タイトル:【AC】熱砂を喰らう巨鯨マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/29 07:13

●オープニング本文



 テベサでの激戦から1週間が過ぎた。

 その間に、アフリカは‥‥あるいは世界は、激動のただ中にあった。
 ユダの出現。ウィリーの死。ユダの複製体。自然に干渉する程の、ブライトンの実力。
 
「いやぁ、まるでハリウッドの中にいるみたいだね?」
「笑い話じゃないですよ?」
 レイヤー・ロングウェイ少佐の冗句に、メイ・コットン中尉に嗜むように言った。
 事実、笑い事ではない。その為に幾万もの同朋達が世界中て飛び回っているのだから。
「‥‥不謹慎です」
「はは、ゴメンゴメン」
 上官に対しては些か手厳しすぎると言えなくもないが、レイヤーはそれに柔らかい笑みを浮かべながら詫びた。
 その表情を見ながら、メイは少しだけ胸が痛むのを感じた。
 昨日の防衛戦。彼女の献策の結果、なんとかこの基地を‥‥街を、護る事が出来た。
 でも、そこには、少なく無い被害があったのも事実だった。

 一週間前の防衛戦。
 撃墜――死者こそ辛うじて無かったものの、テベサのKV部隊は大きな損害を受けていた。
 今もまだ、整備の人間がパイロット達を雑用に駆り出してマンパワーを稼ぎながら日夜修理と整備に明け暮れている状況で。

 ――私の立案のせいだ。
 彼女はそう思っていたから、あの日以来、上機嫌な表情をする事が多いレイヤーが、彼女の事を慮ってそうしているのだろう、と胸に苦い物が走るのを自覚していた。

 住民を護れた事は素直に嬉しい。傭兵達の手を借りての事だとしても、我が事のように誇らしかった。‥‥それでも。依然として基地が危うい立場に在る事に、変わりはない事が、気がかりで。

 軍人としてこの基地の防衛に携わる立場である以上、具体的な数値やコスト、状況を目の当たりにする事になり、どうしても意識してしまう機会が多かった。

 はあ。

 それと分からぬ程の小さな溜息が、司令室に溶けて、消えた。


 テベサは、そこを新たな故郷と認めた住民達とピーキーとはいえ強力な防衛設備を抱えている事に加え、そこを再度狙うと宣言したバグアがいる都合から、軍事上、大規模作戦の渦中からはやや離れた立ち位置にあった。
 それは、テベサは彼ら自身の裁量で守護しろという事でもある。多くの基地が大規模作戦の為に動いている以上それは仕方がないことで‥‥だからこその、日夜を問わぬ整備場の稼働であった。

 再度この街が襲われる事は間違いない事だから、彼らは必死でその作業に当たっていた。
 レイヤーをして、「厄介な敵だね」と唸らせる程に、個人の武に依らないバグア程、この状況で恐いものはなかった。

 ――だが。

 巡り合わせというものは、時に残酷なもので。

 テベサは再度、戦火の影が覆う事になる。


「レイヤー少佐!」
 司令室に駆け込んできたメイを迎えたレイヤーは、彼女の様子に小さく嘆息した。最近塞ぎがちだった彼女が、こういった表情を見せるのは、そうそうある事ではないから。
「どうしたのかな。当ててみせようか? ‥‥また、悪い報せ?」
「いえ、その」
 レイヤーの問いに彼女は、どういったものかという風に視線を逸らした。

「えと‥‥悪い報せと、もっと悪い報せ、どっちが聞きたいですか?」

 その言い草がどうにも自分の言い方と似ているような気がして、レイヤーは一瞬言葉に詰まってしまった。悪い報せそのものが、どうというのは、ある程度は予想していたから、心の備えは出来ていただけに、驚きが勝ってしまった。
 ――なんだか、娘を育てているような心境だなあ。
 そんな年でもないのに、人間が変わって行く様を見るのはどうも、感慨深い。

「お。そっか。じゃあ、悪いほうから聞かせてもらおうかな?」
「‥‥はい」
 固い表情はそのままに、生真面目に頷き、敬礼を一つすると、彼女は告げた。
「先日基地を襲った一団のBFが、テベサ南部に補足されました。戦力は、前回の撃退時と著変はありません。‥‥現在は、南部にてこちらの動向を伺うようにして、待機しているようです」
「そか。‥‥動かない、か。敵も手が足りないってことかな。大規模作戦さまさまだね」
 内心、『それだけじゃないんだろうな』、とは思いつつも、彼は茶化す。
 案の定、メイはそれを真に受け反駁した。
「その大規模作戦のせいで、満足に増援も来ない状況なの、わかっていますか?」
「勿論、わかっているさ。じゃあ、もっと悪い報せを聞かせて貰おうかな」
「‥‥先日補足されたユダから分裂したユダの増殖体の一群が、こちらに向かっています」
「そっかあ‥‥えっ?」
「えっ?」
 それは、彼にとっても予想外の報告だった。
 まさか増援に分身とはいえあのユダがやってくるとは。
 その反応は、メイにとっても予想外の事だったのだろう。

 気まずい沈黙が流れる。

「えと、その‥‥増殖体に関しては、補足した基地が現在対応に当たっていますが、如何せん急な事態で‥‥突破を完全に阻止できるかは、不明との事です」
「ふむ‥‥」

 そういって、暫し彼は黙考。
 ――BFが待機している理由は‥‥ユダか。
 あの機体に関しては、悪い噂しか聞かない。

 東京、南米、大西洋。

 万が一合流されてしまっては、基地は持たないかもしれない。
 ユダに対応する者達が失敗すると思っているわけではない。――ただ、リスクを天秤にかけた上での判断が必要な事柄だった。
 暫しの後、彼は決断を下した。

「‥‥ユダの対応には、当たってくれているんだね?」
「はい」

「‥‥中尉。出撃準備を。傭兵達にも声をかけておいてくれ」
「はっ」
「打って出よう。狙いは、BF。‥‥ユダ達が来る前に、彼らを叩く」


 艦橋に立ち、テベサを楽しげな目で見つめていたエレイアは、基地の動きに気付くと大笑した。
「ハハ‥‥! そうだ、そう来なくちゃなァ!」
 ――人類。お前達は、面白い。
「何故此処にあたし達がいるかに気付いたのか。だとしたら、そりゃァ最高だ。気付いていないにしても、それはそれでその決断はとても‥‥イイ」

 奪わなくてはならない。
 奪って、我々の糧にしなくてはならない。

 ‥‥そう、自身を突き動かすものを感じた。

「ブライトン様もご高説のなかで言ってた通りさ。‥‥あたし達はバグアだ。戦って、勝利して、美味しい所を奪い取るのが、あたし達だ」

 彼方、ブライトンの駆るユダから生まれた分身達が、こちらへと近づいている。
 彼女はそれを待ってから攻め入ろうと思っていたが。

「‥‥いくらブライトン様でも、ただの分身ではねェ」
 ――や、別にイイのさ。アンタは、それでイイ。
 あたしらが戦って、アンタは最も優れた果実が熟するのを待てばいい。

「だが、あたしらは、あたしらにとっての食べ頃を逃がすつもりは、無い――!」

 そう言い捨てると、彼女は基地を睨みながら、言った。

「分身如きに、易々と渡すわけにはいかないねェ!」

 行くよ、の声に。

 ――声無き気迫が応じた。

「アイツらに――絶望を、くれてやろうじゃないか!」

●参加者一覧

セージ(ga3997
25歳・♂・AA
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG

●リプレイ本文


 空を往く六機。向かう先は、既に乱戦の様相を呈していた。 
 先行するのは、鳳覚羅(gb3095)機と、リヴァル・クロウ(gb2337)機、鹿島 綾(gb4549)機、ルノア・アラバスター(gb5133)機の四機。
 そのやや後方から、アレックス(gb3735)機と、灯華(gc1067)機が続く形。

 狙いは巨鯨。
 彼らは歴戦の兵だった。だからこそ、後方に未だに控えているBFを看過出来なかった。

 敵もそれは見越しているのだろう。混戦を極める戦場にも関わらず、BFの護衛としてか、戦場とBFのその中頃程の位置に一機のタロスと三機のHWが佇んでいた。
「招集を受けて赴いたが」
 リヴァルは怜悧な視線で現状を確認。
 ――状況は、不利か。
 元より損耗を重ねた部隊の戦闘。数の不利もある。軍の被害を思えば時間がかけられない。
 六機は混戦のただ中へと居たろうとしていた。その瞬前。彼は告げた。
「果たすべき結論は明らかだ。――行こう」
 彼の傍らには、信頼に足る仲間達が居たから。
 突入の瞬前。リヴァル機から無数の噴煙が放たれた。鍛え上げられた機体から放射されたK−02が、軍KVを追い立てていたHW達へと向け不規則な機動で抜けて行く。
 噴煙が爆発に転じると、混戦に更なる動きが刻まれた。対ミサイル兵器が猛火をあげるが、十分に気勢は削いだ形。

『行くぞ!』
 アレックスの声に続くように、六機は更に加速。リヴァルが拓いた道を、機首を潜り込ませるようにして往く。

 何れの機体も、並ではない。卓越した機動が強烈なGを生むが、その中を――抜けた。
 彼らの眼前には護衛と思しき四機がいる。

 傭兵達は、示し合わせていた通りに――再度、道を切り開かんとした。
 灯華は、動きの直前に嘆息するように言った。
「ここにもユダの爪痕‥‥ですか。厄介ですね」
 アフリカを覆う影を厭うような声だ。そこに、声が重なる。
「確かに厄介だが‥‥まずは目の前の敵だな。行くぞ!」
「はい‥‥守り、きって、みせないと、ね」
 長く美しい赤髪を束ねた鹿島が、その眼差しに力を籠めながら言った。続いて、両の瞳に同じ色を灯したルノアが応じた。

 瞬後。鳳機と、鹿島機、ルノア機から、ミサイルの雨が放たれた。先ほどのリヴァル機に勝る程の、瀑布の如き噴煙。

 ――その動きを、見つめる者が居た。


 地上。『彼女』はそれを見つめ――瞬時の判断でこう告げた。

「行きな!」
 言葉のままに、BFが加速。
「無視してくれりゃァな‥‥ま、後はこちらの土俵に上がって貰うだけさね」

 元より戦術に秀でたヨリシロを得ていた彼女は、戦場での腹の探り合いを好んでいたから。
 先の闘争――その構造を、忘れていなかった。

「ハ。――意趣返しだよ、人類共。アンタらの大好きなとんち合戦だ」
 視線を巡らす。遠方からこちらへ近づく機体が二機。付近では、HWと射撃戦を演じている雑魚共がいるが。

『釣れたのは二匹だけか。アンタらは、楽しませてくれンのかい?』
 折角、あたし自身を餌にしたのにね――呟きは、小さくコックピットにのみ響いた。


 噴煙が視界を覆っている。元よりHW、タロスと交戦予定だった三機は噴煙に紛れるように進んでいたが、鹿島機と灯華機だけがその噴煙を跨ぐような機動をしていたから‥‥それが、見えた。
「BFが、こちらに前進を開始!」
 機械的な口調に、僅かな焦りを滲ませながら灯華が言った。
 彼我の距離が縮まる。彼女達の速度も相まってそれは。
『灯華、建て直せるか!』
『いえ‥‥!』
 覚醒による、数値化された世界で彼女はそう判じた。打ち合わせていた機動には、間に合わない、と。
 その言葉に、鹿島は僅かに舌打ちをしながら、2連のロケットランチャーを幾重にも重ねた。狙うはBFの艦橋と思しき部位。研澄まされた機体だ。全弾命中。

 だが、白いBFは止まらない。

 灯華はそれを見据えながら、言葉を呑み込んだ。
 元より、フレア弾を狙った位置に落とす際には速度を落とす必要がある。難事であったかもしれないが――やれる目はあった筈だ。だが。

 鹿島機、灯華機の下を潜るようにして――白いBFが、抜けた。
 爆炎に飛び込むように、BFは加速していく。

『灯華!』
『はい‥!』
 それを追うようにして二機も加速。追走に移る。


 地上、セージ(ga3997)のリゲルと宗太郎=シルエイト(ga4261)のストライダーは赤いタロスと相対していた。
 いずれの機体も十分に鍛え上げられた機体だ。
 だが、それでも。
『覚悟決めねぇと食われるぞ、こいつは』
 宗太郎が、張りつめた口調で言う。それほどに、眼前の敵の佇まいには、覇気が満ち――隙が無い。
 彼らは、罠、伏兵の類いを警戒していた。当然だ。斯様に目立つ機体が単機。
 だが。
 宗太郎の要請で、軍のKVが地殻変化計測器を設置していた。だから、彼らはそれが解った。
『単機で此処にいるのか』
「ああ」
 感嘆すら示す彼の通信に応じながらセージは機刀を抜いた。
『なんだ、こねェのか?』
 女性の声が響く。鷹揚に槍を掲げているが――。
「獣みたいだな、あんた」
 言葉を曳き、蒼い意思に沿ってリゲルが加速。
 その背を追うように、後方の摩天楼から銃撃が飛ぶ。
『なァに‥‥ヨリシロにしたヤツの育ちが悪くてねェ!』
 盾で正確に銃撃を凌ぎながら、槍の間合いでセージ機の機刀を受けた。接近によって射線が重なり、火線が途切れる。
「構わず撃て! 弾はこっちで避ける!」
 それを察したセージは、前衛・後衛の構築を優先。
 摩天楼がそれに応じ動き、再度銃弾をバラまく。
 目紛しく立ち位置が入れ替わる中、幾合もの刃と銃弾が重なりあっていた。


(白いBF。白鯨か)
「だが‥‥逃がさねェ!」
 爆炎を潜った巨鯨を迎えたのは、アレックスのカストルだった。灯華の通信を聞いた彼は、ブーストで転進を果たしていたから、追走は誰よりも速かった。

「白鯨の腹ン中、暴かせて貰うぜ!」
 機に据えた長大な電磁加速砲から砲弾が放たれると、瞬後にはBFの装甲を削り取っている。凄まじい火力。

 ――ッ!

 同時、こめかみを赤熱した鉄線が貫いたような錯覚を抱く。
 目を開けることすら困難な激痛の中、彼は辛うじてそれを目にした。

 混戦を演じていた一角に、幾多ものCWが投下されて行く様を。

 そして。

 数の利を活かして空中戦を演じていた筈のHW達が、
 
 ――こちらに砲を向けている様を。

 加速した世界の中。彼らと交戦していたKV達が慌てて機首を転じようとしているのが見えた。
 爆炎を抜け、後方から灯華達も向かって来ているのが、感覚で解る。

「‥‥ッ」

 幾多もの光条が、追走する者達へと放たれた。


 他方、護衛のワーム達に相対していた者達は、爆炎の後に姿を表した彼らと交戦を果たしていた。
「このHW達、平素の敵とは違うみたいだ」
 機動が、装甲が、精度が。全てが、これまでに蹴散らしてきたHWとは大きく異なっていた。
 となれば、数の不利がそのまま、予想以上に負荷としてかかる形だが。
「‥‥です、が」
 赤翼の女帝。それを駆る少女の心は、揺らがない。鳳機の光刃を躱した機体に螺旋弾頭ミサイルを発射。回避機動上に届いたそれは、小型HWの赤光を貫き――爆炎を生む。
「まだ、大丈夫、です」
「そうだね」
 長きに渡り戦場を共にした彼らの連携は強固で――その機体も鍛え上げられたものだったから。
 被弾に泳いだHWを狙う鳳機。彼を狙うHW達。円環に至る構造をルノア機が穿ち、道を作る。
「行くよ黒焔凰」
 その道を抜ける漆黒の鳳凰。吐き出された高火力の銃弾がHWを貫く。
 耐えきれずに、HWは爆炎に飲まれて消えた。
 すかさず、続く敵機に相対しながら、鳳は呟いた。
「やれやれ‥‥駐留していて正解だったようだね」
「そう、ですね‥‥私達、が、いて、良かった、です」
 名だたるエース達‥‥頼もしい戦友。

 つと巡らした少女の視線の先。

 黒色に黄色の縁取りが施された【電影】が、単機で敵のタロスと渡り合っていた。


 凄まじい機動だ。操縦者にかかるGは伺い知れぬ程。
 加速。
 機首を転じた先で、タロスが砲をこちらへと向けていた。
 光条。
 幾条ものそれを、彼はまさに電影の如き機動で躱す。幾つかが掠り、装甲を灼くが。
『頑強だが、大した事はない』
 敵機の中でも、単機では指揮官機に次ぐ程の機体だ。それを彼はそう評した。
 加速する電影。返す刃で、チェーンガンによる銃撃と、続く剣翼が赤光ごとタロスを貫く。 
 彼は敢えて通信を通して言った。
『――俺は折れないぞ、バグア』

 決着まで、幾合か。
 それを冷徹に見据えながら、ただ彼は愛機を駆った。


 鍛え上げられた二機を相手にしても、深紅のタロスは一歩も譲らぬ戦いぶりであった。
 それはセージ機を中心にした、踊るような闘争。後衛の火力を位置取りで潰しながら、時に砲で宗太郎を薙ぎ、槍を振るう。
 幾度も重ねた互いの暴威は、膠着に至っていた。
「はっ!」
 だが、その膠着を宗太郎は心底愉しそうに笑う。
 煮え切らぬ膠着は、敵の立ち回りによるものだという事を彼は理解していた。
「やっぱ腕が立つねぇ‥‥面白ぇじゃねぇか!」
 ブースト。更なる加速を得た摩天楼が、再度、タロスの右手‥‥槍を持つ方へと転じる。
『ッと!』
 急速に視界から掻き消えた摩天楼による射撃を、女はセージ機から大きく距離を開けるようにして躱す。
 瞬後。
『おォ‥‥ッ』
 雄叫びと共に、セージ機が猛進、PRMを重ねた機刀の刺突が放たれる。女は回避に傾げながらも盾で強引に受けるが、次の瞬間には態勢を馬力で建て直すと――槍を、右手、宗太郎の方に向けた。
 飛び込もうとしていた宗太郎の機先を制するように。一対二程度では、まだ余裕があるようだ。

 その時。
『‥‥オイオイ、まさか、アレを抜けたッてのかい』
 赤いタロスが、呆然とした口調で、言った。
『よそ見は、感心しないな』
 膠着に隙を見出したセージ機が、肩に据えた砲から砲弾を吐き出した。


 爆炎が生まれていた。
 次の瞬間には、HW達は再度KV達との交戦を再開していたが。

「‥‥ふゥ。カストル。まだ行けるか」
 カストル――神話上は、不死性が無いが故に死した故事を有するが。

 集中砲火の中でも、彼の機体は落ちなかった。

 意思と同時、それに応えるように推力が漲る。
『アレックス! 無事か!』
「あァ、追うぞ!」
 その砲火の多くが彼に注がれていたから、後方の二機も無事だった。
 赤髪の少年は、鹿島の通信に覇気を持って応じた。遠くには、白鯨の威風。

 三機は再度、加速する。最早遮るものの無い道を高鳴りをあげ、疾風となって駆けた。

 元より、速力に秀でた機体達だ。障害さえなければ、白鯨に追いつくのは容易で。
 数十秒の後、三機は白鯨に並ぶ。

『‥‥そこです』
 開かれた、搬出口。被弾の痕。狙うべきは多く、また、狙うものも多かった。
 幾度目かのK−02が灯華機から放たれる。漆黒の機体から分たれたそれは、凄まじい速度で距離を縮め――命中。
 剥落する装甲を尻目に、鹿島機が続いた。
『俺達に狙われたのが運の尽きだ』
 高速BFは未だ高速機動を続けていた為、フレア弾による追撃は困難――そう判断した鹿島は、備えた粒子砲で、灯華が押し広げた白鯨の傷口に、狙いを定め、
『沈んでいけ‥‥!』
 放つ。
 超絶的な威力に、一気に赤熱する砲身。放たれた光条は、白鯨の身を削ぎ取る。
 動力系の一部が立たれ、失速。
 そして。

「ソードウィング、アクティブ!」
 それでもなお足掻こうとするBFに、最後の一閃が振われる。

「いっけぇッ!」
 赤髪の少年の情動に応えるように、濃紺の機体が加速。翼を覆う刃が計算され尽くした角度で露出した機関部を断ち‥‥。

 白鯨は炎上。墜落した。


 眼前の二機と相対。手強い二機ではあったが、戦闘に支障は無かった。

 だが、遠く、上空で。白鯨が沈んで行くのが見えた。
 ――ちィ。
 舌打ちが零れる。
 戦術上、取れる手が一気に狭まった。
 何より。

 ――幾ら雑魚を蹴散らしても、敵の精鋭が、止まらねェ。
 上空は、護衛の機体を蹴散らした精鋭達に食いつぶされようとしていた。
 ユダが居たら、話は違っただろう。あるいはBFが目論みを果たせていたら、戦略的な勝利が狙えていた筈だ。
 進退窮まった事を否応無しに自覚する。

「だけどねェ‥‥!」

 被弾を無視して、槍を振るった。緩急の動きで、刀を持つ青い機体が右手に泳ぐ。
 その鼻先にプロトン砲を突きつけ――放射、放射、放射。

「それが、どうした!」

 吼えるのと同時、熱量に耐えきれず敵機の左腕が爆ぜる。こちらの左腕も、槍を持つ手ごと敵の後衛に撃ち抜かれた。

「ここからが、本当の戦場だ!」

 ――血塗れの消耗戦だ!

 こちらが勝てば、顔も知らないが『アイツ』が手に入る。
 この場にいる戦力を思えば、何が最善手かは解っていた。

 ――種の為に。

「たとえあたしが此処で散っても、ねェ!」

 機械融合。

『‥‥付き合ってもらうよ、人類!』
 身を起こしつつある青い機体。長大な槍を携えた蒼白の機体。空を往く精鋭達に聞こえるようにそう言った。

 ――あるいは、遠く。基地に届けと。


 女の最後は壮絶なものだった。

 軍のKV八機と、空から降り立ったリヴァル機、爆槍を構えた宗太郎機、隻腕で刃を振るい続けたセージ機。
 計十一機を相手に対等に渡り合い、電影の片腕、ストライダーの脚部、リゲルの頭部を呑み込んだ。

 そして今、赤色のタロスは翼刃に片腕を断たれ、爆槍に腰部を貫かれ、機刀にコクピットを貫かれた姿で立ち尽くしていた。
 激戦の終わりは唐突で。赤熱した時間に置いて行かれた戦士達は、呆然とその姿を見つめていた。

 上空では未だ殲滅戦が行われているが、上空にあり続けた赤翼の女帝と漆黒の破暁の奮迅もあって、犠牲は抑えられている。

 ――事実上の勝利を、人類は手にしていた。

 だが。



『未確認機を補足! ユダが二機、南西から――』

 突然の報告だ。突破の報せは届いていなかった。

 対応していた部隊が全滅したのか。とにかく、情報が無い。

 高速で迫る背徳者達は戦場を避け基地へと一直線に向かっている。
 此処からではKVでも間に合わない。軍人達を絶望が覆うが。

「いや、慌てなくていい」
 疲労困憊といった様子のセージが、敵機の様子をみてそう言った。
「‥‥成る程な」
 視線の先を辿ったリヴァルが、そう応じた直後。

 遠景。基地に在る巨砲から、白色の光が放たれた。
 それは、彼らが最後まで温存したこの戦闘の成果でもあり‥‥清々しい、光だった。
 跡形もなく、異形は消え失せた。

「‥‥どうした、宗太郎?」
 安堵の息をついたリヴァルが視線を転じると。

「え。い、いや、なんでもないですよ?」
 そこには、合掌し、威容に何事かを念じていた宗太郎が居た。

 兎角――。
 こうして、テベサの攻防戦は一応の決着を見た。

 それは、傭兵達によって手繰り寄せられた、確かな結末であった。