タイトル:【AC】contact.マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/18 00:50

●オープニング本文



「さて、さて‥‥」
 あてがわれた部屋の窓から、外の景色を眺める。
 そこから見える風景は、夕陽に染められていて、美しかった。
 遠くには、荒い岩肌が陰影を刻み、並んでいる。
 その手前、滑走路はどこまでも平坦で、遮る物もなく、ただ、雄大な大地へと伸びている。
 そして、その滑走路上。
 今日の作業を終えた軍人達が、こちらへとむかって歩いて来ている。そこから伸びる影は長く、赤みを帯びた風景にそこだけ線を引いたようで。

 照り返す陽の光が目を刺すのも気にならないくらいに、僕はその光景が好きだった。

 此処からは見る事は出来ないが、テベサの都市部の方でも、きっと同様の風景が在るのだろう。傭兵達が去った後も、住民達が真摯に戦火への備えを行っている事は、書面だけじゃなく、僕自身の目でも見ていた。
「傭兵の皆は、本当に良くやってくれたみたいだね」
「‥‥はい」
 部屋の入り口には、報告にやってきたものの押し黙ったままのメイがいる。その声は、暗い。
 あの日、傭兵達の為した事を報告していた彼女の表情には、嫉妬も、羨望も、嫌悪も感じなかった。
 むしろあの時彼女は、安堵の色を見せていた筈だ。
 なら。今、彼女が暗い顔をしている理由は。
 ――悪い報せ、かな。
「嫌かい。市民を見捨てなきゃならないっていう、選択が」
「‥‥私はまだ、司令ほどには、割り切れませんから」
 彼女はそう言って苦笑した。
 割り切り、か。
 そう思ってしまう程に、彼女は未だ、鋼の精神もそれに変わるだけの経験も持ち合わせてはいないのだろう。
「仕方が無いことだよ。‥‥もう少しの辛抱、さ」
 そう、仕方が無いことだ。‥‥でも、いつか試される日がくる。それはその時初めて、乗り越えなくてはならないものだ。
 今の彼女の感傷は‥‥必要以上に住民に近づけすぎた、僕の責任でもある。
「さて。それじゃ、本題に入ろうか。浮かない顔から察するに‥‥悪い報せ、かな?」
 それは、予定調和の問い。
 ぐずついて動こうとしない娘に手を差し伸べるような、そんな錯覚を抱いた事に苦笑が浮かぶ。
 彼女は、それをどう受け取ったのだろうか。
「は。‥‥すいません、ご報告させて頂きます」
 背筋を伸ばし、怜悧な副官の仮面を被ったメイが口を開く。‥‥だが、彼女の感情は両の瞳にしっかりと刻まれている。

 そして、悪い報せは――予想通りのものだった。


 数刻の後。
 大地を灼いていた陽の光も失せ、あたりはしんと冷え込みつつある。
 防戦に備える為に煌煌と照明で照らされているテベサから、遠く、南。

 そこには、バグアの軍勢が到着していた。

 彼らは最前に在る巨鯨――BFに仕えるように整然と並び、基地を睨むようにして静止している。
「いやー‥‥」
 その最前の巨鯨。その艦橋に女性の声が響いた。
「いやいやいやいや、ありゃァねェだろ、何の冗談だ」
 声の主は、女傑であった。褐色の肌に、紅蓮に染まった長髪。左頬にはトライブ様のタトゥーが刻まれている。女性にしては長身な身体には、解放の時を待っているかのように熱が満ちている。
 エレイア。
 彼女は、そう呼ばれている――この軍勢の、指揮官だ。

 本格的な作戦に備え、バグア達は各地に向け兵を向けていた。彼女が率いる軍勢も、そのひとつだ。
 特に、ピエトロバリウス要塞に近いテベサは、無視する事の出来ない要所。此処から要塞への増援を削ぐ意味でも、攻め手は必須だった。
 それに‥‥裏を返せば、要塞からの増援も恐らく出ないであろう今、テベサを再度火の海にする事も可能だとすら、彼らは考えていた。
 エレイアにとって。あるいはこの基地に牙を突き立てようとする軍勢全体にとって、絶好の――嗜虐の機会であった。
 だが、テベサには彼女達の攻め気を留める存在があった。
 巨大な砲が、基地に寄り添うように優雅に、あるいは、それを守護するように傲然と据えられていた。こちらの存在には気付いているのだろう。――砲口は、既にこちらへと向けられている。
「巨砲主義は今時流行らねェって言ったのは誰さね? ご立派に邪魔者じゃないか。攻めにくいったらありゃしねェ‥‥」
 彼女は、かの砲が『ご立派様』と呼ばれている事は知りもしないが。
 ともかく。あの巨砲のスペックが解らない現状、下手な手を打って痛手を被るのは願い下げだった。無策に攻めた結果、敵中に在ってなお目立つこのBFや彼女の愛機が墜ちるような事があっては、戦功を損なう程度の話では無い。
 何とか、巨砲のスペックを把握しなくては、ならない。
 ――だがまァ、それは向こうも解っているだろう。
 敵が無能である事に期待して、命を賭けるつもりは、ない。何か――策が要る。

 再度彼女は、その紅い瞳でテベサを見据えた。
 都市と、基地が混在している街。
 何故、テベサがそのようにして歩む事になったのかを、彼女は知らない。
 そこに籠められ、育まれているであろう想いも、彼女には共感出来ない。
 だが‥‥知識としては、知っていた。
 人間達が抱く感傷が、時に毒としても使える事を。

「キメラを落とせ。ありったけだ」
 そう言う彼女の視線の先には、彼女からすれば蛍火よりも儚いテベサの町並みがあった。
 劫火に包まれるか、その運命から、一時とはいえ逃れるか。――それは相手の出方次第だろう。
「――あたし達は北にまわるよ」


 テベサを中心に円を描くように北側へと迂回していく敵の意図は、続くメイの報告で明らかになった。

 ――地を鳴らす程のキメラ達が、都市部へと向かっています。
「あちゃー‥‥」
 メイからの報告を受けた後、急ぎ傭兵を招集して侵攻に備えたレイヤーだったが、傭兵達の前にも関わらず零した言葉は苦さを含んでいた。
「‥‥嫌だね。今回の敵は、結構慎重みたいだ」

 蛇に加えて前門の虎、後門の狼に睨まれた蛙のようだ。
 BF達はこちらの動きを見逃すまいとしているのだろう。こちらの戦力が街へと動きだした時。あるいは、砲のスペック全てが明らかになった時、彼らはきっと、この基地を喰い破りにくる。
 なら、住民達を見捨てるか。いや。それでも結局は、後背からキメラに食い付かれる形になる。それでは意味が無い。

「司令」
 黙考していたレイヤーに対して、メイが言葉を投げた。
「‥‥私に、案があります」
 敗戦の予感に微かに震えながら。それでも、強い意志を込めて、彼女は言った。

 レイヤーには、メイが今も心が折れずに立っていられる事に――その瞳の色に、新鮮な驚きを感じた。
 ――驚いたね。

 そして、彼女の案を聞いたレイヤーは、彼女の提案を承認した。

 基地が、慌ただしく動く。
 軍用KVの全てが空港の滑走路に並び立った。砲台を背に、横列を組むKV達。空戦に備え飛翔していく機体だけでなく、陸戦を想定し配されたKV達もいる。

 彼らは皆、北を向いていた。
 そして――そこには、傭兵達の姿は、なかった。

●参加者一覧

セージ(ga3997
25歳・♂・AA
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
南桐 由(gb8174
19歳・♀・FC
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG

●リプレイ本文


 灯り無き荒野を往く軍団。
 大地を踏み鳴らし迫るその姿は、闇夜を塗りつぶすかのように深く、全容を見通す事は困難だった。
 彼ら自身が影を生んでいるかのような錯覚。だが、それを照らす光もある。
 大きさも姿も様々なキメラ達は、ただ一点、眼の色だけが同じで。

 血色に光る瞳。一つ一つは光源としては儚く、彼らの姿を明らかにする事は出来ない。だが赤光は幾重にも重なり、広がっていた。

 ――黒い大地に沿う赤い海が、轟と唸りながらテベサへと迫る。

「この敵の数、極北の大地の攻防を思い出すな」
 濃紺に赤炎の意匠が映えるAU−KVを纏ったアレックス(gb3735)が、テベサ都市部の南端から、遠くの軍勢に目を向けるとそう呟いた。
 ――彼の地では沢山の人間が死んだ。そこから足掻き、絶望的な状況を何度も覆し、彼は英雄となった。
「ベルガでの戦いを思い出します‥‥。凄い数のキメラ、ですね」
 彼の地に因縁があるのは、御鑑 藍(gc1485)にしても同じだった。そこで色々なものを見聞きした彼女は、軍と傭兵、民の構造も知っていた。
 ――軍には、軍の考え‥‥が、ありますしね。
 彼らは見捨てたと言う。ごめんねと。そこに籠められた判断も想いも理解できていたから。
 ――だから、割り切られた部分は、私達が。
 それは難しい事かもしれない。それでも。

 気負うその姿に、シーヴ・王(ga5638)は何を見たのだろう。
 戦乙女の名を冠した大剣を地に差し、敵を招くための香水を手にする彼女が、香りを周囲に染み込ませながら言った。
「市民を見捨てる? ‥‥見捨ててねぇじゃねぇですか」
 自分たちがその証左だと紅玉色の瞳の彼女は言う。そこには、強い意志が宿っている。

 この地の軍が、住民達と築き上げて来たものを壊させるわけにはいかない。
 ‥‥こんな所で終わらせない。芽吹いたものの意味を、彼女は知っていたから。
 そして‥‥任されたのだから。
 たとえ状況が悪かったとしても、そんなものは喰い破ってしまえばいい、と。

「そうだね‥‥テベサは、由達ががんばって守らないと」
 覚醒を示す微風で静かに髪を揺らしながら南桐 由(gb8174)が応じた。

 赤い波が迫って来ている。

 見逃せば、容易くこの街を覆う程の強大さ。
「それでも、ね」
 由は言葉短かに言う。
 ここにいる四人は、朽ちた建物とバリケードが絡み合い、漏斗状に侵攻ルートを制限されたその先にいた。
 考えなくとも分かる。ここは、最も苛烈な戦場となる場所だった。
「さ。やるか」
 赤髪の少年がそう締めた。手にした長大な機関銃を掲げる。
 彼らの前方で赤い光が増し、収束していく。交戦まであと僅か。

 戦いに備える傭兵達を、桜の香りが優しく包んでいた。


「まあ、こんだけでっかい砲があるんだ、目ぇつけられるのはしょうがない、が‥‥予想以上に盛大な歓迎だな」
 戦場を俯瞰した、セージ(ga3997)の呟き。
 中央を護る四人から東に幾らか。
 そこには彼と宗太郎=シルエイト(ga4261)、石田 陽兵(gb5628)の三名がいた。
「あんまり隠密行動は得意じゃねぇんだよなぁ‥‥ま、嫌いじゃねぇけど、よ」
 覚醒し、容姿だけでなく性格にも変容を見せた宗太郎が言う。打ち合わされ、固い音をたてた拳には銀光を帯びた革手袋が添えられている。
 平素は爆槍を振るう彼だが今回の戦場では、その拳を振るう事にしていた。慣れた獲物が使えない戦場にも関わらず、勝ち気なその目に気負いはない。
「しっかり『おもてなし』しないとな」
 セージもまた、宗太郎と同じように落ち着いた様子でそう告げた。
 接敵にはまだ、いくらかの余裕があったから、陽兵は後方‥‥守るべき街の方角を見据えた。
「前はあれだけ活気があったのに‥‥ね」
 この迎撃の備えを整える為に、彼は住民達と協力し作業にあたっていた。
 そこには沢山の人がいた。その熱も、活気も彼は身を以て知っていたから。
「まあ、明日になれば元通りだと思うけどさ」
 そう言った。そこには成功への意思も籠められている。
 前回、十分な働きが出来なかったと彼は内省していた。それは、その遅れをここで取り返さなくてはならないという決意に通じる。
 ――良い所だよ、アフリカは。
 だからこそあの熱を守りきろうと。銃を握る両の手に力が籠った。


 西側。
 トゥリム(gc6022)、ブレイズ・S・イーグル(ga7498)、鳳覚羅(gb3095)がそこにいた。
「軍組織じゃ、こういう作戦も仕方ないのかな‥‥」
 そう呟くのは、傭兵達の中では一際幼い少女だ。
 見た目の幼さとは裏腹に、その瞳には現状に対する理解の色があった。
(なら、それを守るのは僕達)
 そう、肚を括る。
 手には盾と拳銃。十全な闘争への備えは、後方で偵察のために控えている有志達に苦いものを感じさせる程だったが、彼女はそれに気付く事はなく、いつも通りに武器を構えていた。
「ま、化け物退治は得意なんでな。任せとけって。そう肩肘はらなくていいンだぜ?」
 皮肉げな口調ではあるが、トゥリムの肩を軽く叩くその姿には、微かにだが気遣いの色が籠められている。
「‥‥はい」
 背を叩かれた彼女は、言葉少なにそう応じた。
 正直に言えば、この距離感、気安さは苦手だった。
 だが、此処においては並び立つ戦友で在る事は事実だったから、嫌悪に似た情は示す事はなくただ前を向く。

 先ほどよりもずっと、敵との距離は近い。

「あの数。一歩間違えたら住民を危険に晒す事になるね」
 先程からその動向を見守っていた覚羅がそう言った。
 周囲には事前に聞いていた通りの備え。他の傭兵達の思索の後が、この街には息づいている。
「――失敗するわけにはいかないね」
 彼がそう囁いた瞬後。
 銃声が中央より響いた。


「んじゃま、掃除開始だ!」
 少年の持つ機関砲が先行と共に銃弾の雨を吐き出した。漏斗状にこちらへと指向性をもって形成された道は、敵にとっては地獄への入り口だ。
 足の速い四足獣型キメラ達が先行。地を這う彼らに対して放たれた銃弾は地を穿つように光を曳いて――。
 炸裂。
 銃弾に喰い破られたキメラは声をあげる間もない。狼型が突如消失したと錯覚させる程の威力。
 後方へ抜けた弾丸が、密集していたキメラ達を穿って抜ける。肉の壁で低減されてもなお、キメラを屠るには十分な程だ。
 更なる銃弾が放たれると、戦場は一瞬にしてブラッドバスへと変わる。
 放たれた弾丸は二百四十発。屠った数は十を越える。だが、それでも。
「‥‥ちィ、流石に多いな」
 濃密な死の香りが満ちたそこを、キメラ達は恐れを抱く事なく走った。
 彼らは数の優位を知っていた。幾ら同朋が果てようとも、それを踏み越える眼にはただ獰猛な、嗜虐の籠った殺意が浮かんでいる。
 少年の砲火を覆い尽くすように、数と速力をもって詰めていく。それは死への行軍ではあったが、最先を往くキメラがバリケードを抜けた。
 その時――銀光が疾った。
「存外、脆いでありやがるですね」
 バリケードの影に潜んでいたシーヴの長剣が振り抜かれていた。続いてもう一閃。
「こんくれぇなら、一撃でありやがるです」
 アレックスの弾幕を抜けたキメラを、女は両の手で握る大剣を軽々と振るい、断ち切って行く。
 振るえば振るうだけ、赤色の華が咲く。キメラ達は砲火を潜り抜ける事に専心していたから、それを食い潰す事は容易な事だった。
 防御を考えるまでもない。獲物を選ぶ必要もない。ただ斬り伏せる。
 その姿は反対側で敵と相対していた由の眼は頼もしく映った。
 一撃では倒せないだろうという予想通り、僅かに威力がたりない。だが、機械剣に続く朱鳳の一撫でで、獣型のキメラは沈む。
「一匹一匹、確実に」
 言葉の通り、功を焦るでもなく丁寧に彼女の刃は振われていく。
 二匹目のキメラと相対し一太刀目を浴びせたその時。横合いから首元に飛びかかってくる狼型を知覚した。
 ――それでも、彼女は落ち着いて、眼前のキメラを斬り伏せる事に専念した。
 なぜか。
 轟、と鳴る音がその答えだった。
 蒼雪を曳いて、超機械「スコル」のブースターで加速した藍の右足がその狼型を蹴り落とした。籠められた威力に狼型の身体が震え、沈む。藍は続いて飛びかかって来た狼型を上段の回し蹴りで撃ち飛ばしながら由に声をかけた。
「大丈夫、ですか?」
「‥‥うん、ありがとう、藍ちゃん」
 ――蒼雪を散らす蒼髪に、同色の瞳を抱く彼女の姿はとても美しかった。

(こういう男の子も、ありかも)
 由はそれに半ば見蕩れ、礼を言いながらも‥‥心のメモ帳にその姿を焼き付けていた。

 中央に敷かれた四人の防衛線は頑強なものだ。
 火力と立地に裏打ちされた守勢。自然、後退の速度は敵の進みに応じてゆっくりとしたものになるが、討ち滅ぼしたその数は、僅か十秒の間に三十を越えていた。


 東。
 傭兵達の要請に応じ高所から偵察をしていた有志の一人が敵の接近を告げていた。

 彼らは援護射撃の要請が入った者以外はこうして偵察に従事していた。無理はするなと釘を刺されている。
 ――大量のキメラ相手は無謀とも言えやがるですが‥‥街を守りてぇ気持ちは分かるです。
 だから、出来る事は信頼して任せると、彼女は言った。

 その事は、励みとなる言葉だった。ただ銃を取るだけが戦う手段ではないと、彼女は教えてくれたから。

 彼らは中央から溢れたキメラ達が通路から溢れるように東西へと向かっていると告げていた。
 それを聞いたセージは、自分たちの後方で控える有志達に告げる。
「さあ」
 有志達にとって彼は戦う機会と術を与えてくれた、恩人だった。頷き、続く言葉を待つ。
「訓練の成果の見せ所だ。来ない方が良かった見せ場だが、来ちまったものはしょうがない」
 それは彼らにとっても同感で。戦う機会もその術も得た。それでも、故郷が戦火に包まれるのは良い気はしない。
「ヤバイと思ったら逃げろ。生き延びなきゃ『次』は無いんだからな」
 言いつつ向ける、視線の先。
「大丈夫。切り抜けられるさ」
 敵の姿がバリケードの向こうに滲みつつあった。キメラ達は開かれた道とそこに在る車両を見ると、歓喜の咆哮をあげてこちらへと疾走を開始。
 その事に本能で恐怖を感じながらも、有志達はセージの言葉に頷いた。
「一体ずつ確実にいこう。間違っても街の方に逃がすなよ?」
 セージの言葉に応じるように、有志達の車両に据えられた重機関砲が火を噴いた。
 威力は能力者のそれに大きく劣るが、それでもキメラ達の動きを鈍らせる事には成功する。
 そこに陽兵がSMGをバラ撒き、銃撃を重ねて行く。弾丸が摩擦に熱せられ、狼型の身体を突き抜けた。
「これはまぁ、なかなか。頑張り甲斐がありそうだな」
 それでも動きを止めない牛型を、続くM92Fの一撃で沈める。次の敵に銃弾を叩き付けながら、彼は舌打ちをした。
「とまらないもんだ‥‥と!」
 赤眼を輝かせて敵が迫る。重機関砲と陽兵の銃撃だけではその勢いを減じる事が出来ない。

 キメラの波がバリケードを抜け、陽兵へと飛びかかろうとした時。

「おら、こっちだ」
 鈍い音ともに獅子型は横ッ面を殴り飛ばされた。
 声の主は、宗太郎だった。手応えは随分と軽い。握られた拳の一撃で弾けるほどに。
「ぁ? 随分柔いな、こいつら」
 続く一振りで更なる牛型を軽々と殴り飛ばしながらそう言う彼に、更なるキメラが襲いかかった。
 上腕でいなすようにして躱すが、次々とキメラが湧き出てくる。
 射撃による牽制が十全ではない。そのツケは前衛の彼らへと押し寄せていた。
「張合いねぇが、数が問題、か!」
「確かに多いが、敵は来たやつから順に潰していけばそれでいい、さ」
 宗太郎の愚痴に、同じく前衛で刃を振るうセージが応じた。振るう刃に絡んだ血糊を振り落としながら、迫る狼型を切り上げるようにして下段から一閃。

 数に、圧力に押される。彼らは同時に相対する敵を減らすため、遅滞戦術というにはやや急ぎ足な戦闘を強いられていた。
 

「やれやれ、気持ち悪ィぐらいにわんさか居やがるな」
 東側。ブレイズは面倒を厭い、嘆息した。孤立したキメラを葬る程度に考えていたのだが、実際は中央の狭路から溢れたキメラが、群れをなして攻めてくるような形だった。
 しかし、金の瞳にはただ面倒くさそうな色があるだけで忌避の念はない。
「さて」と、バリケードから身を乗り出そうとしたブレイズの軍服をトゥリムが掴んだ。
「バリケードの外では、敵に呑まれて十分な支援ができません」
 彼女は状況をよく見ていたから、淡々とした口調でそう言った。
「‥‥りょーかい」
 男は肩をすくめ、荒っぽいがどこか人好きのする笑みを浮かべて応じた。全体の方針は彼女に合わせるつもりだったから異論は無い。
 敵は徐々に迫っていた。
 間合い八十。覚羅の掲げる拳銃「バラキエル」が咆哮。雷鳴の如き轟きに続いて、山猫型のキメラが頭部を無くし、転げる。
「射撃はあまり得意じゃないけどね‥‥そう簡単に抜けられると思わないで欲しいかな?」
 命中、命中、命中。キメラ達は次々と力を失し崩れて行く。
 敵の圧力は中央より薄いとはいえかなりのものだ。後方からキメラ達が次々と現れ、徐々に戦線が詰まっていく。
 トゥリムも、サプレッサーを装着したP−53で銃撃を重ねて行く。目を瞑っていても当たるほどに広がりつつある敵を、能力者である彼女がし損なう事はない。二発を打ち込んで、一匹が倒れる。
 そして、火線の隙間を縫って迫るキメラを、ブレイズは待ち構え――やはり同様に。
「遅ェ!!」
 身の丈を大きく越える審剣で、薙ぐようにして切り払った。軽々と振われた黒色の刃を、血が滑る。
 斬撃に呑まれたキメラ達が弾けるようにして吹き飛び、動きを止めた。
「めんどくせぇな‥‥覚悟はできてんのか?」
 真っ向から相対する。そこには次々と押し寄せんとするキメラ達の姿がある。
 ――ち。やるか?
 彼がそう逡巡したとき、またもトゥリムから声が届いた。
「まだ、後ろへ下がる余地はあります」
 必要以上に交わす言葉をもたない彼女は短くそう告げる。好悪の情は無視して連携を意識していた彼女は彼の葛藤を見抜いていた。
 ――今はまだ、露見の危険性を敢えて侵すべきではない。
 その意図は、彼にも伝わった。
「ちィ‥‥うぜェな」
 舌打ちひとつ。再度大きく薙ぐようにして一撃。紅色の闘気が続く。
 覚羅とトゥリムは前線に一人立つ彼を後方から銃撃で援護射撃し、大剣の間合いを活かすブレイズの側面を後衛の火力で抑える形だ。中央とは丁度真逆の形、即席で組み上げた連携だが、バリケードや廃屋の存在もあり十全に機能していた。

 彼らは遅滞戦術を施し、敵を引き込みながら戦闘を果たして行く。

 射撃に徹する覚羅は状況を俯瞰。有志達からの連絡も無い。敵は目先の自分たちに執着し迂回はしていないようだが‥‥遠く、通路の向こうに犇めくキメラが見えた。
(――敵が流れて来すぎだ。何か中央であったかな?)
 この状況での情報の欠落は致命打になりうる。
 だから彼は――。

●interlude.
「KVじゃねェならほっとけ。まだ判断すンには早ェ」
 キメラと交戦している者がいるとの報告を受けたエレイアは、BFの艦橋で艶やかに笑った。
 住民達の抵抗かもしれない。軍人達がこちらの目を盗んで足掻いているのかもしれない。何れにせよあの数だ。十分な戦力を回さないと戦況は変わらない。
 機先は依然としてこちらに在る事を、彼女はよく理解していた。


 ――そして、僅かその30秒後に、彼女は決断を強いられる事になる。
 それは、彼女はおろか――レイヤーにしても、予想外の事実だった。

「キメラの侵攻が完全に都市部で食い止められています! 戦線が遅々としか押し上げられていません!」
 慌てる副官達だが予想外の事態でもメレイアは一層笑みを濃くするのみに止まった。
 なぜなら。
「ハ。十人か二十人かしらねェが‥‥派手な歓迎はブラフか」
 こちらへ向けられた砲はピクリとも照準をずらす事はないが、後方のキメラ達にそれを留めるだけの戦力が向けられているのは疑いようもない事実。決断を下すには十分な理由だ。

「オーケー、お前達。待たせたなァ‥‥飯の時間だ!」
 女傑の大喝は、居並ぶ全機体へと届く。
 狙いは相対するKV達と――基地。

「喰い尽くせ!」

 その言葉に押されるように、周囲のワーム達が溜め込まれていた衝動そのままに加速した。

「さァ、どう出る――人類?」

●interlude.
「もう、動いたか」

 ――煙幕でも、落とすべきだったかな。

 一人ごちる。恐らく後方での戦闘が露見したせいだろう。
 だが、その責は今になって思い至った自分にもある。

 通常の対応はメイがやってくれる筈だ。だから、僕は思考に没頭する事にした。

 敵はBFを後方に止め、右翼と左翼の二手に別れて侵攻してきているみたいだ。ゴリッパ・サマーを警戒しての事だろう。まるで猟犬のように苛烈な意思を込めて向かって来ているのに、慎重だ。

 思いを巡らせる。
 ――都市部の防衛は順調みたいだ。
 となると、事前に準備していた防衛思想が活かせる事になる。

「‥‥『あれ』しかないかな」
 手が、無線機へと伸びる。

 戦争はまだ続く。大規模作戦も先は見えない。戦力の損失は出来る限り抑えたかった。

 だから、僕はこう告げた。

「KV隊、各員。作戦は『いのちをだいじに』。繰り返す、――」

 手短に連絡を終える。あとは訓練通りに事が進むか、になる。

「‥‥念には念を、かな」


『こちら鳳。こっちにまわってくる敵が多いみたいだ。何かあったのかな?』
 中央で戦闘を行っている彼らの元に突然の連絡が来たのは、北の空で戦闘が始まった、そんな時の事だった。

「どういう事だ?」
 バリケードからバリケード、あるいは建物へと遅滞戦術を施しながら後退をしていたアレックスが言う。
 赤熱した機関砲からは今も銃弾が吐き出されている。
 ノックバックでぶれる銃身をAU−KVの出力で押さえつけながらの射撃。眼前には屍が積み上がっていた。僅か三、四十を数える間の戦果にしては、圧倒的な数。それは、前衛と後衛が噛み合った結果だ。
 積み上がったそれらを踏み越える敵の足は、それだけで遅れる形になる。
「由が、確認してみる」
 そういいつつ、由は一度後方に下がり、無線を手にした。偵察にまわっている有志達に向けて現状を問うと、キメラが傭兵達を迂回する事にばかり留意していた有志達は、その時に初めて現況に‥‥というよりその意味に気付いた。
『中央に比して西、東が後退しているせいで、後方にいた敵がそっちの通路に移ったみたいだ!』
 ――と。

 純粋な戦力差の問題ではなく、戦術が生んだ誤算だった。
 撃てば当たる程の敵の群れに対して中央の傭兵達が取った方針は的確に過ぎた。結果として必要となる後退距離にも差がでた。
「どう、しましょう。下がりますか?」
 豚人型キメラの顎をぶち抜きながら藍が問うが、その最適解は難しい。
「後方に敵を流さなきゃ良いとは思いやがりますが‥‥」
 しかし、と言うように、シーヴの目が基地の向こうを見やる。
 ――状況は既に動いていやがるです。
 彼女はそう認識していた。これ以上、戦力を出し惜しむ必要も、後退する理由もないかもしれない、と。
「ふむ」
 アレックスはリロードを行いながら、呟く。
 そこに。

『テス、テス。聞こえるかな?』

 レイヤーから、通信が届いた。


『‥‥ということだから、よろしくお願いできるかな』

 彼の依頼はシンプルに言えば下記の通りだ。
 ――疾く、敵を殲滅せよ。
 欺瞞の必要が無くなった以上、火力を抑える必要はもう無いのだと。

 それは分岐の果ての結果だ。
 ともすれば危うい結末に至り兼ねない道行き。

 だが、それでも。その結果を動かすに足る力を彼らは有していた。

 西と、中央で。
 反撃の狼煙というには余りに大きい爆発が生じた。


 中央。現在では最も並ぶ敵の少ないそこでの掃討はスムーズなものだった。
 機動力に勝る藍、由の二名の姿が、掻き消えるように消える。
 加速された世界の中で、二人はアレックスの弾幕に並走するようにして往く。
 瞬後には、侵攻する敵と真っ正面から相対している。敵の侵攻を食い止めるように。あるいは、足止めするように。
 アレックス。後方から射撃で援護しているが、どこか落ち着かない様子だ。待ち望んだ攻勢。だが、事今回に限れば、自慢の拳を振るうよりも隘路に弾幕を張る事の方が効率的だとは分かっていた。叩き付けるように、銃弾を吐き出す。
「道は拓く。ぶちかませ!」
 赤髪の少年は思いを託すように言った。
「承知しやがりました」
 赤髪の女はそれに応じ、藍と由が支える戦線に駆ける。
 最後の一歩を踏込むと同時、藍と由の姿が再度かき消えた。
「託されたモンは果たさねぇと、ですよ」
 少年の物だけではない。軍と住民に託されたものを果たさねば、と。
 独り残されたシーヴは囁くように言う。

 果たして。
 女を覆うようにキメラ達が動くのと、
 女が大剣を振り下ろすのと。どちらが速かっただろうか。

 瞬後には、女を中心に大量のキメラが弾けて消えた。


 東。
 最も旗色の悪かった戦域だが、良く耐えていた。
 弾幕で動きを削ぐようにしていた有志達と陽兵の働きも寄与していたが、最も大きいのは前衛の奮戦振りだった。
 一匹一匹は弱いキメラだが、数に押され手傷が重なった。彼らの殲滅速度もあり、有志達が被害を被る事はなかったが‥‥危うい均衡。
 だから――そこに届いたルイスからの通信は天啓のようなもので。

「もう、辛抱はいらねェか!」
 宗太郎は背にかけていた爆槍を引き抜く。
 使い慣れた獲物は両の手に良く馴染んだ。傷が癒えたわけではないが、どこにでも行けるような万能感が――力が満ちる。そこに、セージから短い言葉がかけられた。
「俺が先に行く。続いてくれ」
 彼らの間に多くの言葉は不要だった。
「道を開きます!」
 陽兵の言葉に有志達の銃撃が重なり、彼もまた敵の中心に弾幕を集中。中央で敵の歩みが鈍ると、そこに。

 ゆらりと。セージが踏み込んだ。それまで相対していた敵の脇を抜け、
「一緒に踊ろうぜ」

 ――死と破壊が奏でる舞踏曲を。

 流し斬りを重ね、彼は的を絞らせずに斬り伏せると、一太刀ごとに道が、開く。
 彼が最後の一太刀を振り切った直後、そこを一陣の風が通り過ぎていた。

 瞬天速を用い、神速の踏込みを為した宗太郎だ。次の瞬間には、敵のただ中にいる。そして。
「行くぜ‥‥リミットブレイクッ!!」
 限界突破。続いて振われた3mの爆槍に彼を囲む敵が弾ける。まるで活劇の様に。
 敵の骨格が軋む音が手応えとして重く伝わり――点火。

 爆音は解放を喜ぶように大きく、響いた。


 西。
「もう良いンだよな?」
「ええ」
「じゃあ、行こうか」
 三人は短いやり取りの後、動いた。

 覚羅が先行する形。両の手に二対の直剣を構えながら往く。眼前の敵をトゥリムが優先して射撃し、敵の動きを削いで行く中を進む。彼はあっという間に包囲される形になるが――構わない。
「見せてあげるよ。‥‥鳳凰の羽ばたきを」
 言葉と同時。彼は双剣を大地へと叩き付けた。伝播するように、衝撃が周囲に満ち――弾けた。
 十字の衝撃は、彼の周囲と正面の敵を余さず呑み込む。一瞬で二十体余りを葬る。
 バリケードごと呑み込む形にはなったが、それに見合う戦果だ。半径20メートル以内で地に立っていられた敵は一匹としていない。

 衝撃に血の華が咲くただ中を、ブレイズは瞬天速で疾風となって駆ける。
 手にはこの戦闘で幾つもの血を吸ってきた審判の刃。
「オォ‥‥ッ」
 三十メートル先は渋滞を為していた敵が犇めいていた。瞬天速の勢いのままに彼は跳躍し、大上段に構えた黒い刃を――振り抜いた。
「クリムゾン‥‥!」
 最前の豚人が寸断され、刃が地に叩き付けられたと同時。
「クルスッ!!」
 生まれたのは、再度の十字の衝撃。
 衝撃に粉塵が舞う。

 その中をブレイズは静かに立ち上がり、僅かに残るばかりとなった敵を見据えると、獰猛な笑みを浮かべながら、言った。

「‥‥泣き言は聞かねぇぞ?」
 

 交戦開始後から軍の取った行動はシンプルなものだった。

 撃墜回避優先。相互扶助。
 ゴリッパ・サマーに向け突出する敵は横撃で拾い上げる。
 
 無論、消極的な対応に過ぎぬ軍のほうが消耗は遥かに大きかったが、撃墜は避けられている。
 その中で、レイヤーは合図を待っている。
 機を合わせる必要があった。
 その為に損傷の情報を聞きながら、ただ、耐え忍ぶ。

 そして。

『配置に付いたぜ』
 待ち望んだ声が届いた。

「待ってたよ。ご苦労様」
 労いの言葉を誰に向けるでもなく告げ、彼は無線機を手に取った。

「ゴリッパ・サマー、発射準備! 目標は、敵左翼!」

 その目には彼にしては珍しい、『敵』を打ち倒さんとする必殺の意思が見えた。
 彼の言葉に防戦に徹していた全機がブーストで加速。敵ワーム達は、瞬間の加速に対応出来ずにそれでもKV達を追おうとし、

「発射!」

 そこを、巨砲から放たれた光条が通過した。
 眩く発光した白色の光条は砲身に倍するの巨大さで闇夜を貫く。
 その熱量はかなりのものだ。敵左翼はそれに呑まれ、いくらか被弾していたものが次々と爆破、炎上しては地に落ちて行く。残るのはそれまで無傷だったワームばかりだが‥‥その数を大きく減じていた。

 そして。

『‥‥アンチジャミング起動、いくぜストライダー!!』
 威勢の良い声が、全軍に響いた。


「ちィ、やりやがッた」
 ――いや、あたしの失策か、これは。
 戦力に勝りながら砲を警戒するあまり深く構えた敵を抜けなかった。
「まさか、あんなにレンジが広いたァ、ね」

 遠く、巨砲は闇夜にも関わらず大量の蒸気を発生させながらも、再度照準をこちらへと据えている。
 元より数に勝る戦いだった。敵は十分傷ついている。今、右翼を適切に運用すれば勝てる筈だ。こちらの被害は大きくなるがやむを得ない。
 そう肚を括った時。

「敵、増援確認! 都市部からKVが現れています! その数、十!」
「‥‥まさか、もう片付けたってェのかい、あのキメラ達を」

 恐らくあのキメラ達を屠った連中だろう。それが、無傷のKVに乗ってやってきた。

 ――どうやら、流れを完全に掴まれちまったみたいだね。
 決断は、速かった。
「退くよ! 全速で離脱だ!」
『なんだ、逃げるのかよ?』

 若い声が響いた。
 空へと上がった機体達。その中で一機、尋常じゃない速力で迫っている。炎模様を抱いた濃紺の機体。

「悪いね。あたしゃ玉砕は趣味じゃねェんだ」


『だけどまァ‥‥あんた達は面白い――必ず、奪ってやる』

 元より距離に開きがあったから、接近を果たす前にBFは反転を終えていた。

 少年の舌打ちが響く。

 基地上空の敵は攻勢にでた人類を前に被弾し撃墜を重ねるが、その全てを撃滅するには至らなかった。
 こちらの損害も大きい。
 ‥‥だが。
 戦力差を思えばこの戦果は万金に値する物だと、誰もが理解していたから。

『や、お疲れ様。――僕達の、勝利だ』

 レイヤーの声が響いた直後。

 喝采が、響いた。


「女の人だったんだ‥‥残念、かも」
 腐のオーラを発し始めた由。敵の指揮官がもし男性だったならば、萌えるシチュだったのに。
 どこか恨めしげに言う彼女を、誰もが遠巻きに見守っていた。

「勝利の野菜ジュースは最高だ!」
 そこに、陽兵の声が響く。
 奮戦の果てに掴んだ勝利に良く冷えた好物。最高だった。
「にしても‥‥アフリカは恐い所だよ」
 喉を潤わせながら、先ほどの敵の声を想起。
 少将と言い、この地は女傑と縁があるのだろうかという陽兵を、メイは曖昧な笑顔で受け流す。
「とりあえずの危機は去ったけど、まだまだ続きそうだね」
 覚羅は先ほどの言葉を思い出した。兵の運用には獰猛さと慎重さが見て取れていたし――あの言葉だ。
「ま、関係ねェだろ。どうせ倒すしかねぇんだ」
 ブレイズが事も無げにそういうと、覚羅は苦笑し、「そうかもね」と応じた。
 そういう彼は傷だらけで、至る所に白い人工血液が滲んでいた。後衛が充実していたとはいえ前線を一人で支えた為だ。トゥリムのフォローを意識していた分もある。その事を、少女は戦闘の中で察していたのかは解らないが。彼の治療を行うその姿は何処か、硬質な物が些か減じたように見えた。

 他方、藍とシーヴ、セージは、有志として集った五十人に、労いの言葉をかけていた。
「お疲れ様でありやがるですよ」
 その事が、有志達の胸を衝くものがあったのは、言うまでもない。
「皆で掴んだ、勝利‥‥です」
 彼らは初めて、共に戦う『仲間』として依頼をされ、それを果たせたのだから。
「十分な成果だ。‥‥頑張ったな」
 十年越しの願いが、漸く認められた。どうして、涙を堪える事ができただろうか。
 三人は静かに、それを見守っていた。

 屋外。宗太郎とアレックスは再充填をしているゴリッパ・サマーを眺めていた。
 ぽつり、と長身の男はいった。
「放たれる白い弾丸は、未来を創造する希望の種‥‥ふふ。キワドイですね。ナイスネーミングです」
「センパイ‥‥?」
「平和のシンボルにならないでしょうか」
「‥‥正気か?」
 じと目で、アレックスは敬愛している先輩を見つめる。
 赤帝の名を冠する少年の、絶対零度の視線だった。

「‥‥すいません、もう黙ります」
「あぁ‥‥アイツには、内緒にしとく」

 兎角。
 こうして、テベサは難所を乗り越える事が出来た。だが、アフリカの平定には、未だ遠い。
 テベサが再度、災難に見舞われる事は、想像に容易く、誰もがそれを理解していたが。

 今はただ、勝利の余韻に浸っていた。

 ――夜が、明ける。
 陽光が砂色の大地を照らすその色は‥‥とても、綺麗だった。