●リプレイ本文
大型封鎖衛星ヘラ。
それは、地球を囲む檻の一角。最高位の女神の名を冠した、北米直上のバグア要塞。
「幾らUPCから割り振られたとは言え、敵の名称に使用されるのは我慢できないのよねえ」
散開する33機のKVの中、一際目立つ桃色Xmas仕様のピュアホワイトがあった。
『ヘラ』という名は、百地・悠季(
ga8270)にとって特別だった。そう名付けられたバグア兵器など、もはや破壊対象以外の何でもない。
33機と中央艦隊の距離は28。G5弾頭ミサイルによる支援を要請した傭兵達はまず、大量の敵を中央に追い込むべく、低軌道に散開した。それを支援するのは、大神 直人(
gb1865)と悠季のピュアホワイトに搭載された複合ESM「ロータス・クイーン」。
「あれがヘラ‥‥なんだか凛、あの形見てると凄く禍々しい物を感じる」
「確かに、あんなものが頭の上に浮いてたら、おちおち寝ていられないな」
ヘラの巨体は目と鼻の先だ。ハヤテの操縦席で眉を寄せ呟く勇姫 凛(
ga5063)に対し、直人は無数の敵影が映るレーダーに視線を落としたまま、応えた。
「‥‥またでかいモン浮かべてくれちゃって」
面白くもなさそうに、鷹代 由稀(
ga1601)。操縦桿を横に倒し、飛来した本星型の砲撃をかわしながら、宇宙を滑った。
「――さ、潰しましょうか」
「よっし! こんな大物相手だ。気合い入れて行くぜ!」
由稀の咥え煙草が灰皿へと落ち、応じた砕牙 九郎(
ga7366)のリヴァティーが大きく右に回り込む。
「攻撃は、十分、いるし、頑張れ」
由稀機、凛機、九郎機、悠季機から一斉に放たれたミサイルが、黒一色の宇宙にオレンジ色の輝きを添えた。敵群を囲み円を描くように咲いていく幾つもの花を横目に、ユメ=L=ブルックリン(
gc4492)は愛機フェイルノートIIの機首を後方に向ける。
中央艦隊を視界に捉え、ブーストを噴かせて全速で疾駆していくユメ機。32機を相手取る敵に、それを追う者は現れなかった。
「短期決戦なら十分行ける。宇宙でも頼むよ、相棒!」
赤崎羽矢子(
gb2140)の言葉に、愛機は最高の機動を以て応える。爆炎に追われジリジリ中央へと寄せられて行く敵群の中から飛び出して来た中型HW、そこから伸びた薄紅の光条を、ブーストの速度を乗せた急旋回とロールで華麗に回避するシュテルン・G。ライフルを撃ち放ち、ミサイルの雨を掻い潜って現れるワーム達を次々と押し戻して行った。
「‥‥よし!」
あと一歩、弾幕の薄い敵群中央から前進し、上下左右に流れ出ようとする者達を押し戻せば。
凛は、フットペダルを思い切り蹴飛ばした。敵群上方から機を傾け旋回させ、光条に装甲を削られながらヘラを正面に見ると、そのまま敵群中央へと突っ込んだ。
「さぁこい、お前達の相手は凛だっ!」
多少の損傷など気にしていられない。前進を止め迎撃に移ったキメラ達の中に本星中型HWを捉え、ミサイルを叩き込む。
「中央艦隊、応答してくれ。作戦に沿い、G5弾頭の発射を要請する!」
『オーケー、了解だ! まずはこのカドゥケウスがぶっ放してやらぁ!』
須佐 武流(
ga1461)のコックピットに響いたのは、南米の風を纏った中年艦長の声だった。
ブースターを全開にして離脱する凛機の軌道と垂直に、巡洋艦カドゥケウスから放たれる4発のミサイル。即座に躍り出た本星大型HWを中心に、火線を集中させるワーム達。
『‥‥ハルパー!』
撃ち貫かれたミサイルが巨大な爆炎を撒き散らす中、ビビアン・O・リデル(gz0432)の声に応え、巡洋艦ハルパーから更に4発が発射される。掻き消えて行く炎を突き抜け敵群に迫ったG5弾頭ミサイルはしかし、ギリギリのところで撃ち砕かれ、数体のキメラを巻き添えに爆発して消えた。
僅かな焦りが、皆の胸を支配する。3隻の艦船と33機のKVが祈るような気持ちで見守る中――、
「やった‥‥!!」
最後の4発。
目の前で起きた巨大な爆発に、マチュア・ロイシィ(gz0354)は思わず歓声を上げた。
敵群中央に突き刺さった4発のG5弾頭ミサイルの爆炎が、その周囲の敵を次々と巻き込み、呑み込んで行く。
「悠季! 直人! 残敵数はどれくらいだ!?」
タマモを駆り、接近して来る小型HWをアサルトライフルの連射で撃ち貫きながら、武流が問う。慣れぬ宇宙で管制と攻撃の両方を担う直人の負担は大きいが、悠季機と協力することで迅速な戦況把握を実現していた。
「5割ね。ただ、中央と前衛付近でミサイルを迎撃していた中型・小型HW19機は全滅よ」
「本星型は強化FFを起動して生き残っているな。だが、ワームが減った分、突破はし易い」
「よし‥‥いけるな」
好機。そう判断したのは武流だけではない。G5弾頭を避けて散開していた全てのKVが、爆発によって生まれた孔目掛けて次々に機を滑らせて行く。
「G5弾頭を使用した分の火力はKV隊で補う。行くよ!」
孔を塞ごうと動く敵の群れを、ヴァルトラウテKV隊の砲撃が噴き散らす中、突破を試みた羽矢子機の眼前に、本星大型HWが躍り出た。衝撃とともに弾け飛ぶシュテルンの装甲。アサルトライフルから弾丸を吐き出し続ける羽矢子機と、強化FFを光らせ続ける巨躯が、距離を縮めて行く。
「悪いが邪魔はさせない!」
全速で接近した直人機。発射された300発のミサイルが一斉に敵群へと降り注いだ。傭兵達の進路を塞がんと集まって来た本星型HW達は、強化FFでダメージを防ぎながらも爆炎に巻かれ、敵の姿を一瞬見失ってしまう。
『このハヤテの速度なら、一息なんだからなっ!』
敵機の隙間を、羽矢子機、そして凛機が瞬く間に擦り抜けて行く。同時に、九郎機、武流機、由稀機、悠季機もまた、彼女らに続かんと突入を開始した。
「先に行くぜ! さっさとヘラの武装をぶっ壊してやらねぇと!」
「わかった。残った奴らは引き受ける。だから頼んだよ!」
目の前には、自機のレーザーガトリングを強化FFで受け止め続ける本星大型HWの姿。マチュアの返事を聞きながら、九郎はただ只管に引金を引き続ける。
『遊んでいる時間はないのよ。道を開けなさい』
悠季機の吐き出す無数の光弾がキメラを引き裂き、小型HWの装甲に穴を穿った。押し通らんとする4機を前に、ジリジリと後退していく敵機群。
「俺が退かせる! 本星型といえど、HWに負けるわけにいかん!」
九郎機と本星大型HWが火線を交しながら肉薄する中へ、人型に変形した武流のタマモが飛び込んで行く。武流機の弾丸と九郎機の光弾が絶え間なくFFを赤く輝かせ、そして――、
『退けえぇぇっ!!』
本星大型HWの装甲が散った。
武流機の機拳を受け止めた強化FFは終にその輝きを失い、続くエナジーウイングでの一撃を防ぐことが出来ない。
「ケツ持ちやるわ。ちゃっちゃと砲台壊してきて!」
敵の巨体が孔の中心から逸れたその瞬間、ヘラを目指して一息に突破する4機。その中で、最後尾に位置していた由稀機が反転し、未だ息の根の止まらぬ本星大型HWへとスナイパーライフルを撃ち放った。
強化FFを失った身に2発の弾丸を撃ち込まれ、破孔から炎を噴きつつも反撃の砲を放つ本星大型HW。白一色の機体が激しく揺れ、周囲の本星小型HWの砲が自機に向く瞬間を、由稀の右目が素早く捉える。
『時間稼ぎぐらい完璧にやって見せるわよ。短い付き合いになるでしょうけどね』
ETP、DIMMCを起動。機体背部の「ハイロウ」が出力を増し、コロナの機動が明らかに変化した。
自機に向けて集束する光条を半回転のみで回避し、続けて撃ち込まれた弾丸も致命傷とは程遠い。コロナの背部でプラズマが揺れ、次の瞬間には、射出された光輪が目の前の本星大型HWを深く切り裂いていた。
「中央艦隊より先行KV隊へ! 援護射撃を開始します。えっと‥‥あの、気をつけてくださいね!!」
その時、全機のコックピットにビビアンの声が響き渡る。微妙に頼りないその通信に振り向けば、中央艦隊3隻の艦船がすぐそこまで迫っていた。
「もう来たの? 時間が経つって早いわね」
「‥‥とてもじゃないが、あの顔と性格だけだとオリム中将の姪にはみえないよなぁ」
由稀機が残る敵を壁に使いながら上方に抜けて行き、直人は艦隊を護衛すべく機を走らせた。
「よし、散開だ。艦隊が抜けても気を抜くな!」
3隻の20連装レーザー砲が輝きを灯し、3割まで数を減らした敵群を次々に射抜き、吹き飛ばす。
それでも残るキメラやワームには、由稀機、そしてヴァルトラウテKV隊の砲撃が容赦なく撃ち込まれ、瞬く間に数を減らして行った。
◆◇
誰よりも早くヘラを射程に捉えたのは、凛と羽矢子である。
「拙い。長射程砲の冷却が終わるよ」
通常のプロトン砲が薄紅色の光線を次々と吐き出し、2機の装甲を削り取る。羽矢子はその光の向こう側に、輝きを増して行く巨大な2門の砲を見詰めていた。
「早く壊さないと! 超伝導パワーON、弾けハヤテ!」
超伝導AECを起動した凛機が、砲撃をその身に受けながら疾る。ブーストにアサルト・アクセラレータを乗せた勢いのまま、ダメージを物ともせずにヘラを目指した。
「PRM起動。余剰練力を全て知覚へ。さあ、邪魔な砲台を排除するよシュテルン!!」
羽矢子は機を進めぬまま、漲るエネルギーを光弾とG放電装置に込め、解き放つ。薄紅光の連射はロールと旋回で可能な限り回避。ヘラ左翼の大型砲台が青白い放電に捕らわれた瞬間を逃さず、AAEMの発射レバーを引いた。
「これ以上、みんなを撃たせはしないんだからな‥‥!」
白く膨れ上がる爆発。それでも折れぬ黒い砲の影に、人型に姿を変えた凛機が襲い掛かった。
「――輝きと共に貫け旋!」
碧く輝く十文字槍が、砲座を捉える。
硬い手応えと、不意に消える重み。膨大なエネルギーが折れた砲と凛機を吹き飛ばし、宇宙の闇を照らした。
「凛!」
後ろに押し戻された凛機を、プロトン砲が貫く。引金とレバーを引き続ける羽矢子の左に光が生まれ、右翼に残った長射程砲が中央艦隊へと牙を剥いた。
「うわ‥‥」
ヴァルトラウテを襲った一撃に、その艦橋上に居たユメ機は激しく全身を揺さぶられた。
ユメ機の宇宙での活動時間は20秒。艦の護衛に戻り、僅かな時間先行して進路を守ったフェイルノートだが、もはやその身に十分な推進力を持たない。突起にホワイトハンズを引っ掛け固定し、全ての武装を前方に向けていた。
「電磁フィールドは展開済みです。問題ありません! 作戦を続行してください!」
ビビアンからの通信が、KV隊に艦隊の無事を知らせる。
艦隊の援護射撃を受けた敵群は既に壁の役割を果たせず、ヘラの砲撃を避けて散ったワームやキメラが数体残るのみ。由稀機とヴァルトラウテKV隊の大部分は、先行した傭兵機を追ってヘラを目指していた。
『大人しく諦めろ。女神はもうすぐ丸裸だ』
ハルパーの側面を守る直人機が、ロータス・クイーンとヴィジョンアイを併用しながら、接近して来る本星中型HWにレーザーガンを撃ち捲る。火線の応酬に装甲が飛び、強化FFが輝きを放つも、長くは続かない。
G放電装置の電撃が敵機を絡め取り、正規軍のリヴァティーから撃ち込まれたミサイルが息の根を止めた。
「ゴミ虫が‥‥うざったい‥‥」
ヴァルトラウテの艦橋に取り付こうと急降下をかけたキメラ目掛け、ユメ機から大量のミサイルが発射される。照準が合わない分は弾数で補い、敵の接近を防ごうとするユメ。不気味に蠢くキメラの腹がガバッと開き、無数の針が降り注ぐも、ユメ機はそこを動こうとしなかった。
「動くわけには‥‥いかない」
ヴァルトラウテの損傷を増やすくらいならば、自機の損傷など、どうでも良い。ユメは動じる事無く、ミサイルの発射レバーを引いた。
キメラの肉片が自機と艦体に降り注ぎ、張り付く。ユメは再び、宇宙に視線を巡らせた。
「宇宙、重力が、ないから、不安‥‥空が、いいな」
◆◇
「長距離砲1基破壊ね。ヴァルトラウテのダメージは想定の半分といったところかしら」
ヘラの至近まで機を進めた悠季は、凛機から切り離されたコックピットブロックの軌道を守るように動きながら、状況把握に努めた。
封鎖衛星は長距離砲1基を失い、さらに羽矢子機の攻撃で通常プロトン砲1基も破壊されている。残る長距離砲も冷却中であり、撃つ事が出来ない。
プロトン砲の雨を潜り、時に打たれながらレーザーを連射する武流機と九郎機。砲を外れた攻撃がヘラの表面を抉るも、次の瞬間には元通りに盛り上がる。
「対空砲以外の部分は攻撃しても意味がない、か‥‥とんでもない回復能力だ」
「ああ。だが、倒す手立てはある。問題ねぇさ!」
銃撃を止めないまま、2機がヘラのプロトン砲へと加速。ジグザグの軌道を描きながら極力敵の砲撃を避け、懐に飛び込んだ瞬間に、九郎機が変形した。
武流機のソードウィングと、九郎機のランスが閃く。
半ば破壊された2基のプロトン砲が、離脱する2機の目の前で羽矢子機の銃撃を喰らって爆散した。
その輝きも静まらぬ中、4基目の通常プロトン砲へとレーザーライフルを撃ち放つ悠季機。穿たれた孔から蒸気のような何かが漏れ、旋回を止めたそれに、休む事無く次弾を叩き込む。
「待たせたわね。中央艦隊もすぐそこまで来てるわよ」
4基目を破壊した悠季機の横についたのは、由稀機であった。ヴァルトラウテKV隊のうち18機も同じく到着している。中央艦隊の3隻もまた、既にヘラの通常プロトン砲の射程内に入っていた。
KVの攻撃では、ヘラに有効な打撃を与えることはできない。ヘラにとっての脅威は、目の前に群がる多数のKVではなかった。
一射、真正面のヴァルトラウテへと光条が伸びる。電磁フィールドに弾かれ、艦橋を狙って更に一射。
固定を外したユメ機が、鈍い動きながらその光を半身で受け止める。
「さあ、とっとと壊して離脱するわよ!」
通常プロトン砲の破壊を他機に任せ、長射程砲に照準を合わせる由稀。引金を引き、弾丸を追い掛けるかのように機を疾らせた。
直人機を加えた30機が残る全ての武装をヘラへと解き放ち、剥ぎ取られるプロトン砲。最後に残った長距離砲をコロナの光輪が襲い、まるで根元から溶かすにして折り飛ばした。
「中央艦隊より先行KV隊へ。G光線兵器による一斉砲撃を開始します」
「来るわよ! 全機、離脱!!」
後方の輸送艦へと移動中の凛のコックピットブロックに全力で体当たりし、安全圏まで流した悠季が叫ぶ。
ヘラに肉薄した3隻から、一斉に伸びるG5弾頭ミサイルの雨。
反撃もできずにそれを受け止めるしか無い女神は、瞬く間に巨大な炎塊と化して行く。
見守るKV隊の視界を横切ったG光線ブラスター砲の光は、音も無く、ただ静かに女神の中の女王の腹を撃ち抜き、消えた。