●リプレイ本文
●The end of epilogue.
その日。その場に居た傭兵達は確かにそれを見た。
夏の香りが色濃い空には厚い筆で塗りあげたような濃淡のある白い雲。
KV達が見守るように飛行する中、燦々と注ぐ陽光を返す海上に浮かぶ船の上。
そこで紡がれた物語の終幕を、確かに。
●
『敵機の接近を確認した。迎撃してくれ』
連絡を受けた傭兵達は、直ぐに最速を愛機に叩き込んだ。
その一団がスチムソンと小野塚愛子を狙う刺客だと言う事は容易に知れた。いや、愛子とガルムが刻一刻と死に逝こうとしている現状、スチムソンを狙ってのものと考えるのが妥当だろう。
不吉な未来を切り裂くように、音。機速はまばらだ。自然と足並みが揃わなくなっていく行軍は、往き足の速さを優先しての事だろう。解けて行く編隊飛行だが、機体の限界に挑むような飛行は雄々しく雄大。
「この前の大規模作戦の時もそうでしたけど‥‥スチムソン博士って想像していた以上に即断即決というか、奔放な方だったんですね」
道中。九条院つばめ(
ga6530)がそう呟いた。
『瞬間移動、便利だよなぁ‥‥』
――俺らも使えるようにならねぇかな?
緊張を笑い飛ばすように冗句を飛ばすのは宗太郎=シルエイト(
ga4261)だが。
『‥‥使い手は選んで欲しいな。とんだ徘徊老人だよ、全く』
『貴様〜! 我々の先達だぞ〜!』
応じた時枝 悠(
ga8810)に対して、ドクター・ウェスト(
ga0241)が刹那の間をおかずに反駁。
『‥‥あー』
――めんどくさ。
独語だけは無線に乗せずに、そそくさと悠は会話を打ち切った。
放置すれば数時間でも説教に及びそうなウェストをナチュラルに無視し一同は前に集中した。懸念は他にもあった。
それは概ね。
(まさか‥‥こんな形で、また出会う事になるなんて)
つばめのこの想いに集約されていた。
ブライトンの所行は多くの者にとって冒涜と言って良い。
『あの時』負った傷を、無理矢理に抉る。
でも。
だからこそ、つばめはこう思うのだ。
――急がなくちゃ。
焦がれるように。
(でないと‥‥このままじゃ、何も伝えられないまま、終わっちゃう‥‥!)
彼女と縁があるものならばそれはやむを得ない事だ。
なぜならば、彼女との別離は。
『愛子ちゃーん!』
その、別離の苦さを振り切るように、オープンチャンネルで声が響いた。底抜けに快活で、今空に在る夏の太陽に似ている、聞く者を焦がし熱を与える声。
『お待たせ! 今邪魔なのを片付けるからちょっと待っててね!』
弓亜 石榴(
ga0468)。
口の端に笑みを浮かべながら彼女はそう言い切った。
声は傭兵達だけでなく船舶‥‥バグアにまでも、届いているであろう。その真っ直ぐさが嬉しくて、石動 小夜子(
ga0121)はくすくすと笑った。
『彼女』を裏切って、そうして死なせて、今。蘇らせて戦わせようとしていた所行に怒りを覚えていたが――それでも。声の暖かさに、引き上げられた。
そして。
『‥‥ゃ、ないの‥‥』
そんな声が耳をくすぐったのが嬉しくて笑みを深め‥‥石動はこういった。
『周防さん、交戦開始しました』
ESM「ロータス・クイーン」を起動させながらの言葉に。
『速過ぎんだろ!』
周防と同じくBF対応にまわっていた宗太郎の言葉が乗った。
少しだけ、英国は反省した方が良い。
●
その機体は、まさに雷光に等しい速度で進んで行く。金色の光を纏って大気ごと叩き割るように機動。
――どちらの死も見た人間としては、少し複雑と言うか。
Gが血流を乱す中、周防 誠(
ga7131)はそう零した。
感傷というには己が余りに割り切り過ぎている事を彼自身自覚している。敵として見続けた事も、彼女を敵として討った事にも悔いは無い。
加速のまま。船舶を追い抜いた。
側面にまわるように機速を活かして迂回しながらだが、数瞬後にはHWに届く。
応射がくるか。圧倒的な速度は濃縮された時間と同義。その刹那の中で思考し、次の瞬間には不要と知った。
「目も、くれませんか」
然り、と思う暇もなかった。
誠は引き金を引く。
強風というには些か苛烈に過ぎる精射が、巨鯨の要所を、抉る。
●
「‥‥外に、連れてって」
戦闘のただ中。少女の言葉を、老人は断る事ができなかった。
ただ危険であるという事が、なんの理由になろうか。
少女が死に往くこの瞬間に見せた気丈さを拒絶するには‥‥老人は、喪ったものが多過ぎたし。
これこそが、彼女が目にする最後の光景だと‥‥老人は、知っていたから。
薄暗い船室などで終わらせるわけには、いかなかった。
●
誠機が交戦を開始して少し。次に敵機と火線を交えたのは悠機。
「この距離だと一人だけ逃がして、っていうのは厳しいか」
HWとKV。双方が距離を詰めている現状、残された時間自体がそもそも限られている。
「‥‥嗚呼、今日も今日とていつも通りだ」
欲しい成果と結果をもぎ取るためには、その過程での失敗を赦されない。
極論、全ての戦場はそういう要素を孕んでいるのだろう。
今。一機と四機の距離が詰まる。
先手は悠。最大射程から高分子レーザーが猛々しく咆哮。
――どうでる?
射撃は小手調べのものだった。老練と言って良いだろう。出方が解らない戦場での動き方を心得ている。尤も。籠められた威力は本物で、それ故に欺瞞を赦さない。
敵機は、突破を選んだ。
回避が叶わなかったのかもしれない。兎角、敵は悠を『無視』した事が現実。
「なるほど、なぁ」
数撃後、ブーストをかけながら現実離れした機動で旋回。一挙に追う側へと回る。
『傷ついてる‥‥? 動きが何か遅いような気がするけど』
追撃している最中に降った声に、悠はマイクを切りっぱなしにしていた事に気づいた。
――目の前で攻撃している所を見てるし‥‥つまり。
「‥‥よく見てるな」
そう思いながら、マイクをオンにした。
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追う悠の対面。HWを挟む形で、小夜子機と石榴機。そして、BF対応として宗太郎機が横並びになっている。機速の都合だが、小夜子と石榴は連携を最優先したため石榴機が小夜子に合せる形だ。
『‥‥急に宇宙から敵を寄越すのは無理だろうし、前のLH強襲の時の残存部隊なんじゃない?』
『『なるほど!』』
悠の返答に、石榴と宗太郎の声が重なった。
『いやぁ、気になってたんだよなぁ』
暢気に言いながら、宗太郎機からK02の瀑布がHWへと飛ぶ。そうして、そのまま宗太郎機はそれ以上追撃するでもなくBFへと向かって直進を選んだ。
『後は頼んだぜ!』
『はい、そちらも御気をつけて』
小夜子の声は、些か気安げだ。予断を許す訳ではないが、此処まで気安い戦場も珍しい。
――多分、皆さんのおかげですね。
自答している所に、声が降った。
『突撃ありきなら早く落とさなくちゃ、ね!』
『‥‥そうですね』
石榴の言葉に、小夜子は最善を誓った。
――会わせてあげたい、ですし。
一刻も早く終わらせたかった。宗太郎と同じようにK02を全弾吐き出した後、真っ向から切り込んで行く石榴機のオウガと悠機に合せるように『ヴィジョン・アイ』を起動。
精緻な情報が、敵を抉る牙となる。
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同じ頃。ハンナ・ルーベンス(
ga5138)は船舶の上空に待機していた。
小夜子機の情報と自身の機体に集う情報を監視し、整理する。小夜子機と同じくESMが駆動。敵の突破狙いが明らかになった現状だが、射程内に捉えるには遠い。
だから、思考する余裕があった。
「小野塚さん」
ハンナ自身が敬愛するリリアの、妹のような女性。なればこそ、自分にとってもそうでない理由など、無くて。
想いながら、ハンナは祈り手を小さく添える。
この先、何が紡がれるかを神ならぬ彼女は知り得ない。
だからこそ、彼女は祈る。
――あとはドクターが彼女達を確保さえしてくれれば。
少しだけ、良い結末が描ける筈だと。
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一方、そのドクター・ウェストはと言えば。
「トマス君、コウして会うのは初めてだね〜」
「確かに、『私』とはそうなるかな」
オロチ改を海上に着水させて船舶に乗り付けた後、スチムソンとの会話に興じていた。
燦々と陽が照らす下、何となく以上に楽しげに。傭兵達に向けていた不信は今はどこかに溶けて消えていたようだ。
「なんだって〜! 武器がない〜? ふーむ、我輩の持ち物の中では〜‥‥」
「今更、要らんだろう」
ソラを見上げた老人はそう言った。敵は全速力でこちらに向かい、傭兵達もそれに対応しようとしている。電撃戦と言って良い。なればこそ、今更自分一人が武器をとった所で意味はないと老人は判じた。
「我輩が魂の共有で練力を供給すればここから離れる事も可能ではないか〜?」
「‥‥さて、な。難しいかもしれん」
続く提案にスチムソンは僅かに言い淀み、そうやってはぐらかした。
「そうかね〜‥‥」
彼にはここから離れるという選択肢を選び得なかった。
――少女と傭兵達の想いの先を見届けずには居られなかったからだ。
ウェストもまた、空を見上げる。甲板にいる少女達を視界に拾わぬように。
「確かに今更上がる時間も‥‥意味もなさそうだね〜」
男は言って、スチムソンへと視線を戻す。
「では、雑談に興じようとしようかね〜、話したいことは山ほどあるのだ〜」
「‥‥まぁ、構わんよ」
憧憬、賞讃、期待の籠った眼差しに、老人は苦笑してそう応じた。
●
誠は、巨鯨をたった一機で喰らいつくさんとしていた。
苦鳴するように巨鯨の身が震え――。
「‥‥あー」
これは参った、と誠は声を零した。
搬出口は潰されてしまったが、内壁を喰い破るように湧き出たのは、目視で数を数えるのも鬱鬱としてしまいそうなキメラの山、山、山。
機動力・火力に優れた誠機だが、群れた単体戦力の相手となると些か以上に厄介‥‥と言えた。
とはいえ。
「ま、後はお願いします」
誠は慌てるでもなく、そう言った。
『残しててくれて、ありがとよ!』
どこかやけっぱちな声が帰って来て、誠はつい笑んでしまった。餅は餅屋、と。
『フィーニクス・オーバードライブ!!』
高らかにそう言い放ち、『ストライダー・ゼロ』のフィーニクス・レイが限界駆動。
湧き出たばかりのキメラ達は、未だ広く散開するには到らず――それ故に、彼にとっては良い的で。
『貫くぜ、ストライダー!!』
言葉と同時、放たれた光条が数多のキメラ達を呑み込んだ。
「御見事、御見事」
『‥‥ま、な」
結果を全て見ない内から、残党処理へと移って行く二機の間で交わされた会話は、今ひとつ煮え切らないようだったのは‥‥まぁ、余談だろう。
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BF側が一応の決着を見せつつあった頃、かたやHW側は、というと。
『い、急がなくちゃ!』
存外、苦戦していた。
追い立てられるように機動する敵はただ、KVの動きに比べて動きの鈍い船舶への攻撃、あるいは墜落を狙っている。
回避機動を潰すように悠が火力をばらまき、小夜子、石榴が追撃する。開いた距離を詰め、射撃し、距離が開くが‥‥開く距離、その積み重ねが地味に響く。
漸く二機を落とし――三機目。
プロトン砲の間合いを考えれば間に合うか、否か。状況は不透明に過ぎる。
「‥‥大丈夫です」
だが‥‥HWを迎撃すべく機体を進め始めたハンナは、この期に及んでも信じていた。
これだけの想いが募っている空の下で――。
「間に合わない筈が、ありませんから」
まっすぐに見つめる、先。
つばめ機のディスタン改が、居た。
『‥‥届きました!』
swallow。
護る為、とこれまでを共に在り続けた機体。機速の鈍さに焦りを覚えないでもなかったからこそ、その言葉には安堵すら混じっている。
――護れる。
あるいは伝えられるという、安堵。
つばめはHWと船舶、その間に乗機を差し挟むようにして強引に射線を覆い‥‥通した。
引き金は、軽く。
銃撃が放たれた。
挟撃に、最後の一機まで喰い破られるHW達。
後に残った僅かなキメラ達も――じきに、駆逐される事となる。
●
空中機はそのままでは海上に着水できない事を多くの者が失念していた。
それ故、直接の対面を果たす事は出来ない。戦闘を終えて改めてその事に気付き、ドクターに輸送の提案をしたが、愛子自身がそれを拒んだ。
弱々しくも頑なな拒絶。
でも。
少女と一匹が、甲板からソラを眺めているその表情を見て、傭兵達は現状を受け容れた。
『‥‥あの時、助けられなくて、ごめんなさい』
切欠は、つばめ。
ソラからは、今、愛子が苦しんでいる中でこちらを眺めているのがよく見えていた。
笑んではいる。でも、痛みに堪えているのも良く解って。
伝えたい事が、あった筈なのに。
溢れた情を、止められないでいた。
『今もまた、何も、できなくて、ごめん、なさい‥‥』
●
ばかね。
こんなに、泣いて。
敵だった筈なのに。
――まるで、友達みたいに。
『‥‥リリアにとって、あなたはただの部下ではなかったそうですよ』
男の声。知ってる声だと思って、次に、言葉の内容に意識を奪われた。
『彼女は、可哀想なあの子に残酷な死を押し付けたのは貴方達よ、と言っていました。‥‥自分はそれを、謝らないといけない』
この男がリリア様を殺した。でも、その言葉を聞いて。
どうして、私は。
『私はハンナと言います。‥‥リリア姉様の最期は、安らかでした。姉様は言っていました。貴女は唯の部下では無かった、と。激しく、哀しい声で。だから‥‥」
裏切られたのに。
こんなに‥‥。
『ね、愛子ちゃん。一緒に来てくれるって約束を護ってくれて、嬉しいよ』
――。
『私も、これからはずっと一緒だって約束を、護るよ。ずっと見てる』
‥‥石榴。
『友達、だもん」
恥ずかしげもなく、いつもあなたは、そういう事を言う。
夏のソラが、眩しかった。遠く、朧な機影のうちの一つが、石榴のものなのだろうか。
酷く醜い世界の中で見つけた‥‥友達。
――別に、あなた『達』の為に、裏切ったわけじゃないし。
そんな事を思って‥‥ガルムがすん、と鼻を鳴らすのを聞いて言うのをやめた。
ほろほろ、と視界が霞んでいく。とても青いソラが、白い光に包まれて。
「‥‥あ、りが、とう」
○
言霊はそっと紡がれて‥‥ソラに溶けて、消えた。
●
『石榴さん』
『うん』
『‥‥よく、我慢、しましたね』
『‥‥う、ん』
そんな小夜子と石榴の会話を聞いて、宗太郎は思いっきり笑んだ。
『死者の再生はまぁ‥‥厄介なんだろうが。不思議と負ける気がしねぇな』
だって、そうだろう。
自分達は、こんなにも今を歩んでいるのだから。
『負ける訳、ねぇよな』
声は、どこまでも力強く。
惜別の蒼天に、響いた。
ちなみに、これは余談だが。
『‥‥ったく、世界の頭脳ってやつは、どうしてこう』
無茶する爺ばかりなんだと続いた悠の言葉に、スチムソンは虚をつかれて湿っぽくなる声を整えようとした。
「フン」
――だが、結局。老人は咳払いに留めざるを得なかったという。