●リプレイ本文
「シミュレータとはいえ、ワームと戦うなんて常軌を逸してますわね。まあ、何事も経験と言いますし、生命の危険がないところで経験を積んでおくのも悪くはないかもしれませんわね」
「現実に相手取るのは御免被りたい相手だが‥‥まあ、その為の訓練か」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)が、半ばあきれるように呟くと、カララク(
gb1394)も頷きながら応えた。
「実際は仮想通りではないでしょうが‥‥これはこれで貴重な体験なのでしょうね」
「こちらとしてもいい機会だ。どこまで通用するのか、量らせてもらおう」
米本 剛(
gb0843)と翡焔・東雲(
gb2615)の声は、先の二人よりはやや前向きのようだ。
クラリア・レスタント(
gb4258)は、シミュレータに入る直前、胸元から青色のネックレスを取り出し、強く握りしめていた。
(「私は強くならなければならない。あの人を護り、自身も護れるだけの力が」)
そうして、自らの決意を確認すると。
「シミュレータとはいえ‥‥対ワーム。‥‥武者震いがしますね」
己を奮い立たせるように、そう、呟く。
ロジー・ビィ(
ga1031)がその言葉を聞きとめて、表情に同意を表す。
「さて、どうなるのでしょう‥‥少し楽しみですわ」
ロジーは、生身でワームと戦うというシチュエーションに、不謹慎を理解しながらわくわくするものを感じていたのだった。
「ビシバシと決めましょうか。‥‥連打で倒せますかね?」
最後に斑鳩・八雲(
ga8672)が、何かのノリに合わせるかのような気軽な口調でそう言った。
緊張をほぐすための軽口なのか。あるいは本気で気楽にワームに挑もうと言うのか。ポーカーフェイスで掴みづらい八雲の態度からは読み取れないが。
●
『皆さん、準備はよろしいでしょうか。シミュレータ起動します。カウント5、4、3‥‥』
研究者の声が響くと同時に、周囲を光の粒子が流れていく。傭兵たちは、それに吸い込まれるような、軽く睡魔を感じるような感覚を覚え‥‥そのまま視界が白く染まっていく。聞いていた通り、何もない空間に放り出され。
ほどなくして。
少し先に、何かの姿が少しずつ浮かび上がり、構成され、実体化していく。
距離を置けば、機動力と射程の関係で生身が不利になるとの考慮からだろう、傭兵たちが想定していたよりも近くにそれらは浮かび上がる。
タートル・ワームとゴーレム。
「さすがにでかいな‥‥」
人の身を通じてそれを見上げれば、やはり圧倒的な存在感をもつ姿に、東雲が思わずつぶやく。
だが、臆することはない。作戦は話し合ってきた。
「さ〜全力全壊で行くよ〜」
矢神小雪(
gb3650)が宣言する、それが、戦闘開始の合図となった。
傭兵たちは事前の相談の通りに、それぞれの目標に向かう。
初めに動いたのは漸 王零(
ga2930)。
「さて‥‥漸王零‥‥推して参る」
宣言とともにその体が雷のごとき速さでゴーレムに接敵する。一気に懐近くまで潜り込むと、クルリと身をひるがえして側面へ。動きで翻弄するとともに、勢いを乗せた一撃をゴーレムの右足へと叩きこむ。
彼はこの場において唯一まだ基礎クラスだった。だがそのことが逆に意地となって、着実な攻撃を重ねていく。
彼が今回性能のテストとして持ち込んだ、新たな魔剣の力もあって、少しずつだがゴーレムに損傷を与えていった。
次いで動くのはロジー。まずは弓を持ち、ありったけの弾頭矢を叩きこむ。狙うは王零と同じ脚部。比較的防御が薄く、動きの要となるであろう関節部というのも一緒。
だが。
狙い澄ましたはずの矢は‥‥逆に狙いすぎたがゆえに的が厳しくなったのだろうか。命中したのは一発のみ。他は、巨体に似合わぬ俊敏な動きで避けられ、虚空へと消えていく。
得意の武器でなければ命中が難しいと見たロジーは、動揺を殺しながら二刀を抜き放ち、一気に接近する。
傭兵たちが先手を取れたのは、ここまでだった。ここでゴーレムが反攻に出る。標的となったのは今前に出たロジー。ゴーレムの持つ巨大なサーベルが、華奢な体に振り下ろされる。どうにか二刀小太刀で捌こうとするが、衝撃は殺しきれるものではなかった。無視できないダメージが、ロジーの体に刻みつけられる。
‥‥本番は、ここからだった。
ロジーに続き、シーヴ・王(
ga5638)が、植松・カルマ(
ga8288)が、八雲が、小雪が。手にした銃を、やはり足に向かって斉射する。‥‥が。
その結果は‥‥全弾外れというものだった。
桁外れの機動力。ロジーの攻撃の際に見せた時よりも明らかに、ゴーレムの動きが滑らかになっている。
「慣性制御能力‥‥ですか」
八雲が呻いた。
多くのゴーレムの持つ特徴的な能力。それが急制動の反発を軽減し、大胆かつ精密な回避能力を発揮させる。
生身で改めて目の当たりにすると、巨体が素早く動くというその一挙動の大きさに戦慄を覚える。速攻でゴーレムを沈めて、タートル・ワーム組の援護に回るつもりだったが、これは思ったよりも時間がかかるかもしれない‥‥そうした予想が頭をよぎる。それでも鉄壁のポーカーフェイスは崩れないのが八雲という男ではあるが。
クラリッサはひとまず、仲間の武器に強化を施し、傷ついたロジーの体を回復する。負傷者が出たのを見て、彼女の意識は支援から治療中心へとシフトする。誰も倒れさせない、絶対に。強固な意志は冷たさを持つほど。だが、明確に仲間へと伝わり、戦いをつづける勇気を与える。
傭兵たちは再び武器を構え直し、巨人へと挑む。
一方、タートル・ワームへと向かう組。
ゴーレム組が足を潰すことに集中したように、彼らの意思もまた一つに統一されていた。
すなわち、『ゴーレムとタートル・ワーム、二体を同時に相手取る者の出ないよう、抑え込む』。
「(私は強くならなければならない。あの人を護り、自身も護れるだけの力が)」
決意を胸に、クラリアはエミタの力を脚力に伝えていく。
「(例えシミレーションだとしても‥‥負けられない!)」
心の中で叫ぶと同時に、その身を弾けさせ、一気に間合いを詰める。
「臆するな‥‥強く! 狂う程に! クラリア・レスタント、いきます!」
裂帛の気合とともに、手にした鎌をタートル・ワームに突き立てた。
「ガーディアンが『炎斧』持ちとは‥‥ちょいと似合いませんかな?」
剛が冗談めかした言葉とともに攻撃に続く。
合わせるようにカララク(
gb1394)が射撃を加える。イェーガーの高いスコープ能力によってタートル・ワームが今注意を向けている方向を、そしてそこから予測される動きを先読みし、それを妨害するように牽制の射撃を打ち込む。
霧島 和哉(
gb1893)はしばらくの間、注意を引きつつも狙いを定められることのないよう、『近づこうとしているが射撃で身動きが取れない』風を装っていたが、カララクの射撃や他の仲間が上手く敵の動きを留めているのを見て、前に出る。
周囲の大気が震えた気がした。和哉の全身から、竜の咆哮のごとき気が発せられる。それは、AU−KVによって全身に錬力を纏い、相手を吹き飛ばす技――いや。彼は今AU−KVを纏ってはいない。いないが‥‥それは紛れもなくドラグーンの技であった。その能力を更に高みへと押し上げた今、AU−KVの力を借りずとも自然と、纏っているときと同様の錬力の流れを生み出すことが出来る。
この任務に対しての和哉の反応は、元々淡々としたものだった。生身でKVサイズの敵は、上位クラス開発前から幾度も戦ってきている。彼の今の想いはこのシミュレータの開発者より更にシンプル。『出来る事をやる』、それだけ。
再び、和哉の身体から烈風が生まれる。タートル・ワームの巨体が弾き飛ばされ、ゴーレム組との距離が生まれる。
「‥‥一先ずは作戦通り、か」
分断に成功したのを見て取って、カララクが呟いた。
だが、予定通りの流れを作れたにもかかわらず、前に出てタートル・ワームの意識を反らす役割を担う一人である翡焔の表情は、少し重い。
銃を刀に持ち替え、一撃を加えると‥‥甲羅ではない、それよりは弱いであろう関節部などを狙っているにもかかわらず、返ってくる手ごたえの硬さに舌打ちする。
思った以上に防御力が高い。己の攻撃が通じないなら、仲間が作った傷に重ねて‥‥と思うも、見たところ他にも有効打を与えている者は‥‥いない。しばらく攻撃を続けては見ても、タートル・ワームはほぼ無傷と言っていい状態だった。
もともと、足止めが目的なので深追いする気はないが、全員そろうまでにいくらかでも削げるなら削いでおきたいと思っていたのも事実だ。
「さて、どれだけ止めていられるか‥‥」
制圧射撃を続けるカララクがつぶやくのが聞こえた。そうだ、攻撃が通じないと相手が理解すれば、注意をひきつけ続けるにも限度がある。そうでなくても、翡焔は幾度か攻撃を避け損ねてダメージを受けていた。長引けば‥‥不利。こうなれば、高い攻撃力を持つゴーレム組の動向が気になるところだが、そちらを見ている余裕はなかった。
タートル・ワームの背に備わる、圧倒的な存在感。
大口径プロトン砲、皆言わずとも、そこに一番の注意を払っている。理解しているのだ。あれを被弾するようなことがあれば、戦局が一気に変わる、と。
だからこそ、タートル・ワームのその狙い、その動きから、一瞬たりとも意識を離す事は許されない――
硬直するかに思えた状況を先に打開したのは、ゴーレム組の方。
ゴーレムの慣性制御は常に発動しているわけではない。動くタイミングにあわせ制御能力を再起動しているため、一度切れてから再起動するまでの間、すなわちゴーレムの先手を取ることが出来れば命中する可能性はある。
「射撃支援入ります、銀葬雪歌、敵を打ち砕け」
小雪の、大口径オートカノンの弾幕に寄る支援を受けながら、速さに自信のあるロジーが、王零が、シーヴの三人が中心になって、当初の予定通り足にダメージを重ねていき。
「この一撃、何処まで通用しやがるか‥‥」
一瞬が明暗を分けるイニシアチブの取り合い。紙一重の差で先手を取ったシーヴが、機と見て駆動部に大振りの一撃を叩きつける!
剣のSESが強く、強く、限界を超えて駆動する。全てを断ち切る強力な力が、そこに生み出される。巨体に、人の身が振るう剣が吸い込まれていくと、ゴーレムがその身をよろめかせ。
「大口径セミオートカノン2門による乱射だよ、耐えられるかな?」
小雪がそこに、銀葬雪歌の全火力を集中する。動きの鈍った巨体の腹に、容赦のない弾丸の雨が浴びせかけられ‥‥ズ、ズゥ、と音を立てて、ゴーレムの身体が膝をついた。
その時狙ってましたとばかりにカルマが走る。ゴーレムがついた膝、それを足がかりに跳躍、巨体の身体を飛び上がり。
「唸れイケメンスピリッツ! オォラァ鉄クズになりやがれェ!!」
シーヴと同じ、強烈な斬撃――当人風に言うならば、マジパネェ攻撃――を、脳天めがけて振り下ろす! エースアサルトとして、この場で最も高い攻撃力を持つ彼の攻撃が、まっすぐにゴーレムめがけて打ち下ろされていき。
その巨体がついに、地に倒れ付す。
『ダメージ算出。ゴーレム、行動不能を確認』
アナウンスメッセージとともに、ゴーレムの身体が、光の粒子となって薄れていく。
気配はタートル・ワーム組にも伝わり、傭兵達に一瞬、安堵の空気が流れ。
だがそこで、この戦闘が「シミュレータ」であるが故の、不測の事態が発生する。
ゴーレムの‥‥友軍の、突然の消失。だがそれは、デジタルな思考を与えられたタートル・ワームにとっては驚きはなく、そして『誤射の危険』が喪失したことを意味する。
ゴーレム班とは、知らぬうちに距離を与えられていたタートル・ワームが、その背にあるプロトン砲がその時、標的を見つけ‥‥。
気付いたタートル・ワーム班が警告を発するも、直前までゴーレムに向かっていた者たち、特に無茶な動きで止めをさしたばかりのカルマは体勢を崩しており、すぐには反応できない。
タートル・ワームの背に、膨大な熱が収束していく――!
そうして放たれたプロトン砲の光は、ゴーレム班たちの‥‥
誰にも命中することなく、頭上を通り過ぎて行った。
顔を上げた傭兵達は、自然と砲台へと眼を向ける。
その根元には、刀が突き立てられていた。咄嗟に放たれたそれが、砲身を持ち上げ、発射口を傭兵達から反らしたのだ、と理解する。
ではそれを行ったのは‥‥?
皆が視線をめぐらせる中、一人堂々と立つのは剛だった。
掲げられた左腕。
その前に浮かぶ、盾の覚醒紋章。
そして。
「『絶対防御』の名の下に‥‥!」
発せられる、己の技術への確信の言葉。
その様、まさに、不破の鉄壁。
希望から絶望、そしてまた希望へ。一つ一つ苦難を乗り越えた傭兵達は、自信が、力が満ち溢れてくるのを感じていた。
さあ、残るはタートル・ワームのみ。一気に傭兵達は包囲をかける。
「さ、そろそろ仕舞としましょう。――斑鳩流、飛龍四式」
駆け抜ける八雲の一撃を皮切りに、皆が次々に追撃に加わっていく。
――取り囲んで足止めしたところに、エースアサルト級の破壊力が叩き込まれれば、いかに防御力を誇るタートル・ワームとて、動きを止めるのにさほど時間は要らなかった。
●
「流石にハードだったでありやがる、です」
「‥‥まあ、今回は倒せましたけど、実際にこんな無謀な戦闘に駆り出されるのはご免被りたい所ですわね」
激闘を終え、シーヴが呟くと、クラリッサもしんどそうに答えた。」
「ああ、お疲れ様です。ありがとうございました。やはりまだ現時点でも改良の余地はありそうですね」
そんな傭兵達を出迎えた研究者の『彼』の様子は、相変らず己の欲求以外に興味はないとばかりに淡々としていた。
「KVの出撃許可が‥‥下りない事って‥‥結構、多いから‥‥ね。この手のシュミレーターって‥‥需要、あると‥‥思うん‥‥だけど」
和哉が声をかける。最初の言葉は、『彼』はあまり興味はなさそうだったが。
「折角なら‥‥もうちょっと。地形とか、増やせると‥‥理想、かな?」
続く言葉には、僅かに顔を上げて。
「そうですね。そのうちやってみましょう。‥‥この処理量なら、出来そうですし」
やはり相変らずの様子で、そう答えた。
「‥‥凄い方ですね。あぁやって自分の道を貫け人は羨ましいな」
「我が道を征く、というのは、分野を問わずスペシャリストに共通なのかもしれませんねぇ」
クラリアの言葉には、八雲が苦笑気味に答えていた。
「しかし‥‥上位クラスか‥‥我の場合、どのクラスが合うかな」
王零は一人、今回の戦闘を踏まえそんなことを考えていた。
――何はともあれ、勝利。模擬の戦闘でも、傭兵達は何かをつかめただろうか?