タイトル:【東京】Singularity:Sマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/10 01:52

●オープニング本文



 あの頃も僕は空を見上げていた。そこには今よりもずっと広い空がそこにあった。
 エミタの支配が終わった後の、混沌とした世界。誰もが沈鬱な表情を浮かべて生きていたあの頃の街の中で、ただ空だけが広い世界を感じさせてくれたから、僕はあの空が好きだった。

 僕は戦災孤児だ。
 僕と同じような子供は一杯いたけれど、助け合ってするような何かを僕たちは見つける事ができなかったから、手を取り合って生きる事も出来ずにただ茫洋と生きて来た。そうして独り死んで行った子供達がいる事を、僕は知ってる。

 でも、僕は運がいい方だった。
 一人の女性が、僕の事を拾ってくれたから。

『坊や、ちっちゃいね』
 彼女はどこか呂律が回ってなくて、お酒の香りがした。僕は驚いたけど、人と話すのは久しぶりで、やけに気分が高揚したのを覚えている。つっかえつつ僕が文句を言っていると、彼女は吹き出すように笑って僕の頭を撫でた。
『んー、なんだか、似てるなぁ。ね。うちにこない? ご飯もあるよ』
 彼女の化粧も、匂いも、服装も、生きて行く為には警戒すべき事なのだと分かっていた。
 でも、彼女の笑顔は優しかった。それに騙されて死ぬのだとしたら道端で独り死ぬよりましかもしれない。だから僕は、彼女の手を取った。

 当時は強化人間が僕らを見張っていたのだけど、彼らは人間に毛が生えた程度の強さしかないらしく常に団体で行動していた。陰鬱な世界にウンザリしたのか、彼らは自分たちの居場所を作り上げる事にした。

 たまたま看板を掲げたままだった一件のバー、『Little feet』。

 そこを寝床にしていたマスターと、その従業員の女性達に目を付けた彼らは、自分達の為の娯楽をそこに詰め込んだ。横流しの品で女性達は着飾り、マスターは料理と酒を出し、強化人間達はそこに通った。彼女はその店の従業員で、彼らの機嫌をとりながら華やかに笑っていたが、彼らが帰ると深い息を吐き、疲れた顔で店を畳む。そんな毎日を過ごしていた。

 僕はそこで給仕をする事になった。僕には筋肉がなくて、重い酒をよちよちと運ぶといつも店中から笑われていた。それはもう、とうに失われた時間なのだけど、とても幸せな時間だった。


 新しい支配者が来てから暫くたったあの日の事。

 店の前に沢山のバイクがやってきて、沢山の人が店に至る階段を下ってくるのに気付くと、マスターは僕を店の奥の部屋に押し込んだ。
「絶対に出て来るなよ」
 そう言いつつ、マスターは安堵させるように笑いながら僕の頭を撫でた。僕はついて行こうとしたけど‥‥結局、隠れる事しか出来なかった。

『来るべき時が来たんだ。何とかなる』
 遠くでマスターの声が聞こえた直後、沢山の人間が入ってくる音、激しい物音が続いた。男の声と、女性達の悲鳴と、マスターの怒声が部屋の外へと消えていく間、僕はただ部屋の隅で震えていただけだった。

 しばらく呆然としていたのだけど、一人分の足音がバーの中を調べている事に気付いた。それは、徐々にこちらへと近づいてきて‥‥僕は、男の赤い瞳に射抜かれた。彼は僕を見つめ何事か考えている様子だったが、僕を片手で抱え上げると店の奥へと連れ出した。抵抗しようとしたのだけれど、奇妙な形のバイクに乗せられると、眼も開けられない程の風圧に本能的な恐怖で身体が竦み、何も出来ないままに連れ去られた。

 着いた先は、作業現場のようだった。そこでは、かつての僕のような子供達が作業に従事していた。
「生き延びる機会を与えましょう。後は好きになさい」
 何の感慨も無い声で彼はそういうと去っていった。目の前には配給の為のテント。
 眩い日々から突き放されるように、あの頃の自分に戻らなくてはいけないのは辛かったけど。‥‥思い出したのは、優しかったあの人達の影。

 ‥‥兎に角、生きようと思った。『来るべき時が来る』、その時まで。


 そして今、僕の目の前にはバグアと僕達が作った巨大な塔があった。
 彼らと離ればなれになって、それでも生きてこれたのはこの塔のおかげだ。
 でも‥‥見上げた空にこの塔が在る事が、僕はどうしようも無く嫌だった。

「あれが、そうだよ」

 隣にいる、UPC軍人だと名乗った男にそう告げた。僕と同じような汚らしい格好をしている壮年の男。
 偶然出会った彼を、僕は此処まで案内した。土地勘は嫌というほどあったから、警備のUG隊をかわし、タワーの近くまで近づいた。

 これまでに何度か、人類があの塔を壊そうと攻撃を加えていた事は、この街に住む人皆が知っていた。

 ――そして、その全てが無駄に終わった事も。
 ミサイルは逸れて街を傷つけ、レーザーは拡散して消えた。銃弾は赤い光に遮られて、地表へと落ちて行った。
 その度に僕達は、深いため息を吐いたのだ。だから彼はいま、此処にいるんだろう。

 今、そこに平素とは違う風景があることを僕は知っていた。だから、彼を此処まで連れて来た。

 ――タワーの付近は、沢山のUG隊と巨大な機体達で覆われていた。
 その中にあって、一際異彩を放つのは。
「鹵獲KV‥‥」
 二機のKVがそこにあった。ぼくは、それがどういう物かは分からなかったけど、彼はその意味を噛み締めているようだった。
 ‥‥あの機体に乗ってる人達を、僕は知っていた。機体から降りた所を偶然見かけたからだ。
 彼らの姿を見た瞬間、僕はビルの影から駆け出していた。夢にまで見た姿がそこにあったから。
 でも。

『‥‥あなた、誰? 連れて行きなさい。警備担当の者を呼んで』

 『彼女』は僕の事など眼に入らぬように、部下に指示して僕を追い出した。『彼』は喚きながら連れて行かれる僕を、茫と見つめているだけだった。
 その時僕は理解したんだ。
 バグアに彼らを奪われた。その意味を。

 だから、僕は軍人さんに言った。
「あの塔が、何かなんて、しらない。‥‥でも、壊してよ。あれを。バグアを」

 ――なんでもしますから。
 そういって僕は、頭を下げた。



 あの子はまだ生きていた。
 それは、奇跡的な事で。
 私が思いつきで拾ってしまったせいで、あんな事になって‥‥きっと、あの子も苦労したのだと思う。

 ごめんね。でも、生きていてくれてありがとう。

 あの頃の仲間達は、私達以外皆死んでしまったから‥‥嬉しかった。
 試作型ユダのパイロットとして強化と調整を繰り返されてきた私達は、もうぼろぼろだった。
 私の身体と、強力な洗脳を施されたマスターの心は、短い歳月の中で摩耗し切っていた。

 それは地獄のような責め苦だったけど、胸を占める悔恨の方が辛かった。

 ――私は二度、弟を死なせてしまう所だった。

「来た」
 物思いに耽っていると、彼が短く告げた。
「そっか‥‥うん、行きましょう」
 この塔を守れ。強力な命令が私達を縛っている。人類への憎悪もまた。

 ――やっと会えたのに、冷たくして、ごめんね。
 想いを振り切るように、私は機体へと乗り込んだ。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
瑞浪 時雨(ga5130
21歳・♀・HD
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
不破 霞(gb8820
20歳・♀・PN

●リプレイ本文


 都庁より南東。そこは今なお在りし日の姿を残していた。だが、その風景は荒涼としていて、見る者の心に沁みる冷たさがある。
 ただ、生気だけが欠落した街。

 ノビル・ラグ(ga3704)達はその中を往く。
「ココが日本の首都『トーキョー』か」
 物珍しそうにコクピットから辺りを見渡すが、そこは彼にとって見慣れた風景だった。
 何度も見て来た支配の影。人類がかつて支払った風景だ。
 ――でも。此処を解放する事が出来れば。
 それは人類がまた新たな一歩を踏み出す事に他ならない。いつかは故郷へと繋がる、確かな一歩。
「俺の故郷も、いつか‥‥!」
 決意の言葉は遠くの空へと向けられた。同じく支配下にある、遠くにありて想う土地へ。

 ふと。
 視界の端、路地裏に薄汚れた布を纏う少年や少女達の姿が見えた。
 彼らは人類の行軍をただじっと見守っている。

 如月・由梨(ga1805)もそれを目にしていた。その姿に、抱いていた嫌悪が薄れる。
 覚醒は、正視に耐えぬ衝動に呑まれてしまうから。嫌いだ。
 でも。
 ――こんな任務なら、まだ気楽でしょうか。
 私向けだと、彼女は自嘲げに笑った。
 眼前の塔。空を衝く偉容。あれは、巨剣を振るう愛機にも壊せないかもしれない。
 ――でも、それを護るバグア程度でしたら。
「壊してみせましょう」
 短く、言葉にした。


 距離六百。人類は塔を包囲するように進む。遮蔽を取りながら見やれば、塔の麓に出入り口とそれを護るように立つ二機のKVが見えた。
 その姿にシーヴ・王(ga5638)はその美しい眉を顰めた。
「少年が言った『壊して』は‥‥何処まで含むんでありやがるですかね」
 眼前の塔なのか。今の東京を作ったバグアか。そこには、『彼女達』も含まれるのか。
『気持ちは分かるけど‥‥ま、考えるだけ無駄ね』
 問いとも呟きともつかぬその言葉に、同じ想いを抱いていたエリアノーラ・カーゾン(ga9802)が素っ気なく応えた。
 今更答えのでない問いだ。ならばそのままに受け入れるしかない。それが彼女の立ち位置だ。
 シーヴはその言葉に頷くしか無かった。
 記憶に触れる影がある。鹵獲KVのパイロットもまた、束縛の中にあるのかもしれない。だが、それを確認する手段も余力も無い事は、彼女も理解していた。
 ――身勝手でありやがるですが。
 壊そう、と決めた。眼前の敵を。彼女達の、バグアに囚われたままの時間を、と。

『行こう』
 ぽつり、と瑞浪 時雨(ga5130)の声が届く。包囲している軍がこちらへの増援を防ぐ為に先行する段取りだったが、時間がきたようだ。傭兵達のKVが加速したと同時。

 轟音の連鎖。
 見れば、他所を向く赤色のSGの砲口から二条の砲煙が上がっている。
 撃墜の報告が鳴り響く中を、傭兵達は疾走した。


 如月機は加速で傾げる巨剣をその出力で支えながら最前を往く。
『UG隊を補足した。情報通り、入り口を固めているな』
 覚醒した不破 霞(gb8820)が男性的な口調で告げた。
 突入部隊にとって入り口で周囲を警戒し砲座で待ち構えているUG隊は鬼門に等しい。排除は必須だが‥‥。
 こちらへと砲口を向け始めるSGの姿が見える。それを捉えつつ、如月は逡巡した。
 ジャミング下での戦闘は被害を抑えたい。だが、それではあの砲火を潜る事は困難だ。
 そして、それが果たせなければ射程に劣る自分達はUG隊にすら対応する事が出来ない。
 今は、無茶をする必要がある。
「行きます」
 短く告げる。巨剣を掲げ、要所を防ぎながら進む。傭兵達のKVの中でその速度は群を抜いていた。だから。
 凄まじい衝撃が如月の巨剣を揺らし、その勢いごと撃ち抜いた。乗り慣れた機体だが、その制動はいつもより遥かに鈍い。
 ――面白い。
 だが、気付けば彼女は嗤っていた。逆境を心の底から愉しむように。

 距離を詰める如月の後方、不破機が慣性を殺しつつ、プラズマをゴーレムに吐き出した。
「さて、少し付き合ってもらうぞ!」
 それらの多くはジャミングと距離の影響で敵の制動を捉える事が出来ないが、回避のために泳いだ機体では、まともな射撃は困難。とりあえずの狙いは果たせたか。
 如月機の向こう、黒色の破暁が身を低くして疾走する姿が見える。その挙動は驚く程人間に近い。
 火線で足が鈍る如月機と破暁の距離が狭まる。彼女の機体が塔まで距離六十に至った時には、既に相対を果たしていた。

「さ。始めましょうか」
 時雨機とエリアノーラ機がSGに対して二機の特徴を活かして砲戦を挑んでいた。重装甲のエリアノーラ機が盾と銃を構え前に。火力に秀でた時雨機がその後方。
『負担かけるけど‥‥お願い‥‥』
「気にしないで」
 時雨の言葉にエリアノーラは苦笑して答えた。彼女からしたら了承済みで適材適所な事柄。なのに、そうやって詫びる彼女の律儀な不器用さがなんだかおかしかった。
「っと!」
 砲口がこちらに向くと同時、PRMを発動。
 直後、衝撃に機体が揺れる。だが。
 ――大丈夫、耐えられる。
 地を踏みしめた愛機は倒れない。
 SGに備えられたファランクスから弾幕が吐き出され世界が揺れる。眼前に要塞が在るかのような錯覚。その中で、時雨には聞こえないように小さくごちた。
「でも‥‥相当辛抱いりそうね、これ」

『OK! ド派手なパーティの始まりだ』
 ノビルの陽気な声を背に、シーヴは更に一歩を踏み込む。鹵獲KVに対応している者達のおかげで予定通りゴーレムとUG隊だけに集中できた。
 ゴーレム達が砲口を彼女に向ける。それを視界の端に留めつつ彼女は引き金を引いた。
 UG隊に向けて。
「当り難いなら数撃つです」
 放たれた銃弾はジャミング下でも違わずUG隊を喰い破った。その後方からノビルのレーザーが雨のように降り注ぐ。
 被弾はシーヴが機槍で防ぎつつ二機で狙える限りのUG隊を削る。
 本来であれば、ノビルは後方から狙撃を行う事も出来たが、危険をおしてこの間合いまで踏み込んだのは突入時の影響を極力抑えるためだ。そしてそれは確かに実を結ぼうとしていた。
 しかし、彼らの位置からではSGの影にいるUG隊を狙う事は困難だった。
 逡巡していた時、如月の声が届いた。
『お任せください』
 二つの放物線が飛ぶ。
 グレネード。
 それは着弾すると、SGごとUG隊を焼き払った。
『よっし! ナイス!』
『――ッ!』
 ノビルが歓声を上げた直後、如月が短い悲鳴をあげるのが聞こえた。
 見れば、彼女の機体は無茶を通した代償に深い切り傷を負っている。継戦は可能だが、そこから伺える威力は油断出来ないもの。だが、そのおかげでUG隊の掃討は十全に果たす事が出来た。
「あとは‥‥五月蝿ぇゴーレムを、何とかしやがるとしましょう」


 時雨は敢えてSESの出力を落とし必要以上の火力を示さぬようにしていた。それは、敵の油断を誘うための一手。
(一瞬のチャンスを‥‥待つしか‥‥)
 敵の事情は知っていた。だが、眼前にいるのは彼女にとっては『敵』だ。ならば、そこに手心を加える理由など彼女には存在しない。それは彼女の心に残った深い爪痕でもある。
「これは戦争‥‥そして貴方達は敵。ただ、それだけ‥‥」


「変ね」
 相対する敵の動きに違和感を覚えた。人類側、破壊を担う筈の歩兵の姿が見えないが、それはいい。敵も馬鹿ではない。
 砲戦は自己再生の影響もありこちら有利。一方で巨剣の機体は被弾した後は回避に徹している。
 敵はUG隊の掃討を優先していた。なら、機動兵器を撃破してから突入を行う線は薄い。それは敵の消極さからも見て取れた。
 ――なら。
 敵の脅威度は低く、余裕がある。余力を彼の援護に回しても良いが、まずは敵の出方を待つ事にした。
 致命的な事態を防ぐには、それが最適なプランだと判断したから。


 砲戦の最中で生まれたのは、均衡と膠着。破暁は如月機が抑えている。UG隊も排除は完了している。何よりも、傭兵達にそれ以上の動きはなかった。
 だから、生身部隊は突入を開始した。

 それが死への行軍と知らずに。

 塔を囲むように残存していたビルの影から、数多の車両が現われた。それは、門番であるSGを避けながらの突入を図ったが。
 彼らを迎えたのは未だその門を開く事の無かった二つの砲。
 プロトン砲。
 淡紅色の光条が、直線上のビルごと彼らの殆どを呑み込んだ。

「――ッ!」
 時雨の脳裏に冬の記憶が閃光のように蘇る。
 慚愧が、届かぬ謝罪が胸を灼く。
 敵は『門番』なのだから。互いに足を止めて撃ち合っている限り、多少の被弾よりその職務を優先する事を傭兵達は見誤っていた。
『まだ、生きてる奴がいる!』
 それは誰の声だったか。
 残った車両がそれでも突破できたのが見えた。それがせめてもの救いで‥‥最後の希望だった。だから時雨は再度、銃口をSGへと向け引き金を引いた。祈るように。


 傭兵達が受けた衝撃は小さくなかった。だが、戦術的に均衡を為す事には成功していたから踏みとどまる事は出来た。

 ジャミング下での戦闘で必要以上の被害を負う事を恐れ消極策にでた如月機を見限ったのか、破暁はその各部装甲を展開し攻撃の勢いを増した。
 排熱が陽炎のように機体を覆い、二振りの刃を振るう巨大なその姿は、幽鬼のような凄みを含んでいる。それを何とか小回りの効く機刀で受け、捌きながらも彼女はその衝撃に愉悦を滲せている。望まぬ姿を晒しながらも彼女はただ時間稼ぎに徹していた。

「‥‥く」
 エリアノーラ達の状況も似たようなもの。SGは火力を抑える事なく、全力でその暴虐を振るっていた。
 それはタワーへの侵入を許したが故のものだったが、エリアノーラの機体はそれを良く凌いだ。だが、途中で練力の底が見えると、PRMの使用を控えざるをなく損耗が増して行く。こちらは鹵獲KV二機共に射撃を行っている以上、火線の密度が薄い。だが、そのおかげで如月機はまだ安全な立ち回りが出来ていたのも事実だった。あとは、エリアノーラがどれだけ持つか、だが。
「ゴーレムがサヨナラするか、それまでに私がサヨナラするか‥‥いやいやいや」
 ――弱気でどーする、私。
 激しい火線を盾で捌きながらの呟きは、無線の回線は切っていたから時雨には聞こえない。弱気な言葉は、今の時雨にとっては負担かもしれないから。射撃でSGと破暁に牽制射撃を行いながら、ただ、ゴーレム側と、突入した部隊の成功を待った。

 他方、ゴーレム対応。
 ゴーレムのうち、二機がシーヴを抑えるように相対し、残る一機は、しつこく牽制射撃を行う不破機へと向かった。
 シーヴは二機とジャミングに不利を強いられては居たが、被弾を重ねつつも、ノビルが足下を狙い射撃する事でゴーレムの機動を攻防共に制限する事でそれを覆す事ができた。
『よっし! ぶちかませ、シーヴ!』
 鋼龍に対してサーベルで切り掛かろうとしていたゴーレムの姿勢を崩す。たたらを踏みながら振るわれた一撃をシーヴ機は機槍でいなし、絡めるようにして敵を引きだす。
「攻防一体、アテナの一撃喰らうが良し」
 赤髪の少女の言葉と共に、鋼龍が踏み込む。
 同時、機槍のブースターが点火し、更なる加速は破壊音で結ばれた。上体を穿った機槍に続くように、練剣が振るわれる。
 ゴーレムは、高熱が空気を灼く余韻だけを残して崩れ落ちた。

 不破はジャミングの劣勢を覆すための策として被弾を防ぐように間合いを広く取り、一撃離脱を心がけていた。
 だが、ブースト無しでは距離を取るための挙動の多くがKVにとっては困難だ。背を向けるわけにもいかず、遅々とした後退では手数、移動力共に勝る敵機体は‥‥。
「振り切れない、か!」
 苛立ちと共に言葉を吐き出しつつ、盾と練機刀を構える。愛機の動きは変わらず鈍いまま。だが、それでも強化が施された彼女の機体ならその状況下でも対等以上に渡り合うことは十分に出来た。


「まさか、あそこまでやって落ちないなんて‥‥見誤った、かぁ」
 やや離れた所で、三機のゴーレムが炎上しているのが見える。
 趨勢は既に決まっていた。眼前のシュテルンのタフさと、何よりゴーレム部隊の殲滅の速さで戦局を覆された。
 ゴーレムに対応していた者達がこちらにくるだろう。その前に、打てる手を打たなくてはと、砲撃を増援へと向けようとした時。
 シュテルンの影に居た機体から、凄まじい光条が弾けた。機銃を構えた片腕ごと、持って行かれる。
「‥‥そう、猫被ってたのね」
 笑みが、冷たい予感と共に生まれた。

「騙して悪いけど‥‥こっちが私の全力‥‥」
 犠牲を払い、やっと得た好機だった。だからこそ、死なせてしまった彼らの為にも。
「墜ちて‥‥」
 本来の出力で稼働を開始したSESエンジンに加え、エンハンサーと空戦スタビライザーが起動。
 エレクトラ。復讐を歌われた女性の名を冠する機体から、更なる光条が放たれた。
 
 その後を追うように増援の三機が駆ける。
 ジャミングは未だ解除されていない。だが、好機を見逃す理由もない。
「狩りの時間だ‥‥全開でいくぞ、黒椿!」
 その声に応えるように機翼が変形。加速に適した形態になるのに合わせてメインカメラが赤光を帯びる。練機刀と白雪を手に片腕を無くしたSGに対して疾走し、間合いを詰めるのを支援するように、ノビルとエリアノーラは後方から射撃を浴びせた。
 傭兵達の動きに、破暁がSGの援護に走ろうとする。
 だが、その動きはシーヴ機の機槍と如月機の巨剣に遮られた。

 ――いかにジャミング下。強化された機体といえど、この多勢を支える事は適わなかった。そして‥‥。


 撃墜は彼が先だった。あの劣勢においては装甲を代償にしてでも戦わざるを得なかったから予想出来ていた事だ。
『やっと、終わりか、――‥‥』
「ええ、おやすみなさい、マスター」
 最後に私の名前を告げて彼は逝った。あんなに好きだったのに、涙は出なかった。
 きっと、彼が漸く解放されたからだろう。
 私も、長くは無い。
 ――塔を守れ。
 その命令に縛られるままに、私は眼前の死と向かい合うしかなかったから。

「ごめんね」
 呟きがあの子に向けてのものか、此処で殺した人に向けてのものかは分からない。
 でも、最後にそれだけは‥‥。


 赤色のSGは最後まで門前から離れないまま、爆散した。
 門番を無くした塔の前で、傭兵達は突入した部隊の帰還を待つ。作戦が成功したのか。どれだけの者が生還できるかは、まだ解らない。

「親バグア派の兵士や強化人間の多くは、本人の意思とは関係無しにバグアへの奉仕を強制されてる」
 ふと、SGと破暁の残骸を眺めていたノビルが呟いた。
「‥‥全ては生きる為、だ」
 その現実が、今はただ、やるせなかった。それはシーヴにとっても同じ事で。
『‥‥解き放たれやがると、いい‥‥そう思うです』
 それがどんな形であれ、彼女達は最善を果たす事でしか彼らに何かを為す事は出来ない。
 傭兵達はただその事を噛み締めながら待ち続けた。彼らの生還を、祈りながら。