タイトル:届かぬ想いの歌マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/25 23:00

●オープニング本文



 例えばのはなし。

 あなたが酸鼻なスラム街にいたとして。

 痛みと、死の恐怖に押しつぶされそうだった時。

 手を取ってくれる何者かがいたとしたら。

 あなたは、どうするだろう?

 私は――。


 それは、蠢動する北米で起こった。
 ギガワームの進軍の派手さを思えば、小さな衝突だったと言えるだろう。

 侵入した強化人間が防衛拠点のレーダー施設を破壊。
 騒動となった後、警戒網の隙間を縫って少数の精鋭からなるワームの一団が速やかに基地を強襲をかけ同基地を爆撃。基地機能に重大な損害を受けた人類側が反撃の一手を繰り出す前に、バグア達は迅速に撤退していった。

 それは、バグアの戦術にしてはあまりに巧緻で、かつ、速やかなものだった。
 人類ですら目を疑うほどの『作戦行動』。

 ただ、基地の人間は、その殆どが敗戦の痛み、悔しさを噛み締める事が出来た。
 負傷者は多かったが、基地の被害に比して死者は僅か2、3名程で済んだ事は、彼等にとっては幸運だったと言えるかもしれない。

 だが、明らかにそれは始まりの日であり――これから紡がれる物語は、その事件を発端にしていた。


 私は、仕事の時はスラムに潜む事にしていた。
 だから、この街についた時にもそうした。
 元々その空気には馴染みがあったし、土地勘が無くても忍ぶには難はなかったからだ。

 これまでに歩いたどのスラムでも私は、変わらず一人だった。
 誰も優しくはなかったし、誰とも言葉を交わす事はなかった。
 与えられた仕事があっても、その意味を知っても、それに見合うだけのものを手に入れても。そこだけは、以前となにも変わらなくて。

 胸を締めつけるような苦い感傷。それは、罪悪感のせいかもしれない。
 私がやっている事、やろうとしている事は、人類に対する裏切りだったから、余計にそう思う。

 でも。
 これまで誰も私に優しくしてくれなかったし。痛い思いだって一杯してきた。
 死に行く街から逃げる事が出来なかった恐怖も、憎悪も深く刻まれている。
 ――嫌いになるには、それで十分で。
 それに、あの日差し出された手は、あまりに暖かったから。

 今ここにいる理由には、それで十分だと思ってた。

 ――彼と、また出会うまでは。


 仕事帰り、店からスラムの寝床に帰っている時に見慣れない女の子の姿を見かけた時は、本当に驚いた。しかも、一人で。

 見ない顔ということは、よそ者だ。かつてのよそ者は今やスラムの古株だったから、解る。
 ただ、服だってそんなに汚れていないし、その、いろんな、良い‥‥いや悪い意味で標的になる事だって十分あり得たし。
 それに‥‥俺の顔を見て身を竦めた彼女は、何だか寂しそうに見えた。
 だから、声をかけた。

「よ、はじめまして」


 少年は、結局気付かなかった。なら、どうして声をかけたんだろうと思ったけど、すぐに解った。
 相変わらず、優しい人だった。私と同じスラム暮らしになったのだろう。それでも、彼は真っ直ぐなままだった。
 不意の再会は懐かしくて、暖かくて。拒もうとしたけど、できなくて。

 一週間だけ。
 そう決めていた。
 この夢は、一週間だけ。

 会うのはいつも、彼の仕事が終わった後、晩の僅かな時間だった。

 星空を眺めながら、色んな話をした。
 少年の身の上。偶然仕事を手にした彼がスラムの他の少年からは嫌われている事。仕事場のオーナーでもある気難しい料理人の事。そのオーナーが、少年を料理人として育てている事。少年には夢があって、スラムの少年達を雇って飢えと貧しさから救ってあげたいと思っている事。でも彼は今はなにも出来なくて、彼らから収入や働く場所を見つけた幸運を逆恨みされ、罵られるだけな事が、少し辛く感じている事。

 彼はそれを、きれいな表情で言っていた。
 将来を見据えて、本当に楽しそうに言っていた。

 その夢を励ます言葉をかけながら――遠いなぁ、と。そう思った。
 私の中には爆弾があって。
 彼の中には、夢があって。

 私の話も、少しだけした。今はもう無いモントリオールに居たこと。ひょっとしたらと思ったけど、やっぱり気付かなかった。

 切なさと痛みを感じながら、それでも私は一週間を過ごした。
 これが最後の一週間だと決めてしまえば。曖昧だった筈の決意はいつしか固まりかけていた。

 これが、最後。

 その、最後の日の出来事だった。



 ――きっと、叶うよ。大丈夫。信じてるし‥‥応援、してるから。


 最悪だ、と思った時には遅かった。
 あの子と話している時にスラムのガキ共が集まってきて、いつものように因縁をつけてきて。
 そしていつものように、石を投げられた。
 そのままそこに留まると際限が無い事を、俺は身を以て知っていたから逃げようとしたのだけど。

「う、うわああ!」
「や、やべェ、逃げろ!」
 少年達の悲鳴が響いた。その理由を俺は振り返った瞬間に、見てしまった。
 知って、しまった。

 飛来した拳大の瓦礫。それが、少女の身体に届く事なく紅い光に遮られた所を。

 視線が交差する。呆然とした彼女の姿を前に、俺はどんな顔をしていただろう。
 関係ないと言えばよかった。すぐに。手を取ればよかった。すぐに。
「‥‥わ、私は、」

 でも、できなかった。

「‥‥‥‥ごめんなさい」

 結局俺は、凄い速さで駆けて行く彼女の背を追う事も出来ずに、ただ、立ちすくんでいた。
 最低最悪の、失恋だった。

 裏切られたとかじゃ、なくて。
 ただ、情けなくて。

 別れの悲しさとか、痛みとか、そういうんじゃなくて。
 奈落の淵を覗いた時のような、喪失の苦しみだけが、そこにあった。


 急ごう。
 急いで、この街を離れよう。
 でも、手ぶらでは帰れない。

「――明日の晩」

 夏の夜なのに、恐ろしく肌寒く感じた。動悸は止まない。
 明日の、晩。八日目の、晩。
 そこさえ凌げば、私は――帰れる。
 彼も、関係が無いと解れば――きっと、解放される筈だ。何も、知らないのだから。

 何度も連絡をつけるか悩んで――辞めた。
 『あの人』にこの事を言うのは、捨てられてしまいそうで、嫌だった。
 爆弾の存在が、怖くて。連絡は、しなかった。人類もバグアも騙す事になる、けど。
 ――成功させれば何事もなく、帰れるのだから。
 生き残るにはそれしかなかったから。

  ○

 もう二度と会う事はないだろう。だから――最後に、祈りながら夜が明け陽が沈むのを待った。
 彼の道行きに、私の影が傷をつけない事を‥‥夢が叶う事を、祈って。

 夜が来た。

「‥‥行こう」
 意識と同時、思考が、切り替わった。
 何も感じない。何も響かない。彼への懺悔に似た執着は掻き消える。
 それが、『あの人』が私に施した、最低限の洗脳。
 それを確認して、私は基地へと向かった。

 いつだってこうなら、あんな事には。抑圧された意識の中で、ただ、そう思った。


●参加者一覧

柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
D・D(gc0959
24歳・♀・JG
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
荊信(gc3542
31歳・♂・GD
ナスル・アフマド(gc5101
34歳・♂・AA
明河 玲実(gc6420
15歳・♂・GP

●リプレイ本文


 霞むような夕焼けが、遥か山間へと落ちて行く。
 淡い紅色に世界が強く染め上げられた暖色の世界だが、徐々に肌寒さが勝ってくる。
 陽光に映えるレーダー施設は、大きい。今は、何処からか迫る筈の敵の本命を捉えるべく静かに網を張っていた。

 そのレーダー施設から離れ、基地本部へと足を踏み入れた者達がいる。
 春夏秋冬 立花(gc3009)、 明河 玲実(gc6420) 、 D・D(gc0959)の三名だ。
 ウィルを迎えに来たという立花を軍士官は冷たい表情で迎えた。
「彼をちょっと借りていきますので」
 その士官に対し、立花は薄い胸を張り毅然と言い切った。
「元々不思議だったんですよ。彼を連れて行く事も殺す事も出来た筈なのに、しなかった。彼をスパイとするにしても、もっと目立たない人間なり事情通なりにすることが出来た筈です」
 その言葉に、至近にいた玲実も頷いていた。彼もまた、強化人間の行動に疑念を覚えていたからだ。だが、相対する士官の目は依然として怜悧なもの。
「‥‥言いたい事はそれだけですか?」
「いえ、まだありますけど?」
 立花の反駁に空気が凍り付くのを、ダリアと玲実は感じた。
 口を開くのは、士官が先だった。
「御託なら結構です。私はレーダー施設防衛を依頼した筈ですが、いつ敵が来るとも知れない中、防衛を固めている本部に傭兵戦力の半数を寄越した非常識の弁明をすべきでは?」
「‥‥それは、彼を、迎えに」
「要請はあなたのお仲間からも頂いていますよ」
 柳凪 蓮夢(gb8883)の事だと、傭兵達は察した。
「それでも、あなた方が迎えにくる意義は無い筈だ。‥‥とはいえ、くだらない問答で時間を取り過ぎて、施設が襲われる可能性を看過する訳にも、いきませんけど、ね」
 そう言って何処かに内線電話で連絡をした後、士官の女性は海碧色の瞳を少女達へ向けた。
「どうぞ、連れて行ってください。ああ、彼を『利用する』という青年には『委細承知した』とお伝えください。有用なプランです」
 言い終えたと同時、近くの戸が開く音がした。

 取り調べ故か、突然の事態故か。憔悴した少年は、後ろ手に手錠をかけられた姿で現れた。


 他方。レーダー施設には見張りの軍人と直衛につく傭兵達がいた。

 ――食い扶持が減るのは困る。
 戦火が拡大すればいい、と。ナスル・アフマド(gc5101)は吐き出した紫煙の行方を茫と眺めながら、思った。
 この燻った状況が、どんな大火に至るのか。
 彼は自身の想像を不謹慎とは思いはしない。砂漠の香りがする男は、そんな惰弱を抱き得ない。
 壁上に立つ男は望遠し、拡大した視野の先に『敵』が現れるのを、待つ。

 ――良くある話だ。
 ナスルと同じように紫煙を纏う、荊信(gc3542)はそう嘯いた。
 敵と味方。双方に女と男がいる。
 その状況には馴染みがあったし‥‥諦観を抱くには十分な程に決別を見て来ている。そういう半生だった。
 だが、一方で熱を覚えていてもいる。

 この先に、何が見れるのかと。


「なるほど」
 道中。パティとの話やスラムでのもめ事についてのウィルの回答は、さして難しい話ではない。
 真実であれば、だが。話の内容から、ダリアは単なる無知と、嫉妬の残り香を強く感じた。
 なら、少女の存在や立ち位置が不可解だったが‥‥今は答えが出ない事だと、呑み込む。
 心の中で備えがあれば、良い。
「パティさんに、会いたい?」
 立花の問いに、ウィルは逡巡を見せた。
 これまで、考える時間は沢山あった。そこから零れ落ちるような、逡巡。
「会えるよ。‥‥私達がついているから、大丈夫」
「必ず、護りますから」
 立花の励ましの言葉に、玲実の声が重なる。その背を支えようとする言葉に、
「‥‥ありがとう」
 彼はそう応じた。

 会える。
 その事に喚起されたのは単一ではなくて、でも、夫々に強い何かだった。
 そこには色々な意味があるとウィルは感じて‥‥つらくて。
 空を見上げた。
 天鵞絨のような豊かな雲に覆われた空は、徐々に夜色に染まりつつある。
 星は、見えなかった。


 ウィルとB班の姿を基地内に見つけて、ナスルは短く舌打ちをした。
「戦場に一般人のガキを連れてくるか」
 聖域を踏み荒らされるようで気にいらない。
 吐き捨てた、そのとき。

 視界の端に、滲むものがあった。

「敵襲だ! これで殺し合いが出来るぜぇ!」
 歓喜の声を無線機に叩き込む。
 望遠、高所を押さえたナスルのおかげで、発見は早期だった。
 壁から飛び降りた彼を迎え入れるように、柳凪は柔らかな光とともに、周辺の振動を知覚。
 迫る振動は十一。
「どうだ?」
「気をつけて、敵の数が多い」
 問うた荊信に対して、柳凪。
 玲実が軍本部から受け取って来た過去のケースと違う。露見を恐れてからキメラを用意したにしては、対応が速い。
 ――過去の事例から、方針に修正を加えたのだろうか。
 三人での相手は困難と判じ、敵の動向を見据え、合流を待つ。
 少年を連れたダリアの歩みは遅いが、先行した玲実と立花がそこへと至った。
 刹那。

 爆炎が、敷地を囲む壁を呑み込んだ。

 煙の向こうから少女と、炎を燻らせる小柄な鼠達の影が生まれ――そこに駆ける者がいた。
 立花だ。忍ぶ気配もない少女に、十の劫火と短剣が喰らい付く。
「パティ‥‥わっ」
 言葉をかけようとしていた所に予期せぬ迎撃。立花はたまらず瞬天速で後退するが、傷は重い。

 迎撃に驚いたのは、少女も同じだったのだろうか。
 互いに見定めるような静謐が生まれる。


「彼が、見えるかな?」
 柳凪の言葉に、僅かに少女の視線が泳ぐ。
 その表情は、空恐ろしい程に『欠けて』いた。注意深く見据える柳凪の表情が僅かに曇る。
 それでも、一縷の望みをかけて、続ける。
「正直、彼の立場は悪いよ。君が仕掛けた以上、彼は『敵の関係者』だ。真実がどうあろうとね」
 だが。
「今、投降に応じれば‥‥彼は施設防衛の功労者に変わる。その意味が、解るかい」
 背に、少年とそれを護衛するダリアが近づいて来ていた。


「‥‥卑怯者」
 言いながらも、自分の脆い所を嬲ろうとする醜悪な意見をどこか他人事のように感じた。
 本当の『自分』がどこにいるのか、解らない。
 一度切り替えられた思考は、状況をどう乗り切るのかだけを考えていた。

 結論は。
 ――嫌だ。
 頭の片隅で。自分の悲鳴を聞きながら。

「‥‥嫌」

 念じて。キメラ達に命令を下した。


 言いたい事が沢山ある。謝りたい事も、許して欲しい事も。
 でも、その想いはアイツの姿を間近で見た瞬間に氷ついた。
「‥‥様子が変だ」
「何?」
 護衛についてくれているダリア‥‥さんに、言う。
「アイツは、あんな顔、しなかった」
 嫌な予感が、した。
「馬鹿、やめろ‥‥」
 それをしたら、確実に、明確に‥‥人類と敵対してしまう。

「やめろ、パティ!!」
 喉が張り裂ける程に、叫んだ。

 でも。


 少年の怒声と同時に生まれた動きに、荊信は呵々と大笑。
「お互いの都合が噛み合わなかった。それ以上でも、以下でもねェ‥‥それで十分さ」
 盾と銃を構え、引金を引くのは一瞬の出来事。
「さぁ、殺り合おうかッ!」
 咆哮に、数に勝る敵は強化人間の少女が足止めに回り、キメラを突破させる事を選んだ。
 応じる動きが重なり、彩りが戦場に咲く。

 荊信、ダリアの銃から制圧射撃の掃射。
 突破にまわるキメラに玲実、練成治療を掛けながらも傷は重い立花が走り、こちらの足を留めようとする荊信に対して少女が襲いかかる。
 その側面から喰らい付く影がある。
「くくっ、悪ぃな旦那、貧弱なもんでよぉ」
「構わんさ、やれ!」
 ナスルだ。劫火と短剣に晒される中リロードをする荊信には目もくれず、彼を狙う敵を一方的に嬲らんと銃撃を重ねて行く。
 柳凪が練成治療で荊信に治療を重ね、余力を応撃にまわす。
 火力と速さを重視したのか、キメラは脆いのが幸いだったが、押しとどめる傭兵達の練力が尽きれば崩れる。
 キメラが倒れるのが先か、傭兵達が倒れるのが先か。凌ぎ合いの様相を呈した。

「御前は何がしたかった! 共に其方に身を落とす仲間を求めた訳でもないのだろう!」
 戦闘中、声は張り上げないと届かない。ダリアは銃口を引きながら、言う。
「ウィルの居場所は無くなる! 御前の気紛れのせいでだ! それがどうでも良いというのなら、相応の下種として相手をするまでだ!」
 正鵠を射ている言葉に、背に立つウィルは身を竦めた。
 対して、ダリアを無表情に見据える少女の返事は。

「‥‥イヤ、ぁ‥‥」

 キメラの、業炎。
 少年を庇うように立ち、射撃するダリア。彼女の立ち位置は明確だったから、キメラ一匹で傭兵一人の手が留まると判じた。消耗戦を呈する現状、勝ちを拾うためにそう動くのは、当然の事柄だった。

 事実、女は少年を庇った。装備を貫き、背が灼ける。
 キメラ一匹の一撃だ。辛うじて踏み止まり応じる一射でキメラも爆ぜるが、止んだ制圧射撃にキメラの突破を許す。
 追走にまわる玲実と立花だが‥‥戦線は、崩れた。

「オォ‥‥ッ!」
 荊信は身を固め、必死に敵の猛攻に耐えるしかない。火炎に灼かれ、短剣が身を削いだ。
 被弾が重なる中、練成治療の雨が飛ぶ。
 どれだけ、凌いだだろうか。その、後方で。

 レーダー施設が炎上する音が、聞こえた。


「く‥‥ッ!」
 玲実は短く声を零す。施設を爆砕させるべく執拗に狙うキメラを駆逐するのは容易だったが、如何せん、数が多かった。
 今、施設はアカイロに包まれていた。玲実の記憶を掠る、色。
「‥‥まずいですね」
 施設は破壊されてしまった。重傷を負いながらも呟いた立花と共に、ただ、キメラを屠る。

 胃の奥まで落ち込むような苦さを二人は感じながら――せめて、あの少女だけでも。
 心優しい二人は、その想いと共に武器を振るう。

 上空を‥‥超音速で往く影がある。
 その事を感じながら、ただ、急いだ。


 逃げよう。
 そう思った頃には、傷らだけで。それすらも叶わなかった。
「‥‥くく、愉しいなァ、小娘」
 血塗れの私に、褐色の男が、まだ踊ろう、と嘯いている。
 キメラ達を施設破壊の為に送り込んだ結果、四人の能力者と一度に相対せざるを得なくなった。

 任務の成功を優先させた、洗脳の対価だった。
 こんなものに頼ったのが――そもそもの。
 それすらも、冷静に思考していた。
 あんなに死にたくなかった私は、偽りの私に殺される。
 それすらも、冷静に。

 瞬後。

「‥‥正直な所、この交渉は、私の単なるエゴだ。だから、これが最後だ」

 声が、聞こえた。


「私は彼を、君を、助けたい。今の君は‥‥望んで敵対してる訳じゃないだろう。だから‥‥投降して、くれないか」
 少女の眼前に立つ柳凪は、その目で見据え続けて来た少女の様子に確信を抱いていた。
 現状が本意ではないのだ、と。
 彼は、身を千切るような小さな悲鳴を、聞いていた。
 ナスルは興ざめした面持ちでその光景を見据え。
 膝を突く少女に駆け寄ろうとする少年を抑えながら、ダリアは静観している。
 誰しもが見据える中、少女はついに口を開いた。
「‥‥嫌‥‥」
 幾度目かの、否定の声と同時、手を掲げる。
「そう、か」
 言い、柳凪は目を閉じて、槍を掲げる。彼の後背から制圧射撃が飛ぶ中、少女の動きが鈍る。
 柳凪が、踏込みと同時、その槍を振るった。
「パティ!!」
 静謐に、銃を掲げるダリアを叩くウィルの怒声が響く。

「ったく‥‥何奴も此奴も馬鹿ばかりだ」
 ――だが、それが良い、と。
 激戦の痕が深く刻まれた荊信は、それでも‥‥銃口を降ろしながら、そう呟いた。

「自爆させときゃ、それで終わりなのに、な」


 上空での戦闘は、苛烈の一言に尽きた。
 周到な準備をし、数で大きく勝る人類と、僅か六機のワームの激戦。
 先手を取ったのはワーム達であったが、迎撃の備えがあった人類が辛うじて優勢だった。

『‥‥エドガー、ゼオン・ジハイド、だと』
 交戦中に、何かを聞いたのだろうか。

 傭兵達の無線機から、声が零れた。


『至急、その強化人間を確保してください!』
 上空の戦闘が激化する中で届いた通信に驚いたのは、他でもない傭兵達であった。
 彼らは捕縛する事を選んではいたが、その選択は命令違反でもあったし‥‥この結果だった。
 仮に、命令通りに事を為そうとしていたら果たせていなかったであろう追加の用命。
『エドガーがいつ強化人間を自爆させるか解りません。交戦中の今しか、機はありません。急ぎ、爆弾の解除を』
 新たなヨリシロを得て、底が知れぬエドガー・マコーミック(gz0364)。彼に繋がり得る程に大きい足掛りだと解れば、話は別だった。
「‥‥解った」
 柳凪は、無線に頷いた。視線の先には、意識を無くしたやせ細った少女と必死に呼びかける少年の姿がある。
 爆弾の摘除。
 元より、捕縛を決めた時から彼はそのつもりだった。
 柳凪は傍らに座り、少女の衣服を捲ると、真新しい施術の痕がある。
 腹部正中。爆破は即ち――内蔵と大血管の破壊を示唆する場所。

 視線をダリアへと向ける。少年を護るように立つ彼女は、柳凪の意図を汲むと、少年の背に触れ、彼を立ちあがらせた。
「な――や、やめろ!」
 少年の抵抗は、しかし、至らない。
 無力。その空しさを、誰よりもダリアが感じていた。

 しかし、この後の光景を、この少年に見せる訳にはいかない。
 自分の配慮が、例え少年の意向を無視する事になっても――だ。

 少年とダリアを見送ると、柳凪は目を閉じ、深く息を吐いた。そこには、ない交ぜとなった感傷が籠っている。
 麻酔の持ち合わせは、ない。
 だから、正確に‥‥何より、迅速に事を為す必要がある。

「‥‥すまない」

 準備不足を痛感した。だが、生かすためには、これしかない。
 誰かを救うのに――その決意は、こんなにも、苦い。

 二度目の溜息の後、彼は目を開いた。
 全てを、心に刻み付けるように。

 その姿を見つめるナスルは、新たな煙草に火を付けた。
「さて‥‥これから先、此処は血に染まるのか?」
 柳凪を手伝おうと歩み寄る荊信。キメラを駆逐し終えた玲実と立花が漸く追いつき、近寄る。
 彼らの姿を見据え、そう嘯き、紫煙を吐き出した。


 ゲートを抜け、少年と女は漸く、立ち止まった。
「はなせよ!」
 暴れる少年を、能力者の膂力で押さえつけながら女は空しさを覚えていた。
 漸く手にした筈の土地で、彼は多くを失うだろう。ダリアにはそれが解っていた。
 いつだって犠牲になるのは持たざる者だ。そうして、連鎖していく。
 この少年の道行きに幸があれば良いと願う事しか出来ない。それが自分の限界だと痛感した。

 ダリアは暴れる少年を深くかき抱き、その耳を塞いだ。煙草が吸いたい、と。痛切に思いながら。
 ――すまない。
 それは、奇しくも柳凪が少女に向けたものと、同じ言葉。



 遠く。
 女の耳に、あの少女の絶叫が、聞こえた。

(続)