●リプレイ本文
石動 小夜子(
ga0121)は手慣れた様子で準備を進めていく。お茶とお茶菓子の準備に、ススキ。それからやっぱり、月見団子。これは親友の弓亜 石榴(
ga0468)と共に作ったものだ。
今日は小夜子と石榴と新条 拓那(
ga1294)の三人で、鶴亀神社に集まっての月見パーティ。
皆で静かに月を眺めて。その傍には、赤い月。
「とうとうここまで来たって感じだよね。ま、いつも通り行けば大丈夫だろ! ‥‥って、今回ばかりはお気楽にもいけないか。あそこに殴りこみにいくんだもんなぁ」
いつも通り過ごしていても、この後に控える戦いのことを忘れるわけにはいかなくて。
小夜子は目を閉じて、皆が無事に戻ってこられるように、と願をかけた。
「――今までありがとう」
訪れた静寂を最初に破ったのは、石榴だった。
「二人がこの神社に居てくれたから、今の私があるんだと思う」
キョトンとする二人の顔。多分言っても何のことか分からないんだろうな、と、石榴は思っていた。説明する気も無い。彼女にとってこれはただのけじめだ。
これから一番危険な戦いに挑むのだから、言えるうちに言って――
「私こそ、ありがとうございました。その優しさに甘えてばかりなのが心苦しいです‥‥」
石榴に浮かぶ覚悟を遮るように、小夜子が口を開いた。そして。
「けれど、石榴さんは自分の事には無頓着過ぎるきらいがあるので。この戦い‥‥くれぐれも無茶をしないでくださいね?」
釘を刺されて、石榴はただ、少し気まずそうに頬を掻く。石榴は曖昧に返事をして、向こうで遊んでくる、と、足元に居る子犬を抱きあげた。
「新条さんファイト」
去り際、拓那の耳元に囁いて。
「その‥‥拓那さんも、今まで一緒にいてくださってありがとうございました‥‥」
そうして、小夜子が、俯き気味に、とぎれとぎれに言葉を紡いだ。
「ああ、うん‥‥」
彼女の言葉が途中であることは分かっていて、それでも拓那はあえて途中で言葉を挟む。
「能力者としての戦いは、あそこから生きて帰れば終るのかもしれないけど、ほら、よく言うだろ? 生きることは戦いだ、って。だから、きっと、人生の戦いは続くんだと思う」
小夜子が拓那の言葉にゆっくり頷くのを確認して、そこで、拓那はしっかりと小夜子に向き直った。
「その戦いも、一緒に戦ってくれたら心強いかなって‥‥。ダメかな?」
思いきって、告げた言葉。
小夜子はその言葉に、驚きに目を見開いて、肩を震わせていた。
「は‥‥い‥‥」
そうして、震える声で、彼女も答える。
「‥‥この戦いが終わったら、これからも一緒に居てください。私からも、お願いです‥‥」
答える彼女の態度がいとおしくて。
「あ」
拓那は、思わず小夜子の肩を抱き寄せていた。
「――二人で、最後まで生き抜こう。生き抜いた後もずっと、二人で生きていたい」
改めて、拓那は自分の想いをはっきりと告げる。
淡い月光の中に浮かび上がる彼女の姿は、たとえようもないほど美しくて。拓那はつい――
――ガサリと、近くの藪が音をたてた。拓那は慌てて我に返る。
「出歯亀じゃなく純粋に心配してただけだからね?」
とは、藪を鳴らした犬を抑えようとしていた石榴の弁である。
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「は、はぅ。ボクももうちょっと女の子らしい格好をした方がいいのかなって思いますけど‥‥さ、流石にこれはちょっと可愛すぎるというか何と言うか‥‥っ」
「あは。ごめんなさい。でも、似合うと思いますよ?」
洋服屋の一角で、そんなやり取りをしているティリア=シルフィード(
gb4903)とノエル・アレノア(
ga0237)はその日、どう見てもごく普通の恋人同士だった。
ノエルが勧めた服にわたわたと戸惑うティリアの態度が愛らしい。
「‥‥そ、その。本当に、こういう服、ボクが着て似合うと思いますか‥‥?」
「うん、本当にそうおもいます。きっと可愛いのにな‥‥」
他愛もない会話。二人で歩く、いつもの町並み。だけど。
(宇宙に上がってしまったら、戦いが終わるまでノエルさんと過ごす時間は無いはず。今日のこの時間‥‥大切にしないと)
そんな想いも渦巻いている。
いつの間にか傾きかかった太陽。高台から眺める町並みが、茜に染まっていく。
「空も、街並みも、人も夕焼けに染められて‥‥とっても綺麗」
ティリアは、眼前に広がる景色から目を離せないまま、どこか呆然と、そう答えた。
そして。
「でも‥‥綺麗過ぎて、少し、怖い」
少し震える声で、そう続けた。
「このまま、陽が沈んだら‥‥目の前のこの綺麗な光景も‥‥ノエルさんも、皆吸い込まれるように消えてしまうんじゃないかって‥‥」
零れ落ちてしまった不安は、堰を切ったように、次々とあふれてくる――
不意に。視界が回転した。
釘付けになっていた橙色の町並みが急に眼の前から消え去って、視界が暗転する。気がつけばティリアは、ノエルの腕の中にいた。
そのまま、深く口づけられる。ティリアは、一度驚いて‥‥それから、目を閉じて全てを委ねる。
「本当は‥‥ずっとこのまま、キミを離したくないのに‥‥ね」
吐息のような呟き。それがかなうならどれほどいいだろう。だけど行かなくてはならない。だから、せめて。
「ねえ、ティリアさん。また、此処へ来ましょう。最後の戦いの後も、また二人で」
共に生還するという、意思と、願いを。
「‥‥‥‥はい。ボクもまたこうして、一緒に夕焼け、見たいです‥‥」
その想いが等しいことを、確かめ合う。
夕日が照らす道を、手を繋いだまま、二人は家路へと歩いて行く。
長い長い影が伸びて、寄り添っていた。
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漸 王零(
ga2930)は剣を振るっていた。築き上げてきた技術、しみ込ませた感覚はそのまま、闘ってきた記憶に連なるもの。それを確かめるように。
(最終決戦‥‥終戦か。この戦いに加わって5年‥‥短いようで長く、長いようで短い日々だったな)
世間の情勢など興味を持たず、大地を駆け剣を振るう事しか考えていなかった彼がまさか、宇宙に出て大局にかかわりを持つとは。そう思うと、
(人の生とは、面白いものだ)
気付けばすっかり日は落ち、星空が姿を見せ。見上げながら、剣を収める。星空とともに、思い出す存在。
「汝はそこで退屈をしていないか? ‥‥我は汝との誓約を守れているか?」
空に向けて問いかける。
答えは‥‥この戦いで出るだろう。
LHにある、KV格納庫。
赤宮 リア(
ga9958)は、最終決戦に挑む前に入念に愛機のチェックを行っていた。一心不乱に、没頭して‥‥。
――怖い。
それでも、ふと滑り込んでくる思考。
(いよいよ、あの赤い月に乗り込むのですね)
恐怖を覚えずにはいられなかった。
今まで何度も修羅場を乗り越えて来たが、今回ばかりは‥‥本当に生きて帰れるか‥‥。
リアは無意識に己の腹に触れていた。
‥‥そこには、新たな命が宿っていることが、少し前に知らされている。だからこそ。
(戦う事には慣れたと思っていたのに‥‥怖い、逃げたい‥‥)
――死にたくない!!
内心叫んだその時に、ふと別の気配が生まれていた。振り向くとそこにいたのは王 憐華(
ga4039)。
憐華は、シミュレーターを利用しての訓練を丁度終えたところだった。疲れを残さない程度に程よく調整を終えたところで、機体の整備に立ちあうリアに気がついたのだ。
同じく、母となることが判明したばかりの憐華に、リアは思わず胸中を打ち明けていた。
「私達‥‥生きて‥‥帰って来れるでしょうか?」
不安に揺れるリアに、憐華は答えた。
「帰って来れますよ。だって、私たちには零がいますし‥‥なにより彼の子が力を貸してくれますしね」
憐華も己のお腹を愛おしげに撫でながら、しかし彼女は迷いなく。
「今夜は眠れそうもありません‥‥」
「あなたの熱い熱を‥‥私たちに分けてください」
夜、そうしてそれぞれに訪れてきた二人の妻に、王零は両腕を広げる。
「しょうがないな‥‥おいで二人とも、その不安の迷いもぬぐってあげるよ」
左右それぞれの腕で王零は二人を抱き寄せると、ベッドの上でその身体が重ねあわされる――
そうして、三人はベッドの上で、同じ朝を迎えて。
いつしか、吹っ切れていることにリアは気がついていた。
怖くないと言えばウソになる。でも、ここで逃げて、代わりに誰かが死んでしまったら一生後悔するだろうと。
「私達は必ず3人で生きて帰ります! そして、生まれてくる子供に聞かせてあげましょう。私達の物語を!!」
宣言するリアに――
「3人? ‥‥違うだろう? 5人だよリア」
「そうですよ。私と、リアさんと、零‥‥それに私達のお腹の中の子供、5人で帰ってくるんですよ」
王零と憐華が、応える。
「戦争が終わっても私達の零の愛をかけた戦いは続くんですから‥‥気を緩めちゃだめですよ?」
最後に、耳打ちしてきた憐華に、リアも「望む所ですよ♪」と微笑み返しながら。
「さぁ、いこうか‥‥やることは一つ‥‥ただ、勝つだけだ‥‥暴れまわるぞ、ダーナ」
「さぁ、戦いを終わらせるために舞いましょう‥‥白鳳!!」
「さぁ、熾天姫‥‥行きましょう! 未来を掴み取る為に!!」
愛機のもとへ向かった彼らは、それぞれに決意を告げていた。
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崑崙基地にて補給を受けていた小鳥遊神楽(
ga3319)は、現時点の崑崙基地内での時刻を確かめると、ふと淡い期待を抱いて待合室を一度離れた。そして。
「‥‥ごめんなさい。時間も余り取れないだろうに、無理を言って」
「いえ。丁度勤務時間外でよかったです」
神楽は、孫 陽星との時間を得ることに成功していた。
軽く互いの調子を確かめ合って、それからしばし雑談をする。
「‥‥次の戦いが終わったら、戦局も落ち着いて陽星さんも休暇を貰えるのかしら? そしたら、ゆっくりとデートしたいわ。そうね。何か陽星さんの好きな料理を作ってあげるというのも良いかもしれないわね」
神楽の言葉に、陽星は目を閉じて想像した。休日を、大切な人と過ごす日々。
「ああ、いいですね。神楽さんの得意なものやお好きな料理も知りたいです」
一大決戦を前に随分と呑気と思われるかもしれないが‥‥そんな未来が待っていると、望むことがまた力になると思うから。
‥‥決戦の前に約束をしたら、死亡フラグだなんて説もあるが。
「大丈夫よ。うちの小隊は小隊長の薫陶が行き届いているから無謀なことだけはしないしね。きちんと元気な姿を見せるわよ」
神楽はそう言って微笑む。
‥‥バグアとの戦いに、絶対安全な場所、作戦などあり得ないだろう。だけど。
「信じます――‥‥貴女を」
彼女が心を決めているなら。案じるよりも信じて託すことを、選ぶ。
そこからは暫く、ただ他愛もない話をして過ごす。――その間に、二人に許された短い時間が、容赦なく零れ落ちていく。
ふと、陽星が時計を確かめたその瞬間。神楽は陽星の身体に腕を伸ばして抱きついた。そのまま‥‥自ら、唇を重ねる。
唇が離れたその後も、腕は離れなかった。残る時間を惜しむように、ぴったりと身体を合わせる。
陽星は初めこそは驚いたが、やがて彼も腕をまわしてしっかりと抱きしめた。彼からも改めて、口付けを落として。
――少ない時間。せめてもっと、二人の為に大切に使うことはできないのか‥‥。
そんな願いが芽生えた、その時。
「‥‥エネルギーを十分貰ったわ。次に会うときにはお互いに笑顔で勝利を分かち合うことにしましょうね」
そろそろ時間も限界だ。名残惜しげに、神楽はその身体を離す。
「だから、お互いに最善を尽くすことにしましょう。それがあたし達に相応しいと思うしね」
「ええ。誓います。ここで私も全力を尽くします」
‥‥そうしたら。
「小鳥遊神楽さん――‥‥私と、結婚してください」
それは本当に最後の瞬間。言葉とともに、基地に残るものと旅立つものを隔てるゲートが閉じられたのだった。
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鐘依 透(
ga6282)と九条院つばめ(
ga6530)は、格納庫で己のKVを磨いていた。
透にとってKV磨きはすっかり年越しの恒例となっていたため、どこかでやらないと締りが出ないという。
(‥‥一番長い付き合いだったのは代鏡、か‥‥)
まずは透のミカガミ。
(僕はお前を使いこなせてた、かな‥‥)
何より乗りなれた機体。コックピットに座れば、一体化したと錯覚するほどに。
今後、乗る機会があるかどうかは分からないのだけど。
(やっぱり、僕の一番の相棒は‥‥お前だった‥‥)
偽りなく、心からそう思う。
(空鏡‥‥奪還作戦でシェイドに刃が届いたのはお前のおかげ。お前じゃなければあの一撃は無理だった)
もう一つの機体に向かい思い出すのは激しい戦い。きっとあの戦いで守れたものがたくさんあるだろう。
(お前という英雄と共に飛べて嬉しかった‥‥)
黙々と磨き上げる透の横顔。つばめもまた、祈りを込めて彼の機体を手入れする。
(代鏡、空鏡‥‥透さんを宜しくお願いします。私の大好きな人を、守ってあげて)
‥‥やがて二台目のKVも、塵一つなく清められていく。
次はつばめの機体。機体種別は‥‥S−01。最後の戦いに挑む前にこの機体を磨きあげながら思い出すのは、彼女がKVで初陣に出た、その時のことだった。
初めて参加した大規模作戦、第一次五大湖攻略戦。結果は、初陣でいきなりの撃沈だった。
(‥‥この子には悪いことをしちゃったな)
申し訳なさと、それ以上の感謝と敬意が溢れてくる。きっとまた、この子の力を借りるときが来るはず。予感ではなくそれはつばめの望みでもあったのだろう。
そして最後は‥‥『swallow』。つばめの大切な愛機であり、無二の相棒。
「まさか君と宇宙まで一緒に行くことになるなんて、お互い思ってもみなかったよね?」
‥‥本当のことを言えば、今まで別の機体に乗り換えようと思わなかったわけじゃない。でも、ずっと一緒に戦ってきたこの機体を手放すことがどうしてもできなくて。
(出来の悪い主人のせいで、沢山傷を付けて、壊して‥‥でも、その度に君は私と、私の周りにいる人たちを守ってくれた。本当にありがとう‥‥)
つばめは、綺麗に磨き上げた愛機の、その正面に立ち、腕を伸ばす。
「最後まで一緒に行こうね、『swallow』――」
そっと抱きしめてつばめが告げる、その足元で。
「‥‥頑張り過ぎる所がある子だから‥‥確り支えて‥‥守ってあげて欲しい」
こっそりと、透が彼女の相棒にお願いしているのだった。
ようやっと磨き終えて、ふう、と一息つくように、透は代鏡のシートに身を沈めていた。ふと思いついて、つばめを呼び寄せる。
二人でいるには少し手狭な空間に、身をかがめてやってきたつばめに‥‥透は不意に手を引いて、抱き寄せる。
「と、透さん、私着替えてないから、き、汚いですよ‥‥っ!?」
慌てるつばめの言葉を、唇で、ふさいで。
「‥‥絶対に帰って来よう、約束」
透は彼女に、そう告げる。
「‥‥はい。約束です」
ややあって、落ち着いてきたつばめも、ゆっくりとそう答えて。暫くそのまま、抱きしめる。
――馴染んだコックピットと、誰よりも大切な人。このまま本当に、全てが一つになってしまえるような。そんな心地が、した。
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葛城・観琴(
ga8227)は、さて今日はどうやって過ごそうかなとあれこれとプランを想い浮かべながら、恋人の部屋を訪れていた。
軽くドアノブを捻ると、鍵のかかった感触。合鍵を使って扉をあけて、何気なく見まわすと、すやすやと寝息を立てる愛しい人、秋月 祐介(
ga6378)の姿がそこにあった。
「‥‥ん? ああ‥‥観琴、おはよう‥‥」
やがてもぞもぞと身体を起こした祐介が、観琴の姿を確認するとそう挨拶する。‥‥目が覚めて、いきなり彼女が自室にいることに関しては何ら疑問も驚きもないようだ。今日はどうしようか、問いかける祐介に、観琴は、祐介さんのお部屋でゆっくりすることにさっき決まりました、と微笑んで。
「やっぱり‥‥無理してる様に見えるかな?」
苦笑して祐介はそう聞いた。事実、少し無理をしていた。傭兵としての依頼や作戦準備だけでない、最近の祐介は軍やメガ・コーポに対し伝手繋ぎが出来ないかと動き回っていた。
「これでバグアとの戦いは最後になると思うけど、問題はその後、その時に二人で暮らしていけるか‥‥そう考えると、どうしても‥‥」
祐介は、観琴にだけは弱さを見せる。
今は大丈夫でも、次の瞬間には何もかも消えていってしまうんじゃないかと。
だから、常に走り続けて、登り続けていないと‥‥と。
無限の闇に沈み続けているような思考は、しかし観琴の胸に受け止められて、落下をやめた。
「死にたくない、失いたくない‥‥そんな叫びは、エミタ移植前に済ませました。ここまで引き摺るようなものでもありませんので」
なんと言うこともなしに、観琴は告げた。彼女は、この局面を迎えて。いや、こうなるずっと前から。望むことは、たった一つ。
「最後の大舞台を終わらせた後、またこの星の上で会って下さいますか?」
――ああ。
何ていう、人だろう。
誰でも無い「僕」を、必要としてくれた人。
大丈夫だ。この人が隣に居るならば、どこまででも行ける。
でも。
「今だけはこうしていたい‥‥かな‥‥」
今は本当に、ただそれだけを。どうか。
ぎゅ、と、祐介は観琴を強く抱きしめていた。
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中国の片隅にあるそのジャンク屋がKVを預かっていたのは、とても特殊な事情によるものだ。本来、ここが傭兵と関わりをもつことなどほとんどない。
だからこそ、春燕はこの季節、二人目の傭兵の来訪にひどく驚いていた。
「息災にしておるかえ?」
秘色(
ga8202)の来訪に、春燕は驚きに目を見開いていた。
「学校の資料は送りつけてみたものの、その後如何しておるかと思うてのう」
お茶を飲んで一息つきながら、秘色は春燕の近況を一通り確かめる。どうやら順調に学んでいるようだ。
だが、春燕の様子を聞く秘色の様子はどこかうつむきがちでもあった。
「じゃがのう‥‥、わしはおぬしの夢を応援しつつも、一方では複雑な気持ちもあったのじゃよ」
KVは兵器だ。その整備に関わるとなると、自然、戦いにも関わることになるだろう。
‥‥本当に春燕の夢を応援すべきかどうか、少し悩んだのだという。
「出来るなれば、斯様に可愛い娘御を戦いに引き込みとうはない故」
秘色が本当にいとおしそうに春燕の頭を撫でる。
「私‥‥今、すごく楽しいです」
夢のこともあるが、今は学校で学ぶこと自体が楽しい。だから秘色さんにはとても感謝しているとそう語る春燕の瞳は、間違いなく輝いていて。
ふっと、秘色も微笑んでいた。やはり、夢は尊い。叶えて欲しかった。
春燕が整備士になるころには、KVは今とは違う使われ方をしているだろうか。人には危険な場所の作業や、大規模な工事といった平和利用。そうなってから、存分に腕を振るってもらいたいものだ。
「そうなるよう、わしらが頑張る故」
「はい‥‥」
秘色の言葉に、噛みしめるように春燕が頷いたところで。
「――ところでKVといえば、例のKVの持ち主とは如何なっておるのかの?」
「え!?」
「娘のようなおぬしの恋模様も心配での。ほれ、吐け。申すまでわしは帰らぬぞ!」
「え、えぇえぇえ〜!?」
照れよりもいきなりの空気の豹変っぷりについて行けないのか、春燕が混乱した声を上げる。
――暫くのち。
春燕も結局丁度良かったのか、白状してからさらに恋愛相談へと進んでいたのだった。
「さて、おぬしの夢を叶える未来の為に、気張って参ろうかの」
ひとしきり話を終えて、立ち上がろうとしたところで。
「――あなたのことも、きっと引きとめることはできないのですよね?」
ぎゅっと、後ろから抱き締められた。
「‥‥どうか、どうか決して、無茶はなさらないでください。あなたも、私にとってかけがえのない方です‥‥」
それは、全ての能力者たちへの祈り。これまで倒してきた敵だけではなく、守り、導いてきたものも、あなたたちは背負っているのだ。
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「宇宙へ上がる前に何とかまとまった時間が取れて良かった」
やるべきことを指折り確認。
食材の整理と掃除はやった、留守中のお店の管理と‥‥それから、足元の愛犬に視線を落とし、「ソレイユの世話も頼んだ」、と、声に出して確認する。
「あと、何か忘れていることはない?」
万全を期すべく遠倉 雨音(
gb0338)は親友の美崎 瑠璃(
gb0339)へと声をかけて。
話があると、神妙な表情で瑠璃は言って、話を切り出した。
「‥‥バグアとの戦いにケリがついたら雨ちゃんはどうするか‥‥って、聞くまでもないか。恋人さんにずっとついていくんだよね、きっと」
問いは途中から確認になる。雨音は、頷いてそれを肯定した。
恋人である「彼」は、戦いが終わったら自分が元の学生生活に戻ることを願っているのは知っているけれど、全ての決着がつくまで途中で投げ出すことは自分の性格上無理だということも自覚していた。
何より――
「自分の愛する人の一番近くにいたい。以前のように、遠くにいる彼を思い続けるだけの日々はもう御免だから」
迷いのない、雨音の言葉。そんな雨音の言葉を受けて、瑠璃は己の決意を告げる。
「‥‥あたしはね、宇宙に関わる仕事をしたいって思ってるんだ」
始まりは、中国での大規模作戦で太原衛星発射センターの護衛に付いた縁。それからも、センターの護衛をしたり、中に勤める研究員の手伝いをしたり‥‥関わりはその後も、何かと続いて。知らないうちに、影響されていたらしい。
「‥‥ま、あたしバカだから実際自分に何ができるのか全然分からないけど‥‥おかしいかな?」
瑠璃の、少し不安そうな問いに、雨音は。
「――おかしくなんて、ない」
はっきりと、そう答えた。
「最近、宇宙の話をする時の貴女の目は今までにないくらい輝いていて、大人びていて‥‥ああ、本気なんだなって、思っていたから」
気休めなんかじゃなく、彼女のことを一番よく見ていた一人として、間違いなく、そう思うから。
「‥‥ありがとー、雨ちゃん」
雨音を抱きしめて、瑠璃は言う。何より大切な、親友。互いの決意は、だけど。
「戦いが終わったら、今までのように一緒に過ごす時間は少なくなっちゃうかもだけど‥‥」
その後は別々の道を歩むという、そういう事実でもあって。
「‥‥でも、離れてても繋がってることはできるよね。なんたって‥‥あたしたち、親友なんだからっ♪」
瑠璃の言葉に、雨音は微笑む。
雨音にとって、瑠璃は。
「騒々しいくらい底抜けに明るくて、おせっかいで。そんな貴女が手を引っ張ってくれていたから私はここまでやってこれた」
最後の戦いを前に親友に向ける言葉は、掛け値なしの、本音。
「――ありがとう、瑠璃。今までも、そしてこれからも‥‥貴女は、私の一番の親友」
●
「ようやくか‥‥」
堺・清四郎(
gb3564)は、本当にしみじみと、その言葉を吐き出していた。
(奴らが来て約20数年‥‥この悲しく惨めな戦いもようやく終わる‥‥)
所詮、終わったところでそれが一時の平和に過ぎないことは分かっていた。
能力者と一般人、宇宙進出か復興か、バーミュナス人とのこと。問題は山のように積み上がってる。
だが、それでも彼はよく知っているのだ。たとえ一時の平和でも‥‥その価値は、10年の戦争などよりもよほどあるということに。
そうして、最終決戦前のけじめとして、彼が訪れた先は‥‥――。
「久しぶりだな、皆‥‥親父」
語りかけた相手から返事はない。そこに並ぶのは無言の墓石たちだ。
「卒業式から10年近く‥‥生き残りが俺含めて片手で数えられるほどになってしまったな‥‥」
一人話をしながら、清四郎は、一人一人の墓に銅菱勲章を供えていた。
‥‥みんなで笑って、馬鹿やっていた頃が懐かしい。自分はうるさく思われていただろうか?
「親父‥‥あなたが命をかけて守ったものが、もう少しで取り返せる」
父の墓には、日本酒をかけてやる。
「もう‥‥親をなくした子供達や、子供を無くした親たちを見ないで済む」
親子向かい合って、酌み交わすかのように。
「あと少しで皆の犠牲が報われる‥‥バグアをこの宇宙から叩き出し平和を取り戻せる‥‥」
無意識に、声に力がこもっていく。
「皆は俺を見守っていてくれ‥‥俺は生きる‥‥! どんなに無様でも生き延びて、皆の犠牲が無駄でなかったことを見るためにも生き延びてやる!」
「英霊たちよ、俺に、力を貸してくれ、俺ともに戦ってくれ‥‥!」
決意とともにキッと空を睨みつけて立ち去る彼の背を押すように――風が、幾つもの墓を通り抜けて彼についていった。
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(最終決戦、これで、決着‥‥戦いが終わって、無事に、帰れたなら‥‥)
恋人の到着を待ちわびるルノア・アラバスター(
gb5133)の様子は、これまで以上に落ち着きのないものだった。
最近は地球奪還や決戦に向けてとバタバタしており、ゆっくり二人きりというのが久しぶり、というのもあるが‥‥。
最終決戦に向けて、彼女は今日、告げようと決意していたことがあるのだ。
一人待っている間、思い出がぐるぐると頭を巡る。
恋人になって2年。印象に残ったきっかけは‥‥水鉄砲勝負の時だったっけ。
それから‥‥いろんなところに行った。一緒に戦ったり、遊びに出かけたり。戦いよりはデートのほうが圧倒的に多かったか。
そうして、もうすぐ、バグアとの戦いにも決着がつきそうで。
‥‥彼女も、最終決戦には参加するのだろうか。
「決戦、出来れば、行って欲しくは、なかったり、ですけど」
それでも、もしも彼女が行くというのならば、一緒にはいられないけど、せめてその無事を全力で祈ろう‥‥
ぐっと拳を握り締めたところで。
一通り回想も決意も終了したところで。
計ったかのように、ピンポーン、とチャイムが鳴らされた。
扉の先に居たのは、フェイントでもなんでもなく、待ちわびていた恋人。
(こういうのはよくフラグ云々と言われますが‥‥気が早いと言うか、法律的に大丈夫なのかとかもありますけど‥‥)
戦いが終わっても、ずっと一緒にいたくて。だから‥‥。
「無事に、帰れたら‥‥いつか、その‥‥結婚とか、したい、かなって」
ごにょごにょと、口ごもってしまったが、彼女は確かに、想いを告げたのだった。
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「武士たる者、出陣前の身嗜みはシッカリせんとな!」
孫六 兼元(
gb5331)もまた、そう言って、KVドッグで己の機体をしっかりと磨いていた。彼の機体は輝く銀の塗装が為されていて、こまめに磨かないと曇りが出てしまうのだ。
通常よりも念入りに行われた作業は、星が空に輝き始めるころに完了していた。
兼元には、友と認めた二人の敵エースがいた。
一人目。兼元が武士としての芯を作れたのは、奴がいたおかげだった。
追いかけ、その力を超えようと、随分あがいたものだった。
「ワシは約束通り、お前が居た春日基地の司令室に到達したぞ!」
二人目は、カスタムティターンを駆る、上級バグアだった。
狡猾な策士かと思いきや、戦うほどに熱い信念を持つ男だったと知った。
「お前との約束も果たしたぞ! あの赤い月に到達し、内部にまで侵入してやったぞ!」
バグアの死後に魂はあるのだろうか。
叫びが届くのかどうか、それは、分からない。
ただ、間違いなくいえることは、兼元の道は、彼らが標だった。
そして‥‥
「だが此処からは、ワシが標とならんとな! ガッハッハ!」
豪快に笑い飛ばす、その手には銅菱と小星章。彼の手にあるとそれはとても小さくて。形として残ったのは、そんなちっぽけなものだけど。
彼の心に、強敵の姿は間違いなく、大きく残っていた。
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――いよいよ戦争も最後か。
整備されていくKVたち。ドッグが見下ろせる待合室で、そうつぶやいたのは誰だったか。
「これが最後の戦い? うふふふ。面白いこと言うね」
それに、ソーニャ(
gb5824)が反応する。
バグアが現れる前から有史以来、人は毎日、せっせと戦争を続けているんだよ。
例えバグアがいなくなっても、戦いが終わることなんかないさ、と。
「まぁ、人類が全滅したならどうなるかわかんないけどね」
己の愛機から目を離さないまま、ソーニャはくすくすと囁く。
だが、今の戦局を鑑みれば人類が滅びることはないだろう。
それはつまり、これからも必ずどこかで争いは起きるということで。
――おかげで、ボクはまだ飛んでいられそうだ。
彼女は笑う。仮にそうならないというなら。
「もし平和がボクから空を奪うのなら、ボクは人相手に戦争を起こすしかないね」
告げられた言葉は冗談だけとは思わなくて。そばにいた傭兵は、思わず気休めの言葉を発していた。
「え? 戦いのない空を飛ぶ方法だってある? アクロバットチームを作る? 君は面白い事を考えるね」
互いに苦笑交じりになるのは、それが現実性を伴わないことが分かっているからだろう。現在、KVは任務における搭乗権を貸与されているだけだ。ULTの意図から離れ自由に動くのは難しい。
もっとも、色々考える前にまず生き延びてからか。
これから世界がどのように変わっていくのかは見届けたい。
人とバグア。
ボクたちの出会いはなんだったのか。
不幸な出会いだったかもしれないけど、なかなか悪くはなかったとソーニャは言う。
精一杯生きて、そして死んでいった。
例え他の人、全てが悍ましくおもっていても。
「――ボクはとても素敵に感じたんだ」
彼女が見る先を、何人が理解できるだろう。決戦は、彼女に何を齎すのか。
●
「つまらない言葉は不要だな。さぁ、始めるとしようかぁ」
「勿論です。合図は‥‥特に必要ないですね」
それだけの会話の後。
赤と黒。二つの残像が交差する。
レインウォーカー(
gc2524)と、音桐 奏(
gc6293)の模擬戦闘。
銃弾を避けながら、距離を詰めてレインは奏に肉薄する。
(思えば奇妙な縁だな、ボクらは)
お互いに戦争屋で、殺し合いをしたこともあるのに決着はつかず、二人とも生きてここに立って――何の因果か、背中を預けて戦う相棒になっている。
レインは、それを心地いいと思っている自分に驚きを感じていた。
彼の刀の一撃を、奏は銃で受け流して。
(狙撃銃のスコープ越しに出会った時から彼は変わりましたね)
レインは、人として優しく、戦士として強くなった。愛する者や信頼できる仲間が出来たからだろうか? 見ていて飽きない人だ。
――この戦いが終わったら、次はどうなるんだろうか?
いつかレインが酒の席で聞いた時に、奏では次の依頼主次第だ、と答えた。
ああ、確かにその通りなのだろう。その結果敵同士となったら、躊躇いもなく殺し合いが出来るのだろう。
(けど‥‥その決着が着いた時ボクらのどちらかは死ぬ)
レインは想う。‥‥それは少し、寂しいな、とも。
だけど。今はそれすらも、二人にとってはどうでもいい。
後のことなどよりも、今ただ他この戦いを、全力で、愉しもうと。
「お前もそう思わないか、相棒?」
「あなたもそうでしょう、相棒?」
‥‥‥
‥‥
‥
「お互いの性能確認完了、と。問題はまったくなしだねぇ。この戦闘、最後まで行けるな、相棒?」
「愚問ですね。あなたの方こそ決着が着くまで死んだりしないでくださいね、ヒース」
結果は――‥‥あえてここには記さない。そもそも、何を持って勝利と呼ぶのかどうか、それは、二人の間でしか推し量れまい。
故にこの戦いの決着は、不明のまま‥‥
「実はヒース、折り入って相談がありまして」
奏がそう切り出したのは、レインが一息つくために水を口に含んだ、その時だった。
訝しげにレインが奏に視線を向けた、その瞬間。
「どうやら私、とある大尉に恋をしたようです」
ぶ は っ 。
レインの口元から、盛大に水が噴出した。
むせるレインに、大成功だと奏が笑う。
いや、やはりこの戦い、最後に奏が一本取ったのかも、しれない。
●
静かな部屋に、はらりと音が響く。
捲くられたアルバムの1ページが、ゆっくり落ちていく。
滝沢タキトゥス(
gc4659)は一人、自室で、アルバムと、今まで集めた置物を見ていた。
綴られているのは‥‥能力者になる前の自分と、その仲間たち。
その中のほとんどは戦場で失った。残った少ない仲間――そこには恋人もいた――とも、能力者になると言ったときに反対を振り切る形になったため、絶縁状態になっている。
(何故自分は戦い続ける?)
こうして改めて、失ってしまったものを確認しながら、自問する。
能力者となり、今まで自分は戦い続けてきた。
死にかけた事も、また苦い結果になった事もあったのに。
死んでいったあの仲間達の為に、それとももう会う事もない恋人の為、それともこの未来の為だろうか。
「――違う」
声に出して否定する。違う。自分はそういう事をする為にここにいるんじゃない。
もっと別の事――自分の為だ、ここに来て失ったものは大きかった、だが。
――だが得られたものもまた大きい。
写真の途切れたアルバムをタキトゥスは、パタン、と、勢いをつけて閉じた。
戦うのは、過去の為じゃない。恩師、友、ここにいる多くの仲間の為に、そして――この拠り所をなくした置物の為に。
自分がこれから歩いて行く先の為に、必要としてくれる人たちの為に。
さあ、終わりにしよう。
この戦いを終わらせ、故郷に帰ろう。
もう元には戻せなくてもまたやり直せる、自分にはまだ両親もいるのだから。
その為には全てを終わらせる為に戦おう。
迷いも躊躇いは――微塵も無い‥‥!
●
「なー、今度のバトルが終わったらさー式あげようぜ? 旅行いこうぜ? パーッとさ」
「結婚式か、どうせやるなら依頼出して派手に宇宙でやるのもいーよな!」
ビリティス・カニンガム(
gc6900)は、ベッドいっぱいに広げた資料、各種パンフレットを叩きながら、ハイテンションで話しかける。
その傍ら、ぴったりと身を寄せ合ってそこにいるのは村雨 紫狼(
gc7632)。
不安を拭い去るように互いの体温を求めあうその姿は、ビリィの小さな体躯からするとどこか歪な光景だ。
その関係について、モロモロの不利益や困難は承知、と紫狼は言う。実際、場所によっては処罰されることもあるだろう。人目を憚る逢瀬となるのはそのためだし‥‥ここに、今の二人の想いは本物だ、尊いものだと記されることも、無い。
二人にとってはごく自然に互いの身体に触れ合いながら、やがて来る戦後に想いを馳せる。
結婚式場や挙式の出来る有名レストランの案内を見てはしゃぐビリティスを、「女」だなあと紫狼は笑う。
「旅行いこうぜ? パーッとさ。金がねー訳じゃないんだしーまた二人で稼げばいいし!」
「おう、新婚旅行は地球一周、今まで傭兵として我慢してきたんだ。長い休暇を取ったってかまやしねーさ」
楽しい空想は幾つも浮かんで‥‥。
きっとこんな未来が来ると信じて‥‥。
「だから、俺は死なない」
ふと、真面目な顔で紫狼が言った。
「俺は不死身の村雨 紫狼だ、ぜったいにお前を独りにしないぜ」
ビリティスをもう一度優しく、強く抱きしめて。
「ビリィが16歳になったら、婚姻届を出す。今はまだビリィ自身が子供だからダメだけど、俺の子を産んでほしいんだ」
きっぱりと、宣言した。
ビリティスは、彼の腕の中で、しばらく震えて‥‥。
「じゃ、じゃあ‥‥絶対生きて帰れるようにさ‥‥おまじないだぜ!」
目を閉じて、飛びかかるように濃厚に口付けて、それに答えた。
そのまま二人は、縺れるように身体を絡め合わせた――
●
宇宙空間を巡洋艦で移動しているクラフト・J・アルビス(
gc7360)は、同行するモココ(
gc7076)を手招きする。
「無重力デートー♪ どうかな? 面白そうでしょ?」
‥‥大したことが出来るわけじゃない。艦内をうろついて、少し二人きりになれる場所探す程度だが。それでも、リラックスになれば、と思う。
並んで移動したり、手を繋いだり。それから、地球が良く見えるタイミングで、一緒に外を眺めて‥‥。
楽しいのだけど。モココはやはり、どこか上の空だった。
今彼女の思考を占めるのは、とある強化人間のこと。昔、命懸けで救おうとした敵。
「聖さんのために行くんでしょ?」
クラフトの言葉に、モココはびくりと体を震わせる。
「頑張れ、ここからになるだろうけど応援してるよ」
心配をかけてばかりの彼。拙い自分の言葉を、それでも彼は信じて、受け止めてくれる。
「どんな風になっても、後悔しないように、ね? 俺はモココのためにならいつでも手ェかすかんね」
クラフトはそう言って、モココを引きよせて。ぎゅ、とモココは、彼の腕の中で目を閉じる。
‥‥前に受けたプロポーズは、保留中だった。
勇気がないから。狂気を持った自分が彼の傍に居続けられるか自信が無いから。
――本当は、気持ちは、ずっと前から決まってる。
だから絶対死ねない。
全てを終わらせて、今度こそ面と向かって一生傍にいたいというために。
‥‥全部終わったらあの日の返事をするから‥‥
「じゃあ、行ってきますっ!」
最後は、心からの笑顔で、彼にそう、言うことが出来た。