●リプレイ本文
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「奢り? じゃあ、行っちゃおうかな?」
崔 美鈴(
gb3983)はラテン男の強引な誘い文句に、やけにリア充『ぽい』響きで応じた。
ドラマの中にいるかのような奇妙な錯覚をジルベルト・マーティン(gz0426)は抱いたが。
「マジか! マジなのかレディー!!」
ヤッフーと喝采をあげて小躍りする彼もまた劇場型の人間だったから、細かい事は気にしなかった。
「奢りなら、由も‥‥行ってみよう、かな」
南桐 由(
gb8174)。アフリカでは本性を垂れ流してきたが、平素は物静かな少女だ。
帰って薄い本を読むか書くかといった所で特別用事も無かったのか、彼の提案を受ける事にした。
「奢りなんテ気前ヨイねー、ジルぷー! ボク? 勿論、お誘いされタラ乗るしかナイよね!」
「おゥブラザー!! 金ならある! レディーも居るぞ!」
由に続いて言ったのは、ラウル・カミーユ(
ga7242)。ラテン男とは違うベクトルで陽気な男だ。
「お酒代、覚悟しといてネ☆」
「ハッ! 大丈夫だ、問題ねェ!」
時折凄みが走るのも――多分、気のせいだ。
「美空も行って良いでありますか?」
「おっさっけ♪ おっ酒〜☆」
小首を傾げる動作に桜色の髪を揺らす美空・桃2(
gb9509)に、チャイナドレスを妖艶に着込んだヴィヴィアン(
gc4610)もまたノリ気で。
賑やかな酒の予感が嬉しく、タイプなレディーも居たから、ラテン男のテンションはうなぎ上りだった。
それは、運命――あるいは壁を取り払った彼だか彼女だかの悪戯に近しい物だったが、ラテン男はその事を知らない。
兎角、一行が飲み会へと向かおうとしていた時だ。
「あ! ちょっと待って」
「おゥ、どうした?」
突然声をあげた美鈴が、手元の端末を弄り始めた。
「男の人と一緒だと、彼氏が誤解しちゃう♪ 誘っちゃおうかな?」
というか誘う。
美鈴は、なンだコブ付きかよ隅におけねェな、というラテン男を存在ごと無視しながら、「ちょっと待っててね☆」と端末を操作していたが。
「チッ」
舌打ち。籠められた殺気に和やかな空気が鎮まりかえる。
「‥‥なんで兵舎前にいないのよ」
――俺みたいにな。
いつもそう言って笑んでいる彼の気まぐれのせいで、事態は急転直下だった。
本質的に、ヤンなどただの危険物である。
その点で美鈴は非常にめん‥‥危険に過ぎる少女だった。というか、その端末は色々危ない。
果たして。
「やー! タダ酒ってきいたんだけど、マジ? 俺も行っていい?」
無限地獄にも、救世主は現れるもので。
「ていうか行く! ゴチになりまーすっ☆」
どこからか現れた村雨 紫狼(
gc7632)は、凍り付いた空気に気付かぬようで、タダ酒を猛プッシュして、ラテン男の肩を陽気に叩く。手つきが妙に卑猥だ。
「う、ウン、行こう! サ、出発出発!」
というラウルの声に、一同は動きだした。
ゆらり、とついてくる美鈴と共に。
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そこは、装いだけはお洒落な居酒屋だった。
案内された席で、最も入り口に近い位置に美空、向かい合って紫狼、時計回りに美鈴、ヴィヴィアンと続き、6人席に溢れたジルベルトがお誕生日席、続いて、由、ラウル、と続く。所謂、生物学的な意味で男女が交差する、「合コン座り」だ。
ラテン男からすれば、両手に花、ドンピシャな席だったのだが、ヴィヴィアンの事情を知る人間は苦笑、あるいはにこやかな笑み一つで生暖かく見守った。
飲み物を注文する段になると、美空が鞄の中を漁り始めた。
「どうしたン、桃2たん!」
ナチュラルに彼女の前に座っていた紫狼が、すかさずチェックに入る。
「美空の秘密兵器はこれであります」
バァン。
差し出されたのは、『不純異性交遊許可証』と書かれた、免許皆伝の証。
「えっ! 恋の予感!?」
パァァ。
紫狼のテンションが斜め45度で急上昇。桃色オーラが満ちる。
「ままま間違い間違い間違いなのであります!」
美空は「俺がロ○コンだ」と書かれたTシャツを着込んだ紫狼の様子に気付くと、膂力でそれを破る。破る。破る。
紫狼の恋心と共に、紙片は散って行く。お触り厳禁な彼は、黙ってそれを見送るしかなかった。
「こっちであります」
バァン。
再度差し出されたのは、『未成年飲酒許可証』。
「スゴい☆ これで桃やんも飲めるネ!」
「へえ、こんなのが‥‥っておい!」
「あ、この子にはオレンジジュースをお願い」
はしゃぐラウルや思わずノリツッコミをしてしまう紫狼を尻目に、ヴィヴィアンがすかさず注文。そこには百戦錬磨のオネニイさんの貫禄があった。
他方、注文を終えた由は差し出されたおしぼりで遊び、美鈴は端末を手にブツブツと何事かを呟いていた。
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「えー、まずは本日のスポンサー、ジルぷーに乾杯の挨拶してもらおー!」
酒が届き、ラウルの声に続いてぱちぱちぱち、と拍手が響く中、男は揚々と立ち上がる。
「はい☆マイク」
ラウルに差し出されたのは、由お手製のおしぼり。何故だかご立派な外見に見えなくもない。
「やァやァ! ‥‥あー。本日は見目麗しいブラザー&レディー達にお集り頂き俺様至極恐悦の極m「それじゃカンパーイ!」「今日という素晴しい日に乾杯〜☆」カンパーイ!」
ラウル、ヴィヴィアンが陽気に杯を掲げると、居並ぶ面々は小さくグラスを合わせた。慌てたラテン男だけご立派なおしぼりでの乾杯になったが、色とりどりの酒が揺れる様は鮮やかだ。
「ッカ――ッ! 美味い! やっぱり夏、一杯目は生中よねっ!」
ヴィヴィアン、飲みっぷりが男らし過ぎる。ふと漏れる声もたまに怪しい。
「ク――ッ! いやァ、レディ! その通りだ!」
ラテン男がそれに続くと、中身が減ったグラスを見て美空・桃2が店員を呼ぶ為のボタンを連打。
注ぐための弾薬が無かったから、心境はまさに弾もってこい状態だった。
どこか塹壕戦の気配すら滲ませながらも、ひたすらに少女は献身的だった。
「くゥ‥‥泣ける」
そんな様子をみて、紫狼は一人、感じ入っていた。
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ほどなくして、料理が届き始めた。一般的な飲み会メニューに、チヂミやビビンパといった韓国料理が少し。
彼らの前で、ビビンパは既に、変容を遂げていた。
「ズイブンと、赤いネ」「赤ェな」「赤いであります」「‥‥匂いが、赤い」「アラマぁ」「っていうか、何かもう汗が出てンだけど」
美鈴以外の全員が、眼前のビビンパを見て呆然としていた。
○
自身が注文した料理が届いた時、美鈴は自失から我に返り、「てへ♪」と笑った。
貼りつけたような笑みはそのまま鞄を探り、取り出したのはマイ・コチュジャン。彼女はビビンパを自らの前に手繰りよせると。
「これはねぇ」
盛る。
「こう、すると」
盛る。
「もっと、美味しく‥‥なるんだよ♪」
そこには、『貴方達の為にサービスしてあげてる私って』という態度がアリアリの、妄執に近いものが籠められていた。
「いや、恐ェよ」
呟きは、誰のものだったか。幸い、都合の悪い事は彼女の耳には届かなかった。
○
「はい☆ 本場の味だよ♪」
差し出されたのは赤いだけの何かだった。美鈴以外の全員が視線を巡らせる。
先手を取らねば、負ける。だが、美鈴を囲んでいるのはラウルと、ヴィヴィアン、紫狼の三人。
ラテン男が、遠い。
ラウルとヴィヴィアンの視線が、絡み――頷いた。
「ハイ! 紫狼くんノー」
「ちょっと良いとこ、見てみたい♪」
二人は、軽い手拍子と共にそう告げた。ヴィヴィアンの目には嗜虐を楽しむ色。
「やっちまいなブラザー! 男を見せるんだ!」
「え!?」
飲み会らしい雰囲気に、由と美空も手拍子を重ね。
悲鳴が、個室に響いた。
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会話も弾み、酒が回る。
すると、心に溜まった澱が零れる事がある。
――男の話は、そういった類いの物だった。
戦時において人の死はありふれていたから、強い同情を示す者は、その場には居なかったが。
「わかるわかる〜」
湿っぽい空気に飽きたのか、美鈴は手元の端末で何かを鑑賞している。
つと、彼は我に帰った。
「ワリィ、つまんねェ話をしちまったな」
「ううん‥‥別に、気にしないで」
「そうだぜ! 未来は変えられる! 引きずりすぎてても、良い事ねェし、みっともねーだけだぜ!」
由と紫狼の言葉に、ラテン男は苦笑を深めると、
「‥‥だな! 飲みたンねェな。ヘイ、レディー。ウィスキー、ボトル!」
通りがかった店員に、努めて明るい声音で注文をした。
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ヴィヴィアンと美空は甲斐甲斐しくテーブル上の雑事をこなしていた。
軍人的献身と、プロ顔負けのサービスはどれほどの物だったのか。いつしかテーブル上は笑い声が絶えぬようになっていた。
「そういえばラウルさん、久しぶりだね♪ 最近どう?」
「ウーン‥‥妹がね、婚約したんダ」
歯が軋む。穏やかな筈の表情はどこか殺伐としていた。
「祝福したいヨ? でも‥‥お兄ちゃんは複雑デス」
デス、の語感もすこし怪しく。
「それに、今の彼女も、サ。同じ職場に、元彼がいてネ。複雑だし‥‥彼女のコト、とても心配ナンダ」
「わかるわかる〜。大事な人達だもんね。あのね!」
対する美鈴は、さも「同情しています」感を出しつつも、あっさりと話題を引き寄せた。過去に幾度かの付き合いがある彼は、苦笑いと共にロックグラスを呷る。
「私、彼と結婚式場の下見に行ってね、すっっっごく順調なの!」
「そうなのでありますか?」
美空がそれに反応した。それは、彼女にとってとても興味深い事柄だったから。
「彼ったらね」
曰く。
『彼』は、いつも美鈴の事を兵舎の前で待っているらしい。
ただ、彼女が兵舎に戻ると、隠れてどこかへ消えるそうで。
「可愛いでしょ? 照れてるんだよね☆」
幸せそうに語る彼女は、とても恋する乙女ちっくで、見る者が見れば綺麗‥‥かもしれない。
「ぉぉぅ‥‥素敵であります」
美空は、そういう恋もあるのだ、といった目で言った。
ラウルとヴィヴィアンが曖昧な笑みで「大変そうねぇ‥‥」「ウン」と言ってお茶を濁すが。
「あ! 解った! アイツだろ、早なんとかっつー」
紫狼が、美鈴の意中の彼の名前を告げた、瞬間。
「でね。あの、女よ」
誰も踏みにはいかなかったのに、美鈴は勝手に自爆していく。
「いっつも後ろをウロウロしてる、あの髪の長い女が」
鈍い音が、彼女の椅子の下に響いた。
「あ、あら? 美鈴ちゃん。何か、落ちたわ、よ‥‥?」
見れば、彼女の鞄から――。
「あ、ごめんなさい♪ ――見えました?」
「‥‥別に、何も?」
ヴィヴィアンからは赤い鉈が見えたが。
深くは関わらないでおこう、と心に決めた。
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「由は、ね」
「おゥ、ろうした?」
酔っぱらったラテン男が応じた。
こういう場だ。由は、恋愛経験の豊富そうな面々の話を聞いていると、つい自分も話したくなって。
「由は‥‥男の子同士の絡みが一番今のところ、好きかな」
「ブフッ」
ラテン男が、本日何杯目かのウィスキーを吹き出しそうになり、慌てて手に取ったご立派なおしぼりで口元を抑える。
中身の減ったグラスに、すかさず美空が氷の交換とお酌をしている事にラテン男は礼を示しながら、由に向き直った。
「マジか」
「‥‥マジ」
珍しいものを見た、とでラテン男は由を見るが、
「じゃァ、こン中だったら、誰が一番なンだ?」
アホな事を問うた。由は『四人』の顔と身体を見て、じっくりと掛け算を楽しんだ後に。
「‥‥内緒」
腐腐腐、と笑った。
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「ッはあ、お、俺は、このの、悶々、グラス、に‥‥三度、勝った!」
「あらあら、凄いわ! ‥‥ウーロン茶、飲む?」
既にかなりの量を飲んでいる筈のヴィヴィアンだが、僅かに顔が赤く火照っている程度。
人外の肝臓だ。
赤らんだ頬に潤んだ瞳がどこか妖艶な雰囲気を醸し出している。
「おォ、おォォ‥‥ありがてェ」
最早自分の体を支える事すらままならない彼は、テーブルに突っ伏している。
「レディー‥‥あンた、良い女だなァ」
美しく整えられた双丘から視線を片時も外す事無く、震える手でグラスを受け取りながら言った。ちなみに、手渡されたそれは、ウーロンハイだった。
容赦がない。
「あら、そう?」
だが、努力の証を褒められたためだろう。どことなく嬉しそうだ。
「ジルベルト君、これ」
「ぉぉ?」
由の声に、ゴトンと首だけを反対側の由に向ける。情けない中年だ。
差し出された紙には、「妄想許可書」、簡単な説明が記されている。
「由と契約して‥‥これにサインしてくれれば‥‥お酌してあげる」
奇妙な熱を纏った由が、赤面しながら続けた。
「‥‥もちろん、その後も、ね」
「マ!」
酩酊している体が跳ね起きる。
「マジか!」
揚々とサインする男と満足げな由に、ヴィヴィアンは苦笑した。
――可愛らしい罠ね。
彼女自身がするには少し若すぎる手管だったから、ちょっと羨ましくもある。
だから、ちょっとだけ悪戯がしたくなった。
「‥‥了承済みで、腐女子本が描ける」
腐腐腐と笑う彼女を尻目に、酔いと興奮に火照った体を仰ぐ男へと艶やかな笑みを浮かべ、言った。
「暑いんなら、脱いじゃえば?」
結果は推して知るべし、だった。
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美鈴は端末をかき抱いた姿で轟沈した。
時折、ふふふと爽やかに笑ったり、歯軋りをしたりと散々な有様だったが、紫狼は「美鈴たんの寝姿ゲット!」と、それを脳裏に焼き付けようと奮戦していた。
ラウルはラウルで、
「ハハ、ハハハ☆」
意識は清明、ただし斜め上のテンションが天井知らずに加速していた。
「ボクは――ビンから行くヨ!」
「ひょぉお! やぁるじゃねえかぶらざぁ」
美青年殺しと書かれた日本酒に、ワインとジンが注がれたそれは和洋折衷のラウルMIX。その威力を事前に味合わされたラテン男は畏怖の念と共に喝采をあげた。
だが、ちょっと待ってくれ。
鍛え上げられた肉体を晒し、頭にズボンを被り、なぜかチャックに一輪のアネモネ。上気した頬に潤んだ瞳。ラテン男は今、完全に変態さんだった。
変態の眼前で、勇者は呷った。
勇者は憤死してしまった。
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浴室へと移動している間に、漸く思い出しつつあった。
「まァ、楽しかったな」
軽くなった財布は、置いといて。浴室のノブに手をかけると、見慣れないものが目についた。
『昨日は疲れたであります。朝ごはんは作っておいているであります。起きてこないので、美空は帰るであります。美空・桃2』
一枚のメモと、簡単な食事だ。
「え?」
疑念が渦を巻く。思えば、やたらと背中が痛い気がした。慌てて鏡で確認すると、そこには‥‥幾重ものひっかき傷のような。
「普通にすり傷じゃねェか!」
間違いは無い筈だ。無い筈だが。
後日、ちゃんと確認しておいた方が良いかもしれない。その、色々と。
とりあえず、シャワーを浴びて、酔った身体を醒まそう。全てはそれからだ。
ま、何だ。また飲みてェな。楽しい酒だった。‥‥そんときは、割り勘で、だが。