タイトル:【NS】The top guns.マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/10 11:23

●オープニング本文



 解放から約一年。
 軍事都市となったヒューストンは、北米最前線の拠点として機能していた。
 かの都市では基地機能の拡張も着実に進められており‥‥そして今もまた、新たな計画が動いていた。

 高効率発電所の、建設。

 最前線の都市として、何よりも都市防衛に力を入れなくてはならない現状、更なる防衛基盤の確立は急務。それ故、司令官であるルイス・バロウズ中佐の要請のもと素粒子物理学研究所からジェーン・ブラケット博士が同都市に出向した。
 半ば強引に招集された彼女はVIPとして傭兵達に警護されながら、
 ――いずれは、平和の礎にしてみせるから。
 と、軍事都市でしかないヒューストンを見て寂しげに笑いはしたが、それでも精力的に働いていた。

 事件は、そんなある日に起こった。


 情報技官であるビル・ティンバー中尉の遺体が、弾薬庫で見つかった。
 頭部に残る銃痕。銃声に駆けつけた警備兵が辿り着いた時には既に事切れていたそうだ。
 銃痕の周囲に残った火傷の痕が自殺の可能性を示唆していたが、ヒューストンの北にあるコンローに住んでいた彼の家族の『失踪』が明らかになると、疑念の中、ビル自身の調査が行われる事となった。
 結果‥‥彼が機密領域に不正なアクセスを長期間に渡って行っていた事が解ると、司令部は騒然とした。

 発電所建設の計画が、漏れていた。

 しかし、それ以外の手がかりがなく、バグアの次の手が全く絞り込めない。
 暗中に在るが如き不安が、司令部に立ちこめていた。

 ルイス――軍は決して座して待つわけにも行かず、調査を行いながら基地全体の警戒を強めはしていた。だが――。

「親バグア派、ですか」
 呟きは、ルイスのもの。

 検問を敷き、見張りを立てて警戒を強めてはいたが、彼らは発電施設を見張る軍人達を闇夜に紛れて暗殺し、そうやって強引に綻びを作ることで侵入を果たしていた。死因は、どれも刺殺。その中には能力者もいた。
 彼らは発電施設の奥深くから、途中で奪った軍の無線機を使用して犯行声明を出した。

 曰く。
『我々は大量の爆薬を持ち込んで来ている。我々の要求は一つ、ルイス・バロウズ中佐の首だ。それと引換に、この施設は解放しよう』
 声明の後、彼らは証拠にと、道中に放置していた遺体の一つを爆発させた。
 人類の土地となって久しいヒューストンだが‥‥軍は完全に、後手に回っていた。

「こんなふざけた要求、聞き入れられるか!」
 急遽、基地の幹部と発電施設建設の参考人であるジェーン博士、その護衛の傭兵達が司令室に招集され、対策会議が開かれた。
 傭兵達はおろか、ジェーン博士がいるにも関わらず、軍人達の多くは平静を欠いている。先程も参謀団の中でも特に戦歴の長いマーク少佐が激昂し、汚い言葉を吐いていた。それは周囲に飛び火して徐々に燻り、静かな熱を放ちつつあるのをルイスは感じている。
 ――まずいですね。
「お待たせしました」
 混乱を鎮めるためにルイスが口を開こうとした、ほぼ同時、司令室の扉を開いて入室したのは、ヒルデ・モーフィース大尉。
 女性としては平均的な体格で、肩口で切り揃えられた艶のある黒髪に切れ長の黒瞳を持つ彼女は、短く司令室の様子を一瞥すると、ただルイスだけを見つめて、敬礼をした。
「早速ですが、報告を。まず、ビル中尉の一件に関してですが‥‥何をグズグズしている。さっさと出せ」
 後方で鳩尾を抑えていた自身の副官に対してそう告げる彼女の姿は、まさしく女傑というに相応しい。上官に敬意を表しはするが、彼女自身は斯様に苛烈な性格をしていた。
「この映像です」
 彼女が示した映像には、生前のビルが映っていた。急ぎ足で駆け抜けていくのを、ちょうど斜め上方から見下ろす形。日時は、彼が死亡した頃にほぼ一致している。
「約十分後、一人の女性がこの道を通ります‥‥ここです」
 映像に映っていたのはロングヘアを結い上げ、外套を着込んだ女性。隠されていた監視カメラを意識しているのか、足早に顔を隠しながら通り過ぎて行った。再度副官が巻き戻し、適切な場面で一時停止。
 女性は細身だが、それなりに長身のように見える。
「あの足取り、基地の人間ですか」
「そのようですね。映像の体格から絞り込んだリストが、こちらです」
 差し出されたリストに挙げられた女性は、三名と少ない。過去の類似の事件の教訓から、黒髪に限らず、金髪の女性も挙げられていた。

「‥‥さて。我々としては、どう動きましょうか」
 情報の整理を終えると、ルイスは努めて冷静にそう言った。
「決まっている! 親バグア派を確保し、奴らから情報を奪取する事が先決だ!」
 鼻息荒くそう告げるのは、先ほどのマーク少佐だ。確かに、情報は圧倒的に足りていないが‥‥。
「しかし、奇襲とはいえ能力者がやられています。親バグア派で少数だからといって侮れません。それに」
 ルイスは冷静に、注意点を指摘して行く。彼の視線は、博士へと向けられた。
「万が一、爆破で施設が破壊されては、凄まじいタイムロスとなるのは避けられません」
 積極的な発言は控える様子のジェーンは、彼の言に頷きのみで応える。
「万全を期すというのも、一つの方法論です」
「‥‥失礼ながら、司令。私は拙速を優先すべきかと」
 ルイスの発言に、凛とした声で異を唱えたのは、ヒルデ。
「この一件、ビル中尉のアクセス履歴を見るに、長期に渡って計画されていた可能性があります」
 敵の出方を見ると、致命的な痛手を被る事になりかねないと。彼女は言う。それは、ルイスにしても了承できる事実ではある。
 ヒルデが、続ける。
「しかし、我々も検問の維持、発電施設の捜査等タスクが多く、リソースは限られています」
 そういって彼女は、傭兵達をその怜悧な眼差しで、見つめた。
「個人的には、博士の護衛についている傭兵達に制圧への助力を依頼すべきかと」
「ふむ。確かに、能力の上でも、問題はあるまい」
 ヒルデの言葉に、マークが同意した。

 ――傭兵。
 ルイス自身、幾度となく彼らの手を借りて来たが。
 思考を巡らす。
 ――脳裏では、警鐘。だが、確信には至らない。
 彼らの言には、功も悪もあるが‥‥現状、他に妙手が無いのも事実。
「‥‥決定は、追って報せます。その間に大尉は制圧の準備を」
 彼にしては歯切れの悪い決断。命を受けたヒルデは、隙のない敬礼と共に退室していった。
 同様に、ルイスは部下達に一つずつ任務を与えて行く。

 ‥‥最後に残ったのは、博士と傭兵だけとなった。事此処に及べば、傭兵達にもルイスの意図は読めていた。
 さて。と、ルイスは苦笑を浮かべながら、静かな口調で切り出した。
「大事な局面ではいつも、貴方がた傭兵に頼ってばかりですね。ですが――この一件、どうも、きな臭い」
 そして、こう結んだ。正式な依頼として。
「あなた方には、制圧だけじゃなく‥‥独自の裁量で、今回の一件の調査もお願い出来るでしょうか」

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
不破 霞(gb8820
20歳・♀・PN
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD
エクリプス・アルフ(gc2636
22歳・♂・GD
明河 玲実(gc6420
15歳・♂・GP

●リプレイ本文


 その一夜。ヒューストンはかつてない程に静かだった。

 南西の風も絶え、ただ煌々と照明で照らされたそこは、日中に炙り出された湿気で覆われていた。
 蒸暑さの籠る晩。そこにいた皆が凪の夜にあってなお騒々しい程の予感を感じていた。
 この事件は未だ終わっていないと。
 既に多数の死者が出ていた。それでも彼らは基地に滲む『毒』に挑んだ。

 振り返れば、中心にいたのは常に傭兵達だった。
 ――彼らは後にそう語っている。

●0210
 施工途中の施設内は質量を錯覚する程の湿気に包まれている。首筋に滲む汗を認識しながら、新居・やすかず(ga1891)は行く先を静かに見据えていた。
 ――誰の仕業かは知りませんが。
 この地は漸くの思いで手にした土地だった。そこでの犠牲も、痛みも、彼は知っている。
 気配を殺し先行する新居に続いて、傭兵達は進む。
 到達点は吹き抜け。狼藉者が居座る、その上階だ。
 傭兵達は静かに視線を交わした。ラルス・フェルセン(ga5133)、不破 霞(gb8820)の両名が閃光手榴弾を手に頷く。

 闇夜に混じるように、三人の呼吸が重なる。

●0205
 エクリプス・アルフ(gc2636)は預けられた能力者四名を連れ、容疑者の確保に向かっていた。証拠隠滅――口封じを恐れての事だ。
「あんまり、気持ちが良いものではありませんねぇ」
 北米で生まれ育った彼にとって、後手にまわっている事も、故郷に連なる地が、陰謀の毒牙に晒されている現実も認容し難い。珍しく、苛立ちに似た何かが胸中に在る。
 複雑な胸の内とは裏腹に、彼は着実に所在が明らかになった者から確保しては軍の能力者で護衛――監視をつけ、個室へと送る。
 だが。
「ティナさんが、いない?」
 整備場にも自室にも居ない。幾ら事件で浮き足立っているとはいえ、深夜の不在。
 ――やはり、彼女が。
 もとより傭兵達は彼女が疑わしいと見ていた。
「とにかく、探しましょう」
 今、彼に出来る事は、彼女を探す事と――容疑者達への聞き込みを、軍の能力者に依頼する事だった。
 足取りが、自然早くなる。
「あなたたちは、信用していいのですよね?」
 呟きは、軍人達に聞こえない程のもの。彼はこれまでにも軍人達と傭兵の距離感を意識していたが‥‥信頼ではなく信用と、彼は言った。そこに彼の立ち位置が言外に示されている。

●0200
 司令室には明河 玲実(gc6420)とアクセル・ランパード(gc0052)の二名に加え、彼らの提案で、博士と中佐の両名がそこに集められていた。部屋の入り口には、元々中佐の護衛についていた二名の能力者が見張りに立っている。
「もし出てこなければそれに越したことはないけど‥‥」
 玲実がやや不安げにそう呟く。彼自身がその可能性が低い事を解っていたから、その語勢はとても儚い。
「荒っぽいとはいえこれだけの仕掛けです。‥‥必ず来るでしょうね」
 そう応じたアクセルの言葉に、ジェーンの肩が揺れる。彼女自身もそれを意識していたから――余計に、その言葉が響いた。
「‥‥大丈夫です。必ず、お守り致しますから」
 博士の様子にアクセルは敢えて落ち着いた調子で言い、小さな背に手を添えた。そこには英国紳士然としたささやかな心遣いが籠められている。
「ええ」
 AU−KVの力強さを背で感じながら、彼女は確かな口調でそう言った。
「乗り越えてみせるわ」
 彼女は戦争の、その先を見据えていたから‥‥ここで挫けるわけにはいかなかった。
 玲実は彼女の様子を痛ましげな表情で見つめる。その胸中の不安を少しでも拭えたらと、心優しい彼は思ったが。震えを押し隠しながらも前を向く彼女に‥‥どう声をかけていいのか、解らなかった。

●0210
 爆音と共に光が満ちた。その中を二つの影が疾る。
 重力を背に更なる加速で疾駆するのはラルスと不破。ラルスが先に敵の姿を視認。二名のテロリストは炸裂した閃光と爆音に、本能的な自衛行動を取っていた。目を瞑り、爆音から耳を、脳を守ろうと両手で頭部を覆っている。傍らには導火線と‥‥。
「爆弾か! さっさと片付けるぞ」
 遅れてそれを確認した不破が、周囲警戒の為に忍ぶ新居に周知させるように告げた。
 先だって炸裂した閃光は、ラルスのものだった。不破のスナップの効いた投擲に続き、二度目の閃光が生まれる。
 新居は閃光から両目を庇いつつ周囲を確認。彼に見える範囲では、不審な影や動きは無い。
 ――杞憂でしたか。
 だが、必要な備えだった。彼は身を潜め、警戒をさらに深める。その頃には既に、ラルスと不破は敵の元へと辿り着いていた。
 敵は全くこちらの動きに対応出来ていない。緩慢で、鈍重。
 ――強化人間ではないな。
 彼らはそう判断し、その力を振るった。
 ラルスは一人が手にしていた銃器を蹴り払う。衝撃に釣られるように男の身体がひらくと、その鳩尾に鋭く――だが丁寧に、ラルスは月詠の柄を打ち込んだ。
 痙攣する横隔膜。呼吸を損なった男は失調したように崩れ落ちた。
 他方、不破の決着はより速やかなものだ。瞬天速の加速。その勢いを強引に踏み殺しながら――刹那、彼女の掌打が残る男の顎を意識ごと撃ち抜いていた。
 苦悶の声もあげられずに倒れ伏すテロリスト達。
 そのうち、未だ意識がある方へと新居が歩み寄り、その身体を探って行く。
 衣服を調べ、そして、こじ開けた暗い口内。
 一つのカプセルが、含まれていた。
 悔しげに、強引に嚥下しようとする男を膂力で抑えながら、それを抜き取る。
「‥‥余計な真似はさせません」
 『敵』に対する新居の言葉は、寒気がする程に冷たかった。
「こっちにもあったぞ」
 不破もまた、意識を無くした男から薬物を抜き取っている。考えるまでもなく、自決の手段。自爆以外にもそれを用意していたが、歴戦の傭兵を前にしては形無しだった。
 その姿を、ラルスは無機質な瞳で見据えながら口を開いた。
「易々と侵入した彼らといい‥‥軍内部に内通者がいる事は否定出来ないでしょうね」
 彼らが独力で侵入を果たせるとは彼には思えなかった。
 ――ビル中尉を操っていたのは、確かにティナかもしれない。
 だが、と。彼は思索を進める。
 彼らの侵入の手引きが、彼女に果たして出来たのか。‥‥黒幕が、いるのではないか。
 敵の狙いは恐らく、博士だ。それなら‥‥黒幕は、彼か、彼女か。

 闇の一角は着実に照らされようとしていた。
 そして、それを示すかのように。
『こちらエクリプス。ティナさんが、行方不明です』
 事態はまだ、動き続けていた。

●0240
「やあ、ようこそヒルデ大尉。どうぞ奥へ」
 発電施設の制圧が終わり、テロリスト達の置き土産が無いか捜査していく段になり、ヒルデ自身が指揮を取る必要性が薄くなった頃を見計らって、アクセルは彼女を司令室へと呼び戻した。検問を指揮しているマーク少佐も呼び戻したい所だったが‥‥頑迷な彼は、
「俺に指図だと? 何様のつもりだ、俺が離れたら誰が」
 割愛。
 頑なに裏切り者を逃さぬ決意を示した彼を呼び戻す事は適わなかった。
「そんな、無茶苦茶な」
 と、玲実は呆れて苦笑したが、アクセルは小さな嘆息一つで彼にそれ以上の言葉をかける事を断念した。交渉の言葉も持ち合わせていなかったし、彼が不審な動きをしたら即座に明らかになるだろうという判断もある。
 改めて彼は、その場にいる四名に向き直り口を開いた。
「――状況を、整理しましょう」

●0230
 制圧に向かっていた傭兵達が調査に加わるまでの間に、エクリプスと軍人達は捜索と並行しつつ、確保した二名の聞き込みと調査を行っていたが‥‥彼女達の通信履歴にも、素行にも怪しい点はなかった。何より、どれだけ探ってもビルとの接点が見当たらない。強いて言えば、ヒルデのリストに挙がるだけの事はあり‥‥彼女達にはアリバイがなかった。
「まるで、悪魔の証明ですね」
 この状況、完全なる無実の証明は困難を極める。状況は限りなく白に近いのに、重要な何かを見落としているかも知れない。その可能性が彼の判断を鈍らせる。
「‥‥誰が犯人か」
 意図して視点を変えても、肝心のティナが失踪している以上――手詰まりだった。

 他方、調査内容には各傭兵で重複があったから、彼らはそれを分担し効率化を図ることにした。

 不破は主にビルを中心に据えつつ、マーク、ヒルデ、容疑者達の交友関係について、徹底的に調べた。容疑者の女性達には、ティナを除いてビルとの交友の跡は無く、ヒルデとマークは役職故か多少の交流はあったが、その程度だ。
 他方、ティナと交流があった者として、やはりヒルデとマークがあがった。特にマークとは通信のやりとりが多く、彼女はその意味を警戒したが‥‥後に交友関係や噂について調べた際に、マークがティナに入れ込んでいるという情報を得る。
 これが欺瞞かそうでないのか明らかではないが、ヒルデに関しても単に業務上のやりとりなのかの判別もつかない。

 その頃になると残る面々も調査を終えていたが、芳しい結果は得られない。
 精力的に基地の活動をこなしていたヒルデとマークには事件に関わるどのタイミングでもアリバイがあったし、黒幕であるならば接触の手段がある筈だが‥‥事件の前後において、基地内外での通信はすべて業務連絡に過ぎなかった。外部との通信は録音がなされており、その中には不審な言葉遣い等は見当たらなかった事が収穫ではあるが、業務に関する知識がない状況では、それらに関する正当な判断が出来ない。

 だが私室や廃棄場所にカメラに映っていた外套が無かった事から、新居はある可能性に、気付いた。

 ティナが、件の外套と共に行方不明になったという可能性に。

「なら‥‥どこに?」

●0315
 ラルスは改めて情報を俯瞰する。未だ核心に至る情報は無く、何処かに伏せられた札があるのだろうが‥‥この事件に黒幕がいる事は確信できた。
 だから彼は。
「彼女は運が尽きたようですが‥‥貴方がたは生き延びたいですか?」
 テロリスト達にそう告げた。彼らの反応は材料になり得るからだ。

 それを聞いて、いかなる責め苦にも無言を貫いていた彼らは、一斉に。

 嗤った。
 それは紛れも無く、嘲笑だった。
「彼女? 彼女か!」

 その時ラルスを疑念が、貫いた。
 最も疑わしいのはヒルデだ。だが、アリバイも含めて彼らの言質と噛み合わない。彼らとヒルデは接点が、無いのか。
「‥‥まさか」
 彼らはただの人間だった。それは。

 瞬後。
 遠くで、爆音が響いた。

「キヒ!」
 男達が嗤った。耳障りな狂笑。

「『彼』が、来た!」
 
●0315
「全て、状況証拠になりますが」
 アクセルは言葉を重ねる。
「犯人が正体を隠し、妻子を人質にビルにハッキングさせて機密情報を得ていたのは明らかです。そして、犯人は彼の悩みを聞き出し、相談相手になる事で、内外から行動をコントロールしていた」
「それは、自分もそう思います。ビルさんが望んでスパイをしていたとは」
 思えない‥‥というより、思いたくなかった。
 では、何故、どうやってビルが死んだのか。
 自殺と思われたという事は即ち、犯人はそれを演出できる程に近しい者だった筈だ。
「犯人はビルの翻意を知る立場にあった。だから彼は、消された――その結果、計画そのものを前倒しにしなくてはならなかったとしても」
 それらを総合して考えれば‥‥ビルを殺したのはティナではないか、と。告げると同時。

 扉の向こうで人が倒れる音がした。怒声と、銃声の後‥‥もう一つ。
 玲実とアクセルはそれぞれ中佐と博士を背に扉を睨む。静謐な殺意を誰もが感じていた。

「実に惜しいね。彼は自殺だったそうだよ」
 くぐもった男の声。それでもなお人を惹き付けるような‥‥不思議な響きがある。その言葉の意味に気付いた時には、扉の一部が切り裂かれ、同時に何かが軽い音と共に投げ込まれていた。

 傭兵達は失念していた。
 爆弾の存在。
 普通の人間に能力者を三人も暗殺するのは困難である事。
 テロリスト達が一般人ならば、隠された刃がある筈だという事。
 敵の狙いが暗殺ならば、この状況が組まれた、本当の意味。

 かつては六人で厚く敷いていた守備。だが、その場には今、能力者は二人だけだ。

「伏せて!」
 それが何であるかに気付いた玲実が中佐をデスクの裏へと押し倒す。ヒルデもまた同様にしてソファの陰に伏せ、アクセルはAU−KVを盾に博士を守らんと立ちはだかった、瞬後。

 爆音と爆風。数多の破片がAU−KVにぶつかり、硬質な音と共に弾ける。博士は無事だ。だが、デスクやソファは風圧で薙ぎ払われ、破片と熱がヒルデと中佐へと喰らいついていた。

 未だ爆煙が舞い上がる室内に一人の男が静かに足を踏み入れた。視界は爆煙によって見通すにはやや困難だが。
「そこかな?」
「―ッ!」
 AU−KVの駆動音がその所在を如実に示していた。飛来するのは、投擲用の短剣。アクセルは身動きが取れない。否、取らない。彼が逃れては背の博士が犠牲になる。盾を手に彼はその猛攻を受けるが、刃の一つ一つにAU−KVが断たれ、スパークと共に破損していく。
 決壊が見えた、その時。

「もう、目の前で誰も傷つけさせたりするものか!」

 怒声と共に迅雷。神速で間合いを詰めた桜色が、その身ごとぶつかるようにして相手の後背から切り掛かった。その速度を暗殺者は予見できていない。彼は咄嗟の判断で左腕でそれを受けたが。
「え?」
 戸惑うような、玲実の声。その手応えは、酷く軽く――生々しい。男の左腕はほぼ中程までに断たれている。赤光はたしかに在るのに――あまりに脆い。
「痛いじゃないか、やんちゃなお嬢さん」
 玲実の視界が、揺れる。
「玲実さん!!」
 気付けば、玲実の右胸部に二振りの短剣が突き立っていた。
「ッ‥‥何故、貴方は、」
 痛みで途切れる呼吸。満足に言葉も紡げない。
「残念。答える時間は無いみたいだ。此処で死ぬつもりはないからね」
 遠くに耳を澄ます男の言葉通り、遠くに足音と声が聞こえていた。
「まだまだ舞台は続く」
 煙が、晴れていく。
「博士。君が建設を続けるだけ、同じ事件は繰り返されるよ。ワルツのようにね」
 言葉に滲む暗殺者の毒が、ジェーンの胸の内を抉る。歪むAU−KVでそれでも騎士たらんと彼女の守護に立つアクセルの背に、彼女の震えが伝わった。

 そして――男は、去って行った。黒い衣服に身を包んだ金髪の男の後ろ姿だけが、玲実とアクセルの脳に刻まれる。だが、その背を追う事は適わない。血を、流しすぎていた。

 ――意識の消失は、激痛を洗い流す程に安らかなものだった。


 駆けつけた傭兵達が目にしたのは、凄惨な破壊の痕だけだった。
 その中で博士以外の四名は重傷を負い、ただ独り無事だった博士が零れ落ちそうになる命を救おうと、必死に応急処置に当たっていた。
「早く、助けて!」
 悲痛な叫びが、夜の基地に木霊する。――夜の帳は、未だ上がらない。

 To be continued.