タイトル:【NS】誇り、傲慢、欺瞞マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/29 12:39

●オープニング本文



 人類側が窮地の中で少しずつ状況を乗り越えていく一方で、バグア側は最悪の『想定外』に見舞われていた。
 ドローム社を失い、リリア・ベルナール(gz0203)の叱責を受けたビルがワシントンに移動し、独断でギガワームを動かすという暴挙に出たのである。
『‥‥北米バグア軍は、高位生物としての誇りを失ったのですか?』
 エミタ・スチムソン(gz0163)は淡々と、見下したような口調で言った。
 人類に恐怖を与えるという意味で、今作戦は既に成功していた。UK弐番艦の接近にも言及し、エミタはオタワ侵攻の終了を命じる。
 だが、リリアがそれに従うことは無かった。
「総司令官は私です。撤退は、しません」
 ない交ぜになった感情は、果たして、誰に向けられたものだったか。

 その後。
 ギガワーム随伴部隊の多くと共にシェイドが戦場を離れていく姿が観測された。
 オタワに押し寄せていたバグア軍の半数以上が消え――戦局は、逆転する。


 UK2が攻勢に出る一方で、ヴァルトラウテは防衛線の要となっていた。
 そこでの戦闘は決して派手な物ではない。
 何故か。
 鍵となっているのは、『システム・ペンタグラム』だった。情報はすでに漏れており、守勢に回った人類を相手にかの防衛兵器をバグアが無視する筈もない。
 それ故、バグアは突出はせずにその子機と送電線の破壊に重きを置くつもりだったが‥‥それも満足には叶わなかった。
 ビビアンの発案で送電線と子機のダミーが目も眩む程に設置されていたのだ。迂回してヴァルトラウテを狙う部隊もいたが功名かつ重厚に配置された迎撃を潜る事も至難だった。
 とはいえ、バグアとて手を拱いてみていた訳ではない。
 偵察部隊を幾重にも飛ばし、人類側の反応が早く厚い戦域を探っていく。どれだけ偽の子機が破壊されようとも構わないのだとしても、急所がある筈だという事を、彼らは知っていた。

 それは即ち――システム・ペンタグラムの、制御装置。


「エミタの命令に逆らうとか、馬鹿じゃないの?」
 金髪の少年が艦橋に足を踏み入るなり言った一言は、その場にいる者達を凍り付かせた。
「‥‥総司令官は私だと、言った筈ですよ」
 ただ一人、リリアだけが怜悧な瞳で睨みつけるに留まっている。
「いやー‥‥まぁ、僕はいいんだけどね。ちゃんと約束は守るよ」
 バグアとて一枚岩ではない。過半の戦力が撤退していった事も然り、少年の言葉も、然り。
 戦力が大きく減じた現状でリリアは少年とそれに連なる戦力を斬り捨てるわけにもいかなかった。
 少年も、それを認識しての事なのだろう。その表情には情勢を愉しようとする歪な笑みが刻まれている。
 いや。
 あるいは、リリアの今の在り方そのものを嘲笑っているかのような。
「でも、危ないよ。本当に状況、解ってる?」
「言われるまでもありません。――行きなさい。貴方の顔は不愉快です」
「‥‥おぉ、こわいこわい」
 笑顔を崩す事なく手を振り退室しようとする少年の背に、リリアは視線を向けようともしない。だが、その声音は絶対零度の響きを含んでいた。
「失敗は、赦しませんよ」
 制裁を予感させるには十分な冷たさだ。
「もちろん、解ってるさ」
 だが、少年は最後にくすくすと嗤って、艦橋から去った。

「成功でも失敗でも、ねぇ。そのまま妄執に囚われてたら――死ぬよ、リリア・ベルナール?」
 無邪気に、夜の闇に消えていく。
「最後まで見れないのが、残念だなぁ」
 それだけは悲しそうに呟きながら。


 こいつはこの戦場における鍵の一つだ。依然敵の数は多いが、漸く勝ちの目が見える戦闘になりつつある、と。誰かが言っていた。
 だから頼むと。名も知らん少尉は暑苦しく俺らの肩を叩いて去った。
 今頃その辺を飛び回って、蠅をたたき落してるんだろう。

 関係ねェよな。
 そんな重いもん、俺には関係ねェ。

 俺たちの仕事はただ、こいつに息を吹き込む事だけだ。

 お偉いさんの訓示で愛国心に歓声を上げた奴の方が多いが、俺はそういうのとは無縁でいられたらと思うクチだった。
 準備を始めてから三日目。不眠不休で命がけ。森に潜みながら、急ぎの作業になった。

 幸いなのは俺たちの護衛の多くが傭兵だったって事か。
 アトレイア・シャノン(gz0444)と名乗った女傭兵は所在無さげに立ち、周囲を警戒している。
 託され、見張られている気分が失せて気楽だ。

 ‥‥あの少尉は、若かったな。
 倅が生きてたら、あのくらいだ。
 作業中よぎるのは、俺の肩を叩いた若造のツラだった。

 疲労に雑念が舞う中。黙々と設置と機動準備を進めていき――ついに、それが終わる。
 だが。


「あれ? もう終わっちゃったの?」
 アトレイアは、至近の声に唖然としながら、視界の端を飛んでいった何かの姿に迅雷。切り落とす。

『敵襲、です』
 爆発するそれをよそに錆びた声で無線に告げる。
 そこには敵が居た。天使型のキメラ達と人型の敵が、三人。
 金髪の少年は醜い笑みを浮かべて私達を眺めている。
「汗臭い中年達と小娘一人。‥‥つまらないわぁ」
 紅いカクテルドレスに映える艶やかな金髪を降ろした、化粧の濃い女が嘆息して言う。手には歪な形状のナイフと、SMG。
「ご命令を」
 もう一人は先ほどの女とは対象的に化粧っ気の無い少女だ。ゆったりとした修道服を纏っているがベールは無い。銀髪を後ろでまとめ、不思議な、ルビーに似た色彩の瞳でこちらを『向いている』。

 そして――天使の姿をしたキメラ。

 狂躁にアトレイアの胸が沸く。
 不利だ。無理だ。行けば死ぬ。解っているのに――斬りたくて、仕方が無い。集いつつある仲間達の気配を感じながら、理性で激情を押さえつける。
 そこに。
「遅いじゃねえか、このボンクラども」
 男の声が夜闇を叩いた。

「俺の息子はもう完成したぜ。でけェ花火があがるまで、そこで指くわえてみてろ」
 そこには啖呵を切る一人の中年の姿があった。
「ふぅん‥‥そんなにスゴイの?」
 呆気に取られた少年の問いに、男はたっぷり時間をかけて煙草に火をつけ、豪気に笑った。
「ああ。すげェ」
「‥‥ふぅん」
『離れて』
 アトレイアは、混乱していた。男の啖呵を、誰しもが時間稼ぎだと解っていた。なら、敵がそれでも敢えて乗ったのは、何故だろう?
 人類側の戦力は集いつつある。
 それを少年は眺めた後で、天使のような笑みを向ける。
「花火かぁ、それは見たいなぁ‥‥ねね。なんだかここ、あっさり見つかったけど。これって、ホントに本物?」
「さァ、どうだろうな?」
 他の作業員に引きずられるようにして連れて行かれる中年作業員は、下品なハンドサインを取りながら、太い笑みで応えていた。

「‥‥あは。面白いおじさんだね。花火には興味があるけど‥‥僕、約束は守る方なんだ。『一応』、ここは壊さなきゃ。ごめんね?」
 ――行って。
 その声に。
「はぁい」
「了解しました」
 声が応じ‥‥そうして、局面が、開始した。

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
YU・RI・NE(gb8890
32歳・♀・EP
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
フェイル・イクス(gc7628
22歳・♀・DF

●リプレイ本文


 空間に満ちるのは凝縮された闘争の予感。
 多くの者にとってそれは、疑念の伴うものであった。

 ――なぜ敵は攻撃を待った?
 紅眼で敵を見据えるウラキ(gb4922)。
 攻撃を待つ事に戦術、戦略的な意義は見出し難い。奇策か、と、動かぬ敵を前に男は無線で作業員の撤退を依頼しておくが、検討は尽きない。
 男は、燻り続ける憎悪に似た感覚を冷たく尖った殺意に変じ、今は、動きを待つ。

 来なきゃ良いのに、そういう時に限って敵は来るものだ、と。地堂球基(ga1094)は苦笑とともに長髪を撫でるようにして頭を掻く。
 彼は、畑は違えども元同業者が汗水垂らして作業している姿を見ていた。籠められた想いは、褪せぬ感傷故に手を取るように解る。
「‥‥技術屋性分としては、壊す様に手をだされるのには黙ってられないんだよね」
「そうですね‥‥守りたい、です」
 そこに、御鑑 藍(gc1485)が応じた。重要施設にも関わらず増援は無い。不審を抱くには十分な状況だが――それでも守りたいと、少女は言う。
 その想いはYU・RI・NE(gb8890)にしても同じで。
 籠められたものが、確かに此処にある。ならば、それを無碍になど、できはしない。
 たとえ、この設備が『囮』でも。
 彼女にとっては護るべき『本物』で。
 戦場を俯瞰した後、女は敵を睨むように見つめているアトレイアの元へと向かった。
「‥‥御鑑を、助けてあげて」
 現状を――護りたいモノを踏まえての言葉だという事が、伝わったか。
 僅かな逡巡。見つめるYU・RI・NEの視線に、瞳を曇らせ、
『‥‥はい』
 そう、言った。

 その光景を見つめながら、月野 現(gc7488)はやや当てが外れた、といった表情を見せた。
 とはいえ、現状彼が最も意識しているのは、撤退する作業員達だ。
 護るべき命が、そこにある。護れる者は自分達だけ。
 彼我の戦力差を見れば凍り付くものを感じないでもない、が。
「諦観は、死後で良い」
 意識すれば自然、やる事が見えてくる。


 キメラ達の後方から二人の女性が歩んでくる。
「また天使」
 その姿を収めながら、心底呆れたようにフェイル・イクス(gc7628)。
「そんなに安売りすると、価値が薄れますよ?」
 見飽きたキメラ達を挑発するように言う。かつて交戦した敵だ。約束された嗜虐への期待はある。

 だが。
 盾を持った男性型が前衛で壁を構築。狂笑を浮かべる赤子型は、隠れるようにして浮いている。
 所詮キメラだが、この陣形は、厄介だった。
「その子達の事知ってるみたいだけど、さ‥‥そう簡単に行くかな?」
 少年の呟きは、傭兵達に取っては図星でもある。
 射撃で赤子型に対応しようとしていたが、指揮のもとでのキメラの動きを想定してはおらず、男性型を壁にする赤子達に対して射線が保てない。
 だが。
「多少は使う頭もあるようですが‥‥護りますし、滅ぼしてみせます」
 女にとっては必要な段取りが増えただけの事に過ぎない。それもまた、鋼の意志の在り方だろう。

 歩みに均衡は容易く崩れる。
 キメラを狙う動き。それを阻止しようと動く人の姿をした敵。更に喰らい付く傭兵達。

 戦端が、開かれた。


 初手は銃撃の応酬となった。
 キメラへと向けられた幾重もの弾丸。多くは掲げられた盾に弾かれ赤子型には至らない。硬質な音が戦場に高く響く。
「良いわねぇ、良い響き!」
 そこに更なる銃撃が重なる。ドレス女のSMGの弾幕だ。接近を図る者達の足を穿たんと掃射。狙いは正確とは言い難いが、弾の数や不規則な弾道が厄介ではある。
 ほぼ同時。
 金髪の少年が動かない事を確認したウラキは、宗太郎=シルエイト(ga4261)達の突入支援の為に射撃を開始。先手必勝を用いた事で辛うじてドレス女の動きに追いつく。
 追随して放たれた射撃は微かな発射音で行く手を辿るように高精度で女へと迫るが、その機動を確実に捉える事が出来ない。
「節操なしにバラまくのは‥‥そのキツいドレスの色だけにしてくれ」
「あら、お気に召さなかったかしら?」
 掠った傷痕を愛おしげに撫で、艶然とした笑みに男は無言を貫いて返事とした。射撃も、容姿も、敵との対話も趣味ではない。
「ツレないわね」
 回避はされたものの、女の射撃を散らす事に成功する。戦場でのルール、効果を心得た射撃だ。その隙間を縫うようにして、それぞれの前衛が接近。
「あなたが私の相手かしら、やんちゃな坊やさん?」
「あぁ、一曲踊ろうぜ。激しいので構わなけりゃ、なぁ!」
 爆槍の間合いに女を捉えるべく宗太郎は加速。獲物を遮蔽に距離を詰めんとする。
「‥‥そう」
 その様子に、女は嗜虐の笑みを浮かべた。
 瞬間、凄まじい衝撃が爆槍を貫く。それは、踏み止まらなければ身体が傾ぐ程の弾幕の嵐。
 衝撃を堪えながら宗太郎は距離を詰める、が。

 そこには既に女の姿は無かった。

 ウラキの銃弾が地を穿つ音で、女が間合いを外すように動いている事を知った。冷たい汗が背を伝い――ウラキの射撃が無ければ一方的に嬲られていたと直感する。
「‥‥守り通す」
 自身との相性を思えば、女は紛う事無く難敵だった。それでも、言う。
 徹底的に槍の間合いを外す女は、ウラキの射撃に気を払いながら、宗太郎を見つめている。

 そこには熱の籠った笑みが、深く、刻まれていた。


 他方、アトレイア、藍の二人も苦戦を強いられていた。
 相対する銀髪の少女は動きこそ鈍重だが、立ち回りは堅牢で、攻撃は鋭い。
 藍一人では手傷が重なり、倒れていただろう。機動力に勝る二人に治療役である地堂がついているからこそ渡り合えている。
「‥‥これは、中々厄介だな」
 地堂が零したのは現状を見据えての事だ。治療役を担う彼はその立ち回りで全員の治療を行おうとしていたのだが、ドレス女の機動に宗太郎とウラキが追随するしかない今、効率的な治療が困難だった。
「その発言は適切ではありません」
『――ッ』
 銀髪の少女は迅雷で迫ったアトレイアの二刀を銀の細剣でいなして姿勢を崩すと、泳いだ身体を貫かんとする。
「アトレイアさん!」
 そこに迅雷で距離を詰めた藍が刀で細剣を逸らし、続けて振り抜いた刹那の一太刀を打ち込む。だが、修道服から伝わるその手応えは堅く、それを受けた女は平然とした面持ちを崩しもしない。

 先程から、この繰り返し。

 少女は仮面のような表情のまま、続けた。
「これは厳然たる相性の問題です、ミスタ」
 ダメージが通りにくい少女は手数で勝負する二人にとっては鬼門。その火力は地堂の治療が追いつく程度のものとは言え、この陣容で打ち崩すのは困難だった。
「‥‥なら、もうちょっと付き合ってもらうしかないかな」
 嘯く地堂。持久戦は望む所だったが‥‥見通しに、苦みが籠るのを抑えられなかった。


 内容だけを見れば、キメラ対応側は最も安定を見せていた。アトレイアが抜けた分を月野、フェイル、YU・RI・NEが埋め、充実した手数は予定が崩れた現状に対応できる余力を生んでいた。
 岩のような大男のGDに、YU・RI・NEは装置の護衛を依頼したのだが、敵の陣容を見た男は「断る」と短く告げ、最前で身体を張って敵の進行を阻んでいる。前衛の被弾をSTが支え、後衛火力が敵を押し込まんと弾丸を重ねる。
 膠着こそしているが、いずれは男性型の壁を貫き、こちら有利に決着が付くだろう。

 だが。人類側の表情は硬い。

「しつこい!」
 リロードをしながらYU・RI・NEが真底煩わしそうに吐き捨てた。
 時間稼ぎ、遅滞戦術としては有効だったが、早々にキメラを殲滅して強化人間対応の援護に向かいたい彼等にとって、現状は苦い。
「十分に時間は稼げてはいますけどね」
 ただ一人、陶然とした様子で二丁拳銃を操るフェイルに、女は苦い表情を深めた。

 弾丸の多くは盾に弾かれるが幾らかは男性型を穿ち、中には動きが鈍くなりつつある個体もいる。
 アトレイア達が激戦の最中に在る事を確認した月野は、思考が冷え込んでいってはいたが――護るべきモノと、護りたいモノの間で煩悶するしか、無い。
 今は着実に勝ちを拾うしか無い。活路はそこにあるのに、
「‥‥くそ」
 酷く、もどかしい。
 一人目、二人目と男性型を打ち崩し、赤子型へ火線が届くようになると思わず、言葉が零れた。
 ここに至るまで、どれだけの時間がかかった事か。

 その時。

 ぱちぱち、と。

 拍手が、響いた。

「ありがとう、皆。おかげで十分、激闘や苦戦が演出できたよ」
 ――これで、エミタへの言い訳も、リリアへの義理も、果たせる。

 少年の言葉に、くすくすと嗤う赤子達の声が重なる中、彼はキメラ達の後背からゆっくりと設備の方へと歩み出した。

 終幕が近づいて来ていた。


「とまりなさい!」
「あはは、ゴメン、やだ」
 YU・RI・NEの応射を何事も無いかのように赤光で弾く少年は、悠然と歩を進めていた。
「ほらほら、君達の出番だよ」
 少年の声に赤子達が狂笑を深めて加速。
 少年を設備に近づけたら終わり。キメラを無視しても終わり。突きつけられた選択肢に、銃口が泳ぐが。
「突破はさせません。少なくとも、貴方達如きには」
 乱れる射線の中、フェイルは真っ先に赤子型への迎撃を優先した。
 射撃の感触に、堪えきれぬように爆ぜる赤子型は、彼女の嗜好に良く合っていたからだ。
 嗜虐の笑みを深めるフェイル。

 その様子をにこやかに眺めながら、少年は彼等の傍らを抜けるように、悠然と過ぎて行った。
 自分を留める術がない事を知っている彼には、怖じる理由も無かったから。

 守りたい。傭兵達がどれだけ願っても、見送るしかなかった。


 ここが北米の趨勢を決める戦場で、護るべき装置が囮だというのなら本物がある筈。それは藍にも解っていた。でも、それが意味する事に気付いていながら、少年は関係ないと嗤っている。
 伏せられた意図も、積み上げられた想いも無視して、嗤っている。

 ――護りたい。

 強く、そう想った。
「やらせ、ません」

「いいえ。貴女がたは負けるのです、ミス」

 藍の動きに対して意図的に歩を進める銀髪の少女はただ、言った。
 アトレイアと、度重なる治療に練力が尽きた地堂だけではこの少女を止める事は出来ない。激情が、胸を灼く。
「‥‥ッ!」
 疾る。必殺の意図を込めて放たれるのは、刹那の連撃。
 掲げられた細剣をすり抜ける斬撃は――その修道服を貫き、裂く事に成功する。
「勝手に勝敗を決めないでほしいね?」
 そこに、地堂による超機械の一撃とアトレイアの連撃が重なる、が。
 幾ら残撃を重ねても少女は揺るがない。最後まで相性の問題が立ちはだかった。
 瞬間。
「気をつけろ!」
 ウラキの声が響いた。喚起の先は、少女が掲げた見通せぬ袖口に対して。

「さようなら」

 砲声。
 仕込まれた砲が、散弾をバラまいて硬い修道服の袖を内側から喰い破り、拡散する。
 だが。

「――見事です」
「‥‥」
 既に射線に藍の姿はない。迅雷で逃れた先で、賞賛の言葉にも、藍は悔しげな表情を崩さない。
 否、崩せなかった。

 剥き出しの、明らかに機械仕掛けの片腕に驚愕したからでは、ない。

 銃器の存在に、一層の膠着を、突きつけられる事となったからだった。



「あら、余裕あるのね」
 喚起の声をあげたウラキに対して、余裕げな女が言う。
 機動重視の立ち回りをすると決めていたから辛うじて追従できているが――意図的に戦線を掻き回し、立ち回りを選ぶ知恵のある難敵だと認めるしか無かった。
 しかし、易々と装置を破壊させる訳にも行かない。肚を決める。正面から小銃を構え――一射。

 これまでと同じように、ドレス女は軽い跳躍で回避する。瞬間。

 魔弾とも言うべき跳弾が、その背を貫き、右足から、力が抜けたかのように姿勢を崩した。
「SES‥‥オーバードライブ!」
 傷つき、苦戦の果てに、漸く掴んだ一瞬。
 宗太郎は刹那の踏込みで瞬時に近接を果たすと、血の泡を口の端に滲ませる女に向かい穂先を打ち付ける。
 如何なる力が働いたか、踏み止まろうとした女を強引に大地へと叩き付け、
「――ッ!」
 気迫と共に突端に紋章を散らし、絶大な威力を込めたそれが――届いた。受けようとしたナイフを持つ腕ごと、女を大地へと縫い付ける。
「あ、アぁ‥‥!」
 女の声に、妖艶な色が混じる中、最後の一撃を放たんと抜いた銃口を向ける、が。

「最高よ、坊やぁァ!」

 悦楽に伴う全てが籠った声と、苛烈な赤光を纏うSMGの銃口が、宗太郎を迎えた。

 手元に槍は無い。
 傷ついた身体を護る術が、無い――!
「ちィ!」
 宗太郎が引金を引く寸前。

 放たれた掃射に、小銃を持つ右腕がボロ屑のように貫かれ、臓腑が爆ぜる音を聞いた。
 宗太郎は女と同様に血を吐き、崩れ落ちる。
「‥‥っ!」
 ウラキが追撃を放たんとしたが――響いた銃声とその光景に、愕然とした。

「は、ァ、あ‥‥!」
 女は、刺し貫かれた腕をその銃弾で吹き飛ばしていた。身を起こし、膝立ちになった女は、度重なる射撃に赤熱した銃口を傷口へと押し当てる。
 止血のつもりか――震えている白い足が、痛みか、他に何かによるものか、解らないが、潤んだ瞳は真っ直ぐにウラキを見据えている。
 ウラキが驚愕を呑み込み銃口を向けた瞬間。

 終幕の音を、聞いて――男は静かに目を閉じた。
 守れなかったと知ると同時、作戦の終わりを、知って。



 バグア達にしても、必要以上に敵地に留まる理由は無い。
 銀髪の少女にドレス女を背負わせると、少年はにこやかに「じゃあね。おかげで綺麗な花火が見れそうだ」と言って、去った。


『十分な『戦果』だ、撤退しろ』
「‥‥そう」
 消沈する傭兵達に届いた通信に、聡い者はその意図を悟っただろう。YU・RI・NEもその一人だ。
 ここは直に、苛烈な戦場になる。ならば尚更、急ぐ必要があった。指定されたルートを撤退していく。
 ――ゴメン。
 去り際、女は最後に、ここに居ない者達へと向け、詫びた。



 道すがら。月野はアトレイアに声をかけた。絶望に沈んだかつての言葉が、気にかかっていたからだ。
「命ある限り、やるべき事をやれ」
 それは彼がその半生の中で掴んだ、一つの答えなのだろう。
「赦されない罪があるとしたら、背負うしかない。それが重荷で倒れそうな時は、助けに行く」
 一人で背負う事の辛さを知っているが故の、言葉だった。
 でも。


『‥‥何も知らないくせに』

 抑揚の無い電子の声に、これほどの情感を籠められるものか。

『やるべき事をやれ?』
 それは、彼の知らない姿だった。
『勝手な事、言わないで。重荷を背負うっていうなら‥‥私の代わりに‥‥私かあの人を、殺してよ』
 何も、知らない。怨嗟の籠った声を聞きながら、月野は漸くその事に思い至った。

 月野の真っ直ぐな言葉に引き出されるように激情を吐き出した女の姿は、

『さようなら』

 どこか、彼女自身が傷ついているようにも見え――それも、彼が知らない姿だった。