ブレードに装甲を深く斬り裂かれてよろめき、即座にマシンガンとレーザー砲で反撃を加える。
「さあさあ、終わりにしますよ〜?」
美影機の援護のもと、タロスに肉薄したフィリス機が機剣を振るう。貫かれた敵機が肩砲を撃つも、弾ける装甲を物ともせず、もう一方の腕で機槍を突き込んだ。
機能を止めたそれを槍先から払い、もう一方のタロスへ向けるフィリス機。自機へと撃ち放たれたエネルギーキャノンの眩い光を、機槍の特殊フィールドで受け凌ぐ。
EQを倒し終わったドゥ機と美影機が再び連携してフィリス機を援護し始めた今、タロスの運命はもはや決まったようなものだった。
『足元! 仕掛けたのに気づかなかったか?』
前進してくるタロスに、真剣な声でハッタリをかますウラキ。足元が見えない事を利用した嘘に、機剣を携えたタロスは一瞬足を止めた。
その隙に、迂回して側面を取ったヨハン機がファランクスを唸らせ接敵し、零次機のマシンガンが逆側から敵機を狙う。ふわりと浮き上がってこれを避けたタロスだが、ウラキ機のツングースカの掃射を紙一重でかわした後は、さすがに反応が遅れた。間髪入れずに撃ち込まれた重機関砲に装甲を削り取られ、さらに、突入してきたヨハン機とウラキ機の機剣が迫る。
だが、割り込んで来た本星型がフェザー砲でウラキ機を狙い、その側面装甲を灼いた。すぐさま零次機がレーザー砲とマシンガンで本星型を抑えにかかるが、強化FFを展開するまでもなく硬い装甲に弾かれる。
「せめて分断させなくては‥‥!」
重体の体に鞭打って、本星型の注意を引こうとする零次。これが無人機であれば無視したかもしれないが、機械的な処理をしない有人機は、『鬱陶しい』というパイロットの感情のままに零次機へと向き、フェザー砲で反撃を開始する。
本星型のマークを外れたヨハン機が、ショルダーキャノンで牽制を加えながらタロスへと肉薄した。ウラキ機の銃撃を受け回避能力を落とした敵機目掛け、力の限りブレイブソードを振り下ろす。
ぐらり、と傾ぐタロス。その目の前には、ウラキのノーヴィ・ロジーナが居た。
突き出されたタロスの機剣をハイ・ディフェンダーで受け流し、その装甲の隙間にソニックナイフを突き立てる。
『‥‥悪いな。さっきのは‥‥ハッタリだ』
ナイフの超振動に引き裂かれ、機能を止めたタロスは、ゆっくりとその場に倒れた。
本星型2機が放つフェザー砲を急旋回でかわし、反撃の銃弾をバラ撒くイーリス。急激なGで狭まる視界の端に、ツングースカを掃射して敵機の練力を削り続ける那由他のイビルアイズが見えた。
「畑は‥‥無事だった部分だけでも後で刈るのかそれとも放置か‥‥、どっちだろう」
「悪い方には考えたくないですね」
殆どドッグファイト状態の戦闘中に、眼下で踏み荒らされていく畑を心配する那由他。イーリスにも喋る余裕など無かったが、真剣に思い悩む彼を放ってはおけず、通信はつけっ放しにしていた。
敵機に追われていた那由他機が空中で跳ね上がるように急減速し、今度は本星型の背後を取る。イーリス機はその進行方向に弾幕を張り、確実に敵機を捉えていた。
その時、
「お待たせしました。地上の敵に少し手を取られたものですから」
反撃しようと旋回をかけた本星型2機に、スナイパーライフルの銃弾が襲い掛かる。さらに、低空へ突入してきた2機のKVが機関砲を唸らせ、挟み撃ちにした本星型の練力を凄まじい勢いで削り始めたではないか。
「‥‥加勢する」
地上に残る本星型とEQをフィリス達と正規軍に任せ、ウラキ機、ヨハン機、零次機の3機が空へ上がって来たのだ。
「‥‥あと少し‥‥気を抜かずに行こう‥」
「流石に、5対2で負ける気はしませんね」
強化FFを維持し切れなくなった2機の本星型に、那由他機のロケット弾と、イーリス機の螺旋ミサイルが次々に襲い掛かった。
◆◇
敵陸戦部隊の本隊を撃破した傭兵達とUPC軍は、統率を欠いたキメラや無人ワームを蹴散らしながら、カリ北東部の旧飛行学校まで攻め進んだ。
他方面から包囲網を狭めていたUPC軍も徐々に勝ち進み、勝利の美酒は、もはや手を伸ばせば届くところまで近づいていた。