●リプレイ本文
●戦闘班
人の気配が失せた町を、二台のジーザリオが駆ける。
ところどころに破壊の跡が見られ、瓦礫の転がる道を可能な限りのスピードで進んでいくそれは、速度に応じた排気音、だけではない派手な音を撒き散らしていた。
二台の車に分乗する計五名の傭兵達は、声を上げ、銃を放ち思い思いに大きな音を立てている。
「見落とさんようちゃぁんと見なな‥‥」
白藤(
gb7879)が呟く。彼らの目的は救助班が動く間町にいるキメラの囮となり、そのまま殲滅すること。故に、彼らは絶え間なく騒音を立てながらも、常に油断なく周囲を警戒していた。
「ちょっとちょっと、あれなんやろか?」
白藤が再び呟くと同時に、幡多野 克(
ga0444)もまた、運転しながら、サイドミラーを横切った影を捉えていた。
「‥‥少し行けば公園があるはずじゃ。そこまで誘導できれば戦いやすかろ」
もう一台の運転をする秘色(
ga8202)が、あらかじめ入手しておいた地図を横目に告げる。
一同はその言葉に頷くと、各々準備に取り掛かった。
「さあて‥‥いこか?」
白藤が、己の持つ小太刀を愛おしそうに撫で、呟くと同時に、一体のキメラがはっきりとその姿を現し、突進してくる。
公園に到達すると同時に白藤は飛び出すと、抜き打ちで銃を放った。活性化したSESによって威力を高められた弾丸が、キメラの身体に傷を負わせる。同時に、複数のキメラが集まってくる気配が分かった。
他の仲間が車から出てくると、白藤は援護射撃に回るために退く。
いや、目的は援護だけではない。
自分だけでなく、他の能力者の闘い方を‥‥見たい。もっといろいろ吸収するために。
白藤はキメラを、そしてそれに相対する能力者をじっと見つめ‥‥己の、戦闘を好む血が沸き立つのを感じて、ぞくりと身を震わせた。
(「獣型のキメラ。なら、動きは素早いか?」)
克は、向かい来るキメラに対し迎撃の態勢をとりながらそう分析する。
「あまりのんびりはできない。悪いけど、本気を出させてもらう」
呟くと同時に、意識を集中する。避けられにくいように、と、側面に回りこみ、流れるような一撃を確実にキメラに向かって打ち込んでいく。
‥‥結果的にその一撃は、傍から見れば拍子抜けするほどあっさりと、吸い込まれるようにキメラの身体へと叩きつけられた。
克の、このキメラが素早いという予想は間違っていたのか? 否。ただ、彼の技量がそれをはるかに上回っていただけのこと。剣術家として基礎を学び、傭兵として幾多の死線をくぐり抜けてきた彼だからこその、無駄のない動きだった。
ひらり。ひらり。
秘色と対峙するキメラには、彼女の動きはやけにゆっくりに見えたかもしれない。だが、隙だらけすらに見えるその動きに、何故かキメラは反応できなかった。
‥‥遅く見えるのは、覚醒した秘色の、優雅な動きに魅入られていただけのこと。網膜にはスローで映るその動きは、実は刹那の間に行われている。
くい、と、まるで扇を返すかのように、彼女が直刀を持つ手を翻した。
同時に、目の前のキメラの腹部から盛大な血飛沫が上がる。
優美な‥‥秘色の舞。だがそれは、敵と見なしたものには一切の容赦のない、無慈悲な一撃となる。
続き現れたキメラもまた、秘色の動きに惹きつけられるかのように彼女に向かって突進していった。だが、その身体が彼女に到達する直前、跳ねるように駆けるその体躯が突如、地面に叩きつけられる。
これが、知能の低いキメラでなかったとしても、何が起きたのか理解するのは難しかっただろう。眼前の傭兵の集団にまっすぐ突撃していったはずなのに、背後から一撃を受けたのだから。
走り来るキメラの前方から一瞬にして後方に回り、強烈な攻撃を喰らわせたのはレイヴァー(
gb0805)だった。柔らかな関節を狙った、死角からの瞬速の一撃は、回避も防御も許さずにその威力を直にキメラに叩き込む。哀れなキメラは、もんどりうって地面を転げた。
藤宮 エリシェ(
gc4004)は、傭兵としてこれが初めての戦闘依頼だというのに、不思議なほどに落ち着いていた。
この町の人の生活を、取り戻す。もしかしたら、どこかに逃げ遅れた人がいる。助けを待っている人がいるなら‥‥守るために精一杯戦うだけ。強い想いが、彼女の恐怖を吹き飛ばしていく。
それでも、経験の浅い彼女の繰り出す剣は一度、空を切る。初撃での失敗。だが彼女は諦めることなく、そのまま冷静に、足を狙ってキメラの機動力を削ごうとする。白藤の援護も受け、幾度かの浅い斬劇がキメラの脚部を捉え、そして――やがて、機を見たエリシェの弧を描く一撃が、キメラの腹部を薙いだ。
気がつけば‥‥圧倒。傭兵達にはほとんど被害もなく、瞬く間に、この場に動くキメラは存在しなくなった。
「白藤はまだまだやわ‥‥学ぶことは沢山、やな」
あまりの瞬殺にか、白藤が少し情けなさそうに、ぽそりと呟いた。
余裕の勝利にも傭兵達は気を緩めることなく、周囲の状況を確認する。町の状態、味方の体調、そして倒したキメラの数‥‥四体。
四体? 一同は顔を見合わせる。依頼によれば確か、確認されたキメラは‥‥五体だったはず。
誰ともなしに頷きあうと、彼らは戦闘後にも関わらず、一息もつかぬ勢いでそのまま再び車に乗り込んだ。
●救助班
依頼を受け、現場に急行しなかった、残る傭兵三名は、避難所にて逃げ遅れたものがいないかについての情報収集を行っていた。
「アニキィー!」
そのうちの一人、赤木・総一郎(
gc0803)に、無駄に元気の良い声がかけられる。彼が、一人でやっては効率が悪いからと、避難所に居る住民から探し出した協力者の青年だった。
「なんかっすね、このおっさんがですね、誰か探してるみたいっすよ! どっすか!」
胸を張って青年は一人の男性を連れてきた。
その、青年が連れてきた男性――機械油の匂いのしみついた、職人気質の厳つい雰囲気をもった男性だった――は、沈んだ声音で言ってくる。
「ああ‥‥俺の娘が、見当たらない。別の町にいるわけでもない。避難勧告が出る少し前には、確かに‥‥居たはずなんだ」
悲痛な様子に、傭兵たちは顔を見合わせる。
「どこか‥‥留まっていそうな場所に心当たりはありませんか?」
リュティア・アマリリス(
gc0778)が歩み出て、男性にそう尋ねる。
男性は傭兵たちを前に一度、迷うようなそぶりを見せた。何か隠したいことがある、そんな態度で。
「どんな些細な情報でもいいので、よろしくお願いします」
それに気づいているのかいないのか。如月 葵(
gc3745)は真剣な表情で重ねて問う。
その様子にか、あるいは、娘の無事には変えられないと思ったのか。男性はためらいがちに口を開いた。
「うちが使ってる倉庫を‥‥見に行ったのかも、しれない。町の北はずれのほうにある、ジャンク屋だ」
「申し訳ありません。正確な場所を」
リュティアが、地図を差し出して促すと、男性はここだ、と一つの場所を指す。
それを確認すると、傭兵たちは頷き合い、すぐに駆け出したのだった。
町を、リュティアが運転するランドクラウンが疾走する。周囲への警戒は怠らず、しかし一心不乱に、男性に教えてもらえた場所へと向かう。
‥‥途中、後方からガラリと、建材が崩れ瓦礫の落ちる大きな音がした。そこから、一体のキメラが姿を現す。
一行は急ぐため、道中の己の気配や物音には気を払わなかった。そのため、戦闘班から少し離れた位置にいた一体が、こちらに引かれてやってきたのだ!
一瞬、戸惑いの視線を交わす傭兵たちの間で、動いたのは葵だった。
車の窓から身を乗り出すと、覚醒。手にしたSMGをキメラの足元に向けて掃射する。
「‥‥う‥‥」
小さな呻きが、彼女の口から洩れた。実はこの時彼女は、別の依頼で受けた傷が癒えていなかった。深い傷を負った身体は、SMGの反動だけで軋みを上げる。だが。
「今の間に早く向かってください!」
気丈に、彼女は叫ぶ。
リュティアはその言葉に頷くと、さらにアクセルを踏み込んで加速した。
‥‥ひとまずは、キメラと距離をとることに成功する。今、戦闘班の様子を知らない彼らは、ほかにどれほどのキメラが潜んでいるか分からない。とにかく、救助者がいるかもしれない場所へ向かい、その様子を確認することを最優先した。
そうして彼らはやがて、一つの大きな倉庫にたどり着いた。
その扉を押すと、ギイ、と重い音を立ててゆっくりと開く。
「誰か! いませんか!? 助けに来ました!」
葵の呼び掛ける声に。
「あ‥‥」
わずかに、奥のほうからか細い声が返ってきた。
薄く開いた扉から、庫内に日の光が差し込んでいく。そこに浮かび上がるのは、怯えたように身をすくめる、一人の少女と‥‥
「これは‥‥解体中のKV‥‥?」
リュティアのつぶやきとともに、総一郎もその鋭い視線を倉庫にあったKVへと向ける。
びくりと少女が身を震わせた。KVは貸与された官給品も同然の品。それをジャンク屋が勝手に解体したところを、ULTの傭兵に見られたことになる。だが‥‥
「戦場で共食い整備はよくあることだ」
総一郎はただ、目を逸らすようにしてそう言った。
‥‥何らかの事情があると察して、見逃してくれようとしているのだ。それを理解した少女が、安堵の息をついて、慈しむようにKVの表面を撫でる。
その様子に、リュティアも何かを感じたのだろう。
「あなたはこの機体を守りたかったのですね」
優しく、それだけ言う。
葵が、怪我はないかと問えば、少女は大丈夫ですと小さく答え。
「こちら救助班です、要救助者を確保いたしました」
リュティアが無線機に向かい、微笑んでそう告げた時だった。
再び、近くから破壊の音が響く。
「ですが‥‥付近にキメラが接近の模様。応戦します!」
リュティアはそう続け、武器を構え向き直る。
「キメラの相手は俺がしよう。要救助者を連れて引き上げろ。それから、以降の戦闘班との連絡を頼む」
総一郎は、怪我を負う葵に、気遣うようにそう告げる。葵が、その言葉に頷くのを確認し。
「なんとか気を引いて隙を作ってみる」
リュティアには、隣に立ちながらそう言葉をかける。
そうして二人は、キメラへと立ち向かっていった。
「おおおおおおおっ!!!」
雄々しい叫びをあげ、総一郎がキメラへと突進する。両手に持った硬鞭で、組みつくようにキメラを抑えにかかる。
リュティアはその間を利用して、キメラの後方へと回る。少女を安全に逃がすことを考えれば、時間はかけられない。リュティアは、持てる力と技のすべてを、出し惜しみせずキメラへと叩きつける。
「参ります‥‥死の舞踏(ダンスマカブル)!」
宣言とともに、たんっと踏み込みの音がする。秘色と共にいれば対比になったであろう、こちらは軽やかで華麗なる剣舞。二本一組の双短剣が、キメラの体躯を切り裂いていく。
‥‥やがてキメラが動かなくなるまで、さほど時間はかからなかった。
●一同、集結
リュティアがキメラに最後の一撃を加えたとほぼ同時に、戦闘班が倉庫の前へとたどり着いていた。
「これで五体‥‥か。情報が正しければ、これで終わりのはずじゃがの」
最後まで油断のないようにとむしろ警戒を促すように秘色が言う。が、ひとまず周囲にはキメラの気配はなかった。
自然、一同の視線は救助者がいるであろう方向に向かい、倉庫のほうへ‥‥その奥にちらりと見える、遠目にも明らかに通常の状態ではないKVへと至る。
やがて葵に導かれて、少女がそこから出てくると、一同の間に、奥のKVについて問うたものか微妙な空気が流れた。
その空気に耐えかねて‥‥助かったという、安堵もあるのか、少女のほうから、ポツリ、ポツリと事情が語られる。
すべてを聞き終え、一同の間に一度、静寂が訪れる。
初めに動いたのは、秘色だった。
僅かじゃが役立ててほしい、と、高級そうなアンティークの懐中時計を差し出す。彼女もかつて親だった身。子どもたちを放っておくことはできなかったのだろう。
続き、葵も前に出て、10万cを出した。少ないですが、もしよろしければこれを使ってください、と。
だが少女は、差し出されたそれらにまずためらいを覚えたようだ。
「依頼の斡旋があって、参加者が集まって、現地に到着して。能力者がもたつくのは常々ですから、ね」
そこで、思うことがあったのかレイヴァーが口を開く。
「現実的な話。依頼斡旋のタイムラグを抜きに動ける者が居たとしたら、それは現場に居合わせた人だけな訳ですし」
そう。だから。
何が良いとか悪いとかでなく。
(「‥‥一人で背負おうとするから、こうなるんじゃないかな‥‥」)
仕事も、出費も。
仲間に協力して貰えば、いいのに。
動かぬKVをちらりと見て、彼はそう思う。が、そこまでは言葉にしない。
だがその態度に、少女は何か感じるものがあったのか。
「ありがとう、ございます。あの‥‥彼がどう思うかは分かりませんが、とりあえず、お預かりさせていただきます」
深く深く頭を下げて、そう答えた。
一行は救助した少女を連れて、避難所へと戻る。
「春燕!」
その姿を見るなり、駆けつけるものがいた。
「‥‥父さん」
先ほどの男性。少女の姿を認めるなり、しっかりと抱きしめる。
「無事で‥‥大切な人達と再会出来て‥‥良かったですね‥‥」
エリシェがそれを見て、涙ぐみながらも嬉しそうにそう言った。
(見返りを求めずに優しく出来たり、本心から幸せを願えたり‥‥自分よりも大切だって思える人が居るのが一番の幸せなのかな)
‥‥そう思えるのは愛された記憶があるから、か。
(温かい家族って、いいな‥‥)
そこまで思って、エリシェは今度は、寂しげに微笑んだ。
それから、少し後。
少女は、確認と報告を終え去っていく傭兵たちの背中を見ていた。
「キメラのいる所に‥‥戻るなんて‥‥。少し無謀だと‥‥思う‥‥。でも‥‥大事に思ってたんだよね‥‥。KVも‥‥その人の事も‥‥」
克に言われた言葉を思い出して、少女は少し胸がざわめくのを感じた。あわてて首を振ってそれを振り払う。まさか。『彼』は、1000人に一人といわれる能力者。この時代においては英雄ともいえる存在の一人なのだ。自分のような薄汚いジャンク屋が想う資格など、ない。
だけど‥‥。
幼い時に聞いた物語は、悲劇的な結末を迎えたけど。
彼は。彼のKVは。きっといつか報われる。その希望が、強くなっていくのを感じる。
そう、だって‥‥あの傭兵達のような方と、ともに戦っているのだから。
「だから‥‥それまでは。貴方のKVは‥‥必ず、大切に、お預かりします」
静かな決意を込めて。少女は、呟いていた。