タイトル:【JTFM】Alecrim−6−マスター:桃谷 かな

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/08 22:55

●オープニング本文


 カリでの包囲戦に勝利した事によりコロンビアの地からバグアの拠点を一掃してから、およそ1ヶ月。
 その間、コロンビア国内ではバグアの残存戦力の掃討と戦力の回復が行われた。
 バグア側もキメラ四天王のケットシーを暗躍させて兵糧攻めを行い、バグア四天王のティルダナがUPC南中央軍を退けるなど一部では奮戦したものの、人類側に大きく傾いていた大勢の流れを変えられる程ではなかった。
 そしてこの1ヶ月の間にUPC南中央軍はコロンビア各地の戦力を集結、どうにかエクアドルへ進攻する体勢を整えたのだった。

 事前に行っていた先行偵察により、エクアドルの首都であるキトに到るまでの間に3つの拠点がある事が判明している。
 セオリーに従えば各拠点を各個に潰してゆくのがベストであるが、この3つの拠点は相互距離が近く、1つの拠点を攻めている間に他の拠点から増援が送られて挟撃される危険性があった。
 そのため、UPC南中央軍の総司令であるジャンゴ・コルテス大佐は戦力不足は傭兵部隊で補い、3つの拠点を同時攻撃を敢行する事を決意する。

 こうして、エクアドルをバグアから解放する最初の侵攻作戦が開始されたのだった。


    ◆◇
 ずっと昔、あたしは思い知った。バグアに抗う力なんて、人間には無い事を。
 夫が殺される様を、ただ隠れて見ているしかできなかった。
 子供達を抱えて、同じ人間を殺して回るのは、辛かった。怖かった。でも生きたかったんだ。
 あたしは人間の敵になった。
 それまで何もしてくれなかった人間は、あたし達を殺そうとする時だけ、積極的で。
 戦争だから。敵だから。殺されてもしょうがないって、言い訳をされた。
 殺されることに、文句は無かった。
 けど、しょうがないなんて言われて黙ってられる?
 あたし達を助けられなかったことを、詫びるヤツはいなかった。
 仲間が死んだ。子供達が死んだ。あたしはもう、生きていたいなんて思わなくなった。
 死んでもいいと思ったら、何でもできる気になった。
 小さな子供も助けてやれないくせに、バグアに勝てる気になって無駄に死体を増やす人間。
 苛々した。
 強大な敵に立ち向かうことがカッコイイとでも思ってんの?
 その腐れたヒロイズムに踏み潰されて、あたしは全てを失くしたんだ!

「‥‥全てを」
 薄暗い格納庫の床に寝転び、プリマヴェーラ・ネヴェは、ぽつりと呟いた。
 静かな空間。クリスマスソングの幻聴が聞こえる。
 もし、失ったはずのものが一つでも自分に残されていたら――と、彼女の思考はいつも、そこで靄がかかった。言い様の無い怒りと憎しみが胸を支配し、それまで考えていた事すらも、消え去りそうになる。
『――プリマヴェーラ。ファームライドの修理は終わりましたか?』
 不意に、目の前の空間に現れたモニター。プリマヴェーラは、ハッと我に返った。
「Hola! ソフィア。悔しいことに、光学迷彩と一時強化が無理ってカンジ。ツインブーストはギリギリかな。‥‥あ、『あの事』は心配しないで。本城がうまくやるってさ」
『ありがとうございます‥‥。別件で、貴女に頼みたいことがあるのですが』
 FRの修復状況を聞き、やや口籠るソフィア・バンデラス。
『人類は、コロンビアからキトへ侵攻して来るつもりでしょう。その前段階としてか、三つの拠点を標的にKVを中心とした部隊が迫っています。うち一つは、西王母――ヴィエントに護らせるつもりです』
 ソフィアが彼女に依頼したのは、残る二つの拠点のうち、一方の防衛であった。
 人類側も戦力に余裕はないだろうが、それはバグア側とて同じ事。動けるエース機がいるのであれば、それに頼った方が効率が良い。
「いいよ?」
 アッサリとそう答えたプリマヴェーラに、ソフィアは一瞬、不思議そうに眉を歪める。
 彼女は、この大敗続きの南米総司令官に、妙に協力的だった。その理由はソフィアにも見当がつくが、バグアとしての思考で考えると、未だ解せない部分もある。
「ねえ、ソフィア」
『はい』
 立ち上がり、傷ついたFRの装甲表面を撫でながら、プリマヴェーラは背後のモニターを振り返った。
「アンタは死んじゃダメ。アンタはアンタの大事なものを――ちゃんと守りなさいよ」  

『‥‥わかっています』


    ◆◇
 三つの拠点攻略の為に集められたULTの傭兵達は、A、B、Cの班に分かれ、それぞれに割り振られた攻撃目標を目指して進軍していた。
 拠点Aに向かった傭兵とUPC軍からの報告では、黒い悪魔と呼ばれるバグアの機動兵器『ヴィエント』が、西王母の姿で現れたという。
 ヴィエントは長らくの間、バグアに生体パーツで改造された鹵獲イビルアイズの名称であると考えられていた。しかし、エクアドル沖の空戦の折、件のイビルアイズが撃墜されるや否や、別の機体――ディアブロの姿となって現れたのだ。
 パイロットが乗り換えた様子はなく、同一の者であるはずはない。だが、現在入ってきている情報では、西王母のパイロットもまた、イビルアイズの時と同じく『シルフィード』と呼ばれる男である可能性が高いという。
「‥‥じゃあ、ディアブロはどこに‥‥?」
 拠点Bへと向かうシラヌイ改の中、リアム・ミラーは小さく疑問を口にした。 
 イビルアイズは、彼の見ている前で墜ちたのだ。
 ではあのディアブロは何だったのか。どこへ行ったのか。西王母は本当にヴィエントなのか。
 そして、パイロットは――?
『こち‥C班。レー‥‥上に敵迎――隊確認。数は――‥‥』
 拠点Cへ向かっている傭兵達からの通信が、切れ切れに響く。CWの影響だろうか。
 拠点Aとは違い、B、Cでは、正規軍の協力が殆ど望めない。キト攻略に向けて正規軍兵力を温存する意味で、今回の作戦にはULT傭兵が多く投入されているのだという。
(‥‥ヴィエント、か‥‥)
 ヴィエント、という言葉を聞くたび、リアムが思い出すのは、エクアドル沖でのファームライドとの一戦だ。
 母は、強かった。
 けれど、初めて、自分の言葉に耳を傾けてくれたようにも感じた。
 彼女を助けようと、思いを伝えようと、協力してくれる仲間達が温かかった。
 そして同時に、その温かさだけが世界の全てではないとも、思い知った。
 母を、彼女を倒すことを目標とし、命すら惜しまぬ者がいた。
 傭兵としては、珍しくない行動だったのかもしれない。ただ、リアムにとっては、衝撃だった。
 頭ではわかっていたはずなのに、自分の甘えた我儘な感情を、改めて自覚させられたような気分だった。

 計器が乱れ、割れるような頭痛が傭兵達に襲い掛かる。拠点B上空に、バグアの迎撃機の姿が見えた。
 ヴィエントらしき機体はいない。そして、そこに見えたものは気のせいだと、リアムは一度、目を瞑る。
 しかし、

「‥‥ファームライドだ」

 傭兵の誰かの呟きが、重苦しい空気とともに、リアムの耳朶を木霊した。

●参加者一覧

/ ケイ・リヒャルト(ga0598) / 如月・由梨(ga1805) / 漸 王零(ga2930) / 終夜・無月(ga3084) / リュイン・グンベ(ga3871) / UNKNOWN(ga4276) / アルヴァイム(ga5051) / 鐘依 透(ga6282) / 九条院つばめ(ga6530) / 菱美 雫(ga7479) / 錦織・長郎(ga8268) / 鈍名 レイジ(ga8428) / 狭間 久志(ga9021) / 赤宮 リア(ga9958) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 堺・清四郎(gb3564) / アレックス(gb3735) / トリシア・トールズソン(gb4346) / ウラキ(gb4922) / 愛梨(gb5765) / ソーニャ(gb5824) / 夢守 ルキア(gb9436) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / 立花 零次(gc6227

●リプレイ本文

●B−1
「三拠点同時攻撃‥‥。な、南米での作戦参加は‥‥この前の、ボリビア以来になりますか‥‥」
 菱美 雫(ga7479)のウーフー2がジャミング中和を起動し、自身合わせて総勢14機への支援を開始する。同時に、ワーム前面に広がるキメラへと照準を合わせる、堺・清四郎(gb3564)のミカガミ。
「FR‥‥あのヒス女に、前回の借りを返させてもらうとするか」
 500発の小型ミサイルが空へと広がり、火達磨のキメラが次々に地面へと落下していった。
「光学迷彩を使ってない‥‥機杭のダメージが癒えてないってこと?」
 FRの様子に眉根を寄せる赤崎羽矢子(gb2140)。狭間 久志(ga9021)のハヤブサ改がキメラの群れに突っ込み、CW直上でグレネードを発射した。
「あいつの意地を無駄にはしない。僕は僕のやり方で、決着をつける」
 プリマヴェーラ・ネヴェとの決着に拘り、能力者としての生を失った仲間がいる。だから、此処に来た。
 超伝導流体摩擦装置を起動した機体を、爆風が叩く。破裂する六面体と、燃え上る巨鳥の隙間を高速で駆け抜けた。
「リアムに話させたい。FRへの攻撃は少し待って。――これが最後かもしれないんだ」
「邪魔はしないし、させないよ。僕は復讐をしに来たんじゃない。僕は、ただ――‥‥」
 自身と彼が背負うはずだった『ラスト・ホープ』の名の重さ。
 それを、見せつけてやりたかった。
「さぁ、いこうか。我の様な悔いを残さぬ為に‥‥な」
「はい。あのFRを破壊して、彼女を連れ帰ります。その為に私は、今日までこの機体を強化して来たのですから」
 漸 王零(ga2930)の雷電改、赤宮 リア(ga9958)のアンジェリカ改が、螺旋を描いて飛ぶ。キメラの火炎が空を焼き、スラスターライフルの弾とGP‐7ミサイルポッドの青白い光が敵を叩き落として行く。
 妻の努力が、少しでも明るい未来へと繋がるように。王零は、鋭い翼でCWを引き裂いた。
 リアム・ミラーの周囲には、鈍名 レイジ(ga8428)のディスタン、トリシア・トールズソン(gb4346)のディアマントシュタオプ、アレックス(gb3735)のシラヌイS2、愛梨(gb5765)のシラヌイ改。
「あと少し、少しだけ‥‥彼女の洗脳を破る為に。リアム、少しでもいい。母さんと話してみな」
「‥‥彼女は許されない罪を背負っていると思う。私達、人類側もそう。血に汚れすぎた。でもね、親子だから‥‥生きてるんだから、話して、解り合ってほしいよ。‥‥できなくなってからじゃ、遅いんだよ?」
 レイジ機が重機関砲で開いた道へと、トリシア機が踊り込む。バルカンが唸り、キメラが血飛沫を上げて、眼前にCWが迫った。
「避けろ、トリシア!!」
 敵の一斉砲撃が、5機に襲い掛かる。前面に出たアレックス機、レイジ機が集束する淡紅光をその身で受け、白煙を上げた。リアム機のライフル弾と愛梨機のロケットランチャーがCWを捉え、爆散させる。
「ふふっ、楽しみですね。ただ、FRを狙う人は多そうですか‥‥私も闘ってみたかったのですけど」
 タロスの陰に隠れたCWを狙う如月・由梨(ga1805)のディアブロ改。プロトン砲が装甲を穿つも、長距離バルカンで牽制し、通過する。動きを鈍らせた人型の背後で、CWが弾けた。
「とは言え、タロスなどでも十分強敵ですし、問題ないと言えば問題ないでしょうか」
「まずは‥‥CWを」
 ロッテを組む終夜・無月(ga3084)のミカガミ。アハト・アハトのレティクルにタロスを捉え、引金を引く。由梨機を追っていたそれが足を止め、無月はその先のキメラを、その陰のCWを、次々に撃ち抜いた。 
 怪音波に満ちた空域に、空と地上の敵機が次々と砲を集中する。傭兵達の機体は回避と被弾を繰り返し、消耗して行く。 
「‥‥彼女は倒さないといけない。僕が彼女の何かを変えたって、それが世界の何を変えるんだよ!! 手加減したら、生かしてたら、誰かが死ぬかもしれないのに!!」
 リアムが叫ぶ。久志は対空砲を撃ち上げて来るゴーレムの群れを意識しながら、無言で飛竜に剣翼をぶつけていた。
「ンな事、こっちは嫌ってほどわかってんだ!! ‥‥その中でも、一つくらいは救いのある話が欲しいンだよ、悪いか!!」
 巨鳥を薙ぎ払い、アレックスは怒鳴った。
 口に出すつもりなど無かった。ただ、犠牲者ばかりが増えていくこの世界に、抗える何かが欲しかった。
「‥‥救い?」
 中型HW2機の紫光を浴びて、レイジ機と愛梨機の装甲が溶ける。彼らは銃器で反撃しながら、落ち着いた声音でリアムへと語りかけた。
「俺だって、知った顔が墜とされるのはもう懲り懲りだ。‥‥だが、大切な友人とその母親が、俺にはもう出来ない事をしようとしてる。それに繋がる時を無駄にはしたくないのさ」
「そうよ。今は周囲の目なんて考えないで、自分のことだけ考えなさい。最後のチャンスかもしれないから‥‥後悔のないように。‥‥あたしたちは、あんたの味方だから」
 その間にも、アレックス機とトリシア機がロッテを組んで中型1機を撃ち抜き、急降下してきた羽矢子機、清四郎機の銃弾が容赦なくそれを爆散させる。
「ちっ、やはりパイロットは3流でも機体は強いな! ――だが、大局の見ない、見えない指揮官を持つ兵が哀れだ」
 有人タロスの狙撃に、清四郎機が揺れる。だが次の瞬間には、アハト・アハトがキメラを撃ち落とし、続いてその背後に居た六面体のワームに穴を穿った。
「FR、動きました‥‥! 注意してください‥‥!」
 雫機が、タロス1機とともに動き始めたFRに気付き、皆に警鐘を鳴らす。
「北極圏の戦いが終わって‥‥東京解放作戦が、始まろうとしている最中ですが‥‥。こ、こちらの作戦も‥‥おろそかには、できません‥‥!」
 淡紅光を撒き散らし、ケイ・リヒャルト(ga0598)のフェニックスに襲い掛かる中型。雫はスナイパーライフルの照星をその丸い背中に合わせ、引金を引く。
 ありがとう、と笑うケイ。不死鳥が加速した。
「あたしの歌を聴かせる相手に、貴方達では不足ね。お呼びじゃないのよ!」
 レーザーライフルが火を噴いて、掠めた中型の装甲をどろりと溶かす。ブースト状態でその横をすり抜け、目指すは大型HWの陰、最後のCW。
 プロトン砲が、ケイ機の装甲を剥ぎ取って行く。距離を一定に、銃弾を放つ不死鳥。傭兵達を苛む頭痛が、嘘のように消え去った。
「い‥‥今です。強化型ジャミング集束装置、起動‥‥!」
 羽矢子機と清四郎機の陰に隠れながら、雫機が僅かに前進する。ジャミング集束装置の効果範囲に集ったケイ機、由梨機、レイジ機の3機が、一斉に大型のミサイルコンテナを開いた。
「中型HW如きで、耐えられるものなら耐えて頂きたいですね」
 凶悪な目付きで、獲物を見据える由梨。1500条の白煙が拠点上空を埋め、大型HWの前を飛んでいた中型HW、キメラ、タロスを爆炎の渦に巻き込んで行く。
 生き残った敵機へと、真っ先に急降下をかけるのは清四郎機。無数の銃弾が中型HWを蜂の巣にし、墜ちていくそれを無視して前進、大型HWの砲撃を紙一重でかわしながら、狙撃を繰り返した。
 再びロッテを組んだ由梨機、無月機の前に立ち塞がるタロス。由梨機の強化型G放電装置が青白い電撃を放ち、繋ぎ止められた敵機に、ブースト接近した無月機のレーザーガトリングが叩き込まれる。
『彼と貴女を例え片時でも必ず親子に戻す‥‥。其の為‥貴女を縛る戦の鎖を断ち切る‥‥』
『‥‥鎖、ね』
 大型HWの陰から現れたFR。無月の呼び掛けに呟きを漏らすと、大空に小型ミサイルの雨を降らせた。
 ロックオンアラートが煩く響き、回避軌道を取る傭兵各機。
 羽矢子機、レイジ機、アレックス機が避け切れずに被弾。リア機と王零機はブーストを駆使して機を回転させるも、ほぼ直撃弾を受けて一瞬、機体制御を奪われた。
「リアムさん! 火傷の痕なんて見せなくても、もう彼女は解っている筈です。呼んであげて下さい‥‥『お母さん』と!」
 リアの発した言葉に、シラヌイ改の中でピクリと体を震わせるリアム。
 傭兵達の戦列が乱れた隙をついて、地上から舞い上がってくるゴーレムの集団。しかし、それを予測していた久志機が彼らの頭上に急降下し、再びグレネードを爆発させた。爆風の中を抜けて来たものは、持ち直したリア機の光翼に斬り裂かれ、王零機のKA−01に大穴を穿たれ、さらに由梨機の巨大レーザー砲に貫かれて爆散する。

『‥‥お母、さん』

「声が小さいっ!」
 上昇してきたタロスの対空砲を受け、愛梨機が火花と破片を散らす。レイジ機へとフェザー砲を放ったそれ目掛け、プラズマライフルとAAEMで果敢に攻撃を仕掛けるのはトリシア機だ。
 ゴーレムを相手に空を舞う王零機、リア機、そして久志機へと、FRのプロトン砲が撃ち込まれる。羽矢子機も、既に数発を被弾していた。
「拠点制圧が目的でFR撃墜が目的ではない! 見誤るな!」
 タロスやHWを相手取りながらも、FRの動きに気を取られがちな仲間達。清四郎の一喝が全機に響く。
 彼らの気持ちはわかる。
 だが、エクアドル奪還の第一歩を、ここで無に帰すわけにはいかない。清四郎はFRの存在を黙殺し、ひたすらに戦い続けた。

 その時、不意に美しい歌声が空に響き渡った。
(届いて‥‥!)
 リアムが何となく好きだと言った曲を、幾つも歌い続けるケイ。
 その中にきっと、彼ら親子の幸福な記憶を呼び覚ますものがあると信じて。
『‥‥何の余興?』
『もう私からは何も申しません。リアムさんが何者なのか、貴女は既に理解している筈ですから』
 リアの返答に、押し黙るプリマヴェーラ。

『‥‥もっと早く‥‥会いに来れたら』
 歌声に混じり、聞こえてきたのはリアムの声。
 母に語りかけよと、皆が言った。
 何を言うべきか、ずっと考えていたけれど。
『‥‥もっと早く会いに来れたら、こんな風にならなかったのにな‥‥』
 リアムの声は、震えていた。
 母の感じた孤独も、悲しみも、全て聞いて知っているのに、味方してやることすら出来ない。
 だから。

『‥‥‥守ってあげられなくて、ごめん、なさい‥‥』

 それ以外の言葉は、浮かばなかった。


●拠点C 会戦
「嫌な地形だな。山の麓‥‥か」
 ウラキ(gb4922)のノーヴィ・ロジーナbisが、基地上空へと迫る。頭痛と計器の乱れが酷い。
「偵察に出た方の安否が気がかりですね。無事であればいいのですが‥‥」
 鐘依 透(ga6282)はミカガミのコックピットに座し、隣を飛ぶディスタン改を見遣った。
(軍人は、死ねと言われたら従うしかない。けど、誰にだって待っている人はいるんだ)
「‥‥死なせない。行こう、つばめさん、シロ、swallow」
「はい。ケット・シー、そして元グローリーグリムのソフィア‥‥決着をつけるためにも、まずはこの作戦、成功させなければ」
 九条院つばめ(ga6530)が応え、ディスタン改とミカガミが並行してCWを目指す。
(空戦はあまり得意じゃないけれど。透さんと代鏡、そして皆を守るため‥‥がんばろ、『swallow』)
 決着も南米も大事だけれど、と呟き、つばめは操縦桿を強く握り締めた。
「アルゴスシステム起動、スキル2、機体レーダー、データリンク結果表示。各機、施設A・Bへの敵戦力流出に注意」
「件のディアブロが見えぬゆえ、拠点Cも強敵がいないとは限らん。油断せず、そして成果を上げ、全員無事に帰還するぞ」
 夢守 ルキア(gb9436)の骸龍が情報管制を開始。計器を駆使し、敵味方の戦力配置の把握に努める。そして、ロッテを組むは、リュイン・カミーユ(ga3871)の雷電改。
「他の拠点にはヴィエントやファームライドが‥‥」
 ウラキ機の傍らを飛ぶシュテルン・Gの内側で、立花 零次(gc6227)は言葉を呑み、頭を軽く振った。
「いや‥‥今は目の前に、自分の戦場に集中しなければ‥‥」
 曲がりなりにもエクアドル侵攻を阻む三拠点の防衛戦力だ。凡庸に見えて、強化されている可能性もある。
 侮ってはいけない。零次は黒い瞳で敵機を睨む。
「皆様が仰る通り、Cだけ強敵がいないとは思えませんわ」
「警戒は必須だな。厄介な伏兵が現れた場合は、最優先で攻撃を行う」
「ええ。うちのぎゃおちゃんは凶暴ですの」
 ふふ、と好戦的な笑みを浮かべるミリハナク(gc4008)。アルヴァイム(ga5051)のノーヴィ・ロジーナbisの斜め下に機体をつけた。
(これほど強固な”盾”はありませんものね)
 一方的に利用するつもりはない。最強の盾となって貰うのであれば、自身は最強の牙となって敵を討つだけだ。
「さて、向こうは重点においてるだろうし。どう出てくるかね、くっくっくっ‥‥」
 肩を竦め、不気味とも思える含み笑いを漏らす錦織・長郎(ga8268)。
 漆黒に塗られた『死神』ペインブラッドが青空を駆け、自身が指揮官であれば当然置くであろう『隠し玉』へ、ある種の期待すら抱いていた。
「まあ、この方面だけ敵のエースがいないのは妙だが‥‥なんにせよ、まずは敵の数を減らす必要があるな」
 シラヌイS2を駆るヘイル(gc4085)も首を傾げながら、しかし、目の前の敵を殲滅すべく彼我の距離を詰めて行く。徐々に強まって行く頭痛が、CWの接近を示していた。
(なぜ、敵を警戒していた筈の偵察機が落ちた‥‥? 奇襲‥‥?)
 エース機の有無を気にする者が多い中、ウラキはハッと視線を上げ、機体を上昇させた。
「山だ! この地形だと山から狙い撃ちだ!」
「――! 全機、緊急回避!!」
 ウラキ、ルキアの声が聞こえるか否かの瞬間、山が火を噴いた。
 木々の間に潜んでいた迷彩色のゴーレムとタロスが、ロングレンジライフルの連射で12機を狙撃する。
 寸でのところで全機が回避軌道をとり、何とか致命傷を避けた。
 ウラキが気付かなければ壊滅――とまではいかないだろうが、装甲の薄い何機かはここで脱落していたかもしれない。
『面白い手を使いますね』
 伏せる必要性を失ったタロス2機とゴーレム3機が、フェザー砲を撃ち放ちながら空戦速度で傭兵機に迫る。
 アリスシステム、マイクロブースターを起動したソーニャ(gb5824)のロビン改が、タロスの紫光をバレルロールで何とか回避し、AAEMを発射した。
 機を捻って回避するタロス。飛び去るミサイルをそのままに、突進したロビンがレーザー砲を撃ち込んだ。光弾はタロスを僅かに掠め、空に溶ける。銃撃に揺れる機体を加速させ、ソーニャは再び距離を取った。
 有翼キメラの軍勢に、肉薄した長郎機がフォトニック・クラスターを浴びせ掛ける。超高熱のフラッシュが瞬く間にキメラ数体を灼き、その穴から群れの中へと突入していく傭兵達。
 しかし、キメラの群れごと傭兵機群を霧の効果範囲内に収めようと、ヒュドラが前進する。
「ヒュドラは3機。火力のある者が抑えればスムーズ、だね」
「では、回り込むとしよう」
 アルヴァイム機の内部では、補助シートのUNKNOWN(ga4276)が身を乗り出し、ヒュドラ対策を練っていた。
 キメラの突撃をものともせず、上昇するアルヴァイム機。霧の上面から3機のヒュドラを見、移動を交えながら凄まじい命中力で引金を引き、前進する妨害ワームの足を止めて行く。
「知覚兵装をダメにする敵は、嫌いですの」
 キメラの陰に隠れたCWへ、アハト・アハトの発射とリロードを繰り返すミリハナク機。
 更に、互いのスナイパーラフルのリロードの隙を埋めながらキメラを駆逐していた透機とつばめ機が、霧の中に隠れたCWを発見。しかし、急接近してきた中型HWが、二機の前に立ち塞がる。
「邪魔はさせんよ。道を開けて頂こうか」
「流石に数が多いか‥‥! CWは任せる。俺は数を減らすことに専念しよう」
 突然踊りこんで来た長郎機とヘイル機に銃弾の雨を浴びせられ、向きを変える中型HW。スラスターライフルを乱射して動きを止める長郎機にHWが気を取られた瞬間、ヘイル機の放ったD−03ミサイルポッドが覆い被さるようにして襲い掛かった。
「ありがとうございます! 透さん、今です‥‥!」
 墜ちて行くHWを横目に、つばめ機、そして透機の銃口が揃ってCWへと向く。連続して放たれる銃弾。透けるように光る四角い箱に蜘蛛の巣形の亀裂が走り、そして砕け散った。
 続いてリロードを終えた透機が、発見したもう1機を狙う。撃ち出した弾丸は前を不意に横切った巨鳥を穿ち、叩き落とした。間髪入れずに引き金を引くつばめ。CWの破片が飛び、それでも浮かぶその六面体へと、リュインの雷電が照準を合わせる。
「頭痛の種は早々に退場しろ」
 ワームの中心を銃弾が撃ち貫き、リュイン機は前方から飛来した中型HWへと標的を変えた。スラスターライフルが唸り、つるりとした装甲表面に無数の穴が生じる。ルキア機は、黒煙が噴き出すHWの破孔にライフルの一撃を叩き込んで撃墜すると、地上から撃ち上げられる対空砲を左翼に受け、咄嗟に大きく旋回した。
「対空砲注意。霧で見えにくいケド‥‥」
「構わん。CWさえ片付けば、K−02でヒュドラを叩き伏せる」
 キメラとヒュドラの霧で視界が悪い中、タロスやHW、地上のゴーレムの砲撃が傭兵達の機体を容赦なく穿っていく。二機はダメージを重ねながらも空を進み、さらに手近なCWに狙いを定め、四散させた。
「ウラキさん、14時の方向にCWが隠れています。行きましょう」
 ヒュドラの霧の中、中型HWの攻撃を受けながら、零次機はウラキ機とともにCWを目指す。
 CWの影響下で、さらに霧で威力を半減されてしまっては、零次機の高分子レーザー砲は殆ど役に立たない。それでも支援にはなるはずだ。
 ウラキ機を止めんとする中型HWをその身で押し退け、CWへと辿り着く。零次機の砲が着弾した痕を狙い、バルカンの弾が降り注いだ。離れた場所でつばめ機と透機、そしてミリハナク機がそれぞれCWを撃墜する。直後、最後の一機となったCWがウラキ機と零次機の攻撃に耐えられず、黒煙を噴き上げ落下して行った。
「ようやく撃てるか。厄介な七首め、派手に喰らっておけ」
 CWの怪音波が消えた瞬間、リュイン機とミリハナク機が味方機を下がらせ、機体に搭載した大型のミサイルコンテナを開いた。
 ヒュドラを狙った1000発の小型ミサイルが、キメラやゴーレム、中型HWを巻き込みながら一斉に霧の中へと吸い込まれて行く。オレンジの爆炎と黒い煙が空に膨れ上がり、破壊された敵機と火達磨のキメラが、次々と地上に降り注いだ。
 もはや満身創痍のヒュドラ3機に喰らい付く傭兵達。銀霧の弾を吐いて最後の抵抗をするそれに、透機のスナイパーライフルが穴を穿ち、つばめ機が放った6発のトライデントが止めを刺す。さらに、アルヴァイム機、ミリハナク機、リュイン機の狙撃が殺到し、その凄まじい火力に耐えかねた2機が一瞬のうちにジャンクと化した。

 ヒュドラとCWを失った敵軍は、傭兵達の猛攻を抑え切れず、瞬く間にその数を減らしていった。
 アルヴァイム機が基地の外縁に沿って移動して行き、ミリハナク機がその援護に向かう。
 キメラはその殆どが叩き落とされ、空に残る敵はタロス5機と中型HW3機、山肌から離着陸を繰り返しつつ砲撃を加えて来るゴーレムが1機だけだ。ウラキ機は零次機とともに、高度を下げ始める。
「後方に中型HWが接近。注意して」
 リュイン機と共にタロスを相手取るルキア機が、地上を目指す2機へと警告を飛ばした。その瞬間、ルキアの視界にあった中型HW目掛け、ヘイル機のAAMが着弾。吹き飛び後退し、プロトン砲で反撃してくるそれにD−03ミサイルポッドとバルカンで追い打ちをかけて、撃墜する。
「陸には行かせないよ?」
 陸戦班の着陸を妨害しようと対地攻撃の体勢を取ったタロスの背に、光が炸裂した。パイロットがくぐもった悲鳴を上げた頃には、猛スピードで迫るソーニャ機の砲口が火を噴き、視界が一面の白に染まる。さらに、ロビンの背後から現れた長郎機が轟音とともに弾丸を吐き出し、タロスの表面で赤黒い何かが飛沫いた。
「つばめさん。もう少し敵を減らしたら、僕らも着陸しよう」
「はい。まずはこのタロスと‥‥ゴーレムですね」
 地上へとスナイパーライフルを撃ち下ろし、ゴーレムの離陸を誘っていた透機、そしてつばめ機目掛け、タロスのフェザー砲が発射される。揺れるコックピットで歯を食い縛り、二人は同時に銃弾を撃ち放った。


●拠点B 
『‥‥リアムのせいじゃない! 償っていこうよ、みんなで‥‥!』
 操縦桿を握るトリシアの手が震えた。急接近するタロスの砲を受けたのは、アレックスのシラヌイ。
 レイジ機の砲撃がタロスの装甲を抉り、剣翼を煌めかせたアレックス機が突撃して行く。
(ヤベェな。俺が墜ちる前に‥‥格納庫を潰せるか?)
 一撃を加え、僅かに後退したアレックス機。その穴をカバーすべく、由梨機、無月機が機首を翻す。
『――ふふっ、尻尾を巻いて逃げ出すなら今のうちですよ?』
 共にブーストで加速しながら迫るディアブロとミカガミ。プロトン砲をロールでかわし、由梨機はトリシア機を襲うタロス目掛け、G放電装置と長距離バルカンを立て続けに浴びせ掛けた。動きを止めた敵機の胸部を、無月機が放った銃弾が容赦なく貫通する。
 無月は風防越しにリアム機とFRを交互に見つめ、一瞬目を伏せた後、
『‥‥その子に‥‥何か言葉を掛けてあげなさい‥‥』
 言葉を紡ぎ、次のタロス目指して再び加速した。

『ごめん‥‥なさい‥‥』

「もういい、謝る必要はない!」
 中型HWの砲火に機体を焦がし、清四郎は操縦桿を力の限り引いた。敵の砲撃が途切れた一瞬を狙い、上昇して機首を返す。
『どんな理由を並べても! それで自分と同じ境遇の奴を作って良いことにはならないだろうが!』
 アハト・アハトから放たれた光弾が、HWを地面へと叩き落としていく。FRは、基地上空で沈黙したままだ。
『プリマヴェーラ、リアムを信じて降りる気はない? そうすればもっと話も出来る。これが最後かもしれないんだよ?』
『その通りだ。そんな所に篭ってるのはもうヤメにしようぜ。その腕で抱き締めてみろよ。‥‥自分で直接触れて感じる事、簡単なハズだぜ』
 FRが動かない。
 それをパイロットの動揺と見て取った羽矢子、そしてレイジが、矢継ぎ早に捲し立てる。中型HWが2機の背後を取ろうとするも、割り込んで来たトリシア機に阻まれ、さらに愛梨機の放った100発の小型ミサイルをその身に受けて炎塊に変えられた。
 だが次の瞬間、大型HWとタロスの砲が愛梨機、そしてトリシア機に襲い掛かる。それに気付き、すぐさまタロスの迎撃に向かう由梨機と無月機。
「こちらに‥‥気を引けば‥‥!」
 雫は僅かに機を前進させると、スナイパーライフルの引金を引く。破片を散らした巨大な円盤が加速するその前に、リア機、王零機の2機が立ち塞がった。
『どうしても‥‥受け入れて頂けませんか?』
 光翼を閃かせながら、リアはまるで囁くような声音で、尋ねた。
 妻の声に鼓膜を震わせ、王零は静かにエネルギー集積砲の発射レバーを引く。大型HWの装甲に大穴が穿たれた。

『――必死ね。馬鹿みたい』

 不意に、FRから声が漏れた。
 同時に、その赤い機体が加速する。
「FR‥‥小型ミサイル、来ます!! 回避を――!!!」
 FRのミサイルコンテナが勢い良く開いた。アラートが鳴り響く中、一斉に回避軌道を取る傭兵達。
 降り注ぐ小型ミサイルの雨、そして爆煙の中に容赦なく叩き込まれるプロトン砲の連打。
「いけない‥‥!」
 咄嗟にジャミング集束装置を起動させる雫機。その支援のもと、傭兵達は何とか致命傷を避けるべく、操縦桿を切り続ける。
『それが。その応えが‥‥プリマヴェーラ、貴女の本意なの?』
『何なのアンタ達? 歌ってみたりクサイ台詞吐いてみたりキレてみたり? バカじゃん』
 機体損傷を知らせる警告音が煩く響く。そんなもの、ケイの耳には聞こえない。ただ、唇を噛んだ。
「やはり‥‥呪縛は簡単には解けないか。ならば‥‥まずはその力の枷を壊す」
『‥‥わかりました。その赤い悪魔を完全に破壊して、力ずくでも連れ帰ります!!』
 ケイ機がFRの進行方向目掛け、K−02を放つ。ミサイルが炎と煙に変わったその瞬間に、王零とリアは機体を加速させた。続けて放たれたドゥオーモを慣性制御を駆使して避けたFRは、プロトン砲を連射しながら王零機、リア機の装甲を削って行く。しかし、
『憎しみの連鎖はここで断ち切る‥‥その為に必要な決着をつける!』
「――!」
 黒煙の中から猛スピードで躍り出た久志機が、FRの腹に喰らい付いた。剣翼と装甲が擦れ、耳触りな異音が響く。
『あんたは被害者でもあるんだろう。だけど、このまま貴女を放っておけば被害は広がり続ける。撃ち墜としてでも、止めさせてもらうよ!』
 さらに、高空から降下してきた羽矢子機がAAEMを撃ち放つ。寸でのところでかわしたFRだが、リア機の光翼、そして王零機の剣翼が挟み撃ちに迫っていた。咄嗟に、リア機より装甲が薄い王零機を撃ち落とそうと淡紅光を叩き込むFR。しかし、王零機は致命的な損傷を喰らいながらも、その足を止めはしなかった。
 引き裂かれた赤い機体が、羽矢子機の放った放電に絡め取られ動きを止める。空中変形したケイのフェニックスが肉薄し、その装甲に練剣の輝きを刺し込んだ。

『ねえ――終わりにするつもりなの?』

 幾つものKVが、FRに殺到する。
 その光景を見つめ、愛梨は茫然と声を漏らした。

『なんで!? 今ならあんたが欲しかったものに手が届くわ! 人を信じられなくなるのは仕方ないけど、真実から目を背けないで!!』

「俺たちの任務は舗装工事だ! エクアドルへの道を作るぞ!」
 地上に1機だけ残されたゴーレムを、清四郎機の狙撃が撃ち貫く。
 彼に護衛されたアレックス機が、基地の格納庫目指して降下して行き――フレア弾の爆音と閃光が轟いた。
「レイジ!」
 上空ではトリシア機が、レイジ機へと急降下してきたキメラの特攻をその身で受け止める。既に限界に達していたトリシア機は、キメラの牙と重量を振り切れずに墜落――脱出ポッドを射出し、地上にオレンジの華を咲かせた。
「トリシアさん! ――クソッ‥!」
 歯噛みしながらも、目の前のFRへと螺旋弾頭ミサイルを撃ち捲るレイジ機。
『あんたが死んだら、アナクララはどうなるのよ!? あんたの大切な友達なんでしょ!』
 格納庫は破壊され、タロス1機と僅かなキメラ、そしてFRだけが残る戦場。
 徐々に後退していく赤い機体に向け、愛梨は力の限り叫んだ。 
『教えて。アナクララとソフィアの子供はどこ? 貴女みたいになって欲しくないんだ』
『‥‥‥‥。捜してみれば? 少なくとも、”あたしの”友達って訳じゃないけど』
 愛梨と羽矢子の問いに、挑戦的な声色で答える山羊座。
 FRの装甲は剥がれ落ち、幾つもの破孔と亀裂が火花を散らしていた。
 そして、次の瞬間、
「! 何を――!?」
 ボロボロのFRが、突如ツイン・ブーストを噴かして急激に加速する。
 その先にあるのはケイ機――そして、コロンビア。人類側の拠点だった。
 淡紅光に撃ち抜かれ、ケイ機が墜ちて行く。その穴を擦り抜け、超高速でアンデス上空を駆け抜けるFR。
「‥‥彼女は、死ぬつもりですね。無月さん」
「‥頼みます‥‥」
 行って下さい、と、ミカガミを送り出し、最後に残ったタロスへと突撃していく由梨機。
『逃がさない‥‥今日こそはっ!!』
 無月機と共に、リア機、そして王零機がFRの背中を追って空を疾った。
 ブースターを全開に、FRとの距離を精一杯縮めた久志機がG放電装置を発射――赤い悪魔を絡め取る。
『――蟠りが消えれば、いつか戦う理由だってなくなるさ。どっちかが消える事だけが決着じゃない。‥‥そうあって欲しいよ』
『‥‥蟠り、か‥』
 急旋回して向き直ったFRがプロトン砲を放つも、久志機の右翼を掠めたのみ。
 王零機の放ったK−02が、山羊座の視界をミサイルで埋め尽くす。爆炎を抜けた満身創痍のFRを、高空から狙撃銃で狙うのは――無月機だ。
 コックピットを外したその一撃は、真上からFRを貫いた。
『自分の過去から逃げるのなら‥‥人への恨みなど持つ資格はない!!』
 追い付いた王零機とリア機が、FRを挟んで二方向から突進する。剣翼と光翼、迫る二つの翼のうち、山羊座は王零機へと火砲を集中させた。ダメージの蓄積に耐え切れず、装甲を散らし、黒煙を噴き上げ墜落していく王零機。
「くっ‥‥! 焼切り裂けッ! 熾翼・乱――」

『あたしをちゃんと、殺してね。赤宮』
 声が、聞こえた。
『――あの子のために』

「―――!?」
『お母さん!!!』
 光が悪魔を切り裂いて、爆音が空を揺るがした。


●拠点C
 戦闘の混乱に乗じて機を降りたUNKNOWNは、隠密潜行で気配を消しつつ、基地内で最も大きな建物へと侵入していた。
(敵地での散歩も悪くは無い、が‥‥)
 敵が、捕虜を生かしたまま此処を明け渡してくれるとは限らない。パタパタと近付いてくる足音を聞きながら、潜んでいた部屋の扉を開ける。
「さて、人捜しに付き合ってもらおうかな?」
「――っ!?」
 室内に引き摺り込まれた白衣の男に、超機械が押し当てられた。


「死角を取ったつもりか‥‥?」
 ウラキが自機の側面を見遣ると、丁度、僅かに機体を浮かせたゴーレムが機槍を構え、肩砲を連射しながら単騎突撃を仕掛けて来るところだった。
 飛び来る銃弾を機剣で受けつつ、全銃器の照準をそのゴーレムに合わせる。
 バルカンと重機関砲が雷のような轟音を響かせ、無数の鉛塊が真正面から敵機の装甲を抉っていった。それでも前進を試みるゴーレム。その頭を吹き飛ばしたのは、零次機の放った光弾であった。
 更に肉薄し、逆に接近戦を仕掛ける零次機。輝く機槍が土人形を貫くも、突き出された相手の槍先がシュテルンの搭乗席を掠めて腰関節に食い込んだ。
「膝をついてしまえば、楽になりますよ?」
 零次機の機刀が閃き、刺さったままの槍が地面へと叩き落とされる。次の瞬間には、ウラキ機の放った散弾がゴーレムの脚部を引き裂き、擱座させていた。
「UNKNOWN君、救出対象と接触成功。ケド、敵に見つかったっぽい」
 内部からの通信を受け、空のルキアは笑ったままの顔を僅かに歪めた。相対するタロスの砲撃が機体ごと彼女の体を揺らす。
「状況は?」
 ルキア機と敵機の間に割り込み、光と鉛の銃弾を連射しながら突進していくリュイン機。雷電の装甲を紫光が溶かし、機体損傷を知らせるアラートが響くも、地に墜ちるのはタロスが先だった。
「右奥。あの辺で立て篭もってると思う」
「では救出作業に入ろうかね。着陸支援を頼むよ」
 ルキア機の煙幕装置が白煙を噴き上げ、その中に身を隠しながら地上へと降り立つ長郎機。
『貴方の相手は、私です!』
 先に地上戦を始めていたつばめ機が、長郎機に砲を向けたゴーレムへと迫る。機剣を振るう『swallow』を支援するのは、透のミカガミ『代鏡』。内蔵の練剣が輝き、ゴーレムの腕を地面へと叩き落とす。
 ウラキ機と対峙していたタロスも体を浮かせ、長郎機へと向きを変えた。しかし、上空の機影に気を取られ見上げた瞬間、建物の陰から現れたアルヴァイム機の銃弾を浴び、赤黒い液体を散らす。
 そして、低空のミリハナク機が対地攻撃を開始。荒ぶる竜がタロスを徹底的に破壊して行く間に、アルヴァイム機と長郎機は壁の向こうの戦闘音を辿り、UNKNOWNが立て篭もっていると思われる場所へと急いだ。
「UNKNOWN、加勢しよう。壁を破壊する」
『了解した』
 アルヴァイムの通信を受け、室内から聞こえていたエネルギーキャノンの発射音が止む。
 長郎機が機爪を振るい、白い壁の一部を崩壊させた向こうには、見慣れた黒服の男と、薄汚れた軍服ぼ少年兵が頭を庇うようにして立っていた。驚くべき事に、孤軍奮闘していた筈のUNKNOWNは、殆ど無傷である。
「流石だね」
 長郎は退避して来た少年兵を補助シートに乗せると、ヘイル機に護衛され速やかに後退を始めた。室内の敵もKVには敵わないと見て姿を消し、UNKNOWNもまた、余裕の表情でアルヴァイム機内へと戻って行く。
 空では、突進をかけたソーニャ機のレーザー砲が擦れ違い様にタロスを灼き、上方についたヘイル機がミサイルポッドの発射レバーを引く。降り注ぐ20発の白条が敵機を捕え、オレンジ色の爆炎が華開いた。
 黒煙と共に墜ちて来るタロス。それが、最後の敵機であった。
「‥‥‥」
 急に静まり返った戦場。暫し無言で周囲に視線を巡らせる傭兵達。
 これで終わりだとは、考えられなかった。
 同時に、別の拠点の情報が全機のコックピットへと齎される。
『‥‥拠点B、C攻略班へ。拠点A、敵機全機撃破。作戦を終了す――』
 その時。

『――ット、ハヤサヲ!!!』

 静寂を突き破り、男の声が木霊した。
「拠点西端、敵機出現!」
 ルキアが警鐘を鳴らすと同時、建物の白壁を突き破り、1機のディアブロが滑走路へと踊り出る。
 生体パーツで覆われた機体は不気味に脈打ち、胸部には『目』のようなものが爛々と輝いていた。
 最も近い位置に居た零次機とウラキ機が真っ先に反応し、その黒い機体へと十字砲火を開始する。
『マダハシレル! モットハヤク‥‥!』
 地を滑り、ヴィエントは銃弾と光弾を回避――そのまま、零次機の眼前へと移動した。先のワーム戦で消耗していたシュテルンが、黒い機剣に貫かれて動きを止める。
 零次を助けるべくショットガンを撃ち込むウラキ機。生体パーツが僅かに裂け、液体が宙に舞った。だが、反撃の機銃掃射をかわすべく機を翻した瞬間、脚部と腰部に銃弾を受けて擱座してしまう。
「南米では‥‥倒れられない。だから、動け‥‥!」
 必死でコンソールを殴りつけるウラキ。しかし、機体がそれに応えてくれない。
 2機から注意を逸らそうと、スナイパーライフルを放つ透機。それをかわしたヴィエントの動きを、つばめ機の弾幕が阻害する。そこを狙い、ミリハナクのG放電装置が光を放った。
「他の基地は攻略されましたわよ。退いてくださらないかしら?」
 そう言いながらも、ミリハナクは高揚する戦意を隠し切れない。アルヴァイム機の背後に降り立ち、盾にして狙撃体勢に入った。
『‥‥我ハ‥‥マダハシレル‥‥マダ‥‥!』
 再び銃弾を吐いたつばめ機の腹を、ヴィエントのレーザー砲が撃ち抜く。地に倒れた恋人の機体を庇い、透は敵機を対空砲の射程に捉え猛烈な銃撃を浴びせ掛けた。その間に加速したアルヴァイム機が、敵機に肉薄する。
『単騎で何が出来る。これ以上は許さん』
 至近距離からブリューナクを突き付け、引金を引いた。透機への反撃で手一杯だったヴィエントは、それを回避できずに被弾。『目』を庇った片腕の先が千切れ、機剣が乾いた音を立てて地面に転がる。
 その一瞬の隙を突いて、暴竜が火を噴いた。
 膨大な光の奔流がヴィエントを包み込むようにして襲い、焼け焦げた臭いが滑走路に充満する。
「‥‥まだですわね」
 光の終息を待たず、不可視の衝撃波がアルヴァイム機を吹き飛ばした。ミリハナクは咄嗟に機を跳躍させるも、高速で接近して来たヴィエントの機銃に穿たれ、叩き付けられるようにして地に落ちる。
『‥‥ハヤサヲ‥‥ハヤイ敵ヲ、我ニ!』
 空を見上げたヴィエントと、ソーニャの目が合ったような気がした。
 ソーニャは機体を加速させると、慣性制御特有の素早さで一気に上昇して来た敵機目掛け、G放電装置を起動する。
『運動性能では負けない。そうそうやられないよ』
 放電に絡め取られた敵へ、容赦なくAAEMを撃ち込むソーニャ。しかし、敵機は身を焼かれながらも強引に空を滑り、続く彼女の突進を回避した。
 ソーニャ機に銃撃を加えるヴィエントに狙いを定め、上空からスラスターライフルで強襲するリュイン機。銃弾がヴィエントの左翼を損傷させ、黒煙が上がった。
『我ハ‥‥止マラヌ‥‥』
「――くっ‥!」
 凄まじい速度で機首を翻し、擦れ違ったリュイン機を『見る』ヴィエント。
 操縦桿を切り回避機動を取りかけたリュインだが、襲い来た衝撃と共に限界を迎えた機体が錐揉み回転を始め、咄嗟に脱出装置を起動させた。
『我ハ‥‥ヴィエント‥‥。ハヤサヲ、我ニ――!』
 幾つもの傭兵機を破壊し、それでもソーニャ機を追おうと動くヴィエント。
 しかし、
『もう結構ですわ。お黙りなさい』
 空へと駆け昇って来た竜の狙撃が、傷ついた左翼を完全に吹き飛ばした。
 慣性制御を駆使してその場に静止し、ミリハナク機を見遣る。

『――作戦を、終了する』

 次の瞬間、ヴィエントはミリハナク機を『見た』まま、アルヴァイム機の電磁加速砲に貫かれ、四散していた。



 3つの拠点が制圧され、エクアドル進出への第一歩は順調に踏み出された。
 しかし、ヴィエント2機の内部からパイロットが発見される事は無かった。
 また、FRを撃墜された山羊座の生死も確認されていない。
 傭兵達が搭乗席への攻撃を避けていた事から、南中央軍は捜索隊を派遣し、山羊座の消息を追っている。