タイトル:【OF】絶え、墜ち往く翼マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/16 07:04

●オープニング本文



 今や世界中が知る所となったプチロフの断行。しかしそれは、世界中が宇宙を見上げる契機になった事もまた事実だった。
 苦い想いを噛み締めながらも、宇宙を見据えた動きは各地で加速し、様々に物語を奏で、ソラへと向かって収束しつつある。
 墜落したKV達。そこに籠められた情報を回収する為の動きも、その一つだ。
 そして――彼等の死は無駄にはならなかった。

 そこから明らかになった事は人類にとってもまた衝撃的な物だった。
 そこには、宇宙へとあがる人類を嘲笑うかのように機動するキメラやワーム達がいた。
 そして。
 ブレナー博士によって発見され、低軌道上に在ると言われていた、謎の影。
 それは、低軌道上から人類を見張る衛星であり、砲台だった。
 そこから放たれた奔流は、為す術なくキメラやワーム達に揉まれていたKV達を容易く呑み込み、喰らい尽くした。

 それが、英霊達が遺したモノだった。

 人類は今、新たな局面を迎えようとしている。
 その道行きに落ちる影は払わねばならないが――太原を始めとして各地での観測が行われた今でもなお情報が足りていない事もまた、事実。
 それ故、そのための威力偵察がエースパイロット、冴木 玲(gz0010)を中心にいま、行われようとしていた。

 その結果は――。

●Ciaran
 深い眠りの中にいるみたいだ。
 何もかもが茫漠としていて、とらえどころが無い。

 随分遠い時の出来事みたいに、夢をみる。



 宇宙。そこはまだ大気はあると計器は示していたけれども、美しいものだった。
 暗黒を貫く星々の光も、それを呑み込む程にきれいな青い光も。
 ずっと眺めていたくなるような光景だったけど、そうもしていられない。

 ステルス機能で、淡い輪郭を残すだけの衛星と、僕達との間に敵を確認して、先行していた玲隊から信号弾があがった。

 ――玲隊が突破、僕達はその支援を。

 高高度領域以上で網を張っていた数多のワームやキメラ達は友軍が処理していてくれていたから、低軌道に居た敵は多かったけれど、それでも僕達なら十分対処できる程度だった。
 突破し、小さくなっていく彼等の背中を確認しながら、僕達は交戦を重ねていく。
 この為に調整された機体は良く動いた。宇宙に置ける問題点も、試作とはいえ今や解消されているので、大した影響はない。シミュレーション通りだ。

 弾丸がキメラの頭部を吹き飛ばす。撃破の感覚は新鮮だ。
 破片や肉片となった敵は、豪快に四方へと『散って』いく。

「リロード!」
 言いながら、僕は我らが冴木玲の機体の背を追った。その背は遠いけど、苦戦しているのが見て取れる。
 でも、苦戦は想定済みの事でもあった。
 この作戦は、威力偵察であり――可能なら、破壊する為の作戦だ。だから、彼女達が突破できた時点で僕達の目的はほぼできている。あとは、彼女達の隊の撤退ができたら、任務は成功だ。
 作戦の終わりが、見えて来ている。もうすぐ。もうすぐだ。

 そう思っていた時。
『何‥‥これ』
 リェンの声。勝ち気な少女の声には、虚脱が滲んでいた。

 視界を覆い尽くす程の敵が、僕達の方へと迫って来ていた。それらに追われ、撤退する玲機の姿もある。
 ――これだけの数を、まだ擁しているなんて。
 まだ、玲は逃れられていない。敵の群れに応戦する必要があった。

 ――ちぇ。
 狙撃手の性分か。状況は、すと胸におちた。
 志願したのは、人類の為だとかそういう理由じゃなかった。だから――当然だったのかもしれない。
 ジンクスは好きじゃない。でも。どんな形でも、納得がしたかった。

 ――父さんを、見返したかったんだけどな。



 溶け出した意識の中、残響を伴って音声が響いていく。
『リェン、動け! 止まったらやられる!』
『フォローを‥‥』
『撤退って‥‥』
『孤立するなって言ってもね‥‥!』
『‥‥本星型』

『こんな状況でも百発百中‥‥全く、僕は天才って奴かな』

 その残響を、貫くものがあった。

 墜ちて行く感覚。

 朦朧としていた意識でそれがわかると、少しずつ世界に彩りが戻ってきた。
 墜落は地上とは何もかも違っていて、その時初めて、自分が宇宙にいるんだと思い出す。
 殿を果たしていた僕は、キメラの群れに機体の手足をもがれ、そのままキメラの波に飲まれた。そして、いつの間にか意識をなくしたようだ。
 そして今もまだ、視界は暗いままだ。
 今、僕は地上へと向かって墜落している。それだけしか、解らない。
 高度300kmの墜落、か。
 笑えない筈なのに、錆びた笑みが浮かんでしまう。その動作は、驚く程鈍い。
 ――これじゃ、助からないかな。
 リェンは。シンは。無事だろうか。それすらも解らない。
 でも、疑念に応える声があった。
『聞こえるか、人類。――これが、蒙昧の対価だ』
 声が聞こえたと、同時。
 暗闇がほどけた。沢山のアカイロと、周囲を覆っていたらしいキメラの群れが飛び込んでくる。
 視線を巡らせると、遠くに逃げるシン機と、リェン機が見える。
「‥‥は。シン、だめだな‥‥。ちゃんと、エスコートしなきゃ‥‥」
 人型のままに墜ちて行くリェン機の周りで、シン機は必死に機銃を放っている。

「‥‥生き、延びろ、よ」

 僕は最後に、眩い淡紅色の光に包まれながら、そう言った。


「貴様達も直にこうなる。‥‥その棺桶の中で、無様に震えてろ」
 墜ちるKV達に通信を飛ばして、キメラとワーム達を見送った。
 地上に縛り付けられていれば良いものを。
 既に、方向の設定は終えている。‥‥あとは、高みの見物だ。
「‥‥不相応な大望に、罰をくれてやろう」


「ロストしていた二番機、補足しました!」
 地上から、動向を見守っていた太原衛星発射センターのオペレーターが、観測結果に小さく悲鳴を上げた後、そう言った。
「墜落先は」
「北米です! 場所は‥‥ロサンゼルス郊外です。大気で減速しているとはいえ、その速度は‥‥」
 モニターに出された天。拡大され、荒い画像になっているそれは、両手足をもがれていたが、その構造は元はといえば全長10メートル。重さに至っては18.2tに及ぶ。機体は傷つき、破損していてその全てが残っている訳ではないが‥‥。それでも。
「パイロットの応答は!」
 男の声が飛ぶと、さらに声が応じた。
「ありません!」
「自爆コードはどうした!」
「駄目です、効きません!」
 絶望的な状況に、沈黙が落ちる。オペレーターの一人が、それを破るように、口を開いた。
「同位置は撤退支援ルートとして制定されていた場所でもあります。傭兵達に対応を依頼するしか‥‥」
 それはつまり、あの機体のパイロットを見捨てる、という事になる。
 生きてる望みは、少ない。それでも、決断には痛みを伴った。
 ――弔いも、出来んのか。
「‥‥仕方ない。該当地の傭兵達に連絡を」
 痛みを呑み込むようにして、男は言った。
「あの機体を、破壊するんだ。徹底的に。‥‥交錯は一瞬。失敗は赦されない」

●参加者一覧

鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
セージ(ga3997
25歳・♂・AA
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
シェリー・クロフィード(gb3701
20歳・♀・PN
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
明河 玲実(gc6420
15歳・♂・GP
クローカ・ルイシコフ(gc7747
16歳・♂・ER

●リプレイ本文


 高度14000。機体の制動が乱れる高高度の際。その空を目にした事のある傭兵は多いだろう。
 そこは、見慣れた空とはやはり、違う。
 雲の多くが下方に在る。遮る物の少ない空は、蒼穹から徐々に碧紺へと変わりつつあった。見上げれば、極上の天鵞絨に似た夜闇のソラが広がっている。

 そのソラは、悲愴の色をしていた。

 ――まさかこんな形で再会するなんて。
 クローカ・ルイシコフ(gc7747)は迫る敵を見据えながら、思った。あの敵の向こうに、『彼』がいるのだろう。
 腕は確かだったが、にくらしい男だった。飄々として。手も足も出なくて。
「‥‥少尉」
 それでも――宇宙を目指す、『同志』だった。それは彼にとっても特別な事実だ。
「勝ち逃げしようったって、そうはいかないよ。逃がすもんか」
 それは、彼にしては珍しい――執着の籠った、呟きだった。

 生死不明。情報がない状況の中――出来れば助けたい。そう思う者もいた。
 シェリー・クロフィード(gb3701)もその一人だ。太原の試算では、その墜落速度は秒速700mを越え得る、と聞いた。墜落に適した場所を試算しもしたが――その速度、衝撃を思えば。
 彼女とて無理無茶は、承知していた。
 でも――生死不明のままで終わらせるのは、嫌だった。軍人だった過去。多くの人を救おうと決めた。だから。
 ――例え死んでいても、家族のもとには返してあげたいのですよー。
 それが、煮詰まりつつある状況での『救い』だと彼女は信じていた。

 宗太郎・シルエイト(ga4261)。彼にとってそれは衝動に近しい。
 ――素直に要望通り動いていれば、苦労もしないのですが。
 後悔をしないためには、貫くしかないと。彼は経験の中で知っていた。
 傍らには、沈黙を保ち、眠る刀。
 今一時、力を。友を想い、念じた。

 明河 玲実(gc6420)にしても、それは同じで。
 膿んだ後悔は、もうしたくない。吹っ切ると決めた。
「例え、手を伸ばして届かなくても、決して諦めずに走り続ける――そう、決めたから」
 足掻くと、決めたのだから。見上げた空に敵がいても、それは変わらなくて。
『――来るぞ』
 無線から響く割れた声。セージ(ga3997)だ。
 ――刀ってのは、抜く前に覚悟を決めないと、その刃は自分へと向かってくる。
 現代に在りし武人として、彼はそれを知っていた。
 鞘は払われた。なら、墜落する天を破壊する事に、躊躇など抱き得ない。その為にも。

『まずは、敵を討つ』
 

 迎え撃つKVは八機。それに対して、敵はHW四機にキメラが二十。数的劣勢は否めない。
 KVの姿を早期に捉えていたのか、予測していたのか。墜落機よりも先行し、KV達を食い潰さんと迫っている。
『未知との遭遇‥‥って程でもないけど。油断は出来ないか』
 鷹代 由稀(ga1601)の声。宇宙用キメラがこの高度まで降りてきている事を思えば、ある程度の種類はいるのかもしれないと判じながら、敵のその先を、見据える。
 彼女は、今回の依頼に際して墜落する天に対する方針を定める役割を担っていた。敵の向こうに、『彼』が居るのは知っている。現状、距離にして24km前後か。正確にコクピットを評価するには、もう少し、時間が要る。
 そうしている間にも、彼我の距離は縮まっていく。物量差の交錯は破滅の予感を含んでいた。
 だが。
『――やりきれない所はありますが。いきます!』
 相対するキメラ達を真剣な眼差しで見据える櫻小路・なでしこ(ga3607)の呟きに、
『‥‥ターゲットマルチロック、リミテッドリリース、全弾発射です!』
 超限界稼働を発動し、廃熱に機体の周囲が揺らめく中で放った望月 美汐(gb6693)の声が重なったと、同時。

 KV八機から、大量のミサイルが吐き出された。
 大小3103発。最早、雨というのもおこがましい鋼とプラズマの壁が、噴煙を曳いて喰らい付く。
 HW四機からはファランクスの応射が爆炎を生む。キメラ達はファランクスの庇護を受けようと、自然密集する形になるが、その多くが為す術も無いまま噴煙に呑み込まれていく。悲鳴か、炸裂の音か。それすら呑み込む程の破壊の奔流。

 噴煙が晴れるのを待つ道理も、ない。
 天への対応を担うクローカ、セージ、宗太郎の三機は機首を返し、高度を降ろしていく一方で、迎撃を行う五機は、噴煙の最中にある敵に喰らい付いていく。
 初手のアドバンテージを逃す前に、畳み掛けるようにして。

 傭兵達のミサイルの多くはキメラ達へと放たれていた。血肉を散らして墜落していくキメラは十を数える。残るキメラ達はHWの影に隠れる事ができたもの達だけだ
 HW、キメラ双方から応戦の閃光が放たれる。噴煙を貫いたそれらもまた、数を恃み幾条にも及ぶが、視界が遮られているためか、その多くがかすりもしない。HW四機のプロトン砲のみがただ接近するKVを穿つが、散発的なものだ。
 その衝撃の中。
 追撃を加えるべく、接近するなでしこ機『藤姫』の姿があった。
 紅色の光条に貫かれながらも、据えられたDR−M高出力荷電粒子砲が稼働する。
 光条に貫かれた噴煙、その向こうに――敵。金色の瞳でそれを捉えた瞬間。
「‥‥藤姫!」
 凛とした気勢。張りの在る声に後押しされるように、DR−Mの掃射が、爆ぜた。
 狙っての事か、はたまた勝利の女神が微笑んだのか。
 激しい放熱と共に大気を灼いた一撃は、HWを盾にすべく密集していたキメラ達を噴煙ごと、余さず呑み込んだ。

 それを、待っていた者がいる。
 鷹代だ。ガンスリンガーのコクピットから、未だ遥か彼方にある『それ』を見据える。
 先ほどよりも近しい天を見据えた女は、その様子を確認すると無線に告げた。

 ――――。

 その声は、硬さを帯びている。そして‥‥決意を孕み、聞くものにそれを要求する声だった。
『‥‥ッ。こちらクローカ‥‥プランBへ、移行』
 鷹代の声に、引き出されるように。少年は応じた。

『目標の破壊を‥‥開始します』



 そこから先は、混戦模様を呈すかと思われた。キメラもその多くが墜ちたとはいえ未だ飛べるものもいるし、HWはミサイルや掃射で手傷を負ったものの微々たるものだった。数の上で不利は拭えない。
 だが、各々の目標の違いが戦況に大きく影響を及ぼした。
 迎撃班が高度を下げ、天の墜落阻止にまわるのを見たHW達の狙いは、自然迎撃班に向く。
 これを迎え撃ち、足を止めるべく動くKV五機。
『‥‥! 追います!』
 仄かな光を帯びたキメラが光条を吐き出すのを回避しながら、美汐。
 視線の先にはKVをキメラに任せて突破し、本星型を最前に中型二機、大型の順で降下を図るHW達がいた。
 今回の作戦は、足止めを前提にしている。多少の被弾をしようとも‥‥今を、凌がなくては。
『行くのですよ!』
『はい!』
 シェリーの支援を受けながら残るキメラにレーザーで応戦していた玲実機が、機首を返す。シェリーはブーストをかけながら、急速にその背を追う。追いながら周囲を俯瞰し、最善手を探す。
 足の鈍っているなでしこ機は、掃射後の旋回に移っていたため、遅れていた。速力に劣るキメラ達は、シェリー達の追撃を諦めると即座になでしこの藤姫へと群がっていく。
 他方。
「‥‥ジェイナス、目標を、狙い撃つ‥‥!」
 コクピット内。狙撃専用の制御装置を構える鷹代の呟き。
 状況に応じて対応する相手を見定めようとしていた鷹代は、誰よりも早く反応していた。
 獲物は、無防備なHW達。ましてや、これは狙撃のための機体で。
 ――撃つのは、私だ。
 プラズマライフルから放たれた一撃は、本星型に吸い込まれるようにして命中。赤光に阻まれるが、それを貫き、機体を揺らす。続く連射も、違わず命中した。被弾は一瞬。僅かに足が鈍った所に。
「昔は『会ったら下がれ』と言われた物ですが‥‥」
 美汐の駆る破暁が、HW達の上空から頭を抑える形で機動。100m近い巨体を前にしては、KVの中でもなお巨大な破暁も霞む程だ。
 だが、その一撃は、重い。逃げる背だ。畳み掛けるように、再度超限界稼働。
「今の私なら、十分勝負になるはずです!」
 放たれた試作型スラスターライフルの猛撃が、大型の巨大な背面を穿つ。赤光は霞のように貫かれ、爆ぜる。
「‥‥さぁ、あなたはどこに落ちたいですか?」
 血色の瞳で言う少女の声が届いたのではないだろうが、大型は身を震わすように降下を止め、美汐機へと喰らい付いた。応酬のプロトン砲を紙一重で躱しながら機動。二機は絡み合うように、砲撃の応酬へと至る。破暁は機動で、大型HWは装甲を活かしてのドッグファイト。被弾はするが、それでも確かに美汐の破暁が優勢、か。
(――私は、切り開くことが、できる)
 その事を美汐は勝利の実感として掴みつつあった。
 その時。
『来る‥‥!』
 鷹代の声が響いた。残り『僅か』数キロ。数瞬前まで黒点だったそれは、俄にその形を露にしていた。
 シェリーはその姿をはっきりと捉え――そっと、目を伏せた。
「――ごめんなさい」
 彼女からは煮え立ったように融解したコクピットが見て取れた。その意味を理解した彼女は、それでもそう言う。
 零れ落ちたのではない。それでも――無力を噛み締めざるを得なかった。
 それは、キメラの追撃を振り切ろうとする玲実にしても同じで。
『‥‥強くなるよ。今より、もっと、救えるように』
 急速に迫るそれは飛行するKVと比肩する程に、速い。生の通わない、無機質な速度だ。それがどうにも、玲実には哀しく見えた。
 再度瞳を上げたシェリーの瞳には、決意の色が滲んでいた。
『‥‥邪魔は、させないのです‥‥!』

 側面から、本星型を追い抜く形で先行していた中型のうち一機に砲撃を加え、残る一機にも、玲実機が追いついた。
 満足な一撃とは言い難い、だが。
 足止めは、一瞬で良かった。

 ―――――――――――ッ!

 低い音響を曳きながら、いずれの機体の隙間をも縫うようにして、キアラン機は墜ちて行く。
 その音は、巨人があげる末期の悲鳴のように聞こえた。
「‥‥お願いします、皆様」
 ぽつり、と。
 ――せめて、安らかに、眠らせてあげてくださいませ。
 なでしこは呟き、数に勝るキメラ達を懸命に抑えながら、見送った。



 高度300kmからの墜落は、大気の壁に阻まれ摩擦が熱を刻む。
 その速度は音速を容易く越えていた。
『‥‥悪ィ』
 苦い声は誰のものだったか。
『もうアレは、ただの隕石だと思え! 地上に被害を出さない事を最優先にするんだ』
 融解したコクピットを見据えながら、セージが言う。それは叱咤の一言だ。武人として決意を結んだ彼らしい一言だ。
 でも。
 それが居並ぶ者にとっての解足り得るかは、別だ。
 ――キアラン。
 クローカは、階級ではなく敢えてそう呼びかけた。
 ――きみに人を傷つけさせはしない。‥‥許して。
 それが、逡巡の末に結んだ決意だった。見据える先には、迎撃を阻止しようとHW達が突破を図ろうとしては、被弾が重なる構図がある。その傍らを――それが、抜けた。周囲の大気と機体を震わせながら迫る。

 墜ちるその巨塊の速度は、ブーストしなければ追いつけない程だ。
 だが。縦三列に並び迎撃の為に待機していた蒼穹の騎士達にとって迎撃は容易い事で。
 真っ直ぐに墜ちるだけのそれを慣性制御で自在に動く相手と戦って来た傭兵達が外す筈も無い。
 先手は、宗太郎。
『じゃあ、な』
 詫びと、祈りが籠められた言葉。彼はキアランの事は知らないが、それでも戦地で散った男に遺した物がないとは宗太郎には思えず、短いながらも想いが籠められた言葉だった。
 宗太郎とセージの機体から、幾重にもミサイルが放たれる。
 苦い感傷を含んでも。武人の決意と共に放たれたものだとしても。
 その軌道は変わらない。宗太郎が静かな瞳で見据える先で、違わず灼けた装甲に喰らい付き、機関部を破り、接合を千切る。
 吹き上がった爆炎に、爆散が連なる。
 散り散りになった機体。内部からの爆炎はしかし、構造を完全に破砕するには至らない。僅かな構造が、それでも陸へ至ろうとでもするように、散っていく。
『僕が、いく』
 だが、クローカはそれに備えていた。

 迎撃のための機動は即ち――時速約3000kmの、墜落。

 海面、その先に続く地表が急速に大きくなる中――少年は、引き金を引いた。
 躊躇いはない。それでも‥‥今までで一番重く感じて。

 砲声は‥‥蒼穹に響いて、消えた。



 地上への制裁に失敗したHW達は、追撃を振り切るようにしてキメラ達を残し撤退していった。そのキメラもすぐに蹴散らされ、束の間の平穏が取り戻される。
 ほんの僅かな、一分にも満たない邂逅だったが、過大な戦力を前に、傭兵達はよく、戦った。
 墜落機は、傭兵達の迎撃によりその多くが海上へと墜ちた。地上へと至ったものも迎撃に速度を無くしたものが殆どで、影響は無いに等しい。だが‥‥OF第2隊所属、キアラン・ホワイト少尉。その亡骸は回収される事なく、僅かに墜落機の破片と、辛うじて回収されたボイスレコーダー が彼の名残を遺す唯一の遺品で――僅かに、その影を落とすのみとなった。
 付近の基地に降り立った宗太郎は、静かにコクピットの中で瞼を抑えていた。
『――これが、蒙昧の対価だ』
「‥‥嫌な声だね」
 声を、鷹代は愛機に身を預けながら、そう評した。
 宗太郎や鷹代だけではない。全ての傭兵達が、その声を聞いていた。
 それは、キアランの命を融かし尽くした男の声だと直感するには十分な冷たさを孕んでいて、不快なものだった。
 怒りに震える宗太郎の両の手は、それでもまだ、ソラへと向かって伸ばす事すら出来はしない。
「‥‥」
 ただ、深い息とともに呑み込むしかなかった。
 静かに目を閉じて、男の声を聞いていた玲実が、最後に口を開いた。
「決めたよ。‥‥全力で、足掻き続ける。例えそれが免罪符だとしても‥‥もう、迷ったりは、しない」

 また、彼のカケラを、拾うものも居た。ロスから北西に至った所。ボイスレコーダーが回収された場所だ。
 そこには、クローカと、彼の様子を心配してついてきたなでしこもいる。
 付近の基地に降り立った後、少年は漸く見つけたそれを手に、ソラを見上げた。蒼穹。その先には碧紺。――そしてその先には、漆黒のソラがある筈だ。
「Прощайте」
 さようならと。長い別離を告げて。
 ――キアラン。僕は、絶対にたどり着いてみせる。
 伝う雫を拭うでもなく。小さな破片に、誓った。
「この一件は、忘れません」
 余りに小さい彼の背中を見て、なでしこは囁くように、言った。
「――犠牲になった方々の意志は引き継いでみせます」
 引き継いだ先にあるものは、未だ遠いものだ。それでも、そう結ぶ。

 蒼天はただ、静かにそれを受け入れていた。
 傭兵達の決意も、ソラへと昇った者達の無念も、ソラに根を張る悪意も全て、呑み込んで。

 それは、バグアの来襲以降変わらず人類を見つめてきたソラだった。