●リプレイ本文
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宙空を手にした鋼の騎士達は、まるで戦乙女を先導しているかのように機動する。外付けブースターの咆哮が振動としてコクピットを揺らす中――彼等は星に包まれていた。
悠久の昔、彼方から放たれた光は宇宙を渡りこのソラを覆っている。
背には蒼い星。見れば、前方は一部を除いて光点に満ちていた。
「これが‥‥夢にまで見た宇宙か」
愛機を駆りながら、ヒューイ・焔(
ga8434)が言った。これまでに、そんな夢が脳裏を掠る事があった。憧れ故、なのだろうか。
無重力の感覚自体は擬似的にとはいえ体感したこともあるのだが――実質、人類初の宇宙でのまともな戦闘行動な上に、今回は護るべきものもある。
喉が鳴る。凝り固まった自分を、彼はどこかに感じていた。
「全天1080度、でしたっけ?」
望月 美汐(
gb6693)が言う。巡らした視界は確かに広い。強いて言えば、感覚の上では水中が近いだろうか。最も、違う所も多いのだが。
――広い。
これが新しい戦場だ、と感じた。
視線の先に、巨大な衛星を見据えた美汐は想いを告げる。
「‥‥それじゃあ、空を返してもらう第一歩を始めましょうか」
『聞こえてる?』
「あぁ、感度良好、聞こえてるぜ」
最後の打ち合わせに開かれた通信の中で、白瀬の声を聞いてガルシア・ペレイロ(
gb4141)は太い笑みを浮かべた。
――元気そうだな。
『現状を説明するの。知っての通り、私達は殆ど無傷でここまで来れているの』
『ガッハッハ! ここまでは順調だな、白瀬少尉!』
孫六 兼元(
gb5331)の豪毅な声も届く。
『そうなの。後は突っ込むだけなの。‥‥ただ、一カ所だけ、変更があるの』
『‥‥ん、どうした?』
鹿島 綾(
gb4549)が、疑問の声をあげた。北米で負った傷が痛むが、それをおしての出撃だ。
『先行した部隊がルート提示をしているの。私達は、そこをいくことに決めたの』
彼等の作戦の成否は未だ明らかではないが、抜けんとした彼等に惹かれて、敵も動いている。そのルートなら、一時的とはいえ相対する敵が少なく済むと説明し、了承を得た後に白瀬は通信を切った。
コクピットに、束の間の静寂が満ちる。
「‥‥荒事は得意じゃねぇが、守るための戦いなら、話は別だ」
変更する事となったルートを確認しながらガルシアは呟いた。
――それが、特に守りたい奴らのためなら気合の入り方が、違う。
視線の先には、衛星から放たれつつある敵の黒雲。それを眺めて、男は無事の帰還を願った。
――あの毒舌を、聞きたいしな。
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『敵機、接近! こちらも最善を尽くします――御武運を!』
ブリュンヒルデIIの直接の守護を担うアナートリィからの通信で、戦線は始まった。
この作戦、傭兵達は二班に別れた上で両翼に展開し、敵の『数』を減らす方針を掲げている。ルート変更に相対する敵の数は減っているとはいえ、向かって来ている敵の数が多い事には代わりない。
「‥‥」
これから先は八十秒間に渡るブースト機動の連続だ。綾は微かに操縦桿を握る手に力を込めた。A班は、綾を含め美汐、ガルシア、セージ(
ga3997)から成る。現在、セージは練力の都合で後方に控えており、そこに軍人4機を含めた計七機で右翼の守護を担っていた。
その先手は、綾。射程に捉えるまでの思考の空白に、するりと不安が滲むが――呑み込む。敵機の集団と、詰まる距離に思考を切り替えた。
「切り込む!」
言葉の直後、加速に負荷が乗る。詰まる距離だが――瞬後、凄まじい威力を秘めた幾重もの弾頭が綾機から放たれる。着弾を示す爆発はキメラに喰らい付き、噛み千切る。
『手早く行かせてもらいますよ!』
そこに美汐、ガルシア機が続いた。軍のKVはガルシアの要望で突破した敵を目減りさせるべくやや後方に位置している。
二機は突撃銃を唸らせながら、綾の先制で傷ついた敵を優先し撃ち落とし、スコアを稼ぐ。その中で、美汐は僚機の間を上手く調整するように機動し、敵の群れに相対しつつも効率的な立ち回りを実現していたのだが――直に、彼らはそれに気付いた。
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「無粋だね、相変わらず」
――コレが宇宙か、なんて。感慨に耽る暇はないか。
鳳覚羅(
gb3095)は吐き捨てる出も無く淡々と言った。星の光を遮るように、こちらへと至る敵影。幾つもの血を流させて来た敵。
――宇宙への、足掛り。成功させないとね。
詰まる距離に、戦闘機動へと切り替える。瞬間、機体の制動に変化を感じ――次の瞬間には敵機との相対を果たして行く。
左翼。B班を構成するのは、覚羅、孫六、ヒューイ、奏歌 アルブレヒト(
gb9003)。奏歌は、高高度領域での作戦にも参加していたため遅れており、傭兵機は三機のみだが、彼等は特に気負うでもなく、こちらは軍のKV四機と共に往く。
『ようやく地球人類が、あの赤い星の喉元に刃を突きつけられる所まで来たか!』
敵が迫ると、心が昂る。孫六のあり方は、武人に近しい。
『人類存亡の天王山! この作戦、しくじる訳にはイカン!』
快活に言い捨てた後、男は照準を据えた。本来なら切り結びたい所だが――それを振り切って。
『行くぞ!』
ブーストし、先行するヒューイの気勢に砲声が続いた。覚羅機、孫六機から二百を数えるミサイルが放たれる。狙いは先行して突破を図るキメラ達。着弾の後、戦場に血肉の華を咲かせる。地上とは異なる戦闘風景。
『ほらよ、喰らいな!』
切り込んで行くヒューイが突撃銃を掃射。赤黒い血肉が舞う。相対する速度は凄まじいが、敵の数も多く――何より、動きが直接的だった。
その動きは、まるで――。
『ぬぅ! ‥‥ワシらを無視しおるか!』
敵からすれば、遥か遠景。迫るブリュンヒルデIIへとめがけて、キメラ達は一直線に機動していた。
――まるで、何かに導かれるように。
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「そう」
艦橋に立つマウルは、その報せにむしろ安堵を覚えた。
この戦場でのルールを敵が認識していなかった場合、彼等は犠牲になるがブリュンヒルデの接近は容易に果たせる。勝ちは拾えても――そうならなければいい、と祈ってすらいた。
「‥‥良かった」
突破してきた敵の第一陣と交戦を開始する軍KVを遠くに見据えながら、彼女は静かに零した。
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「十全な状態なら何とかできる自信はあるのですけど‥‥今まで以上に厄介ですね、本星型は!」
美汐が舌打ちと共に、言う。
キメラの迎撃を優先しながら本星型の対応をしようと思ったのだが、予期せぬ敵の勢いに突破を赦してしまった。キメラの対応をしてからでは、本星型を追撃するには速度が至らない。迫る新たな敵群を見据えながら、次の動きのイメージを組み立てる。彼女は、敵群にある本星型の存在が気にかかっていた。
『次はどうする、本星か?』
やるなら合せるとガルシア。臨機応変を為す適切な要所も、致命的な領域も未だ明らかになってはいないが今ならそれを試す事も出来る。数を重視するB班との比較もできるかもしれない。重体の綾の消耗が気になる所ではあったが、
『大丈夫だ、行こう』
『‥‥ああ、了解』
綾が応じ、男はそれを容れた。
その時。
『ヒーローは、遅れてやってくるってな‥‥すまん、燃料が足りなかったんだ』
迫る敵群とほぼ同時、セージが合流を果たした。
自分は、宇宙にいる。最高の舞台に自分は立ったのだ、という感慨が胸を焦がすのを感じながらの言葉だったが、少し気恥ずかしさが勝った。
『聞いてたな?』
『ああ、道をつけよう。だが、俺達のやる事は背中を踏ませる事じゃあない。背中を見せる事だ』
「‥‥そうですね。きっと、マウルさん達もそれを望まないはずです」
邂逅まで数瞬。本星型への流れを築いた美汐は、血色の瞳でただ、敵を見据えた。
●Side:B
B班は、突破を図る敵を穿ち続けていた。孫六は突破していく本星型に対応せんと追従しようとはしたのだが、突破を図る敵は本星型だけではなかった為に、数を減らす事にした。
七機で火力を集中すれば、数は多くても削る速度は上々。
『わらわらと‥‥やれやれ。さすがに、数が多いね』
覚羅機『アズラエル』から、淡い光を曳く黒雲に対してミサイルが放たれると、爆炎と無声の悲鳴が轟く。
『そこだ!』
ヒューイ機は、群れて突き進むキメラ達に機首を重ねるとグレネードが打ち込まれる。爆炎は、密集して迫るキメラ達を呑み込む。寡兵の戦い方としては正しい、が――。
『‥‥これで、まだ居るんだからな!』
だが、戦い始めるといつの間にか震えは消えていた。闘志を剥き出しにして、男は声を張る。
その時。
『ガッハッハ! 来たか!』
「‥‥お待たせしました」
高高度での作戦の後、機体を替えた奏歌機が外付ブースターを切り離し、合流を果たした。
凄まじい速度を慣性に残したまま、側面から黒翼の燕が喰らい付く。
「システムオールグリーン‥‥マルチミサイル‥‥ハッチ全開放。‥‥目標、前方ワーム群」
視界には、無防備に脇を晒す敵だけだ。
「‥‥発射」
敵機が密集している放たれるのは暗いソラを貫くプラズマの軌跡。血は焦げ、後続に弾かれたキメラの遺骸が弾ける様を橙色の瞳で捉えながら、奏歌は味方機の編隊に加わる。
「‥‥本星型は、突破しましたか」
残ったHWとキメラを曳いて、本星型は突破を優先していた。非効率的ともとれる運用だが――答えは瞬後に示された。
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衛星から一条のレーザーが放たれた。
傭兵達に放たれたものではない。守るべき戦乙女もその範囲上にはない、が。その軌跡で爆ぜる影があった。
「‥‥G5弾頭?」
KV規模では殆ど有り得ない火力すらも見せ札に切る光景を目にして、傭兵達はこの戦場の構図を理解した。
接近を図る戦乙女。それを拒む衛星。
小回りが効く前者と、射程に勝る後者。
この戦場――どちらが主砲を先に敵に叩き込むかに尽きるのだと。
何よりも突破を優先する本星型の動きは――むしろ、敵の焦りを反映しているのだと。
『ガッハッハ! ならばワシらは最強の盾となろう!』
孫六の覇気の満ちた声が戦域に響いた。
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「行きます!」
美汐の声。幾度目かの交戦に傭兵達の機動は素早い。
先行するキメラには全力で当たる事なく後方の軍KV達に託しながら、彼等はある一点――通常型HWと、それに守護される本星型。中衛から後衛に位置する敵機を見極め、喰らい付いた。
綾が残るK−02を打ち込みキメラの覆いを引き剥がすと、それが剥き出しになる。
周辺からそれを阻止しようと湧きあがるキメラとHWだが。
『悪いな、この距離で外せる程、器用じゃないんだ』
『俺達の戦乙女はやらせねぇぜ!』
距離を詰めるセージ機と、脇を固めるガルシア機が蓋をするように狙い撃ち、抑えに回る。残る本星型に、綾機と美汐機が牙を剥く。濃密な火線。こうまで喰らい付かれては本星型も逃れる術を持たない。強化FFを纏うが続く火力の集中にエネルギーを割かれていく。
無論、これまでよりも敵の反撃は勢いを増す。多くのキメラを突破させる事を優先させながらも、本星型や中型を初めとして、傭兵達は結果的にこれまでより多くの敵と相対をする必要がでてきている。
『しぶとい!』
舌打ちを零しながら、綾。時間制限がある中で本星型の練力の枯渇を狙って壮絶な火力を集中させていく。美汐も突撃銃で一撃を重ねて行くが。
軍KVに取りこぼしを頼んでいる都合上、この場では僅かに手数が及ばない。
『ちっ、次が来ているぞ!』
「本当に、厄介ですね」
損傷を負いながらも抜けて行く本星型を尻目に、更なる敵群との相対を果たす。止まぬ敵の流れこそが、厄介な敵でもあった。
――でも。
「‥‥効果は、あったかもしれません。後は中尉達に任せましょう」
美汐が、言った。本星型を置いて先行したキメラ達が統制を乱すのを目にしていたからだ。
『ガッハッハ! そぉれ!』
孫六機から重力波を乱す装置が撒かれる。全てを落とす事は叶わないと知りながら、最善を尽くそうと死力を尽くしていた。斬撃のような鋭さで射程を詰める際に被弾を抑える「乱波」は良く機能した。
『もうひと踏ん張りだ! 行くぞ!』
ヒューイの叱咤が飛ぶ中、幾度目かの敵の群れとの交戦。ブリュンヒルデは至近へと至りつつある。終わりが、見えつつあった。
『オォッ!』
ハヤブサがソラを引き裂いて、往く。翼に据えられた刃がキメラ達を引き裂くのを捉えながら、奏歌と覚羅は制動が乱れた敵をレーザーガンで狙撃していく。ミサイルポッドの弾が尽きて以降は時折スキルを併用し、撃ち抜くしかない、が。それに見合うだけの成果を、キメラ達の遺骸に見出せている。二人にとっては、急拵えの宇宙用機体だが――よく応えてくれた。
『さて。こんな所で逝く気はないよ?』
終わりの予感に、覚羅は嘯いた。
帰る所がある。その為にも――此処は抑えなくては行けない、と。
最後の攻防。その果てに、彼は光が宿るのを目にした。
それは、この戦場の、終わりを刻む光だった。
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艦橋は騒然としていた。自艦を覆う敵への対応と、敵レーザーの予測回避、Dレーザーの発射準備の指示が矢継ぎ早に飛ぶ。
「Dレーザー射程内まで、あと十秒なの」
「中尉、本星型を!」
『やっています!』
傭兵達の戦果か。傷ついた本星型を撃ち落とした際、キメラ達の制動が乱れる事が明らかになっていた。回避の為の空間を推力で押しのけるには、キメラの数とその制動が障害になるが。
「出力反応確認!」
その時が、来た。
「転舵! 衝撃に備えて!」
戦乙女の機関部が咆哮し、機動する中、マウルは艦橋から敵衛星の光条を、焼き付けようとするように見据える。
放たれた光条は夜闇を切り裂き――
衝撃が、戦乙女を包んだ。
「被弾しました!」
だが――それは、ほんの僅かなもの。次の瞬間には、安定を見せている。
瞬後。見据える先には、衛星。
「Dレーザー!」
『いつでもいけるぞ!』
「発射!」
衝撃は、むしろこちらの方が大きかった。
その事にマウルは傭兵達に感謝を飛ばしながら、再度その輝線を辿る。
そして――。
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『よぉ、元気か白瀬?』
「‥‥『度々の』回収作業、ご苦労様なの」
衛星は、爆散した。
撤退する残存戦力を艦載戦力とブリュンヒルデで駆逐していく一方で、傭兵達は練力が尽きた機体を、余力があるもの達が回収して回っていた。
白瀬がどこか不満げに応えるのを聞き、ガルシアや事情を知る者はくつくつと笑っている。
『ありがとう、皆』
そこに傭兵と軍、いずれにも開かれた通信でマウルは言った。
『私達は、この宇宙に第一歩を踏み出したわ。流れた血は多かったけど、彼等の犠牲に応える事が出来たと思う‥‥ううん、これからも応えて行かなきゃいけない』
マウルは僅かな間をおいて、続けた。
『願わくば、解放のその時まで一緒に頑張りましょう』
『‥‥以上。作戦は成功よ。‥‥本当に、ご苦労様』
幾重にも渡る作戦の終了を告げるマウルの言葉に。
歓声が、ソラに響き渡った。