タイトル:【流星】Cause→Effectマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/13 07:44

●オープニング本文



 マルスラン=ギマールは、所謂日陰者のバグアだ。
 どこで間違えたのか彼の現在のヨリシロは平凡に過ぎた。ビデオゲームを趣味とするだけの、地球人であるという事だけが特徴のヨリシロ。自然、前線に出して貰える事はなく、補給艦を駆っては上位のバグアの奴隷のように働くだけの日々を送っていた。
 マトモなヨリシロを得る機会もなく、無為に生きるだけ。
 闘争とも、進化とも無縁の現状を斟酌する者は身近には居ない。彼自身も、ただ焦りだけを抱いていたに過ぎない。
 そんな彼が、身に余る野望を抱いたとして誰が責める事が出来るだろうか。

 ――貴方達には目に見える痛みと絶望がまず、必要なんですね、人間。

 マルスランはエアマーニェのその言葉を聞いた時、戦慄を覚えた。
「‥‥俺なら、出来る」
 ヨリシロの知識が囁いていた。

 鬱屈した現状から開放される為に彼は――バグアにとっては禁じ手に近しい方法に手を伸ばした。



    ○

 長い年月を経てなお在る赤い月は、今も見る者の心を冷えさせる。
 ならば、夜天を貫くように落ちる赤い星々は、どうだろうか。
 同色の光輝を曳きながら降る星々は。

 多くの者はその光景の美しさに胸を打たれただろう。
 だが。哨戒していたKVが撃ち落としたそれが、キメラプラントだと解った時。
 そのうちの幾らかの動静が補足出来なかった事が明らかになった時。
 その現実が、牙を剥いた時。

 対峙した者は、何を思うだろうか?


 沈黙の唐突さを知った。
 それは突然にやって来た。存在だけはしっていた、バグアの襲撃を示すサイレン。誰も彼もが、続く音声放送を呆けた顔で聞いていた。落ちた沈黙は、判断を促すだけの優しさを含んでいた。

 沈黙の儚さを知った。
 完璧にも思えた静寂は容易く破られた。爆発するように響いた悲鳴のオーケストラ。誰かが言った。キメラだ、と。

 沈黙の尊さを知った。
 大量の音、動き、うねりに、思考はマヒしてしまう。暴力的な動の連なりは乗り遅れた個を容易く踏みつぶす。

 声は届かない。呑み込まれてしまうからだ。

 身動きも取れない。呑み込まれてしまうからだ。

 ――静かにしてよ‥‥!!

 届かない。
 届きは、しない。

 誰も彼もが、生きようと手を伸ばしていた。
 馬鹿みたい。馬鹿じゃないの。

 ――どうせ、みんな、死ぬんだよ?

 だって。

 ほら。

 突然に、こんなに沢山のキメラがやってきて‥‥。
 なんで。
 あんなに、平和だったのに。

 騒乱の中で私は、ケータイを握りしめた。
 助けを求めるべきなのか、別れを告げるべきなのか。
 どのくらいの時間があるのか‥‥解らない。
 分からない事が、怖い。

「‥‥いやだよ」


 戦線から遠く離れ平穏だった都市に大量のキメラが押し寄せて来たという報せに、至近の基地から応援が走った。赤い流星群の一件以来、備えていた事態だったから、動員は素早い。
 平時であれば駆逐されて終わっていた筈だ。だが、圧倒的な物量が現状の惨劇を生んでいた。
 上空からの報告によると、市街地の西側から浸透してきているとの事。
 念の為に警戒要員として動員されていた傭兵達が迎撃すべく出撃しているが、動員できた数も十分ではない。キメラの数が多い現状を踏まえると、確実にキメラを殲滅する為に傭兵共々引き気味に配し、軍人達は避難してきている民間人の受け入れ体制の設立と防衛ラインの構築を急務としていた。
「急げ! 一匹たりとも通すなよ!」
 指揮官の声が飛ぶ。

 突然のキメラの侵攻は、過日報告されていたある事象を容易に想起させた。
 都市部への部隊の派遣と同時、ヘリによる偵察が敢行された結果、ソレが見つかった。
 ――宇宙空間から落とされた特殊なキメラプラント。
 今なお稼働されたままのプラントを破壊するために軍の能力者の多くが派遣され、市街地の防戦には傭兵達をあてる段取りとなっていた。
 動員された兵士達は瞬く間にバリケードを形成し、キメラの蹂躙の拡大を防ぐべく配置に付く。
 だが。
「――納得できません」
 そう訴える一人の兵士がいた。
 高槻ケイゴ。東京の開放に伴いエミタ適正が明らかになり、訓練を終えたばかりの新兵だ。
 彼は戦災孤児だった。



 遠く。遠くだ。悲鳴はまだ聞こえている。
 凄惨な地獄はまだ此処までは届いていない。だが、じきに押し寄せてくる筈だ。
 だけど、それすらも本当の地獄でない事を俺は知っている。
 何人が逃げられるのか。何人が、このバリケードを抜けられるのか。
 理屈は分かる。突破は都市全体の蹂躙を意味する。
 だが。
「これだけの混乱だ。逃げ遅れる民間人が必ずいる筈です」
「‥‥状況を見ろ、高槻。優先すべきは大多数の命だ」
「だからって、助けられる小を切り捨てる理由にはならない!」
 小を切り捨て大を生かす。その思想が理解出来ぬ訳ではない。
「この方法では確実に死ぬ民間人がでます。助けられた命までも。助けられない命じゃあない。それは看過できません!」
「‥‥‥‥高槻」
 脳裏をよぎるのは、東京の地獄だった。誰も彼も手を差し伸べてはくれなかった。あの時は仕方が無かったのだと、今なら思う。だが、今はどうだ。今、この状況は。
 あの時の俺が、今のこのザマを赦せるか。
 ――赦せる筈が、ないだろう!
「大を死なす訳にはいかない。だからバリケードの構築も戦線維持も必須です。だけど、前に出ないと民間人が死ぬ。だから俺達は前に出ないといけない。そうじゃないと、助ける事が出来ません。命令してください、前に出て、民間人を助けろって。能力者だけでも、良い」
「高槻、聞け!」
 激情に駆られるままに募った言葉は、上官の大喝で遮られた。
「俺には部下の命を預かる責任がある。その判断は俺がするし、責任は俺が持つ。いいか‥‥これは命令だ、高槻。
 まずは戦線の構築を優先し、キメラから叩く。プラントの破壊をそれが最終的に最大多数の命が助けられる方法だ」

 言葉に、視界が赤く染まった。息が詰まる。
 ――巫山戯るな。
「‥‥なら‥‥俺は!」
 命令違反か。それもいい。軍に入ってあの頃の俺を守れないのなら、意味なんてない。

 駆ける。


「くそッ!」
 指揮官は能力者の脚力で全速で駆けて行くケイゴの背に吐き捨てた。
 ――助けにゃならん命が増えちまった。アホが‥‥!
「傭兵達、聞こえるか」
 手元の無線機に叩き付けるようにして、男は言った。距離にして300程度。火器支援の届く範囲に傭兵達は居た。
「暴走した馬鹿が一人そっちに行っちまった。キメラを突破して救助を優先するつもりらしい」
 ――ええい、ままよ!
「その阿呆と共に前に出てキメラの駆逐と救助を並行して行うか、現状維持か。嫌なモン見るかもしれん。無駄足かもしれん。だから、命令はしない。判断は、任せる。責任は俺が取る」

 ――あんにゃろう、帰って来たらタダじゃすまさねェぞ。

●参加者一覧

宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER

●リプレイ本文


「解った。あいつを追う」
 士官の声に直ぐに応じたのは、宗太郎=シルエイト(ga4261)だった。男は、遠くに壁を蹴って進む軍服を捉えている。
「懸命な判断じゃねぇのはわかってる。ただ‥‥諦めが悪ぃんだ」
 ――俺と、馬鹿なあいつ、根っこは同類だ。
 宗太郎は疼く胸中から熱を吐き出すように言って、通信を切った。
「‥‥最初から試しにオレらを呼んでみろってんだ。助けてぇのは、誰だって同じなのによ」

 前へ出たのは、宗太郎だけではなかった。
 例えばシーヴ・王(ga5638)。艶やかな赤髪を風に流しながら、往く。
「‥‥青臭い理想だと嗤いてぇなら嗤うが良し」
 どうすれば合理的か。そんな事、解っている。諒解した上で、彼女はそれでも前を択んだ。
 戦場に立ち始めてどれだけの時間が過ぎただろうか。その中で、どれだけの喪失を見てきたかを自問する。結論は一つ。
 ――失われるモンは少ねぇ方がいいです。
 救えるかもしれない。救えないかもしれない。
 だが、だからこそ、彼女はこう思う。
「‥‥希望を捨てちまったら、最後の希望にゃなれねぇ、です」
 彼女はその為に、剣を取っているのだから。

 例えば、UNKNOWN(ga4276)。
 身に纏う上質な衣服が、僅かに揺れる。だが、それすらも様になる佇まいのまま、悠然と歩を進めた。
「‥‥さて、と。まあ――散歩してくる、か」
 言葉、表情ともに気負いは無い。バリケードへと向かって走る一般人の間をすり抜けるようにして、男は往く。
 その軌跡は、紫煙によって緩やかに描かれていた叫喚する人混みの中で、そこだけは長閑な街並みを示すような静けさがある。
 目新しい風景に、状況だ。散策するには、ある意味でうってつけだった。

 例えば、 狭間 久志(ga9021) 。 傍らには狐月 銀子(gb2552) の姿がある。
「さて」
 久志はそう前置いた。視線は、脇に立つ銀子へ向けられている。銀子の胸中を慮るように一呼吸。
 ――本当なら、直ぐにでも奥へと行きたいんだろう。
 そう思った。でも、銀子はまずは動勢を見極めようとしている。
「民間人は助ける。ラインも守る。どっちもやらなきゃいけないのが辛い処だね」
 端的な久志の言葉に、銀子は頷いた。
「‥‥全員で無茶するわよ。あたしも皆も――軍の人たちもね」
 士官は責任は取ると言った。始まりは一人の暴走かもしれないが、状況に応じて彼は死力を尽くすという意味だと銀子は受け取っていた。
「覚悟はいいかい? ‥‥僕はできてる」
 言葉に、銀子は静かに頷く。徒に語る決意は無い。救うべきという衝動の方が勝っていた。
「行こう」
 前へ。

 進む者が居れば、その背を見送る者も居た。
 ヨダカ(gc2990)だ。小柄な身体には、怒りとも呆れともつかない感情が滲んでいる。
「行っちゃいましたねぇ」
 嘆息した。
 ――怪我人二人抱え込んだら動けなくなる事も解らないのですかね?
 命令無視で突出。そして、自分以外の傭兵達の前進。
「‥‥戦争はヒーローごっこじゃないのですよ」
 そこには、幼い少女とは思えない程の俯瞰的な目線がある。彼女の生まれが少なからず影響しているのだろう。
 ヨダカは最後にもう一度、深く溜息を吐いた。やりきれない思いはあるが、現状は現状として受け容れなければ戦えない。
「誠に遺憾ですが、ここは死守です。‥‥皆さん、力を貸して欲しいのですよ」
 ヨダカはそう言って、バリケードに立つ面々へと頭を下げる。
「‥‥ハ。そいつはこっちのセリフだぜ、嬢ちゃん。だが心強い。ありがとよ」
 言葉に、士官は豪毅な笑みで応じた。


「おい! 高槻っつったかてめぇ!」
「‥‥っ!?」
 全速力で駆けていたケイゴは、突然響いた宗太郎の大喝に意表を突かれた。振り向けば、傭兵達が数名、自分に追従している姿が見えた。
「何で‥‥!」
 何故追って来たのか、とケイゴは反駁した。自分がしている無茶と、傭兵が此処にいる意味を承知していたからだ。
「一人で馬鹿やってんじゃねぇぞヒヨッコが! 本気で信念貫きてぇなら、一人で抱えんじゃねぇ!!」
 脇に差した刀に手を添えながら、宗太郎は吼えた。そこに籠められたのはかつての武人との戦いを想起しての事か。
「‥‥目的があるならシーヴ達も利用しやがるが、良し」
 その傍らで、シーヴ。そこに籠められた意思を組んで、僅かに言い淀んだ後‥‥ケイゴは頷いた。前を向く。
「一番奥のビルまで。付近の人が逃げ込むなら、きっと彼処だから」
「解りやがったです」
 反駁も否定もしない。ただ、追随する事だけを告げた。
「来たね」
 久志が伊達眼鏡の位置を直しながら告げた。人混みを抜けた先。悲鳴が、もっとも強く響く場所。
 ざっと見ても二十は下るまい。
「まずは彼処を叩くわよ」
 応じたのは銀子だ。ラインを維持するために、負荷は軽くしたい。何より。
「突破しないと、皆が先へ進めないしね‥‥!」
 加速した。

 ――そして、傭兵達はそれを眼にする。

「‥‥っ!」
 獰猛さを剥き出しにして走るキメラ。その爪には――赤茶色く滲む、惨劇の痕。
「クソが‥‥ッ!」
 吐き捨てたのは、誰だったか。だが、続いた声は人々の声を貫いて、耳朶を打った。
「後ろは心配しないで進みなさいっ! あたし達は、貴方達の盾。護る物がある限りけして砕けぬ正義――!」
 言いながらも、銀子の拳は既に振るわれている。駆けるキメラの顔面を撃ち抜く程のストレート。
 そこに、居並ぶ他の傭兵達の攻撃が続く。
 シーヴは大剣を振りかぶり、横凪ぎに一撃を見舞った。脚部のブーストで間合いを詰めた久志は、通りすがり際に直刀を振り抜く。
「二段‥‥連廻斬り!!」
 速度を殺す事無く、身体ごとに二閃。
 そこに、宗太郎の爆槍の轟く音が遠くまで響く。
 
 振り返った者達はその光景を目の当たりにした。
 一心不乱に駆ける者も、その音で理解した。

 最後の希望の到来だった。


『中央部からそっちに民間人が行った。可能な範囲でいい、離脱を支援してやってくれ!』
「キメラの数はどうなのですか?」
『こっちは全部掃討出来ている。三人は奥に進んだ。僕と銀子はこのまま離脱してくる人達のフォローに回る』
「‥‥なるほどです」
 ヨダカは聞きながら状況を整理していく。俯瞰すれば、キメラ達は波のようにして此方へと押し掛けて来ていると士官がいっていた事を踏まえれば‥‥。
「お二方は、どっちに行くですか?」
『‥‥成る程。僕らはまずは南に行こう』
「解ったです」
 ヨダカは視線を巡らせる。士官と目が合うと、彼は頷いた後指揮を取り始めた。人員配置を調整しているのだろう。
「重傷者は、居ましたか?」
『――いや』
 僅かに言い淀んだ久志の返答に、ヨダカは頷く。見れば、遠景に民間人の姿も見えて来ていた。
「‥‥もう、大丈夫ですからね」
 落ちた声は、それでも、優しく。
 少女は北へと向かって走りだした。


 銀子達と別れ、ケンゴ、宗太郎、シーヴは奥へと向かって進んで行く。
 一度突破しさえすれば、あとは散発的な遭遇が主になってきていたのだが、彼方此方でキメラの吼え声が響いている事が不快だった。
 だが、その事はとりもなおさず――生存者の存在可能性を示唆している。
 となれば、更に奥へ行くか、此処に留まるかの二択を強いられるが‥‥。
「‥‥俺が残る。お前らは先にいけ!」
 宗太郎は後者を択んだ。その声を背に、ケンゴ、シーヴは先へ先へと進む。
 青年はその背を見送って、足を止めた。視界を巡らし、耳を澄ます。優先順位を、どこに定めるか――。
 その時。

 ――――。

 遠く。キメラ達の咆哮の間を縫って、微かな砲声が幾重にも重なって聞こえた。
「‥‥母さん?」
 連想と同時。
『さて。散歩をしていたら、中々良さそうな場所を見つけたよ。場所は‥‥』
 ――出入り口が少なく堅牢そうな建物に、民間人が既に避難している、と。
 無線から声が届いた。UNKNOWNの穏やかな声。
 その意図を組んで、宗太郎は駆け出した。

「出来るだけ集まって、身を低く。私の目が届く範囲に、ね」
 UNKNOWNの指示は簡潔で、明解だった。中低音の効いた声は避難していた者達の耳朶に沁みるように響く。救援に、かといって縋り付くような者も現れなかった。
 UNKNOWNは今は単身、紫煙を流しながら入り口に立ち、拳銃を模した超機械から火焔を放ち続けている。
「重症の怪我人は居るかね?」
 撃ちながら、最寄りの人間に声を掛け、必要に応じて練成治療を施して行く、が。
 ――さて。
 男は小さく呟いた。
 これまでに撃ち倒したキメラの数は少なくないが、血肉の香りと戦闘の音に徐々にキメラが寄り集まりつつある。
 誤算という程の事でもないし、現状でも余力はある。だが――盤石では無い。
「まあ」
 ――問題無いだろう。
 そう余裕げに笑って、男は紫煙をゆっくりと味わった。遠方から、真っ直ぐな爆音が響いている。
「‥‥となると、帰りの算段も付けなくては、ね」


「誰かいねぇですか! 返事を!」
 走りながら、シーヴは声を張る。シーヴとケンゴは、散発的なキメラ達の網を潜るようにして進んでいた。
 ケンゴの意に添って、奥へ、奥へ。
 そこに有ったのは、その多くが既に『終わってしまった』風景だった。その光景は、見る者の心を不気味に撫でる。
「‥‥っ」
 悔しげなケンゴの声を聞きながら、シーヴは辺りを見渡している。場数の違い故、だろうか。
 ふと。
「ケンゴ。アレを見やがるです」
 視線の先。白い光を返す何かを、シーヴは捉えていた。明滅に似たそれは、陽の光を反射させて自らの存在を必死に伝えようとしていた。
 ――届いた。
 油断は出来ないが、安堵に似た感情が咲く。それと同時に。
 この辺りが分水嶺だ、と。シーヴは理解していた。キメラの浸透は既に終わっている。ならば、進めば進むだけ生存者の存在可能性は加速度的に落ちて行くのも道理だった。

 その後、彼女達は要救助者を三名確保し、中継拠点へと搬送した。
 悔しげなケンゴをシーヴは努めて冷静に、引き摺るようにして連れ帰った。
 ――死なせるワケにゃいかねぇです。
 シーヴのその言葉に、苦い物を飲み下すしか、なかった。

 他方、銀子と久志は殿に立ち続けていた。縦横に広い戦場は、どれだけ走り回っても逃げる者と追う者の構図はある。
「‥‥双截拳奥義、爆魔龍神脚!! って、見様見真似だけど‥‥!」
 今まさに喰らい付かれそうになっていた民間人の直前へと迅雷の神速で至り、ブースターから光を曳きながら蹴り離す。
「もう大丈夫だから、行きなさい!」
 同じく、拳を振り抜いた銀子がAUKVの重厚な背を見せながら吼えた。
 回避に優れた久志も、AUKVを纏う銀子も少なくない傷を追っていた。連戦と、単純な数の差が原因だ。
 負荷が徐々に増している事は感覚で解っていた。これより奥で『遊んでいた』キメラが更なる獲物を求めて徘徊しだしているのだ、と。
 ――足りない。
 銀子にとっては解っていた事だが、現実は固く立ちはだかる。
 でも。
「‥‥此処まで来たら、あとは想いの力よね」
 銀子は、力強く言った。その姿が、久志には眩しく見え――胸の裡に熱を生む。これだから、隣に立っていたいと思うのだ。
「ああ。‥‥出来る事がある内は、二度と諦めてたまるか」
 ――世界を護れたって‥‥そこに生きる人を護れなきゃ、誰がその世界で笑うってのよ!」
 その想いだけで、この場に立ち続けるには十全な理由で。
 走る。

 この戦場で、最も効率よく戦闘をしていたのがヨダカだった。
 北側は傭兵達の動きは最も少なく、キメラは多く流れて来ていたが、それで戦線が崩れる程の事はなかった。
 傭兵達の動きに併せて、軍人達のキメラ用火器の集中運用が出来ていたからだ。要救助者を確保し後方へと搬送しながら多量の弾幕で足を止め、ダメージを蓄積させる。
 だが、時折数に任せてバリケードを突破するキメラなども居て負傷者が嵩んでいる事も事実だった。
「閃光投げるですよ〜」
 時折、どうしようもならない程に負荷が強まった時はヨダカが閃光手榴弾を投げるなどしていたのだが、現状にヨダカの中で鬱屈した思いが籠る。
 状況に応じて最善を尽くしているが、言ってしまえば綱渡りに近しく――。
 ――帰って来たら、文句の一つでも言わせて貰うのですよ!
 少女がそう思っても、仕方が無い事だったろう。


 ――しばしの後、軍人達によるキメラプラント破壊の報せが届く。
 だが、現場はそれを喜ぶ暇等なかった。誰も彼もが、死力を尽くさねばならなかったからだ。
 走れる民間人が全て軍人達に保護されると銀子と久志はヨダカと合流し、手薄な地点の防衛に回っていた。本来の作戦へと回帰する形だったが、戦力の分散に人員の疲弊、負傷も加わり楽な戦場にはなりえない。
 まだか、と。その場に居る誰もが思っていた。
 無線で、少なくない数の民間人が救えた事は連絡がきていた。だが、防衛ライン側と同様に、あちらにも多くの敵が群がってきつつ有る事もまた、知れていた。その負荷故に中々身動きが取れないで居た事も、また。

 そして。

 後退劇は、巨大な粉塵と共に始まった。
 それが宗太郎の十字撃だと気付くより先に、エンジン音が高く、届く。
 それらは、往路でUNKNOWNが目をつけていた車両達だった。幾重にも轟く音は、キメラ達の追走を振り切るように。
 勿論、事前に打ち合わせていた事だ。バリケードを車両で踏みつぶされるというヘマをする事なく、受け入れは完了する。
 トラックから飛び降りたケンゴに、ヨダカは走りよっていた。その顔には、明らかに怒りの色がある。
「お前は命令違反の意味って分かるですか? 軍人は上官の命令以外じゃ死んだらダメなのですよ?」
「‥‥」
「助けたいのは皆同じです。お前は我慢を知るべきなのですよ」
「‥‥す、すいません‥‥」
 少女の至極もっともな言葉に、ケンゴは頷くしかなかった。


 全ての戦闘が終わった後、シーヴは祈りを捧げた。黙祷は、風に乗って周囲へと流れて行く。
 ケンゴはその背を見ながら、苦さを感じざるを得なかった。自身の我侭が助けた命はある。だが、助けられなかった命もある。他者に掛けた多大なる迷惑もある。
 全身を襲う疲労の中で、何が正解か解らずに項垂れていた。
 そこに。
「‥‥助けられなくても仕方ないこと。戦争なんてものは、理不尽なことばかりですからね」
 声が、落ちた。
「――」
「悔しかったら、強くなりましょう。戦力も、戦略も、絆も。‥‥あなたはまだ、発展途上でしょうから」
 宗太郎の声は、酷く優しくて。間違っていないのではなく、ただ、不足を指摘するもので。
 未熟な軍人は、言葉を呑む他無かった。口を開けば、嗚咽が溢れてしまいそうだったから、だ。






 なお。帰投後、彼には前支えが課されたという。
 能力者である事を加味されて設定されたその影には、ある少女の言があったとか、無かったとか。