●オープニング本文
前回のリプレイを見る バロウズがバグアとの繋がりを持ち始めたのは、シェイド討伐戦の頃であった。
クリーヴランドはデトロイトへのバグア流入を防ぐために重要な軍事都市であり、敗北は許されない。
市周辺では時折戦闘が発生したが、それは人類が優勢であるかのように見せるための、バロウズとバグアが演じた狂言に過ぎなかったという。
バグア軍は適度に人類の反撃を受けた時点で必ず『撃退』され、前線は常に一定の位置に保たれてきた。
その見返りにバグアが要求したのは、市内への『緩やかな侵入』だ。
クリーヴランドという土地は、デトロイトやオタワの内情を探る上で、非常に好都合な位置にあった。
バグアはバロウズの手を借りて、UPC軍の中から優秀なヨリシロや強化人間の素体を手に入れ、駐留軍や市内に用意された拠点を中心に、潜伏する人数を増やしていった。
バロウズとて、そのリスクを理解していなかったわけではないだろう。だか、それによって彼が軍内の高い評価を得ていた事は、事実だ。
女癖の悪いバロウズに近付いたジルは、当初はただの愛人の一人でしかなかった。その後、バロウズが彼女の狂った金銭感覚を見抜き、利用したに過ぎない。
管制塔に勤務する傍ら、幾つものスパイ行為に手を染めた。
しかし、2月、【North America Strikes Back】――東海岸奪還作戦の発令が、その『均衡』を歪める結果となった。
作戦発令後も大規模な攻勢に出ようとしなかったバロウズは、当時の副司令と対立し、彼女に身辺を探られるようになった。
慌てたジルは副司令の夫に近付き、彼女のスケジュールや行動範囲を徹底的に調べたが、準備不足の行動はすぐに基地内で噂になり、逆に追い詰められてしまう。
さらに言えば、オタワが東海岸奪還を宣言した以上、バグアと取引を続ける事も難しい。
バロウズとジルは、第三者に全ての罪を負わせて殺害する計画を立てた。
バグアを上手く誘導し、輸送機を撃墜させる。そして副司令を殺害させた後は、適当に『スパイ事件らしい』事件を起こさせた。その間に、素人の女に機密を運ばせ、一連の事件の容疑者として認識させた後に、殺害。
その後は、スパイ事件を口実にオタワから更なる戦力を呼び寄せ、市内外のバグアを叩き潰せば良い。
例え市内にバグアの痕跡が発見されたとしても、全て死んだ女の仕業としておけば良い。
「君とクレア少尉は、友人だと聞いたが?」
「違うわよ」
取調官の問いに対し、ジルは嫌悪感を露わにした。
「あの子はね、自分よりブスな女を隣に置いて、引き立て役にするタイプの女なの。男に声を掛けられれば、勿論いい男の方を持っていくし、たまたま私にいい男が寄ってきたら、必死で粗探しして、やっぱり大した男じゃないのね、って納得して見下すのよ。無邪気な振りして私と同じ服やバッグをわざわざ買ってきて、自分の方が似合うでしょって顔して並んで歩くのが大好きな馬鹿女」
そこで、彼女は急に声のトーンを落とした。
「あの子に彼氏取られそうになる度、お金で男を繋ぎ止めるしかなかったわ。いくらあっても足りなかった。‥‥自分には、本命の彼氏がいたくせにね」
ピアノに細工をしたのは、ちょっとした憂さ晴らしのつもりだった。
しかし、思った以上に取り乱し、負傷の事実を只管に隠そうとするクレアを見た時、ジルは優越感に似た高揚を感じたのだという。
そして2月、窮地に立たされたジルは、クレアを身代わりに選んだ。
傷の治りを気にして精神的に摩耗していた彼女を騙し、機密を運ばせるのは簡単だった。後は共犯者として彼女を脅し、殺害するその時まで、スパイとして動かしておくだけで良かったのだ。
罪悪感はないのか、と責める取調官を見て、ジルは暫く沈黙し、無表情で吐き捨てた。
「べつに」
◆◇
――7月。
バロウズは相変わらず黙秘を続けていたが、ジルの証言を元に、市内外の幾つかのバグア拠点が発見され、親バグア派や一部の強化人間がUPC軍との戦闘の末、敗北していった。
それでも、それらは氷山の一角に過ぎないのだろう。
長期間に渡って静かに、緩やかに数を増やした異物を、完全に取り除く事は難しい。相応の時間が必要だった。
「ピッツバーグの一部が浮上したか‥‥」
「はい。ダウンタウン地区――所謂『三角州』が浮上して、オタワ方面へ向かっているとか」
バロウズに代わり、任地をクリーヴランドへと移したロバート・ミラー大佐の呟きに、UPC北中央軍大尉のヴィンセント・南波は手元の端末に目を落としつつ、答えた。
バグアはピッツバーグという都市を切り捨てるつもりか、一部を空に浮かせ、それそのものを武器として人類側制空圏へ侵攻させている。極北で空中要塞と化したチューレ基地ほど人類に脅威を感じさせるものではないが、今まさに奪還せんと意気込んでいた矢先に攻略目標都市をクレーターに変えられた、その落胆は確実に兵士の士気を下げるだろう。
「‥‥仮に、三角州を墜とし、ピッツバーグの制圧に成功したとしても、だ。ワシントンに向けて突き出た前線の維持は、容易な事ではないだろう」
窓の外を眺めながら、ミラー大佐は唸るような呟きを漏らした。
州都コロンバスの攻略が未達成である今、ピッツバーグに最も近い人類側の大規模拠点は、ここクリーヴランドである。奪還された後の彼の地を維持するには、位置的に見ても、駐留軍の規模から見ても、必要不可欠な都市なのだ。
「私なら‥‥三角州に衆目が集まっている今、クリーヴランドを潰します」
顔を上げ、大佐の背中に視線を移す南波。端末の画面に映る地図を指で撫で、言葉を継いだ。
「長い時間をかけてこの都市に浸透してきたのなら、諜報だけに活動を絞る必要はないでしょう。私がバグアなら、その時が来れば何時でもこの都市の機能を止められるよう、用意しておきます」
彼の言葉に、ミラー大佐は顔だけを後ろに向け、満足そうに口髭を歪めて見せる。
そして、深く息を吐き出しながら、ゆっくりと視線を外に戻した。
「‥‥だろうな」
ピッツバーグの一部が浮上したその日、クリーヴランド駐留軍に第一種警戒態勢が発令された。
そして、何事もなく数時間が過ぎ、太陽が傾き始めた頃。
空を揺るがす爆発音とともに、ミラー大佐の懸念は現実のものとなった。
市内各所に仕掛けられた爆発物が次々と華を咲かせ、強化人間らがその被害を更に拡大する。
それに加えて、市南部から押し寄せてきたキメラの群れが、駐留軍の最大拠点たるクリーヴランド・ホプキンス空港UPC軍基地と、バーク・レイクフロント空港に向けて同時に襲い掛かったのだ。
既に第一種戦闘配置に移行していた駐留軍は、クリーヴランド市街にて迎撃を開始する。
さらに、ロバート・ミラー司令はこの緊急事態に対し、ULT傭兵の出動を要請。
市南部で稼働を開始したと見られるキメラプラントの破壊を依頼した。
●リプレイ本文
●愛梨(
gb5765)
ヘリの窓から町を見た。
炎と煙があちこちから上がってて、無数のキメラと兵士達が戦ってるのが見えてたの。
「女って、怖い生き物よね‥‥道を一歩踏み外すと、堕ちるとこまで堕ちちゃうもんなのね」
自分の行為が町ひとつを危険に晒す。わかってた筈なのに。
「保身の為とはくだらないな。嫉妬、名誉‥‥こんな時でもな‥‥」
片膝に腕と顎を置いて、不機嫌そうに言う追儺(
gc5241)。
「‥‥准尉の気持ち、少しわかるわ。女だもの」
彼は、目をあたしに向けた。
「最初は羨ましかっただけなのに、いつの間にか憎んでる。強い感情よ。それしか見えなくなるんだわ」
「‥‥そうか」
「たぶん」
「皆がそうでないと知ってはいても、割りきれないな‥‥」
彼は唇の端をちょっと歪めて、それっきり。
『‥‥ハーピーが来た。皆、突破するよ!』
『なんばりん、こっちの撃ち漏らしのフォロー、ヨロシク!』
「了解」
α機のルキア(夢守 ルキア(
gb9436))、ラウル(ラウル・カミーユ(
ga7242))の通信に、ヘリが少し軌道と位置を変える。ヘリに気付いたハーピーが、どんどん上昇してきてたわ。
『狙わせないわよ。こっちは急いでるの』
機銃を掃射しながら進むα機のドアを開けて、一千風(遠石 一千風(
ga3970))が弓を構えてる。
そういえば、前回ラウルを車で轢きかけた分のフォローはするとか、言ってたかしら‥‥。
「この作戦の背景は‥‥関係無い訳ではないんだけど」
砲手席のトリシア(トリシア・トールズソン(
gb4346))が、迫るハーピーを睨みながら言ったわ。
「今、大事なのは。キメラのプラントが其処にあって、実際に被害が出てるってことだから。‥‥それは、絶対に食い止めなくちゃ」
バリバリッ、って、雷みたいな機銃の音。慣れてはいるけど、好きな音じゃない。
トリシアは真っ直ぐ前を向いて、きゅっと唇を引き締めて。色々、考えてないわけないのにね。
「‥‥そうね。頑張りましょ」
あたしは銃を取る。
准尉の気持ちはわかるわ。
でもね。
やっていい事と、悪い事があるわよ。
◆◇
ハーピーは厄介だったけど、深追いされる事はなかったわ。
病院に近付いたら、物凄い勢いで溢れて来たキメラ達が、森の中を、川沿いを、喚き散らしながら町へ移動して行くのが見えたの。
ハーピーも同じ。町を襲うことを優先して動いていくようね。
キメラが森の中に消えてから、あたしたちは時計を合わせて、ヘリを降りたわ。αは正面に、あたしたちβは屋上に。
「何だろう。ここに何かあったのかな‥‥?」
トリシアの声に、振り返る。
「‥‥本当ね。何かしら‥‥?」
屋上の隅に、何か台座みたいな‥‥何かを置くために作られた感じの、土台があったのよね。結構な大きさで。
「‥‥気にはなるが、時間が無い。急ぐぞ」
でも結局わからないし、先を急ぐことにしたの。
追儺は一気に地下へ行こうとしたけど、一応、地上階も簡単に見ていかないとね。一応。
「焦っても仕方ないけど‥‥でも、早く見つけないと‥‥っ」
マップを確認しながら、部屋の扉を開けていくトリシア。だけど、判断は的確だったみたい。
設計図は手に入らなくて、院内マップしかなかったけれど、トリシアはホールや大部屋の位置を把握して、調べる場所を限定してたのよね。
あたしも柱や梁の位置を推測して、改築できそうな場所にアタリをつける。だから、あっという間だったわ。
『コチラα。配電室前で強化人間1人と交戦中だよ』
ルキアからの無線。あたしも配電室に行くつもりだったけど、その必要はなさそうね。
代わりに、貨物用EVの扉をこじ開ける。
すんなり開くのは、電気が通ってないから? 電気を使ってるのは、プラント付近だけなのかしら?
疑問だったけど、キメラの運搬に使われるかもしれないし、EVを吊るすワイヤーを切断してみたわ。
「わっ!? びっくりした‥‥」
派手な音を立ててEVが落下。トリシアが驚いてこっちを見てる。
‥‥ごめん。
「やっぱり地下かしら?」
「とりあえず、この階ではないよね。下に‥‥」
「静かに」
階段で待つ追儺の所に戻った時、彼があたしたちを止めたの。
複数の獣の唸り声がする。
「愛梨、追儺、後ろ‥‥!」
トリシアの声に振り返ったら、廊下の先に人影が見えた。
ハーピー。
――壊したEVのシャフトを通って来たんだわ!
「‥‥大丈夫だ」
その時、透明な剣を抜いて振り向いた追儺が言ったの。
「俺が瞬天速で突っ込んで道を開く。突破したら、迅雷と竜の翼を使って距離を取るんだ。振り切れなければ、角を曲がって部屋に入る。やり過ごせれば、それが一番いい」
あたしは思わず、トリシアと顔を見合わせたわ。
だって、彼の言い方。何だか保護者口調だったんだもの。
「あ、あたしだって。それぐらい考えてたわよっ」
「そうか。行くぞ」
「‥‥‥」
大人になれないこの身が憎い。
‥‥なんてね。冗談よ。
●ラウル・カミーユ
その強化人間は、女のヒトだった。
イチカと僕は、正面玄関から続くキメラの痕跡を辿って進もうとした。ケド、離れて配電室を見に行ったるっきーが、ソレを見つけたんだヨネ。
「リミットは10分。急ごう」
るっきーの閃光手榴弾がスゴイ音立てた後、通路に飛び出した。手の中のシエルが揺れテ、僕のLEDライトが廊下を照らす。
女のヒトのお腹が、赤く染まってく。
「時間との勝負なの。手加減はできないわよ」
イチカが走ってって、女のヒトは見えてナイのに二丁拳銃を撃つ。
当たったかわかんないケド、僕がシエルを下げた時にはもう、イチカの刀が、女のヒトの胸とドアを繋いでたんだヨネ。
「プラントは何処?」
るっきーが言って、近づこうとした。ケド、
「ダメ!!」
イチカが叫んで止めたヨ。串刺しの女のヒトが、顔を上げて笑ったカラ。
◆◇
「電気、通ってないのかな」
「そうかもしれないわね。閉鎖されて長いようだから」
「ケド‥‥」
配電室から出てきたるっきーが、不思議そな顔で言いながら、ポワンてした光でイチカのケガを治してる。
時間ナイよ、て言ったら、るっきーとイチカが走ってこっちに来た。
煤けた廊下に、自爆した強化人間の髪の毛が散らばってる。
銀色で、波形で、長い髪の毛が、焼け焦げた色んなモノと一緒に、落ちてたんだヨネ。
「どうかしたの?」
「‥‥。何でもナイ。急ご! キメラ200匹は相手にしたくナイしネ♪」
何百ってキメラが踏んだキタナイ床を追いかけて、階段を走ってく。
灰色ベアーが道を塞いだケド、その場を切り抜けるコトだけ考えたヨ。
‥‥違うカナ。
考えてたのは、ソレだけじゃナイ。
死ぬ間際の、あの女のヒトの笑顔。ドロドロしたカンジ。
ジル准尉の話でも思ったケド、女のヒトって怖いヨネ。
僕の思花サンは、怖くナイ‥‥ケド!
「地下の照明が点いてる‥‥動力源はバグア製?」
るっきー、やっぱ動力源が気にナルのカナ?
んー。ケド、廃病院でフツーに電気使ってたら、すぐバレちゃうヨネ。
「開けるわよ」
ドアの横に僕が立って、イチカが開けた。
銃を構えて横歩き。ちょとずつ角度を変えテ、部屋の中を確認してカラ、突入!
「「「広ーい」」」
部屋の中は、その辺の体育館より広そな、何にもナイ空間。るっきーの声、超反響してるネ。
「行き止まり‥‥? 拙いわね。あと5分しかないわ」
「じゃ、上カナ? 戻――っ!?」
ガコン。
えっ。
「何コレ!? 部屋が落ちてるよ!!」
るっきーもビックリ。床が全部エレベーター。天井がゆっくり離れてく。
『落ち着いて! それ罠じゃなくて、キメラを一辺に運び上げるための装置よ! そのまま行けばプラントに近付けるわ!』
「ケド絶対罠だカラ! だって乗った瞬間落ちたし!!」
愛梨の言ってるコトはわかるケド、嫌な予感しかしナイ‥‥!!
「こっちの動きは間違いなくバレてるわね」
エレベーターの動きが遅くなって、一方の壁が途切れて明かりが洩れてくる。広い空間に繋がるヨカン。
僕は閃光手榴弾のピン抜いて、照星の向こうに広がってくソノ部屋を睨んでた。
――ケド、
「――! 散開っ!!」
エレベーターが止まって、広い部屋と部屋が繋がる時に僕が見たのは、ソレ絶対KV兵装だヨネ?って言いたくなるよな大口径ガトリング砲構えた子供。
僕らがいた場所の床が砕けテ、弾丸の嵐が部屋中に大穴を開けてく。たまに誰かが被弾して、血が舞ってる。ソレが自分か自分じゃナイかは、体のドコかに熱い痛みが走るかどうかで判断するしかナイ。目で確認してるヒマなんて無かったカラ。
自分が狙われてナイ時に、引き金を引く。機関砲が弾丸を弾いて、ソノ子の真ん丸の目が、僕を見た。
満面の笑み? てゆーのカナ? キモチワルイ、三日月形に笑った子供の口。
ソノ後ろにはもっと広い空間が見えてテ、水槽とか、ウネウネした機械とか、乗車率300%!てカンジでギュウギュウに積み重なってる。
「ラウル君! 行って!」
るっきーが機関砲でボロボロになりながら、僕のケガ治して。
「こっちよ!」
イチカが強化人間の気を引いテ、弾丸が来た瞬間に瞬天速で横にズレて。
閃光手榴弾を投げつける。瞑った瞼が赤く染まって、また黒に戻って、僕は走り出したヨ。
「おいたが過ぎるわよ‥‥!」
子供の機関砲が、イチカに蹴られてガチャンて落ちる。神斬で斬られたソノ子はナイフ抜いて飛び退いたケド、るっきーのエネガンに脚を撃たれて転んでた。
ソレの横を抜けて、プラントに突入。
上から落ちてきたチーターに肩を引っ掻かれたケド、着地の瞬間にズタボロにして。
「さーって! ドコから壊そ?」
ひたすら広いプラント見回して。
僕は、目に映るモノ全部を撃ち抜いた。
●追儺
地下に降りて扉を開けると、そこには床が無かった。
「飛び降りるか?」
「うん‥‥ちょっと痛そうだけど、時間もないしね」
「‥‥死にはしないわ。能力者だもの」
俺達は、出来るだけ部屋の隅を目指して跳んだ。
「――うっ‥‥!?」
俺は打撲に顔をしかめながら跳び起きて、剣戟の音がする方に視線を走らせた。
――悪趣味だな。
目を見開いて嗤う子供のナイフが一千風さんを襲い、蹴りと刀が子供を切り刻む。
3頭のチーターのうち1頭が一千風さんの背後から、残る2頭がルキアさんの射撃をかわしながら一撃離脱を繰り返していた。
愛梨さんとトリシアさんに目配せする。
――俺は俺の仕事をする。だから、頼む。
愛梨さんの照明銃でチーターが怯んだ隙に、トリシアさんが一気に接近。二刀小太刀が毛皮を突き破る。
全身をスパークさせたバハムートがもう1頭を弾き飛ばして、ルキアさんのエネガンが止めを刺した。
「気をつけて! この強化人間、回復能力があるわよ!」
面倒な事実を告げる、一千風さんの声。
「だったら回復する間もなく攻撃するまでよ。トリシア!」
「うん! 絶対に、邪魔はさせないんだから‥‥!」
愛梨さんの紋章が緑色に、トリシアさんの全身が淡く輝くのが、視界の端に見えた。
SESの甲高い排気音を背に聞きながら、俺は一息にプラントへ滑り込む。
だが、
「クソッ、広すぎる‥‥!」
広大な空間に所狭しと並べられた水槽や生体機械類の中には、キメラの体が見える。
『制御装置的なモノを探してるヨ‥‥ケド、この広さじゃ厳しいネ。もっと下層にあるカモだし』
響く銃声の合間に、珍しく焦りを滲ませたラウルさんの声が届いた。
あと3分。
いや、キメラを上階に運ぶ時間も含めて10分なら‥‥?
『るっきー達が言うみたいに、動力源が見つかれば一番早いネ』
「隠し扉とか無いの!?」
通信を聞いていた愛梨さんが背後で叫ぶ。
『ケド、敵がわざわざプラントの場所教えるのおかしいヨネ? この階には、ホントに守りたい制御装置とか、動力源とか、置いてナイのかも』
俺が来るまでに多少は室内を見たのかもしれない。ラウルさんの考えは尤もだ。
だとしたら‥‥?
後ろを振り返る。
3人が子供を追い詰めている。その後ろで、練成治療を飛ばしていたルキアさんの表情が、おかしかった。
「隠し部屋‥‥。本当に守りたい場所には、無意識に、視線が‥‥」
強化人間を見て、何かに気付いたように後退。
俺はもう一度強化人間の横を擦り抜けて、上を見上げて目を細めているルキアさんに駆け寄った。
「‥‥。追儺君、上!」
ようやく理解できた。
「エレベーターを降下させたのは、キメラが放出されるまでアレに気付かせないためか?」
プラント手前の床‥‥巨大エレベーターが、元々あった場所。地下1階。
俺達が跳んだその扉から左に10m程の壁に、小さな窪みが見えた。
壁際に立ち、跳躍する。
足が壁に触れた瞬間に瞬天速を発動した俺の体が、一瞬だけ重力に逆らう。
刹那の勝負。窪みに手を掛けて一度靴底を壁から離し、重力を感じてから蹴り飛ばす。
機械駆動音が響く室内には、生体機械を始め、様々な装置が置かれていた。
人間の目には、どれが重要なのか判断しにくいだろう。
だが、
「ラウルさん、プラントが停止するかどうか、見ててくれ。これから、動力を断つ」
『了解。頼んだヨ』
屋上から来た俺には、それを辛うじて見分けることができた。
非常用自家発電設備。
元々は屋上にあったんだろう白い直方体には不気味に脈打つ生体部品が覆い被さり、増幅装置らしい機械に接続されている。
配線は弄ったんだろうが‥‥成程。現地にあるモノを利用するというのは、常套だな。
「ふざけた置き土産を残してくれたが」
水剣を抜いて、装置に近づく。
「これで終わりだ‥‥」
◆◇
「ジルとクレア、悲しい結末だったわね」
黒煙が止んだ町を眺めながら、少しは被害を抑えられたかしら、と呟いた一千風さんに、俺は短く同意してみせる。
発電機を破壊した直後、プラントは呆気なく稼働を止めた。
あの下にも何層かあったようだが、キメラが目を覚ますことは無く、4人を苦戦させた強化人間も、俺とラウルさんの加勢で倒された。
都市や正規軍の被害も想定より少ない。
「保身の結果がこれか‥‥ふざけたものだ」
それでも‥‥くだらない名誉や嫉妬、そんなもののために、人が死んで良い筈がない。
「そだネー。どうせ作るナラ、ケーキとか作って欲しいナっと!」
「あら。あたし、クッキー練習中なんだけど、今度味見してみない?」
「待って愛梨! もうちょっと練習してからにしよ!? ね!!」
俺達とは正反対に、騒ぐ3人。
俺と一千風さんは目を合わせて、笑った。
「用事も済んだし、帰ろー」
疲れた様子のルキアさんが、伸びをしながら歩いて行く。
俺はクリ―ヴランドの町を振り返って、立ち上がった。
名誉、嫉妬、保身。
人の歪んだ感情が生んだ戦いだ。割り切れない。
だが、それでも。
皆が皆そうではないと、俺は知っている。