タイトル:もがきはじめた燕の羽はマスター:凪池 シリル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/03 23:51

●オープニング本文


「あ、こんにちは。‥‥あの、今日は?」
 アレックス楊が訪ねてくるとき、李春燕はいつも複雑な気分になる。尋ねる声は、僅かに緊張したものになっていた。
「ああ、悪いけど今日は商売の話じゃなくて‥‥ちょっと、『アイツ』見せてもらえないか、と思ってさ」
 悪いと言いながら明るい声音で言うアレックスに、春燕もまた気持ちが軽くなるのを感じる。
 自然と優しい笑みを浮かべて、どうぞ、と応えて彼女はアレックスを格納庫へと案内した。
 ‥‥そこには、ジャンク屋である李家が、彼から預かっているKVがある。
 半ばパーツを外され、解体中のような状態のKVが。
 ‥‥彼は時折、この店にKVのパーツを売っている。勿論、一傭兵が使用するKVは支給品であるから、許されることではない。だがそれでも、彼には、金を必要とする事情があって、李家は全てを知った上で協力している。
「随分、大事にしてもらってるみたいだな‥‥」
 そう言って、アレックスはKVの表面を撫でた。実際、ずっと動かず置きっぱなしになっているそれには、錆の一つ浮くことなく、埃もほとんど見られないほどに手入れがされている。
 しばらくそうしてアレックスが眺めていると、ふと、ふぁ、と小さなあくびの音がした。
 振り向くと、春燕が恥ずかしそうに少し顔を赤らめて俯いている。
「寝不足なのか?」
「あ、いえその、はい。いえ、あの‥‥」
 何とはなしにアレックスが尋ねると、春燕は肯定とも否定ともつかない返事を、何故か少しあわてた様子で答えた。
「な、何でもないです‥‥」
 何か隠す様子の春燕に、アレックスがどうしたものかと迷っていると。
『――ニュースをお伝えします』
 緊迫した調子のラジオの声が、二人の注意をさらっていった。
『安徽省において、キメラの存在が確認されました』
 続く言葉に、二人は同時に顔を曇らせる。
「ここからさほど遠くもないな‥‥」
 アレックスが呟く。春燕の表情は、彼のものよりもさらに暗い。
『該当の区域は先日も、ULT傭兵部隊とバグア軍の交戦が認められた場所で、UPC軍はその際の討ち漏らしではないかと考え、さらなる調査をULTに依頼する方針と発表しました』
 ニュースが続く。聞きながら、春燕は胸騒ぎが大きくなっていくのを感じていた。まさか。
『なお、交戦直後ということで付近は人払いがされたままですが、傍の林道に民間人のトラックが乗り捨てられた状態で発見されており、現場に入り込んだ民間人がキメラに追われ林の中に逃げ込み、さらにキメラがそれを追った可能性も考慮されているとのことです』
 ラジオの音声がそこまで告げた時‥‥春燕に生まれたいやな予感は、確信に近いところまで変わりつつあった。
「どう‥‥した‥‥?」
 アレックスが、遠慮がちに問いかける。
「お父‥‥さん、少し前に、『回収』に、行くって、出かけ、て‥‥」
 呆然とした様子で、とぎれとぎれに春燕が答える。
「でも! どうして!? どうしてまだ、そんな危険な時期‥‥に‥‥」
 ‥‥ある程度以上の規模の戦闘が行われた直後というのは、確かにジャンク屋にとっては稼ぐチャンスだ。だが、堅実なものならば、慌てて動くという選択は、しない。今のような、危険が残っているという事態は十分に想定できるはずだからだ。彼女の父は、無謀なことはしない人間だった。‥‥が。
「私の‥‥せいだ‥‥」
 徐々に何かに気づいたかのように、春燕は呟く。
「私が! 分かっていたのに! 分不相応な夢なんか追うからだ!」
 呟きはやがて、叫びに変わり。
「落ち着け!」
 そこで、彼女の肩を、アレックスが掴んだ。冷静になるよう呼びかけ、あらためて事情を問う。
 たどたどしく彼女は答えた。彼女は最近、こっそりと勉強を始めたのだという。‥‥高等教育機関で、本格的に工学を学びたい。そして‥‥KVの扱いについて学べるようなところに勤めたいと、そんな、淡い夢を抱いて。
 今からそんな事をしたところで、上手くいくわけがない、万が一ものになるとしたって、何年後になるか分からない。それでも‥‥湧きあがる想いは止まらなくて。
「何より、うちみたいなジャンク屋にそんな余裕あるわけないって‥‥でも、父さんはきっと‥‥気づいて‥‥」
 そこまで言って、春燕はがくりとうなだれる。
「‥‥まだ、決まったわけじゃない。あれが君の父さんだとも、だとしても手遅れだなんてことは」
 いつしか、アレックスの手も軽く震えていた。
「だから、教えてくれ。君の父さんなら、こういう場合はどう行動する? すぐに‥‥確認に行く」
「‥‥。下手に、動くな、って。運にまかせるしかない。隠れ潜んで、災厄が通り過ぎるか、救助が来るのを待て、って、いつか‥‥」
 すがるような春燕の言葉に、アレックスはゆっくりと頷いた。



 ULTへの連絡を終え、アレックスは一足先に急ぎ現地に向かう。
「まさか、彼女があそこまでKVに興味を持つとはなあ‥‥」
 分からないものだなあ、と、心底彼は呟いてから、深いため息をつく。
 気持ちは重かった。この前も彼女は自分のKVのせいで危険な目にあったというし‥‥これでは自分はとんだ疫病神じゃないか、と。
 ‥‥もし今回、彼女に対し償いきれない過失を与えることになったら‥‥もうあのKVのことはあきらめて、二度と、彼女にはかかわらないようにすべきか。そんな風に思ってから、出発前から暗いことを考えてどうする、と頭を振って一度、それを振り払った。

●参加者一覧

水無月 魔諭邏(ga4928
20歳・♀・AA
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
ヨグ=ニグラス(gb1949
15歳・♂・HD
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
宇治橋 司郎(gc2919
21歳・♂・SN
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD
沙玖(gc4538
18歳・♂・AA

●リプレイ本文

●出発前

「水無月・魔諭邏(ga4928)と申します。クラスはファイターですわ」
 魔諭邏がそう言ったのを皮切りに、集った傭兵達は互いに軽く挨拶を交わす。
「ヘイル(gc4085)だ、よろしく。焦っているようだが、落ち着いていこう」
 名乗りながらヘイルはそう言ってアレックスへと顔を向けた。
 ‥‥言わずにはいられないくらい、アレックスからは気が急いている様子が伝わってくる。自己紹介も、移動も、もどかしくてたまらないという風に。
 聞く必要があると見て、ヘイルは移動中、アレックスに尋ねる。誤魔化せるほど器用な性格ではないのだろう。あっさりとアレックスは、目的地付近にあるトラックの運転手が知り合いであるかもしれないということを説明した。
 ‥‥説明したあと、深く俯く様子は、それだけではない悩みの色を浮かべてはいたが。それを問いただす前に、目標の林付近へと到達する。
 一同は顔を見合わせ、頷きあう。ここに来るまでに話し合った作戦、役割分担を念入りに確認しあう。
「いざという時には援護を期待させて頂きますね、アレックス様」
 魔諭邏がアレックスに話しかける。気遣うようなそれは、しかしだから一人で突出するなと釘をさす意味も込められているのだろう。そこまでアレックスが理解できたかははっきりとはしないが、ひとまず彼は硬い表情のまま頷いた。
 ただ、その緊張も一時だけ、ほぐれた事があった。
 秘色(ga8202)が話しかけた時だ。
「時計は役立てて貰えたかの?」
 穏やかに語りかけられたその言葉に、アレックスははっとした顔になる。
 秘色はかつて、春燕とは別の依頼で関わったことがある。その際に、アレックスの事情も聞いており、何かの役に立ててほしい、とアンティークの懐中時計を渡していたのだ。
 アレックスはぴしりと姿勢をただし、しっかりと頭を下げる。
 真摯なその様子に、深い感謝を感じ取ることができる。きっと時計は正しく使われ、何かの役に立てたのだろうと察するには、十分なほど。
 秘色は笑みを浮かべる。
「この時勢、助け合うに遠慮はいらぬよ。‥‥此度のことも、のう」
 秘色はすっと目を細め、キメラが、そして救助者がいるであろう林の中へと視線を向けた。

 ここからは、二手に分かれての捜索となる。


●A班:魔諭邏、湊 獅子鷹(gc0233)、沙玖(gc4538)、ヘイル、アレックス

 一行は周囲の様子を探りながら探索していく。
「こちらはULTの傭兵だ! 無理に声を上げなくていい、近くに来たら呼びかけてくれ!」
「誰か居れば返事をしろ、救助に来た!」
 ヘイルが、沙玖がそれぞれに声を上げる。
「もし知り合いならばあんたが声を掛けてやってくれ。その方が向こうも安心するだろう」
 ヘイルの言葉に、アレックスも頷いて声かけに加わった。
 魔諭邏は救助者発見のために地面などに残る痕跡などを主に注意、獅子鷹は専ら戦闘に備えて周囲を警戒していた。
 やがて響く、かさりと言う葉擦れの音。一同に緊張が走る。耳を澄ます。聞こえてきたのは、やや上空から。ぶーんと唸るような羽音と、生まれる複数の気配。
 一同の声に引っかかったのはキメラのほう。言わずとも確認し合うと皆一斉に戦闘準備に入る。
 突進してきた一体の攻撃を、盾を構えた魔諭邏が受け止める。
 キメラの動きを見極めると、今度は逃がさぬよう前に出る。
「水無月魔諭邏、参ります!」
 踏み込むとキメラの側面に回り込み、死角から一撃を叩きこむ。
 まず初撃。しっかり当てて流れをこちらに引き込む。狙い澄ました一撃は、見事にキメラの体に食い込み、はたき落とす。
「くそ、お前らを相手にしてる場合じゃないのに!」
 アレックスが歯噛みしながら前に出ようとする‥‥が、それは意外な形で留められた。
 獅子鷹がAU−KVを纏いアレックスの横につく。そのまま、向かいくる新手のキメラ、なるべく遠方にいるものを狙って銃を放つ。
 銃弾をすり抜けたキメラの一体が、獅子鷹の動きを警戒して突撃してくる‥‥のを、アレックスはとっさに庇っていた。
 獅子鷹は狙い通りとばかりににやりと笑うと、そのまま銃撃を続ける。
「いいねえ、こいつは楽だしっかり働けよバリケード!」
 アレックスは一瞬顔をしかめたものの、動くに動けずそのまま盾役に徹する。
「へえ‥‥体の生身とそんなに変わらねえか‥‥」
 気にしない様子で戦いを続けながら獅子鷹は呟いていた。初めての本格的な戦闘で纏うAU−KVは、思った以上に悪くなかった。
 そうする間も、前に出たキメラが、後方に銃を向ける獅子鷹はさておいて、目の前のアレックスに向けて再びその体を持ち上げる。
 だがそれより先に、横手から一撃がキメラに叩きこまれた。
「‥‥これ以上、悲しみの連鎖は見たくない‥‥ならば私が、その鎖を断ち切る刃となろう!」
 沙玖がびしりと言い放ち剣を突き付けた。
 先ほどまでの沙玖と明らかに口調と態度が違っている。
 要するに、なるべくアレックスが傷つかないようにと沙玖は考えているのだが、言い回しが普通でないのでいまいち伝わりにくい。
 だが言葉が通じないキメラは、己に刃を向けた沙玖をそのまま脅威と見なして振り向くと、ギチギチと威嚇の音を鳴らす。
「ふ‥‥それで脅しているつもりか? 残念ながらその程度、私には安らぎの子守唄にも等しいな。真の地獄の交響曲を見せてやろう」
 キメラへ向かう沙玖は、発言は微妙だが、動きは悪くない。ヘイルともうまく連携し、流れるような動きで相手を撹乱すると着実に一撃を重ねていく。
 それぞれの傭兵がそれぞれの持ち味を生かし、的確にキメラたちを押していく。全ての動きを止めるまでにさほど時間はかからなかった。
「貴様が弱かったのではない、私が強かったのだ! ‥‥って、何言ってるんだ俺は‥‥」
 仲間に勝利を告げるように沙玖が剣を掲げ宣言し‥‥覚醒を解いた直後、急にがくりとうなだれる。
 皆が気の毒な視線を向けながら反応に困っているところで――B班から連絡が入った。


●B班:ヨグ=ニグラス(gb1949)、秘色、セラ(gc2672)、宇治橋 司郎(gc2919

(「アレックスさん何だか苦しそうな顔してた‥‥‥大丈夫かな?」)
 別れた後もセラはアレックスの様子が気がかりではあった。だが、今は救助者の捜索が優先。
 覚醒すると、その表情が一変する。不敵な笑みを見せるそれは、セラではなく、覚醒時の人格であるアイリスのもの。エミタに命じ、視覚の注意力を上げる。同時に幸運を呼び寄せる力も増幅し、周囲への探査を開始する。
 ヨグは林に入ると同時にAU−KVを装着した。彼の黄色いAU−KVはよく目立つ。救助者が発見してくれるのを期待してのことだった。
 秘色は救助者の反応を待ち、あるいはキメラをひきつけるために呼び笛を吹きながら周囲に眼を走らせる。地面に近いほうの枝や草の様子などから、人が通った痕跡を見つけ出そうとしていた。
 司郎はそんな、周囲よりも前を歩く先輩傭兵たちの様子を観察しながら歩いていた。彼は、自分の経験が、今どうこうする面子の中ではかなり浅いほうだということをすでに理解している。だがしかし、だからこそ学べることも多いはず。そう考えて。彼の目的は、キメラ退治の経験をつむことにある。一刻も早く、弱い自分と決別するために。
 そして。
「う‥‥あ‥‥」
 聞こえたかすかな音と、ほんの僅かに茂みの葉が揺れたのを、アイリスが認識する。
 一行は一度視線を交わして頷くと、慎重に茂みに近づいていく。
「‥‥やはり、主じゃったか‥‥」
 秘色が、安堵と悲嘆を半々に呟いた。記憶にあるものよりも随分とやつれてはいるが、間違いなく以前見たジャンク屋の男――春燕の父であった。
 目立った外傷はない。だが、極度の緊張による疲労。それにより、まともに声も上げられないほどの衰弱が見られる。
「んと、立てますか?」
 ヨグが手を差し伸べながら話しかける。
 言われて男は一度、ひどく重たげに首をヨグに向ける。ヨグの小柄な体躯を見て、その瞳に一瞬戸惑いが浮かんだ。
「ふふふ。中身はちっちゃくても外は頑丈ですっ」
 自信満々にヨグが言うと、男はおずおずと手を伸ばした。ヨグはその手をとると、男の身体をひょい、と気軽に支え、肩を貸す。
 救助者を見つけたら、一旦視界の開けた林道まで護衛する。あらかじめ話し合っておいた手はずの通り、一行は移動を開始した。同時にA班に無線で位置と状況を連絡する。
 鈍い男の動きに合わせながら、ゆっくりと林の中を進んでいく。このままはやく林道にたどり着け、せめてA班と合流できれば‥‥そう、淡い期待を抱きながら。
 だがやはりそう上手くはいかない‥‥ここまでに立ててきた音が、やはりキメラをもひきつけていた。
 ‥‥だが結果から言えば、数匹の虫型キメラごとき、護衛対象と言うハンデをおっても彼らにとって問題ではなかった。
「牽制しますっ」
 一旦男を下ろし、目線でアイリスにまかせると、ヨグが前衛に向けて声を出す。
 空中から飛来する敵に向けてロケットパンチ。続く弾幕でキメラたちを地表へと誘導していく。
 司郎はそれを見て、あわせるように銃で援護射撃を加える。前に出る一体が怯んだのを見て、今度は比較的遠方にいる敵へと、力を込めた一撃を放つ。
 アイリスは、男の傍で何が起きても対応できるよう構えていた。民間人に万が一でものことがあってはいけない。‥‥そんなことがあれば、『セラ』は深く悲しむだろうから。彼女は盾を握り意志を込める。
 味方の援護、連携に頼もしさを感じながら秘色は前に立つ。向かい来るキメラの体当たりを冷静に見極め、すす‥‥と、まるで日舞のような所作で避けてみせる。避けられたことすら認識できぬうちに、キメラは側面から一撃を受けて地面に叩き伏せられた。
「ぬしら如きに遅れはとらぬ。地に伏すがよい」
 その、言葉通り。
 A班が合流するころには、勝敗はほぼ決していた。


●任務完了

「‥‥親父さん」
 合流したアレックスが漏らした呟きは、安心とともに悔悟が込められていた。
 それでも。
「皆、ありがとう‥‥おかげで、知り合いが助かった」
 アレックスは、そう言って一同に深々と頭を下げた。
「お礼の言葉は要らない。無事でよかったな‥‥そうだな、強いて言うなら今日の俺の発言を全て忘れてくれ‥‥」
 ぽつりと言ったのは、沙玖だ。先ほどの言動を思い出して、アレックスは困ったような、A班の他の者は生暖かい顔になった。事情を知らないB班は、怪訝そうな顔になる。
「‥‥戦闘直後だったのはわかってただろ、何故わざわざ危険な真似をしたんだ?」
 司郎が男に尋ねた。男の口は重い。まだしゃべる気力がないのか、それとも言うつもりはないのか。
「‥‥親父さんを責めないでやってくれ。その‥‥」
 咎めるような空気に耐えかねて、アレックスが口を開いた。全ての事情を語る彼に、男は様々な感情の混じるなんとも言えない視線を送るが‥‥とめる声は、出ない。
「子供を平気で殺す親もいれば、子供の夢のために命を賭ける親か」
 聞き終えて獅子鷹は、誰にも聞こえぬように呟いていた。彼がこの依頼に参加したのは新たに手に入れたドラグーンの力を試すため。戦いの中修羅に落ちた外道ではあるが‥‥しかし家族意識は強い。守れてよかった、と、このとき彼は思った。最も、素直にそれを周囲にあらわすことはなかったが。
「今の時代、誰もが精一杯自分に出来る事をして未来の為に努力しております。ですが努力と無謀を取り違えてはなりませんよ」
 俯くアレックスに、魔諭邏が厳しい言葉をかける。
「無謀‥‥確かに俺は、無謀なんだろうな。たいした器でもないくせに、守りたいものを増やそうとする‥‥」
 零した言葉に、アイリスがふ、と軽く笑った。
「随分と悩んでいるようだな。君のようなタイプは‥‥そうだな、自分があの家族に不幸を運んだのではないか、とでも思っているんじゃないかい?」
 図星を付かれて、アレックスは体をこわばらせる。
「まぁ、君がどのような答えを出そうが勝手だが。一度腹を割って話し合うのも悪くはないさ、おすすめだよ」
 年端も行かぬ少女の姿で言われ、アレックスは戸惑いを浮かべ顔をしかめるが、返せる言葉はなかった。

 春燕に早く父親の無事を知らせてやりたいと、一行は彼女の待つ町へと向かう。
 知らせを受けると、彼女は涙しながら、伝えてきた傭兵達に何度も頭を下げた。
「事情は聞いた。夢を持ったのなら、まずは周囲に協力を仰ぐべきだな。1人で全て抱え込むと辛いだけだし、面倒も増える」
 ヘイルに言われて、春燕はしゅん、と肩をすくめた。
「頼りになる傭兵さんもいるんだ、こっちも上手く使ってやれ。KVに関してだって少しは教えて貰えるんじゃないか?」
 ヘイルが、ずっと、何も言わず遠慮がちに後ろに控えていたアレックスを前に押し出す。
「‥‥まぁ、なんでKV技術者かっていうのはなんとなく分かるが。どっちも大変そうだが、まずは足場を固めて歩き出すところから、だな? 応援するよ」
 言ってヘイルは穏やかな笑みを浮かべた。
「むむ。楊さん羨ま‥‥や、僕のAU−KVも見てくださいましっ。そちらさんも、べ、勉強になると思うですっ」
 うらやましいって、何がだよ、とアレックスが困った顔で呟き、春燕はいいんでしょうか、と、ヨグと他の傭兵を交互に見やる。
 そのまま二人とも、なんといったらいいのか分からないまま固まってしまった。
「大事な者が居ることは素晴らしいと思う、うん。居るうちに大切にしておかないと後悔するからな」
 そんなアレックスに、促すように。沙玖の呟いた実感の篭った言葉には、アレックスははっとした顔を見せる。
「その‥‥迷惑をかけて、すまない。だから‥‥困ったとき、助けが必要なときは、言って欲しい。せめて力になりたいから。これからも‥‥そう、思ってて、いいだろうか」
 どうにか彼は、それだけを口にした。
「私‥‥は‥‥」
 春燕は、上手く言葉にすることが出来ずに。ただぎゅっと、すがるようにアレックスの袖を握り締めた。

「‥‥正直羨ましい‥‥と思うけどな‥‥」
 悩む二人を見て、司郎は独白する。彼らに何か、自分が言おうとは思わない。本人達で解決すべきだし、何かを説くような立場でもないと考えているからだ。ただ‥‥後先考えず他人の為に行動できる事や夢を持てる事、それを支えようとする人がいる事に対して。そのつぶやきは、彼の正直な気持ちだった。

 後日。
 春燕の元に、秘色から一通の封筒が届いた。
『本気なれば夢は見続け叶えよ』
 そう、一言だけ添えられたそこには、奨学制度のある高等教育機関の資料がある。
 春燕はそっとその資料を指先で撫でた。愚かだと悟りながら、まだ想いは消しえないと思い知る。
 彼女の翼は、夢に向けて。まだ、あがこうとしている。