●リプレイ本文
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キメラの突然の来襲に混乱する人々は鎮められ、前の車両へと集められていた。狙う対象の事ながら、見事な手腕だと感心してしまう。
荷物を手に前へと向かう羊達の背中が分厚く、身を隠す事は容易いが‥‥。
逡巡は一瞬。今は静観する事にした。
「皆さん、その場で姿勢を低くして、動かないようにしてください」
抑揚の無い男の声が響く。
「窓からは出来るだけ離れて。私達、傭兵がキメラを迎え撃ちます」
――やはり、いた。
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人類圏内で襲われた事に乗客達は身を竦めて座り込んでいる。ラルス・フェルセン(
ga5133)の要求通りに成る可く窓から距離を取ろうとはしているが、如何せん数が多い。傭兵達の提言により、後方の車両には空間上の余裕はあるが、前の車両は満員だ。後方の空間にアリシアと護衛の傭兵2名がいる。そのただ中を、後方から順次、YU・RI・NE(
gb8890)が進んだ。
ナイフを腰に据え、仮面を着用した女は乗客に広く声を掛け、網棚、座席下に荷物の位置を確認させる。混乱に起き捨てられた荷物も多いが、長距離移動だ。そも、乗客の荷物が多い。それらを調べ、報告する乗客の様子をYU・RI・NEは冷静な眼差しで眺めていた。
――乗客に怪しい動きはない、か。
それを仮面越しに冷たく見据えながら、不審な荷物は窓から放り捨てていく。トランクやバッグが大地に叩き付けられ、破損する音が一瞬で流れていく様に乗客は息を呑むが、リスク管理の都合だと斬り捨て、続けた。直に持ち主が明らかな荷物以外は破棄された形になり、一応の安心を得ると、彼女は車外に身を乗り出し点検をしながら同様にして前の車両へと進んでいく。
その背を見送りながら、宗太郎=シルエイト(
ga4261)は傍らのアリシアの様子を眺めていた。その眼差しは折れてはいないが、眼前の乗客達に強いた無理を申し訳無く思っているようだ。それでも、彼女は覚悟の果てにここにいる。その意志を思えば、その背を支えようと決意を固めるのもまた容易で。
――ならば、貫きましょう。
「大丈夫。絶対に死なせません。絶対、です」
そう言葉を投げて、男は覚醒。肌は染まり、髪、瞳の色もまた変容を示す。
「そう、ですね。それが理想です」
言葉と男の威容に対して、少女は言葉少なに応じた。
状況はどこまでも不透明だ。彼女は、確信を得られる程の材料無しに安心を得る事はなかった。
その背に、明河 玲実(
gc6420)が問うた。
「アリシアさんの行動を話した人物などに心当たりは?」
「無いではありませんが」
過去の喪失故に、だろうか。少年は焦燥に駆られるように、あらゆる可能性を模索しようとしていた。
彼女もまた思いを巡らせてはいた。裏切りを疑うのは容易い。例えば家令やその末端。だが、裏切りに限らずとも探る事は不可能ではないと彼女は感じていた。彼女にとって、ビル・ストリングスとはそういう人物だったから。
実現の可不可だけでの検討に果ては無い。だから彼女はこういった。
「ただ、家令は違うでしょう」
「何故です?」
内部、特に身近な人物からの密告は最もあり得る線だったから、玲実にとっては意外な一言だった。
少年の反駁に少女は落ち着いた苦笑と共に応じた。
「今まで何度も危ない賭けをしてきました。彼が裏切り者だった場合、もっと早くに私は死んでいた筈です」
そう、結んだ。少女には見合わない、苦さを帯びた笑みで。
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責任。義務。
言葉にするのは容易い事がそれを果たす事、精神に刻む事の意味を、ブラン・シュネージュ(
gb9660)は知っている。
「力を持たぬ者を守る事。それが力を持つわたくし達の責任ですからね」
金色の髪を揺らすブランが掲げるのは、長大な狙撃銃。籠められるのはアリシアとは違うが根本は等しきノブリス・オブリージュ。
敵は遠景。グリフォンと思しき敵は遥か上空で、アリシアからも射程外だ。引き金に指を掛け、待つ。
少女と同じものを眺めながら、ラルスは小さく嘆息した。
「こうも簡単に、親バグア派に牛耳られるとは」
闇はどこにでも入り込む物だが、それでもドローム社のそれは異常だった。その暗さを思えば、少女の在り方とその過程は想像に難く無い。
現に。
――この敵の動きは、きなくさい。
キメラの不確実さ故に、本命の存在を意識してしまう。すると、次いでそこに見えるのは粘着質な殺意だった。
事態はどう転ぶか。対応を含めて、下の傭兵任せだ。その為にも『此処』を盤石にする必要がある。
「キメラが追ってくるという事は‥‥この欺瞞も無意味じゃなかったようですね。完全にバレていたら、待ち構えているでしょうし」
フェイル・イクス(
gc7628)の呟き。女は、紅玉の如き瞳で、ゆっくりと迫って来ているキメラを見据えている。まるで、蟲を見ているような情の無い目だった。
しかし。
結果から言えば、傭兵達はキメラ達の動きに釣り出されていた。静観している男の目から、一人として露見を免れる事もなく。
状況が不透明だったのは、双方共に変わらなかった。疑えばキリがない。露見を畏れなければどれだけの戦力が動員されていても不思議ではなかった。だが、今――札は、晒された。傭兵達に、自分を探す余力はない、と。静観の末に彼は漸く動く事にした。静かに。その毒を滲ませるように。
「彼らは、本当に我々の味方なんでしょうか」
不安そうな声で言う。見れば、機関室から乗務員達が出て来た所だった。男はこみ上げる笑みを義憤の表情で塗りつぶし、毒を染み渡らせた。
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引き金を引けば、放たれたのは死の弾丸だ。キメラ達の出鼻を挫くように、ブランの銃弾。翼の根元を狙った貫通弾は油断しているキメラに違わず命中。速度を残し大地に激突して弾ける同朋に、キメラ達は『敵』の意図を知ると不規則な軌道を描くようになり、二発目は同じく翼に当てる事は適わなかった。
「近い順にいきますわ!」
「ええ。無賃乗車をなさるお客さんには早急にお引き取り願いましょう」
上空のグリフォンを警戒する彼女の傍らで、敵を射程に捉えたフェイルの銃が咆哮。
身体を捻りながら近づくキメラの軌道を制限するようにフェイルが弾をバラまくと、車両に突っ込もうとするキメラが高度を上げて回避。だが、そこにはラルスの銃が据えられていた。
銃を手にした男の腕は光輝を纏う。放たれた弾丸はキメラの頭部に吸い込まれ、3発目で堪えきれぬように爆ぜた。
「翼が弱点とは限りませんから」
狙いは小さいが、当たれば関係無い。
欠けた頭部故にあがらぬ悲鳴にフェイルが整った顔を残念そうに歪めるが、酸鼻な光景は彼女の心を慰撫するには十分だった。男と女は次いで狙いを定め射撃。隙間を縫うようにブランが狙撃を重ねていくと、接近は許しつつも対応は十分可能だった。
「まだ、動きませんわね」
キメラの一群を一掃した頃に、ブランの声が風に乗って届く。
上空に待機しているグリフォンをさしての事だ。
「逃走用とも考えられます」
ラルスの声に。
「ありえそうですが」
嗜虐に心を満たしたフェイルが応じた。陶然とはしているが、思考は冴えている。
逃走用だとするのなら、まず動きがある筈だ、と。
傭兵達は敵の出方を待つ形か。だが――結果として彼らはさして、待つ事はなかった。
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「狙いは彼女の暗殺の筈です」
決めつけるつもりは無いが、玲実はその可能性が高いという。
――嫌な事を、思い出す。
馴染みのある違和感だった。それは、魂に刻まれた経験に依る所が大きい。
「しっかし、どっから飛び出てくるかねぇ」
煮え切らない状況に、宗太郎はそうごちた。戦闘の痕。景色と共に後方に流れていくキメラ達の遺骸を眺めながら。備えは、ある。それでも。
「必ず守る、が‥‥多少手荒くなっても、許してくれよ?」
「いえ、覚悟の上です」
少女はそう言って、頷いた。批判、非難、危険、全てを呑み込んで。
他方、YU・RI・NEは一人、機関部の調査を行った後、見張りに立っていた。乗務員は無事だったから、危険を避けるために後方の車両へと移動してもらった。敵に本命がいるとしたら、狙われうる場所だったから。
これまで、列車各部に爆破装置は無かった。まだ動いていないのか、はたまた本命など居ないのか。だとしたら、キメラだけで暗殺を果たすつもりだったのか。
「‥‥いや。キメラのせいで上に意識が向いている」
それがどうにも、気に入らない。
その時だ。
「何で乗務員が此処にいるんだ!」
「ホントに傭兵なの? テロリストじゃない証拠は?」
武装し、荷を捨て車掌達を追い出し、自分達を見張るように立ちはだかる女性を前に。乗客達の不安と――そこに滲んだ毒が、爆発した。始めは一部から。だが、それはすぐに波及していく。
そこは、一瞬で混沌に呑まれた。ある者は座席に立ち、女を見据えながら、はっきりと追求する。
「ちょっと、落ち着いて! 説明するわ、だから――」
恐怖よりも、安全の保証や責任の担保への希求が勝った。
説明が、欲しかった。
そしてその混沌は――傭兵達が乗客の動きを見逃すには、十分な程で。
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屋根上の傭兵達は、一号車の混乱は無線で聞き及んでいた。
だが、眼前からもキメラが迫って来ている。上空を確認した後ブランが一匹を撃ち落し、ラルス達が射撃を開始した。
直後。
「きゃっ」
ブランの短い悲鳴が響いた。
アカイロが舞う。右肩の痛みを無視し、少女が振り向くと、そこには。
「強化人間‥‥ッ!」
直後には、少女は声と共に後方へと蹴り飛ばされている。時速100kmを容易く越える速度から振り落とされそうになるが、辛うじて左手で側面に捕まる事で回避。意識して、初めて気付いた。右腕が、ぴくりとも動かない。
「ブラン君ッ」
声を貫くように、音が響いた。
右手には肉厚なナイフ。音は左手の指笛から生まれ、直後には懐からナイフを抜いている。
金髪に碧眼。その表情は泰然としていて余裕を孕んでいた。
ひと目で解る。強敵だ。だが。
――これが本命なら。
「何故、アリシアさんを狙わないんです?」
銃を強化人間へとむけながら、フェイルがラルスに囁いた。後方に迫るキメラ。前には強化人間。
そして。
「グリフォンが降下していますわ!」
未だ車両を昇れぬブランの声。だが、ラルスは視線を強化人間から逸らさない。手数が足りない上に、この敵は油断出来ない。
「私が彼を」
敵は自分達の動きを見ていた筈だ。なら、何故此処に来たのかは。
「上が、本命です。そちらはお任せします」
余力を削ぐためか。そう判断し、男は暴風に逆らって疾走。振う刃は男が手にするナイフに阻まれ、高音が続く。
フェイルが状況を無線に叩き付けながら、迫るキメラを無視して上空を見やると。
その背が、はっきりと見えた。
「――爆薬」
備えられた籠は反転と同時、大量の黒点を空に生んだ。
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玲実が窓から飛び出していくのを、宗太郎は見送った。もし爆発に巻き込まれた時、確実にアリシアを助ける手段を有しているのは彼だけだったから。
見れば。後方から迫るキメラ達は車両の後部に取りつきつつある。逡巡した、その時。
「皆さんは、こちらへ! 彼が対応しますから『私達』を、通してください!」
いいながらアリシアは宗太郎の手を引き、人波を掻き分けながら進む。
男の葛藤を見抜いての事かもしれないが、自ら危険へと身をさらす形だ。だが。
「任せろッ」
その決断は、嫌いじゃなかった。
手にするは愛槍ではなく拳。だが、思いを貫くために振う事に躊躇いは無い。
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「と、危ないな」
強化人間は、狭い足場で二人と相対していた。玲実とラルス。銃と刃、ラルスの不規則な攻撃を紙一重で交わしながら窓から駆け上がって来た玲実の足音とその殴打に気づき、的確にカウンターを重ねる。
その中で声が漏れた。
「その声は」
玲実が激情に押されるように呟く。
「『貴方』、ですか」
ラルスは嘆息するように。
「知り合いかな?」
「ふざけるな!」
既に血に濡れる玲実の攻撃が苛烈さを増す。
他方、ラルスも男の脆さは知っていたが、今ここで男を倒す事に固執はなく、思考は冷静だ。
先手と選択肢を与え過ぎた、と反省するのは容易いが――元より、対応を前提に作戦を組んでいた筈だ。
――それにしても、手数が足りません、か。
それは、フェイルにしても同様だ。
後方から迫るキメラ。落ちる黒点。迫るグリフォン。優先順位は明確だ。だが。射撃に続き中空で一つ、二つと直上に至る爆弾が爆ぜるが、足りない。リロードの時間がもどかしい。手が足りない。
撃ち漏らした爆弾達は刻一刻と迫っている。
間に合わない。
確信が冷たく背筋を貫いた、その時。
「お舐めにならないでくださいませ‥‥っ」
後方、迫るキメラに背を向け、左手の爪から血を滲ませながら小銃を構えるブランの姿があった。
荒くなる呼吸は酸素を求めてか。深い肩の傷に半身は血塗れだ。
少女は痛みと酸欠を根性でねじ伏せ、小銃を動く左手と肩、顎で無理矢理に支え――射撃。
列車の直上に在った爆弾が爆ぜる。直撃は避けたが。
「伏せて!」
強化人間と相対しながら、視界の端に二号車の側面へと落ちる爆弾を捉えた玲実が叫ぶ。
衝撃。
悲鳴と、限界まで撓わむ連結部の高音に導かれるように二号車が轟音と共に横転。続いて、地を這う二号車が立てる騒音が聞く者全ての鼓膜を叩き、それは、YU・RI・NEが、不安定な走行に揺れる機関車両に走り込んで減速するまで、列車は響く悲鳴ごと進み続けた。
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「これが限界かな‥‥生きてたら、爺さんに謝らなくちゃ」
その様子を遠景に捉えながら。グリフォンの背に跨がる男はどこか愉しげだ。
ふと、痛みと声に想起するものがあった。
「‥‥あぁ、あの時の」
改めて視界を巡らせるが。
「残念だな。時間切れだ」
声は籠められた情故に昏く虚空に響いたが‥‥能力者が死んだとは思えない。
逃げ時を逸して死ぬつもりもなく、これ以上無理を重ねても成果は望めないだろうから。彼はその場を後にした。
「でも、もう――覚えた」
最後にそう残して。
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救助活動は、傭兵達と直に応援に現れた軍人や警察達の手も借りながら行われた。衝撃や圧迫により、死者も居た。負傷者に至ってはかなりの数だ。
宗太郎に庇われほぼ無傷だったアリシアは、その様子をただ、見つめている。自失に沈まず。ただ、刻み込むように。
大切なのはこれからで‥‥意志を貫け、とラルスは言い、作業に加わっていった。
振り落とされたブランは自身も重傷を負いながら、アリシアにしか出来ない戦いを、と応援してくれた。
戦うことは、心に決めていた。
でも。これが数字ではなく、初めて目前で流れた血と、死だった。
決意は折れない。それでも。溢れる雫をとめる術を、少女はまだ持っていなかったから。
彼女は、ただ静かに、泣いた。