●リプレイ本文
日が沈み、茜と蒼のグラデーションを描いていた空に、藍の幕が下りていく。
一つの舞台が終わるように。
(幼いが尊き理想を持つ少女は暗い未来と忌むべき現実に打ちのめされ涙を流す。よい劇だ)
天野 天魔(
gc4365)は内心満足げに呟いて、しずしずと舞台役者たちに歩み寄った。
一幕を演じきった見事な演者たちには言霊の花束を。丁寧にラッピングして捧げよう。
「ジェニー、安心していい。バグアとの戦争の後片付けがすめば昔と同じ様に人間同士で争う事になる。そうなれば戦力になる能力者は引く手数多だ。既に目敏い勢力は能力者を集め始めている。故に君が望めば死ぬまで殺し続けられる」
一人目の役者は、どこか妖艶に小首を傾げそれを受け取ると、返礼に軽い投げキスだけして何処かへと去った。彼女の次の出番はもう、始まっているようだ。
「そして数多の争いで人が能力者をあるいは能力者が人を殺す度に溝は深まっていき、最後には決定的に断裂し人と能力者の争いが始まるだろう。過去に起こった政体や信じる神や肌の色が異なる相手を互いに殺し尽そうとした争いとまったく同じものが人と能力者の間で起こる。故に青年、君の懸念は正しい。自らを守る為に我等は備えるべきだ。既に水面下で能力者のみでエミタの整備や兵器の維持を行えるように準備を進めている者達がいる」
二人目は一瞥だけしてすぐに視線をそらした。差し出されたそれに、慌てて飛びつくほど間抜けではない、と言いたげに。
「そして勝者の弾圧と敗者の反乱。この2つを繰り返し多くの血を流しながら俺達は少しずつ相互理解していき、いつしか俺達は手を取り合う。肌の色や信じる神が異なる者と同じ様にな。だから少女よ、人と仲良くする事を諦めるな。人と能力者の争いは互いを理解するまで続く。なれば争いが起こる前に仲良くし理解しあえていれば争う期間を短く、あるいは争いを未然に防ぐ事すら出来るやもしれん。だから頑張るのだな」
三人目はやはりすぐには手を伸ばしてはこなかった。どうすればいいのかまだ分からずに、視線を天魔と足元へと交互にやりながらも動かない。
投げかけられた言葉はかのものたちに何をもたらすだろう。
‥‥カーテンコールにはまだ早い、まだこれは、幕間に差し込まれた激励。それもまた、これからの演技を変えうるものではあるけれど。
舞台はまだ第一幕。クライマックスは、これから。主人公も、彼らではない。
●
「まだ目的地まで暫く掛かるというのに、気まずい雰囲気ですね‥‥」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)は溜息をついた。どうにかしたいと思う反面、あんな出来事があった後では無理もないという、諦観のまじった溜息である。
「セシルさん、言っていることはそんなに間違っていませんけれど、夢ちゃんでしたか? あの子はまだ14なのですから、もう少し優しくしてあげないと」
手持無沙汰なのもあって、とりあえず日中の騒ぎの渦中にあったセシルに、コーヒーを差し出しながら話しかけてみる。
セシルは、面倒臭そうにしながらも、とりあえずコーヒーは受け取ってくれた。冷徹な空気を纏う青年ではあるが、全く礼節を知らないというわけでもないらしい。受け取る瞬間、視線に軽い謝意は込められていた。全く取りつく島がない、というわけではないらしい。セレスタは、少し安堵する。
「あの子が心細くなっているのも分かります。昨日まではあんなに和やかだったのですから、無理もありません」
「‥‥その程度の半端な覚悟で、良く今まで生き延びてきたものだ、と思うがな」
返事に再びセレスタは溜息をついた。やはり、話してみると彼も実はいい人で‥‥なんて都合のいい展開にはそうそう出来まい。夢の為に、この重い雰囲気を払しょくできれば、とセレスタは願うが、一兵卒でしかないと自認している彼女には、とりたてて良案が思い浮かびそうにもなかった。
ひとまず、別の誰かが前向きな催しでも始めないだろうかと、視線を巡らせる。
(中々に面白い状況になってきた)
鯨井昼寝(
ga0488)はこの状況に内心で、笑みを浮かべていた。火種を抱える、独特の緊張感漂う空間は、嫌いではない。
昼寝はそうしてひとまず、目的の相手を探して辺りを見回した。先ほどの傭兵達の会話。興味なさげに見ていた昼寝は唯一、ジェニーの放った「能力者同士でケンカするしかないのか」という言葉に僅かに片眉を上げていた。この場で「分かっている」のは彼女だけだと。
そうして捜し求める“蜂の巣”の二つ名を名乗る女は、その時ミリハナク(
gc4008)とともにいた。
「ふふっ、暇なら私が付き合いますわよ。持て余した力を受け止めてあげますから、一緒に遊びましょう」
にこにこと話しかけるミリハナク。満面の笑みのその手には、彼女の得物である巨大な鎖が握られている。意図するところははっきりしていた。ジェニーはそれに対し、実に愉しそうに微笑み返し‥‥ただ、すぐにはノッてこない。一応ジェニーとしては、傭兵としての立場は気にするらしい。それは、「安定してキメラと戦える状況が欲しい」という動機ではあったのだが。
構うものか、とばかりにミリハナクは突撃をかけた。その気でなくとも無理矢理巻き込む。戦後は軍に入って能力者狩りをする予定なのだ。いい練習になる。
投げつけた、鎖の先端にある釣り鉤をジェニーは身を捻り避ける、その瞬間、ジェニーの掌にナイフが生まれているのを見てミリハナクは口の端を吊り上げた。先に仕掛けてこられたんだから仕方ない。明るいジェニーの表情はそう語っている。
――バケモノはバケモノらしくしないといけませんわね。ええ。
ミリハナクも満足げに攻撃を続けた。人の心とか、力の有無とか、仕事だとか、そういったことを主張する人は他にいるだろう。ならば自分は知らしめてやろう。能力者というバケモノがどういったものか。
エースアサルトとペネトレーター。単体での戦いは機動力のあるジェニーのほうが優勢か。だがミリハナクはあえて無策に無様に戦いを仕掛ける。大物の得物に隙だらけの挙動は相手にいくらでも反撃のチャンスを与えるだろう。だが持ち前の体力と活性化で耐えるうちに一度はこちらの攻撃が決まる。そうして動きを鈍らせてしまえば、そこからは泥沼の戦いだ。血塗れになりバケモノ同士じゃれあう様が今から想像できて‥‥ミリハナクはその身を恍惚に震わせる。護衛依頼中? 死にさえしなければ味方に練成治療をかけてもらえば何とかなる‥‥。
「はいはい。ちょっとあんたら、何してるの。ストップストップ」
だがミリハナクの妄想は一度中断を余儀なくされる。昼寝の乱入はそのときだった。
興をそがれたミリハナクとジェニーの二人は、胡乱な視線を昼寝へと向ける。だが、昼寝としてはこのまま二人が戦いを続け、そしてそれが一般人の目に触れるというのは避けたかった。そうなればこの場の人間は完全に能力者に対して『引く』だろう。
この場の空気は悪くはないが、能力者対一般人の構図は、思い描く理想の未来とはまた違う。
‥‥だが素直にそれを説明したところで、二人が止まれるとも思えなかった。
「‥‥本気で暇なのよ」
ミリハナクが昼寝に対し、唸るように言った。そこには、緩やかな終末に対しての耐え難い苦痛が滲んでいる。一般人や今後に配慮しろ、などと言って収まるまい。とめるならば、そう、刹那の快楽に変わる何かを示さなければならない。
ジェニーとミリハナクは未だ、互いに武器を向け合った体勢を保っている。それを見て昼寝に浮かぶ笑みは決して作り物ではなかった。
息を呑むほどの奇麗な笑顔。そこに含まれる何かには、闘争のみを望む二人を引きつけるものがある。二人が昼寝に対し顔を向けたところで、彼女の口が開いた。
「一つ、聞かせて」
●
野営のテントが展開される、皆が集まる場所に、ハーモニカの音が響き渡っていく。
奏でるのは、夢守 ルキア(
gb9436)。
「音楽は原始的で、偉大な娯楽。嘗て、吟遊詩人はその曲の美しさで王女を賜った。彼には及ばないが奏でてみせよう」
ケレンミたっぷりの派手な語りで、人々の目を引きつけると彼女はハーモニカを弾きはじめる。
少し開けた空間はしばらく彼女の独壇場だった。
文字通り、独りで立つ。共演を申し出るものもいないし、近寄って見に来るものもいない。たった一人で奏でる曲が、明るく、悲しく、BGMとなってこの場を吹きぬけていく。
行動を起こそうとした夢に近づいていったのは村雨 紫狼(
gc7632)だった。
(確かに、能力者に対して概ね世界は好意的だ‥‥だが、この目の前で起きた歪みの波紋はやがて世界に広まる、か
‥‥俺もグズグズと悲しんでもいられねーようだな!)
そうして夢に連れ立って、紫狼が行ったのは、不安におびえる人々に頭を下げること。だが。
「ああ‥‥うん‥‥」
「いや、いいです‥‥。分かってます‥‥」
結果は、あまり手ごたえを感じられるものではなかった。紫狼と夢の接触に、人々が見せたのは迷惑そうな反応。それでもこちらが言っていることに対し一応は肯定の言葉を返されてしまっては、それ以上会話も広げにくい。
能力者の振る舞いに対し、人々は「謝る」ことを望んだわけではなかった。今、彼らの間に横たわる気持ちは、「極力関わり合いになりたくない」である。だから、謝るという行為は結果的には、「会話を打ち切るために無理矢理『分かった』と言わせてしまう」事になってしまう。それは、かえって両者の溝を広げていた。
紫狼の同行に、初めは勇気をもらってた夢だったが、3人、4人とこういった反応が続くと、彼女は再びうつむきがちになっていく。
「‥‥やっぱり、仲良くしたい、っていうのは私の我儘なんでしょうか‥‥」
「放っておいても、火種や言い争いは起こるだろ。それだけ、誰もが不安なんだ‥‥だからこそ、俺は歩み寄るぜ」
紫狼は、めげずに夢にそう声をかけて励まして、また別のテントへ向かおうとする‥‥が。夢の歩みは、そこで止まっていた。
「‥‥でも、謝るっていうのも、なんだか、違う気がしてきて‥‥」
違和感を感じるのは、これでは話の取りかかりにならない、からだろうか? だが、あの時のセシルの行動が間違っていたのか、と言われると夢には確信がない。
「戦闘狂に復讐鬼、無関心の個人主義者、ただ依頼に従うだけの狭い視野の奴‥‥確かに、それさえやっていれば何も考えなくてもいいし、今さえよけりゃ今はいいだろ」
紫狼の言葉は、間違っていると思うことを間違っていると感じ始めた夢の気持ちを、肯定するためのものだろう。
ただ‥‥味方のはずの彼の言葉に、素直に頷くことはできなかった。むしろ違和感がますます強くなるのは何故だろう。その物言いがやや過激だからだろうか? セシルの行動が完全には否定できない夢に、紫狼の頭ごなしに見下すような態度は受け入れ辛いのか。‥‥それだけでもない気がする。
「逆に考えるんだ、あげちゃってもいいんだってな。自分の考えに固執しちゃ、未来は望めないんだぜ?」
「それは‥‥」
紫狼のその言葉に、夢はとうとう、反論しようと口を開いた。さすがに、自分に所有権がない荷物を軽々と「あげちゃってもいいんだ」というのは明確に賛同できない。ただ、その声はあまりにもか細くて。だから。
「弱いから、困っているから。己の都合だけで他の都合は考えず、それを理由に他人に善意を強いて、与えられなければ逆恨み。
困っているから奪っていい、そんな道理は無いよ」
割り込んだのは、結局別の声――秋月 祐介(
ga6378)のものだった。
「それとも彼等が我々の事情を考えてくれている様に見えたかい?」
荷物を奪おうとする、という行為は勿論、運ぶ任務を負う立場に泥を塗る行為だ。いや、祐介が言う『彼等』の範囲はもしかしたらもっと広いのかもしれない。ある意味ではこの場全体の為に行動したセシルを、【己とは存在が違う】という理由で排斥する者たち。
無言のままの夢に対し、紫狼が祐介を睨みつける。
「そんで? 依頼であれば無抵抗の子供に銃を向ける? 殺さないから温情? ただ上辺だけ、中身なんか何もないマヌケだって自分で言ってるだけじゃねーか」
紫狼の言葉と視線を、祐介はさして興味もなさそうに受け流した。
「正義の味方や博愛主義者気取りならやめておいた方がいい。都合の良い時だけチヤホヤ、見返りなんて大して無い。‥‥能力者にされて。信じて、命を賭け、これがその報酬だよ」
皮肉げな笑みと共に見せられたのは、形ばかりと言って差し支えないほどの中尉の階級章と、低額の年金資料だった。
「正義の味方だとか報酬だとか、そんなんじゃねえ! 俺は『正しい』と思ったからやったんだ 。後悔はない‥‥こんな世界とはいえ、俺は自分の『信じられる道』を歩いていたい!」
シニカルに構えた祐介と丁度対比するように、紫狼は理想を語っていた。
「夢ちゃん、俺は今まで多くのバグアや強化人間、キメラを殺してきた。命を奪われる以上に、奪う事を恐怖していた。正直、挫けそうになったけどな‥‥」
紫狼はキッと、再び祐介を睨みつける。
「こんな頭でっかちの能書き野郎ばかりじゃ、俺がブレてるワケにもいかねーや!!」
そういって、紫狼は夢の手を取ってこの場から離れようとして‥‥。
引っ張ったその腕に、抵抗を感じた。夢はまだ立ちつくしている。答えが見つけられないように。
「意見の対立、思想の食い違い。ジブンにはない、ダレカの考えって凄いよね」
そこに、違う声が混ざる。独奏会を中断したルキアだった。彼女の言葉に、紫狼は一瞬きょとん、とした顔をした。祐介は場合による、とでも言いたげに肯定も否定もせずに肩をすくめた。夢は、俯いたままだった。
「別にいーじゃん。食い違っても、思う通りに動けばいいのにねー」
ごくごく単純にケラケラと笑うルキアの言葉。
「私の目的は、セカイを知り続けるコト。だから生きる、手段も選ばない。きみは何がしたい?」
夢は自分が感じる違和感の理由に気付きはじめていた。思う通り。それはどういうことなのだろう。それが定まっていない。望むことは皆との和解だ。でも、そのために自分がやりたいこと、すべきことはなんなんだろう‥‥。
ルキアの目は語っていた。他人に理由や、意味を求めても揺らぐだけ、と。
「あくまで、私達は個さ」
そう、ルキアが告げた、その時。
人々の輪の中で、騒動が巻き起こっていた。
●
「地球の生命に力を向けたものはドレだ!」
ファミラーゼで乱入すると共に、鋭い声を発して人々を詰問し始めたのはドクター・ウェスト(
ga0241)だった。怯える人々から、やがてセシルにたどり着いたのだろう。彼の武器を奪おうとするウェストの行動に、セレスタと那月 ケイ(
gc4469)が割り込んでいる。
「能力者はもっと厳重に管理されなければならないね〜」
あくまでセシルの無力化を計ろうとするウェストと、セシルの抵抗。そこに、護衛の必要性と、戦力の低下を懸念するセレスタとケイが諌めようとする、という構図。
遠巻きに眺める位置にいた時枝・悠(
ga8810)が、そこに口を挟む。
「銃を持って威嚇した、ってだけだと能力者とか関係ない気がするが、覚醒でもしたのか」
どうだったっけ? と視線をめぐらせる悠に、答えたのはちょうど騒ぎを聞きつけてやってきた祐介だった。
「不法な実力行使に出る迄は交渉に努め、その後も威嚇と警告に止めた。完璧な対応と誉めたい位ですよ」
ひとまずは、彼の射撃は空に向けられた一発だけである。その銃口は直接人へと向けられてはいない。祐介の説明に、悠は肩をすくめる。
「そこから、武器の危険性を飛び越えて能力者が云々なんて段階に踏み込むのは正直どうかと思うが」
まあ、守るべき人を不安がらせる言動ってのも護衛として問題が無いでもないか。そうぼやきながらも、悠もウェストの行動には賛同できない態度を示した。
「思想は自由だが、それは貴方だけの理だ。依頼妨害行為は止めさせて貰う」
祐介もまた、セシルを庇う動きを見せる。流石にこれでは武器を奪い取り破壊するというウェストの目的が達成させられるメは薄い。すると彼は別の動きを見せた。
「物資の一部を我輩が買い取らせてもらおう〜」
そう言って、踵を返し今度は物資のほうへ向かおうとする。
「待ってください。護衛要員である以上は物資を目録通りに目的地まで届ける義務があります」
セレスタが慌てて後を追いかける。
「責任は我輩が取ろう〜。後で請求したまえ〜」
ウェストは平然と言い放つ。止まる気はないようだ。脳裏に浮かぶはKVの機動で殺してしまった少女、そして天魔が死ねと言い放ったポセイドンの老人。贖罪になると思ってないが、もう出来ることは地球の生命に能力者の力を向けないことだと、ウェストは思いつめている。
(思想の中で、一番苦しんでいるのは本人だと思うケド)
ルキアだけが、彼の排他的な考え方にも友好的な意思を示し、ただ状況を見守っていた。
「‥‥ん。とりあえず。買う。というのは。売る。という意思があって。成立すると。思う」
そこで新たに姿を現したのは‥‥ウサギだった。
‥‥いや、ウサギのきぐるみを着た最上 憐(
gb0002)である。
憐は、事の発端に対してはあまり興味がない。
正しいかは、分からないけど、間違っているとは思わない。
もしすぐに止めなかったならば、もっと悪い事態になった可能性も想像できた。
例えば警告が遅れ、少しでも物資を取られたら、皆物資に殺到し、血の気の多い護衛者と、血みどろの争いになってたかもしれない。
あるいは物資を分け与えることで味をしめ、他の能力者とか軍と出会った際にも同じ事をするようになる。さらには真似をするものも出るだろう。そうなれば輸送に遅れが出たり、支援計画がグダグダになったりという心配もある。その際に、もっと荒っぽいものが警備についていれば、本当に危害を加えられることもありえる。
他に有効な解決法があったとして、最速で行動し、被害を0に抑えたのは、セシルなので、ソコは評価されるべきだろうと。
‥‥それも仮定の話だ。だから、憐にとってはとりあえず、誰が正しいの間違っているのと論じるよりは、この場を収めること、そのためのガス抜きが必要だろうと考える。
「で。お金を払えば。この物資。持っていっても。いいの?」
解決の為に、憐が言葉を投げかけたのは傭兵ではなく、この場を主導する一般人の代表者だった。
「‥‥ひっ!? えっ!?」
事態に怯え傍観するしかなかった代表者は、助けを求めるように周囲に視線を彷徨わせた。
一触即発の状態でにらみ合う能力者たち。
不安に顔を見合わせる人々。
ウサギ。
‥‥ウサギ。
この状況において二度見してまうほどの脱力感のある存在ではあった。少なくとも、毒気を抜く、という目論見においては、この上もなく成功しているのだろう。
「ん。放っておくと。持ってかれるよ。いいの」
「あ。いや。それは困る」
恐怖と責任感で板ばさみになっていた男に、呆然とだがそう言わせることができたのだから。
はっとなって、男はウェストを見返した。同時に、セレスタとケイが、男をカバーする位置に回り、安心させるようにゆっくりと頷く。大丈夫です、と。
男は、こうなれば引っ込めるわけにも行かないと、続けて口を開いた。
「‥‥これは、全て予定通り、目的の村に運ぶ必要がある。この地域のことは、この地域の責任者が決めるべきだろう。余計なことをすべきじゃない」
そう、男は答える。そもそも、いきなり現れて事を荒立てた存在に金は払うから物資を寄越せといわれても信頼出来ない。交渉するには、内容もそうだが言動や態度というものも重要になる。
「そう‥‥余計なことはしなくていい。護衛体制も、含めて」
セシルの排除すら、代表者は否定した。そもそも彼の行動に致命的な問題があるのならば、その時点で彼を退去を願うことだって出来たのだ。それがなかったのはつまり、代表者としてはセシルの行動を「護衛行為としては問題がない」と捉えていたことに他ならない。
元々、物資に関してはウェストは強引に奪うような動きは見せていなかった。彼の言う、「地球の生命」に「No」と言われてしまえば、彼としてはもう動くことは出来ない。引き下がるしかない、という様子を見せたウェストに、現場は徐々に解散ムードが流れ出していた。
「‥‥自身の行動がどう受け取られるのか知る事ですな」
最後にポツリと、祐介がウェストに投げつけていた。セシルに手を出そうとしたウェストの行動を賞賛するものはいなかった。セシルの昼の行動に眉をひそめていたものすら。
場合によっては、自腹を切って支援の手を差し伸べようとした彼の行為は認めようとしたものがいるかもしれない。だが、それよりも前に見せてしまった印象が最悪だった。彼の望む世界の、能力者の在り方は、今の彼のやり方では受け入れられることは難しいだろう。
「‥‥村雨さん」
その一連の状況を見ていた夢が、ポツリと、隣に立つ紫狼に声を発した。
「‥‥ごめんなさい。励ましてくれたことは嬉しかったです。でも、やっぱり‥‥村雨さんの言うことも少し、違う気がします」
多くの人が『駄目だ』ということには、やはりそれなりの理由と実情が在るのだ。それを、ただ「頭でっかち」と反発して我を通すだけでは‥‥一度や二度は、それで上手く行くかもしれない。だけど結局は周囲の抵抗に合い、半端なことしか出来なくなるだけだろう。
「‥‥ただ感情論で否定するんじゃなくて、どうして駄目って言われるのかを考えて、その上でどうするかを決めなきゃ、駄目なんだと思います」
いいながら夢はまた泣きたくなるのを感じていた。偉そうなことを言うが、じゃあどうするのか、と言われると何か今具体案があるわけではない。迷わず断言できる紫狼の行動力に見習うこともあるのかもしれないが、だけど、今は。
「‥‥ごめんなさい。今はちょっと、村雨さんとは別の行動を探してみようと、思います‥‥」
告げて夢は、紫狼の元を走り去っていってしまったのだった。
●
昼の空気から、さらに微妙になった夜は益々更けて行く。
「毛布や食料は足りていますか? 体調は大丈夫ですか? 何かあれば遠慮せずに言って下さい。少なくとも俺はその為にいますので」
ヘイル(
gc4085)もまた、地道に人々に声をかけて回っていた。
(超人の憂鬱、と言うやつかな。が、今更それは考える事か? 俺は俺のやるべきことを。『誰か』『何処かで』困っているのなら助けるだけだ)
そう考える彼に対し‥‥しかしやはり、人々の反応は微妙だ。謝られたときと同様に「いや‥‥別に‥‥」といった返事だけ返して、とにかくさっさと追い払おうとする。
(だからどうした、と言えるだけ俺は恵まれている部類なのだろうが)
そうした人々の態度を、彼はさして重く受け止める風でもなく、見回りを続けていく。夢と違って足取りがとまらないのは、その目的が『人々に受け入れてもらうこと』ではなく、ただ『人々に異常がないか確認すること』と割り切っているからだ。だから相手の冷たい態度にも、内心を表に出さず、丁寧に誠意を持ってあたることが出来る。
そうして一通り回り終えた後、彼は今自分のテントの中で一人作業をしていた。
明かりのともるテントに、様子を伺う気配を感じる。入り口を捲り上げると、そこに夢が居た。
「‥‥やあ。よかったら紅茶でもどうだ?」
躊躇いがちにこちらを見る彼女に、ヘイルからそう声をかけると、彼女はおずおずと彼のテントに近づいていく。温かい紅茶は、ぐちゃぐちゃになった頭を整理するために、欲しいと感じる物だった。
「‥‥あの、何を‥‥していたんですか?」
お茶をすすりながら、やがて、中の様子に気がついた夢がそう問いかける。
「ああ。物資や移動時間・ルートの確認と‥‥それから、昼間のような物資が必要な町が他にないかの、確認だな」
まずはこの物資を確実に届けること。それから、調べたことは依頼後、適切な場所に提出の予定だという。
‥‥確かに、自分達でどうにかできないのならば、しかるべき場所に訴える、というのは最も現実的な方法だ。ただ‥‥。
「そんなことして‥‥本当に意味があるんでしょうか」
思わず、夢はそう問い返していた。たかが一介の傭兵がそんなことをしたところで、行きずりの人間に何が分かる、と一蹴されるのではないか。こんなことしても、ただの自己満足に過ぎないんじゃないか、と。
‥‥ああ、私はなんて嫌な女になっているんだろう。声に出してから夢は唇を噛む。分かっている、自分が上手く行かなかったから、きっと何やってもだめだろうと思おうとしているのだと。無力なのは私だけじゃない、だってしょうがないと、きっとそういうことにしたいだけなんだろうと。それでも、内に膨らむ疑念が大きくなるのは止められない。
「――そうかもな」
やがて返ってきた声は。その色は。その表情は。夢は顔を上げて、ヘイルを見る――
(眠れないな‥‥)
ケイは、護衛の持ち回りの時間を終えてテントに戻ると、暫く横になったものの、落ち着かなくてすぐに身体を起こしてしまっていた。
じっとしていると余計なことばかり考えてしまう気がして、少し歩いて頭を冷やすことにする。
だけど、巡る思考は中々止まってはくれなかった。
能力者と一般人の関係はこれからどうなるのか‥‥ついこないだ、相棒とそんな話をしたばかりだ。
これまで共に歩いてきた両人類を信じたいと思う気持ちは、今もその時と変わらないのに。
目の前で人から能力者へ恐怖心や敵意を向けられた事と。
助けを求める人に何もしてやれなかった事が。
(キツイ、なぁ‥‥)
溜息をついた、ちょうどその先。
キャンプから離れようとする、一つの人影があった。
「‥‥どうしました?」
「‥‥!? い、いや別に‥‥煙草を、吸いにいこうと思っただけだ」
露骨に警戒を表した男に、ケイはそうですか、と答えて、少し距離を置いてついていく。何故付いてくるのか、と不審がる男に、護衛として、野良キメラが出ないとも限らないから、とケイは答えた。実際、誰かが集団から離れた瞬間に襲われれば、直接真っ先に襲われなくとも、避難誘導者が気付かない可能性がある。
「‥‥たかだか、数分だよ。それに‥‥別にそんなに一生懸命にならなくていい。別に我々は君達を護衛から外そうとか、報酬を渋ろうとかそんなつもりは‥‥ないから」
「‥‥依頼された仕事だからじゃない。俺があなたを危険に晒したくないと思うから、そうするんだ」
拒絶されるのは、悲しい。だけど引き下がるわけには行かなかった。守れたはずの人を守れずに公開するのは、二度とごめんだった。
「‥‥勘弁してくれ‥‥」
深い深いため息が、男から漏れた。その表情に浮かぶのは‥‥拒絶ではなく、苦悩だった。
なぜなら‥‥
「‥‥勘弁してくれ‥‥別に、嫌いたいわけじゃないんだ‥‥分かってるんだ‥‥」
なぜなら、『普通の人々』には、【能力者を嫌悪する気持ち】と同時に【能力者を嫌悪することを嫌悪する気持ち】も存在するからだ。
奇しくも、ウェストの極端な行動は人々のその思いを刺激していた。
能力者が苦悩する横で、人々も化け物になりたくないと願うものがいる。力などなくとも人は化け物になりうるのだ。猜疑、嫉妬、憎悪。そういったもので。
だが身を守るためには警戒しなければならない‥‥だから、『関わりたくない』のだ。手を伸ばされればいやおうなしに、その手を取るか振り払うか、選ばなければならないから。
‥‥どちらも、したくないのに!
‥‥だがこうなってはもう、仕方がない。今男ははっきりと、ケイに拒絶の言葉をぶつけようとしていた。それが、この男にとっては、能力者との決定的な断絶になってしまうだろう、それも分かった上で。
告げようと、息を吸った、その瞬間。
「だあ、微妙な空気が伝播して落ち着いて寝れやしねえぞクソァ」
‥‥悠は、今回の騒動は基本、スルーの予定だった。
人が集まれば意見は分かれる。正論だとしても、言葉にしてぶつければ反発は生まれる。
誰が悪いって問題でもない。誰かが悪いからって、それを吊るし上げて片付く問題でもない。
‥‥よくある話だ。焦ってどうこうする程ではない。一時の熱で全て失う、そんな脆い繋がりでもない。
ただ、それなりの状態に落ち着くまで、もう少し時間が掛かるってだけだろう。多分。
彼女にとってはその程度の問題。そして関係が拗れた際に、「一旦落ち着くまで時間を置く」というのは、なるほど実際、よく弁えた対処法でもある。
だから彼女は問題解決に動く気などない。フルートを奏ではじめたのはだから、ただ気分転換が目的だった。
ただそれだけの音色が、風に乗って流れていき、そして。
「――‥‥」
ケイの、目の前にいる男の言葉を、止めていた。勢いをそがれた言葉が、雲散霧消して。その場にはただ、フルートの音色だけが漂っている。見せ付けるでもない、押し付けるでもない。誰が奏でているのかもわからない、ただ、そこにあるだけの音色。
「いい曲‥‥ですね」
咄嗟にケイの口から出た言葉は、気まずさをどうにかしたいという思いもあるが、紛れもない素直な感想でもあった。
そして。
「ああ‥‥いい‥‥曲だな‥‥」
搾り出すような、震える声で、男が答える。能力者と一般人。決定的な差を抱えながら、今この想いだけは等しいのだろうと、どうしようもなく分かってしまうから。
男が、煙草に火をつける。
ケイは、護衛としてその近くに控える。
一定の距離は保ったまま‥‥それでももう、男はケイを追い払うことは、しなかった。
「‥‥そうかもな」
夢の言葉に、ヘイルは素直に、己の行動が完璧でないことを認めていた。
「今まで色々あった。幸いにも俺は信頼し合える人達もいるし、世界に絶望もしていない。楽観視していると言ってもいいな」
いいながらヘイルは、身につけたドッグタグや試作型アンサーシステムを撫でる。その表情はとても穏やかだった。
夢は改めてヘイルを見る。この人は幾つなのだろう。そこまで年上とも思えないのだけど。どうやったらこんな表情が出来るのだろう。そこに絶対的な経験の差を感じた。
「夢、といったな。君の願いは大切にすると良い。能力者であると同時に君はまだ子供でもある。それを蔑ろにしない方が良い。
結局、最初と最後には自分自身だけで世界と向き合わなければならないのだからな」
優しい言葉。それに夢は。
「‥‥分からなくなっちゃいました。私の願い。私がどうしたらいいのか。だか‥‥ら‥‥」
俯いて。涙を滲ませて。
「‥‥しも、‥‥だっても、‥‥す、か‥‥」
「ん? すまない。よく聞こえなかった」
「私も‥‥手伝っても‥‥いい、ですか‥‥」
泣きじゃくりながら、夢は必死で、そう告げた。意味があるのか分からない。自分ではもう何も考えられない。それでも‥‥今日見た方法の中では、これが一番、自分が望む答えに近い気がしたから。この場に迷惑を掛けず、独りよがりにならず、あの老人と少年のために何かする方法。自分では何が正しいか分からないから、今は正しいと思った人の真似をしようと、そう思った。
思い出すのは、祐介の言葉。
――だが、彼が君の(個人の物を分ける)考えまで否定したのは言い過ぎかな。
ただ、そう思ったなら、あの時君は動くべきだった。
そうすれば違った結果があったかもしれない。
世界を冷笑するようなあの人が、その時見せた表情は気のせいか、優しげだった気がする。
あの時は答えることができなかった。個人のものを分けるという考えはあとから思いついたもので、結局それが解決になるかの確信もなかったから。それでもやっぱり引っかかり続けたのは‥‥。だけど、何も出来ない自分が、悔しかったからだ。
悲しかったのは、人々に嫌われたことじゃない。
『嫌われても仕方がない。だって私たちは、破壊しか出来ないから』
そう認めるのが‥‥嫌だったんだと。
「有難う。助かる」
ヘイルは何も言わず、ただそれだけを答えて、夢にハンカチを差し出して。
涙をぬぐったあと、ようやく少女は、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「何をしてもいい。但し、結果は自らが背負う――それが自由というものなのだから‥‥」
禁煙パイプを吸い、吐き出すとともに零された祐介の言葉が、静かな夜に溶けて混じっていった。
演奏を終え、ひとしきり満足した悠が、ふっと明かりを消して再び床に付き。夜の終わりが――
●
見え始める。その前に。
表舞台から明かりが消えたその後に。ここで違う舞台袖にスポットライトが当たる。
「一つ、聞かせて」
昼寝が問いかけた、あの場所へと。
武器を向け合う二人の能力者。その情景にこの上ない喜びを感じながら、昼寝は問う。
――闘争は、好き?
と。
その声が秘める凄みに、ジェニーとミリハナクは改めて昼寝に向きなおる。そして彼女は語った。彼女の理想を。
古今東西の物語で語り尽くされた、平和を取り戻した英雄が庶民に排斥される――
そんな陳腐な結末に持っていくわけにはいかないのだ。この自分の目が黒い内は、と。
望むのは能力者同士の戦いであり、闘争の世。
バグア無き新世界で、卑しくも主導権を争い、各国が各組織が武威を競う。
そこでの主役は当然能力者であり、それ以外の存在が介入する余地などどこにもない。
「約束する。自分がその世界を作り出す」
その気なら、その折には尋ねてきなさい、と。
そうして、“蜂の巣”の二つ名を名乗る、傭兵の答えは。
昼寝から彼女へと託された約束の印。桜の指輪が、物語っている。
化け物になりたくないと望む人と、能力者の、そのすぐそばで。
何かが、胎動をしていたのだ。
●
さあ、いかがだっただろうかこのの一幕。
お気づきだろうか。今宵集まった誰一人『分かり合って』いないという事実に。
彼らはそれぞれに、自分の立ち位置と意思を改め‥‥そして、その立場を異ならせるもの同士は、一切の相互理解など進めていないという事に。
だけど‥‥この事実も示しておこう。
そんな一行は、離散することなく目的地へとたどり着き、その役割を果たしたと。
――それはもしかして。『誰かの言葉に感動して、皆の心は一つになりました』なんてことよりもよほど奇跡的で、希望に満ちた結末ではないだろうか。
何を思うかは、貴方次第。
これからどうするかも、貴方次第。
ひとまず今宵の劇は、これにて終幕。