●オープニング本文
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「‥‥なァ」
LH内にある、病院施設の一つに、アトレイア・シャノン(gz0444)はいた。
過日の事件において狙撃された際、彼女は毒を打ち込まれた。能力者であってもあれだけ苦しめられる程の毒物だ。それがあの一件の為に用意された物であることは容易に想像がついた。
搬送された先で、傷の処理や毒そのものの影響で酷く疲弊していた事から入院を余儀なくされていた。
以来、看護師に頼んで外部へと連絡をした以外では彼女は部屋から出るでもなく、ほの明るい照明が照らす天井か、窓の外ばかりを眺めていた。
彼女が連絡を取ったのは、二人。
自身が世話になっている老人と‥‥馴染みのULTオペレーター、ジルベルト・マーティン(gz0426)だ。
老人には、入院している旨だけ伝えておいた。
生きている、と。連絡が無ければ死んだものとして扱いそうな所がある老人だった事も理由の一つなのだが、彼女自身、それだけではなかったのかもしれないとは思っている。結果として老人は、「馬鹿者」と一言述べ、電話を切った。
ジルベルトに関しては、他に適任が居なかったからという理由だったが、かつて無理矢理に連れて行かれたバーで彼の記者時代の武勇伝を聞かされていた事が、鈍い思考で悩むアトレイアの背を押した。
尋ねた事は二つ――一つが、グラスコーについてだった。
家族を喰ったと言うプロードの言を全面的に信じるわけではないが、そこから何かが探れるかもしれない。そう思っての事だった。
それから、もう一つ。
――彼女の母、アリサ・シャノンに関して。
これらの事を頼む際、彼女の声は震えていた。蓋をするには心の傷が痛み過ぎていたし、直視するには自責の念はあまりに大きかった。
足を止めている場合ではないと解っていた。だから、彼女はジルベルトに依頼した。
だが、知りたくない、進みたくないとも、思っていた。進めば誰かが傷つく。傷つかなくても、危険な目にあう。
いや――もう、遅いのかもしれない。
相反する感情が彼女の胸の裡で犇めいていた。感情も、衝動もあるのに、どこか無気力な日々になっていたのは、そういった事情からだった。
「なァ、ハンサムが見舞いに来てるのに、そう浮かない顔するもんじゃねェぜ、レディー」
「‥‥来ていたんですね」
アトレイアが本気で気付いて居なかった事と――依然として焦燥している事に気付いたが、ラテン男は陽気な素振りを崩さず、ジーザス、と演技めいた口調で呻いた。
●
「さてさて。まァ、色々調べて来たが‥‥いけンのか?」
悩みはあった。でも。
「‥‥聞かせて下さい」
「オーケイ、じゃ、いくぜ」
わざとらしく咳払いをして、ジルベルトは口を開いた。
「まず、ジャスティン・グラスコーについてだ。こいつはビンゴ! だったぜ。確かに記録が残っている。グラスコーの経歴自体は平々凡々、多少忙しいがビジネスマンとして暮らしていた。家族は妻が一人と、娘が一人。シンディとディジーだ。‥‥だが」
僅かに言い淀んだ後、続けた。
「この妻が、ある宗教にハマっちまって以来、徐々におかしくなっていったみてェだ」
「――」
「バグアによる救済を願う――親バグア系の宗教だな」
言いながら、横目でジルベルトはアトレイアの様子を伺う。元より色白の娘だったが、血の気が引いていることが見て取れた。男は僅かに言い淀んだが‥‥結局、続けた。彼女の目は、まだ続きを求めていたからだ。
「家庭内で何が有ったかは解らん。事件自体はグラスコーの無断欠勤で明らかになった。踏み入った人間が見たのは‥‥まぁ、想像の通りだ。グラスコーは『バグアには渡さない』とだけ言い、以来何も食する事はなくなってしまった」
「‥‥‥‥」
「なぁ、アトレイア。‥‥お前さん、アリサ・シャノンについてどこまで知ってンだ?」
「‥‥え?」
ジルベルトの突然の問いに、アトレイアは緊張を強いられた。
誰かに自身が抱える問題を打ち明けたのは始めての事だった。生家では猟奇的な事件の被害者として生きてきて、そういう目で見られる事が多かった彼女にとって明らかにしたい事では無かったのだから。
もちろん、彼女とて調べられる事は全て調べたつもりだったのだが‥‥。
――なぜ、それを今、聞くのだろう。
不安に駆られながらも、それでも、アトレイアは答えた。
「‥‥母は、シンディさんと同じ宗教を信仰していました。ある事件を起こして以来、行方を眩ましています。――祖父は、バグアに与したのではないか、と。実際、消息は掴めていません」
「フム‥‥」
ジルベルトは暫く考え込んだ後で、こう告げた。
「グラスコーは、な。逮捕後ある刑務所に収監されていたンだ。
――バグアが侵攻してきた際に、街ごと潰されちまったみてェだがな。以来、生死不明になっていたみたいだが‥‥さて」
男は悩んだ。悩みに悩みぬいた。
‥‥が、結局、言う事にしたらしい。
「まァ、そいつがこうして現れたってことはつまりそう言う事なんだろう。それでな。お前の母、アリサなんだが」
「‥‥」
「――とっくに捕まってるって情報があるンだよ、そこに。親バグア派宗教の幹部として。五年前の事だが‥‥その直後に街そのものがボロボロになって詳細は解らねェンだが、な」
「‥‥え?」
●
数日後、退院したアトレイアはその街へと向かっていた。リリア・ベルナール(gz0203)の戦死以降戦線は押し戻されてはいるが、依然として緩衝地帯ではある。
現状、人類にとっては未開の地と言ってもよかった。それ故、アトレイアは単身、その付近を調査しに来たのだった。
‥‥だが、遠目に観察する範囲では、市街地にはキメラも、ワームの影も無い。
その事を確認して、アトレイアは漸く、依頼を出した。
「おい‥‥アトレイア、てめェ」
依頼内容を確認したジルベルトは、ある事に思い至り何処か強い口調で口を開いたのだが。
「‥‥? どうかしたんですか?」
アトレイアには心底、何に関してそう言われているのかが解らず、小首を傾げていた。
その意味に、ジルベルトは気付いたのだろう。
「‥‥なんでもねェ。気をつけるンだぜ、レディー」
ただ、努めて陽気にそう言った。
●幕間
「‥‥はぁ、愉しかったけど、隠れて移動するのは疲れたよ」
「――何をしに来た。ユーリス」
「アハハ、今はプロードって名乗ってるんだ。フフ、似合うでしょ?」
「‥‥‥‥あいつなら」
「別に、アトレイアに会いに来た訳じゃないよ」
――君に会いに来たんだ、四ノ宮 久蔵。アリサの父の、君にね。
●リプレイ本文
●
アトレイア・シャノン(gz0444)が慣れた足取りで先行しているのを追いながら、傭兵達はそれぞれに考えに耽っていた。
「グラスコーの事件からさして間があかぬうちに‥‥今度はアトレイアからの依頼、か」
呟きは煉条トヲイ(
ga0236)が。切れ長の瞳は照り返す日を厭うように細められている。
意図も詳細も不明の依頼。彼女自身の不審さも相まって考えられる事はそう多くない。アトレイアの根幹に結びつく何かがあるのかもしれないとトヲイは考えていた。
それは、リズィー・ヴェクサー(
gc6599)や御鑑 藍(
gc1485)も同様で。この先に何かが有る事は確実だと思うだけに、調査そのものに対する意欲は強い。
リズィーは黙々と進むアトレイアの姿に焦りに似た何かを覚えていた。
あるいは、ここから消えてしまいそうな――。
「アトにゃん、待ってなのよっ」
気がつけば、少女は先を行くアトレイアの背を追って駆け出していた。振り向いたアトレイアの姿に、小さく安堵を抱きながら、走る。
藍はリズィーのその背を眺めていたのだが、ふと、よぎる影があった。
――天使型キメラを追っていた理由と、そこに見せた執着‥‥憎悪。
プロードが先日言っていたという『母親に対する執着』‥‥天使型キメラと母親に対するアトレイアの姿勢に、共通する物を藍は感じていた。
根元は、同じなのかもしれない。なら、彼女のこの煮え切らない態度はどういう事なのだろう?
自問するや否や、あの光景が想起される。
――心の傷、なのかな。
先に進むかどうかを決めかねているのではないか、と。藍はそう感じていた。
藍の感じたそれを、最も端的に受け止めた者が居る。羽柴 紫(
gc8613)だ。
「‥‥彼女自身、きっと、彷徨ってるんだ」
――私と、おなじで。
じわりと、胸に滲んだものを紫はそっと抱く。その苦さや辛さを彼女は知っていたから、その答えは良く馴染んだ。
「彷徨う、か。それ、が‥‥翳り‥‥?」
不破 炬烏介(
gc4206)が紫の言葉を拾う。短い赤毛が風に靡かれるのを厭うでもなく、無感情な目で女の姿を遠景に捉えながら、炬烏介はそう言った。ただ、思考に耽るように――あるいは、コエに耳を澄ますような呟き。
「なら、救うまでだ」
絞り出すようにして言ったのは、月野 現(
gc7488)。
胸中には痛みがある。護るべきを護れず、結果としてアトレイアの心にまで傷を負わせてしまった事を彼は悔いていた。
後悔は晴れることはない。だが、状況だけは次から次へと推移していく。
想いと共に、強い眼差しで前を向く現を紫は静かに見つめていた。
それだけの想い、執着は‥‥。
そう思いかけて、止めた。紫は小さく首を振り、切り替える。
――同じに彷徨っているなら、少しの間、迷路の出口を一緒に探しても、ばちはあたらない‥‥よね。
自分は、救える立ち位置ではないのだから、せめてアトレイアと手だけは取り合えたら、と。
そう思った。
追いついたリズィーは努めて明るく、こう言った。
「この間は怪我して‥‥心配かけて、ごめんね?」
『‥‥いえ』
アトレイアは少女の笑みから目を逸らす。逃れるように――拒むように。
『私が、悪いんです』
声色に抑揚は無い。だが、そこに籠められた色に、リズィーは駆り立てられるように声を上げた。
「違うのよ、あれはボクの我侭で――貴女が悩む必要なんて、無いんだよ? だから」
『大丈夫です』
言い募ろうとするリズィーの真摯さを、アトレイアは遮った。
『大丈夫。もう、危ない事にはならないように‥‥頑張りますから』
「‥‥アトにゃん」
リズィーは言葉を継げなかった。
アトレイアは笑っていた。でも――彼女が、何を想ってそう言っているのかが痛い程に感じられたからだ。
●
破壊された壁や門を足を踏み入れたそこは暗く、大気は粘度を含んでいる。
鼻につく鉄錆の香りに気づき、フェイル・イクス(
gc7628)は淡く整った唇を、赤く艶かしい舌で舐めた。
「血の残り香が強いですね」
「‥‥そうだな。何があっても可笑しくは無い。充分警戒していこう」
鉄錆の匂いに笑うフェイルに、トヲイは暗視スコープを額に掛けて言った。
外から差し込む光で照らされてはいるが、限られた領域に限られている。破壊の爪痕は至る所に刻まれており、乱雑に散らされたそこにを深い影と淡い光が彩るようなまだらな光景が広がっていた。
「入口、か」
ランタンを掲げた炬烏介が倒れたゲートを見つけてそう言うと、誰とも無く近辺を調べ始める。
ランタンの光は暗視スコープにはやや強過ぎた。紫やトヲイは一団やや離れた位置で調査をしている。
「ここに居たはずの人達は‥‥どこへ行ったんだろう?」
足下には薬莢が幾重にも転がっていた。使用されたと思しき銃器もある。ただの刑務所には不釣り合いな軽機関銃。
交戦の痕だ。ならば――そこには人が居た筈で。トヲイがそっと黒く凝固したそれをそっと指でなぞった後に小さく手を合わせると、紫もそれに倣う。
「それなりに大型のキメラと交戦したみたいだな」
「うん」
破壊の手段は十中八九そうだろう。紫は頷き、思考を巡らせた。他に調べるべきは、何だろうか。
何故ここは破壊されて。
此処にはどんな囚人を収監する為の施設で。
――今どういう扱いなのか。
リズィーとアトレイア、現は入退室のデータを調べようとしていたのだが――。
「これは、無理そうだな」
遺されていた端末はいずれも破壊されていた。恣意的に破壊されたというよりは無差別なものなのだろう。書棚も乱され、地に墜ちたファイルは纏まりに欠けていた。だが、分量自体は驚く程少ない。
それらの資料をリズィーはパラパラとめくりながら確認していく。書式は単純なもので、名前と来所日、来所目的をそれぞれ記載する形だった。それぞれに知った名前は無いかを確認しながら行くが、見当たらない。
「刑務所の規模に比べて‥‥面会人の数が少なくないか」
「日付も凄く開いているみたいなのさね」
『そうですね』
ぱた、と。ファイルを閉じながら彼等が小さく息をついた時。
「面会人が少ないのは多分‥‥この施設が特別だったからだと思う」
声が響いた。紫のものだ。
「マニュアルを見つけたんだけど、想定している内容から多分此処は‥‥」
僅かに言い淀んだ後、続けた。
「色んな管理を要する人達向けの施設だったみたい‥‥日本で言う、医療刑務所みたいな。少し違う所もあるみたいだけど」
●
入口の調査が一段落すると、誰とも無く先へと進み始めた。破壊の名残は先々まで暗く続いている。その一つ一つを茫と眺める炬烏介の脳裏を過るのは――彼自身にすら諒解しかねる何かで。コエは何も語らない。ただ、茫漠とした無明だけが残る。
「どうかしましたか?」
「ム‥‥いや」
いつの間にか歩みが止まっていたようだ。慮る藍の声を受けて炬烏介は再び歩きだす。最先ではトヲイと現が注意深く半壊した扉を開いている所だった。
それまでの鬱屈した空間と比べて開けた造りの空間。先程に続き破壊の痕は色濃く残っているものの、細かな間仕切りや種々の扉が並んでいる。
「刑務所の職員用のスペース‥‥かな」
藍は辺りを見渡しながら、監獄然としたこれまでのイメージとの差異からそう捉えた。
誰しもが予感していた。何かがあるならきっと此処だと。
アトレイアが何かを隠しながら依頼を出している事は誰も彼もが意識していた。だからこそ調べるべきは明らかで。
傭兵達が、”それ”を見つけるまで、そう時間は掛らなかった。
「‥‥ジャスティン・グラスコー」
トヲイの呟きが、やけに大きく響いた。知った名に傭兵達の注意が募る。彼が手にしているのは男性囚人のリストだった。
そのリストが示す書棚へと赴き、該当するファイルを開けば罪状や管理上の注意点、日誌相当の記載が分厚いファイルとなっていた。
アトレイアがラテン男から聞き、彼女が傭兵達に秘した内容がそこに記されている。事件と素行。栄養面での懸念や、管理上の注意点――。集った傭兵達は一通り、目を通す。
「『彼』が言った事は概ね真実みたいですね」
猟奇的な内容がそこには記されていたが、フェイルは特別動じるでもなくそう言って依頼主――アトレイアへと視線を送ろうとした、のだが。
「あら?」
記載内容を確認している間に、アトレイアは居なくなっていた。リズィーや現の姿も無い。その時。
「こっちにも見つけたのよ!」
声が、届いた。
●
少し、遡る。
グラスコーのファイルに注目が集まっているうちに密かに離れていこうとしたアトレイアにリズィーと現はついていった。
二人のひた向きな態度に女は溜息をついて結局何も言わなかった。
そうして見つけたのは‥‥『アリサ・シャノン』そう記されたファイル。
最初に開いたのはアトレイアだった。グラスコーのそれと比べて遥かに薄いそれを、何度も何度もアトレイアの視線が辿る。しばしの後、女は深い溜息と共にそのファイルを閉じ‥‥視線に気付いた。
踏込んでいいのか、と。悩み、問うような二人の視線にアトレイアは逡巡したが――事此処に及べば誤摩化しようも無いだろうと、諦観と共にそのファイルを二人へと差し出し、
『皆さんにも』
短く、そう言った。
記されていた内容に、暫し、沈黙が落ちた。
アリサが親バグア宗教にいれ込んでいた事。
獄中に在ってもなお、バグアによる救いを謳っていたこと。
そして――アトレイアが声を無くした理由。
『夫を亡くし』
『彼女は、実娘に暴行を働き』
『実娘は入院』
『失踪の後、同宗教の幹部として活動中、逮捕される』
断片的な事実と結果が、そこに記されていた。
「これが、お前の‥‥因縁‥‥宿命、か。天使憎む‥‥者‥‥」
炬烏介は事実をただ事実と確認するようにそう言うと、アトレイアは頷いた。
「両者の共通点は‥‥親バグア派宗教、か」
「そうなの?」
トヲイの呟きに、リズィ。先程のグラスコーのファイルの説明をすると、少女は手元のメモに書き留めていく。
「この街への襲撃まで、アリサの収監から日が浅いのが気になるな。‥‥彼女が、手引きしたのだとしたら頷けるが」
トヲイは懸念をそう締め、最後にこう言った。
「行こう、まだ調べるべき場所がある」
●Hello,AT.
私達は最初に、母の獄へと向かった。向かう先々で檻や扉は強引に捻開けられ、血が滲んでいた。
だが、緊迫の中辿り着いたそこは――藻抜けの空。
他の部屋と異なりベッド等の調度品が整然と置かれ――壁に。
mAchete hello wet Toll!
鮮やかなアカイロで、そう記されていた。
トヲイさんの言う通り母が今回の惨状の手引きをしたのかは解らない。でも。
「関与は明らかですね。他の囚人は‥‥連れて行かれたんでしょうか?」
藍さんの言葉を皮切りに彼等が部屋中を調べている間、私は”その”意味を考えていた。不自然な大文字や文意。
AT.Wellc‥‥
気付くと単純な事だった。ただ。心が――冷えた。
『もう、いいです。依頼はここで終わりです』
「‥‥アトにゃん、どうしたの?」
笑え、私。
『十分、解りましたから』
「――まさか、一人でいく気じゃないよね、アトにゃん」
リズィーさんが危惧するようになおも言い募るけど、続く言葉は異国語のように過ぎて行く。
ただ、掴まれた手が今はとても重かった。
悩んだ。
でも。
こんなにも優しい人達に‥‥嘘は吐きたくない。
『あなた達を、傷つけたくないですから』
皆の行為が善意でも、傷つく責任がどこにあるかは、誤摩化せない。
悪いのは私。だから。
瞬間、炎翼が舞った。見慣れたそれは。
「――メリッサ!」
その意味に、身体が勝手に動いていた。
頬を張る音と感触が届くと同時、私の身体を掠めた電磁波が壁を焦がし――
●
「リズィー!?」
「あら、それ所じゃなさそうですよ」
現が慌てて二人の間に割って入ったその時、フェイルが戸の外の音に気づき――嗤った。
「――良かったです。クライマックスのお約束ですよね」
状況だけが動いていく。天使型キメラ達が獄の奥から迫っていた。
トヲイをはじめとして多くが警戒していた通り、此処はバグアに占領された土地で――彼等の施設だった。
だが、十全な戦闘を行うにはアリサの獄は狭い。現は僅かの判断の後、壁を示した。不壊の盾を示す紋様と共に現は狭い戸口に立ち、時間を稼ぐ。
「外へ!」
トヲイがその言に頷き拳を振るえば分厚い壁が落ち、道が拓ける。広々と明るい中庭がそこにあった。
関係がぎこちなくとも、敵がキメラだけという事実が幸いした。紫とリズィーが治療し、視界と場所さえ確保してしまえば戦闘自体は時間さえ掛ければいずれ片が付く。
●
「独りで行くのを、止めたかったのよ」
リズィーは項垂れながら、そう言った。現は最初こそ困惑していたが――言葉に、慮る根は同じなのだと気付いた。
現は頷くと、アトレイアと向き直る。
「俺も命懸けで君を護る。厭うかもしれない。だが死ぬ気はない。苦しみや悩みは――共に背負わせて貰うよ」
責任はそう望んだ彼にあると現は言うが。
『‥‥‥』
気持ちは嬉しい。でも、自分のせいで深く傷つく者の姿をアトレイアは知っていたからお互いの立場にはズレがあり、それ故に頷く事は難しい。そのすれ違いこそ自分のせいだと彼女は知っていたから、アトレイアは小さく首を振らざるをえなかった。
そこに、声が落ちた。
「ココロが痛む、の‥‥か。ココロ、の傷。其れは‥‥何だ? 痛め‥‥ば‥‥ヤツを。殺せるのか?」
それは、情も感傷も斟酌しない魔人の言葉だった。
「遮二無二抗う他無い‥‥運命と戦うならば尚‥‥改めて問う。『オマエハ‥‥ドウスル?』」
『‥‥』
意識した事ではないのかもしれないが、その言葉はアトレイアの心情と状況に、不思議と良く馴染んだ。
「進む、進まないにしても‥‥プロードに狙われた事実は変わりません。これからも向こうから近づくと思いますし、ね」
「アトレイア。私はね‥‥私達を”使ってくれればいい”と思う。成果の為に、上手に使って」
藍のその言葉に、紫もまた頷き――続いた。無愛想でぶっきらぼうな言葉だったが、手を取る、と。
戦えと魔人は無情に言い、共に立とうと少女達は言った。
アトレイアは武器をとった能力者で、ただ護られるだけでは居られなかった。
だから彼等の言葉にアトレイアはぎこちなく頷く。硬さは、決意と覚悟故のもので。
『‥‥ありがとう』
彼女はただ、そう言った。
●
こうして、『暴食』の物語はその余禄も含めて完結する。過去と現状は『暴食』をヨスガに開かれた。
だが。謎が一つ、秘されたままに残ってしまった事をご存知だろうか?
『何故、アトレイアはアリサ・シャノンが獄中に在った事を知らなかったのか』
だが。案ずる事はないと、かの傲慢なら嗤うだろう。
――謎はじきに、明らかになるのだから。