●リプレイ本文
「これがアンジェリカの後継機ね。テストの結果如何によっては、ワタシの宇宙機用機体購入の一番手と考慮するわよ」
アンジェラ・D.S.(
gb3967)が触れた未塗装の試作機は、冷たい銀色の肌に照明を反射させながら、静かに稼働の時を待っていた。
パンフレットを穴が開くほど凝視し、アンジェリカより成長した感のある胸部を重点的にチェックしているのは森里・氷雨(
ga8490)。いつも通りである。
一方、浮かない表情でクルーエルを見詰めるのは赤宮 リア(
ga9958)だ。
「結局は、アンジェリカを数値で上回っただけの宇宙用KVになってしまったのでしょうか?」
だとしたら残念、と呟いた彼女を見て、ミユ・ベルナール(gz0022)は、少し不思議そうに首を傾げていた。
「クルーエル。‥‥KVの女王、か」
懐かしいものを見るような目で、試作機を見上げる煉条トヲイ(
ga0236)。
「とうとう出てきましたね。名前だけならかなり前には聞いていたのですけど」
彼と同じ時を過ごした鳴神 伊織(
ga0421)。それでも、彼女が自分からリリア・ベルナール(gz0022)の話題を振ることは無かった。
あの冬の日にリリアが見せた、ぎこちない笑み。
どこか自分に似ていた彼女の最期を、トヲイは生涯忘れないだろう。
「彼女の夢の欠片を結実させる事で、『2人のリリア』への手向けとしたい」
誓うように告げたトヲイ。ミユは一度だけ息を呑み込み、僅かに潤いを増した目で、彼を見返した。
上手く、言葉が出せない。
「俺は、B案を推しますよ」
パンフレットに視線を落としたままの氷雨が唐突に発した言葉。二人は、弾かれたように彼を見る。
「伯爵とコラボ前提なのはしっとモノですが。2人のリリアを内包しつつも、公私とも呪縛から一歩踏み出すべきです」
違いますか? と問う彼は、いつもの通りに真顔のままだった。
◆◇
青く輝く地球を背景に、フワフワと宇宙を漂うキメラ達の群れ。天小路桜子(
gb1928)がその周囲を見渡しながら、テストに適した状況であることを確認した。
「コールサイン『Dame Angel』。試作運用でキメラ討伐に赴き、持ちうる性能を発揮して実践データ採取を行使するわよ」
「インターフェイスはアンジェリカと大差ない様ですね。これならば直ぐに‥‥」
最初に仕掛けたのは、アンジェラとリアのペアだ。
先行するリア機が放ったGP−02Sミサイルポッドの1.5倍近い距離から、2発の試作ミサイルが敵群に撃ち込まれる。
「ミサイルの威力は低めだけれど、命中力はアンジェリカ改を大きく上回るわね」
エネルギーの爆発とGプラズマに体の一部を奪い取られたウナギとクラゲが宙空でピタリと静止した。敵の接近を認めた10体が、赤い光を輝かせながら8機へと向かって来る。
試作ミサイルを発射し、10体を中央に寄せるように誘導していくトヲイ機と氷雨機。6発で弾切れとなるも、先頭のクラゲが加速する直前で桜子機の高分子レーザー砲「ラバグルート」が火を噴いた。
その隙に、氷雨機の横を抜けて伊織機が前に出る。夕凪 春花(
ga3152)機の放ったものも含めて、G放電装置の電撃が高い命中精度でウナギを捉え、青白い光がその表面を焦がした。
「今までの攻撃で、ハズレたのはナイね」
【OR】アルゴスシステムを起動させ、他機体が放つ攻撃の命中率や威力をデータとして収集する夢守 ルキア(
gb9436)。
「宇宙戦は初めてだが‥‥頼むぞ、クルーエル!」
敵群に突入したトヲイ機が、試作練機剣を袈裟掛けに振るった。白銀の機体を掴まんと伸ばされたクラゲの触手が数本纏めて灼き切られ、宇宙に漂う。回り込もうとする敵に、桜子機の知覚弓から放たれた実体矢が深々と突き刺さる。半透明の体内に光を走らせ、ビクン、と全身を震わせたかと思うと、途端に脱力して息絶えるクラゲ。
「電流‥‥でしょうか?」
「そのようですね。実体矢ですが、着弾後に非物理ダメージを与えるタイプのようです」
桜子の疑問に、自らも矢を放ちながら答える伊織。同じく歩行形態で知覚弓をテストしていたリアが、うーん、と首を捻る。
「射程は中距離ですが‥‥矢を番える手間に見合った何かが欲しいですね」
「しかし、矢を射る一連の動作を阻害せず、かつ巨乳を実現したドローム社の技術には(以下略)」
知覚弓の性能以外の部分も細かくチェックしていた氷雨だが、リアからの返事は特に無かった。ただ静かに、矢を喰らったウナギが死んでいくのみ。
「春花君。援護するカラ、戦闘機形態のうちに突撃してみる?」
「はい。よろしくお願いします」
「では、私も」
その遣り取りを聞いたリアとアンジェラもまた、逆側から同じ戦法を試すことにした。リア機はA型、春花機はB型である。
最も手近なウナギにプレスリーを照準したアンジェラ機、デブリの陰からレーザーカノンを構えたルキア機が、SESエンハンサーを起動。莫大なエネルギーを送られた機体と兵装が熱を持ち、敵を撃ち抜いた。
ほぼ半身を抉り取られた2体を前に、エナジーウィングを展開する戦闘機形態のリア機と春花機。
スタビライザーを起動すると同時、練力残量がゴッソリと減る。しかし、機体の総練力量は、春花の望むスレイヤー以上という条件を十分に満たしていた。
「ツインブースト、行きますっ!」
爆発的に機動性を増した二つの機体に、エンハンサーの力が加わる。輝きを増した光の翼が2体のキメラを引き裂き、急旋回をかけた2機が二撃目を加えるも、エナジーウィングの強化具合とルキア達の援護射撃も相俟って、もはやオーバーキルである。
速度、攻撃の精度、安定性としてはB型の方が当然上だ。しかし、長期戦であれば、練力残量に余裕のあるA型の方が向いているだろう。
「だが、物理攻撃に難があるか‥‥」
機槍でクラゲの頭部を貫きながら、トヲイが独りごちる。超高改造のロンゴミニアトを以てしても秒殺が難しい状況こそが、クルーエルの物理攻撃力が非常に低い事を示していた。
兵装を練機剣に切り替え、スタビライザーとエンハンサーを起動したトヲイ機が、自機に巻き付いた触手ごとクラゲを斬り伏せる。
「攻撃力もですが‥‥想像通り、防御・抵抗は低いですね」
「回避力も低い。その3点は、アンジェリカ改に劣るカモよ」
接近戦を挑んでいた伊織が、飛来するクラゲの針を盾で防ぎながら、装甲の薄さを指摘する。それを観察していたルキアはというと、高速で向かって来たクラゲの触手を避け切れずに装甲を削がれ、デブリを蹴って移動しながら2種のスキルを起動。応戦を始めていた。
前衛に出るならば盾が必要かもしれない‥‥伊織はそう考えながら、スタビライザーを起動。前を塞いでいたクラゲとウナギの脇を一気に擦り抜け、エンハンサーで威力を増した練機刀「白桜舞」の連撃でクラゲを屠る。続いて切り裂かれたウナギが必死に電撃を放とうとするも、同じくエンハンサーとスタビライザーを起動させた桜子の矢が2本続けて突き立ち、一瞬で絶命した。
「ツインブースト使用時の搭乗者への負荷も許容範囲内。脆さをカバーできる僚機が必要だけれどね」
2体のキメラに接近されたアンジェラ機だが、A型スタビライザーを起動させると、即時人型に変形して練機剣を振るう。斬り飛ばした敵の横を突破し、背後から更に切りつける彼女の機体。しかし、その側面から、最後のウナギが体を巻き付けんと迫っていた。
だが、
「宇宙においては、頻繁な補給が前提ですからね。ブーストでの数値上乗せは、大気圏でも宇宙域種別でも有効ですよ」
エンハンサー、スタビライザーを起動した氷雨機が、ウナギの背目掛けてレーザーカノンとG放電装置を容赦なく撃ち込んだ。抵抗することもできずに脱力するウナギ。
「元々、多用するようなモノでもないですしね。後は、推奨兵装ですけど」
ルキアと対峙するクラゲをレーザーガンで足止めしつつ、今度は推奨兵装に考えを巡らせる春花。
クラゲは必死に針と触手で応戦するも、スキルで強化されたルキア機には勝てそうもない。逃走を図らんと向きを変えたその時、
「逃がしませんっ!」
振り下ろされる、リア機の練剣「雪村」。
恐ろしいまでに強化され、エンハンサーで威力を増したそれが振り切られた時――クラゲはもはや、消し炭と化していた。
◆◇
「事前にお教え頂いた装備力と、実際の装備力とに差があったように感じたのですが‥‥」
カンパネラに帰還した傭兵達の中で、最初に意見を述べたのは伊織だった。スロット数に見合った装備力を求める彼女の、素朴な疑問である。
「すみません。実は‥‥」
謝りながらミユが説明したところでは、別の試作機試験時、誤って重量オーバーとなり兵装を置いて行かざるを得なかった事例があったため、安全を期して若干少なく伝えていた、とのことである。
「兵装スロット数と運用志向が見合ってないかしらね。流石にアクセ増へ振り替えは無謀だけども」
無謀、と言いつつ、一応意見として述べておくアンジェラ。また、打撃力重視という別の理由だが、ルキアも同じく兵装スロットを犠牲に練力や知覚の向上を考えていた。ミユは少し考え、回答する。
「知覚に関しては、我が社の持てる技術全てを用いて今の結果ですので、これ以上は厳しいですね。兵装スロットからアクセサリスロットへの変更は‥‥あまり簡単ではないので、もう少し多くの要望があれば‥‥でしょうか。練力、装備力ならば増加できる余地がありますので、改良を検討させていただきます」
やはり一番の懸念点は練力と装備力にあると感じたミユ。早速、その旨をメモに取る。
「強いて言えば「練力=命中」になればと‥‥」
「イコールは難しいですが‥‥もう少し上昇できるよう照準システムを改良してみます」
その答えを聞いた桜子は、汎用性を重視しスタビライザーA案を推す旨を続けて述べた。
しかし、意見としてはB案を推す声が多い。在庫数に限界のあるスタビライザーを2基積む事自体に不安を憶える声もあった。
「では‥‥正式に、B案を採用させていただきます」
「CWの様な敵が出現した際に無力化してしまう可能性が高い為、攻撃力を上げる事は可能か?」
唯一物理攻撃力の向上を求めたのは、トヲイである。
「‥‥残念ながら、これ以上は無理ですね」
ミユは首を横に振った。物理攻撃力を高級機としての最低ライン、つまり現状の数値に維持し、かつ知覚攻撃力を限界まで上げるには、かなりの時間と手間が掛かったと言う。
「では固定武装は可能か? 砲戦型知覚特化機を謳っているのに肝心の大火力知覚砲が入手困難では、他社とのシェア争いに勝利する事は困難だろう」
「固定武装なら、シールドガンとか無理カナ? 脆いしね」
続けて、固定武装の要望に話を進めるトヲイとルキア。だが、ミユの表情は苦いままだ。
「固定武装も難しいですね‥‥クルーエルの放熱能力も現状でギリギリ、常時接続の固定武装は機体そのものに悪影響を及ぼすかもしれません」
「でも、大火力兵装は欲しいですよね」
「はい。できればカートリッジ式を希望いたします」
ならば推奨兵装で、と、春花、リアが強く要望する。桜子も同意見のようだ。
「では推奨兵装で開発を‥‥また、できればショップ販売品として、ULTに提案してみましょう」
さらに傭兵達は、3種の試作兵装について、テストでの感想を要望として述べた。更に、盾や弾数重視の兵装、既に存在する兵装の上位版をいくつか希望する。
「兵装に、抵抗UP機能のオマケは付きますか?」
何故かミユの鳩尾をガン見しつつ、さりげなく視線を若干上にずらす氷雨。ミユは軽く咳払いをし、「前向きに検討します」とだけ告げた。
「あの‥‥以前、クルーエルはアンジェリカの上位機種というだけでは無い、新しいコンセプトのKVとして開発すると伺っておりましたが、そういった部分は何か無いのでしょうか‥‥?」
最後に手を挙げたのは、リアだ。
ミユはしばらく彼女を見詰め、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「‥‥実は、アンジェリカVU以前から、クルーエルは宇宙機体として再設計が行われていました。現在の視点で見れば宇宙機体であることは当然の事ですね。ですが、当時としては考え難いコンセプト変更でした。ハッキリとそう伝える事が出来ない時期で、言葉を濁した事が、かえって良くなかったですね」
すみません、と頭を下げるミユ。
その上で、現在の性能は当時から開発していなければ実現できなかったものであり、同時に、実際に整備や販売に携わるULTや正規軍との折衝を長期間継続していなければ、ここまで知覚編重の宇宙高級機が認められることはなかったと、そう説明した。
「そうですか‥‥」
リアは、代わりに知覚弓に関する要望を強く伝え、それで意見聴取会はお開きとなった。
◆◇
席を立とうとしたミユを引き止めたのは、桜子だった。
「あの‥‥ミユ社長、何か御無理をなさっていませんか?」
「え‥‥いえ‥‥」
トヲイや氷雨と話して少しは楽になったミユだが、浮かない表情は変わらない。
その時、一人静かにカップを置いたルキアが、ミユの前に立った。
「私、ルキア。リリア君を殺した一人」
倒した、とは言わなかった。
「‥‥そうですか」
ミユが知らなかった筈はない。それでも、彼女の声は固かった。
「私、訊いたよ。君の望みは何って」
『彼女』は何も言えなかった。聞き取れない願いがあった。
「ダレカのタメ、ナニカのタメ――そこに、ジブンの願いは」
上手くは説明できなかった。だから、言う。
「何を言われても、あの戦いに悔いは無い」
「あなたは何も悔むべきことはしていません。私に何が言えますか」
不意打ちのような、ミユの返事はそれだった。
それは幾分、柔らかい声で。
「ありがとうございます」
それは、何に対しての言葉だったのだろう。ルキアにそう告げた彼女を見て、伊織はつい、口を開く。
「彼女とは違う形で逢えていたら、友人になれていたかとも考える事もありましたが‥‥」
そこまで言って、彼女は首を横に振った。
「いえ‥‥やめておきましょう。私自身は彼女に遺恨はありませんし、ただ残念だった‥‥という気持ちだけです」
再び、沈黙が落ちる。
「私は、彼女に関して、そこまで踏み込んでは居なかったので。だけど何となく倒してあげたかったんだなって事は感じ取れました。人間、何かを乗り越えなければ進めない事ってありますからね」
暗い空気に耐えかねたように、春花はわざと声を大きく、明るく言った。
「だから、もう先に進んでいいんですよ。きっと」
「春花さん‥‥」
グッと、両手を握り締めるミユ。皆の顔を、順番に見る。
「‥‥ありがとうございます。皆さん」
そう、頭を下げて。
ミユの頬には、これまでずっと流せなかった涙が伝っていた。
妹達と、自分のために。