タイトル:【追想】キンモクセイマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/30 19:07

●オープニング本文



 日が落ち、また、昇る。
 その繰り返し。陽をいれるための窓からかかる陽射しが、新しい一日の始まりをベッド上の私に教えてくれている。

 私の身体が凝り固まったり、身体が傷まないように手を取ったり、姿勢を変えてくれる人が訪れる以外は、とても、単調な毎日。
 でも――安らかなものだ。
 暖かな陽は、世界の優しさを伝えてくれるし、柔らかい夜は私の心に沁みる。

 もっとも、それに気付くのは稀で‥‥私は殆どを眠りの中で過ごしている。
 ただ――ふとした時に外に目が向いて‥‥その事に気付いて。
 ‥‥たまらなく愛おしい気持ちになる。

 人は、眠りの中で、人は死に備えて行くのだという。
 そうして、安らかにその時を迎える事ができるんだよ、って。
 ‥‥神職についていた父が昔、教えてくれたことだ。
 支配される以前の、幸せだった頃に。
 まだ幼くて、死ぬという事に怯えていた私に、永遠のお別れについて、教えてくれた。

 ‥‥だとしたら、私のこれも、似たようなものかもしれない。


 鈴虫の音が、夜の静寂を打つのが聞こえる。
 この香りは――キンモクセイ、かな。


 考えているうちに、眠りが私を包みつつあるのを感じた。
 私にとっての一日が、終わって行く。

 ――ありがとう。

 いつものように、私はそれだけを想って。
 静かに、安らかな眠りへとおちていった。

●参加者一覧

智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
フェイル・イクス(gc7628
22歳・♀・DF

●リプレイ本文

●cantabile
 智久 百合歌(ga4980)は、北米の夜の中にいた。依頼は順当に終わり、あとは帰還を待つばかり。
 優しく、柔らかな夜の中、彼女は部屋を後にした。
 手には楽器ケース。
 彼女の相棒だ。

  ・―・―・

 まるで眠っているよう。
 外に出ると、静けさがより身近に感じられた。
 歩みに、音が生まれる。
 ブーツの短音と――それに紛れるような武器の音。
「‥‥このご時世ですもの。武器を手放させないのは、少し残念ね」
 つい、苦笑してしまう。
 そう思わせる程に綺麗な夜だった。
 静寂に霞む月。満ち欠けの狭間のそれは暗い夜に彩りを添えている。

 ――。

 小さく、私の歩みにあわせて再度武器の奏でる音が沁みた。
 ――貴方達も、私の相棒だものね。
 今の私にとっては、いずれも欠かせない『だいじなもの』だ。
 共に歩んだ軌跡を思い返しながら、あても無く歩く。
 ふと。
「‥‥あら」
 足が止まった。
「この香り。珍しいわね」
 金木犀の――秋の香り。
 それを手繰るように、再度歩み始めた。
 目的を得た歩みが、細かな旋律を刻んで行く。

 細かな路地を行く。
 香りが強まる中、暗がりを抜け――私は息を呑んだ。

 そこにあったのは小さな、空き地。
 荒れ果てたそこで、金木犀の樹を月光が照らしている。
 優しさに彩られたそこは――まるで、ステージのようで。
「‥‥折角だもの、今日は此処で歌いましょうか、Janus」



 静寂が夜を舞う。その中で、左手を冷気に馴染ませた。
『言葉奏でる音色』。
 私の音を、そう評してくれる人がいた。
 ‥‥もし、本当に私の音が言葉を奏でているのなら。
 弓を重ねる。
 想起されたのは、もう二度と音を奏でる事のない時の彼方の仲間達。
 ――届いて。
 想いと共に、奏でた。
 力強いロングトーンのヴィブラートが木霊する。

 私は、今日も生きている。戦っている。
 未来へと、音を紡ぐ為に。
 だから――見守っていて。

 想いのままに、鳴らす。
 楽士と傭兵の両立が出来ずにステージを降りた私を、彼らは不器用だと笑うだろうか。
 それでも‥‥彼等なら解ってくれるだろう。
 私の『真実』を。

 奏でられる音に、際限なく想いが湧く。
 愛しくて。
 ただ、この世界の音楽が、愛しくて。
 それを――取り戻したい。

 それが、私の『真実』。

「‥‥そういえば、金木犀の花言葉って」
 湧きあがった感慨に、微笑が深まった。そして、小さく、言葉にした。
 ――聞いてくれてるかしら。私の真実の音。

●刻命
 ある一室。
 家具など僅かなもので、据えられたベッドが目を引くだけの殺風景な部屋だ。
 煙草に燻された室内には、独特の香りが籠っている。
 その中で、ブレイズ・S・イーグル(ga7498)はベッドに長身を横たえ、書類を眺めていた。
 そこには――彼の刻限が、記されている。

  ・―・―・

 ――いつだったか。
 突きつけられたそれに思い出すのは痛みの記憶。
 夥しい失血に暗い闇へと墜ちて行く、死の記憶。
 痛みだけが生を感じさせる中で、俺は必死にそれに喰らい付いた。

 そして――目が覚めた時、俺が目にしたのは作り物の四肢と傷口から滲む白い人工血液だった。

 必要な措置だった。そう言った専門家はご丁寧に余命も告げていった。もって数年だと。
 生きるために必死に喰らい付いて、結果として明確な死を叩き付けられた。
 とんだ皮肉だ。だが――悪く無いとも思った。戦う為だけの存在。今まで通りじゃねぇかと。
 怪我には慣れている。戦い始めれば、身体を蝕む痛みはどこかへと飛んでいく。
 それが終われば‥‥痛みが生を感じさせる。
 上出来だ。

 理から外れた人工血液を身体は拒んでいく。
 肌が割れ、肉が裂ける。誤摩化すように血を入れ替えても、身体は少しずつ朽ちていく。
 あの時に帳尻を合せるように俺の身体はゆっくりと死んで行く。
 歪な生命だ。いつ果てても悔いはない。
 そう思って――ただ、剣を振っていた。

 だが。
 それでも――俺を人であり、まだ友人なのだと慕ってくれたヤツらがいた。
 ソイツらのおかげで――何かが明確に、変わった。

 傭兵になってから‥‥これ程嬉しかった事があっただろうか。

 思うさま生を感じ、その先で死ぬ為に戦うのではなく生き延びて僅かな余生を楽しめ、と。
 ‥‥楽しむ事ができるのだと教えてくれた。

 だから、決めた。
 足掻き続けると。
 俺はまだ、死ぬ訳には行かないと。


「―――ッ!」
 朽ち行く身体が俺の意志を嘲笑うように、咳き込み、血を吐いた。
 身を起こしてそれを吐き捨てながら‥‥傍らにあるアイツらと『アイツ』の写真を、手繰る。
 ――執着の証だ。

「もってあと一年‥‥か」
 記された刻限を、笑い飛ばす。
「ハッ‥‥上等だ!」
 診断書を丸め込め、片隅のゴミ箱へと放り投げ、言い捨てた。

 暗い室内に響いた声に応える者は居ない。だが――それでいい。
 今はただ、身体を休ませる。少しでも長く戦えるように。少しでも長く――足掻き続ける為に。

●紅に添えて
 LHに在る墓地。
 遠くから漂う海風は優しく温かなものだ。百地・悠季(ga8270)は乳児をかき抱きながら、慰霊碑へと手を合わせた。
 そこには両親の身体は眠ってはいない。ただ象徴として在るだけだ。
 いつからだろうか。
 悠季が、その事を受け止められるようになったのは。

  ・―・―・

 ――あと二ヶ月も過ぎれば、名古屋攻防戦での被災から丸四年が経過するわね。
 遠く、長きを思い返すように語りかける。
 もちろん返事はない。それでも‥‥ここは、記憶の眠る場所だった。
 被災――別離の記憶。

 戦争の合奏。逃げ惑う人の群れ。
 ‥‥血塗れの感触。

 当時はいずれも不安を掻き立てるものでしかなくて。
 沢山の戦場を巡った今でも――記憶の蓋が外れると、心が曇る。
 それでも、多少なりとも向き合えていられる。
 傭兵としての日々が――そこで得た絆が、今のあたしを形作っている。

『あの』瞬間を目の当たりにして。
 不格好な機体の姿を目に焼きつけ意識をなくした後、気がつけば避難所にいた。
 慌ただしく認容し難い現実にただ茫としていたあたしに、周りの人々は仕事を託した。
 託して、くれた。
 ゆっくりと壊れていくだけだったあたしは、おかげで踏み止まる事ができた。
 誰も彼もが奔走する中で、周りにはいつだって子供達がいた。
 あの子達に振り回される形で、困憊の果てにある眠りは、安らぎに近しくて。
 手を伸ばせば、だれかに届いた。
 温かなその熱はあたしを癒して‥‥心に沁みるように、子供達の存在が馴染んで行った。

 それでも、別れは訪れる。
 結果的にそれは欠落したあたしを乱して――戦場へと誘った。
 自暴自棄にくれ、我武者らに生きて――疲れ果てて。

 あたしは、一人では立っていられないんだと知った。

 幸運だったのは――そこでの数々の出会いだった。
 友を得て、戦友を得て‥‥親友を、得て。
 ――今の旦那と、結ばれて。
 そうして今、あの時の熱を授かる事が出来た。
 手に届くそれが――大事な楔になっている。

 今日は、その事を告げにきたのだ。
「父さん、母さん。――孫娘の、時雨よ」
 大事な、名前を。
 時雨は腕の中で気持ち良さそうに眠っている。その様が、愛おしくて。
「‥‥まだ、早過ぎたかもね」
 つい、笑みが浮かんでしまう。
 こうやって、笑う事が出来るようなったのよ、って。
 その事を墓前に添えて、あたしはそこを後にした。

 ――今度は、ちゃんと三人で来るわね。

●はじまりの国
 北米、某所。
 未だ荒廃の残るそこは、かつての襲撃の名残が残ったままだった。
 そこに在る集団墓地の一角で鹿嶋 悠(gb1333)は墓石を清めて行く。
 そこは、捨て子だった彼にとって最初の家族――ストリートチルドレンの仲間達が、眠る場所だった。
「さて、墓参りなんて此処を離れる時以来だな」
 ――皆、ただいま。

  ・―・―・

 墓前に菓子と酒を供え、自分の杯に持参した大吟醸を注いだ。
 ――何から話そうか。
「ここを離れて十数年‥‥あっという間、だったな」
 でも、話しだしたらきりがない程、色々な事があったよ。

 戦闘に巻き込まれて‥‥俺自身も重傷を負って。
 戦時が幸いして日本人の医者が診てくれて、それだけじゃなくてお人好しの彼は、俺を引き取ってくれた。
 そして俺は、『鹿島 悠』になった。

 新しい家族も出来た。世話のやける妹分達だ。

 能力者になって、色んな人達と出会って、仲間を得た。
 そして――時に、失って。
 良い事ばかりな人生では無かった。それでも、一歩ずつ歩んでここにいる。

 そして――恋人の事も。
 戦争の最中なりに――なんとか、上手くやっているよ。

 言って、どうしても照れくささが先に立ってしまう事に気付いた。
 誤摩化すように手にした酒を、呷る。
「そ、それから」
 ‥‥一番大事な話をしよう。

 ――多分俺は、この事を言いに来たんだ。

「傭兵‥‥能力者になった頃は、俺達のような人を一人でも少なくしよう、って。‥‥一人で馬鹿みたいに頑張っていたよ」
 至らない、かつての青さに我が事ながら苦笑してしまう。
「でも‥‥今はもう、そんなことはしない。今は、俺の帰りを待ってくれている人‥‥これからを、一緒に歩んで行きたい人がいるし、ね」
 ――無理してそっちに行ってしまったら、皆にリンチされちまうだろうしな。
 昔のような気安さで言う。寂寞に似た何かが胸を突くが――笑って、酒を呷った。

 俺は、誰かの為に戦いたい、って思うようになったんだ。
 その事を、此処に刻みたかった。

「‥‥さて、今日はもう帰るよ」
 気付けば、もう日が傾き始めていた。
「次は戦後かな。‥‥そうなったら、今度は大事な人も連れてくるよ」
 まだ、話していない事は沢山ある。それでも――生きている限り、また会えるのだから。

「それじゃ、また」
 言って、俺は墓地を後にした。
 漸く彼等と向き合えた事を――まるで、あの頃の自分が誇っているような、そんな感慨と共に。

●Awakeness
 秋も深い。だが、高くのぼった陽にまだ温かさを含んだ風がフェイル・イクス(gc7628)の頬を撫でる。
 ふわりと翻る柔らかな金髪が陽光を返して映える中、女は海色の瞳を楽しげに光らせていた。
 フェイルは今、ラストホープ内のオープンカフェにいる。そこで彼女はティーカップが音を立てぬように撹拌しているのだが――それでも、ざりざりと耳に馴染まぬ音が僅かに鼓膜に届く。
 見れば、彼女の傍らには既に中身を投下され尽くされて空になった角砂糖入れ転がっていた。
 そして、異音の正体に気付いた者は目を背け、紅茶への冒涜だと声高に主張したくなるような光景だが――彼女はそれを躊躇う事なく口につけた。

  ・―・―・

 ――甘い。
 口に含めば、痺れるくらいの甘さが脳髄を叩く。
 待ち望んでいた感覚に、私は溜まらず息を吐いた。
 嗜好の充足は、最高の贅沢だ。
 脳が糖分で満たされつつあるのを感じながら――私は過去を想った。
 能力者になってからの記憶。

 思い返すとそれは、温かな紅茶よりもなお脊髄を震わせる、甘美な記憶。
 嗜虐と痛みに彩られた、最高の一時だった。

 手に馴染む小銃のキックバック。放たれた弾丸の軌跡は心が躍った。
 狂笑を浮かべて爆散する赤子型のキメラに彩られた歪な戦場。
 悲憤を訴えながら死んでいった強化人間に至っては、彼処に立てた事を神に感謝すらした。

 奔流のような嗜虐の波を、心のままに堪能し尽くした。

 自分はひょっとしたら、という予感はあった。――期待も、また。
 ただ、それが極々自然に魂に馴染み、それを堪能している自分が、怖くも感じられた。
 底なしの衝動に恐怖を感じる一方で――、
「‥‥でも、前に立ちはだかる敵は完膚なきまでに潰しませんとね」
 それこそが自然な形だと思える事もまた、事実で。
「‥‥どちらが本当の私なのでしょうね?」
 自問に、答えはない。

 閉塞した気分だというわけでもないが、何気なしに配されていたチョコレートケーキを口に運べば、紅茶とは異なる苦い甘みが口腔に広がり、濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。
「‥‥あら、美味しい。隠れた名店ってやつかな」
 この店は、心のメモ帳に書き込んで。
 そうしながら、端末で心が躍りそうな依頼を探して行く。

 そう。
 私はもう――暴力に、囚われている。

 それだけは、紛れも無く事実なのだと感じながら。

●Garnet ―『柘榴』石―
 南米、エクアドル。
 既に日は傾き始めており、紅く染め上げられた大地を見渡せば、ある一点には未だに血の痕が残っている。
 地に墜ち、潰れた柘榴のような‥‥エドゥアールの、残り香。
 物語の終結の地となったそこに、ラナ・ヴェクサー(gc1748)は独り立っていた。
 ただ、綯い交ぜになった感情に整理をつけたくて。

  ・―・―・

 ‥‥いつから、歪んでしまったのだろう。


 切欠は――母だろう。
 母を通して、世界の汚さと苦しさを嫌という程押し付けられた。
 そうして、本当の私なんて一度も見ないまま――男と共に、去って行った。
 見返シテヤル/――見テ。
 そう思って‥‥自分を殺して、ただ、彼女を見返すためだけに生きて来た。

「‥‥いつまで、続くのかな‥‥」
 試行に果てはない。ただ、その中で、知ってはいけない物に触れてしまった。
 家族。恩人。友人。奇縁。
 甘美なそれは、私の胸中によく馴染んだ。
 馴染み、過ぎた。
 余りに優し過ぎて‥‥堕落の予感が、色濃くて。
 強欲が母と重なって警鐘を鳴らし――それでも認めて欲しいと願ってしまった。

 そこに――中野詩虎の亡霊が、取り憑いた。
 私はどこまで行っても雑草のまま、見られる事の無いままにあの男は死んで。
 そこで理解してしまった彼の妄執は――復讐の輪廻は‥‥心地よかった。

 敵は私を見てくれる。
 傷は私を駆り立てる。

 そうやって、敵を見つけては噛み付いていた。
 アリスンやゼーファイドは、そんな自分を相手にしてくれていた。
 只管に、まっすぐに。
 ‥‥それが、嬉しかった。

 なんて、浅ましい。
 情けなくて――自分を殺せない殺戮人形に、意味なんてないのに。

 涙が溢れるのを、堪えられなかった。

「‥‥捨てたい、よ」

 相手がいないとダメで。
 認められないとダメで。
 欲深くて、不安で、誰にだってそれを求めて、押し付けてしまう。
 愛に飢えて、尻尾を振って。
 それでいて、相手のことなんか、見もしない。
 ‥‥母と、一緒だ。
 誰かを喰らう事でしか、自分を表現できない自分が‥‥そこにいた。

  ○

 帰路につく足取りは重い。
 知りたくは無かった。でも‥‥この気持ちを知れたのは、収穫だった。
 母と同じは、嫌だ。
 いつかは変えなくちゃいけない‥‥そう思えるようになったのは。
 ‥‥彼等のおかげ、だろうか。
 だから。
 今日の事を心に刻んで、これからを歩んで行こうと。

 そう、決めた。