●リプレイ本文
空は青く澄み渡り、日は柔らかな温を届ける。
本日お泊り会日和。
「それでは、出発しまーす」
参加者を先導し、元気に歩く実行員。
その姿を校舎屋上から監視する一人の人物がいた。
この企画裏の仕掛け人、カレン・オハラである。
「可哀想にね白石夏音。不様を晒して、精々ぴーぴー泣きわめくがいいわ!」
その高笑いは、風に乗って飛散した。
学園散策は初回より段取りミスで実行員が慌てたりと、不安な出だしになった。
「大変だろ白石、俺も手伝うよ」
夏目リョウ(
gb2267)が助け船を入れ、慣れた口調で施設解説をサポートする。
「ありがとうございます。夏目先輩」
「これも交流の内さ」
少し緊張がほぐれ、落ち着きを取り戻た白石は、参加者に目を配り、周囲を気にしている様子の美環響(
gb2863)を見つけた。
彼は故あって、女性として参加しているのだが‥‥。
「美環さん、どうかしました?」
尋ねられ我に返った和風美人は、柔らかな会釈で大丈夫であると示した後、コッソリと呟いた。
「やっぱり、姿は見せないか」
昼食を終え、スポーツ交流へと研修は進む。
「いやっほー!」
舞い上がる水飛沫。弾けんばかりの笑顔でレミィ・バートン(
gb2575)は見事な泳ぎを披露する。
スラッとしたアスリート体系、同時に女性らしさも漂わすボディラインを、小麦色の肌が魅力的に演出している。
「レミィ様、お綺麗ですわ」
「えへへ、ありがと!」
タオルを片手にレミィを引き上げる鷹司小雛(
ga1008)も、人目を惹く艶やかさを放っていた。
「いいな‥‥」
星井由愛(
gb1898)は、身を小さく丸めて二人を見つめ、何度も溜息をつく。
「星井さんも、相当可愛いいわよ」
由愛が驚き見上げれば、桐生院桜花(
gb0837)が立っていた。
桜花は母性故か、この内気少女を捨てておけず、午前中から彼女を気にかけていたのだ。
「そんなことないです‥‥」
口では否定しても、嬉しさを隠しきれず、俯き前髪を弄ぶ由愛を見て、桜花は衝動的にむきゅと彼女を抱き締めたのであった。
水着にジャケット姿で並んで歩いているのは、美環響(
gb2863)と柿原錬(
gb1931)。
馬が合い、学園探索から共に行動をしていた二人である。
「美環さんは泳がないんですか?」
「私はちょっと怪我をしていて。柿原さんは?」
「僕は身体が弱かったから、プールはあまりなじみがなくて」
「それでエミタ適合を?」
「はい。でも、今はこうして元気になれましたし。よかったと思っています」
暫し無言のまま歩が進む。
寂しい過去を振り返るその瞳を見て、響はポケットからトランプを取りだした。
「トランプはタロットカードの起源になっているとも云われ、53枚それぞれが星の力をもって人の運気を司っているのです」
急に始まったトランプ占いにキョトンとしている錬に微笑み、丁寧にシャッフルしたそれを、掌に乗せて差し出す。
「一番幸運なのは、ハートのエースなんだよ」
響に言われるがまま、錬はカードを抜き出し、絵柄を確認する。
「‥‥ありがとう。うん、折角のプールだし。楽しめる時には楽しまないとね」
笑顔の錬が手にしていたカードは、まさしく一番の幸運の象徴あった。
高遠聖(
ga6319)、はプールサイドで愛用機のファインダーを覗き、シャッターは切らずに顔をあげる。そんな動作を繰り返している。
彼に興味を持ち、夏目はその傍らまでやってきていた。
「麗しの被写体を激写ですか?」
「普通の学園なんだな。俺の取りたい写真が見つかるなんて思ってなかったよ」
彼の穏やかな視線の先には、戯れる六人の男女。
鷹司と桐生院が、星井を引きずるようにプールへと飛び込んでいく。
「きみ達もおいでよー!」
手を振るレミィに誘われ、美環と柿原も輪に加わっている。
夏目は、彼の取りたい写真がどんな物なのか理解した気がした。
「いいですね。こんな時間も」
「おいおい、リョウはまだ老成するには早いだろ。輪に加わって来いよ。目当ての子取られちまうぞ」
人生の先輩からの助言に、夏目は苦笑を返す。
「女の子達の中に飛び込んでいくみたいで、ちょっとね」
確かに、一見女子六人が戯れている様に見える。
君も十分通用するぞ――そんな台詞を、聖はグっと飲み込んだ。
「はぁ!」
鋭い気合いが響く。
ここ武術道場では、スポーツ交流の最後に是非との希望で実現した対戦が行われていた。
運動神経抜群のレミィを投げ飛ばし、流れるように寝技に持ち込む小雛の動きは、サブミッションにねっぷりと絡みつくような、妖しげな熱が籠っているものの、明らかにプロのそれだった。
そんな小雛に対抗し、レミィもあえて同じ技で立ち向かっていく。
激しくぶつかり合っている光景のはずだが‥‥。
「はぁあんっ、そんな、ゆりんゆりんにぃ‥‥」
星井の眼に映るのはイケない部分らしい。危ない妄想を加速させ、頬赤くして試合を見守る。
「星井さん、私達も試合しましょ!」
桜花の中の何かに火がついたのか、彼女はそのまま内気少女を連れ去った。
「そんなに恐がらなくても。男子対女子の予定はない‥‥はずだから」
笑顔に冷や汗かきつつ、怪我をしていてよかったとその光景を見守る響は、怯えた様子で背に隠れている錬を安心させる為、プログラムを読み上げる。
「あっ‥‥あうっ!」
絶体絶命のピンチを、驚異的な粘りで何度も凌いで来たレミィだったが、体を密着させ、敵の身体を知り尽くしたように自由を奪う小雛のテクニックの前に、やがてパンパンと畳を叩いた。
「流石ですわ。三度、極めたと思いましたのに」
激戦を制し、仰向けになったレミィから身を離した小雛は、道着の胸元を緩め、肌の熱を冷ます。
高遠は一度カメラを構えたものの、これは全く違う場面と誤解されるな、と撮影を諦めたのであった。
「あっちの方は、なんかもう別のものに見えるよな」
夏目が示唆した桜花と由愛の稽古は、武術交流の範疇を遥かに凌駕していた。
「ふふふ。ここを、こう!でどうかしら?」
「あ‥‥ひぃう!」
「うん。あれは違うね‥‥」
満場一致。見学者は深々と頷いた。
「お疲れ様でした。これ以降は夜の部となりまーす」
宴会場と大浴場、そしてお泊り部屋のセッティングへと動く白石の、一人忙しく走り回る姿を、桜花は多少の興味を持って眺めていた。
一所懸命に役目をこなしている姿を見て、彼女の母性という名のリビドーが、再びムクムクと動きだし、二人きりのタイミングで話しかけるまでに至る。
「白石さん」
「あ、おつかれさまですー。これから皆さんの所に戻って、宴会場にご案内です」
その笑顔を見て、この子は優等生の様にしてるけど、どこか無理をしている。そう感じ取った時、誘惑してみようかしら?なんて邪念は消し飛んで、桜花の右手は無意識に動き、彼女の頭を撫でていた。
元々姉御肌な性分。どうにも頑張っている子に弱いらしい。
「そんなに頑張らないで。もっと私たちと交流を楽しんで」
優しく語りかける桜花だが、なぜか白石はブリっ子ポーズをしながら目を見開いて彼女を見つめている。
「あら‥‥?」
左手もまた無意識に動き、その尻を撫でていたのだった。
この光景を観察している人物がいた事に、桜花は気付かなかった。
夕食と湯を終え、泊り部屋へと戻ってきた八人。
「おやつ一杯あるから!」
「レミィさん、私ももってきました」
今日一日ムードメーカーを務めてきた元気娘が、手を叩いて空気を誘導する。
星井も用意したお夜食を並べた。パジャマ姿のこの子は、むしろ昼間より元気がいい。
レミィに抱きつき、胸をすり合わせるように甘えつつ、身を預けて倒れこむ。
「きゃーっ! こいつめっ!」
浴衣を肌蹴させ、団子になる女性陣。その中で、由愛は皆の胸へとさり気にタッチする。
「‥‥おっきいです‥‥」
訳あり女装中の響は、青ざめたまま必死に防戦していた。
「元気がいいな、お前ら」
「おにーさんも、遊びましょうよ!」
レミィが聖の腕を引き円座に誘う。
「何をするか知らないが、オジサンを巻き込んで平穏無事に済むと思うなよ?」
荷物から缶コーヒーを取り出し、全員に投げ渡してから、彼はどっかりと腰を下ろした。
「上がりです。私が王様‥‥なんですよね?」
五連続トップとなった由愛は、罰ゲームのネタに苦心する。
「じゃあ、高遠さんと夏目さんが一つお布団に入って六十秒」
お題を口にしてから周囲が固まっているのに気が付き、妄想を表に出してしまった事に羞恥して大慌てした。
「さ、三十秒でいいです‥‥」
「訂正するのそこかい‥‥」
「白石さんが来たら皆で何かしない?」
夜宴盛り上がる中、新たなプログラムが提案される。先ほど様子を見に行った後から、桜花はその事を考えていたのだった。
「お、いいね。実は俺も似たような事思ってたんだ」
聖は皆に耳を貸せと指招きをする。
「肝試ししかないだろ」
部屋に来た白石は、その提案を喜んだ。
ルールは単純、二、三人で組を作り、校舎を周ってスタンプを集めるだけ。
驚かし役を買って出たのは錬と桜花。
初組は高遠、夏目ペア。
「さぁいこうぜ」
聖をリードして腕を引き、歩きだしたリョウの姿を、由愛は期待に満ちた眼差しで送り出した。
二人は寒々とした廊下を進む。
「高遠さんは、どうして参加したんですか?」
「なんて言うか、成り行きでな。ん‥‥?」
「なにか?」
「いや、あそこに」
チラリと見えた異景に、足を止めた二人。その姿目がけて、四足の物体が高速で迫っていった。
「うわあああ!」
「戻ってきませんね‥‥」
「私達もいきましょ!」
由愛、レミィ、響が次発で部屋を後にした。
大騒ぎしつつも、最後のスタンプを残すだけとなった三人。
「ひぃん! い、いまぁ!?」
「ただの風ですよ」
事ある毎に敏感に反応する由愛を見て、レミィは悪戯っ気を起こす。
「そう云えば、ここで人体実験が行われてたんだって‥‥」
彼女がそう話し出した途端、保健室から、女の泣き声が聞こえてきた。
三人は部屋の中をそっと覗きこみ、そして全力で逃げ出したのだった。
座して待つ間、棟内に反響する由愛の悲鳴が幾度も聞こえ、本気でビビる白石は、隣で妖艶に微笑む小雛の目論見に気付く由もなかった。
「それでは、わたくし達も参りましょう」
二人は暗い廊下を歩きだす。
周囲は水を打ったように静まり返り、僅かな月光のみが道標となる。
視界を何かが掠めた気がして、不安に立ち止まろうとする白石に対し、小雛は歩調を乱さず歩き続ける。
ふわり‥‥。
今度は項に触れられた様な気配に、誰かがいると確信し、我慢できずに振り向く。
ほんの数メートル先の教室、その扉が僅かに開いている。
何かと目が合った。
そう理解するより早く乱暴に扉が開かれ、前髪をどっぷりと落とし、白胴衣に身を包んだ女が、四足歩行で高速移動してきた。
「見ぃ〜たぁ〜なぁ?」
「ひぎい!」
失神寸前失禁寸前の白石を励まし、抱きかかえる様にして小雛はなんとかゴールへと近づく。
最終ポイントの保険室に踏み込むと、耳に届くすすり泣き。
泣声の主は、ベッドの上にいた。
全身に包帯が巻かれ、覗く肌は焼けただれ‥‥大火傷を負った女子生徒。
ぐるん! と視線をこちらに向け、追いかけてくるそれをみて、白石はマジ泣き状態となった。
「あれは俺もヤバかった」
後方より後をつけていたリョウが、同じくカメラ持参で様子を窺っている、白胴衣姿の桜花に自白する。
「錬君の意外な才能よね‥‥それよりもなんで夏目さんがここにいるのよ」
「変な掲示板を見てな。きみが犯人かと思ってた」
最後のスタンプを済せた保険室で小雛は白石をベッドに座らせ、髪を撫でつけながら優しくあやしていた。
その指使いは綿毛のように軽く、時折耳朶から胸元、そして太ももへと流れる。
程なく涙を拭き、落ち着きだした様子をみて、巧いもんだと感心していたリョウだったが、平静を取り戻すと同時に、白石の顔が赤味を増していくのを見て首を傾げた。会話までは聞こえない。
――急転直下。
「ダメぇ‥‥」
二人の吐息は熱を帯び、やがて小雛の手元がするりと浴衣の下に潜り込むと、白石は身を震わせながらベッドに崩れ、甘え鳴いて自ら衣服に手をかけたのである。
リョウは桜花の制止を振り切り、突入を決行した。
「学内での不純異‥‥いや、不純同性交友は校則違反だぜ!」
それは、小雛の予定を超えて行く所まで達してしまいそうだった現場を収めるファインプレーであったが、痴態を先輩に見られてしまったと知った白石は、そのまま昇天し、翌朝まで目覚める事はなかった。
深夜の校舎裏。
「隠し撮りに苦労しましたのよ」
「よーくやりましたわ。これは私からのほんのばかりの謝礼でございますわ」
ニヤケ顔でがっちりと握手を交わす和風お嬢様と洋風お嬢様。
戦利品の写真を満面の笑みで見つめ、勝利の美酒に酔いしれていたが、気がつけば眼前に小雛が迫っており、その距離は異常に近い。顔が近い。
「な、なんですの?」
ガサガサと押し倒されるカレン。
ゆらりと笑う小雛。
「依頼の所為で欲求不満なんですの。責任はとって頂きますわ‥‥」
「アイツが犯人だったのか」
「い、今撮影してるのは抑止の為ですからね。これも私達の計画のウチ。それよりも、止めませんの?」
「風紀部では裁けぬ悪を裁くのが特風だ、事件が起きなきゃ俺の出る幕はないさ」
自業自得だと笑った後、リョウはその場を立ち去った。
着衣の乱れもそのままに、放心状態で独り座りこむカレン。
夜風のそよぎ、木々のざわめきと共に、月明かりを背に誰かがやってくる。
「本当は、ご一緒に参加しませんかと誘うつもりだったのですが」
その長髪の人影は、肩をすくめた。
「今回調べましたが夏音さんは魅力的な女性ですね‥‥でもカレンさんも負けないぐらい魅力的ですよ。相手の弱みを握って蹴落とすだなんて、優雅な貴女らしくない」
人影はそっと腰を落とし、カレンの耳元で何かを囁いた。
その日以降、なぜかカレンは一枚のトランプを大事に持つようになったと云う。
部屋の明かりが落とされ、全員が暗い天井を見上げながら、今日一日を振り返っていた。
「僕、ここに来る前は病弱で、ろくに学校もいけなかったんだ」
ぽつん、と話しだした錬の言葉に、皆が耳を傾ける。
「だから、こういう経験もしたこと無かったんだ‥‥」
「また、みんなで遊ぼうね」
レミィが変わらずの明るさで包むように返事をする。
「私もまた皆とお泊りしたいです‥‥ふぁ‥‥」
もぞもぞと身動きしつつ星井も賛同し。
「‥‥うん」
錬は安心したように寝息を立て始める。
(「皆に写真でも送ってやるか」)
聖は、そんな事を考え眠りについた。
参加者の皆様に、幸多からん事を願いつつ。
こうしてお泊り会は無事に全プログラムを終了したのでありました。