●リプレイ本文
――激しい戦いが終わって、僕たちは平和の中にいた。
優しい日だまりの中で、暖かいお茶を手に、皆で笑いあって。
そんな日々が、これからは日常なんだって、そう、思ってたんだ。
「ん〜? この動画に出てるのって‥‥?」
その日。自室でゴロゴロと過ごす如月・菫(
gb1886)も、己が手で勝ち取った平和を想い切り満喫していた。
彼女にとってこの春は、長引く戦争を終わらせたというそれだけではない。今年彼女は、ついに恋人と同じ大学に合格することに成功したのだ。二浪の末に手にした、まさしく、『春』。
ポテチをパリパリとかじりながらダラダラと寝そべり目的も無くネットの海をボーっとさまよう。緩み切ったその姿も、長く辛く、そして孤独な勉強との戦い、そこから解放された直後と思えば許されてもいいはずだ。
そうして適当に流し見していた、とある動画投稿サイト。
「え? このキャラってどう見たって‥‥う、うぷぷっ‥‥」
ふと何かに気付くと、彼女の唇の端から笑いがこぼれおちていき、やがて思い切り画面を指差して腹を抱えて笑いだす。
「見、見せなきゃ‥‥これは教えてやらないと‥‥ぷぎゃー」
妙に上がったテンションを抑えることなく、彼女は動画を再生し続けるノートパソコンを手に部屋から出て、真っ先に『それ』を知らせるべき人物の元へと向かっていき‥‥――
――そう。僕たちは、何も分かっていなかったんだ。
やっと手に入れた平穏は、こんなにも脆いだってことを。
悲劇と惨劇はすぐそばにあることなんて、この時はまだ、誰も分かっていなかったんだ‥‥
ハイパーOMCトークバトル 〜希望の谷間と絶望の平原〜
⇒Start
●日常編
僕の名前はNPCモブ夫(仮)。
どこにでもいる平凡な傭兵の一人だ。
知っての通り、もうすぐ、ラストホープでミス&ミスターコンテストが開催されるわけだけど、外見すらも平凡すぎる僕には特に関係のないイベントだ‥‥と思ってたんだけど。
人が集まってにぎわって、あちこちで、自然に雑談の輪なんて出来ていて。うん、こういう、「お祭り」の空気は、なんだかんだ言って嫌いじゃない。
そうして僕は今、本部にあるラウンジで、コンテストのついでに出てきた写真の話で盛り上がる集団の一角に混ぜてもらっている。
とりあえず、皆がどんな話をしているのか一通り見て回ってみようかな‥‥。
「ん‥‥お気に入りの写真を持ってくればいいって聞いたけど‥‥これでいいのかな‥‥?」
「あら? この写真は‥‥そうでした‥‥そんな事もありましたね‥‥」
エレシア・ハートネス(
gc3040)さんとハンナ・ルーベンス(
ga5138)さんは、なんだか懐かしそうに話しあっていた。二人の思い出の一枚でもあるんだろうか。
「旦那、この格好が好きなんだ♪ ‥‥おっと、こっちのはこいつは旦那以外には見せないぜ」
ビリティス・カニンガム(
gc6900)さんと村雨 紫狼(
gc7632)さんも二人で盛り上がってる。ラブラブ写真、って感じだけど‥‥いいのかな。
「これは私の小隊アルケオプテリクスの部隊章だな」
ルナフィリア・天剣(
ga8313)さんが、誰かの質問に答える声が聞こえてきた。写真のほかにも、エンブレムなんかをプリントして持ってきてるみたいだ。中々面白そうだな。
「はあ‥‥俺はどうすればいいですかね‥‥」
森里・氷雨(
ga8490)さんは、一枚の写真を手に、一人深刻な顔で何か悩んでいた。見れば、その手にあるのはちゃんとしたバストアップ写真みたいだけど‥‥コンテストに出るか、迷っているのかな?
‥‥さて、誰の話から聞きに行ってみようか。
●エレシア&ハンナ
二人が見ていたのはやっぱり、ハンナさんとエレシアさんが二人で写っている写真だ(※ハンナ・ルーベンスギャラリー84番目)。二人とも修道服姿だけど、エレシアさんも教徒だったっけ?
「一日体験での修道女生活をエレシアさんに送って頂く為に‥‥色々と準備したのでしたね‥‥修道服も、エレシアさんに合うサイズが無かったので、結局何度かした手直しが必要で」
なるほど、そういうことか。
エレシアさんにサイズが合わない理由って‥‥多分、そういうことだよな。うう、意識すまいと思うけど、男としてはやっぱり目が行っちゃうぞ。苦笑気味のハンナさんの様子からして、ちゃんとサイズが合うまでには結構苦労したみたいだし‥‥。
「日中、お手伝いに行った孤児院では、エレシアさんを見た子供達が色々と悪戯を‥‥」
「ん‥‥スカートめくられたりとか‥‥胸を触られたり‥‥」
「そ、そんなことまで‥‥! あの子達と来たら‥‥」
「まあ‥‥あの時はドロワーズだったから‥‥」
とりあえず、そんな僕の動揺には気づかずに、二人は思い出話に花を咲かせてるみたいだ。無表情なエレシアさんだけど、なんとなく、いい思い出だったことが伝わってくる。
「寡黙でも、愛想に乏しくても。きっと、エレシアさんが温かい人なのだと判ったからでしょう。あの子達は、それが判るのです」
あの日、院にいる子供たちは本当に楽しそうだったと、ハンナさんは語る。‥‥うん、僕にもなんとなくわかるな。
気がつけばハンナさんは、静かに、祈るように目を閉じていた。
(一日体験の最後の一時。静かな聖堂での、祈りの時間。エレシアさん、貴女が何を想っていたのか、私には知る術はありません。
‥‥ですが、例え一度きりの祈りであっても、自らの内面と向き合うその経験が、貴女の為になると信じています)
いや、実際にそれは、祈りだったんだ。
「神よ、この寡黙な乙女に、この乙女の未来に、一筋でも光明をお示し下さい」
腕を組み、厳かに、静かに呟くハンナさんは、確かに聖女なんだな、と、改めて感じた。
‥‥さっきまで、エレシアさんの胸に目が行きそうだった、なんてとても言えないよな。反省しない‥‥と‥‥?
「ん‥‥それは‥‥初めてオーダーメイドで発注したパイロットスーツだね‥‥」
そこでエレシアさんが、ハンナさんとの物は別にもう一枚、写真を持ってきていることに気付く(※エレシア・ハートネスギャラリー36番目)。
パイロットスーツを着た全身写真だ。うん、綺麗に写って‥‥る‥‥。
「何度も採寸して‥‥ぴったり合ったスーツを作ってくれたんだ‥‥。その時の記念で‥‥職人さんに‥‥撮ってもらった‥‥」
うん。その。ジャストフィットする構成だから、余計に。大きな部分が強調されて。うん。
「戦争中は‥‥こまめに調整してくれたけど‥‥今だと胸が収まりきらなくなってきてるんで‥‥ちょっと苦しい感じ‥‥かな‥‥」
しかもまだ成長してるんだ。ふぅん‥‥。
‥‥。
うん、僕には悟りの道はきっと、険しいんだろうな‥‥。
なんだかよく分からない背徳感を背に、僕は二人の元を後にした。
●ビリティス&紫狼
ビリティスさんが自慢げに披露している写真を見てみると、なんというか、今の彼女だからできるというか、これ単体なら良く似合ってるし何も問題ない、確かにかわいらしい写真なんだけど(※ビリティス・カニンガムギャラリー3番目)。
「始めてみせた時、俺好みでたまらーん! って言ってくれてさ♪ まだ恋人になってなかった時だけど、嬉しかったぜ♪」
彼女の言う『旦那』って、こっちで一緒に写ってる写真から考えると‥‥(村雨 紫狼ギャラリー4番目)
「‥‥あーまあ、言いたい事は分かるが皆まで言うな」
やっぱり、村雨さんだよな。
「たまたま、俺の惚れた相手が17歳年下だっただけだよ。俺は女の子にモーション掛けても、YESロリータNOタッチ! 未だって恋人以外の女の子に、人命救助以外で触れる真似はしてないしな」
堂々と言い切る村雨さんだけど、やっぱりコメントはし辛いな。
「あたしらって傭兵だろ? いつくたばるか分かんねえじゃん? だからさ‥‥遺しておきたいんだ、幸せそうな姿をさ」
そしてもし、自分が先に逝っても、いい写真が残ってれば、旦那はそれ見て幾分か気持ちが和らぐ‥‥と。
自室で、セルフタイマーを使って残した写真。うかつに誰かに見せれば『証拠』となってしまうこれを撮ったことに、ビリティスさんはそんな想いがあるという。
「‥‥この写真と、懐のチョコがあったから、戦争中、俺は自分の中に巣食う、暴力への暗い誘惑に打ち勝てた」
そして、いつ死ぬかもしれない、というビリティスさんの言葉に、村雨さんが応えるようにポツリと告げる。そして、もちろん、彼女をもし理不尽な暴力で喪ったなら‥‥自分の中に復讐心が渦巻くかも知れない、とも。
「‥‥大丈夫だって! 紫狼を残して死んだりしねーよ!」
と、そこでビリティスさんが、重くなった空気を振り払うように、明るい声でそう言って村雨さんに笑顔で抱きついた。
村雨さんはそんな彼女を優しく受け止めて‥‥そうして、
「そうだな‥‥俺は俺の闇に負ける訳にはいかない。それでも‥‥俺は、誰かを愛する希望を捨てたくはない」
真面目な顔で、ぽつりとそう言って。
「まあ、上手く生きても老衰でどっちかが先に逝くんだしな! 去って逝った全ての命に恥じない様に、俺は彼女を愛し抜くさ」
そうしてまた明るい声でそう言うと、ビリティスさんがそこで「愛してるぜ‥‥紫狼」と、ちゅっと頬にキスをした。
‥‥とりあえずはっきりしてるのは、僕が今この二人の間に割って入る余地はなさそうだ、ってことかな。
僕自身は、あまり深く言うのはやめにして、会釈して二人の下を離れることにした。
●ルナフィリア
写真の中に埋もれていると目を引く、実写とは異なる、プリントアウトされたエンブレム。
ルナフィリアさんの部隊章で、プリントアウトしたのは『なんとなく』だという。
物々しい兵器と、骸骨‥‥これは一体、何の骨だろう?
「部隊名に因んで始祖鳥‥‥の骸骨を模してる。この部隊章の元、私たちは――」
なるほど、と思って聞いていたけど、エンブレムに関する説明はすぐに終わって、すぐに話は彼女の小隊語りへと移っていった。実績のある部隊だし、それはそれで興味深い話ではあるけど、ちょっと長くなりそうだな。
「ええと‥‥こっちは?」
遮るようになっちゃって気が引けるけど、今は他の写真の話も聞きたい。僕は別の写真を手にとって、次の話題にもっていくことにした。
「昔やってた兵舎の看板」
重装甲KV同好会、の文字が見える看板には、その名を示すよう幾つものKVが並んで描かれている(※ルナフィリア・天剣ギャラリー20番目)
「好みで重装甲な機体を並べてみた。看板持ち担当は愛機パピルサグ。因みに気になる人が多そうな右下はクノスペだよ。かっこ良さと可愛さが両立しててお気に入り」
うん。確かに。並んでるKVは格好いいんだけど、こうしてみるとどことなく愛嬌も感じられる。
「随分奇麗に写ってるけど、これって」
「本物のKVを使ったわけじゃなくてCG製」
へえ‥‥随分奇麗に出来るんだな。最近のCGって凄いや。
と、他に気になるのは‥‥ああ、写真もちゃんとあるんだな。これは‥‥パイロットスーツ?(※ルナフィリア・天剣ギャラリー25番目)
「実はカンパネラ戦闘服のインナーを兼ねてて、必要に応じてAU接合コネクタやら装甲やらを付けれたりする」
ちょうど良く悪魔の羽根や尻尾みたいに見えるのはそれか。しかしなんというか‥‥。
「こんな長い接続プラグ邪魔じゃねって? まぁ半分趣味だし。覚醒してるのはテストの為」
うん、その覚醒もあって、独特の雰囲気が良く出てる。思わず惹きつけられる様に、まじまじと見てしまう。パイロットスーツで良く分かるすっきりしたラインを、上から下に真っ直ぐとたどるようにじっくりとデザインを確認して‥‥。
と、そこで、熱心に見入っていたせいか、少し咎めるようなルナフィリアさんの視線を感じた。あ、確かに、女性に向かって失礼だったかも‥‥と、その視線に込められた意味をそっと覗き込んで伺ってみる。
『残念体型とか言う奴は黙りなさい。さもないと抉る』
‥‥何故だろう。伝わってきたのはそんな気持ちだった。いや、別に‥‥僕は違うよ?
誤解される前に離れておこう。例を言って、僕はまた、別の場所に向かうことにする。
●氷雨
そういえば、森里さんは何を悩んでいるんだろう。
チラッと見えた写真は、中々映りもよくて悪くないと思うけどな(※森里・氷雨ギャラリー1番目)。
「何故なら俺が美しすぎて‥‥もとい‥‥好青年過ぎて、女性が殺到してもみくちゃにされたらどうしようかと、色々心配じゃないですか?」
‥‥。
そうして、近づいて更にぶつぶつと呟く内容を確認したら、想像以上にロクでもなかった。
「こう‥‥波に揉まれて溺れちゃいそうじゃないですか? ‥‥オパイの」
‥‥考えを小声で漏らしていること、その声がだんだん大きくなってること、気がついてるのかな‥‥。
出場に悩んでいるなら後押ししようかな、と思ってたけど、やめたほうが良さそうだ‥‥と。そんな風に思っていたら、突如その森里さんががたっと椅子から立ち上がった。
なんだろう、と思って振り返ると彼は、立ち上がったまま壁の一点を見つめるようにして硬直していた。
つられて僕もそっちを見ると‥‥【変質者に注意!!】の貼り紙。そこに写ってる写真‥‥防犯カメラの映像で小さくてよく分からない、けど、森里さんが気にしてることも踏まえてじっくり見てみると、これって!? っていうかこの写真が手に持ってるのって!?(※森里・氷雨ギャラリー9番目)
「ちょwwおまww違wwこれは落ちてたのを保護しただけで盗んだわけでは‥‥」
向き直った僕の視線に気付いて、森里さんが慌てて声を上げる。
「コス撮影会の横通り過ぎたら風でヒラヒラと‥‥ですね‥‥たぶん格差社会の底辺な方の‥‥」
なんだろう、話を聞けば聞くほど、情状酌量する気分がなくなっていくんだけど‥‥。
「‥‥はっ! コンテスト出場したら身の破滅じゃないですか。これはバレる前にズラか‥‥」
そう言って、森里さんが慌てて背中を向けて、僕も追いかけようかどうしようか、とりあえず立ち上がったときだった。
ドサッ‥‥。
重たいものが倒れる音がした。
「え‥‥?」
僕も含め何人かが、その異質な音に振り返る。
そうして。
床に倒れる『それ』がなんなのか。僕には暫く、理解が出来なくて。
「菫ーーーーーー‥‥――!」
だけど、間近で上げられたはずなのに、遠く空虚に響くその叫び声が、改めて僕にそれが、目の前でぼろくずのように転がるそれがなんなのかを認識させる。
そう。
僕たちの平穏を破ったのは。
その始まりを告げたのは。
如月・菫さんの、無残な姿だったんだ‥‥――
●事件編
どうして。
どうしてこんなことになったんだ。
僕たちはここでただ、楽しいおしゃべりをしていただけなんだ。
そりゃあ、ちょっと問題に感じる人がいなかったわけじゃないけど、それでも、僕たちはただ、楽しい思い出話に花を咲かせるだけのつもりでいたはずなのに。
「韮ーーーーーー‥‥――!?」
ルナフィリアさんの叫び声が響く。
「誰が韮だっ!?」
その声に、菫さんはガバリと身体を起こして叫び返した。あ、良かった。ちゃんと息はあるみたいだ。
だけど、一体誰がこんなことを‥‥。
『この動画を作ったのは――誰ですか――?』
ゆっくりと、声がした。
心臓をわしづかみにされたんじゃないかってくらい、冷たい汗が出る声だった。
逃げ出したい。そう思うのに、まるで魔法でもかけられたみたいに、僕はそちらに顔を向けてしまう。
如月・由梨(
ga1805)さんが。片手にノートパソコンを掲げ、片手に奇妙な刀を下げて由梨さんがそこに立っていた。
ここ数日、彼女が見せていた、平和ボケしつつも戦いの興奮が忘れられない、そんな自分に辟易しながらも変わろうとしていた彼女の姿はどこにもない。忌避していたやや戦闘狂気味の己を、完全に取り戻した姿の由梨さんが、そこに居た。
「誰ですか、こんなものを作ったのは‥‥許しませんよ‥‥! こんな屈辱初めてです‥‥! 犯人はギタギタにしてくれます!」
とりあえず落ち着いて、なんていいだせる空気じゃなかった。下手に何か言うよりも、彼女の怒りの原因をちゃんと理解しないと‥‥!
とにかく、問題はその動画? なのか? なら‥‥確認しないと、かな。
僕は、由梨が持つノートパソコンをテーブルに置くと、そこに表示されっぱなしのページにある動画を再生する。周囲にいた皆も、一緒になって覗き込む。
「こ、これはっ‥‥!」
「いや、懐かしい。大分前のネ申動画じゃないですか」
静かにそう言ったのは秋月 祐介(
ga6378)さんだった。
神動画。
確かにこれは、そう言ってもいいかもしれない。左右に分割された画面。その、左と右の対比。残酷――だからこそ、男はそこに美しさを覚えるのだ(※秋月 祐介ギャラリー42番目および45番目)。
見たものが覚える感動は――
『神々がポイしたLH』
『比較動画』
『胸囲の格差社会』
『もう許してやれよ』
『公開処刑』
『またお前か』
『神々がポイしたLH』
『比較動画』
『胸囲の格差社会』
『公開処刑』
『ポロリもあるよ!』
『情け容赦の無さに定評のあるうp主』
といった、二つの動画を彩るタグにストレートに表されている。そう、見るものにとっては。
「この動画誰の仕業だー!?」
「なんだこれはー!」
「なになに、なんのおはなs‥‥のおぉぉぉあっ!?」
「ほう‥‥このような動画がなるほど、なるほど」
口々に声を上げるのはルナフィリアさん、春夏秋冬 立花(
gc3009)さん、綾河 零音(
gb9784)さん、藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)さん。
そう‥‥実写ではなく3Dモデルとしてある程度デフォルメされてはいるけど、明らかにこの動画に『映っている』と思われる人たち‥‥。
彼女たちは、怒りにわなわなと肩を震わせている。
いや。
「胸の大小でそこまで殺伐としなくてもいいじゃないですか。大きいのには大きいなりの小さいのには小さいなりのいいところと悪いところがあると思いますよ」
ただ一人、やっぱりこの動画に出演していると思しき王 憐華(
ga4039)は冷静で。冷静に、この場で皆の怒りを押さえようと、してくれてるんだろうけど。多分。
「‥‥ないのは‥‥えっと‥‥その‥‥きっといいことありますよ?」
殺伐とした空気は治まる様子はなかった。というか、明らかに火に油を注いでいる。
‥‥こんなものなくても生きていける。それは確かに、多くの場面において、真理となる言葉なんだろう。だけどそれは‥‥決して‥‥『持つ』立場の人間が言ってはいけないんだっ‥‥!
「つーかさ、燐華さんとかエレシアちゃんとかに並んで巨乳枠であたしってのが何か不思議なセレクトなのよね。もっと他にいるんじゃないかと思うの」
綾河さんが、瞳を更に昏く光らせて、動画を一時停止する。流れていたコメントが中央で止まって、そこに「巨乳の中にも格差とな!」と書かれていた。
「失礼しちゃうよっ、確かにあたしは高々Dカップですけど何かー!?」
天を仰ぎぐわあああ、と怒りを立ち上らせる綾河さん。
「あwwwwそのコメント自分すwwwwwサーセンwwwww」
懐かしげに声を震わせて言う森里さんの唇からこぼれるのが忍び笑いから悲鳴に変わるまでそれほど時間はかからなかった。‥‥綾河さんがその時つぶやいていたのが、スペインのアンダルシア方言で「投稿したヤツけちょんけちょんにしてやる」といった意味だったと知ったのは後のことだ。
そんな感じで、生まれた殺気は一向に衰える気配はなくて。
僕が何も出来ないまま、時間がたてば立つほど醸成されていく一方で。
「ちょうど良く‥‥関係者が集まってるみたいですね‥‥。皆で話し合って、犯人を突き止めることにしましょう?」
静かな。
とても、静かな声で。
由梨さんが、皆にそう告げた。
逃げ出せば狩られる。
助かるには、犯人を見つけ出すしか‥‥少なくとも犯人に至る何かをここで見つけ出すしか‥‥ない。
春夏秋冬さんが、ERとしての能力を使って、動画サイトから投稿者を突き止めようとしてるみたいだけど‥‥。
「くっ‥‥このPCからじゃ、これ以上足跡はたどれないか‥‥!」
どうやら、そう簡単にはいかなかったみたいだ。
彼女の力だけじゃ、足りない‥‥なら、僕たちがやるしか‥‥ないんだ‥‥!
――かくして、命がけの議論が、ここに始まる。
●議論開始
突然ですが失礼いたします。
ここから先は完全に台詞がメインとなるため、分かりやすさとリスペクトの意味でアドベンチャーゲーム風の表記とさせていただこうと思います。なにとぞ、ご了承くださいませ。
せっかくのアドベンチャー風でございますので、BUと組み合わせて画像を脳内補完しつつ、議論の流れを推理しながらお読みいただくとよりお楽しみいただけるかもしれません。
それでは引き続き、本報告書をお楽しみくださいませ。
●Phase1
王 憐華:
「それにしても、このような映像いつ撮りましたでしょうか?」
エレシア・ハートネス:
「ん‥‥王さん‥‥これ、CGだから‥‥。まあ、見まごうほど綺麗だから‥‥技術は相当‥‥高いよね‥‥」
綾河 零音:
「やれるとしたらエレクトロリンカーじゃね? そーゆう機器の扱い得意そーだし」
秋月 祐介:
「いや、単純なプログラムならいざ知らず、絵心無い者が、素体から作るなんて、流石に無理ですよ」
藍紗・T・ディートリヒ:
「絵心に関してはERの電子魔術師を使えばあるいは可能ではないのか?」
NPCモブ夫:
(電子魔術師か‥‥出来そうな気もするけど、確信はないんだよな‥‥。ERはいるから、誰か後は、CGについて詳しい話が聞けそうな人がいれば検証できそうだけど‥‥)
▼
NPCモブ夫:
「そうか、ルナフィリアさん!」
ルナフィリア・天剣:
「え?」
NPCモブ夫:
「この看板絵のKV、CGで作ったって言ってたよね。これほどのCGが作れる人となら‥‥確認できるんじゃないかな。電子魔術師で、CGの加工が可能なのか、さ」
ルナフィリア・天剣:
「ああうん、そうだね‥‥ちょっと待って」
‥。
‥‥。
‥‥‥。
ルナフィリア・天剣:
「可能‥‥みたいだね」
綾河 零音:
「おし! じゃあやっぱり犯人はERだな!」
ハンナ・ルーベンス:
「‥‥。本当にそれで、良いのでしょうか‥‥」
NPCモブ夫:
「え?」
●Phase2
ハンナ・ルーベンス:
「電子魔術師でもCG製作が可能、というのは分かりました。ですがそれはあくまで『ERでも可能』であり、『ERが犯人』とするのは早計な気がします」
藍紗・T・ディートリヒ:
「なるほど。懸念は分かる。お主もERじゃからのう」
ハンナ・ルーベンス:
「はい。今回の件はわたくしは間違いなく潔白ですが‥‥しかし、今後電子的な犯罪が起こる度に、真っ先にERが疑われるような風潮は作るべきではありません。ただでさえ、私たち傭兵の立場は今、デリケートなのですから‥‥」
王 憐華:
「冤罪は駄目ですね。疑うなら、ERが関わったというもう少し強い根拠が必要ですか‥‥」
NPCモブ夫:
(この事件にERが関わったという根拠か‥‥なにか、痕跡でも残ってたかな‥‥)
⇒痕跡はあった
痕跡はなかった
▼
NPCモブ夫:
「春夏秋冬さん‥‥春夏秋冬さんが動画投稿サイトを調べても、投稿者が一体だれなのか、特定には至らなかった‥‥はっきりした痕跡は無かったんだよね?」
春夏秋冬 立花:
「うん。こっちも電子魔術師まで使って調べたんだけどね。足跡はたどれなかった」
藍紗・T・ディートリヒ:
「ふむ。たどれなかった、と言う割には妙に自信満々じゃの。何か別に掴んだものでもあったかの、リッカ・ザ・フラットバスト殿」
春夏秋冬 立花:
「誰がリッカ・ザ・フラットバストだやかましい! ってか、響きだけはかっこいいのがまた嫌だ! ‥‥まあ掴んだものがあった、というか、掴めないことにこそ意味がある、かな」
森里・氷雨:
「掴めないことに価値がある!? それはまさしく真っ平r‥‥ギャアァアア!」
NPCモブ夫:
「え、えっと‥‥ERである春夏秋冬さんが、電子魔術師を使っても掴めなかった‥‥つまりそういうことだよね」
春夏秋冬 立花:
「そう! それこそがまさに! 犯人があたし以上のERであるということ!」
●Phase3
綾河 零音:
「じゃあ‥‥これで犯人は大分絞れそうだね‥‥ERで、これが作れるってことはあたしたちの知り合い‥‥」
エレシア・ハートネス:
「ん‥‥そうだね‥‥よくできてるよね‥‥このモデル‥‥。私の胸も‥‥実物サイズ?」
森里・氷雨:
「いやまあ、これほどまでに立派な谷間に立派な平原、一度拝んだらそれだけで暫くは大事な記憶のメモリーに刻む気がしますけどねデュフフ‥‥ってまた皆さん怖い顔してブヒィッ!」
秋月 祐介:
「まあ、森里さんのうっかりはともかく、言うことに一理はありますな。彼女たちほどの特徴を考えれば、一度でも依頼に同行していれば覚えている可能性は十分にあった」
NPCモブ夫:
「そんな‥‥! そんなの、LHじゅうの傭兵がほとんど当てはまるじゃないか‥‥!」
如月・由梨:
「もう面倒だから‥‥ERを全員斬ればどれかが犯人ということですか‥‥?」
NPCモブ夫:
(だ、駄目だ‥‥それは何としてでも止めなきゃ‥‥。何か犯人を絞り込むヒントは‥‥。あれ? でも、何か違和感があるな。さっきのあの話からすると‥‥あれってかなり難しいんじゃ‥‥)
▼
NPCモブ夫:
「ハンナさん!」
ハンナ・ルーベンス:
「は、はい。私ですか?」
NPCモブ夫:
「さっきの、修道院の時の話だと‥‥ハンナさん、エレシアさんの服を手直しするの、結構大変だったんじゃないかな」
ハンナ・ルーベンス:
「は、はい‥‥その、あまりぶかぶかに作るのも失礼だと思いましたし‥‥それで中々‥‥」
エレシア・ハートネス:
「ん‥‥言ってくれれば‥‥サイズ‥‥答えたのに‥‥」
ハンナ・ルーベンス:
「今にして思えば、その方が結局、無礼にはなりませんでしたね‥‥」
NPCモブ夫:
「え、ええと‥‥まあとにかく。つまり、女性であるハンナさんが見ても、エレシアさんの、その‥‥(ごにょ)‥‥すぐに合わせるのは、難しかったんだよね?」
エレシア・ハートネス:
「ん‥‥パイロットスーツの時も‥‥何度も採寸してもらったくらいだしね‥‥」
NPCモブ夫:
「じゃあさ、それこそ‥‥CGで、エレシアさん本人に『実物サイズ?』なんて言わせる画像を作るのは‥‥相当、難しいんじゃないかな」
エレシア・ハートネス:
「ん‥‥。まあ‥‥聞いてくれれば、サイズ、答えるけど‥‥。‥‥あ‥‥」
エレシア・ハートネス:
「‥‥そう言えば、教授には、サイズ‥‥教えてたな‥‥」
●クライマックス
‥‥その、エレシアさんの発言で。さっきまで侃々諤々としていた議論は今、恐ろしいくらいに静まり返っていた。
犯人は電子魔術師を使えるER。それも、間違いなく春夏秋冬さんより優秀なERで、そして、エレシアさんに胸のサイズを聞いたことのある「教授」と呼ばれる人物。
「あー、教授? ちょっと話があるんだけど‥‥」
ルナフィリアさんが、目が全く笑っていない笑顔で言う。
「どちらへ行かれるんですか? 逃げると言うことはやましいことがあるということですよね?」
由梨さんはもう、みなぎる殺気を抑えようとはしていなかった。
「ああ、逃げようなんて無駄なことはやめておいたほうがいい、うっかり全力で追いかけてAUKVで轢いてしまうかも知れぬからのぅ」
藍紗さんは、落ち着いた様子のままさらっと恐ろしいことを言う。
この場にいる、犯人像の全てに合致する人物――秋月 祐介に対して。
だけど、彼は。あくまで落ち着き払ったまま。証拠はない――そう言いたげな態度で、凍てつく視線を受け流して。
寒気がした。
吸い込んだ息が氷点下に変わっているような、冷たい空気だけがここに――。
「あなたが神か! うp主様ですか!」
‥‥だから。唯一、彼を称えるその熱気は。
「いつもwwコメントww一番乗りっすww格差社会を鋭く抉る動画に、格差の無い社会‥‥隠さない社会を目指すべきであると、俺は思うわけでデュフフコポゥ‥‥フォカヌポウww」
森里さんのその熱意は、多分、誰にとっても、あまりにも不意打ち――だったんだ。
「や? え? いやあ。あはは。それほどでも‥‥はっ!」
そうして。それが、秋月さんの鉄壁のガードがほころびた瞬間だった。
「――おっと。そろそろパフォーマンスに出ないといけないのでこのあたりで‥‥じゃ、お疲れさま」
そう言って、いきなり踵を返した秋月さんに。
「あはは。逃がすとでも思ってる?」
綾河さんが、ぱきぱきと指をならして先回りしていた。
「ふふ、ふふふ、久方ぶりに暴れられますね‥‥」
もはや、由梨さんを止める人は、誰もいない‥‥。
「安心してください、秋月さんは自己回復できましたよね? 練成治療で。何度でも治してください。そのたびに痛めつけますから」
春夏秋冬さんが、凄絶な笑顔を浮かべて、秋月さんににじり寄っていく‥‥。
●Last Question
結末を一つだけ選びなさい
⇒クレバーな祐介は突如逃走のアイデアが閃く
仲間がきて助けてくれる
逃げられない。現実は非情である
答えは‥‥
「待て、落ち着き給え‥‥話せばわかる」
かくして、怒りの女性陣一同より、秋月さんに対してスペシャルなお仕置きが課せられたのだった――
(ちなみに、何故か森里さんも巻き込まれていた)
●
「ふう。全く、良く分からん騒ぎじゃったのう」
あれ? 藍紗さんは、お仕置きに加わらなくていいんだろうか。
「‥‥ん? 別に我は特に怒りは無いが‥‥胸に関してコンプレックスは無く、裸エプロンくらいで恥ずかしがることも無いからのぅ‥‥ほれ」
そういって藍紗さんが見せてくれた写真は‥‥うわっ! す、凄いな‥‥(※藍紗・T・ディートリヒギャラリー16番目)。
微妙にちらっと見たり離したりしつつ‥‥僕は藍紗さんの隣で、はぁ。と、溜息をついた。
本当に‥‥どうしてこんな騒ぎになったんだろう。
今回の集まりは‥‥平和な‥‥平和なイベントだったはずなのに‥‥。
‥‥いや。秋月さんがどうしてあんなことをしたのか‥‥今の僕なら、分かる気がする。
『うん。なんかネタが降ってきちゃったから、つい』
もしかしたら彼もまた‥‥そんな悪魔のささやきを聞いた犠牲者だったのかもしれない。
そしてだからこそ、忘れてはいけない。
もしかしたら僕たちもいつか‥‥加害者になりうるんだ、ってことを。