●リプレイ本文
――勝ちましょう。
何気なく呟かれた言葉に。
「ええ、必ず」
夏 炎西(
ga4178)はしっかりと頷きながら応え。
「甘く見ないで欲しいわね‥‥華麗に任務遂行してみせる‥‥」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)は静かに言った。
反応はやや違えど、どちらにも、この任務に対し真剣に思うところがあるのだと感じることが出来た。
その、少し離れたところで。
「ギャラリーがいると、どうも落ち着かねぇな。やるこたぁやるけど」
布野 橘(
gb8011)が茶化すように零し、友人である周太郎(
gb5584)が苦笑で応じる。
(「正直、あーゆー連中の為に戦うのは好きじゃねぇんだけどな」)
その横では、カーディナル(
gc1569)が内心、呟いていた。
「‥‥ま、しょうがねぇか」
だがすぐに、己に言い聞かせるように言う。気に入らない連中はいるが――その傍らには、助けを望む者がいる。
そうした、集った傭兵一人一人に頼もしげな視線を向けながら。
「――時間、ですね。では、我々は先に突入します」
孫少尉が告げた。
兵士たちと傭兵の一部が先陣に切り込んでいく。この時に雪崩た傭兵のうち一人、真上銀斗(gb8516)が、橘とすれ違いざま、視線を交わし合っていた。
待つことしばし‥‥やがて、先行隊からの合図。
制圧班が、突入を開始。兵士と先行した傭兵たちの活躍により、きっちりと基地までの道のりが出来上がっていた。
入口に立つ兵士を押しのけ、扉をブチ破る。
「一度下がってください!」
タイミングを合わせ閃光手榴弾を準備していた炎西が叫んだ。他の者も即座に意図を理解し、下がり音と光に備える。衝撃が収まった後に、呻く敵兵の群れを蹴散らしながら傭兵たちは進んでいく。
傭兵たちの一部には、敵兵士たちに温情を向けようとする者がいた。一般人の、親バグア兵。その道を選んだものには、そうならざるを得ない事情があったのではないか、と。済南市の者が見ていることもあって、彼らをあまり無駄に殺したくはない、と。
‥‥だが、基地制圧もまた必要なことであることは理解していた。だからこそ。
「苦しみたくねぇヤツは、黙って退きやがれ、です」
言いながらシーヴ・王(
ga5638)は剣背で兵士を殴る。峰討ちとはいえ、エースアサルトの一撃。骨が砕ける音とともに一般兵は吹き飛ばされる。他の者も。銃底で殴ったり、あるいは足を狙ったりと、殺さず無力化する方法を心がけ‥‥しかし攻撃速度は、一気に突き進むというその意思は一切緩めない。
また、そんな最中、一部の者は――
「わ、分かった、降参する!」
敵兵の一人が、諸手を挙げて退くと、先行する傭兵はちらりと一瞥をくれて先に行こうとする。瞬間、その敵兵の目が妖しさを帯び、傭兵の一人の背に迫り‥‥次の瞬間、その身から血の華が弾ける。
「‥‥ったく。シビアな世界だよなぁ、戦場って奴は」
不審なそぶりを見せるなり、容赦のなさを見せたカーディナルが呟いた。
――傭兵たちのまた別の一部は、強化人間であるなしにかかわらず、敵は敵だときっちりと割り切っている。
バランスはいい感じに取れているのだろう。おかげで必要以上に殺すことはせず、そのために足止めされることもなく、また裏切りを受けることもなく。
先行を努める者の中ではイーリス・立花(
gb6709)が、後方より援護を担当する者の中では地堂球基(
ga1094)が特に、それぞれの場所から周囲に警戒を怠らず、奇襲なども許さない。
傭兵たちは、確実に目標へと向けて進軍していく。
「おや、おや。宜しくありませんね。このままですとご予定の時間が大幅に狂ってしまわれます」
不自然なまでに穏やかな声が響いてきたのは、その時だった。そうして通路の向こうから現れたのは、銀の盆を持つ、執事姿。この場にあまりに不釣り合いな姿に、しかしすなわち、それがまともな存在でないことを即座に理解して傭兵たちは身構える。
――執事姿が動くのに、傭兵たちはすぐに反応できなかった‥‥ということは、ゆっくりとした所作に見えるそれは、実際にはさほどの時間はかけられていなかったのだろう。
「『行ってらっしゃいませ、ご主人様』」
執事姿がまずしたことは、そういって恭しく頭を下げることだった。
‥‥とたん。
「うがあぁああ!?」
周辺で倒れていた、あるいは戸惑いに動けずにいた敵兵たちに劇的な変化が起きた。ある者は恐怖に顔をひきつらせ、また別のものは完全に目から正気を失い、激痛すらものともせずに傭兵たちに一気に全力でしがみついてくる!
「――‥‥!?」
突然のことに、幾つかの兵にまとわりつかれることを許し傭兵たちの動きが止まる。その隙に執事姿は一気に間合いを詰めてきて――
「『ご主人様』に戦わせる執事がいるか」
呟き前に出たのは周太郎。
主力組の中で、兵士たちに対し冷静な感情でみていた方にある彼が、真っ先に兵士を振りほどいて執事服に相対する。
「いえいえ。わたくしなどはご主人様のお仕事の補佐に徹するのみであるべきでございますから」
臆面もなくいってのける執事姿への返答は銃撃。おっと、と呟くと同時に執事姿があっさりとそれを避ける。
だがそれはもともと牽制。その隙に素早く横手に回り込むと、もう片方の手に持った剣を首元目掛けて叩きつける!
「‥‥チェックだ」
回避も防御も許さぬ、目にも映らぬ一撃が執事姿の首と肩の境目辺りに叩きつけられ――
「――なるほど、悪くない一手でございました」
だが、それを受けてなお平然とした様子で、執事姿は言う。周太郎の顔に、さすがに動揺が走る。
「‥‥ですが、チェックメイトまではご油断なされぬ方がよろしゅうございましょう」
言いながら、執事姿は手にした銀盆を周太郎の腹部にめり込ませた。苦悶とともに、血反吐が周太郎の口から吐き出される。続けざまに攻撃を加えられると、周太郎の体が崩れ落ちた。
倒れた周太郎にさらなる一撃が加えられようとして。
「やらせるかっ!」
荊信(
gc3542)が、熱く叫ぶとともに銃弾を浴びせかける。目の前で、仲間に対しここまでやられたことが、自ら称する『皆遮盾』の字の元に許されないのだろう。
その荊信の射撃を援護として、橘がフォローに出る。
「こんなんと正面切って戦えられるかっての。勝負は預けたぜ」
苦々しい呟きとともに周辺の兵士を蹴散らしつつ、もたつく仲間に視線を送り、周太郎を抱えて後退しようとすると、ようやく兵士を振りほどいたケイが執事姿に向けて連射を叩きこんだ。銃弾はすべて、執事姿が咄嗟に掲げた銀盆に叩き込まれる。受けられた、とは言い切れない。もともとケイは武器を狙って撃つつもりだったのだから。銀盆が大きく歪みを見せたところに、石動 小夜子(
ga0121)が追撃を与える。その剣撃を受けると、執事姿の表情に驚愕が生まれた。
「‥‥ふむ。しかしまあ‥‥わたくしめのごときの役割としては、このあたりで上々でございますか」
呟くと執事姿は、視線をぐるりと兵士たちへと巡らせる。びくりと傭兵たちの体がこわばった。隙に、執事姿はあっという間に去って行った。
深追いする余裕はない。一同は一旦、周太郎の状態を確かめた。錬成治療を試みた球基が苦々しい表情を見せる。深手だ。すぐこの場でどうにか出来る怪我ではなかった。
どうする? 皆顔を見合わせる。敵を倒しながら進んでいるとはいえ敵地のど真ん中だ。ここで待ってろ、というわけにもいかない。色々な選択肢が瞬間的に駆け巡り‥‥結果として採用されたのが、表の部隊と連絡を取る、というものだった。やがて橘の連絡を受けて銀斗を先頭に数名が救助に駆け付ける。
ひとまずはどうにかなったが‥‥時間のロスになったことは誰もが認めていた。もはや、初めに理想とした急襲、という形はとれない結果になる。
不安を抱えながら、それでも傭兵たちは再び駆け出し始める。
そうして、目的とした司令部にたどりつくと、そこにはもうかなりの兵力が集結していた。
わき目も振らず、迷わず突進してくる様子から、構造を把握し拠点に狙いを絞って攻めてくるのであろうことは敵の眼にもあからさまだった。ケイは監視カメラを破壊しながら進んでいたが、動きを把握させないという目的ならば進路上の監視カメラだけを破壊していくことにあまり効果はない。どこが壊されたのかをモニタで追っていけば、どう移動しているのかは明白だ。その目的地を推察するのも難しくない。
号令と共に発せられる弾雨が、傭兵たちの動きを阻む。だが、隙を縫って、イーリスがSMGで応射する。足元を狙っての牽制の射撃はただの反撃ではない。フルオートで弾丸を吐きだしながら、その目は相手の反応を油断なくうかがっていて。やがて一人に目をつけると、そこへ弾幕を集中する。だがその攻撃のほとんどは、FFによって弾かれて――
「そいつです!」
それでいい、見切った、と、軍人の一人を指してイーリスは叫んだ。銃を構えるそいつに対し、まずケイがまた二連撃を加える。
強化人間の動きが止まった隙に炎西は盾を構え兵士たちに突撃した。己の役割を、主力の為の露払いと心得、一般兵士たちを拳法の技によって纏めて倒していく。カーディナルの援護も受け、やがて小夜子が軍人の強化人間に肉薄する。
「能力者ごときが‥‥小賢しい!」
苛立たしげな叫びとともに、奥からさらにもう一人飛び出してきた。赤いドレスの女が大剣を振りかざし迫りくる。
その剣は、シーヴの剣が受け止めた。弾き返し、叩き返した一撃に、女の顔がますます不愉快に歪む。
「馬鹿な‥‥」
シーヴの、赤く輝く一撃を受けた強化人間の女が、信じられないという顔で呻いた。
‥‥相手の戦力が整う前に、という目論見は崩れたが、落ち着いて連携すれば傭兵たちの能力は高かった。橘、荊信、イーリスが後方から射撃で援護する中、炎西、カーディナルが一般兵士をかき分け、強化人間を分断し、一体多の状況に持ち込むよう立ち回りながら、小夜子、シーヴ、ケイらの強烈な一撃が、着実に強化人間たちに撃ちこまれていく。
球基は、後方から支援と回復に徹していた。サイエンティストからダークファイターに転職した、しかしやることは相変わらずという自分に苦笑と安心をおぼえながら。
やがて‥‥司令室内に立つ者は、傭兵たちの側にしか、いなくなっていた。
『最初で最後だ。ここで降って仲間になるか、バグアに従って敵になるか、二つに一つだ!』
司令部の通信機能を使って、傭兵たちは内外に呼び掛ける。初めに鋭く叫んだのは荊信だ。
『我等はバグアに勝つ。貴方方の心もバグアに勝って欲しい』
次いで、穏やかに炎西が言う。
呼びかけが終わると、再制圧を防ぐために傭兵たちは基地機能の破壊を考えて。
「ちょっと待った。壊す前に、いただけるものはいただく」
あらかじめ軍より記録用媒体を借用していた橘が、そういって司令室のコンソールに近づいた。
頷き合うと、傭兵は、一部は作業中のさらなる追撃の警戒に――なにせ、道中に出会った執事姿が現れていない――あたり、一部は橘の作業や別の形の資料回収などを手伝う。
元サイエンティストの球基も手伝うが、あまり時間はかけられない。得られる情報に、そこまで重要なものがあるかといえば、それほど期待はできない、というのが正直なところだろう。それでも、通信ログなどの記録は丁寧に解析すれば何かの一助にはなるかもしれない。
「よし、OKだ。後は好きにしな」
橘の声とともに、各々が獲物を手に司令部の機能を完全に破壊する。
十二分に確認を終えた後、基地内の残党を処理すべく傭兵たちは再び走り出した。
――押しと引き、硬軟合わせた呼びかけはそれなりに効果があったのだろう。残るバグア兵の多くは降伏を選択した。
基地の中枢機能を破壊されたバグア軍の動きは、特に無人機のものはあからさまに、その動きを陳腐化させていった。空で、陸で、徐々にUPC軍の優勢がはっきりと現れてくる。
許昌西空軍基地、陥落。
やがて、作戦本部から高らかにその報がもたらされる。
UPC軍から、作戦に参加した傭兵たちから、大きな歓声が上がった。
予定したとおりの理想形とはいかなかったが、傭兵たちは十分に、求められた通りの成果を挙げたのだ。
「やれやれ、結果は御気に召したかな」
ぽりぽりと頭をかきながら、球基が呟く。それはこの戦いを見守り、あるいは見張るものたちに向けてだろう。
「ホントは分かってんだろうに。ただ逃げてるだけじゃ、何の解決にもならねぇって事をよ」
同じところに目線を馳せながら、カーディナルが言った。
「俺は俺の喧嘩をするだけだが。あいつらが乗るんなら、傷つこうと倒れようと戦ってやる。‥‥ただ、乗るなら覚悟はしてもらわねえと、だがな」
荊信も同様につぶやく。
少し離れたところで、ケイが。
優しく‥‥しかし心強い旋律を口ずさみ始めた。
小夜子が、その傍らで、風に流れる曲に、届け、と祈りを乗せていた。
想いは。生き様は。そして全ての結果は。『済南市の目』に、どう映っただろうか。
最後の残党狩りの中に、執事姿はとうとう発見できなかったことが一つ、傭兵たちの中に懸念として残った。