タイトル:Living willマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/08 14:59

●オープニング本文



 娼婦の夢は綺麗だった。

 戯れ言の応酬には、時に本音と錯覚するような物すらあった。
「金なら、出せるぞ」
 口をついて出た事は、数知れず。彼女はその度に、俺の言葉を戯れ言だと言い、自身の言葉も戯れ言なのだと言った。俺がその都度、冗談混じりに言っていたのも悪かったのかもしれない。だがまぁ、お互いに逃げ道は用意していた方が気楽で、お互いの為でもあったのだから、仕方が無い事だとも思う。


 傭兵になったのは、バグアへの復讐のためだった。
 俺は家族を失い、友人を失い、従軍した先で、仲間を失った。
 度重なる喪失は、その度に悲しみと怒りを生んだ。
 軍ですら失った俺は、一人を選び、傭兵になった。以降、身を焦がすような衝動に突き動かされるように、俺はバグアと戦い続けた。

 沢山のキメラを殺した。強化人間も殺した。ひょっとしたらヨリシロもいたかもしれない。親バグア派の人間も、殺した。
 俺の復讐は、失った物に見合う物を求めて、ただひたすらに狩り続けた。

 だが。

 怒りも、悲しみも、永遠に持ち続けられるものではないのだと知るのに、そう時間はかからなかった。
 何故殺すのかを自問して、かつてと違い論理的な答えをだすようになった事に気付いた日の晩、初めて俺は女に逃げた。


 娼婦の夢は綺麗だった。

 明日も知れず、ただ孤独に生きて来た我が身。何かを残す事はできないと思っていた俺だが、彼女の夢を後押しする事くらいは出来るように思えた。たとえ本当に戯れ言だったとしても、それでもよかった。どうしようもなく、綺麗に思えたのだ。理由にはそれで十分だろう。

 しかし、数多のしがらみが俺を戦場に縛り続けていた。だから、俺はいずれ彼女を残して死ぬだろうという確信があった。その時のために出来る事を、と思うと自然、出来る事は限られていた。

 だから俺は‥‥。


「ある傭兵の遺書が見つかったンだよ、ブラザー」
 これだ、とラテン系オペレーターが提示した遺書には、彼の半生と、彼自身の遺産の在処が記されていた。そして、遺産の使い道に関する願いも。

――彼女がまだ、夢を抱いているのなら。この金を、彼女に。

 彼が死に、契約の更新がなされる事がなくなった貸し倉庫には、ただ遺書だけがあったという。
「でだ。この遺書に記されている場所だがな。厄介な事に‥‥絶賛、キメラが闊歩している街にあるンだ。とうの昔に人類が破棄した都市に、な」
 彼女に残した金が、望まぬ形で何者かの懐に入ることを恐れての事だろう。彼は、金庫ではただ在処だけを示し、金の在処にはキメラ達がいる場所を選んだ。自分以外何物をも恃む事が無かった男は、最後の願いを、自分と同じ傭兵達に託すことにしたのだろう。
「ただまァ、このキメラたちが少々厄介でな!」

 ラテン男、曰く。
 この街は、種々のキメラが複雑に絡み合い、警戒網と防衛網を確立した。

 兎のような小型キメラは、街のいたる所に散らばり、外敵を発見次第、警報をならす。
 翼が生えた人型のキメラは、街の四方の塔で待機し、兎キメラの警報を受けて空から急行し、外敵の排除を行う。
 そして、街の中心で眠る獅子のような姿をした大型のキメラは、兎キメラの警報が一定時間を越えると目覚め、その場所に向かうと、破壊の限りを尽くす。

「‥‥とまァ、キメラはキメラなりに、あの街をしっかり掌握してやがるワケだ。ブラザー達にはこの街で、遺産の回収をしてもらいたくてな! だがまァ、なんだ。あの街は現状取り返す予定もないし、すでに街の殆どはでけェキメラのせいでボロボロだ」
 そこまで言うと、ラテン男はニヤ、と片方の頬だけで器用に笑った。そして彼は、その表情のまま、大きく息を吸うと、言い放つ。
「だからまァ、俺の裁量で許す! 方法は問わない。好きにやってきていいぞ、ブラザー! 死人の我侭だが、最後の頼みだ! 叶えてやってくれ!」
 一息にそう言うと、ラテン男は、どや顔はそのままにブリーフィング室を後にした。彼は、自身の裁量で許す、とは言いはしたが‥‥この件に関して、彼には一切の裁量などありはしないので、恐らく、一度言ってみたかった、その程度の理由なのだろう。ブリーフィング室は曖昧な空気に包まれていたが、相談すべき事がある。傭兵達は、気を取り直すと、相談を開始した。

「‥‥やれやれ。もっとこう、楽しく、幸せになろうと思えなかったのかね。女々しい野郎には、生きにくい世の中だゼ、ったく‥‥」
 先ほどとはうってかわって、不機嫌そうにもみえるラテン男の呟きは、誰にも拾われる事なく、ULT本部の廊下に響いた。

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
Letia Bar(ga6313
25歳・♀・JG
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
レイヴィ(gc5310
19歳・♀・DF
河端・利華(gc7220
16歳・♀・ST

●リプレイ本文


 人々の営みの残滓を打ち崩し、その残り香の上に積み上がった瓦礫の城。そこはキメラ達が支配している寝ずの城だ。
 蒼天の下であろうと、かつてそこにあった温もりは既になく無機質な埃の冷たさだけがある。

 西。大通りに立つのはこの街に来た者のうち、四人。彼らが歩を進める大通りは、至る所で舗装がひび割れ、過去この街で行われてきた戦闘の余韻を示している。朧 幸乃(ga3078)は、兎型がひしめく大通りの様子をみると、小さく溜息を吐いた。この様子では獅子型を起こさないのは困難だろう。
「面倒なこと‥‥」
 呟きは何に向けてのものか。彼女はこの依頼を受けてから、そのしんと冷えた胸の奥で、ざわつくものを感じていた。

 最も西側に立つ一匹が、傭兵達に気付いた。薄汚れた灰色兎の毛が逆立ち、大きな一つ目が赤く輝く。次いで、悲鳴のような高い鳴き声を上げた。その声に、付近にいた兎達が一斉に振り向き、数多の赤い輝きが傭兵達を捉えると、大通りが血のような赤色に染まっていく。

「『目の前のご馳走に感謝!』‥‥と。何も考えずに‥‥暴れるだけでいい、っていうのは‥‥久しぶりだから‥‥ね」
 戦闘の予感に、眼前の赤光に染め上げられた霧島 和哉(gb1893)が言った。その呟きも、時折交じる調子外れな鼻歌も、徐々に高まる兎達の合唱に呑まれていく。
「ま、予定どーりッスよね!」
 呵々と声を張り上げて笑うのは植松・カルマ(ga8288)。彼は手に弓を構え、獅子キメラがいつ起きるのかを楽しげに待ち構えている。
「‥‥来たな」
 言葉は杠葉 凛生(gb6638)のものだ。煙草をくわえた彼が見つめる先。南北の塔から翼人キメラからなる黒い煙が吐き出されていた。それを確認すると、彼は慣れた手つきで拳銃の安全装置を外し、静かに紫煙を吐き出す。
「ぉ‥‥チョイ、多すぎじゃね?」
 凛生の視線を辿ったカルマの呟きもまた、兎達の声に呑まれて消えた。黒塊となった翼人達が徐々に迫る。その翼の音が届き始めた頃。

「――――ッ!」

 咆哮が聞こえた。


 東。咆哮が大通りを避け路地裏で待機していた傭兵達に届いた時。アレックス(gb3735)は、静かに物思いに耽っていた。
 傭兵としての生活の中で見つけた事は少なく無いが、生の目的も、その成果も、まだ彼には確信としては、得られていない。

 依頼主の生い立ちに、自己を重ねる。浮かんだのは最愛の家族達の顔だ。
 ――俺は、何を遺せるのか。
 自問しても答えは無い。いつ果てるとも知れない戦場で過ごして来た自分には、その存在証明を何処かに刻む事が出来るのだろうか。

 思考する彼の隣、Letia Bar(ga6313)は、身を隠しつつ路地裏の様子を伺った。そこにいた兎達の一部が徐々に西へと向かって行くのが見える。
「ん、行けそうだねっ!」
 そう言うと彼女は兎キメラの視線に注意しつつ先行した。その後方から、河端・利華(gc7220)がレイヴィ(gc5310)の手を引きながら進む。先天的に眼の弱いレイヴィは、覚醒すると完全に光を失うが、覚醒していない今でも見える世界は限られていた。足場の悪さを気にかけ手を差し伸べてくれた利華に礼を示すと、彼女はその肌と耳で辺りの様子を探る。

 肌を撫でる風。獅子の足音。翼人の羽ばたき。兎達の足音。それらを丁寧に聞き分ける。
「こっちが安全そうですね」
 不安定な足場の上。雑多な音の中で目的の音を探すのは容易ではない。彼女は汗を滲ませながらも極力キメラの気配が少ない方向を提案すると、目的のビルへと歩を進めて行った。


 ――惚れた女に遺した物ねぇ。
 四方から迫る翼人を手にした魔剣の一太刀で切り裂きながら、カルマは呟く。絵空事のような威力の一撃を前に、刃を重ねる事も出来ずに翼人達は倒れて行く。キメラの死体を積み重ねながらも、彼の表情はどこか固い。

 ――自分が死んだ後の事なんて考えてもしょーがねーだろうよ。
 死んだら、そこで終わりだ。どれだけ楽しくても、その逆でも。
 翼人の彼方から身を起こした巨大な獅子が徐々に迫ってくるのが見える。彼はそれを確認すると、握る魔剣に力を込めた。
 
 眼前。獅子の勢いに押されるように翼人達の包囲が解けつつある。新たに二体のキメラを切り伏せ、視界を確保すると彼は大きく振りかぶった。手にした魔剣が、輝きを放つ。獅子は、KVを 越える重量感で傭兵達の方へと迫った。20メートル。自身の間合いに獅子キメラが入った事を確認すると、彼は魔剣を振り下ろした。

 衝撃波が飛ぶ。それは周囲の翼人を巻き込みながらもその勢いを減ずる事なく、獅子型へと迫る。
 轟音。
 巨大な質量と、圧倒的な破壊力を秘めた衝撃波の激突は、炸裂するように周囲の空間を薙ぎ払った。

 ――やっぱ、背負う荷物ってのは少ない方が気楽でいい。
 自身の生んだ衝撃に視界を奪われながら彼は思った。死んだ男の心中を推し量るつもりは無いが、自分は、こういうメンドクサイ事は無しのほうがイイと。だが。

 ――なら、なんで俺はこの依頼、受けたんだろーな?
 何となく可笑しくなって、彼は片頬をつり上げるように笑った。視界の先、獅子型が身を起こしているのが見えたが、すぐに翼人達の影に覆われる。

「散開するぞ」
 声は凛生のもの。彼の位置からはカルマに群がるキメラ達の向こう、獅子型キメラが徐々にこちらに近づき、口を開いているのが見えた。彼は周囲の翼人キメラを掃討し、空間を作ると、移動する。一瞬後、獅子の口から巨大な火炎が生まれ、彼が寸前まで居た場所を焼き払った。大気に伝播する熱に息苦しさを覚え、煙草を吐き捨てる。カルマ、幸乃は彼と共に回避したのは確認できていたが、霧島が火炎に呑み込まれていたのが見えていた。周囲を確認する。

 火勢が弱まり、視界が開けた。真っ先に視界に入った翼人キメラはいまだその数を減じた様子もなく、上空からこちらを見下ろしている。手数不足。言葉が凛生の頭をよぎった。均衡状態こそ成立するが、互いに一手及ばない。短期での決着は困難か。

 ‥‥ふと、調子外れの口笛の音が聞こえた気がした。それを確認すると、凛生は手にした拳銃を翼人に向けた。


 一方、回収班は目的のビルへと辿り着いていた。兎型は発見してから声を上げるまでにタイムラグがあるようで、慎重に歩を進め、先に見つけさえすれば、Letiaと利華が対応する事で翼人キメラと交戦する事にはならなかった。ビル群の間、ひっそりと立っている建物が、目的の場所。
「よし、ちゃちゃっと回収しようかっ」
 順調に辿り着いたとはいえ、緊張がなかったわけではない。それまでの緊迫から僅かでも解放されたLetiaの声は明るい。レイヴィも、疲労の色こそ濃いが、安堵の息を漏らしていた。
「大丈夫?」
 その手を引いてきた利華は、彼女の様子を確認する。レイヴィは、利華に頷きで応じた。出来るだけ早く遺産を回収したいから、休む暇も惜しい、と。
「ん、じゃあ、いこっか」
 その意を汲んで利華はそういうと、再度彼女の手を引き建物の中へと入って行く。路地裏側に面している入り口には鍵がかかっていたが、無理矢理こじ開け、アレックスを殿に一同はビル内へと足を進めていった。


 内装から判断するに、目的の建物はかつてビジネスホテルだったようだ。照明の無い建物内部は暗いが、破壊の痕は見られず、キメラは足を踏み入れた事が無いように見える。だが、そこには一切の生の香りを感じなかった。生きたままに死んでいるようなこの建物に、男は何を思い、足を踏み入れてきたのか。傭兵達にそう思わせる程に、寂寥とした物を感じる光景だった。

 ――彼はきっと、すごく不器用だったんだろう。
 目的の部屋に至る階段をのぼりながら、利華は男の事を思った。
 ただ損をしている人種。それが彼だと。死に囚われたままに死んで行った男の悲しい物語の結末に、自分は今、立っているのだ、と。
 ――青臭い子供の理想だって、判っているけどさ。
 この手が届く範囲で、少しでも良い結末を‥‥幸せな何かを遺せるのなら、それを為そうとして何が悪いのだろう。
 ――‥‥守ってあげたいな。彼女のキモチも。彼のキモチも。
 だから、彼女は今、ここにいる。それを自身で確認すると、彼女は視線を上げた。何度目かの踊り場。そこに、目的の階の数字が刻まれていた。

 飾り気の無い扉の前に辿り着いた。扉はドアノブの所が壊されている。それは、かつて男が辿った軌跡。
 Letiaが軽く押すと、抵抗もなく扉が開く。
「おー。結構、広い部屋だね」
 ホテルの中でも最も広い部屋の一つなのだろうか。部屋の奥には大きめのベッドが2つ置かれ、内装もそれなりに上品だ。床上には統一感の無い鞄が積み重なるように置かれ、それらは一様に大きく膨らんでいる。各員で散開して調べると、鞄は浴室やクローゼットにも同様の鞄があった。ベッドの脇には、缶ビールの空き缶と煙草の吸い殻が乱雑に捨てられていて、それらがかつて此処にいた男の事を示していた。
「よし、じゃァ、さっさとトンズラするか」
 アレックスの言葉に他の一同は頷く。彼らは各自で鞄を分担して持つと、陽動班に無線で連絡を入れつつ、階下へと急ぐ。


「と。もう終わり‥‥かな?」
 残念そうな言葉は、回収班の連絡を受けた霧島の物だ。
 幸乃は、その呟きに何かざわつく物を感じつつも、閃光手榴弾の用意をすると、回収班が東側でキメラを引きつけるのを待つ。
「ウヒョー! イケメンスラーッシュ!」
 少し離れた所でカルマが何度目かの衝撃波を飛ばしていた。平素と違う様子を少し心配していたが、今はいつもの様子で破壊をばらまいている。彼の様子に少し笑みがこぼれた。彼女がそのまま脱出のタイミングを図っていると、不意に翼人達の圧力が減っている事に気付いた。ほぼ同時、回収班から翼人達を誘導できているとの連絡が入ると、彼女はピンを抜く。

 立ち回りが派手すぎたせいか獅子型がこちらから目を離す事はなかったが、閃光と、凛生がそこに重ねるように放ったペイント弾による目潰しのおかげで、傭兵達は獅子の追走を易々と阻止した。翼人達が散発的に攻撃を仕掛けようとするが、効果は上がらない。

「――――ッ!」
 傭兵達が十二分に距離を取った頃、遠く、獅子の咆哮が響いた。


 高速艇の中で、幸乃は報酬を受け取らなかった。彼女がこの依頼を受けたのは男のためではない。自身とどこか重なる所のある彼女のためだ。社会的に弱い女性にとって、突き詰めたら力と金が全てという側面があるからだ。それは幸乃の矜持の問題でもある。
(私は彼に買われてなんていない)
 勿論、そういう話では無いことも彼女は自覚している。だから彼女は「なんとなく‥‥ですよ」と言って報酬を固辞した。

 報酬の分配を終えると、傭兵達は娼婦の元へと向かった。高速艇に残っているのは陽動班の四名だ。
 その中で、霧島はこう呟いた。
「まぁ、やり方も、生き方も‥‥人それぞれだから、ね」
 自分が死んだ時に何かを遺す。それは彼には全く理解が及ばないもの。自身の存在証明となる物を残す事なく、ただ世界から忘れられるように消えたい。それが彼の死生観なのかもしれない。だが、死んだのが誰であれ、充足の中で逝くのであれば口を挟むつもりもなかった。

 他方、凛生は黙考していた。
 生きるには金は必要だ。だが。遺された者にとって、それが最も重要なのか。答えは否だ。遺された側にとって必要十分となる事象は、存在しない。それは、自身の経験からの答え。

 ならば、真実必要なのは何を遺すかよりも、今、共にどう生きるか。結局、そういう事ではないのか。

 至った結論に彼は苦笑した。
 彼が生きて来たのは、復讐と贖罪のために他ならない。それは、自他共に傷つける茨の道だった筈だ。
 その自分が、この結論に至った。
 凛生は、煙草に火をつけた。紫煙が肺に満ちる。それは、不思議な充足感を伴っていた。吐き出される紫煙の先。一筋の光明の存在を彼は確かに感じた。


「独りで生きてきた人が最期まで気に留めた‥‥どんな夢で、どんな女性なんでしょうね」
 待ち合わせのホテルの中を手を引かれながら歩むレイヴィの問いには、さして感傷は込められていない。
(私が死ぬ時、誰かを思い浮かべるのかな)
 だが、手に持つ鞄の重さに、感じるものがあった。それは、Letiaにしても、同じだったのだろう。
「誰かの為に何かを残して死ぬ‥‥か。こういう仕事に、ついてまわる問題だけどさ。何かを残すより、誰かを残して逝きたくない、ね」
 手にした鞄を見つめながら彼女は呟いた。アレックスがその言葉に頷く。
「まずは、共に生きてこそ、ってな」
 彼の視線の先に、女性と待ち合わせをしている部屋がある。
「行こっか」
 レイヴィの手を引く、河端の言葉。扉の向こう、今回の結末がそこにある。それがどんな物かは、開けてみないと分らない。少しだけ逡巡すると、彼女はそっと、ノックをした。


 仕事を終え家に帰ると、ULTから連絡があった。やけに陽気な男の声で詐欺を疑ったが、あの男の名前を聞いて、私は会う事に同意した。もう暫くあの男には会っていない。彼の仕事も、その生い立ちも知っていた。だから、彼は死んだのだろうと思っていた。それでも私は何となく懐かしくなって、馴染みのホテルの一室を待ち合わせ場所に指定した。

 ――金なら、あるぞ。
 彼の、縋るような眼は優しかったが、私には相応しく無い眼だったのを、今でも覚えている。

 現れたのは四人。そこには彼の姿は無かった。
 茶髪の少女が、この鞄はあの男の遺産なのだと言った。私の夢のために遺したものなのだと。
 年長にみえる少女が、あの男の想いを受け止めてほしいと言った。
 黒髪の少女が、私の夢を聞きたいと言った。

 夢。あの男に聞かせた夢。
 そんな事の為に、あの男はこれを遺したというのか。
「‥‥花屋よ」
 ひと一人の命を背負うには、あまりに甘ったるい夢。手が届くとは、思いもしなかった、夢。
 店を持ち。貧しくても自立した生活をして‥‥あわよくば、幸せな家庭を。
「彼は、花なんかこのご時勢に売れるのかって笑ったわ」
 震える唇でなんとかそれだけを言ったが、最後の少年の言葉に、私は少しだけ、泣いた。

「俺はガキだからよく分かンねェが‥‥戯れ言でも冗談でも、今から『本当』に出来るンじゃねェか」


 Letiaは報酬が詰まった封筒を女性に渡して、退室した。
 ――いいじゃん。偶には格好つけたって。
 上機嫌に去って行く彼女を見ながら、アレックスもまたホテルを後にした。
「さて、家族に美味いモンでも買って帰るか」
 今を生きる者達は、夫々の生活へと戻っていく。こうして一人の男の結末は傭兵達の手によって紡がれ、彼の遺志は、遺された者へと、繋がれた。そこで流れた涙は、決して誰かを不幸にする物では、なかった。