●リプレイ本文
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戦場は、信者達の祈りに包まれていた。涜神の徒が居座る教会を、敬遠な信者達は遠巻きに見守り、一心に祈りを捧げている。
彼らの祈りの先。傭兵達は教会へと歩を進めていた。
「教会にー、天使型キメラーとはー、何と申しますかー‥‥理不尽な、感じですよね〜」
ラルス・フェルセン(
ga5133)の声は間延びこそしているが、そこには彼の感情が滲んでいる。かつて洗礼を受けた彼にとって、今回の敵は許してはおけない相手だ。河端・利華(
gc7220)にとっても、それは同様で。
――許さない。絶対。
彼女は神を信じてはいない。ただ、人の心を踏み躙っている者を許すわけにはいかなかった。手元の超機械を見つめる。正直、機械は苦手だ。不安を感じないでもないが‥‥それでも、最善の選択だ。肚をくくる。
それは蒼唯 雛菊(
gc4693)の胸の内とも似ていた。許すわけにはいかない。滅さねばならない。かつて普通の少女だった面影はそこにはなく、復讐者の熱だけがある。
「キメラの製作者は、デミウルゴス気取りなのか」
鹿内 靖(
gb9110)は、人間への悪神のような視線を感じていた。その歪さが、彼には気に入らない。
「相対する人間の心境に一抹の複雑さを抱かせる、か」
厳しい視線の先。閉じられた扉。そこに不吉な気配がちらつく。
「皮肉なものだな。もっとも、俺は天使や神を信じはしないが」
同じく、教会を見つめていたブロント・アルフォード(
gb5351)の呟きには、ただ闘争のために研ぎすまされた戦意のみがある。同小隊の明河 玲実(
gc6420)がそれに応じる。
「信仰を利用するなんて、悪趣味にもほどがあるよ。‥‥胸が悪くなる」
プロントは、不機嫌そうな玲実を慰めるように、その背を軽く叩いた。
――天使、か。神に祈った事も無い俺には、分らない話だが。
イレイズ・バークライド(
gc4038)は黙考する。彼は信仰の在り方に実感は湧かないが、怒りを覚えないわけではなかった。彼もまた、静かに闘いに備えていた。
イェーオリ・ヘッグ(
gc6338)がふと視線を上げた先に、教会を見つめ、やや固い表情をしているアトレイアの姿があった。こどもらしい好奇心が、うずく。
――うん。
頷く。
――大人は、口や行動にださなかったりするよ。でも。
僕は、そんなに大人じゃないんだ。
少年は、彼女に近づくと、ね。と声をかける。アトレイアは金髪の少年に対し、首を傾げて応じた。
「着物を着た人を、探してるの?」
彼の問いは、簡潔な物。会話を予想していなかった彼女は、慌てて荷物から発声機を取り出す。少年はそれを、じぃ、と眼で追った。白い喉元に当てられた、少年にとっては馴染みの薄いそれは、抑揚のない言葉を生む。
「うん。ずっと、ね。母親、なんだけど」
話しながら、適切な言葉を探しているような答え。発声機を眼で追っていた少年の様子に気付くと、彼女は目線を少年の高さに合わせるようかがみ、微笑んだ。
「イェーオリ君、だよね。もし見つけたら、教えてね? 天使が好きな、そんな人なの」
少年は頷きを返す。彼女の喉元に酷く引き攣れたものが見えた気がして、彼が何となく戸惑っているうちに、利華がアトレイアに声をかけた。
「事情はわかんないけどさ。捨て鉢は許さないよ」
アトレイアの言動を気にかけての事だろう、その言葉には気遣う色が伺えた。それは、鹿内にしても同様なようで、彼はアトレイアの肩を軽く叩くと、告げる。
「俺を含め、皆が居ます。‥‥それだけは、忘れないで」
急に肩を叩かれた事に彼女は驚いていたが、優しげに微笑む鹿内と、覗き込むように見つめる利華に対し、小さく、頷きを返した。
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これまでに多くの信仰の徒を受け入れていた木製の重厚な扉を開くと‥‥そこは、血と死の匂いに満ちていた。
匂いの元は、教会の至る所に飾られているから、辿るまでもない。地獄を具現化したような、幼稚で純粋な悪意に満ちた空間を創造したのは、そこにいる異形達だろう。
逃げ遅れた者の亡骸を玩具代わり扱っていた赤子達が闖入者に気づき、振り向く。
――獲物だ。
それは歓喜の響きをもって、傭兵達を迎えた。
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私は、あれを。あの腕を、あの翼を、知ってる。
怒りが脳を焼く。身に纏う紫雷が勢いを増し、視界が、あの時と同じ赤色に、染まる。
あの天使を、斬り潰さなきゃ。
思考は一瞬。私は二刀小太刀を手に、駆けた。
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聖堂の中央で盾を構えて並ぶ四体の天使キメラ。その後方に四体の赤子が浮かび、弓矢を構えている。
邂逅後間もなく、右端の天使にアトレイアが疾る。声なき声に気迫が篭る。
天使が構える盾に突撃するかのような速度で接近すると、彼女はカウンター気味に放たれた槍を左の小太刀で受け流した。金属が擦れ合う音を追うように、彼女は右の小太刀で天使の腕を斬りつけると、血の赤が飛沫となって舞う。
「あの馬鹿‥‥っ!」
怒声は、利華のものだ。彼女は遮蔽を取りつつ支援を行う態勢を整える。次いで、それをかき消すような銃声が響く。
「おいおい。前出過ぎだよ。参ったねこりゃ!」
鹿内が手にした小銃で天使達の動きを抑えるように射撃を開始していた。そこには猛禽のような笑みが刻まれている。
「無茶をなさるお嬢さんです」
ラルスの、抑揚を無くした声が小さく響く。アトレイアの動きに釣られて、状況が大きく動いた。天使達は鹿内の射撃を警戒し油断なく盾を構えこちらを警戒しているが、赤子達は手近に迫った獲物に興味津々だ。
彼は暗蒼色の瞳で素早くそれを把握すると、彼女を狙おうとする赤子達に向け矢を放った。白銀の弓から放たれた3本の矢は、違わず赤子型の喉を撃ち抜く。軽やかな音は、絶対的な死をもたらした。視線の先、悲鳴をあげようともがく赤子が息絶える。
彼が次の矢を番えようとした時、赤子達は一斉に嗤った。死した同朋と、それを為した男をみて、堪えきれないというように嗤っていた。教会に歪な嘲笑が満ちる。
応じるのは、嘲笑を貫くように走る四つの影。
「天使の容をした悪魔‥‥! きさま等には、死すら生温い!」
蒼唯は、言葉の苛烈さそのままに日本刀を振るう。斬撃は盾に阻まれたが、返す刺突を、左肩を抉られながらも深く懐に潜り込むようにして躱す。眼前にはがら空きの胴。好機。
彼女は動く右腕で、月詠を肋間に差し込むように刺突。天使が苦悶の声を上げながら盾を振るい距離を取ろうとするのを、彼女は嗜虐の笑みと共に刀を引き抜き見送る。返り血が、少女の笑みを深めた。
仕切り直しかと思われた瞬間。
「やらせないよ!」
蒼唯が生んだ隙。そこを埋めるように、玲実が迫っていた。光る桜色の紋様が、より一層その色を深める。
一閃。
『刹那』による神速の斬撃は、盾を構える事を許さない。吸い込まれるように蛍火が天使の盾を持つ腕を断った。ギ、と硬質な音が響く。天使の悲鳴だ。
玲実は蒼唯と目を合わすと、頷いた。――いける。黒と銀、ふたつの色が交差するように、敵を追いつめていった。
プロントも、天使と対峙していた。天使は重厚な盾の向こうで、彼が自身の間合いに入るのを待ち構えているようだ。
「小賢しい。早速だが退場して貰うぞ。ここはお前のいるべき場所じゃ無いんでな」
冷たい殺意を伴った言葉と共に彼は駆ける。辿るのは、奇しくも蒼唯と同じ軌跡。
天使の槍の軌跡は、プロントの予測通り。速度を殺す事なく、間合いを詰める。鞘に収められた刃が、高音と共に放たれた。盾を弾くように放たれた斬撃は、次いで袈裟懸けに天使を斬り伏せる。赤い剣閃が、逞しい体躯に刻まれた。痛みに震える槍の柄が、横薙ぎに殴打するように振るわれる。
高音が、聖堂に響いた。
居合い。槍は柄の中程から、断ち切られていた。鍔鳴りの短音。
勢いを強引に断たれ、天使の体が泳ぐ。
「貰ったぞ‥‥!」
真燕貫突。達人の業は、相対する斬撃の痕に沿うように振るわれた。連撃が、FFを貫き、肉を割く。
天使は、声もなく崩れ落ちた。
聖堂の構造と通路の位置を把握すると、イレイズは通路の前に瞬時に移動する。神速の移動は、敵に反応を許さない。通路を背に、長大なガトリング砲を構えた。彼の前には、無防備に隙を晒す赤子達と、傭兵と交戦する天使達の姿がある。
「‥‥さて。断罪の時間だ」
呟きと共に、120発の弾丸が死の雨となって一体の赤子型に降り注ぐ。教会への被害は抑えたい。腕力で機銃のノックバックを押さえつけ、狙いを絞る。
赤子の周りで、FFを示す赤い光が散った。狂笑をかき消すような轟音。返すように、銃弾の向こうから、二本の矢が。それは彼の肩や胴に吸い込まれた。
衝撃が彼の体を揺らす。‥‥だが、それだけだ。
矢は鎧に弾かれ地に落ちる。彼は注意を引けた事を確認すると、怜悧な赤い瞳で敵を見据えつつ鉛の雨を降らせつづけた。
後方で戦闘を見つめる、イェーオリ。
(こんな天使、見たくなかった)
狂ったように嗤う赤子達の声と容姿が、不快だ。眼前にはただ闘争のみがある。少年は、血の世界の中で、傷つく者達を治療した。そうする事で、狂った世界の中に、ひとりぼっちで取り残されていたような感慨が薄れる。
彼は、弓矢を構えるラルスの影から、じっと見ていた。
――裏切り者。‥‥壊れたらいいのに。
傭兵達が振りまく暴威が、天使達を呑み込むのを、ただ、じっと。
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最初に敵の増援に気付いたのは、通路前に立つイレイズと、俯瞰していたイェーオリだ。
激化した戦闘音に釣られてきた男性型と赤子型、二体ずつ。
イレイズは和槍を下段に構える。
「虫の居所が悪くてな‥‥容赦はせんぞ!」
彼の槍捌きは堅牢の一言に尽きた。槍という長物を深く理解した立ち回りで敵を通路内に留めようとするが、一人で相対するには決め手が欠けた。敵を仕留めたプロントとラルスもそちらの対応にまわる。
聖堂、増援に気付いた天使と赤子達が反撃を開始した。狙いはアトレイア。
――構わない。
必殺の意思を込める。‥‥だが不意に、衝動に突き動かされていた脳裏に言葉がよぎる。
捨て鉢は許さないよ。
利華の声。想起した言葉に命じられるように、後方へ。二本の穂先が眼前を掠めるのを見届けながら着地。
「‥‥ギリギリ合格。あたしの前で、死なないで」
利華の声にアトレイアは詫びるように目を伏せるが、眼前から、赤子達の矢が迫っていた。姿勢が崩れていた状態では、それを避けられない。彼女は小太刀を構え、備えた。
「危ない!」
玲実の声。彼女は迅雷でアトレイアの前に立つと、急所を庇うように両腕を交差した。放たれた矢の多くは両腕に刺さったが、一本の矢が胸を穿ち、肺を破る。声なき女性が、音無き悲鳴をあげた。
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「オーバードライブ‥‥」
呟きは天使達の後方から。
蒼唯は身の丈よりも遥かに大きい獲物を振りかぶる。引き絞られた弓のような体から放たれた蒼刃が、返り血の赤を映す。
血飛沫の向こうには、小銃を構える鹿内の姿がみえた。
「天使様の役割、違わねーかい。これじゃ堕天使様のやるこった」
鹿内の言葉に、乱暴さが滲む。視線の先には、倒れる玲実と、治療する利華。そして呆然とそれを見ているアトレイア。
深呼吸。呼気に気合を込める。小銃を握る手に、自然、力が篭った。赤子に銃口を向ける。
「良―し、良し。悪い堕天使様は、去れ、ってな‥‥ビンゴ!」
放たれた弾丸は、次の矢を番えていた天使の眉間に吸い込まれた。赤子の視線と挙動が壊れた機械のように乱れ、落ちて行く。彼は最後まで見送る事なく、蒼唯に相対する天使型キメラに狙いを定めた。
「私は、大丈夫だから‥‥」
浅い呼吸を縫うように紡がれる玲実の声は、誰に向けての物か。アトレイアはここが戦場だという事を忘れて詫びるように、懇願するように、力強く玲実の手を握る。
必要な治療を終えると、利華は立ちあがった。手元のグローブ型超機械を、強く握りしめる。
「大切な物を奪われるキモチ、信じてる物に裏切られるキモチ、其れがアンタ達バケモノには解らないんだ」
赤子は、誇るように嗤っていた。どこまでも無垢な笑顔は、生々しい邪悪さに満ちている。
「その姿で哀れな迷える仔羊に差し伸べる手を血で濡らすんなら」
右手を、振り降ろす。
――あたしが、ソレを許さない!
グローブに組み込まれた水晶から、闇色の光弾が放たれる。それは赤子をFFごと呑み込むと、狂笑は、悲鳴へと変わった。
「人間を舐めないでよ。‥‥たっぷり憐れんであげる」
眼前の外道への怒りはまだ収まっていない。殴打のような一撃は、赤子の声が止むまで続いた。
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「その笑い声、些か耳障りです。‥‥お黙りなさい」
死を目前にしてもなお嗤う最後の赤子をラルスの矢が射抜くと、教会にはただ、死と暴力の影だけが残った。
「生存者は‥‥いない、か」
施設を見て回ったイレイズが、嘆息と共に言う。望みは薄かったが‥‥やりきれない。もう敵はいないのに、ただ、怒りだけが静かに燻っていた。彼は再度、嘆息と共にそれを吐き出すと、焦燥しているアトレイアに近づき、いった。
「何があそこまでさせるかは知らないが…自分の命くらいもっと大事にしろ」
先ほどの様子を見て、声をかけようと思ったのだろう。その言葉は、彼女の過ちをなぞるものだ。彼女は、ただ、頷くほか、なかった。
「‥‥今日初めて会ったばかり赤の他人を心配してくれている奴らの為にも、な」
それは、彼女を慮っての言葉だと分かった。彼女は、再度頷いた。彼の言葉は、忘れてはならないものだ。そして今、この涙は、流してはいけないものだ。だから、彼女はそれを堪えると、イレイズに頭をさげた。言葉のかわりに、ありがとう、と伝えるように。
イェーオリは、教会の中を改めて見てまわっていた。
――信じてたモノに、裏切られたんだよね。
だから、見たくなった。覚醒している今だから出来る事。
裏切られ、加工された死者達は一様に苦悶の表情を浮かべていた。それは、少年の表情とは異なるものだ。
心のどこか。何かがちらついた。
なんで僕は、この依頼を受けたんだろう。
問いに、はっきりとした答えはでない。ただ、何かを感じた。
覚醒を解く。‥‥唐突に、眼前の死者達が怖くなった。後ずさり、目を閉じる。
血の匂いも、苦悶の表情も、何もかも怖かった。それでも、彼の手を引いてくれる人は、此処にはいないのだ。
去り際、ラルスは祈りを捧げた。癒しの洗礼名をもつ彼の祈り。少しでも、傷ついた者達の心が癒されるように、と。優しい祈りの先には、戦場となった祈りの家がある。
‥‥そこは、戦闘が終わった今も、沢山の祈りに包まれていた。
――なんだかー、素敵ですねー。
その光景に、彼は沁み沁みと感じ入り、最後に一つ、感謝の祈りを主に捧げる。彼らが掲げる祈りの家は、ただ、そこにあるのだと、感じられたからだ。