タイトル:【DAEB】済南市、説得マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: イベント
難易度: やや難
参加人数: 14 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/22 18:52

●オープニング本文


「UPC中国軍少尉、孫 陽星です。治安維持のために当部隊がこの街に駐留することを希望いたします」
 ひとまず、一人で街に入り、そう挨拶を告げた少尉を始めに迎えたのは‥‥罵声だった。
 もともと予想していた事態だ。むしろ、覚悟していたよりは少ない気がする。表情を変えぬまま、反論もせず立っていると、次に浴びせられるのは投石。それも、反撃はせずに防御だけに徹していると、最終的には何名かによる掴みかかりの暴力に発展して。
「‥‥気は済みましたか?」
 それすらも耐えきると、ひとまずはやることがなくなったのだろう。おとなしくなった人々に対し、少尉は改めて問いかけた。
 それでも。疲労に俯いていた一人が顔を上げると、まだその視線は敵意に満ちている。

 ――済南市に駐留し、治安の安定化に努めること。
 それが、少尉と彼の部隊が命じられた任務だった。
 ただし、目的はあくまで様子見。この街に――少し前まで、バグアを支持し、その庇護を受けていたこの街に、『中国軍』が入ること、その反応を見るために。

「ふざけるなっ!」
 息を切らせながら、一人の男が叫ぶ。
「余計な‥‥お世話だ。あんたらは、全く余計な事をしてくれたんだ。俺たちは、バグアからの開放なんか望んじゃいなかった!」
 暴れる元気はもうないようだが、それでも、おさまらない怒りを糧に、怒鳴りつけてくる。
「‥‥そうですね」
 静かに、少尉は受けた。
「私は、この街のバグア基地を攻撃したこと、それが‥‥『あなた方の為』とは言いません」
「‥‥何?」
「私は中国の軍人です。だから中国のために働く。‥‥ですから」
 視線を遠くへ向ける。少し前までは、バグアの拠点だった場所へと。
「この街がバグアに支配され続けることは、私たちにとって不都合だった。だからこれは、利害と利害のぶつかり合い――ただの、戦争の結果です」
 しぃん、と、一度沈黙が下りて。
「‥‥はっ」
 やがて嘲笑が上がる。
「ははははははっ! 言ってくれたじゃないか! 却ってすがすがしいな少尉さんよ! つまりはそれが中国政府の! 軍の答えか! 『お国の為に』、俺たちに犠牲になれっていうわけか!」
「違います!」
 続く言葉に、少尉はしっかりと叫び返す。
「私たちは、私たちの為に、ここをバグアの支配から奪還しようとした、それは事実です。でもそれは、あなたたちの犠牲を意味するわけじゃない――言ったでしょう、私は中国の為に働く‥‥ここだって、中国です!」
 手を振り、訴えかけるように言うと、‥‥再び、群衆は一旦言葉を失う。
「私は、中国の為に、貴方たちの『これまで』を奪うかもしれない。でも、だからこそ‥‥貴方たちの『これから』、の為に働きます! ――『中国』、のために!」
 ‥‥。
 少尉が言いきると、一同の表情に、一度、戸惑いが生まれた。
 だが‥‥。
「認めない‥‥」
 やがて生まれたのは、押し殺した、そんな呟きだった。
「今更! そんな言葉が! 信用できるか! そんなこと言うなら、だったらなんで、初めから助けてくれなかった!? どうして今まで、放っておいた!?」
「――っ!」
 返された言葉に、今度は少尉が押し黙る。
「あんたらに‥‥あんたに、何が出来るって言うんだ!?」
 痛い。致命的な言葉だった。言い返せることなど、ない。
「‥‥出ていけ」
 そうして、直接的な暴力などよりもよほど、重く響く一撃が打ち込まれる。
「出ていけ! ‥‥その辺のキメラを退治したきゃ、勝手にやってくれ! だがこの街に立ち入ることは、絶対に認めない!」
 何も言えなかった。
 駄目だ、通じない。その事実をどうしようもなく認識してしまって‥‥新たに言葉を紡ぐ力は、湧いてこない。
 そうだ、許されるわけがない。事実として、自分たちは一度、彼らを裏切り、失望させてしまったのだから。
 信頼を失うというのは、余りにも根が深い。
 ――ましてや、一階の少尉に過ぎない自分の言葉など、信じられるはずが、ない。
 吐き捨て、背を向けて去っていく人々を、引き留めることは‥‥出来なかった。
 諦めて、踵を返し‥‥その時。民家から、申し訳なさそうに様子をうかがう人影が見えた。
 視線が合うと、ぺこり、と頭を下げて‥‥そうして、慌てて頭をひっこめる。
 ――あ。
 駆けだし、今の人の腕を引きたくなる想いを必死で抑えた。
 ‥‥失敗したばかりだ。焦ってはいけない。
 けど。
 芽は、ある。
 先ほどは「戦争の結果」などと言ったが、以前、この街を解放しようと必死で戦ってくれた人たちは、この街を良くしよう、という想いで懸命に努力してくれたことは分かっていて‥‥その芽は、未だ、きちんと残っている。
 無駄にしたく、ない。してはいけない。
 ‥‥まずは、はっきりと「親バグア派閥支持」と定めている人たちより、あのように、声を出したくとも出せない人たちからなら、あるいは‥‥。
 そこまで考えて。
「‥‥もしかして、逆にこの状況が使えるかもしれませんね」
 ふと思いついて、少尉は呟いた。



「そういうわけですので、この街の人々との話し合いに、今一度、お力を貸してください」
 集まった傭兵たちに、少尉はそう言って、深く頭を下げた。
「‥‥私の言葉では、通じないんです。どうあがこうとも私たちは、一度、『裏切って』しまった人間だから。それでも、何度も話し合ってはみるつもりですが‥‥今はあまり、時間がかけられる状況ではありません」
 だから、貴方たちの言葉ならあるいは。
 いくつもの、強力なバグアの軍勢を撃ち破った実績を持ち、人々の為に戦ってきたあなたたちの言葉なら。
「一つ、提案があります。‥‥私はこれからも、毎日、街の人たちと話をするつもりです。ただ、今それに反応してくれるのはおそらく、それを、止めさせたいと思う人たちだけだ。でもつまりそれは、――『親バグアの人』と、『そうでない、あるいは迷っている人』を選別できる、ということです」
 これを利用して、この街を変えるためのとっかかりを一緒に探してくれませんか。
 そう締めくくって、少尉は再び傭兵たちを見回した。

●参加者一覧

/ 終夜・無月(ga3084) / 金城 エンタ(ga4154) / 夏 炎西(ga4178) / UNKNOWN(ga4276) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 百地・悠季(ga8270) / エルフリーデ・ローリー(gb3060) / 楊江(gb6949) / ウェイケル・クスペリア(gb9006) / ソウマ(gc0505) / 春夏秋冬 立花(gc3009) / 荊信(gc3542) / ヘイル(gc4085) / タイサ=ルイエー(gc5074

●リプレイ本文

●祈る者

 ハンナ・ルーベンス(ga5138)は、この街の戦死者の情報を調べたいので情報閲覧の許可を、と孫少尉に申し出てきた。が、さすがにULTの傭兵とはいえ、「軍の情報を直接調べる」ことなど許可できようはずもない。結局、ハンナが知りたい情報、を、少尉が部下に命じて調べさせて、問題のないところだけ教える、という形に落ち着いた。
 ‥‥ただ、この街の「UPC兵士」としての戦死者はかなり少ない。親バグアを公言している街からの徴兵や、志願兵に応じることなど、軍からすればスパイを内側に招き入れる行為にしかならない。また、バグア兵として死した者も、とハンナは求めたが、それはさすがに、すぐにはっきりと調べることは難しいです、という返事だった。
 数少ない情報を手に、それでもハンナは街に出る。
「私は、私に出来る限りの事を。勇気と誠実さを以って示す以外に無いのです。‥‥志半ばに斃れた方たちは、それすらも為す事適わぬのですから‥‥」
 想いを胸に、ハンナは数戸の家を回っていく。
 ‥‥うち一つの家は、明確に冷ややかな態度でハンナを迎えた。
「また‥‥それをほじくり返されるのか。‥‥うちはもう、『そんな奴はいなかった』と思っているんだ。帰ってくれ」
 そう言って家主は有無を言わさず門戸を閉じる。
 ‥‥UPCの兵士に志願する。それは必ずしも、勇気ある行為として讃えられる行為ではないのだ。この街では。
 ――血を分けた者の死ですら、素直に悼むことが出来ない。それが、この街の問題の根深さを表している。
「どうか、時が皆様の心の痛みを和らげて下さいます様に‥‥」
 閉ざされた扉の向こう側で、せめてハンナは心を込めて祈っていた。



●探る者

 他に集まった傭兵のうち、数名は、積極的に説得に回ることはせずに、説得に回る他の物の役に立つようにと情報収集に歩くことにした。

 終夜・無月(ga3084)は、目立たぬように動いた。酒場、公衆食事場、公園、商店など、主に人の集まる場で、民の中に溶け込むようにして話を見聞きする。その際、決して無理に話を聞こうということはしなかった。またその最中、怪我をしている人がいないかなども見て回っていたが、気にするほどの大けがをしているものというのは見当たらなかった。混乱のさなかにあるが、まだこの街全体の空気はさほど殺伐としていない。大きな暴動などは起きる気配はないようだ。


 タイサ=ルイエー(gc5074)は逆に、積極的に街の人に話しかけていた。
「ニーハオ タイサ=ルイエーというものだよ よろしくな」
 気さくに、流暢な北京語で話しかける。物腰はあくまで自然体。警戒心を起こさせるような物言いや態度はしない。話しかけるだけでなく、困っている者がいれば手を差し伸べる。そうして接したもののうち何名かは、誰何の視線をタイサに投げかける。
「能力者だよ 困り事があれば言ってくれると解決するよ」
 ‥‥あっさりと言われた言葉に、何名かは面食らう。能力者、それは本来、バグアの敵となる存在。そしてそれは、この街にとっては‥‥。
 だけど。
「これ 美味しいよ」
 食堂で、隣で食事して、笑って店主にVサイン。あくまで陽気なその態度に、戸惑いは覚えても敵意を向けられるものなどいなかった。
 ‥‥今までバグアの庇護下にあったこの街の人々が知り得なかった、「能力者」という存在。それが、決して自分たちと大きく異なる存在などではないということをその身で示したタイサは、もしかして情報などより有益なものをもたらしたかもしれない。


 楊江(gb6949)は、反バグア派議員の情報を少尉から聞くと、まずは街の様子を見て回った。
 極力目立たない服装を整え、商店主などに話しかける。
「最近は締め付けがひどくて。旦那はどうです?」
 それとなく景況、そこから親バグア派閥の様子などを探れないか試すが、結果は景気や情勢に不安を抱いている様子は見て取れたが、肝心の部分については思わしくはない。
 そうして、ある程度調べ終えたら、反バグア派閥と接触を取った。アポなしになることに非礼を詫び、身分を明かし丁寧に接触を図ると、変化を求めていた反バグア派の者は比較的友好的に応じてくれた。だが、目的が、親バグア派の不正を暴くために、資金の流れが怪しい、議員や商人の情報を教えてもらえないか、ということだと聞くと、残念そうに首を振る。
 ――確かな情報があるのならばとっくに使っている、と。
 この街については、中国政府や軍がいままでずっと突破口はないかと探っていたのだ。それでもどうにもならないのに、今更すぐに使える情報など簡単に出てきたりはしない。
 ‥‥もともと、役人の汚職などはある程度当然のことと冷やかに受け止められていたのだ。この国では。地位を利用して甘い汁を吸おうとする者は、何も‥‥親バグア派閥、ばかりでは、ない。半端な情報で揺さぶろうとしても、手痛いしっぺ返しが待っているだけだ、と伝えられた。
 残念ながら、楊江の目論見は空回りに終わることになる。


 UNKNOWN(ga4276)の手には今、一枚の紙があった。彼はまず、少尉から聞ける限りの情報を引き出していた。この紙は、その中でも特に、盗聴があっては致命的、と筆談で交わされたもの。
 ‥‥そして、その中には「夜来香」という文字がある。それは、UNKNOWNが以前、仲間らと共に中国軍スパイを済南市に届けたが、その時スパイらが済南市に入り込めるように手引きをした女の名前だった。
 その動向を尋ねた時の少尉の答えは『私自身は、その名前だけを知っているだけです。重慶を脱獄をして、済南市に入ったらしいという情報までは分かりますが、その後の動向は、生死を含めて全く不明です』というものだった。
 夜来香達のことは軍内部でもかなり慎重に取り扱われている。下級士官がここまで知っていたのならばむしろ上等なほうだ。機密だから言えないのではなく、孫少尉は、本当に知らない。
 だが。
 前回この街を訪れたときに、警察関係から漏れ聞こえてきた、「親バグア派閥の幹部が、不審な死を遂げた」という事と。
 その後のことを、軍関係者が知らない――少なくとも、表だって彼女らが処刑された、という情報がない――ということを合わせると、少々は見えてくるものも、ある。
 UNKNOWNはそっと、そのことが書かれた紙に火をつけた。内容を残さないため、それだけの意味だ。読むときも、燃やすときも、表情に何ら変化はない。
 ‥‥灰が、全て風に流れたのを確認すると、あとは知りたい情報は自らの足で確認すべく、彼もまた街の雑踏に消えた。



●説く者

「あたしの顔を覚えてる奴は何人いるかな。軍人様がお偉い事を言ってるみたいだけど、知った事じゃねぇ。あたしがここに居るのは、あの日、あの場所にあたしが居たのと、同じ理由でその続きだ」
 ウェイケル・クスペリア(gb9006)は、人がある程度集う場所を見つけると、挑む態度で宣言した。
「覚えてるか。あんた等は確かに言ったんだよ。奥歯を噛み締めながらも生きてきたって。一生懸命にって」
 そのまま、己の思いのたけを、一気にまくしたてる。
「何でまだ、そんな所で胡坐かいてんだよ。あんた等が噛み締めた奥歯は! 苦渋だったんじゃ、悔しかったんじゃねぇのかよ!?
 あの時、軍に見捨てられて何も出来なかった。理屈は解る。けど、今は違ぇはずだ。
 今あんた等が闘わなきゃならねぇのは、手前ぇ自身が抱えてる問題だろう!? 何で動かねぇ。おんぶに抱っこじゃなきゃ生きられねーか。んな事ねぇだろ? 出来るはずだ。今の、これからのあんた等には!
 思い出せっ 何故手前ぇ等を浸蝕する存在を受け入れるしかなかったのかを!
 いい加減に理解しやがれ‥‥もう、あんた等を見捨てた事に目をつむらなきゃならなかった時代じゃねーんだよ!」
 彼女が全てを叫び終えて。一度は沈黙が下りる。
 やがて、返ってきたのは。
「‥‥分からねえよ」
 初めは、小さく震える声だった。
「分からねえよッ‥‥何が変わった? 俺たちはどうすればいい? あんたの話からは、全然分からねえよ!」
 彼女の指摘は、決して間違っていはいない。彼らはずっと現状に疑問を抱いていた。不満を持っていた。その不満は、エネルギーとして奥底に溜まっていた。
「バグアにはつくなっていう、一方で、あの軍人野郎の仲間でもねえんだろ!? じゃあテメエは俺らにどうしてほしいんだ‥‥自分でバグアに突っ込んでって玉砕して死ねとでもいいてえのか!?」
 だが彼女の言葉は、そのエネルギーの行き場を与えていない。
「冗談じゃねえ‥‥悔しくたって、惨めだって、まずは生きていたい。それがそんなに悪いことか!? そんなに間違ってるのかよ!」
 ‥‥だからそれは、彼女に反発する、という形で現れてしまう。
「『悔しかったら立ち向かえ』なんてのはなあ! 結局、それが出来る力がある奴の、恵まれた奴の理屈なんだよ! 『能力者』のテメエには分かんねえよ! どれだけ悔しくても! 耐えて! 縮こまって生きてかなきゃなんねえ奴だって、世の中にはごまんといるんだよ!」
 叫び返しながらウェイケルに向けられる視線は、憎悪ではなかった。
 ‥‥叫ぶ男は、泣いていた。
 自分が決して『正しくはない』事は分かっていて。彼女に向ける言葉は八つ当たりだと半ば自覚していて。年端もいかない少女にそんなことをしている自分が、本当に悔しくて情けなくて‥‥でも、どうにもできなくて。そんな自分に、泣いていた。
「あっちいけよ‥‥テメエの姿なんか見たくねえ‥‥どっかいけよぉおおおお!」
 変わりたい。その『気持ち』は確かにあるけれど。
 その『力』を、彼女の言葉は与えることが、出来なかった。


「みなさん。私は、反バグアになれとかは言いません」
 春夏秋冬 立花(gc3009)は、別の場所で、静かな調子で語り始めていた。
「貴方はその人と、手を繋ぐことが出来ますか?
 出来る人もいるし、出来ない人もいるでしょう。
 じゃあ、貴方と何が違いますか?
 男。女。思想。肌の色。髪の色。宗教。親バグア派。反バグア派。もしかしたら母国まで違うかもしれません。そうですね。確かに殺しあうには十分な理由です。
 では、目を瞑って、大切なものを思い浮かべてください。
 思い浮かべましたか?
 確かに考えが違うこと。人間じゃないこと。喧嘩する理由にはなります。ですが、それは決して仲良くなれない理由にはならないんです。
 隣をもう一度見てください
 その人は、貴方と同じように大切なものを思い浮かべ、それを守りたいと思ってる人たちです。
 男。女。思想。肌の色。髪の色。親バグア派。反バグア派。宗教。もしかしたら母国まで違うかもしれません。でも、貴方と同じように大切なものを守りたいって思っている人たちです。
 貴方と、なんら変らないんです。
 きっと、今なら手を取れるはずです。
 手を取って、お互いを助け合えるはずです。
 確かに、一人一人はちっぽけでも、みんなで手を繋げば、なんだって出来ます。
 だから、お互いに手を繋いで下さい。
 そして、できれば同じようにちっぽけな、私の手も取って下さい。
 私にみなさんの手助けをさせて下さい。そして、私を助けて下さい。
 ‥‥お願いします」
 穏やかに語られた言葉は、反発を生むことはなかった。だが。彼女の熱演中、彼女が言うように目を閉じ、手を繋ごうとする者は、いない。
「‥‥お嬢ちゃん。それで、今お嬢さんの手を取ったら、今すぐ誰もこの場所に攻めてくることはなくなるのかね?」
 一人の老人が、苦笑しながら言った。
「お嬢ちゃんの言うことは正しいよ。憎しみ合うなど愚かなことだ。そして‥‥わしらは、誰とも憎しみ合うつもりなどないよ‥‥ただ戦争に巻き込まれたくなかっただけだ」
 首を振りながら、老人は言った。
 彼らは決して、人類を憎んで親バグアを選んだわけではない。『中国軍は助けてくれなかった』なんていうのはあくまで現状を肯定するための、副次的な感情。『争いに巻き込まれたくない』、それこそが彼らが現状を選び続けている根本的な理由。だから、彼女の言葉の正しさは理解し‥‥だがそれ以上に彼らは知っているのだ。『それが出来るなら、苦労しない』、と。
「そしてお嬢ちゃん、それは我々だけが言われることなのかね?」
 続く言葉に、立花は完全に虚を突かれる。
「夏、UPC軍は、この街に攻め込んできた。そして‥‥先日の軍人さんの言葉は聞いているかな。そのことについて、今の自分の言葉とあわせて、どう思うのか聞いてもいいかな」
「あ‥‥」
 そう。彼女の今の言葉は、今この街の人間に向けるには、『これは戦争だ』と言った直後の少尉の言葉と、余りにも相性が悪い。
 ‥‥彼女の思想は間違ってない。問題発言がどちらなのかと言えば、少尉の方だろう。
「ごめんね。意地悪を言ったね。お嬢ちゃんのその気持ち自体は、間違っていないし、嫌いじゃないよ‥‥」
 立花に、再び穏やかな笑みが向けられて、そして。
 蔑むような視線が、広場へと向けられていた。


 金城 エンタ(ga4154)は、それらの様子を見て回って‥‥結局、自身は口を閉ざすことに決めた。伝えたい想いはあった。あったが、それまでの演説の効果を見るに、効果を発揮するかは疑問だった。彼が用意していた言葉も、街の人に具体的な道を標すものはなかったから。
 なにより。
(「バグアと戦う事を『選べない』人々に、「戦争に巻き込まれてください」と望むなら、「この人になら‥‥」と思われる人でなくては、従ってはくれないでしょうね‥‥」)
 そうした思いが、エンタの根本にある。‥‥そしてその思いからすれば、現状について、彼はどう思っているのだろうか。
 どれほど考えつくされた言葉であっても、唱える人間が自信がないのであれば、通じないだろう。
 結局、彼は、最後まで動けなかった。


 荊信(gc3542)は、酒場にふらりと現れると、酒の力も借りてまくしたてていた。
 一緒に戦おうってんなら仲間だ。あんたらにその気があるなら、俺はかわりに戦ってやる、と。
 同席した者たちは、遠巻きに、初めはただ冷やかにそれを聞いていた。――そんな事言ったって、今更UPCやULTが頼りになるか‥‥それが、この街の人間が選び続けてきた結論だ。
 語られた武勇伝も、ずっと外を見てこなかった人々にとっては、酔った勢いの駄法螺にしか思えなかった。
 だが、荊信が次に出した新たな言葉に、場の空気が変わり始める。
「御前等は、奴等のやっている事を知っているのか? それでも従うってんなら、それはそれで構わねぇ。ソイツも一つの答えだ。なら、何故、今すぐ此処から逃げねぇ?」
 逃げる? 何を言っているんだ。どういう意味だ。疑問は、続く言葉ではっきりする。

「もし、バグアに行きてぇ奴がいるなら、今すぐ名乗り出ろ! 誰にも邪魔はさせねぇ、皆遮盾荊信の名にかけて無事に送り届けてやる」

 場が、決定的に変わった。
 そうだ。この街のバグア基地は潰されたが、すぐ行けば‥‥環状包囲網には、まだバグアの庇護下にある街が残っている。何故そこへ向かわない?
 そのことに思い当り、荊信の申し出に名乗り出るものは‥‥しかし、一人として、いない。
 やがて、誰かが、さらに何かに気づき‥‥震える声で、言った。
「なあ‥‥俺たちは‥‥『UPC軍が攻めてきたら、バグアの兵として戦えるのか?』」
 つい口に出してしまったのであろうそれに、場の全員が凍りつく。
 この場に居る誰一人、今までそれを考えた者などいなかった。バグアに従っていれば、攻めてくる者はいない。戦争は起こらない。そうじゃないのか? ‥‥違う。UPC軍の侵攻によりこの街のバグア基地は潰され‥‥そして、先日来た軍人は『戦争』という言葉を口にした。
 荊信の投げかけた疑問は、立花とは逆に、少尉の言葉と合わせると劇的な効果を発揮する。
『人類とバグア、どちらに守られたい?』
 この疑問に、この街の住民はずっと後者を選んできた。
 ではここで質問を変えてみよう。
『人類とバグア、命をかけなければいけないとすればどっちのためがいい?』
 ‥‥そんなの、決まり切っている。
 だが、今すぐ易々とそれを口に出来るものはいない。今まで自分たちが選んできたもの、そのことが重すぎて。
 だけど。すぐにではないかもしれない。だが考え直す一つのきっかけを、荊信は与えていた。


 ヘイル(gc4085)がとった行動は、少尉とともに広場で説得する、というものだった。
 集うのはやはり、少尉を追いだそうとする親バグアの人間だ。傭兵然としたヘイルに対しても向ける気持ちは変わらない。怒号と罵声が容赦なく叩きつけられた。‥‥ただ、二人に増えたということで多少怖気づいた、また初日で多少ガス抜きされていたこともあったのだろう、暴力にまでは、発展しなかったが。
 中には聞くに堪えない言葉も混ざるそれを、ヘイルは落ち着くまで黙って受け止め続けた。
「初めまして。傭兵のヘイルです。こちらの少尉とは縁が有り、共に皆様の前に立たせて頂きます」
 やがて、静まってきたのを見計らうと、まずは丁寧に挨拶する。
「皆様の怒りは正しいと俺も思います」
 そして、まずは過去にこの街が守られなかったこと、そのことを謝罪することから始める。
 街のものたちが、毒気を削がれて僅かにひるむ。
「ですがその怒りの源は何であるかをもう一度思い出して頂きたいのです。バグアの支配下が不本意だったからこそ、そこに置いていった我々が許せないのでは無いのですか? もしそうならあなた方はもう一度そこに戻るという。それが望みだった訳では無い筈です」
 それは、ウェイケルと同じ言葉だった。だが相手の不満を吐きだし切らせた後、穏やかに言われたそれは、過激に反発するという反応を起こさなかった。
「‥‥望まなくても、我々にはそうするしかなかった」
 やがて、一人がポツリと言う。ヘイルはそれを否定しなかった。それは事実でしょうと。
 ただし、『かつては』という但し書きをつけて。
「嘗てとは技術・状況が変わりました。俺が少尉と共に皆様の前に立てているのがその証拠です」
 言ってヘイルは孫少尉に視線を送った。
「実績が知りたければ山西省の街と連絡を取ってみて下さい。そこを守り切った人員に俺達の名前が有る筈です」
 ‥‥話を聞きにしていた者たちに、微妙な変化が見え始めていた。
 ――人類は、勝てるのか? 強くなったのか?
 具体的な結果を伴い、勝者として上からではなく、同じ目線に立って差し出されるそれこそが、バグアと人類、その狭間で迷う者たちが求め続ける『出口の光』の一つ。
 ‥‥だがその光は、少尉の名と実績では、遠く、弱い。まだすぐに手を伸ばすには至らせられない。
「まーとにかく、一旦ここでお腹満たして暖まってみない?」
 動けない人々に、突如横手からそんな声がした。
 百地・悠季(ga8270)だった。そして、いつの間にか広場の一角に、粥の屋台が出来ている。
 差し出されたそれに、人々はただ怪訝の視線を送るのみで、手は延ばさない。
 当たり前だ。見知らぬ人間、しかもこのタイミングで訪れるような者が作るものを、少尉の存在で今特に警戒心の強くなっている親バグア派の人間が受け入れるわけがない。通常なら屋台を広げようとした段階で叩きだされていたはずで、それが出来たのはヘイルの演説のどさくさにまぎれていたからに他ならない。
 だが‥‥だからこそ。少し前なら確実に「ふざけるな」とひっくり返されていただろうに、それをしようとする者はいない。皆、どうしたらいいか分からない顔で距離を置くのみだ。
 そのことは、ヘイルの態度と言葉が、ここにいる人々になんらかの楔を打ち込んだことを示していた。


 ――そのとき、別の場所では、光に手を伸ばす者が出始めていた。
 夏 炎西(ga4178)が別の場所で話した内容、およびその態度は、ヘイルとほとんど変わりがなかった。罵声ではなかったものの、まずじっくり相手の話を、愚痴を聞くという形でこの街の不満を明らかにし。そして、同じく山西省での実績を踏まえて、人類の、そしてこの場にいる人間に力があることを説明する。
 ただヘイルと違っていたのは、それを言う相手の性質。
 炎西は、街に出て、態度から、反バグア、もしくは中立であるという可能性が高いと踏んだ場所でそれを行った。
 すこしだけ、出口の近くにいた者たちは、微かに見えたその光に、近づいていく。
「あんたは‥‥本気で、バグアに勝てるつもりでいるのか?」
 震える声で、誰かが炎西に、自ら問いかけにいった。
「はっきりとお約束することはできないかもしれません。ですが、私は、この国の為に、この街の為に、出来る精一杯のことを、したいと思います」
 不安を見せぬよう、堂々と炎西は答えた。その上で、そのために、軍の駐留を認めてもいいと思う方は、親族・友人の方々と共に表明して頂けるように、とお願いする。
 ‥‥具体的に「貴方たちに出来ること」が示されたのは、実はこの時が初めてだ。そしてそれが、動けぬ人々に最後のひと押しを与える。
「‥‥分かった。まずは家族と‥‥話してみよう」
 誰かがそういうと、私も、では自分も‥‥と、ぽつぽつと声が上がり始めた。



●纏める者

 ソウマ(gc0505)はその時、反バグア派閥の議員と面会を果たしていた。
 ここに来るまでに何があったかと言えば‥‥ただ、正装し、誠実な態度で面会を申し出ただけ。それだけでも、現状を変えることを望み、外の情報を欲していた議員はそれを受け入れた。
 ――特別なことなど何もない。キョウ運などによるものではない。この街の問題は決して一時的なことではなく、長期的な視野で解決しなければならない。一瞬の幸運によって上手くいくなど、この件に関しては絶対にありえないのだ。
「貴方達の済南市です。今よりも笑顔が溢れる街にする為、決断して頂けませんか」
 真摯に、ソウマは協力を願い出る。
「決断など意味はない。私自身の気持ちは常に決まっているからこそ、この街で、あえてこのような立場に居る。‥‥足りないのはただ、力だ。心はきまっていても、やれることがない」
 それが、反バグア派閥においてそれなりの地位にある相手の返事だった。
 それならば、とソウマは申し出る。自分と一緒に、中立や、親バグア派閥であっても取り込めそうな相手がいれば、一緒に説得に回らせてもらえないかと。
「‥‥いいでしょう。今、何派であっても、『外』の状況をより詳しく知りたがるものは多い。接触は可能だ」
 そうしてソウマは、何名かの議員と会話をした。もとより現状に心痛める者には『情』でもって。そして。
「いつまでもやられっぱなしの人類ではありませんよ。聡明な貴方達はどちらにつきますか?」
 どちらが有為かで考える者には、『利』でもって。
 議員、という種類の人間にとって、それは単純に感情で攻めるよりは間違いなくましな方法であった。幾度かソウマは、相手を頷かせ、あるいは迷わせることに成功する。
 『市政』へとこちらの意思を通す、一つの道筋は作れたかもしれない。あとは炎西が示した「市民の意思表示」が、どれほどの勢いとなり、それを押し広げるか。それは、皆の説得の結果による。
 じわじわと、わずかに何かは動き始めて。


 ――さて、本格的に動く、か。
 やがて、UNKNOWNが密かに動く。



●一つの成果

 傭兵たちが、この街で動き始めて数日。
「市政の中心にある方々と会談が出来ることが決まりました」
 少尉が、そう言って、傭兵たちに深々と頭を下げた。
「私は親バグア派も反バグア派も別に構わん。ただ、どちらがどちらを弾圧する様な事があれば。それは宜しくない、と」
 UNKNOWNが言った。
「生きる為にどちらに付くかは、個々による。孫、軍人は軍人らしく、だ」
 軍人は、軍人らしく。自分のどこまでを見ての言葉だろう、と、少尉は考える。‥‥目の前の相手、その目を見て、その考えの全てを計ることは無理なのだろう、とすぐに諦めた。かわり、渡された、UNKNOWNがここ数日で調べた、この街のインフラ状況などの情報に目を落とす。これらの整備の中で、軍が手伝えるものというのは、ある。交渉材料の一つにはなるのだろう。その上で‥‥この場においてのみ、先ほどの言葉の意味を考えるなら。
 UNKNOWNは多分、必ずしも軍の為になるように、と動いたわけではない。ただ、この街の市民の為に、選択肢を増やそうとしただけ。軍を受け入れる、という選択肢を。
 それによって何が起こるのか、何が出来るのか。あくまで軍人として、軍人がやるべきことだけを市井のものに話してこい。そして、市井のものは、親バグアも反バグアもない、民によってよりよいと思う道こそを選べ。彼が言いたいこと、やりたいことは多分、そんなことだろうか、と、ひとまず少尉はそう、解釈した。
 ‥‥合っているかどうか自信はないので、あえて何か口に出すことはしない。ただ少尉は、今思い浮かんだことは、一つの道理として心にとめておこう、とは思った。
 再び、しっかりと傭兵の皆に頭を下げると、少尉は背を向けて歩き出す。

 その姿が、完全に見えなくなるまで見送ってから。
 ヘイルは、空に向けて照明弾を放った。
「この声を聞く全ての人に! 空を見上げろ!大地を見渡せ! 此処は貴方たちが生きていく世界だ! バグアに怯えて死んでいく牢獄ではないだろう!」
 作戦の、最後の仕上げとばかりに、叫ぶ。
「どうかお願いだ! 抗うことを諦めないでくれ! 貴方達が諦めないのなら、俺達はそれを守る為に戦える!」



●会談

「‥‥まず、最初に、どうしても言わせていただきたいことがあります」
 集まった者たちの前で、少尉は静かにそう切り出していた。
「ここに来るために、私は傭兵の皆に協力を願いました。ここ数日の、彼らの活動、およびその内容について‥‥きっと皆様は、把握されていると思います」
 ちらりと机の一角に視線を送る。そこには、炎西が集め、ソウマによって議会に託された、この街の市民たちの署名がある。
「彼らの中には、私の目的とは添わない言動を取る者もいました。それでも‥‥でもそれは、今後の戦略などは一切関係なしに、ただこの地のことを思って行動してくれたのだということを示しています。その想いで、この、中国の地を踏んでくれたこと。そのことには私は‥‥感謝しています」
 聞いていたこの街の重鎮の一人は、少尉の言葉に怪訝そうに眉をひそめる。何を言いたいのか、と。
「彼らの言葉には、苦渋の道を歩んできた皆様には、耳障りなものもあったかもしれない。ですが‥‥その底にある想いは、そのまま受け止めていただければ、と思います」
「‥‥組織をまとめる立場にある者が、『情』で動くなどあってはいけない。それくらい、君程度の立場でも分かりそうなものだが」
 うっとおしそうな言葉に、
「‥‥それは、理解、しております」
 実感を込めて、少尉は答えた。だから、先ほどの言葉は決して、今回集まった傭兵たちに直接言うことはしない。自分に言われても却って不愉快だろうから。
 ‥‥その志に敬意は表しても、彼らと少尉の理念は異なる。‥‥きっとこれからも『彼ら』にとっては不快な態度や手段を、必要とあれば彼はとるのだろう。それが分かるから。
「ですから、それで動け、決めろとは申しません。ただ、感じてほしいと」
 少尉の言葉に、相手は呆れ切った態度で首を振った。
「それはね。ただ愚かだと私は忠告するよ。己を苦しめるだけで、何もなりはしない」
 それには、何も、言えなかった。
 少尉は、一度ゆっくりと呼吸をして、意識を切り替える。
 そして。
「‥‥申し訳ありませんでした。それでは‥‥本題に、入らせて、いただきます。中国軍の者として。我々がなそうとしていること。そのためにこの街にご協力いただきたいことを、お話させていただきます――